なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした 作:姉川春翠
「で、結局どうだったんだよ?」
下校時間、帰り道を歩きながら頭の上にいる真逆に問いかける。
昼休みに色々あり、真逆は黒い結晶体を飲み込んだ。出会って間もない頃、ニャル子が僕に渡したあれだ。
結晶体はまだ真逆の体の中にある。真逆が体として使っているぬいぐるみの中に。
飲み込んでからそれなりの時間が経ったが、これといった外見的変化は見られない。本当に効果があったのだろうか。
「特に変化は無いなー。強いて言うならニャル子の推測通り、確かに何かしらのエネルギーが入ってきているような気がするというか、力が湧いてくるような気がするというか」
「気がするってことは曖昧なんだな」
「だなー。結局昼休み後も少し眠っちまったし。正直効果の程はまだよくわからん」
釈然としない真逆の返答に僕もこれ以上は何も言わなかった。こいつ自身もよく分かってないことを幾ら聞いても、正確な答えが帰ってこないのは明白だし。
「てかニャル子とクー子は?」
「ん? ああ、あの二人ならほら、一緒に帰ろうとしたタイミングで呼び出されたから」
「そいや今朝の玩具没収されたんだっけか。あんな物どこに持ってたんだか」
「どうせどこからかともなく出したんだろ」
「あー、まあ確かにあの二人ならそのパターンが強いな」
苦笑したような口調で真逆は言う。
ニャル子とクー子の両名は先生に呼び出された。校内放送で「八坂ニャルラトホテプ、八坂クトゥグア。二人とも職員室に来なさい」といった具合に。
それを聞いた二人は顔を見合わせて、ニャル子の方はすごく嫌そうな顔を、クー子の方はどこか嬉しそうな顔をという正反対の表情をしていたが、まああまり気にしないでおこう。
「そいやこうして二人で行動するのは久々な気がするなぁ」
「急にどうした。お前消えるのか?」
「やめろよ縁起でもない。いやふと思っただけだっての」
真逆が呆れたように言う。頭の上にいるから顔は見えないし、ぬいぐるみだから表情も分からないだろうけど、人間の姿をしていたら不機嫌そうな顔をしてるんだろうな。
実際思い返してみると、確かに真逆と二人というのは久々な気がする。最近はニャル子やクー子が一緒にいるのが当たり前で、こうして二人だけで喋ったのはいつ以来だったか。
「……なぁ真逆」
「おう、どした」
「あいつらが来てからまだ数日しか経ってないんだよな? なんで僕はこんなにも一年くらいの気苦労が蓄積した気持ちになるんだ?」
「えっ? ああ、えーと。……うん」
「うんじゃねぇよ、なんか言えよ気の利いたことを」
「昨日はずっと桃鉄のBGMを聴いてたな」
「誰が昨日聴いたことを言えと言った」
結局のところコイツは未だにボケるつもりらしい。ここしばらくはツッコミが多かったし、もう手遅れの筈なんだが。
「手遅れなもんかよ。まだ間に合う。間に合うさ。間に合えっ! 間に合えー!」
「うるさいな。僕の心読むな。あと変なエコー掛けるな。どうやってやったんだよそれ」
「この体アンドロイドだからさ。あとただの白飯がエネルギーになるらしい」
「変な設定を追加するな」
「やあ」
「やあじゃねぇよ」
クソ。こいつ、ここぞとばかりにボケてくる。しかもだいぶ面倒なボケ方だ。初期のウザいキャラに逆戻りというやつなのだろうか。
「真逆だけに」
「だから僕の心読んで相槌を打つなって言ってんだよ」
「なぁにぃ? 真逆は黙ってボケに回る」
「黙ってねぇだろ。お前そろそろ怒るぞ」
「いいか真尋。世の中バランスだ。バランスが大事だ。今この場には俺とお前しかいない。つまりどっちもがツッコミ担当になるとバランスを失い世界崩壊する可能性が」
「あってたまるかよそんなこと」
やけにテンション高いなコイツ。
もしかしてあの結晶体を飲み込んだことで元気になったとかだろうか。
もしそうなら……いいのか悪いのか判断に困るところだ。
「あ、おい真尋。あれ見てみろよ」
「なんだ? 話を逸らして逃げようって算段か?」
「いやじゃなくて、ほら見覚えのある背中が」
「見覚えのある背中?」
真逆が頭の上で精一杯ぬいぐるみの手を伸ばしているのを見て、その指している先を見てみる。
「あれは……」
金色の髪。触覚のように二つに跳ねている癖っ毛。そしてあの身長。確かに見覚えがある。
「今朝会ったあの子か?」
「だな」
「まだこんなところにいてどうしたんだ?」
「道にでも迷ったんじゃないか?」
よくよく思い返してみるとここらでは見ない顔だった。何か用事があって訪れたはいいものの、道も分からず右往左往してると考えればおかしな話じゃない。ただ……。
「あの子……ニャル子たちの関係者かもしれないんだよな?」
「まあ俺の結界の対象にならない以上普通の人でないのは確かだな。うん」
「…………」
関わるべきか関わらざるべきか。これ以上厄介ごとが増えるのだけは勘弁被りたいというか。
「んー、どこなんだろ……?」
にしても全然周り見ないなあの子。
ずっと手に持ってる地図に視線がいってるし。たまに周囲を見ることもあるけどすぐ地図に戻るし。というかそのせいで目的地にたどり着けていないとかそういうやつじゃ。
「あぐぇっ!? こんなところに電柱が……」
実に危なっかしい。
「どうするんだ? まっさん」
「はぁ……ったく……」
深いため息を吐くと、僕は諦めて少女に近寄った。
「その……大丈夫か?」
電柱にぶつけた痛みから頭をさすっている金髪の少女に話しかける。
少女は自分が話しかけられていると認識して振り返った。
「あ……今朝会ったおわらいげいにんのお兄ちゃん?」
「いやだから僕はお笑い芸人じゃないって」
「でも松ぼっくりて芸名だって」
「おいどうするんだよ。思い切り勘違いしてるじゃないか」
「すまない。本当の芸名は『ギミー・ア・フォーク』ていう」
「おーけー分かった。お前刺されたいんだってな? 望み通り刺してやるよゴラァ!」
「アバーッ!?」
フォークを脳天に突き刺された真逆は撃沈した。因果応報、慈悲はない。
「すごく痛そう……」
「えと……それでどうしたんだい? 何か困ってる様子だったから」
「あっ、うん。その、人を探してるんだけど、その人のお家がなかなか見つからなくて。その、僕方向音痴だから……」
なるほど。この子は人探しをしていたのか。うん、物凄く嫌な予感がする。
いやこれは杞憂だ。いつも変なことに巻き込まれるから警戒心が強まりすぎているだけだ。
「この辺に住んでる人なのか?」
「うん……あのね」
おそらく少女は名前を言おうとしたんだと思う。ただその声は思いも寄らぬ声によって遮られて止まった。
「あれー? ヒロくん丁度帰りなの?」
背後から聞き覚えのある女性の声。聞き間違うはずもない、母さんの声だった。
「か、母さん!?」
驚いて振り返る。
母親は如何にも旅行帰りといった感じでキャリーケースを持っている。
この間の電話では一週間は戻れないとかなんとか言っていたはずだけど、よりによってこのタイミングで帰ってこなくても。
いや待て、このタイミングで母さんが帰ってきた。しかも少女が誰かを探しているという情報が出た段階で。
いやまさか。うん、そんなまさかね。
「あら、お友達?」
「あえっと、違くて。その、迷子になっちゃって」
「それは大変。どこに行きたいのかしら?」
「えっとね、や」
「わー! 母さん! どうしてここに!」
今聞いてはいけない文字が少女の口から出た気がするが気のせいだ。
「え? あ、うん。思ったより早く片づい――じゃなくて、父さん思ったよりも早く退院できたからそのまま帰ってきたのよ」
「そ、そうなんだ! へー! そ、それで父さんは?」
「ほら、あの人今回の旅行のために休暇取ってくれたから、その埋め合わせでまた会社に付きっきりになるみたいなのよね」
それはなんだろう。父親のことが心配になる案件のような。
「あら? このぬいぐるみって……」
ふと母さんが地面に落ちている、もとい撃沈して倒れている真逆を拾い上げた。
マズイ。母さんに見えてるってことはフォークを突き刺したせいで気絶したのか?
というかすごくじっと見てる。マジマジと、ぬいぐるみに穴が開くんじゃないかってくらいに。
「これって母さんが送ったぬいぐるみよね? どうしてこんなところに」
「あ、えーと、鞄から落ちたんだよきっと!」
「でもお兄ちゃん、さっきふぉふふお」
咄嗟に少女の口を手で遮る。もしかしてセクハラで訴えられたりするんだろうか。
いやでもここで余計なことを言って真逆のことやその他諸々のことを母さんに知られたら厄介だ。なんとか誤魔化して、
「あれ? 真尋さん? まだ帰ってなかったのです? もしかして私のこと待っててくれて……てどうしてハス太くんが一緒に?」
「あれ? ニャル子ちゃんにクー子ちゃん?」
「……ハス太くん久しぶり」
「……どうしてこうなるんだ。どうして」
僕は膝から崩れ落ちて両手を地面につける。絵文字でいえばorzの体勢。背中に積み上がった徒労を支えている気分だ。
もうダメだ。おしまいだ。誤魔化せるわけがない。
「おやどうしたのです真尋さん。というかこちらの奥方は一体」
「あなたたちヒロくんのお友達?」
「ヒロくん……? はっ!? まさかあなたは真尋さんのお母様ですか!?」
頼むからせめて普通の人らしく自己紹介を。
「初めまして! 私、ご子息の真尋さんにいつもニコニコと這い寄る混沌ニャルラトホテプと申します! いずれは真尋さんの妻となる者、どうぞ気軽にニャル子と呼んでください!」
するわけないよな。うん、分かってた。
「這い寄る……混沌……?」
「……初めまして少年のお母さん。ニャル子の妻のクトゥグアです。クー子と呼んでくれて構わない。それとそこにいる金髪の子はハスターのハス太くん」
「ちょ、ちょっとクー子ちゃん! せめて自己紹介くらいは自分でさせてよ!」
「だーれが私の妻ですか! 下らない寝言はコールドスリープして永遠に氷漬けになってから言えってんですよ!」
「クトゥグア……ハスター?」
どうしようか。着々と話が進んでいってる。もう介入の余地がないほどに。
金髪の少女は予想通りニャル子たちの関係者だったし。あとずっと女の子だと思ってたけど、ハス太て言っているから多分男の子なんだろうし。
あーでも年齢でいえば僕より上なんだろうから、男の人? けど見た目は男の子だから男の子でいいのか?
あはは、なんかもうよく分からなくなってきたや。
母さんが隣で「あぶない!」とか言ってたり、教授はいないだのなんだの言っていたり、ニャル子たちに向けてフォークを構えたりしているけど、何も聞こえないし何も見えない。
本来なにかツッコミを入れるべきなのだろう。今しがた、まるでニャル子たちについて何かしら知っているような素振りを見せる母さんを問い詰めたりするべきなのだろう。
でも今はそんな気は起きなかった。朝から立て続けに色々あり過ぎて、はっきり言って許容範囲を越えてしまっている。
昨日もそう。一昨日だってそう。なんでこうも濃密かつ濃厚なドタバタした日々を過ごさないといけないのか。
処理しようとすれば僕の精神はすり減っていく。SAN値も減っていく。もう少しくらい静かに平穏に暮らせたっていいじゃないか。
「クソぅ……真尋お前よくもまあ脳天にフォークを――てえ? なんだ? これどういう状況だ?」
「真逆……あとはお前に任せる。僕は今から空にある星を数えることにするから」
「いやこんな時間じゃまだ星なんて見えんだろて」
「探さないでください」
「どこに旅立つつもりだよ」
「平穏な日常……あの頃に僕は飛ぶからさ……42……ブラウン管……」
「おーい帰ってこーい。現実に戻ってこーい。仮にタイムリープしても多分結果はなにも変わらないぞー」
「エル……プサイ……コンガリィ」
「ダメだこりゃ」
頼むから、本当に頼むから、もう少し落ち着いた日常をください。