なんか八坂真尋に憑依したらしいけど、ツッコミとか上手くフォーク投げるとか出来ないし、何より面倒だからそこら辺は本人に任せて俺はボケに回ることにした   作:姉川春翠

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第三十三話 現れるX、道を探す女

 

 微睡みから醒めると周囲を見渡す。

 見知らぬ場所だが俺の直感が言っている。ここは、

 

「ルルイエの中か……」

 

 正確にはルルイエランドだったか。俺の知ってる感覚と少し違うから混乱する。

 

「……おはよう、もう一人の少年」

 

 俺の顔を覗き込みながらクー子が言う。どことなく嬉しそうなあたり、これからご対面するであろう物に期待を寄せているのだろう。

 

「ああ、おはよ――じゃねぇよ。半ば無理矢理連れてきやがって」

「……でも少年から離れても別に消えなかった」

 

 こいつ、さてはそれを確かめるためにわざと猿芝居を。油断ならない行動するあたりはアイツと似て――。

 

「……これでゲームセンターでも一緒に遊べる。ワクワク」

 

 あ違うわ。こいつ単に遊びたかっただけだわ。

 けど確かに俺の予想では真尋から一定以上離れると消えるはずだったがアテが外れたか。それともニャル子が貸してくれた結晶体のおかげなのか。

 何はともあれまたひとつ現状を確認できたのはいいことだ。

 

「あら、おはようヒロちゃん」

「ん。なんていうかもう少し真尋の話聞いてやっても良かったんじゃないかなって」

「だって面白そうだったんだもの」

「あいつ結構動揺してたぞ」

 

 あいつとの付き合いはそれなりになるが、あそこまで狼狽える姿は初めて見る。

 母親の危機に対する反応といえば聞こえはいいが、あの様子はどこか異常にも思えた。まるで自分の意志とは裏腹に別の何かに突き動かされているかのような。

 

「そうねぇ。帰ったらあの子の好物でも作ってあげようかしら」

「ったく。ムスコニウムの補給を拒否られても知らんぞ」

「え、どうしよう。それは死活問題。今すぐ帰った方がいいかしら」

 

 真面目なトーンで言うものだから思わず「おいおい」と言いそうになるのをぐっと堪える。そもそも言うタイミングでもなければ内容でもない。

 

「あ、あの……ご婦人……あなたが帰ってしまうと我々の命運が……」

「冗談よ冗談よ。だって宇宙のゲーム機なんてすっごく気になるもの!」

「ああ、やっぱりそのパターンなのね」

 

 話を詳しく聞いてみると案の定と言うべきなんと言うべきか、予想通り女の目的は多くのゲームハードに精通している真尋母の意見を聞くことにあった。

 女は株式会社クトゥルーのゲーム部門開発スタッフの責任者らしく、現在開発している次世代ゲーム機エックス・オス731のアドバイザーとして真尋の母親とクー子に協力を仰いだというのが大まかな内容だ。

 つまるところ宇宙の覇権争いというスケールのでかい話に対し、実際に行われているのは宇宙のゲーム業界における競争だったというわけだ。

 丁寧に名刺を渡されてまでそんな説明を受けたことから、いつの間にか俺もそのアドバイザーとやらの一人としてカウントされているらしい。いやなんで?

 

「……もう一人の少年が寝ている間に、私が如何にもう一人の少年のゲームセンスが高いかを熱弁しておいた」

「そんなことだろうとは思った」

 

 しかし名前はルーヒー・ジストーンね。

 ルーヒー……ルーヒーか……。道理で。似たような名前のやつと遭遇したことあるけど、正直いい思い出はないな。うん。

 

「私はクトゥルーが出すゲームハードの大ファンだから、そろそろもう一人の少年にも素晴らしさを布教しようと思った」

「なんだろうな。流石の俺もついていけてないんだけど、どうしたらいいんだこれ」

「……笑えばいいと思うよ」

「全然笑えねぇわ」

 

 そうこう話している内に目的地に着いたらしい。

 通路の先にあった扉の前で止まると、ルーヒーは壁の一部に手を触れた。

 すると扉が一人でに開き俺たちを中へと歓迎する。この先に件のゲームハードが待っているのだろう。

 

「……もう一人の少年覚悟の準備はいい?」

「えっ? そこまでしないといけないものと対面すんの? 帰っていい?」

「……絶対にダメ」

「デスヨネー」

 

 入り口でクー子と下らない会話を交わしていると、突然警告音のようなものが鳴り響く。

 音を聞いてルーヒーは天井を見上げつつ嘆息する。

 

「どうやらもうここが嗅ぎつけられてしまったようね」

 

 ルーヒーの口振り的に真尋たちがここに近づいてきていることを表しているらしい。

 真相を知ったらあいつどんな顔するんだろうな。と内心苦笑する。

 

「……侵入者のことは私に任せて、みんなは先に行って」

「なんだろうな。お前のそのセリフに対して事の真相が絶妙に噛み合ってないのがなんというか」

「……もう一人の少年のことは少年のお母さんに任せる」

「無視かい」

 

 クー子は聞く耳を持たずに俺を真尋母に預けると、ものすごい勢いで有無を言わずに駆け出していった。さながらこれから死地に向かう戦士のようなシリアスな形相で。

 側から見ればこれから向かってくる敵を足止めするために一人立ち向かうかのようなシチュエーションだが、実際には母親を助けにきた息子一行の邪魔をするという珍妙な状況だ。

 

「それではご婦人。こちらへ。我々が宇宙の覇権を握るために、その力をお貸しください」

「楽しみねーヒロちゃん。一体どんなゲームハードがなのかしら」

 

 あまりの温度差に風邪をひきそうだ。

 確かに宇宙のゲームハードってのは興味あるけど、絶対技術の無駄遣いというか、出す時代を間違えて一定層のコアなファンにしか受けずに大きな赤字を出した結果ゲームハード業界から撤退する決め手になった某会社の某白いハードと同じ結末を辿りそうというか。

 まあアレは初動の供給不足が原因でもあったわけだけど……ともかくそんな予感がするからあまり期待を持てないというか。

 

「それよりヒロちゃん」

「ん?」

「ヒロくんを守ってくれてありがとうね」

 

 それだけ言うと真尋母は扉の中に足を一歩踏み出す。

 対する俺はなんとも言えないむず痒さを感じながら、

 

「ん……まあ当然のことしただけだし」

 

 と返す。

 真尋母に抱き抱えられているという状況がなにより落ち着かなかった。

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ、お魚がいっぱいだねぇ」

 

 後部座席に座るハス太がうわ言のように呟く。

 それを小耳に挟みながら僕も車窓から外を見る。視界にあるのは水の世界。そう、今いるここは海の中だ。

 現状を整理すると少し前、クー子の位置情報から母さんがいる場所がルルイエランドであることが発覚した。

 ルルイエランドはこの間浮上したばかり。加えて母さんを連れていった女がルルイエランドの――つまりは株式会社クトゥルー側の関係者ということから、自前の移動手段で乗り込むしかなかった。

 今乗っているのはニャル子がその移動手段として取り出したネフレン=カーという車だ。水陸両用の高性能な車らしい。

 

「ハス太はよくそれが捉えられるよな」

 

 と言いつつ僕もその姿を捉えていた。魚の種類は分からないが、非常時でなければ見惚れている光景だ。

 高性能な車というだけあってその速度は凄まじい。車窓から眺める景色は人間ではおよそ捉えられるものじゃない。普通ならただ水の中をかき分けて進んでいるのが分かる程度。

 それが今はっきりとこの目で捉えられているのは真逆の影響があるのだろうか。

 

「もしかしてぼく褒められてる?」

「あー、うん。一応?」

「そっか……まひろくんに褒められちゃった。えへへ……」

 

 別に大した内容でもなかったけど、余程嬉しかったのかそんな声を漏らすハス太。

 すると運転していたニャル子が歯をガチガチと鳴らしながらこちらに顔向けてきた。

 

「おいニャル子、前見て運転しろよ」

「真尋さん、どうしてハス太くんを褒めるんですか? この車を見せても全然私を褒めてくれなかったくせに」

 

 呪いでも唱えるかのような声音でニャル子が言う。

 

「はいはい。凄い凄い。かっこいい車だなー僕も欲しいなー。これで満足か?」

「私への扱い酷すぎません!?」

「いいからちゃんと前見て運転しろよ。事故になったらどうすんだ」

 

 ため息を吐いてからまた窓の外を眺める。

 楽しめるような景色じゃないけど、今の心を落ち着かせるには丁度いい。

 

「なんだか元気がないですねぇ真尋さん。そんなんでお母様のところへ行って大丈夫なんですか?」

「別になんともない。ただちょっと気になることがあるだけだ」

「もしかしてまだ自分が見た光景のことを気にしているんですか?」

「……うるさい」

 

 僕は無言になる。勿論図星だ。

 水中の暗闇の中にあの凄惨な光景が一瞬映し出される。

 アレが真逆の見たものだっていうのなら、アイツは今までどんな辛い人生を送ってきたんだと疑問に思った。

 

『お前は他者のために身を捧げた。だというのにその捧げられた他者と来たら、お前を蔑み、罵り、挙句お前の優しさにつけ込んで多くのことに利用してきた!』

 

 幻夢境で出会ったニャル美という女が放った言葉が脳裏を過ぎる。

 真逆に関する情報が断片的に分かれば分かるほど、どうアイツと向き合っていけばいいのか分からなくなってくる。

 今もそうだ。アイツと再会した時、僕はどうアイツに接したらいいのか。

 

「おわっ!?」

 

 不意に強く引っ張られるような感覚が体を襲った。掛けていたシートベルトが食い込んでくる。

 

「おま、なにして!」

 

 ハンドルを握るニャル子を責めようとした時、何かが視界を横切った。

 奇しくも僕はその一瞬で横切った何かの姿を捉えていた。魚と人型のカエルが融合したような異形の姿を。

 

「おい、これって」

「深きものですね。どうやらそう簡単にルルイエには近づけさせてくれないようです」

 

 深きもの。確かクトゥルフ神話における水棲生物の種族だったか。

 その軍勢が前方から押し寄せてくるのが見える。片手で数えるにはあまりに無謀な数だ。

 

「しっかり掴まっててください! あまり口を開けると舌を噛みますよ!」

 

 注意を促しながらニャル子は巧みなハンドル捌きで軍勢の突進を交わしていく。これもまた車の性能が故に編み出せる技だろうか。

 

「おい、どうすんだよこれ! 逃げ切れるのか!」

「もう少し待ってください! もう少しゲージが溜まりますから!」

「ゲージ? ゲージってなんの――」

 

 疑問を投げかけた時、天井で何か光ったのに気がついた。見てみると何やら魔法陣のようなものが描かれている。

 今し方行っていたゲージとやらが溜まった報せなのだろうか。

 

「よっしゃきたー! MAP兵器いきますよー!」

 

 ニャル子は叫んで運転席にあるボタンを押した。

 すると魚群に向かって尋常でないスピードで何かが飛んでいく。見たところ魚雷の類のようだ。

 

「これぞまさしくこのネフレン=カーに搭載された兵器無限魚雷! とくと味わいなさい!」

 

 無数の魚雷は慈悲もなく深きものが作る魚群を一掃していく。その凄惨さたるやあまりに一方的なものだ。少し同情したくなる。

 後に残ったのは深きものが力なく浮かんでいる光景。なんとなく僕は静かに手を合わせた。

 

「なんとか切り抜けましたね」

「なんだったんだよ今のは」

「ですから無限魚雷ですよ無限魚雷。上にある旧き印が点灯してようやく使えるMAP兵器です」

 

 なんとなくシミュレーションゲームとかその辺で使いそうな単語には目を瞑り、安らかに眠れという思いでもう一度手を合わせる。

 

「ああ、一応殺してはいないですよ? クトゥルー側が犯罪行為をしたという証拠がありませんので」

「それにしては容赦ない光景だったけどな」

 

 呆れつつも一安心と胸を撫で下ろす。

 ふと後部座席に座っているハス太の方を向くと、彼は目を回して声にならない何かを呟いていた。どうやら急なことに対応できず意識が朦朧としているらしい。

 

「おいハス太、大丈夫か?」

「大丈夫ー、大丈夫じゃないよー」

「いやどっちだよ」

 

 何はともあれこれでどうにかルルイエに行けそうだ。

 胸を撫で下ろした矢先何か怪しげな音が聞こえてきた。音というよりも声に近いというか。

 

「……ちぃ、まずいですね」

「なんだよこの音? いや、音楽?」

「真打ち登場といったところでしょうか。ダゴン君です!」

 

 前方に巨大な岩――いや巨体が出現した。

 その姿には見覚えがある。初めてルルイエランドに行った際、タクシーとしてこれの背中に乗った。

 あの時は無害な存在だったが今回は敵というわけだ。

 ダゴン君は巨大な手でネフレン=カーを掴もうと動く。

 

「ま、待ってニャル子ちゃん……ぼく乗り物に弱くって」

「ええい! 酔い止めとアトラック=ナ茶をあげますからそれで耐えてください!」

 

 後部座席に物を放り投げるとニャル子はダゴン君の手から逃れようと車を操作する。

 この激しい動きの中ではさすがのハス太も身動き取れないようで、後ろから「まってー、止まってー」と弱音を吐いている。当然酔い止めなんて飲んでいる余裕もないだろう。

 

「これ振り切れるのか!」

「正直無理でしょうね。ゲージも切れてしまいましたし」

 

 僕の問いにニャル子は苦虫を噛み潰したような表情で答える。今はルルイエに向かって突き進むしかないらしい。

 

「追いつかれる前にルルイエに突入します! ほら見えましたよ!」

 

 ニャル子の言う通り前方にルルイエの姿を捉えた。不幸中の幸いといったところか、なんとか辿り着けそうだ。

 ほっとしたのも束の間、目の前にぬっと顔が現れた。これもまたどこかで見覚えのある顔だ。

 

「あー、えーと」

 

 間の抜けた声を発してニャル子がこちらに顔を向ける。

 

「すいません、ハイドラちゃんのこと忘れてました。てへっ」

「おまえな……っ!」

 

 わざとらしく舌を出すニャル子に対して静かな怒りを覚える。反応が間に合えばコイツのこめかみに向かってフォークを投げていたことだろう。

 けどそれよりも早く強い衝撃が起こった。ハイドラから吐き出された水圧がネフレン=カーを襲ったのだ。

 衝撃に耐えられず助手席のドアが開いてしまう。掛けていたシートベルトも取れてしまい、僕の体は海中に投げ出された。

 大量の水を飲み込んでしまい意識が朦朧としていく。このまま僕は死んでしまうのだろうか。

 こんな状況でもやけに冷静な頭に嫌気がさす。

 

〝ったくしょうがない。これはひとつ貸しだから〟

 

 頭の中で聞き覚えのある声がした時、温かい何かが身を包んだ。

 朦朧とする意識の中微かに目を開ける。眼前に丸い何かが浮かんでいる。

 その正体を認識するよりも先に僕の意識は途切れた。

 

 

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