「みんな〜! 今日は来てくれてありがと〜! アンコール最後の一曲、行っくよ〜!」
会場全体を揺るがすような歓声。『矢澤にこスペシャルバースデーライブ』は、大成功で幕を下ろした。
「──だぁ〜〜〜……ふぅぅぅ〜〜〜……」
控え室で椅子に座ったにこは、ステージ上と同一人物とは思えないような声を吐き出した。
「やっぱりソロライブは疲れるわね……。ダンス盛り込みすぎたかしら……」
だらしなくパイプ椅子に腰掛け、ゴッキュゴッキュ水を飲む。
「──っぷはぁ! ま、これが私の実力って事よね〜」
見る人が見れば腹立つほどのドヤ顔で、にこは携帯の自撮り機能で自分の笑顔を見つめる。
──コンコン、と唐突にドアがノックされた。
「っ⁉︎」
一瞬で我に返ったにこは、
「は〜い、どぅぞ〜」
流石の切り返しの早さで“アイドルにこ”に戻った。
顔を見せたのは、ライブスタッフ。最近増えてきた出待ちの様子を伺っていた人だった。表情が、あまり芳しくない。
「外で何かあったですか?」
「いや……外っていうか、すぐそこなんだけどね……。変な女性が、矢澤にこに会わせろって言って聞かないんだよ……」
「変な女性?」
「『にこっちに言えば分かるんや』ってよく分かんない事言ってて……」
「あー…………」
一人、心当たりがあった。一人いれば充分なのだが。
「警備員さん呼んで追い返す?」
「私が自分で行きます」
「そう? 一応、気を付けてね……」
にこは廊下に出ると、
「はぁ……」
小さくため息。それからスタスタ歩くと、
「──だーかーらー、ウチは矢澤にこの知り合い言うてるやん!」
「そんな話聞いてないからね!」
「ちょっ……離してーな! にこっちに言えば全部分かるから!」
「じゃあ一旦止まりなさい! あとその手に持ってる袋、こっちで預かるから!」
「嫌や! これは直接渡さなきゃ意味ないんや!」
「ファンの贈り物は、一度チェック通す決まりなの!」
「ウチはただのファンやない!」
廊下でスタッフ二人の間を抜けようと格闘するかつての仲間の姿を見た。
「…………」
呆れと現実逃避で無言のにこ。
「あ、にこっちヤッホー。おひさ!」
だが、相手はそんな気など知らず片手を上げた。
「……何やってんのよ」
「久しぶりに再会した元メンバーに、ちょっと反応ドライやねんなー?」
「……帰るわよ」
「あー、あーいいんやなにこっち! 穂乃果ちゃん達解散させようとしたり、見栄張って料理人いるなんて嘘ついたり、ウチらをバックダンサーにしたり、にこにーにこちゃんなんてダサい歌詞でラブライブ出ようとした事バラしてもいいんやなー⁉︎」
「わーわーわー! 分かったら黙りなさい! あと、誰の歌詞がダサいですって⁉︎」
控え室に戻ってきたにこは、仏頂面で目の前に座る人物を睨んだ。
「……で、ホント何しに来たのよ、希」
「だから、誕生日のお祝いって言ってるやん?」
「いつも通り電話でいいじゃないのよ。なんだって楽屋に突撃かましてんのよ」
「今回初めてチケット取れたから、ついでにって思ったん」
「ついででなんて事してんのよ」
にこは呆れてから、
「……チケット取れたって、もしかして一般応募したの?」
「そうよ?」
「言ってくれれば、μ'sの分のチケットくらい用意するわよ」
「んー、でもにこっち、にこっちなら『本当に行きたいライブなら、コネなんか使わず自力でチケット勝ち取りなさい!』とか言いそうやん?」
「うっ……」
相変わらず、変な所で理解の及ぶ相手だとにこは痛感する。
「それに──」
希は一度言葉を切ると、楽しそうに笑って言う。
「ウチが今日ライブに来たんは、にこっちを見る為じゃないんよ。“矢澤にこ”を見に来たんや」
「……へえ、嬉しい事言ってくれるじゃない」
「ウチ、にこっちの事はホントに凄いなって思ってるんよ。普通の人なら諦めちゃう所を、にこっちはめげなかった。μ'sを作ったのは穂乃果ちゃんだけど、μ'sの始まりはにこっちだと思ってる」
あまりにまっすぐな言葉に、にこは一瞬言葉に詰まる。
「……へえ、言ってくれるじゃない」
「お、照れた?」
「照れてないわよ」
「にこっちが照れた〜」
「照れてないっつてんでしょ!」
そっぽを向いたにこに、
「ほーらにこっち、アイドルは笑顔が大事やん?」
わざとらしくニッコニッコ笑顔をアピールしてくる希。
「変わらないわねぇ、アンタは」
毎度毎度取り合うのが馬鹿らしくなったにこは、苦笑して頭を振った。
「一番変わらないのはにこっちやん? 今日もみんなを笑顔にしてたし、──バストも成長しとらんし」
「……は?」
にこの声が一オクターブ低くなったタイミングで、希が手を合わせた。
「おーっとそうやった。何のためにここに来たか忘れる所やった」
そう言ってスタッフに阻まれながらもずっと離さなかった紙袋をテーブルに置くと、
「ほい、誕生日ケーキ」
そのままにこの方へ押し出した。
「最初は普通にプレゼントボックスに入れようと思ったんだけど、食べ物は届かない言われてな〜。だったら直接渡すしかないと思ったんや。──あ、会場のコインロッカーにクーラーボックスごと入れておいたから、ちゃんと冷えてるやろ? そこんとこちゃんと考えておいたんやで〜」
「……ありがと」
ペラペラ喋る希に、にこは短く返した。
「え、ちょっと素直過ぎて不気味なんやけど……」
「ぬぁんでよ!」
大げさに身を引いた希に噛み付いてから、にこは箱を開けた。
「……ありゃぁ〜…………」
取り出されたケーキを見て、希は思わず声を上げた。
「グシャグシャやんな……」
先ほどの取っ組み合いで箱が揺さぶられたのか、フルーツがふんだんにあしらわれたケーキはギリギリ原型を留めているような有様だった。乗っていたフルーツはほぼ全てが飛び散り、装飾の生クリームも荒波のごとくボコボコ。
「…………」
にこは何も言わない。表情も無表情で変化が無い。
「……ごめん、にこっち。せっかく買ったケーキだったけど、ちょっと調子乗りすぎたみたいや……。また今度、ちゃんとしたの買い直すから……」
シュン、と肩を落とした希の前で、
「──あむっ」
にこは何でもないようにフォークを手にケーキを口に運んだ。
「……うん、悪くないわね。いいセンスしてるじゃない。どこのお店?」
ケーキを咀嚼するにこを、希は不思議そうな目で見る。
「えっと……にこっち?」
「何よ。そんなに見られてると、流石に食べにくいんだけど」
「いや……そんなグシャグシャになったケーキを……」
「形が崩れたって、味は変わらないでしょ」
平然と言い放ったにこ。
「それに、せっかく希が買ってきてくれたケーキじゃない。食べない方が勿体ないわよ」
「にこっち……」
「だから、希は希らしく、笑ってなさいよ。いい?」
ピッ、とフォークで希を指し示す。
これが私だと言わんばかりに。
「……うん。ありがと、にこっち」
「お礼言うのはこっちじゃないのよ。相変わらずねぇ」
えへへ、とはにかんだ希は、
「──あーん」
身を乗り出して口を開けた。
「……何よ」
「ウチらしく、やろ? ──一口ちょーだい、にこっち♪」
「……ったく、しょうがないわねぇ。スーパーアイドルにこにーの『あーん』なんて、超貴重なんだからありがたく思いなさいよ?」
モグモグと幸せそうな希を前に、
「……大切な人を笑顔にできない人が、誰を笑顔にできるっていうのよ」
にこは小さく呟く。
「ありがと、希。凄く嬉しかったわ」