『近代世界システム1』でかなり挙げた疑問の答えがあったので改稿します。
『清潔の歴史』、『茶の世界史』『砂糖の歴史』『紙 二千年の歴史』『トラクターの世界史』など単テーマの歴史書、エジソンなどの伝記を読み比べることからも、この駄文以上の洞察は得られるでしょう。
単純すぎる疑問。特に農業で、奴隷制とそうでないのはどちらが儲かるか。
奴隷制が本当にいいなら、イギリス本国でも奴隷に麦畑を耕させればいい。
そうではない。イギリス本国ではそうではない農業の方がよく、アメリカの綿畑やカリブの砂糖畑では奴隷制の方がよい。
ではなぜ?本当に?
『現実』とはある意味逆に、熱帯産のキャッサバとサゴヤシが人類の主食で、サトウダイコンが砂糖の、セージやカモミールなどハーブティーが嗜好飲料の主力だったら?
この問いの根本的な答え。奴隷は単純労働しか期待できない。
何を作物とするか。
麦。水田稲作。トウモロコシ。ジャガイモ。サツマイモ。キャッサバ。サゴヤシ。
プランテーション作物。
砂糖…サトウキビ/サトウダイコン。木綿。コショウなどスパイス。ゴム。
コーヒー。カカオ。茶。タバコ。
バナナ。
油……アブラヤシ。アブラナ。大豆。ピーナッツ。ヒマワリ。トウモロコシ。
大麻・亜麻・木綿・魚・鯨・石油。
ブドウ。
大麻・亜麻など。
絹。
麻薬。
巨大樹木。
染料。
毛皮。
現実の地球人の歴史は、それら作物によってつくられています。
コショウやナツメグがフランスで育てば、歴史は全然違ったでしょう。
いや、コショウを育てられる巨大島が大西洋にあってもかなり違ったでしょうが。
作物の影に存在している自然産物もあります。昔の水田稲作はドジョウ・フナ・タニシなど魚介類も得られました。昆虫食、周辺の鳥獣の狩猟もあるでしょう。それらや野草を補助的に食べていなかったら農民たちはアミノ酸・ビタミンの不足で死ぬでしょう。
狩猟は貴族の特権とされますが、ネズミ程度の小動物なら別でしょう。
衣類武具をある程度でも村で自給するなら、狩猟皮革・大麻や亜麻・ツル植物や繊維がとれる樹皮なども重要でしょう。
麦や稲など、デンプン豊富な作物がまず大人口、文明を作ります。特に文明が栄えるのは旧大陸では北緯20~40ぐらい、温帯からやや乾燥する気候です。
ヨーロッパから中東、中国北部の麦。
中国南部・日本とアジアを代表する稲。
新大陸先住民のトウモロコシとジャガイモ、太平洋のタロイモ・ヤムイモ・サゴヤシ。新大陸原産とされるキャッサバやサツマイモ。
西洋文明を支えた麦。
特にキリスト教の最重要儀式のひとつ、イエスの肉・血としてパンとワインが与えられるため過剰な価値を持たされています。
米と違い、粉にしなければ食べにくいです。押し麦にも中心に線がある、麦には内部まで深いくぼみがあり、薄いカバーに覆われた米のようにただ搗くだけでは糠(ぬか)を落とせません。
粉にするのに常に膨大なエネルギーと石材を使うし、製粉所を通じた徴税も可能です。いや粥ならいいんですが、味が落ちてしまいます。それに兵糧と考えると鍋と器が必要でやっかいです。
プラウ、牛馬にひかせる犂を用いて大規模に耕作するのに向いています。もともと乾燥地作物で、灌漑とも相性がいいです。幸いかどうか、トラクター・コンバインという機械化にも非常に向いていました。
大麦・エンバク・ライ麦などは人の食料になると同時に馬の食糧にもなり、膨大な馬の力は蒸気機関が普及してからも長く工業も農業も支えてきました。
麦という作物の特徴。それは、中国の制度、またペルシャ帝国や古代ローマ帝国の体制、そしてヨーロッパ……西ヨーロッパの法治と封建制から近代国家、また東ヨーロッパの農奴制強化……それぞれにどのような関係を持っているでしょう。それを考察できるほど筆者は麦を、麦と同時に食べられる野菜や家畜、名前も出ない食物を知らないのです。
稲はそのデメリットがなく粒のまま食べられる、ただし温暖な気候と大量の水が必要です。それがあれば桁外れの収量もあり、連作障害にも割と強いです。
また麦と違い、役畜にひかせる大きい農具より人が高密度に手をかけるほうが向いています。機械化に投資されにくい。
日本式の水田となればあぜ作り、代掻き、水入れ、苗代、田植え……俵作りまで、とんでもない技術が必要です。
米も特に日本では徹底的に神聖視されています。天皇祭儀の多くは稲に関わります。
麦・稲の優位は、味と保存性。
ジャガイモ・サツマイモ・キャッサバなどイモには収量・鳥や虫の害に強いなど優位もありますが、保存が難しいという欠点があります。
また麦・稲は、藁が非常に有用であることも優位でしょうか。縄、俵、草履、帽子……なんでも。それを用いる生活には高度な技術が必要であり、大規模奴隷農業との相性の悪さともなります。逆に、大規模奴隷農場は、膨大な必需品を購入する必要がある、大規模な工業・商業・輸送システムがなければ機能しないのです。
トウモロコシは条件をそろえた時の圧倒的な収量、油も得られること。
アワ・キビも重要ですが、結局は麦と米に追いやられます。サトイモも優秀で、太平洋ではヤマイモの一種とともに、タロイモ・ヤムイモとして主食でもありました。
大豆は栄養面で桁外れ……アミノ酸が完全……ですが、主食にはなりません。また豆には空中窒素固定という、長く知られなかった力もあります。牧草としてのクローバーやアルファルファもかなり重要な作物です。
低緯度に適した、ヨーロッパでは作りにくい作物……コショウ・シナモン・ナツメグ・サトウキビ・木綿・茶・コーヒー・ゴム・アブラヤシ・バナナなど。
これらも大きく歴史を動かしました。
ヨーロッパだけがこれらを簡単には入手できません。自分の庭で育てることができません。
日本では茶・サトウキビ・木綿が栽培できてしまいました。
中国もイスラム帝国も、容易に東南アジア貿易で入手できました。ヨーロッパだけがそれらを簡単には手に入れられず、猛烈に欲望しました。
サトウキビ……糖分を含む液は、収穫してすぐに絞り、すぐに煮詰めなければならない。
多くの投資と機械、燃料、人手も必要……絞るのは人の体だけでは無理、何らかの道具、初期投資が必要。反面、切って運んで絞り煮詰めるだけの作業は、熟練を必要としない。
幾多の島から先住民を根絶し、さらに膨大な黒人奴隷をなぶり殺しにした……今も薬物扱いする人がいる悪魔の賜物。
日本史もその点では無罪ではない、薩摩による琉球民の残虐な扱い、維新後の南洋の島々での地獄絵図と砂糖長者たちは読むほどにおぞましい。
サトウダイコンなどヨーロッパでも作れる作物からの砂糖は、成功はしましたがサトウキビを駆逐はしていません。
他にもスイートソルガム、サトウヤシなどからも砂糖は得られます。それらがサトウキビに比べどう劣るのかは知りません。
木綿はアラル海の地獄絵図が示すように桁外れに環境負荷が高い。日本でも金肥・干鰯と強い肥料が必要。
機械化されるまでは繊維である実を手摘みしなければならないので膨大な人手が必要。だからこそ膨大なアメリカの黒人奴隷……南北戦争というアメリカ史ぶっちぎりの死者数の悲惨な戦争、さらに膨大な黒人による社会の分断と苦悩を作り出してしまいました。
そしてその木綿を加工する、イギリスの紡績機・織機・染料こそ産業革命の主動力でもありました。
大麻とは対照的に、広大な農場に向いているということでもあります。
コショウ・シナモン・ナツメグなどのスパイス……東南アジアの多島海で得られました。乾燥して長期間保存でき、体積当たりの価値が桁外れ。種を盗んで栽培することもかなり困難でした。
特にヨーロッパ人の膨大な欲望を駆り立て、すさまじい征服と虐殺のもととなりました。
コロンブスもエンリケ航海王子の配下も、誰もがスパイスを求めて危険すぎる海に出たのです。何百年も、同じ風が吹くイベリア半島・ジブラルタル周辺アフリカで暮らしていたイスラム教徒が出ようとしなかった海に。
ゴム。これは根本的に新しく需要が発生した資源です。
近代軍における防水防寒衣類、さらにタイヤという形で新しい文明の根幹となりました。
熱帯の、樹木から得られる。そのことは日本もソ連も苦しめました。ソ連などはタンポポからゴムを得ようとしたほどです。
栽培成功までは熱帯林の中の自然に生えている木でした。その幹を傷つけて樹液を得るのは大変であり、多くの重労働の悲劇を生みました。
大変であると同時に、極端に熟練が必要ない簡単な仕事でもあり、周辺の先住民・奴隷と多くの使い捨て労働力でできた仕事でした。
アフリカ原産のコーヒー、アメリカ原産のカカオはともに純粋に楽しむための、カフェインという薬物のための品です。
どちらもプランテーションに適した作物であり、多くの悲劇を生みます。特にベルギーチョコの影にあるあれは、邪悪の密度が桁外れ……
茶はアジアで古くから知られていたカフェイン飲料。
特にイギリス産業革命期に、貴族から工業に従事した労働者まで膨大な需要を産みました。磁器、砂糖、そして牛乳(システムがなければ都市で飲むことは不可能)とのかかわりがとても強いことも特徴です……手びねりの陶器で抹茶を呑む日本や、中国から見れば野蛮を通り越したそれが、世界標準の文化とされたのです。
『叛逆航路』では強い紅茶文化があり、「宇宙版ダウントン・アビー」とさえ言われます。皇帝が所有する高級な茶器は星系が買えるとすら言われ、それを与えられ送られた総督の権威にもなります。茶農業が重要な産業でもあり、当然被征服民の重労働で作られたものです。
『銀河英雄伝説』でも、ヤンは紅茶にこだわります。ラインハルトが会見のときにヤンにコーヒーを出したことは重大な情報収集不足ではないでしょうか。
茶もまた、セイロンなどでは重労働で収穫され、イギリス帝国の膨大な収益の源となったものです。ティークリッパーの伝説、アヘン戦争の汚名があるほどに。
タバコは綿花に並び、北アメリカプランテーションの主力作物でもありました。その膨大な収益があったからこそ工業基盤を自力で作り、独立することができたというもの。
極端に栽培が簡単で、また数年で土地が疲弊するのでこの土地が死んだら次の土地、という使い捨て農業になりやすい、広大な北アメリカだからこそできた作物でもあります。
デューク大学というアメリカの世界屈指の名門大学は、石油や鋼鉄と同様に巨大企業が生じ分割された大ドラマの主役であるデュークというタバコ長者の寄付。それほどの富。
バナナも比較的新しく欲望された……船などの技術革新から生じた巨大産業作物。アフリカなどにはプランテーン、調理用バナナが主食である地域もあります。
「バナナ共和国」という言葉のように、戦後世界の秩序、先進国の巨大企業に翻弄されるプランテーション国家の悲惨の象徴ともされます。
油……アブラヤシ・アブラナ・大豆・ピーナッツ・ヒマワリ・トウモロコシ・大麻・亜麻・木綿・魚・鯨・石油……食べられる油、乾性油、毒で食べられないけど工業用重要な油、松脂のような樹脂、エッセンシャルオイル、鉱物油など実に多様にあります。
古代ギリシャ・ローマ・旧約聖書の歴史は、オリーブ油なしには語れません。メシアという言葉自体「油をそそがれた者」、オリーブオイルで清められて支配者の座についた、という儀式からです。
油で面白いのは、繊維作物や麻薬作物の多くから良質な油も得られるということです。
禁止薬物にも繊維にもなる大麻の、ブランドふりかけにも入っていた実からも油が得られます。ついでにタンパク質やビタミンも豊富、中国では五穀に入っています。
亜麻の種も油になります。木綿の種も。
ケシの種……アンパンにかけられたポピーシードがあるように、ゴマのように油が得られるのです。それも農薬いらずで大量に。ケシも大麻も余計な薬効がなかったらどれほどありがたかったか……
ブドウの種も油が得られます。
トウモロコシ・米など主要作物も結構油がとれます。大豆も世界的には油目当てに栽培されることが多いです。ピーナッツは特に油収量が多いです。
アブラナ・ヒマワリなど近代特有の油糧作物もけっこう作付けされています。
そしてアブラヤシ。桁外れの油収量がある熱帯樹木作物。
樹木だからこそその収穫は困難……同時に機械化困難で、単純で危険な重労働に向いている……であり、サトウキビ同様児童・奴隷の悲惨な労働を膨大に産んでいます。
熱帯雨林皆伐・先住民虐殺の理由として特にひどいものの一つです。
ふざけるな神、悪意しか感じねーよ、寒帯の海水で育つ空中窒素固定ありの超大収量油糧作物用意してくれてもいいだろ。自分で作れ?……誰か頑張ってください。
油は食用だけでなく、照明……時代劇の灯心油のようにも使われました。潤滑油としても重要です、今は主に鉱物油が潤滑油として使われていますが昔は食用にもなる油を使っていました。皮革加工などにも必要とされます。
毒のある油も薬として、また塗料や画材などにも使われます。
特に照明・潤滑油としての鯨油は産業革命の歴史の中で重要な地位を占めています。鯨油のためにアメリカは日本に開国を迫ったほどです。
石鹸の原料としても油脂は重要です。アブラヤシの膨大な油がなければ、先進国の清潔な生活は不可能でしょう。清潔は人口増のもとともなり、膨大な需要=信用創造ともなりました。
清潔によって伝染病が克服され、死亡率が低下したからこそ、長い目で見る経済も、それを基盤とする人権や民主主義も成立しえたのです。
ブドウとオリーブ、それが地中海文明の源ともなります。長期保存可能で運べて売れる。
どちらも絞り器具が必要とされ、それは石臼、ネジ式圧搾器具を生み出しました。
ネジ式圧搾器具は、後にグーテンベルク印刷機の源となったほど重要な発明です。ネジと旋盤に深い関係があるし、ネジが幾何学と工学を結びつける中核であることも、産業革命の歴史の上で重大でしょう。
地中海文明が民主主義・ローマ法……法の支配に結びつくというのも、ブドウとオリーブという作物と関係があるのかもしれません。中国に民主主義の芽がなく地中海にあったのは、中国に絹があってオリーブやワインが見られなかったことと関係があったりして……
ちなみに江戸時代の日本でも油の圧搾にはいろいろな技術があり、拷問にも用いられました。
リンゴも酒にもなる果物です。ナツメヤシは中東で重要、主食にさえなります。いくつかのヤシも糖分を得ることができ、酒になります。他にもリュウゼツランなどもあり、また砂糖副産物のラム酒、穀物やジャガイモも酒になります。
酒は事実上誰もが欲するもので、宗教上も重大です。
だからこそ、酒に課税するのは近代国家成立時の、最も手軽な税収源です。
ヨーロッパでも酒にかかる重税が、逆にピート香のついた多様なアイリッシュウイスキーを産みました。日本でも重い酒税が膨大な悲劇を産んでいます。
亜麻・大麻のような繊維作物が、多くは自給自足だった世界史の多くで人類を支えてきたことは疑うべくもありません。
大麻は麻薬でもあります。
絹……桑の葉からカイコが作るもっとも美しい繊維。古くから中国を主産地とし、その交易はスペイン帝国が無理にフィリピンや中国沿岸都市を維持し、太平洋横断船を続けた主な収益源でもあります。日本の開国と近代化が成功したことにも、第一次大戦前後の景気と不況にも深くかかわっています。
麻薬も、後で単独の項目を作りたいほど重要です。『レンズマン』のシオナイトやベントラム、『銀河英雄伝説』のサイオキシン、『スターウォーズ』のスパイス……
ケシから作るアヘンがなければイギリスは中国から茶を輸入するのにバランスを取れなかったでしょう。そしてそのアヘンを作ったのはインド、だからこそイギリスはインド征服にこだわりました。アヘンはさらにモルヒネ、ヘロインとどんどん過激化し、現代文明もむしばんでいます。
コカイン、LSDと他にも多くの薬物があります。
コカイン、コカはコカ・コーラという超巨大産業にもつながりました。今のコカ・コーラにはコカインやコカ産物は入っていないとのことですが。
薬物を容認しない。それは近代文明の、宗教レベルの規範の一つであり、だからこそ希少性によって価格が上がる薬物は膨大な富と暗黒世界を生み出します。
コロンブス交換……新大陸産の、チートというほど面積当たりカロリーに優れた作物はヨーロッパも、中国さえも膨大な人口増を生み出しました。
C4の収量を誇るトウモロコシ。その莫大な収量と、機械化との相性の良さがあるからこそ、砂漠地帯で化石地下水を用いる大規模栽培~工業的畜産という、今の文明世界の根幹があるのです。それがなければ肉も卵もぜいたく品、しかしその持続可能性の無さは恐怖するほかありません。
膨大な収量、だからこそアイルランド飢餓を産んだ罠を秘めたジャガイモ。
サツマイモやキャッサバも、原産地ははっきりしませんが伝播は大航海時代以降です。
またトウガラシも世界の食文化を大きく変えています。トマトもです。
トウガラシとトマトのないイタリア料理も、中華料理も、カレーも想像もできないでしょう。しかしコロンブス以前はそうだったのです。
またその豊富なビタミンは世界の人の健康・寿命・人口に大きくかかわっているでしょう。トマトケチャップという産業も、シリアルに並び近代ライフスタイルの成立できわめて重要です。
巨大樹木。桁外れの時間がなければ再生しない、クジラと同様に取りつくしたら終わりという本質を抱えています。
そして西洋の船は、巨木をそのまま使う竜骨とマストがなければ作れません。『銀河英雄伝説』の、帝国の流刑星がドライアイスの船まで脱出を防いでいたように。
木材がなければ木造船はない。また燃料がなければ都市生活もできないし製鉄も製銅も製塩も製レンガもできない。木材こそが文明の死活と言ってもよいでしょう。
その後も「紙」という超絶な資材となり、膨大な破壊を生み出しました。
希少性の高い、チークやビャクダンなどの銘木・香木、またブラジルナッツなど栽培困難な樹木とその産物は莫大な富を生みます。その富はすべて持続不可能・再生不可能であり、現地の社会も人間も徹底的に破壊するものでした。
また樹木は、絞っても価値があります。針葉樹から得られる樹脂は船の水漏れ防止剤となり、大航海時代からナポレオン戦争時代の木造帆船を支えました。クスを絞るショウノウはそれ自体も、またセルロイドの材料としてもとても価値のある素材でした。
オリーブやブドウ、カカオ・アブラヤシ・ココヤシなど、樹木でありつつ重要作物であるものも結構あります。
サゴヤシは樹木でありながら主食価値があります。
染料もきわめて価値が高い産物です。単位体積・重量あたりの価値が際立って高い、その点スパイスや黄金にも並びます。
古代ローマの帝王紫、膨大な数の貝を人の手で細かく処理する色素はその貴重さも美しさも桁外れで、クレオパトラの紫の帆をはじめ多くの逸話を作り出しています。
多くの染料はハーブ・スパイスでもあります。ウコン・ターメリック、サフランなど。ベニバナは油にもなります。
そしてブラジルという国名は、赤い染料がとれる木を由来とします。それほど大航海時代を支えた重要産物だったのです。
また藍はアメリカ植民を支えた、タバコや綿花と並ぶ重要プランテーション作物の一つです。日本でも藍染は普及し、膨大な富を生みました。さらに近現代文明の中核の一つ、ジーンズはもとが藍染めで、だからこそ虫や蛇よけになるとゴールドラッシュの労働者たちに激しく求められたのです。
木綿と藍。それはプランテーションと機械工業、後述する民の生活水準の向上に深くかかわる、人類史を動かしたコンビなのです。
また、合成染料も、科学が工業に応用される、化学工業そのものの歴史の核心でもあります。幾多の重要な合成医薬が合成染料の研究から生じています。
また微生物学や、顕微鏡を用いる医学を可能としたのも、細胞やその産物が染色可能、染料があるからこそです。グラム陽性菌・陰性菌という誰もが耳にする言葉、それはある染料で染められるかどうかです。それが微生物学の根幹なのです。
染色の根幹は錯体……金属元素との化合にあります。だから古来、泥や天然重曹など化学物質の扱いを人が学ぶきっかけにもなりました。錬金術・化学とも関係が深いと言えるでしょう。
毛皮。これもかなり強く歴史を動かしています。
イタチ、テン、カワウソ、ラッコなど小型食肉目がもっとも価値のある毛皮です。
はるか昔の中国でも、孟嘗君が逃げるためのワイロになり鶏鳴狗盗の故事をなしたのは白狐の皮衣でした。
そして近代、ロシアがシベリアに広がりぬいたのも、イギリスがカナダを得たのも、毛皮に対する膨大な需要あってのことでした。
ひたすら小さな肉食動物を負って極寒の森の奥の奥まで、先住民と交易し、だまし、蒸留酒を売り、滅ぼしながら分け入り続け、ハドソン湾会社などの社会システムを作り続けたのです。
そういう動物を奇妙に扱うSFがあります……『人類補完機構』のノーストリリアを守るのは、狂わせ超能力を付与したイタチ。また『禅銃』では、イタチ系の動物を獣人化するのは最悪の所業とされています。
日本の、妖怪としての狐狸とは違う、面白い欧米のイメージです。
本来は、いくつもの宇宙SFについてあらゆる作物のネタを出したいんです。
でもほとんど思い出せません。
SF作家さえ、そのあたりにはあまり想像力を使っていないのでしょうか。
農業技術も。料理も。現実にはない作物も。
本来は、『銀河英雄伝説』で帝国では原始的な農業がおこなわれているとか、『ガンダム』に牧場コロニーがあるとか、農業システムは社会と歴史そのものを動かす重要な要素のはずなのに。
思い出せるのは……
『叛逆航路』シリーズでは全栄養を含む、海藻のような作物が主食化されています。
『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫騒動、遺伝子操作で作られた新しい食物と、それを嫌がるマイルズ、主導したマークや応援する先進星生まれのコーデリア・造園家のエカテリン、見事な料理を作って上層に宣伝したマ・コスティとさまざまな文化を背負った人それぞれの反応が面白いものです。
『レンズマン』では独自の、清涼飲料水のような嗜好飲料があります。同じ名前のものが『宇宙軍士官学校』にもあります。
『ヤマト』の、ビーメラ星人を絞って得られる産物もあるでしょうか。
『スターウォーズ』では、ルークは砂漠の、大気中の水分を使う農場で育ちました。
『大航宙時代』では星ごとにコーヒーの質や価格が違い、価格が変動して船の経費を変え、またある星のビーファロー皮のベルトが船員の個人交易に使われ、冷凍肉が積まれました。
『ノーストリリア』では羊の産物が不老不死薬につながり、『天冥の標』では羊の寄生虫が異星知性でした。
もう一つ不満なのが、これは剣と魔法ファンタジーもですが、同じように麦・稲、エール・ワイン、馬牛鶏豚であること。
ちょっとぐらい、現実に存在しない作物や家畜を想像できないものでしょうか……
ついでに言えば、工場の具体的な描写もほとんどないんですよね。
『銀河戦国群雄伝ライ』や『スタートレック』に建造中の戦艦の絵が多少あるぐらいでしょうか。
現実の歴史では、熱帯での、食べるカロリーではなく楽しむため・材料としての作物……コーヒーなど嗜好品、木綿やゴム……は、プランテーションという方法で作られました。
非常に広い土地。一種類の作物を作る。機械化するより労働力が必要、その仕事は簡単で訓練を必要としないので奴隷でいい。
木綿や茶は摘むだけ。ゴムは木を傷つけて走り回って樹液を取るだけ。サトウキビは切って運んで絞って煮るだけ。小麦や水田稲作に比べとても簡単な仕事です。
熱帯、それ自体が地獄……多くの雨、多くの水たまりから常に蚊。蚊はマラリア・黄熱病などの伝染病を媒介する。ヨーロッパ人も、ヨーロッパの伝染病を食らった新大陸先住民も次々と死んでいく……比較的強いとされるのがアフリカ黒人。
だから、ヨーロッパで食い詰めている人々を送るより、黒人奴隷を買った。
アジアでは現地人でも奴隷に落として働かせることはできた。
また仕事を始めるために船代・土地を征服する費用がかかるので、それを回収する必要もある。航路を守るための軍事費・灯台や港湾の費用もかかる。
単一作物は価格が不安定で、価格が下がると下手をすると国ごと潰れる。食べられない作物なので、売れ残ったらそれを食べてしのぐことができず、食料が買えずに飢餓になる。
環境破壊の度合いがひどい。……
それとも、逆かもしれません。イギリスやフランスのように土地が何百年もかけて無数の領地・地主に分割されていたとしたらその農民……騎士、貴族はある程度の武力があり、法・伝統でも保護されているので駆逐し奴隷化して大農園を作るのが難しい。
ヨーロッパ文明とは別だった南アメリカ大陸・ハワイ・東南アジアで、そこのそれまでの武力や所有権を無視し、全員奴隷として広大な土地を独占し、プランテーションを作るのは容易だ……作物の性質からではなく、歴史から生じたということも考えられます。
たとえばコスタリカは、作物そのものはバナナやコーヒーなのにバナナ共和国ではありません。
いくらでも土地と奴隷が得られる、というのはある意味、資源の呪いだったのかもしれません。
古代ローマも奴隷がいたので、せっかくの蒸気機関を活用しなかったし、中国や日本もトラクターを発明するより人手を集中することを選びました。
麦を奴隷に作らせなかったのは、奴隷には単純労働しかできない、麦は要求技術水準が高いから……土地面積当たりの労働力を減らしたければ、ヨーロッパでは羊を育てて羊毛を得ることを選んだようです。イギリスでは羊が人を食うと言われ、ヨーロッパでは羊遊牧集団の特権が国の根太を腐らせました。
麦ほどの収量はないけれど、熟練労働が必要とされない作物があったら……あ、ジャガイモは収量も麦以上で熟練労働が必要とされません。しかし、ドイツがプランテーションになったわけではない……ヨーロッパ、キリスト教のパン神聖視があるからでしょうか。
麦を作れる気候帯、北米やアルゼンチン、オーストラリアで大規模奴隷農場からイギリスに麦やベーコンを輸出して本国の麦農業を壊滅させる、をしなかったのはイギリスの穀物法をはじめ各国が防止する法律を作っていたことと、あとは船が未発達だから……
冒頭の問いに戻りますか、熱帯産のサゴヤシが人類の主食で、温帯産のサトウダイコンが砂糖作物だったら。
『銃・病原菌・鉄』は大型家畜、馬と牛に注目しました。また麦や稲などイネ科穀物にも。
ユーラシア温帯産以外の大型動物は全部馬や牛ほど有用(伝染病も含めて!)ではなかった。またユーラシア温帯以外は、有用な作物も少ない。
だから文明競争の勝者になるのがユーラシア温帯文明になるのは必然だ……
だとしたら、「熱帯産のサゴヤシが人類の主食」自体、間違った問いということになります。
温帯産の作物と家畜で文明が発達し、熱帯産作物はプランテーションで奴隷に育てられるのが事実上の必然、ということに。
技術が必要で奴隷ではできない、というその技術は、耕作用家畜を扱う技術も大きいものです。だから家畜が過ごしやすい温帯はプランテーションにならず、家畜にとって過酷な熱帯はプランテーションになる、と。
ただしそれはどの程度普遍的なのか……ユーラシア温帯の強みは東西に長いこと。だから伝播が用意であり、候補も多い。アメリカは南北に長く、オーストラリアは小さく砂漠気候。地球儀を見ると奇妙なほどに、赤道直下の総面積は狭い。人類発生時点の地球の偶然が大きい……
筆者自身が、熱帯で技術が必要な作物、逆に温帯で大規模農場の奴隷労働でもできるほど技術がいらない作物をそれぞれ知らない、ということもあります。
作物そのものの性質として、濃縮可能性も考えるべきでしょう。たとえば米や麦や豆はかなりかさばる荷物です。
それに対し、サトウキビと砂糖、ゴムノキとゴムはかなり濃縮されたものです。
とはいえ、麦も豚を飼いラードやベーコンとすれば相当な濃縮は可能です。
その農業、その農業をする農民が社会を作るときに、まず……自作農とは何か。
小規模自作農。
狩猟採集民・遊牧民。
都市、奴隷大規模農場。中規模の地主~小作。
プランテーション。
現代では巨大農業企業が生産の多くをなしています。
さて、ひとつの支配者……領主でも、家族自作農の家長でも、多数の奴隷を得たコンキスタドールでも、プランテーション主でも、共産国の地方農業権力者でも……がどれぐらいの土地を支配するのがいいのでしょう。
狭い自作農。
現代日本の兼業自作農家族、ごく狭い土地を機械で耕し面積当たりの収穫は莫大なのに出稼ぎ必須な生活。アフリカで、分割相続でどんどん土地が狭くなる農家。
逆に広大。
プランテーションや荘園。スペインもムーア人からの征服で、大規模農場を持つ領主が多かったそうです。それは植民地も同じく。
どちらも農業の効率は悪く、社会を発展させないと言います。
例外的に、アメリカなどの超大規模トラクターによる超大規模農業は生産性が高いとか。持続可能性に問題はありますが。
無論技術にもよります。まさに動力トラクターは、巨大農場を効率よく耕せます。
鍬と鎌で、オーストラリア大陸の広さがある最高級の水田を一人で耕せと言われても無理です。
日本や中国が産業革命に達しなかった理由には、水田稲作が、畜力より人力を注ぐ方がよかったことがあるともいわれます。
それは宇宙時代でも、少なくとも核融合炉につながった機械から直接チーズバーガーが出るようになっていなければ……『ガンダム』のテキサスコロニーのように農牧業をやっていれば、同じことが言えるでしょう。
日本を占領したGHQは農地改革をしました。今も、フィリピンや中南米で農地改革は常に問題になっています。
西欧文明・近代国家の根本規範として、巨大地主より小規模自作農の方がいいと広く思われているようです。
巨大地主は必然的に、明治日本でも小作人が地主に土下座していたような身分構造を作る、平等を建前とする民主主義と矛盾するからでしょうか。
また貧しい小作人は教育水準も栄養水準も低い……工場労働者としても、徴兵兵士としても水準が低い、ということもあるかもしれません。いやそれ以前に、強大な地主貴族は、自領民を徴兵することを嫌がり国家軍を弱める……最悪は自分で軍隊を持つ独立国になって反乱するかもしれません。中南米史での独立反乱は、小規模な軍を持つ地主が暴れることもけっこうあったそうです。
小作人・農奴は工夫をしない、生産性向上がないこともあるでしょう。ソ連でも中国でも、集団農場は恐ろしく収穫が少なく、わずかな、実質自営農だったところが収穫の多くをなしていました。
また、西洋政治史……武装自前の自作農(女と奴隷は無視)が集まって戦い、集まって投票するギリシャ社会が、民主主義の根源とみなされることもあるでしょう。
ガレー船の漕ぎ手として下層階級が選挙権を得たことも古代ギリシャを変化させました。その後もローマ市民や元老院は歴史を動かし続けました。
近代になっても、フランス革命で庶民に政治権利を与えるとひきかえに徴兵して無敵の国民軍が生じ、各国もそれを模倣しました。第一次大戦から、男が徴兵されて女が働き、そのことで女性の政治的権利も高まりました。アメリカの日本人も黒人も、兵士として志願して戦い市民権を強めました。
徴兵、ひきかえの市民権。これは西洋政治史の根幹です。
……西洋だけです。中国も日本も、律令制にはガンガン徴兵があるのに、民の投票・政治的権利との取引なんてひとっかけらもありません。
その点ではロシアも……いやロシアは中国・モンゴルの延長と考えた方がよさそうです。中国やロシアは、一切政治的権利との取引なしに、いくらでも民を徴兵し死なせる魔法を知っているようです。
知る限り、インド・ペルシャも同様……イスラムにはある程度遊牧民的合議の考えはあるにしても、投票などはありません。
中国で下からあるとしたら郷里からの人材推薦ぐらい……
『銀河英雄伝説』ではラインハルトは、同盟を敵として国民軍をつくることによって、平民から国家を一体化させました。
半面、ゴールデンバウム朝は、徴兵・門閥貴族・農奴制の三要素が同時にあるというかなり矛盾した政体です。
門閥貴族領から「軍」……皇帝軍への徴兵は可能なのか?農奴から徴兵された兵の、能力やモラルが低すぎる問題はないか?何を報酬として逃亡反乱を防止したのか?など疑問が出てきます。
それは『現実』の近代史でも重要だったかもしれませんね、農奴制が強いロシアや東欧諸国、貴族が強いスペインなどが近代化する、徴兵軍を作ろうとするときにどうやったのか。
自作農を軍事的に考えたら?
軍事的に反乱防止の視点、たとえばベトナム戦争での、共産主義者の侵入を防ぐための村のような感じで考えたら。
特に北アメリカ、今のアメリカ合衆国は自作農が強く、その自作農はライフルを持ちミニットマンとして自分を、自分たちを守る心が強かったものです。それは独立戦争でも存分に発揮されましたし、民兵の延長である州兵は今のアメリカの政治制度でも重要です。
自作農は反乱しやすいか、しにくいか。
アメリカに反乱されたイギリスは反乱しやすいというでしょう。しかし、中南米の大地主も結局は反乱しました。
特にアメリカは、自分で開拓した自作農が集まってわが国を作った、という愛着があるので反乱はしにくいでしょう。中央政府を弱める憲法にこだわり、政府が暴政になったらこの銃で、と銃保有に執着するという面もありますが。
奴隷より自分で考えて耕し生きてきたので、兵士としても技師としてもその場で工夫できるから能力が高い、となるかもしれません。逆に支配する側は自立心は嫌う、生来の奴隷の方がいいかも……どちらでしょう?
大規模地主は、奴隷たちが宗教や共産主義にはまって反乱しそれが国までひっくり返すリスクがある……小作農ならそのリスクはない、むしろ共産主義から自分たちを守ろう、という立場になります。
大規模地主……貴族や騎士ということもありますし教会であることも……は、自分の利益のために小作人たちから徴兵できます。
国の戦争に協力するより、自分の領土を守ることを選ぶでしょう。逆にうまみがあれば、ナポレオン戦争以前に自分で船を買って私掠船をやった人がいるように、略奪目当てに王の戦争に参加することもあるでしょう。また信仰のために十字軍のように兵を出すこともあるでしょう。
スペイン帝国は新大陸からほとんど徴兵できませんでした。反面、イギリス帝国はインドなどからかなりの徴兵ができています。船やシステムがかなり違うわけです。
南北戦争も南部の巨大地主が集団となって起こした内戦であり、貴族たちは勇敢に戦いました。
本来は巨大地主は、小作人を追い出して大規模機械農場にする動機があると思いますが、歴史的にはそれは少ないようです。むしろ工夫をせず伝統的に過ごす、極端な保守であることが多いようです。
小作人は工夫をしないから生産性が低い、というのも大規模地主の常です。
いくつかのプランテーション作物は、消費側のヨーロッパにも大きい影響を与えています。
砂糖。紅茶。木綿。それらは、庶民も楽しむようになったのです。
近代西洋の豊穣は、庶民に贅沢をさせる。
それこそが歴史的に異例、異常なことです。それまではどれほど豊かな帝国も、庶民は同じように飢えていましたから。
……産業革命期の、イギリス工場労働者の悲惨は多く知られています。しかし、工場から逃げて農村に戻った人は少ない……当時の農村よりマシという可能性が高い。
現に当時のイギリスは、人口が増えています。餓死する子より育った子の方が多かったのです、以前とは違って。
いくつもの要因が指摘されています。
新大陸による木材枯渇の克服。イギリスの可航河川に近い良質な大炭田。
輪作などによる農業革命。動力をもたらした産業革命。後になってまず通信・航海を、さらにあらゆる産業を爆発させた科学革命。
その見えない基礎となった、私的所有権を尊重する、「法」を尊重する……中国の法家とは違う……、科学も容認する社会システム。
民が豊かに……それには、ペスト後の英仏の賃金上昇もあったかもしれません。
とにかく産業革命が進み、市民革命が起き……あるとき。豊かな民が増えたのです。
染めた木綿の布を着る。それを何度も洗濯する。さらし粉が発明され、多くの油を消費する石鹸ができる。石鹸のために化学工業がより発達する。木綿を染めるのにも化学染料が発明され、さらに染料から薬が見つかる。
汚水を飲み伝染病にはしょうがないと耐え祈っていたのが、次々と病気が解明され清潔が普及していく。石鹸が、風呂が……生活に入る。天然痘が、コレラが、壊血病が、脚気が克服される。生まれた子が死ぬことが減り、人口が増える。
砂糖を入れた紅茶を昼食にして働く。都市住民が牛乳を求める。その器である磁器は、最初は王侯貴族が楽しむ中国からの輸入品、のちにドイツの王は錬金術師を城に閉じ込めてマイセンを築き、ウェッジウッドの親戚だったダーウィンは働かずに学問暮らしができる富を得ました。
それらの、代金は?
需要は、「欲しい」と「お金を出せる」の両方がなければありません。どちらかだけではだめ。
貨幣。銀。
スペインは銀をイタリア諸都市やイスラム帝国に流し、そのかわりに貴族用の香辛料などを手に入れるだけでした。庶民とは関係がなかったようです。
しかし、他にも多くの銀の源がありました。江戸時代初期の日本も膨大な銀を海外に輸出しました。中国も銀を求め、同時に支払いました。
ただ、金銀だけでは何の価値もありません。スペインがフランスさえも征服できなかったように。
必要なのは、信用……金融・株式会社・保険、徴税・国債などが一体化したシステムなのです。紙幣にもなるほどの。それもヨーロッパで多くの国が試行錯誤し、苦闘したことです。
中国は銀を手に入れました。インドも金銀を底なしに吸っていきます。ですがどちらも産業革命にはなりません。
本質的には、銀鉱山があっても掘り終えたら終わり、でもたとえば茶畑・桑畑があって、茶や絹と銀を交換し続ければ、畑を持つ側が長期的には優位……
ヨーロッパは航海術に飽かせて世界中から多くの金銀を得つつ、経済システムも変えました。それは国家というものができることとも深い関係を持っています。
まず、近代国家・絶対王政のはじまり……国家というものは、とても貧乏です。
明治日本も嫌というほど貧乏です。とにかく金がないのにやらなければならないことが多いから民を絞る。
スペインも、王は贅沢をしていましたが、カスティーリャの収入しかありません。ナポリもドイツもカタルーニャも、民から税金取らせろと言ったら嫌だ嫌だ。
とにかく、大砲や巨大帆船を使う近代的な戦争は、攻めるも守るもやたらと金がかかります。
それでどうやって、多くの民から税を取るか?
ほとんどの民は貴族、大地主の小作人、奴隷です。それから税金を取ろうとしたら貴族・地主がとても嫌がります。
江戸時代の徳川家が、藩の民から税を取れなかった、直轄地しかなかったように。
ただ、ヨーロッパには海がありました。
フランスでジョン・ローはミシシッピバブルを起こし、同時に王立銀行なども作りました。
イギリスは、ナポレオン戦争のための国債を売り、それを見事に返し切りました。
それらの近代的な財政制度。また、中央政府の権力が強まり、国の隅々から徴税ができるようにもなっていきました。
日本史を思い出してください。
律令制は租庸調、米の数パーセントと、布と労役。
五公五民とかの、農村から徴税する戦国武将から江戸時代。……刀鍛冶は税金を払っていたのでしょうか?冥加金や財産没収などはありましたが、安定した税金はあったのでしょうか?
そして明治維新。年貢から地租改正……固定資産税と同じ、土地価格を基盤とした定額金納。そして酒・タバコ・塩の専売・徴税。今も酒やタバコは膨大な税金がかかっています。
それぐらいしか税を取れなかったのです。物々交換からも、自給自足からも、消費税は取りにくい。
宇宙SFで、税金をどう取っていたか……残念ながら心当たりはあまりありません。
筆者が忘れているだけ、いいかげんにしか見ていないだけかもしれません。
『レンズマン』では、レンズマンは無限に徴発できますが、同時に極端に豊かで効率的で腐敗と無縁だから空前に税が少ない、と覚えているぐらいです。
『銀河英雄伝説』ではラインハルトの、公正な税と公正な法、という言葉がよく知られています。
貨幣がない『スタートレック』の惑星連邦はどうしていたのでしょう?軍艦を作るための力は独立採算で無税?でも国家が税金を取らないことも、産油国のように政治参加がなくなって国が腐る元と言われています。
税と徴兵で近代国家ができ、さらに鉄道・鉄条網・機関銃が加わって総力戦になった……その変化に応じるように、多くの国は退役兵に年金を与え、年金制度を広め、労働組合を認め、女性の参政権を認め……と次々と民に譲歩していきました。
同時に民は圧倒的に豊かになっていきました。アメリカの貧困層でも自動車やテレビを持ち、屋根の下で生活しているほどに。
といってもその流れはある時点、オイルショックで止まり、格差拡大の方向になっているのですが……それは技術の限界なのか、それとも別の理由なのか。コンテナができた時点でグローバル経済による格差拡大は不可避だったとも思えます。
その過程でいつか、西洋の庶民が、砂糖や木綿服を買うことができる貨幣を得たのです。なぜか。そして限りなく欲しい欲しいと求め、働き、給料を受け取り、買い、投資しました。
中国やイスラムは、需要もありませんでした。民は貧しいままであり、王侯貴族もヨーロッパの産物をあまり欲しがりませんでした。
イスラムは、一時工場を欲しがったりしたこともありますが、それを使い続けることができず廃墟としました。また、イスラムに翻訳された西洋の本は異様なほど少なかったそうです。
中国も、イギリスが交易を求めた時に、そちらのものは全部いらない、うちにはなにもかもがあると言いました。
逆に、イギリスは中国の茶と絹が欲しくて仕方ありませんでした。最初は銀で買っていましたが銀が尽き、アヘンを売りました。
三角貿易……アフリカから奴隷、奴隷をアメリカ大陸に運んで原綿、原綿をイギリスに運んで機械で織ってアフリカに……この循環は、アフリカが木綿織物を欲しがらなければ断ち切られてしまいます。
需要が世界を作ったのです。
需要がなければ宇宙商人も、いや宇宙海賊すらも仕事がありません。
需要を深く掘り下げた宇宙SFは……
さてここで、一般市民の生活水準……特に高い宇宙SFは?やはり貨幣がない『スタートレック』でしょうか。
ある意味ディストピアに近くなる、発達しすぎて退廃したいろいろなSF?
たとえば『火の鳥 未来編』の25世紀、人類が絶頂に達した時代のように?ただし『火の鳥』では、人類が宇宙に進出する時代でも『復活編』で植民星の生活は手足がしょっちゅう失われて闇の移植用人体商人が横行していたり、『望郷編』で地球入国を禁じたりなど、それほど豊かな印象はありません。
『スーパーロボット大戦OG』は、多くの技術は手に入れコロニーなどもできたけれど、庶民の生活に回す余裕がないと言われます。浅草の光景などは今とさほど変わりません。
『ガンダム』の宇宙世紀は、『ガンダムUC』でもまだ貧困なコロニーが見られ、それがスペースノイドの憎悪、ジオン残党が戦い続ける動機となっていました。本来ならコロニーをもっともっと作れば……工場も、ファーストガンダムにあったテキサスコロニーのような牧場コロニーも、豪邸多数の居住コロニーもたくさん作れば、全員が広い家で毎日ステーキを食う生活をすることは可能なはず……しかしそうはなりませんでした。
『2312 太陽系動乱』では地球に極端な貧困が残っています。
『真紅の戦場』『宇宙兵志願』などは極端な貧富の差、横行する犯罪が、経済的徴兵の変形を作っています。
『孤児たちの軍隊』は異星人の激しい攻撃で多くの孤児が生じ、その中で犯罪を犯した者から兵力を得ています。
庶民を豊かにするか否か。
逆に、庶民が豊かだとしてももう一つの疑問……それは誰かの犠牲の上にある贅沢ではないか。
今の、この『現実』における、今の筆者……日本人の贅沢な生活は、世界中で多くの奴隷を踏みにじっているのでは?
不平等は必須なのでしょうか?
今の日本の論者では、資本主義は搾取がなければ続かない、もう搾取できる辺境がないから資本主義は終わった、という人も多いです。
搾取のない経済的繁栄が、あったことがないことも事実です。
SF作家も、それはどちらが正しいと思っているのか……ストーリーの為には戦争が必要、戦争のためには悪の帝国が搾取していなければ、ともなるでしょう。
さらに、『現実』のこれからの時代は庶民の豊かさが必要かどうか……それ自体が問題となります。よりいっそうロボットや人工知能が進歩したら、人間の少なくとも多くが用なしになる可能性があるのです。
逆に豊かすぎて兵士としては無能になったのだ、貧しく厳しく鞭打って育てるのが正しい、という人もいます。
多くの人間が用なしになったら、兵士としても技師としても役に立たなければ、国力のために必要ではなくなってしまう。国家にとっては廃棄する方が国益になってしまう。
少数の富裕層が子孫を、要するに頭がよくなるようにしたら、平等が消えてしまう。民主主義も法もぶっ壊れる。
さらに一般論として、私有財産を尊重する制度が近代、豊穣を産んだ……だがそれがレッセフェールに傾くと格差が際限なく拡大する。
どうすべきなのか。
宇宙という広い舞台で、経済の、国家の一般論がどう変わるか……
そして、宇宙戦艦SFで、作物・庶民生活・土地制度史・財政・需要・貨幣などについての知見が乏しいのは、単に筆者がよく読んだり見たりしていないのか、それとも作者がそこまで考えていないし読者も求めていないのか……