現実のハンセン病は感染力が低く、今は治療可能な病気です。
『銀河英雄伝説』の一番大まかなストーリー、拡大し続けた連邦が衰退してルドルフが出た。同盟ができて急成長し、帝国に見つかって戦争になり戦術勝利はあったがずっと戦争、両方衰退……
その最大の流れは、テラフォーミングなどいろいろ無視すれば、資源枯渇でも説明できてしまいました。
同様に、いろいろ無視すれば伝染病でも説明できてしまいます。
連邦が広がり、多くの星を開拓した……その時にとんでもない病原体に当たった。
それで人口が急減し、そのために新しい開拓もできなくなったし開拓途中の惑星も放棄され、社会全体に不安が蔓延し、退廃を防げという声が強まって、ルドルフが出た。
指数関数的な人口・生産力の増強を続けていた同盟、ダゴンで大勝利はしたが、そのときの捕虜やその後の帝国からの亡命者が、それまで隔離されていた伝染病を運んできた。それで人口増加・経済成長が止まって、国力逆転から数で帝国を圧殺することが不可能になった。
いろいろな無理はあるにしても、筋が通ってしまいます。
それだけ、『銀河英雄伝説』の大まかなストーリーが現実歴史のパターンにそっているし、現実歴史はパターンを繰り返しているとも言えます。
栄枯盛衰。『銀河戦国群雄伝ライ』の正宗が死に際に、雷に教えを請われ与えた言葉。
伝染病。現実の人類の歴史でも、あまりにも巨大な要因。
何冊も、伝染病から歴史を振り返る本はあります。それを調べて読む方が早いかもしれません。
伝染病は、圧倒的な数の人間を殺します。戦争や飢餓と比べても桁外れに。いや、戦争や飢餓と手を携えて……戦争、飢餓、伝染病、環境破壊は別々ではなく一体と言うべきでしょう。
ファーストコンタクトと伝染病が絡まると、百万帝国を数百人で滅ぼすことすら可能です。それは滅ぼした側にも影響します。
広くなりすぎた帝国が、伝染病で壊滅することもしばしばあります。
伝染病の恐怖は社会全体を変えます。より不寛容に、ユダヤ人虐殺になることも。特に、死亡率は低いけれど外見の変化があるハンセン氏病は、人間の最も醜い部分を強烈に引き出します。
西ヨーロッパでは労賃を上げて封建制を破壊し、東ヨーロッパでは農奴制を強めました。
一番恐ろしいのは、伝染病・宗教・統治の関係です。
伝染病が起きれば、特に近代医学以前は、誰もが神にすがります。魔女狩りもひどくなり、それも権力を変質させます。
どれほど祈っても伝染病が弱まらなければ……宗教と、宗教に密着した政府を人々が信じなくなることもあります。信仰が狂気になり、侵略につながることもあります。
天罰だ、政権交代しろ、という声も常です。
中国ではたびたび新しい過激宗教による反乱が起きました。
新大陸の先住民がキリスト教に改宗し数が少ない征服者に服従したのは、伝染病で指導層が死に絶え、救ってくれない宗教と一体化した旧政府に対する信仰と信頼が完全崩壊したからともいわれます。
宗教と政治は一体です。「信」「権威」宗教のそれと政府へのそれを切り離すことはできません。今の近代国家も、政府……警察・軍・教師などが神の代理人の面を完全になくすことなどできないのです。
ペリクレスを殺しアテネの黄金時代を終わらせた疫病。
古代ローマを、東ローマ帝国を繰り返し襲った疫病。中国でも日本でも、歴史の要所で天然痘などが猛威を振るっています。
アレクサンダー大王も平清盛もマラリアで死んだとされます。
モンゴル帝国の崩壊も、拡大しすぎペスト保菌ネズミが住んでいた砂漠に触れてしまい、全ユーラシア世界に広めてしまったことがあります。
そしてペストはヨーロッパの半分近くを殺し、中世を壊し、別の文明になるきっかけとなりました。
アメリカ大陸でヨーロッパがすさまじい征服に成功したのも、ほぼ伝染病の力です。
激しい熱帯伝染病はアフリカや中米の発展を大きく遅らせ、黒人奴隷の悲劇にもかかわります。スエズ運河もパナマ運河も伝染病が大きな阻害要因でした。逆に伝染病対策が進んだことが、アフリカ分割につながりました。
日本の開国もコレラから始まったようなものです。
第一次世界大戦の戦局に、スペインかぜと呼ばれるインフルエンザの影響は大きい……
隔離されていた人間集団が接触するとき、伝染病が広まります。
帝国が拡大してもそれは起きます。
さらにそれが、環境破壊や重税による飢餓に重なれば。
それこそ、栄枯盛衰のきっかけにもなります。
何度か触れたように、宇宙SFでも伝染病はきわめて重要な要素です。
『天冥の標』はほぼ完全に、最悪の伝染病が支配する話です。高い死亡率。外見の変化。一生保菌者であるというたちの悪さ。
それが人類を分断し、健康な側の人類も大きく変え、桁外れの憎悪と争いを産みました。
『宇宙戦争』はまさに伝染病の圧倒的な威力。……ヨーロッパの侵略を皮肉ったのであれば逆に、死滅したのは地球人の側であるほうが正しいでしょう。
『反逆者の月』では、伝染病で帝国は滅んでいました。便利すぎる交通システムは、悪質伝染病一発での滅亡も意味していました……モンゴル帝国の交通網と同じく。
『ローダン』でも幾多の伝染病……実際には伝染病とは違う集団病も……がテラナーを何度も全滅寸前に追い詰めています。
探検、開拓、植民……それらと伝染病は切り離せません。(中南米含む)アメリカ開拓史は黄熱病の歴史でもありますし、中国が南方に広がるのも伝染病との戦いでした。日本の南方開拓、南洋戦線も当然のこと。
『たったひとつの冴えたやりかた』は、実際には悪質伝染病の話と言っていいでしょう。事実だけ見れば一つの植民集団が全滅し、二人組の探検隊と、一人の旅人が死亡したのです。
『冷たい方程式』も、植民団にワクチンを運ぶことの緊急性・重要性あっての話です。
『ヴォルコシガン・サガ』でも、バラヤーが新しく手に入れた惑星には悪質な風土病があり、開拓者を苦しめています。
またバイオに優れたセタガンダ帝国は非常に危険な生物兵器を多く持っており、マイルズもそれに関する事件に巻き込まれました。
『エンダー』でも『死者の代弁者』以降の主舞台となるルシタニアは、デスコラーダという強烈な伝染病に苦しめられました。病気に対する恐怖こそ、わずかな反抗に対して惑星ごと分子破壊砲で絶滅させるという最終手段を出させたのです。
そしてその病原体はそれ自体が知的生命体……
知性のある病原体というアイデアは『ブラッド・ミュージック』など結構使われる題材です。
『銀河の荒鷲シーフォート』で敵の攻撃は、植民地における謎の伝染病から始まりました。
伝染病の威力を知っているからこそ、人は生物兵器に強い感情を持ちます。核兵器や化学兵器とは質の違う恐怖、卑怯という感じ。また民族・種族ごと絶滅させたいと思ったときには頼ってしまうでしょう。
中性子爆弾同様、施設を破壊せずに占拠できるという利点もあります。
日本人、有色人種すべてにとってリアリティがあるのが『狼の怨歌(平井和正)』などで示唆される、白人貴族以外皆殺しの恐怖です。
実際には伝染病には、大抵はわずかな生き残りが出て、免疫を持つその子孫が病気と共存して生きのびますが。また、オウム真理教事件・アメリカの炭疽菌テロにあるように、実際には運用がかなり困難なようです。
『時空大戦』では、敵の生物兵器が圧倒的な力を見せつけました。
『彷徨える艦隊』でも、太陽系の大きい衛星の一つが生物兵器に汚染され全滅し、避難船を撃墜するなどの悲劇がありました。今も何物も出してはならないと恐れられています。だからこそその遺跡の産物は超貴重品で高く売れますし、ある脅迫にも用いられました。
また生物兵器が厳しく禁じられているからこそ、その研究に従事した人が特殊な洗脳を受け人間として壊れる悲劇にもなりました。
『最後の帝国艦隊』でも生物兵器を用いた恐ろしいテロがありました。
『ネアンデルタール・パララックス』ではネアンデルタール側の優れたバイオ技術を地球人(グリクシン)はおぞましい野望に使おうとし、奇妙な結果をもたらしました。
生物兵器を作る人々のおぞましさと、その結果が激しいまでに描かれているのが『復活の日』でしょう。
『スペースバンパイア』、『エイリアン』、ゾンビなどもかなり伝染病の面を持ちます。
また自己増殖性ナノマシン……グレイ・グーも伝染病に近いものです。
『量子怪盗(ハンヌ・ライアニエミ)』、『楽園追放』などは、ナノマシン大災害の過去を持っています。
大規模なコンピュータウィルスによる害も、変形の伝染病でしょう。
ほかにも、どんな形であれ自己増殖の面があれば、伝染病の変形です……逆に伝染病と戦う手法を使うこともできるのです。
人類を滅ぼしたければ、砲と銃よりも伝染病の方がずっと簡単でしょう。
すべての文明が何よりも警戒すべきことです。