宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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物資の流れ、中央集権と近代

 郡県制、中央集権。封建制、地方分権というか独立国の集合。

 

 それは軍事的にはどんな差ができるでしょう。

 

『銀河英雄伝説』では、諸侯が集まった軍の弱さがありました。

 それは日本の戦国時代でも、西洋でもあったことです。

 根本的には、多くの独立国の連合軍というべきものになる。そうなるとどうしても兵器が規格化されず、命令系統などもうまくいかなくなるでしょう。

 兵を連れて来る小領主はそれぞれが近隣との水争いなどの実戦経験を積み、部下を何代も掌握した小さな将です。士官を育てる教育の費用がかからないのです。ただしその経験は小さい戦いであり、兵器体系を変えるときにはマイナスにもなります。

 もっと面倒くさいのは、リーダーが判断して動くのではなく、下の人間たちが主導してしまうことです。

 部下と言っても単に絶対服従の機械ではない。豪族であり、一国一城ならぬ一村一砦の主。多くの人の生命と誇りを背負ってここにいる。周囲の同僚とも、敵対して戦ったこともあるし血縁もある。

 そしてリーダー個人の武力や金は少ない。フリーザや大魔王バーンと違い、一人では何もできない。

 そうなれば、勝利のために正しいことをすることすらできなくなります。

 

 もっと古代で、多くの独立国から兵を集めるとしたら兵は農民、なら田植えや稲刈りなど忙しいときには戦えないし、動員にも時間がかかります。

 兵を出すと決めてから、村々に使者がよくて馬、悪くすれば徒歩で回り、知らせる。村が出す人を選んで、村で持っている武器を配る。飯を炊いて干して干飯=アルファ化米とし、味噌を焼き固めて腰兵糧をつくる。

 指示された集合場所……領主の館前の馬場とか?……に集まる。そこで話を聞く。そこで配られる装備を受け取ることもあるだろうし、装備は自弁ということも。

(何日かかるんだろうな……)と遠い目をしたくもなります。

 

 領主も倉を開いて味噌を放出する。ある程度の鎧や槍や矢も用意してやる。……強すぎる武器防具を村に持たせたらそれで反乱されたり水争いがひどいことになったりするリスクがあります。準備してやるとすれば保管だけでも費用がかかるし武器防具には価値があるので盗賊を引き寄せます。用意する作業自体にも時間がかかるでしょう。

 まして小領主が戦いになるなと判断してから、最悪は命令を受けてから買い物……徒歩や牛馬で山を越える通信販売。笑うしかないです。

 普段から備蓄したらそれはそれで費用がかかります。常に倉庫費用、保管による価値の減少はとても重いのです。

 

 注目しておきたいのが、装備が自前なのか公が用意するのか、それが大きい違いになることです。

 三日分ぐらいの腰兵糧と槍ぐらいなら農村でも用意できるでしょう。矢はけっこうきついですが、投石紐と石ならなんとかなります。鎧も皮革ならある程度。

 古代ギリシャも、自分の家で盾・スネ当て・槍を用意し、より重要なのは自分で弁当を用意して、盾を並べファランクスとして戦いました。

 中世ヨーロッパの「騎士」も、要するに農村を守り、敵が攻めてきたら伝家の鎧を着て何人かの従卒に槍を持たせ、鎧と馬の力で無双して撃退する、それだけのことです。義務で王の軍に参加するときには……食料は略奪でしょうね……

 

 そうそう、ここで忘れてはいけないこと。今の日本で手に入る、飯盒(はんごう)やアルミコッフェルは戦国時代以前から見ればとんでもない技術です。いや、普通のホームセンターの鉄フライパンも無理。

 鋳鉄ダッチオーブンや土鍋の重量とかさばりが当たり前。

 それを考えると、数日を超えて調理が必要となった場合、軍事構造の質は根本的に変わります。

 食料が自弁・略奪か、それとも兵站か。火を用いずに食べられるアルファ化米や堅パンと干し肉か、それとも調理、鍋が必要な生米と、火薬や鉛玉を運ぶか。それは国家のシステムさえも大きく変えることです。

 鍋を持って行く規模になると、その時点で魔術・宗教の次元でも違いができると思います。古代ローマではかまどの女神ウェスタはすごく信奉されていましたし。

 鉄砲、まして大砲、それ以前でも三日以上の遠距離移動を伴う、国規模の戦争は自弁は完全に無理。略奪すればいい、といってもある地域の全体を食べてしまったらもう出ません。

 中国の流民動乱となれば、最初から食料がないから近くを略奪する、それが流れになってより長く多く食わせられる者が群雄となる……それで文明水準が低くても万単位が動けます。

 騎馬民族であれば家畜多数同伴でそこらの草が飼料になるので、腰兵糧三日とは桁外れの行動力があります。

 自弁という考えは、古代日本では東国からの防人に食料を自弁で用意しろというふざけろとしか言いようがない矛盾を生み出しました。

 秦帝国を滅ぼしたのも陳勝や劉邦が賦役に行こうとして洪水で遅れ、まじめに行っても死刑だからと反乱した、まさにそこでしょう。狭い秦なら遅れずに着ける、でも広い中国全体だと無理だった……狭い秦の法をそのまま全国に当てはめたからでしょう。

 要するに腰兵糧三日で動く国のためのシステムがあり、歩いて一月以上かかる大規模国家になったのに変更しなかったのでしょう。古代ローマが共和制から帝政になったのも、腰兵糧三日と巨大国家の質的な違いがあったのでしょう。

 

『銀河英雄伝説』におけるアムリッツァの失敗、以前も検討した食料生産船なしでの侵攻が失敗したのは、国土防衛軍で侵略したから、とも言えます。国土防衛軍用の兵站と、侵略軍用の兵站は質が違った。おそらくそれ以外のシステムも。

 要するに三日分の干し肉と固パンで略奪しつつ近所で戦うのが常だった軍が、砂漠越えの大侵略をやろうとして、飢えと渇きと寒さで全滅しただけのこと。

 門閥貴族軍が無能だったのも、本質的にはご近所軍だったから、があるかもしれません。

 ナポレオンもヒトラーも冬将軍にやられましたが、それも本質的には同じ……豊かな地域で略奪しながら食べていた軍が、そのシステムが前提としていた以上の範囲を征服しようとして無理が出たわけです。河用の船で外洋に出て無理が出たように。

『銀河英雄伝説』の帝国側も、長距離征服に本質的には適合していません。ガイエスブルク要塞を動かしたことも、長距離征服に軍を適合させる意味が出たかもしれません。

 またラインハルト自身が前線に立ち後継者も前線に立つと遺訓を与えたことは潜在的には長距離征服に適合するためでもありますが、常に本拠地での宮廷クーデターのリスクを負うことにもなります。

 

 宇宙戦艦SFでは基本的には公が装備兵站を用意します……圧倒的な規模ですから。

 ただし、『航空宇宙軍史』では商船を改装した艦もあります。

『スターウォーズ』のミレニアム・ファルコンも民間というか密輸用の高速船を戦争に用いて戦果を上げています。

 現実の第一次・第二次世界大戦でも、民間船の徴発・軍転用はかなり重要な要素でした。

 さらに昔は、普通の商船でも武装しており、海賊を兼業することもよくありました。

 

 それを考えると、『銀河英雄伝説』の門閥貴族軍のどれぐらいが民間船徴発なのか、それを知りたくなります。

 自領警備しかしない軍艦が多数、というのはあまりにも国力の無駄すぎて同盟が勝っていないのが、またそんな無駄を許すほどの国力差があるなら何かの間違いで力が集中されて同盟を粉砕できなかったことが不思議です。

 

 

 

 では中央集権が軍事的によいのか、となるとそれもまた問題があります。

 地図の歴史を考えてください。今は衛星写真からの高精度なネット地図が当たり前です。

 しかし、航空写真も。三角測量も。本当の北と磁石が差す北の違いどころか、方位磁針も。経度を測るすべも。どれもこれも、発明され普及する以前にはなかったのです。

 それでどこに沼があるか、どこが山なのか知らない中央官僚が紙一枚で将軍になったら?

「あのーここはおととしの洪水から沼になってて通れないんですが」

「黙れお前の意見は聞いてない」

 とめでたく全滅することになります。

 それだけでなく、常備軍はとんでもない金食い虫です。衣食住をずっと見なければならないし、厳しい訓練をすると靴底をはじめあらゆる装備を消耗します。

 普段は村の農民で必要な時だけ徴兵する、だとしたら、普段から食べさせる必要がないのです。

 また常に動ける常備軍は、ちゃんと食べさせなければ不満を持ち、しかも実力があります。古代ローマ帝国は常備軍と親衛隊に主導権を握られてものすごい頻度で皇帝がすげかえられることになりました。

 戦いが終わったら戦利品を分配して解散させる、というのはメリットがあるのです。即応性を失うかわりに。

 宮廷での派閥抗争、外戚と宦官、縦割り官僚も深刻です。皇帝の権限が強ければ、そのスタッフが小さな国家を作り、それぞれ私欲を追求してしまいます。

 

 人類は、『マクロス』のゼントラーディ以上に、戦うために作られた道具と言っていいでしょう。プロトカルチャーの設計ではなく進化によって、とにかく戦争のために心身を作られています。

 しかし、戦争にこれほど向いていない種族はないと思えるほどに、戦争がヘタです。事実上必然的に、戦争の勝利より派閥抗争が優先されるのです。

 いや、人類が設計されているのは100人前後の狩猟採集血族での戦いであって、それ以上の人数は設計目的外使用なのでしょう。戦闘機の運転や、オフィスの椅子で表計算ソフトを使って肩や腰を痛くするのと同様。

 

 

 江戸時代。無数の諸侯、それも多くは甲斐武田のように、小領主が集まってそのまとめ役のような立場から、三百年の平和を実現した。

 フランスやイギリスが近代国家になるまで。絶対王政、そして市民革命……徴兵常備軍。その財源。

 うまくいかず没落したスペインやイタリア。

 中国史。

 

 

 それ以前に。

 軍事をするのには、必要なものがあります。

 人。武器。食。服。交通手段。人間集団を束ねるナニカ。

 呪術・宗教。報酬。

 

 ひとつの人間集団を独立した存在とみなすには、軍を、戦艦を作れればよろしい。それは宇宙戦艦作品でも同じことでしょう。

 古代における最低水準であれば、服を着て足元をしっかり固め、最低限の武器を持った人を何人か集められれば、軍事の最低単位と言えるでしょう。

 

 問題は武器を作れるほどの産業基盤をどうすれば作れるか。

 

 

 古代……鉄砲伝来以前の日本であれば。

 人。

 刀・槍・弓矢……鋼と木、麻などの繊維、ニカワなど接着剤。鳥の羽根。

 衣類。わらじなど履物。旗などの染料や金糸銀糸。

 皮革や鉄で作る鎧。

 竹やひょうたんなどの水筒。

 塩。食物。味噌の大豆、米、雑穀でも。

 女も必要です。

 船を作るには良質の木材が大量に、それに釘。縄、帆などの繊維が大量に。水桶も。

 船を作る、高い教育を受けた職人も多数。

 馬、馬具。

 運ぶための道具……人でも家畜でも引く車やソリ、かつぐ袋。高度な木材加工、あるいは布や皮の加工。

 

 鉄砲伝来以降は、鋼と木でできた鉄砲本体、木綿と火薬でできた火縄、鉛弾、火薬、ワッズとなる薄皮・布・紙など。

 

 近代の戦艦は膨大な鋼鉄で作られ、鋼鉄でできた巨砲、のちには高純度シリコンに金の導線で作られたコンピュータも搭載され、石油を燃やして進みます。

 

 銀河英雄伝説となれば、核融合炉とワープエンジン、慣性制御装置、巨砲を備え、数カ月艦内で生活できる……シャワーやトイレも食堂もあるであろう戦艦。

 

 

 軍事力以前に、多数の人間。食料。鉄。塩。

 移動手段……馬、船、鉄道、宇宙艦艇。

 だからこそとにかく戦争はカネがかかる、経済力が戦争を決めるということでもあります。

 さらにどれほど多くの人数が完全武装していても、伝染病にやられたらあっという間に消えることにもなります。

 

 まず人そのものを、資源として。戦える人間一人は、年に……日本では一石(こく)が一人の一年分。大体150キログラムかそこら。それが14年ぐらい。

 少なく見て2トンもの食料と、時間と、水や薪炭その他も濃縮したものが一人の人です。

 ……家畜としてはゾウ同様効率が悪く、だからこそ高価、価値があるし、アメリカなどでは繁殖させるのではなく買い続けた、高価な船が高い確率で沈むのも計算に入れても、と……

 

 食料の濃縮、という考えは結構便利です。

 まず米や麦も、木綿さえも、水を濃縮したと言えます。アラル海がぶっ壊れたのも、膨大な水を木綿に濃縮してしまったというわけです。

 水を濃縮した穀物をさらに家畜として濃縮する。家畜を、処理してから肉にするのもかなりの濃縮です。毛や皮を抜き、皮を除き、内臓や骨を捨てる分。

 さらに油、ラードや鯨油に精製するともっと濃縮され、より長期保存できますし価値も上がります。

 チーズやベーコンも、コンソメやコンビーフもとても濃縮された穀物と言えます。

 米や麦の別の濃縮には、酒もあります。ただ酒にするだけでもだいぶ濃縮しています。さらに蒸留酒にすればもっと濃縮できます。

 

 それに似て燃料を濃縮したとも言えるのが、塩・金属・陶磁器など。

 

 

 古代は人口の多数が農民。しかも自給自足性が高い。食物と、繊維の多くは閉ざされた農村内で作られるということです。

 自給が難しいのは鉄と塩ですね。木や木製家具、陶器などはなんとか自給できるでしょうか。

 収穫された食料、日本では五公五民とか言われます。半分を公が取り、半分からさらに農機具の鉄や保存食の塩も手に入れると。

 領域の半分の米を手に入れた領主は、それをどうするのでしょう。考えたことがありませんでした、20万石で五公五民、10万石の米が無事城の倉に積まれた。さてそれでどうする?どうやってそれで戦いに出る?と。

 地位、石高に応じて家臣に配る。で、配られた家臣は、米をもらってどうする?

 どうすれば、倉に積まれた米を、戦力にすることができる?

「米だ見ろ、戦いや堤防修理に参加したら一人一俵やるぞ」と叫べば多くの人が集まって服従してくれることでしょう。特に動乱期で飢えた流民が多ければ。

 でもそれだけでは……兵、馬、兵糧、船、弓矢刀槍、甲冑、衣類、薪炭などにして、敵に突撃させるにはどうすればいいでしょう?

 米を売って貨幣にする。貨幣と、船や弓矢を交換する。米そのものと、槍や甲冑を交換する。

 そのためには市場も必要になるでしょう。刀鍛冶や矢職人が集まる工場町も必要でしょう。

 米を受け取って刀を用意する商人がいなければ、戦国武将はやっていけないのです。

 

 近代国家は、その機能を兵站という、政府が管理するシステムにしたのが重大なことです。

 略奪に頼るのでは、当然焦土戦術に弱くなります。

 

 

 連想のように浮かんでしまったこと……服。テントと布団。防寒具。足。

 腹が減っては戦はできぬばかり考えていましたが、服がなくても戦はできません。

 ナポレオンもヒトラーも滅ぼした冬将軍。防寒具の問題で何十万、何百万もの兵が死んだのです。他にも幾多の戦争で、防寒具が不備だったせいで死んだり手足を失ったりした兵がどれほどいることか。

 メキシコとテキサスの戦争でも、靴から戦局が変わったそうです。

 弓の弦も繊維。弓を作るにも、槍を作るにも繊維は必須。

 寝るのにもテントが必要です、なければ死にます。寝袋や布団になるようなもの……は贅沢すぎるでしょうか、日本人はかなり遅いころまで大きい服で寝ていたとか……

 服を作るというのも、深く戦争に関わるのです。

 

 自給自足の農村で衣類を作る。

 律令、古代の中国・朝鮮・日本も、租庸調に布があります。金属硬貨がなかったので布が貨幣がわりだった、という面もあるでしょうが、また布が多くの農村で作れたということもあるのでは?

 皮革ではない、というのがまた興味深いです。

 

 自給自足やサバイバルに関する本などで、「服を作る」というのもあるにはあります。

 獲物の皮をなめす。昔では、歯で噛むとか、獲物の脳と煙とか、樹皮や木の実のタンニンとか……

 羊毛を紡ぎ、編んだり織ったりする。

 葛(クズ)の蔓を収穫し、発酵させ、繊維を取る。糸に紡ぎ、布に織り、服に縫う。ほかにも麻の類も。

 後には木綿。東洋の高級品として絹……桑の木を育てて葉をとり、カイコを育て、繭を煮て糸を取る。日本では糸を取る技術がなくなって繭を切り開く真綿に。

 どれも膨大な労力を必要とし、多くの水を汚染し、忍耐のいる厄介な仕事です。

 苧麻(ちょま)・大麻・亜麻などは、発酵過程があるので水汚染も匂いもひどいのです。皮処理も汚水悪臭が強い仕事です。

 まして古代西洋では尿由来のアンモニアで羊毛を洗浄するという悪夢も……

 

 また、繊維製造は分業と、ある程度であっても金属など高度な技術による工具があるかないかで、人数・時間・土地に対してどれだけ布ができるか、かなり差があったと思われます。

 さらに染色技術や、革を蜜蝋で煮固めて硬くするなどとなれば、日本刀を作るぐらいさまざまな役割の職人が協力し合う、多人数で範囲も広い人の集まりが必要になるでしょう。

 集団の大きさ、技術水準。それは当然軍事にも反映されるでしょう。

 兵力が200人を越えたら組織が必要になる、それが人類の普遍的な性質であるように。

 

 

 古代社会を考えるうえでほかに考えるべきこと。

 略奪、奴隷、呪術儀式。

 

 軍事の目的・兵站、それどころか国家予算も略奪に依存している……

 特に中国のように天下統一がある地域では、統一で略奪が不可能になるのは致命的でしょう。

 秦・隋のように短期間で滅びる統一王朝が多いことも、それが原因では。

 秦は無理な公共事業……おそらく大規模な公共事業は、それまでの秦では成功方程式だったのでしょう。

 隋は公共事業と高句麗遠征で自滅。

 秀吉が唐入りで自滅したのも似た構造でしょう。土地そのものを恩賞として配分する、それが天下統一でもう与えられなくなった、とも言います。

 統一が成ったら膨大な将兵と、軍需を支える生産力が余ります。

 

 単純な二乗三乗則も、略奪を考えに入れると恐ろしいことになります。

 国境線一キロ当たりの、内部の面積=人口が増える。

 ずっと拡大、略奪を続けても一人当たりの略奪の分け前が減ります。

 さらに住んでいる場所と略奪する場所の距離が遠くなると、略奪品を運ぶためのコストが上がってしまいます。

 

 

 奴隷に依存している、というのも社会構造上重大です。

 奴隷依存社会は、拡大をやめると新しい奴隷が入らなくなって破局します。

 古代ローマを共和制から帝政に変えたのも、多数の奴隷を用いて広い土地を耕作する富裕層が力を増し、それまで共和国の根幹をなしていた小規模農が没落したことです。

 また拡大が止まったとき、新しい奴隷も入らなくなりました。

 中国・古代日本史では奴隷が目立たないですが、実際には重要なのでは?

 筆者はイスラム帝国史に無知ですが、イスラム帝国が多くの黒人奴隷を使ったとも聞いていますしイェニチェリの名前ぐらいは聞いています……奴隷が重要だったのでは?

 

 そして西洋の近代化は、三角貿易が根幹にありました。

 綿花・砂糖などの暑い地方の農産物。ヨーロッパでは作れません。

 それをアメリカ大陸で作りますが、人数が必要です。先住民は伝染病で全滅。ヨーロッパの貧困層を連れて行っても、熱帯伝染病ですぐ死ぬ。

 というわけで、アフリカに工業製品を持って行く。アフリカから黒人奴隷をアメリカに運ぶ。アメリカで作った綿花や砂糖をヨーロッパに運ぶ。その収益で工業設備を作り、綿花を効率的に布にする。

 のちにコーヒー・茶・ゴムなども加わります。

 

 機械化できるのがとても遅い。特にサトウキビは収穫してすぐ絞って煮詰めなければ酒になってしまう。

 蚊が多くてヨーロッパ人も先住民も生きられない。黒人奴隷をその場で繁殖させることすら効率が悪い。

 それによってできた、奴隷経済……

 

 奴隷のさらに極端なものが、近代化が進んだ段階で生じます……強制収容所。

 ナチスドイツもソ連も、膨大な人々を強制収容所に送り酷使しました。

 究極に人件費が少ない。生きられるだけの食糧すら必要ないのです。

 その稼ぎこそ、ナチスドイツの再軍備化、ソ連の工業国化を成功させたというものです。

 

 奴隷経済も、結構多くの宇宙SFに見られます。

『銀河英雄伝説』はゴールデンバウム帝国が、連邦民の多くを農奴・流刑囚として酷使しました。

『さらば宇宙戦艦ヤマト』の冒頭では、白色彗星帝国が征服した人々を鉱山で酷使するシーンがあります。

『ボルテスV』も身体的特徴と結びついた身分制度を描いています。

『彷徨える艦隊』のシンディックも、強制収容所が当たり前です……それは経済にも社会構造にも大きな影響を与えています。

 残虐描写は人の感情を強く刺激するので、人は好んでしまうのでしょう。『スターウォーズ』EP6の、レイア姫の扇情的な服装のように視聴者サービスとしても使いやすいです。

 

 ロボットを奴隷とみなすかどうかも、特に人工知能が人間と同等になったときに重大な問題となります。

 ロボットもの……搭乗タイプではなく、アトムのように人間の大きさと姿で、電子頭脳で自分で判断するタイプ……の根本が、原点の『R.U.R.』(カレル・チャペック)からしてロボットの反乱でした。

『ギャラクティカ』、『ターミネーター』もロボット・人工知能の反乱です。

『鉄腕アトム(手塚治虫)』もロボットの人権獲得、奴隷解放運動が話の中核です。

『われはロボット(アイザック・アシモフ)』などロボットシリーズはそれを変形し、三原則で従属性を高めました。

 

 特に、「ロボットを作れるロボット」は文明そのものの自己増殖につながり、生産力を指数関数増大させるために、現実に売られるSFはそれを抑制しなければならないようです。

 ついでに「ロボットが自分より賢いロボットを設計開発する」もシンギュラリティ、技術的特異点につながる危険があります。

 

 

 拡大征服、多数の奴隷を手に入れる……それに依存していた社会が急停止することによる社会の変化は、『叛逆航路』シリーズの根幹です。

 エイリアンに技術的に勝てないこと、ひとつの星系を皆殺しにしてしまったことから、帝国は穏健な方向に変化しました。エイリアンと条約を結び、虐殺を控えました。寿命の短い人間の将兵は、虐殺をしないことが当たり前になったほどに。

 人工知能を持つ艦にとって、新しく人格完全破壊済みサイボーグが入らなくなったのは不便な話でした。

 それだけではありません。多くの星は、征服を繰り返し新しい征服民を分配されることが定期的に繰り返される……それまで最底辺だった人々の後に、新しく次の最底辺が配属されることで上昇できる、その回路が消えたのです。

 

 その回路はまさに古代ローマ帝国の根幹と言えたでしょう。

 アメリカも、黒人の元奴隷を先兵にして出世させ、その下に新しく征服した人々を……とならなかったのは……

 

 ただここで疑問なのが、『銀河英雄伝説』で特大の謎の一つ、奴隷制と徴兵の相性の悪さ。

 奴隷に命を捨てて戦い抜けというのは無理、だから日本さえ、建前上四民平等にしていました。

 また弱者を憎むゴールデンバウムの根本と、廃兵を大切にしなければならない軍事主義価値観は相いれないものがあります。

 といっても中国では政治的権利皆無でも戦いますし、日露戦争・クリミア戦争・第一次世界大戦でロシア帝国の兵も忠実に死にましたが。

 

 

 呪術儀式も重要ではありますが、考察が難しいです。

 

 

 中国や古代中東帝国の、中央集権と近代、それはどう違うのでしょう。

 近代とは……

 

 

 近代ヨーロッパは、遠洋貿易が重大でした。

 同時に農業・繊維工業・製鉄でも恐ろしいイノベーションがありました。

 それによって絶対王政となり、騎士たちはベルサイユに集まった……並行して近代海軍・東インド会社という奇妙なシステムができました。

 また、とても多くの人が新しい消費者となりました。砂糖を入れた茶を飲み、美しく染められた木綿の衣類を着ました。

 産業革命期の労働者の悲惨はよく言われますが、その親の世代の農村に比べればずっとまし、と言われます。人口増大・農業生産の増大もとんでもないですし。

 砂糖と綿花はアメリカ大陸で黒人奴隷の手によってつくられたもの、茶も中国やインドからの輸入品です。その富で多くの銃と布を生み出し、その力で奴隷を買い続けました。

 同時に、軍事や社会の組織にも多くの変化がありました。

 船の技術の発達は、国内の連絡も速くしました。腕木通信があり、また郵便制度も発達しました……郵便のために船や列車を動かしたりさえしました。ペルシャやモンゴルの駅伝制度が帝国を作ったことを思い出させます。

 さらに鉄道という運搬と移動の進歩もありました。

 公教育、印刷と国言葉、徴兵制と市民革命、時計と時間、貨幣・金融・保険、廃兵院・救貧院・年金……さまざまな力を国家が、騎士たちや教会から取り上げました。

 何よりも変化したのは、納税システムなのかもしれません。

 

 さて、中国やペルシャ帝国の「中央集権」と近代国家はどう違うのでしょう。

 特に明や清・ヨーロッパがフランス革命をやっていたりする時代のイスラム帝国についての無知が痛感されます。

 中国には海軍がなかった?いや、鄭和の船団や赤壁の戦いは?

 律令制には、徴兵制の概念もある……イギリスや、革命フランスとは何が違ったのでしょう?

 産業力の大進歩なら、南宋のコークス製鉄もすごいし、清はサツマイモで人口を何倍にもしました。

 

 また、「中央集権」への変革としては『スターウォーズ』のパルパティーン帝国もそうですし、『銀河英雄伝説』のラインハルトも、強い地方分権・門閥貴族の国だった帝国を、貴族を粛清し、法治を確立し、同盟を敵として国民軍を編成しました。

 戦争がきっかけで国民国家の意識ができる、というのは近代史でよくありました。

 

 

 角度を変えて、日本の戦国後期で起きたこと。

 甲斐武田家のような小領主の集まり、その代表としての、当然力が小さい大名……それに対して織田家は違う方法を取った。

 海上交易の富を利用し、鉄砲隊をつくった。

 身分が低い秀吉などを抜擢した……武田二十四将と違う、デメリットとしてはスタッフがいない。家族も異様なほど少ない……秀長が大当たりなのは幸運でしたが、普通のある程度以上の農民出身なら何十人も五体満足な親戚がいるでしょう。兵を率いる小隊長、読み書きして報告書を書くのを手伝い、兵糧を数え、与えられた土地を統治する文官、全部自分で見つけ育てなければならなかった。

 武田二十四将なら、代々の村長であり乗馬も読み書きもある程度できる、何十人もの武士を配下に持っている。領土もある。それはそのまま次の戦争で士官として多くの兵を率いさせることができる。新しい占領地を統治する有能なスタッフにもなる。領土から農民を徴兵してくることもできるし、服や鎧もある程度持ってこれる。

 逆にそれがある武田将は、田植え時期の戦争を断る。自分の多数の武士・領民の利益にならない戦争をしたがらない……遠回りしてでも美女が多い町を落として強姦大会してから決戦したい、近道なんてしたらうちの兵たちが欲求不満で反乱しかねない、ということがある。

 秀吉にはそんな制約はない。読み書きができる下賤の人を金で雇い、長い訓練が必要な弓ではなく、弓より性能が劣るしバカ高いけれど最低限の訓練で使える火縄銃を使う。弓道で、四月に始めた初心者が八節を身につけ的を射ることができるようになるのは天才以外早くて八月、と言っておきましょう。それも弱い弓で半分当たればいい方ぐらい。

 さらに農繁期でも戦争ができる。相手が嫌がる命令もできる。

 

 加えて織田信長の面白いところは、次々と家臣の領土を動かしたことです。それが本能寺の変の原因になったともいわれています。せっかく坂本で名君している明智光秀、それがいきなり何年も手塩にかけた土地を取り上げられて、中国地方切り取り自由……

 社宅を追い出され、支社を作ってそこで暮らせ、と。武田二十四将だったら即反乱でしょう。

 それが織田軍団の大名たちの生き方です。

 先祖代々一所懸命、小さな谷を代々耕してきた村の長が武士として、村の農民の男を何人か連れて集まって戦う、基本的には近所で略奪し自分の村を守る、そういう「豪族」「土豪」武士の代表者とは、根本的に違うものになれ、と。

 それまで自分を支えてきた、一番下の農民からピラミッドとの深く絡み合った絆……それから引き離されるのです。

 確かに何人かの、武官文官を連れて行くことはできるでしょう。しかし連れていかれた人たちも、何代も支えあってきた家族同然の農民たちとは引き離されます。新領土の地形も一から学ばなければ戦うことも交易も農業指導もできません。

 先祖代々の領主だったのが、紙一枚のホーンブロワー艦長と変わらない存在になってしまうのです。

 岐阜・安土と信長が頻繁に遷都するのもそれと一体でしょう。

 給料も、貨幣が重要になってしまいます。

 楽市楽座も、土着土豪の貨幣獲得手段を奪い、より上の権力を強めるものでした。

 さらに超大規模な土木工事も行われ、暴れ川と湿地帯が膨大な新田になりました。

 

 

 秀吉の天下統一から江戸時代になって、そのシステムは大名鉢植え政策としてさらに洗練されました。

 先祖代々の地をそのまま統治することを、できるだけさせない。石高を上げるかわりに移す。秀吉の転封命令に逆らった織田信雄は改易され、家康は忍従しました。家康はそれで、うるさい先祖代々の土着土豪に従わなくてよくなって利益を得たとも聞きます。

 土着の村長武士たちとは、代々の絆がない。だから容赦ない検地もできる。あちこちは反乱だらけとなり、佐々成政は切腹し加藤清正が戦い、山内一豊は土着土豪を残忍にだまして処刑し身分制度を作り上げた。土着武士との絆がない、土に根付いていない鉢植えなので、反乱の脅威も低い……実際に江戸時代には、大名による反乱はほぼありませんでした。

 かといって、中央で公家文化に浸り代官から届く税に依存する、室町時代の大大名や広い荘園を持つ大貴族や寺とも違うのです。それらと違い、地方を治める代理人が実権を握り、名ばかりの不在支配者を排除する動きはありませんでした。文化的にも公家化を免れました。参勤交代がそれを可能にしたのでしょうか。

 かわりに幕府も、多くの大名も借金まみれになりましたが。

 外侵略の失敗と鎖国、膨大な開拓新田と人口増が、物質的な条件でしょう。

 外様には大領のかわりに幕政には参加させない、譜代は領土が少ないかわりに老中になれる、石高=軍事力・経済力と権力の分離も興味深いです。紙一枚大将に近くなるわけです。

 

 ただしそのシステムは、中央集権とは微妙に違いました。徳川幕府が動員できる戦力は少ないままでした。分散した天領から動員するのは時間がかかり非現実的、巨大親藩も次々と潰しました。

 幕末になるまで、幕府そのものの軍事力の弱さが見えることはありませんでしたが。

 農業力も、繊維生産力も桁外れに上がりましたが、火器工業力はあえて上げませんでした。

 

 

 中央集権……それがどのように近代化、民の生活水準と農業・繊維・武器・交通含む生産力の爆発的増大に結びつくか。

 その上でどんな社会構造、いや国全体の目的を何に置くか。

 富国強兵、戦争に勝つことか。安定と旧守か。反乱予防か拡大か。信仰か……

 民を食わせ、健康にし、教育する。

 開拓し、新作物や新農法、新しい肥料や農薬を導入し、医学を家畜に応用する。

 工場、鉄道や港湾。

 結果としては輸送艦一杯の食料と弾薬と戦艦、それを使う丈夫な服を着た健康で読み書きできる兵……

 でもそれができない、あるいは意味がない歴史的立ち位置もある。アフリカの新独立国は援助で工場を作っても動かせなかった。

 

 100人前後で狩猟採集生活をするために設計された動物が、巨大星間国家を作るのがどれほど無理なことか。

 

 ……結局今回は結論らしいことは何も言えません。

 ただし、筆者が近代の時期における中国・中東史、隋唐帝国・律令制などにいかに無知かはわかったので、おいおい図書館で手に入る本だけでも読んでいくつもりです。


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