宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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イギリス

 大英帝国。

 近代の主役というべき国。産業革命という人類史の奇跡を起こし、欠乏から豊穣へ舵を切った国。

 スペインと違いイギリスの領土だった国の多くは豊か。

 巨大な悪と膨大な善意。

 無論、その善意は地獄への道を広く厚く舗装している。

 

 スペインより、ロシアより、フランスより、ベルギーより、大日本帝国よりましだ……ニーアル・ファーガソンなどはそれで済んでしまう。圧倒され、ほかに言いようがない。

 

 宇宙戦艦SFも多くの作品に、イギリスそのものの影響が強くあります。まあ日本で読めるSFのあまりにも多数が米英によるからでもあります。

 フランス革命~ナポレオンの戦争に似た情勢である『紅の勇者 オナー・ハリントン』。

 ほか、「ナポレオン戦争時代の大英帝国海軍」をまねた諸作品。

『彷徨える艦隊』のドーントレス、カレイジャス、フュリアスなど人の心を記す英語の艦名もイギリス海軍由来が大半。なぜか「タヌキ」とかもありますが。『スタートレック』のエンタープライズのように米海軍艦艇の艦名の作品もありますが、英海軍艦艇の艦名の作品も多いです。

「女王陛下の」が邦題につくミリタリSFも……イギリスにも男王の時代はありますし、オーストリアやロシアも女王の時代がありましたし、今も欧州に女王の国は普通にありますが、「イギリスは女王」というイメージはそれほどに強い。

『女王陛下の航宙艦(クリストファー・ナトール)』は前線行きたがりのハリー王子というつい最近の史実そのものに乾いた笑いが出ます。

 

 ただ不思議と、大英帝国の征服や、その支配や全盛期のパロディじみた宇宙戦艦作品は思い浮かびません。まして、アメリカがフィリピンを支配したころのパロディ的な宇宙戦艦作品は……

 

 

 大英帝国の統治。

 東インド会社という、人類史上最大級の「発明」。ついでにロイズ、保険も。

 そのシステムは本土に逆輸入され、近代国家の基盤ともなりました。中国、科挙との共通点も興味深いものです。

 ほかにもとても多くの源泉からなる、近代国家そのものという超発明。

 同時に、膨大な人と動物と植物が移動し、生態系が混乱しました。

 何より産業革命という歴史の奇跡。古代ローマも、中国も、イスラムも、インカも、膨大な人口と時間があってもたどりつけなかった稀な成功。圧倒的な工業生産力を誇り、後に残念ながら鉄鋼生産ではトップを譲りました。

 

 根本的には、なぜあれほど遠くても反乱独立の成功が、事実上アメリカ独立を唯一とするのか。

 何が大英帝国を縛る紐だったのか。

 また力を得ても、故地フランスを、ヨーロッパの大地を求めなかったのはなぜか。ナポレオン戦争や第一次世界大戦の戦後処理で要求しなかったのは。

 

 そして大英帝国の歴史を追うと、「心か物か」の「心」側、さまざまな思想、国民的道徳精神の変化が、要所でとても重要になっています。

 完全に合理的・冷徹非情な欲望計算機であったとしたら、歴史的な経緯とは大きく違ったことが多いでしょう。

 膨大な物欲・出世欲があったことは確かであっても。

 アフリカまで到達し、多くの冒険があり珍品珍獣を持ち帰った鄭和の大事業が痕跡すら抹消された明。徹底的に文が尊い武が卑しいとした朝鮮。先住民帝国の文書文化すべて異端を宣告し焼いたスペイン。

 対照的に、アフリカやインドの奥まで果てしなく冒険し、軍人や冒険者を尊敬し、発掘現場では現地労働者に出土した金細工と同じ重さの金を払って大英博物館を充実させたイギリス。

 深い信仰があり、熱心に宣教師を派遣しながら、元領土の多くはキリスト教徒が少ない。それもスペインと違う、全員に改宗と火あぶりで選ばせることが少なかった証拠。

 武を好み、好奇心があり冒険を愛し、インドを宝石と呼んで誇るほど鈍感にも純真に帝国を信じ、同時に悪辣の限りを尽くす人たち。

 

 領土なのか資源なのか、それとも「心」か。

 イギリスがインドを領有したのは、「威信」「市場」「資源」「雇用」「兵力」…

 それ以前に本当に得になったのか。

 なぜ、食べきれない現象を起こさなかったのか。ポルトガルのように、本国の人口減少を起こさなかったのか。

 その点はロシアとも共通します。ロシアも、際限なく領土を広げながら消化不良を起こしていない……ロシア革命が消化不良の症状だったかもしれませんが。

 

 

 なにより、なぜイギリスはあれほど強かったのでしょう。

 逆に、イギリスに潰された国々はなぜ、あれほど弱かったのでしょう。フランス。オランダ。インド。中国。トルコ。日本。アフリカ。アイルランド。

 

 特にインドと、黒人奴隷を輸出したアフリカは、膨大な銀と技術産物を受け取っています。中国も。

 少なくとも、種子島の二挺の火縄銃から百年足らずで十万以上の鉄砲軍を養った戦国日本と似たようなスタートラインには立っていたはずです。日本も外洋航行船と青銅砲は模倣しきれませんでしたが。

 ヨーロッパ以外の世界の多くは、徹底的に鎖国であり……他者は穢れ・敵であり、科学技術の発達を厳しく禁じる宗教に支配され、貧しいままでいたがったのです。イギリスが力づくで自由……自由貿易、経済的自由・餓死する自由・貧富の格差を広げる自由を押し付けるまで。

 

 そして、なぜ大英帝国が支配した多くは反乱を起こし独立しなかったのか、ベンガルやアイルランドでものすごい飢饉があっても。先住民の反乱も、イギリス人総督の反乱も。

 逆に、なぜアメリカの独立はあったのか。それでイギリスはどのように変化したのか。

 アイルランドの反乱はなぜ常に失敗したのか。逆に、完全同化や完全抹殺ができずいつまでも膿み続けるのはなぜか。

 本国の何倍も大きいインドが、特にイギリス出身で絶対権力を握った副王や官僚上層が、なぜ独立し帝国を築こうとしなかったのか。軍事的にさえも自分たちで徴兵し周囲の国に派兵して自衛していたのに。

 大きな変化を起こしたボーア戦争……そして二度の世界大戦での、帝国の瓦解。それで何を失ったのか。アメリカが独立しても、濃密な貿易と同盟で得しかしなかったという事実……

 

 何より、儲かったのか損をしたのか。何のために帝国を築いたのか。

 

 短くまとめて、なぜ強かったのか。反乱は。損得は。

 

 

 イギリスの側で見れば、少数で多数を支配する、それが話の中心です。しかも距離まであるのに。

 本来なら無理、多数の被支配者が肩を組んで押し寄せれば、たとえ多少の銃砲があっても征服者は押しつぶされるだけ。そのはずが、あまりにも何度も、少数による多数の支配が成功したのが、人類の歴史です。

 あらゆる帝国に共通する問題ですが、イギリスはどこよりもうまくやりとげたと言っていいでしょう。

 千人の文官、数万の兵で、あの広いインドの三億人を二百年統治したのです。ほかにも膨大に。

 不本意に独立を許したのはアメリカだけ。カナダやオーストラリアは英連邦として長く忠誠を尽くし、独立したのもほとんど痛手になっていません。

 インドやアフリカの独立も、アルジェリアでもインドシナでも地獄を見たフランスに比べれば、イギリス人の犠牲は最低限で済んだと言えるでしょう……インドは独立後の内戦でかなりの死者が出ていますが。

 古代ローマ帝国のように軍が現地の将軍の私兵となり独立反乱に至るケースもありません。徹底した本国任命、任期をつけて交代させ、将軍に対する忠誠よりも国家、連隊、海軍への忠誠が強い状態にしたのか……

 もうひとつ遠くの国を支配するなら懸念される、現地支配者が腐敗し本国さえ食い荒らす寄生虫種族と化すこと……それも最小限でした。

 鉄道が「あり」、船が行き来したということは港が「あり」ました。多くの独立した途上国で、現地の権力者が橋のない川を指さして「100%」という……橋を作れという援助を丸々懐に入れる、それは非常に少ない。イギリス本国でも、全部懐に入れて艦隊を朽ちさせる権力者が少ない。

 イギリス本国にも、港湾も橋もあります。腐敗した生き方を持ち帰り出世した者も少ない。

 

 

 イギリスは本来、ノルマン・コンクエスト……ローマ帝国撤退後、アーサー王伝説の敵役であるサクソン人の王国群を、フランス側の侵略者が襲い征服した地です。

 ちょうどスペインが、広大な新大陸を支配しアジアにも領土を持ちつつ力のほとんどはヨーロッパの戦乱に向けたように、イギリス支配層はフランスでの戦いが中心でした。

 それがいろいろあってフランスを失い、そして清教徒革命・名誉革命の動乱の中スコットランドとアイルランドを得てイギリス近代史が始まります。

 清教徒革命・名誉革命まではバラ戦争をはじめ内乱も結構多いです。特に宗教改革、他とは違い一人の王が跡継ぎを欲しいから離婚をしたい、という理由からできた国教会とカトリックの長い戦いがあります。アイルランド闘争、スコットランド独立投票を考えれば今に至るも……イギリスのEU脱退があれほどもめるのは、当然アイルランドはEUなので、イギリスが脱退したらアイルランド島の中のイギリス領とアイルランドの間に、国境ができ壁を作らなければならなくなるからです。

 

 イギリスが他者を支配すること、それはノルマン貴族の骨の髄に入っているし、またアイルランドから始まると言ってもいいでしょう。スペインがカナリア諸島で新大陸征服を練習したように。

 イギリスといっても、本来のブリテンと、少なくともウェールズ、スコットランド、アイルランドは別の国でした。連合王国と今の日本語名にもあります。

 アイルランド……イギリスにあまりにも近い。面積の差があるにしても、あれほど徹底して支配される側になるとは。また常に宗教レベルで反抗があり、イギリスの敵から見れば柔らかい腹、反乱軍を支援すればイギリスを倒せると思える……がそれも成功したことがない。

 

 

 樽はなぜバラバラになっていないのか、タガがあるから。

 では大英帝国は?

 帝国そのものは驚くほど中身がバラバラ、無数の小さい社会でできています。

 それこそアメリカの十三州も、独立前もそれぞれ別の国。オーストラリアの六つの自治植民地も、それぞれ郵便・電信制度が別々。

 でもすべて、白人が偉くて女王に忠誠を誓うことは変わりません。

 なんだそれ?イギリスとは?

 

 イギリスそのものはヨーロッパ本土からなんとか泳げるぐらい離れた大きい島国です。

 日本と中国の間の海よりは狭いので、連絡が絶えることはそうないし征服も比較的楽。それでも、イギリス側にある程度防備があればまず落とせない程度の障壁ではあります。それは大陸からの支配を弱め、宗教改革を楽にさせたのかもしれません。

「なぜ、産業革命が中国ではなくイギリスだったか」……この歴史の根本問題の答えの一つとして、イギリスが異様に航行可能河川が多く、しかも水路に良質の炭田が直結していることも言われます。航行可能河川が乏しいスペインやアフリカ、鑑真の苦闘が示すように海が航海しにくい中国よりその点では有利です。

 平地が多く、メキシコ湾流のおかげもあり緯度のわりに温暖で気候も悪くない、ただし野菜の生育が悪いことがイギリス料理がまずい理由ともいわれます。オークという造船に適した木材資源もありました。

 

 アングロアイリッシュ、アイルランドを支配したイギリス出身者は、法によってアイルランド人と結婚したりアイルランドの言葉を話したりすることを禁じられ、あくまでイギリス人であることを強いられました。

 イギリスの子孫であるアメリカも、オーストラリアも、徹底的に混血が少ない……スペイン・ポルトガルが支配した混血が多い中南米とは違い。

 文化的なアイデンティティと、イギリスという国名、王に対する忠誠、人種による優越感が、国外のイギリス人には強くある……イギリス国内での、つい昨日までの血で血を洗う内乱も、つい一昨日はフランスの大地から遠くの島を支配していたこともさっぱり忘れて。

 そして誰もが、インドや南アフリカのイギリスの何倍かわからない皇帝であることよりも、イギリス本土に小さな領土と爵位を持って引退することを選び続けました。海外で巨大な権力をふるった人の多くに「自分が偉そうにしていられるのは国王陛下に任命されたからで、それがなければただの人だ」という自覚があったからでもあるでしょう。そうなれば軍も従わず、現地の人に殺されるだけと思えた……今振るっている絶対権力のほうが現実だと勘違いすることがなかった。

 もっと素朴な、王と国に対する深い忠誠も。国に背いたら友人も失い文化からも切り離されるということも抑止になったのかもしれません。

 溶け込まない。ある程度は手を出すけれど完全混血をせず、分け隔てる。イギリスのライフスタイルを守る。現地の中で、異質な集団でいる。ただしイギリスに帰っても異物には違いない。

 中南米現地で生まれた白人を差別したスペインと違い、インドで生まれた白人貴族の子でも、航海技術が低かったスペインよりは気軽にイギリス本国に戻し、寄宿舎があるパブリックスクールや士官学校に預けられたことも重大でしょう。

 イギリス料理がまずいと言われるのも、考えてみれば異常です。接した地域の食材や料理を学び、輸入し本国で栽培した品を工夫して調理していればすぐに世界一美味な料理を作り出すことができていたでしょう……トルコのように。イギリス人がイギリス文化にこだわりまずい料理を作り続けた、ということでしょう。……ある時期以降は、ロンドンで世界一美味なインド料理や中華料理、のちには中東料理が食べられるようになりましたが。

 

 

 イギリスとフランスを分けたのは何でしょう?

 イギリスは清教徒革命、名誉革命で、議会・貴族と王権がバランスを取り、王が戦争をしながら貴族の力が十分強い政治システムを作りました。

 各地の貴族が独自の軍事力を持ち、王の徴税にも戦争にも協力しないししばしば反乱する独立国と化すのではなく、王がきちんと徴税し戦争をしつつ、しかも政府が議会にある程度コントロールされるという、世界のどこを見ても他に例のないバランスの取れた政治システム。ついでに修道院という膨大な土地と民と財産と教育を占める国内独立国も潰しました。

 まず徴税能力。財政革命とさえ言われます。

 徴税が安定すれば国債も可能になります。

 税金を取る。国債を売る。すぐ王が破産するスペインやフランスと違って信用される。王の勝手ではなく議会の監視があるから。

 さらに航海のため、ロイズという保険システムもでき、その統計はあらゆることに応用されます。

 国債の信用は貨幣の信用にもなります。宗教が、イスラムや昔のイタリアのように利子を激しく禁じなかったため、銀行もできました。

 さらに東インド会社という、勅許株式会社が作られ成功しました。

 税金。国債。株式会社。貨幣。銀行。保険。それらが一体となる、歴史の奇跡の一つである近代経済システムが生じたのです。

 その近代経済システムは、貨幣・財政について家計とは違うと主張するMMTがあるように、国王・政府をただの最大最強武装地主ではなく、別の何かにしたということでもあります。

 

 徴税人をはじめとした売官制など、フランスは官職の実質不労所得こそ収入であり、実業をするより官職を奪い合い、工業なども多くの規制で潰すことが多かったようです。

 その実業より官職が儲かる、というのはスペインも共通します。

 むしろ、イギリスがおかしいというべきです。その何かが、イギリスを勝利させたのかもしれません。

 大金を払って海の家の権利を得たら、何十年も膨大な金が毎年入ってくるような……多くの官職がそういう仕事でした。それを得るには売官、君主の好意でもらう、家柄など、学力人柄とは関係のない不公平な基準となります。そうなれば軍の戦闘力も、港湾も、それどころか工場も非効率的になります。

 イギリスではそれよりも、公債・株式・農地に投資する方が確実な不労所得になりました。古典ミステリの多くで、千ポンドかそこらを得れば十分遊んで暮らせる、と多くの犯人が思ったように。ついでに古典ミステリは、少なくとも話のリアリティとして、イギリスの白人上層にとって警察に拷問される心配がないし警察が賄賂で動くものでないことも示しています。

 官職、公、特に警察が腐敗していれば、近代産業も維持できません。

 

 

 身分・売官制が弱まり、上昇の機会が存在すること。また議会・法の支配があって下から上に文句を上げることがかろうじてできることが、フランス革命のように重税に苦しむ中産階級が無茶に走ることを防いだ、ということもあるでしょう。

 また植民地で稼ぐという可能性もあったことも。アイルランドも、飢饉で絶望して狂信的にイギリスと戦うよりも、アメリカに行くという逃げ道があったからめちゃくちゃな反乱にはならなかったのかも。

 中産階級はメディアの発達と同時に、帝国の拡大そのものが至高のスポーツとなったようでもあります。栄光で満足できてしまった。また産業革命による生活水準の向上もあるでしょう。

 

 上昇の機会。誰が統治するか。

 軍隊は軍曹など下士官、大佐など上級士官、将軍や参謀も必要です。

 官僚もたくさん、高い能力の持ち主が必要です。

 それらは仕事でもあります。常に仕事を求める貴族の次男以降、下級貴族もいます。また時代によっては、前に海洋冒険小説で見たように、自腹で船を飾って戦い略奪は一部王に上納し兵に少し分配する以外、戦闘貴族が手に入れるという時代もありました。

 

 誰が統治するか。征服した土地の人をどれぐらい使うか。

 旧体制を維持してその上に乗っかる形にするか。それとも全部ぶっ壊し、少しでもえらい階層は赤ん坊も皆殺しにするか。何百年もかけて結婚で溶け合うか。さっぱりと先住民全員を殺すか。

 イギリスは間接統治、分断統治が得意だったと言われます。インドの統治では多くの王たちに、強い助言をしたりしながら統治を続けさせていました。

 また北アメリカ、オーストラリアなどでは先住民の事実上の撲滅もやりました。北アメリカは子孫であるアメリカ合衆国がやったとしても。

 それらは、スペインでもあった本国の目が届かないという事情もありますか。

 

 上級行政官はイギリス人、ただし現地の法は尊重、というのもイギリス帝国に共通します。

 またどこでも鉄道、教会、法廷を作りますし、また帝国領の外国に行ったイギリス人は、自分たちの世界を作ってしまうことが多くあります。

 

 遠く、しかも異質な人々を支配する問題は人工知能が発達するとさらに厄介になります。筆者は心当たりがないですが、ロボット総督が異種族の植民地を統治している、なんて作品があったらものすごく厄介でしょう。

 帝国から派遣される支配者、という問題がある宇宙SF……

『デューン』では膨大な富を生む惑星アラキスを、長くハルコンネン家が統治し、アトレイデ家に譲渡されました。アトレイデ家が潰されてからはハルコンネン家の邪悪な代官が圧制を敷き、恨まれました。同時に帝国軍のサーダカーもアラキスに多数駐留し戦い続け、ハルコンネン家とも厳しい軋轢がありました。

『銀河英雄伝説』ではラインハルトが破った同盟領は、レンネンカンプ、ロイエンタールの二人をはじめ多くの将兵を失う難治の地となりました。

 また、ゴールデンバウム朝の時代から、広大な皇帝直轄領の星々で「代理人」の問題は常にあったでしょう。ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムも、多くの星系を持っていたしほとんど首都オーディンにいたということは、「代理人」の問題は他人事ではなかったはずです。

『叛逆航路』ではアナーンダ・ミアナーイという存在がありますが、実際の手足となるのは軍です。そこには各艦とその属躰(艦の人工知能と、完全に人格を破壊され艦人工知能の一部となったサイボーグ)、さらに貴族士官、一般兵もいます。もちろん併合の時の膨大な暴虐を担当するわけです。

 併合が順調にいった後もさまざまな貴族・官僚・大商人・軍人・現地有力者・不満を持つ被征服民の力と富のゲームがあります。

 正義・礼節・裨益という理念、「心」があり、それもまた勝手な暴虐の面を持つのも大英帝国、のみならずあらゆる帝国と共通します。

『宇宙軍士官学校』も、姿すら見せない上位種族(オーバーロード)から中間種族のケイローン、直接地球人を指導しているアロイス、と種族の階層で構成されています。地球人の恵一たちは、自分たちが理解不能な戦争に駆り出される雑兵だ、地球人と上位種族の知力の差があるからやむを得ない、と理解しかすかな不満も持っています。それは帝国の戦争に駆り出されるインド兵と限りなく近い在り方です。そして数多くの地球人が、自爆テロも辞さずに抵抗してもいます。

『幼年期の終わり』では独特な理由で、オーバーロードが地球人を支配します。人道的でありつつ闘牛の禁止など道徳的な干渉もありますし、肝心なことは何も知らせません。それは愚かなペットを愚かだと知りつつ慈悲深く飼う態度……最後に、安楽死すら考えるほどでした。

『レンズマン』では、アリシア人・エッドール人という上位種族の存在そのものが、知られたら諸人類の劣等感と退廃を招くと秘匿されています。それほどの愚民視。

 

 また現地で力をつけた人をどの程度使うか。

 スペイン帝国の、スペイン生まれ白人・新大陸生まれ白人・混血という階層。さらに教会もゲームに加わる。

 イギリス帝国の、イギリスから派遣されるイギリス人・現地で仕事をしているイギリス人・混血・当地の貴族・イギリスで最上の教育を受けた有色人種の階層。

 

 人種、生まれた地などが違う人を使うか。

『ローマ人の物語』ではたびたび、大英帝国と古代ローマ帝国が一つのネタで比較されます。属州出身でも皇帝になれる古代ローマの「寛容」と、絶対にインド人を首相にしないイギリス。

 世界各地の植民地からも、現地で生まれた白人であっても、イギリス本土の議会に議席を与えることはしない……アイルランドを例外として。

 本国で試験された文官をインドに送る、インド人は受験自体が事実上不可能。ギリシャローマ古典の配点が高いので、インドで生まれた白人貴族の子さえ不利。

 副王なども一方的にイギリス本国政府が決めて送る。律令日本の国司や明治日本の県令のような中央集権。

 アメリカの独立も、アメリカ植民地の「代表なくして課税なし」という声を圧殺して、本国の戦費を税として取ろうとしたから。それほどわずかな妥協もしたがらない、支配者は弱みを見せてはならない、にしがみつく。

 ただし、アメリカの独立で懲りたのか、少なくとも現地の白人が困窮するほどの税は取らない。そのかわりに自由貿易。

 不寛容と言っても、宗教的には驚くほどの寛容。ユダヤ人の首相もあるほど。インドが独立後ヒンズー教とイスラム教で戦争があった……徹底的な強制改宗はしなかった、ただし未亡人の殉死(サティー)や奴隷制とは激しく戦った。

 またセポイの乱からある程度精神構造が変わり、「やはり非白人は人間ではない」と言わんばかりの態度にもなった。

 

 

 その人を作り出すのは、最終的には教育に帰着します。

 イギリスにも、フランスにも帝国を支える独特のエリート教育システムがあります。

 イギリスのパブリックスクール。フランスのグランゼコール。

 どちらも教会の下部組織でない、神学校でないことがある意味異常です。ヨーロッパでは教育に、あまりにも大きく教会の影響があります。それはほかの文明でも同じことでしょう……中国は違うかもしれませんが、仏教も道教も教育に影響がないはずはありません。

 オランダやベルギー、ドイツやオーストリア、ロシアのエリート教育がどうなのかは不思議と知りません。

 もちろん、エリート教育だけでなく、国民一般の教育も重要です。イギリスやフランスの義務教育の歴史は児童労働の歴史、産業革命期の農村史という厄介な要素もあるので難しいですが……特にボーア戦争で、イギリスの一般兵士が使い物にならないことが知られて、公教育・児童福祉に関心が強まったとのことです。

 

 パブリックスクールを単純に日本語訳すると「公立学校」に見えますが、逆です。私立。上流階級全寮制男子校。古くからある。イートン、ハロー、ラグビー、ウェストミンスターなどが有名。

『ハリー・ポッター シリーズ(J・K・ローリング)』の魔法学校は露骨にパブリックスクールであることが知られています。また『十五少年漂流記/二年間の休暇(ジュール・ヴェルヌ)』もニュージーランドだからこそ強く模倣されたパブリックスクールの少年たちが規律正しく自治する姿を礼賛しています。

 そこから大学はオックスフォード・ケンブリッジに行くのがイギリスのエリート。

 ラグビー校が、球技のラグビーの元であるように集団スポーツを尊重する。ファインプレーの精神も。徹底したギリシャ・ローマ古典教育で、実業や科学などは軽視。愛国心、王室崇敬を叩き込む。

 

 対照的にグランゼコールはナポレオン前後から整備された、国の意思が強く入った公務員養成校。師範とか土木とか鉱業とか仕事を重視。独特の、学力のみならず上流階級の文化そのものを問われる試験があります。いくつかは在学中も公務員として給料が支払われます。

 

 そして近代イギリスの教育を語るのになくてはならないものが、インド文官。

 近代イギリスの官僚システムは、東インド会社から逆輸入した感じもあります。会社でありながら独自の軍を持ち、外交も何でもやるという一つの国家でもありました。

 十九世紀前半、国内およびインドの文官は縁故・売官だったのが、インド高等文官制度……ほかの国では当然だった売官制、また家柄のいい貴族以外は官職・軍における地位から締め出すルールをとらず、ほぼ試験成績で採用されます。それはある程度中国の科挙とも共通します。

 合格者はパブリックスクールからオックスフォード・ケンブリッジが大半、ギリシャラテン古典の配点が大きい(神学ではない)ものでした。

 死ぬほど不利ですが、インド人合格者もごくごくわずかであってもいました。

 士官学校制度も重大な国家の変革です。

 東インド会社自体、株式会社という資本主義の歴史でも革新的な発明でした。それは本国の金融システムも大きく変えます。

 その影響もあり変化したイギリスの官職・軍の上層は、少なくとも戦後に独立した一部の国のように腐敗した権力者が国そのものを売ってしまうことはない、ちゃんと橋もできるし工場も動くというとんでもない特徴があります。

 

 

 イギリスが名誉革命を終えて安定してから、まず海賊稼ぎをはじめ、ほぼ嫉妬でオランダと戦いました。七年戦争などヨーロッパ各国との激しい戦争もかなり戦っていました。

 戦いの中でイギリスはアメリカ大陸、カリブ海、オセアニア、インド洋と広く海外領土を得ました。

 オランダと並んで東インド会社を作り出し、それによってイギリス自体も大きく変化しました。

 反面ヨーロッパ大陸、特に本領であるフランス領土に領土を得るのではなく海を制することを選びました。なぜそれを選んだのかはわかりません。

 またつい最近まであれほど激しい内戦をやり、宗教やその他で争っていたのに、なぜ植民地の一つを、一つのイギリス王位請求者や宗派がのっとって独立する、としなかったのか……

 イギリス人であること、イギリスの文化に対する異様な崇拝があったのでしょうか。

 競馬。

 狩……乗馬、犬、銃、ウサギやキツネを放したことによる生態系破壊も。

 ボクシング、クロッケー。

 芝生。古代ローマの影響が強い建築。

 酒は飲むが料理には無関心。

 砂糖や牛乳を入れた紅茶と磁器の食器。

 そんな生活に。

 何よりも、常に勝利しどんどん領土を増やしていくイギリスという国に対する、強烈な誇りが常にありました。異様なほどに。

 逆に、ほぼ唯一断固として独立し、独立戦争を戦い抜いたアメリカがおかしいとも思えます。なぜアメリカが、アメリカだけが独立したのか、あれほどイギリスを憎んだのか……

 

 また大英帝国というものの奇妙な点。

 国、いや農村が連合するだけでも、物質的な目的は二つあるはずです。

 防衛と、食。

「一つの村だけだと弱い。二つ以上の村がまとまって、自分たちを守る/敵を侵略して飢えをしのぐ」

「ある年は湖盆地が凶作で谷地帯が豊作。ある年は谷地帯が凶作で湖盆地が豊作。豊作の地域から凶作の地域に余剰食糧を分ける。明日は我が身、長い目で見れば両方餓死ゼロという大きな得がある」

 二つの村の兵を集め、倍の数の兵にして、片方がピンチの時に助け合う。兄弟が助け合うように……兄弟はケンカするがよそと戦うときは助け合う、でも。

 少しでも離れていれば、一方が凶作でももう一方が豊作があるかもしれない。豊作なのに余剰を分けてしまった方も、来年はこちらが凶作で助けられるかもしれない。

 

 ですが、現実には帝国は「食わせる」ことを忘れることが多いです。集まるための方便、「手段」だったはずの宗教、国家そのものが「目的」になってしまうのでしょうか。

 大英帝国は奴隷禁止のために荒海を航り、暗殺教団禁止のために無謀な戦いに投じる「道徳」心があるくせに、すぐ隣のアイルランド飢餓を見逃しました。さらに、ひざ元のロンドンでの悲惨な労働者たちも、まるで敵対する異星人であるように、害虫ででもあるかのように徹底的につぶし続けました。

「食わせる」ということを考えない帝国。

 それなのに、なぜか超反乱がおきることがない。下の餓死させられる人々も、国家に食わせる義務があるとは思いもしない。

 では、大英帝国というのは何でしょうか。食とは関係のない、崇拝と忠誠と奉仕が間違いなくあったのです。

 A・J・トインビーが言うように近代国家そのものが、宗教にかわり心を埋める絶対的な崇拝と忠誠の対象でしょう。「目的」、個人の生命や苦痛、いや人類の存続よりも上の至上価値そのものでしょう。

 国家の「栄光」、それ自体が人の心をものすごくとらえ、それだけで十分になってしまった……とにかく新しい領土の獲得が、ものすごい娯楽のように人々を喜ばせた?……ではもし今日本が北方四島を、さらに樺太を取り返すことができたら、オーストラリアを取ることができたら、どれぐらい嬉しいものでしょうかね。

 

 ついでに、イギリスだけではないでしょうが、上のほうの深い部分には、とんでもない下に対する軽蔑・憎悪があります。貴族と奴隷は徹底的に別の存在、同じ人間ではない。

 イギリスはその心の底の感情に、「自由主義」という名前をつけてしまう。

「自由」に対する崇拝、自由のために戦う……一見美しいですが、特に大英帝国の歴史をたどるとあまりにもしばしば、膨大な人間を極貧のままにし、確実に健康を壊す労働をさせ、餓死させる「自由」を求めて戦っているのです。

 日本でも共産主義が殺した人数は広く知られています。が、自由主義やのちの反共が殺した人数も、桁が違うと言われるでしょうがそれなりにいます。

 

 わからないことのひとつ……アイルランド飢饉で、イギリスに助ける気がないと悟った時、なぜアイルランドの小作人たちは最後の一人まで、一人でもイギリス人を殺してやるという徹底反乱を起こさなかったのでしょう。伊勢長島で兵糧攻めに骨と皮となり、降伏するも鉄砲で撃たれた一向宗が、裸で刀だけ持って川に飛び込み織田一族を多く殺したように。

 あと、これはどこでも言えるのですが、小作人が貧しいということは需要もないということです。あまりにも搾取すると、国自体の需要がない……だから結構何度も恐慌状態になり、これじゃ資本主義は潰れるなとマルクスは考えたものです。

 経済だけを考えると、イギリスは非白人の大領土、カリブ海・インド・東南アジアでは主にプランテーション農業を営みました。セイロンも重要な紅茶の産地であり、重労働の記録が残っています。

 東南アジアやアフリカでも搾取・重労働強制のイメージは無数にありますが、たとえば人口を見ればどうなのでしょう?

 搾取がひどければ総需要が減ってしまうという問題もあります。現地のイギリス人と、先住民の一部貴族だけが豊かであれば残りは使い捨てに餓死していても、ぜいたく品の「市場」はある、というものかもしれませんが。

 ただ、イギリスはインドなどでは灌漑なども頑張っています。ベンガル飢饉こそありましたが、総合的に人口は増える、餓死せず育つ幼児が増えることは……?

 

 交通の要所は、特に蒸気船が普及してからは石炭・水の貯蔵所として価値を持ちました。

 さらにアフリカには膨大な資源が期待されました。

 あちこちでゴールドラッシュも起きています。オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ……

 

 防衛という面では、スペインと違いある程度ではありますが、イギリスは植民地出身の軍も使っています。インドも、オーストラリアも、カナダも、独立前もイギリスにそれなりの兵力を送っています。

 海運力が違うからでしょう、ですがそれだけでしょうか?

 

 

 大英帝国の奇妙な点には、妙な道徳心の強さもあります。

 ある時期から、原理主義的なキリスト教が強まり、それで地球全体に強いおせっかいをしたがるようになります。それと、損得をろくに考えない領土拡張がくっつきました。

 とにかく領土を広げ、原住民を教化するのが「白人の責務」だという、あまりにも傲慢で今となれば笑うしかない信念。

 もっと単純に、イギリスが欲しいと思ったら、それはもう神様の命令で奪うことが絶対正義だ、になってしまう……小さい乱暴な子が欲しければ殴って奪うのと実際には変わらない、それを神とか栄光とかでごまかすことができてしまった。

 布教のために不便を忍び生命を捨てつつ膨大な子供が餓死するのを平気で見過ごせる「道徳」。

 中央アジアのグレートゲームは、まあインドをロシアの無限大に見える野望から守るため、でしょうけど……

 後には、アフリカの熱帯伝染病が克服されたこともあり、ヨーロッパ各国がアフリカや東南アジアを恐ろしく乱暴に分割しました。

 すべての列強が、自分たち以外・白人キリスト教徒以外は人間ではない、土地を保有する権利などない、価値のある伝統など持っていない、駆除すべき害虫、奴隷化すべき家畜でしかない、と、一切疑いなく確信した時代でした。それには思いっきり間違った解釈の進化論も手を貸していましたし、キリスト教もそれを止めることはできませんでした。

 何よりも、領土を広げる、大英帝国の栄光、というのがあまりに巨大な喜びになっていました。貴族も、新聞が普及しつつある民も。教会は宣教師の送り先が増え、そのための寄付も当然……

 

 好奇心の強さ、異文化好みも不思議です。

 膨大な動植物を集めました。

 植物種が富であることも知っていました。パンノキを苦労して集め、またスパイスやゴムの木の苗をすさまじい精力で奪いました。

 スペインは草の根分けても先住民文化の痕跡も焼き滅ぼし黄金像も溶かしたのに、イギリスは膨大な文化財を集めて大英帝国に飾りました。略奪と言えばそうですが。

 

 人間には本来、「いい人でありたい」という欲求があります。

 残忍な奴隷主でも、神を信じ黒人を奴隷にするのは神が許しているからと自分を慰め、神父に保証してもらいました。

 何もなしに、「俺がしたいからやる」だけで悪行をすることはありません。

 結果はもっと悪くなるにしても、最上層も信仰で動きます。

 スペイン帝国も信仰に導かれて中南米の帝国を滅ぼしました。

 

 道徳が国に影響を与えたのが、まず奴隷制廃止。帝国主義。ベルギー領コンゴを批判したこと。またボーア戦争での、変化。さらに第一次・第二次両大戦。

 

 イギリスはいわゆる三角貿易、イギリスからアフリカ西海岸に布製品・銃・おもちゃなどを輸出して奴隷を買い、奴隷を大西洋を越えてカリブ海の砂糖農場に運び、奴隷の労働力で作られた砂糖をイギリス本土に運ぶことで莫大な富を得ました。

 北アメリカ大陸でも砂糖や、たばこ・藍・木綿などを作りました。

 しかし、ある時点でイギリス内のキリスト教が暴走し、奴隷制を禁止しました。世界じゅうの海で奴隷船狩りすらしたのです。

 さらにナポレオン戦争が終わり、経度測定法や蒸気船などで航海能力が向上して、世界各地で有色人種を導こうと「白人の責務」に至りました。

 かなり後の話ですが、ベルギー王の私的財産となったアフリカのコンゴで極めて残虐な搾取が行われていることを調べ、それを報道したり宗教家が非難したりしました。まあもちろんイギリスの国益にもなったのでしょうが。ちなみにフランス領はもっと人口減少がひどかったなども。

 そういう、道徳ぶる姿勢が大英帝国の特徴の一つと言えます。アヘン戦争、セポイの乱の報復、タスマニア島先住民の根絶などどう見ても非道極まることも繰り返しやっていながら。

 基本パターンは、長い伝統を守り、外の人を嫌って、自分たちが一番偉いと確信し、狭い世界で閉じて満足して生きてきた人々……まあ人食いだったりもしますが……のところにずかずか入って、相手の習俗やルールをろくに学ばずに商売したり宣教したり、兵士も駐留させたりする。そのうち、相手も普通に野蛮でもあるのでイギリス人が殺される。そうしたらイギリス軍が正義の報復と攻めてきて大虐殺をして大英帝国領と宣言する。

 思い出すのは生麦事件。あんたら母国で大貴族の結婚式行列の前を騎馬で横切るか?と。わざと犠牲になってるのならまだしも、本当に何も考えてない、黄色いサルに貴族のルール・武人の名誉があるなどということを想像もできない、冗談抜きに。

 

 自分を疑わず、正義も悪もやりたいようにやって全部正しい、カッコいいと素直に信じている……そういう幼さがある意味壊れたのが、ボーア戦争。

 アフリカ大陸南方で古くからほとんど母国の助けなしで開拓を進めていたオランダ系白人、アフリカーナー。黒人には無造作に残忍であり、キリスト教を原理主義水準で深く信じ、自立自由の精神が非常に強かった人たち。

 金鉱、またアフリカの要衝である南端の喜望峰からエジプトまでを支配すると決めた大英帝国の国策……「我大英帝国様は欲しい、だから大英帝国のものだ」とぶつかったとき、野山を駆け獣も先住民も狩ることに慣れたアフリカーナーはゲリラ戦で激しく抵抗しました。自由のために。

 イギリス軍は、もろさを露呈しました。イギリスの特に陸軍は、大陸での優れた敵との戦争経験も少なく、まともに戦う能力を失っていたのです。軍の能力の低さはアフガンでの大敗でも、セポイの乱でも露呈しています。

 しかしイギリスには圧倒的な力と、支配する意志がありました。そしてゲリラに対抗する方法も見出していました。鉄条網という強力な新兵器を用いる、強制収容所という方法を。

 それは……女子供から徹底的に虐待殺戮して心を砕く戦いは、世界各地の先住民相手ではごく普通でした。子供が虫をばらばらにするように無造作に、何の痛みもなくやってきたことでした。

 しかし、外見も信じる神も同じ、アフリカーナー……白人に対してそれをやってしまった、さらにそれが発達し抜いた電信・郵便などの通信で世界中に報道されてしまった。それも写真付きで。

 しかもそのとき、イギリスの庶民さえも腹がいっぱいになりつつあり、兄弟姉妹が死ぬのが当たり前ではなくなりつつあり、そして熊いじめ猫殺しの動物虐殺娯楽も禁じられつつありました。心が変わりつつあったのです。

 イギリスは自分がしてきたことを自覚してしまったようです。虫を虐殺して遊ぶ……あるいはもっと……男の子の一部がある日、自分の残酷さを自覚するように。

 考えてみれば、つい最近であるナポレオン戦争でも、その少し前の三十年戦争でも、すぐ近くで子孫たちがやらかした南北戦争でも、白人が白人に対しても残忍な虐殺をすることぐらいは知っていたでしょう。しかしイギリス人はすっかり忘れていたようです。

 

 それからしばらくは、惰性のように帝国を運営し……ついに第一次世界大戦という運命の鐘の音を聞きました。かろうじてアメリカの助けで勝利し、それから第二次世界大戦。

 ナチスドイツ、そして大日本帝国という絶対悪との正義の戦いに勝利はしたものの、その莫大すぎる費用はイギリスの底を抜きました。

 また、人間性、大英帝国の栄光に対する幼子のように素朴な信頼も消え失せていました。絶対悪と戦った絶対正義だ、といくら言っても。

 多くのイギリス人もナチズムに傾倒したのも、その虚無と無関係ではないでしょう。

 福祉国家となることで共産主義は無力化できましたが……帝国の崩壊は免れませんでした。本国の崩壊こそとりあえず免れましたが。

 

 大英帝国の崩壊とはいえ、本国は強国のままであり、森林や鉱山の枯渇、土壌崩壊による農業生産の急減など、文明崩壊症状を起こしたわけではないのも特色です。帝国を失ったことでイギリスは損をしたのか得をしたのかは、いろいろな面があってわかりにくいです。鉄鋼生産であればイギリスからアメリカ、日本、中国と移りました。金融や物理学であればアメリカと分け合って今も中核にいます。

 

 

 大英帝国の、ある時期以降の圧倒的な強さを生み出したのはやはり産業革命。

 石炭を燃料とする蒸気動力、奴隷人力だよりではなく。それ以前にも馬や水の力もうまく利用する技術が発達していました。

 近代社会システム、法による公正な支配、株式会社制度など金融の発達で多額の資金を調達しやすくなったこと、何をするにも勅許の世界から自由が強まったこと、特許権により発明が利益になるようになった……発明自体が死刑だったりただ奪われたりする中国と違い……も大きいです。

 農業が尊い商工業は卑しい、という宗教道徳が弱いことも異常です。古くからの文明はすべて農業を尊び商工業を、貨幣や利益を否定する、固い道徳・信仰があります。利子も多くの宗教が禁じています。

 世界の海を制し、世界中の領土でうまく人を働かせ産物を運び出させるシステムを作ったことは、すべての資源を入手できるという巨大な強みも生み出しました。

 そして科学と技術の結合。宇宙を思う学者はペンしか手にせず試験管を火にかざすことなど禁じられていた世界の大半と違い、学者が試験管を持ち、実験し検証し、誤りを認める。古代からの書に書かれた知恵も疑う。古代からの書にすべての知恵があり、新しく付け加えることなどないという世界の大半の常識を否定する。うるさい教会も弱まっている。

 多くの犠牲がありつつも、科学技術が進歩する。

 それ以前の、世界貿易の支配。制海権。金、カネ、資本の支配。

 産業革命は圧倒的な工業力を作り出しました。それは当然、多数の大砲、火薬、砲弾、また船とその帆や縄でもあります。

 溶鉱炉・転炉をはじめとして鉄鋼技術が進歩する。後装ライフル砲・アームストロング砲をはじめ強力な砲を安く多数作ることができる。加えてエンジンのついた船、鉄の船とそちらの技術も進歩すればまさに鬼に金棒。

 産業革命には農業革命の側面もあり、スペインやポルトガルと違って爆発的な人口増もしています。

 さらに産業革命の結果か、悲惨だった工場労働者、もっと悲惨でそれが当たり前だった農村の人々も、いつしか砂糖や綿が当たり前のぜいたくな生活となりました。それが医学の進歩、公衆衛生と結びつけばますます人口は爆発します。

 生活水準の向上や海外植民地があるためか、産業革命と同時期に大陸で起きた、フランス革命からのヨーロッパ各国の革命、またその後継者というべき共産主義の脅威もイギリスにはほとんど影響がありません。

 その大人口が教育されたとき、さらに産業革命は爆発的に拡大します。

 海底ケーブルによる電信、郵便制度など通信技術もけた外れに進歩しました。それは当然、帝国の遠いところでの反乱をいち早くつかみ鎮圧できるということでもあります。

 気がつくと、スペイン帝国でもオスマン・トルコに手も足も出なかったのが、トルコとインドと中国と日本が束になってもイギリスに抵抗もできないほどの戦力差・文明差が生じていました。

 

 ではその、火砲を積んだ船でやってくる、野望に満ち奸智に長けた大英帝国に、世界各国はどうしたのでしょう?その視点の歴史書がぜひ欲しいところですが。

 

 それ以前の問題として、まず新大陸のアステカ・インカ帝国があまりに簡単にスペインに滅ぼされたことがすべての始まりでした。

 ほぼ同時期に、ポルトガルが喜望峰を通りアフリカを回ってインドに行く航路を見出しました。

 スパイスという東南アジアの富、また中国の富、インドの富を追って、フィリピンをスペインが得、オランダとイギリスが相次いで東南アジアに拠点を築きました。

 

 そのインド、中東の側の対応が異様です。凶暴な侵略者に次々と拠点を築かれながら、帝国全力で撃退しようとはしません。

 神経がいきわたっていない、末端の痛みを感じないのです。ひとつの、自分の領域を支配し民を守り、領土を侵されたら全力で戦う、海賊山賊を断固殺す、という「国」ではない。その「国」というもの自体、古代の征服帝国であればごく若い時期でしか存在できないもののようです。

 無数の小さい国の集まりで、国と国の間には無法地帯が広がり、一つか二つの国が滅ぼされ侵略されてもどうでもいい……首都のような大きい経済圏も、いくつかの勢力のある巨大家の集まりに過ぎず、巨大家の外は外国同然、法も通用しないし売り買いも借金もできない、というような感じでしょうか。

 

 インドのムガル帝国自体が衰退期であった、ちょうどイギリスはそれにつけこんだともいわれます。レコンキスタが、スペインがイスラムの衰退につけこんで成功したように。中南米帝国の征服に、現地の内紛も大きかったように。

 

 インドは、イギリスが産業革命で綿布を大量生産するまでは綿布を輸出していました。手織りの美しい布で、ヨーロッパでも、アフリカでも売れました。

 それでインドは膨大な金銀を手に入れたはずです。しかし、それでムガル帝国が強くなることはありませんでした。

 鈍すぎる国。国全体に神経が行き届いていない大国。

 

 繰り返しになりますが、奴隷を輸出したアフリカの国々も、なぜあれほどの金銀を受け取っていながら学び強くなろうとすることはなかったのか……それもわかりません。

 奴隷を輸出した国々の歴史もほとんど見当たらないし、さらにその後……奴隷制が廃止されてからアフリカ分割までの歴史も、いやアフリカ分割の頃にどう交渉し抵抗したかの歴史すらほとんど見当たらないのです。

 徹底的に、「国家」というものとは異質な社会であったことは読み取れます。物的は、ツェツェバエや熱帯病で人間が生きるのも、何より牛や馬という大型家畜が生きることが極度に困難だったことも知られています。

 それが西洋の支配を経て、独立して半世紀を超えてさえもあまりにも変わらない、とことん「国家」がないことも謎でもあります。

 

 

 国家の不在。それもいくつかの宇宙SFで描かれてはいます。

『若き女船長カイの挑戦』の人類世界は各星の独立性が高く、「人類全体」が存在しません。

 逆に『クラッシャージョウ』も各星の独立性は高いですが、代表集会と統合された軍があります。

 実は一長一短です、『クラッシャージョウ』では統合軍の高官を含む権力者が、あらゆる星政府を支配し帝国を作ろうとしました。

 重税や弾圧の可能性もあります。

 しかし帝国がないことも『若き女船長カイの挑戦』のように、たかが宙賊連合に簡単に星を一つ一つ落とされる可能性があるのです。そのときにはその星の民は宙賊の思うがまま。

 さまざまな、宇宙海賊が特に強い作品は、形としては星間国家があっても魂を失っています。半ば以上無法になっていると言っていいでしょう。

 逆に『敵は海賊』では海賊が実際には世界政府を兼ねていますし、『若き女船長カイの挑戦』では宙賊が全人類星間帝国を築こうとしているところです。

『スターウォーズ』のタトゥーインは半ば無法で、ジャバ・ザ・ハットが支配し奴隷制も残ります。のちにはストームトルーパーが危険人物を抹殺しようとすることはできましたが、それでもジャバ・ザ・ハットの力は大きいままです。

 

 ポルトガルが拠点・海しか関心がなく暴力的で、イギリスはインド諸侯の権力闘争に乗じて内陸に勢力を広げました。現地人を軍とし訓練しました。

 東インド会社による征服は、儲からないという問題もあります。後にもコブデンが損だと分析し、グラッドストーンも。それに対してディズレリーが、インドを宝石と叫び、大英帝国の栄光をたたえました。

 インド軍をあちこちに、インドの費用負担で派遣することも大英帝国の重要な仕事でした。

 

 イスラム圏は、オスマントルコやエジプトが何度も近代化に挑戦しては挫折することを繰り返しました。

 

 イギリスとアメリカの近代化を見て、ではうちもと近代化に取り組む勢力は常に苦しみます。成功率も低い。

 そのための、宗教と政治の分離。修道院をぶっ壊して財産を奪う。国家を、それまでのいくつもの家のゆるい集まりではなくがっちりした塊にする。中国の法家とも、イスラム法とも異質な法。借金、利子を許すという多くの宗教の命令に背くこと。各地の有力者の重要な収入源である川や峠の通行税の廃止。さらに王の権限の制限。

 決闘や仇討の否定。

 それどころか、日本人から見れば、何があれば近代化ができ、何にこだわれば近代化ができなくなるかもわかりませんでした。イギリス人だってそれはわかりません、紅茶を飲みローストビーフを食い背広を着ることが不要だとは、思いもしないでしょう。

 卑猥な祭りを厳禁しなければ、製鉄所はできない……それが正しいのか間違っているのか、誰にわかるでしょうか?

 自分の文化、社会制度、何もかも否定する。その苦しみは大きすぎます。膨大な、ただ昨日と同じ今日を明日を信じ真面目に生きてきた人間を処刑し、餓死させなければならない。

 オスマントルコも、中国も、朝鮮も、繰り返し改革に挑んでは保守勢力にひっくり返されました。いや、スペインさえもそれを繰り返したのです。

 それほどまでやっても、たとえば今ゼロから自動車会社を作るぐらいに、先に工場を完成させノウハウを積み販路とブランドを確保している大企業であるイギリスに、競争で勝つのは不可能なほどに難しいのです。やってもやってもそれまでの経済では考えられない巨大な借金が爆発し、何一ついい結果が出ないことが普通。

 むしろ成功した日本がおかしいと言えるでしょう。

 

 イスラム圏では苦しみのあまり、成功しないことで、原理主義が強くなりました。特にアラビア半島の、サウジアラビアの祖先など。近代というとんでもない変化に適応するため、イスラム教の多くは原理主義という、大砲の数では間違っているにせよ、ヨーロッパの傀儡帝国の中で権力を得るには有利な解を選んでしまうのです。それもまた、適応のための変化の一つでしょう。

 

 中国は、明末に強い反商業・反外国の風潮がありました。清もそれを受け継ぎ、原則的には鎖国でした。

 日本も鎖国でしたが、それは当時のアジア全体の、世界的な風潮でもあったのです。

 それは、そちらのものでこちらがほしいものはなにもない、という恐ろしい傲慢に結びつきました。

 確かに、バスコ・ダ・ガマがインドで嘲笑されたように、当時のヨーロッパが作れる美しい物は当時の中国や中東より劣ったかもしれません。

 ですが違ったのは、中国や日本は進歩を禁じたため発達が遅いのに対し、ヨーロッパは急速に進歩していくことがあります。

 またヨーロッパには、宗教という足枷から解き放たれた科学がありました。

 ニュートン力学も、微積分も、原子論も……精密な天文時計も。

 中国はそれらに、いかなる価値も認めませんでした。すでに儒教、中でも変化しないための派である朱子学の、奇矯な自然哲学の面ががっちりと好奇心を、科学を封じ込めていたのです。

 

 中国も、イスラムも、天文時計を破壊しました。

 中国も、イスラムも、活字印刷を嫌いました。中国は漢字が多すぎたからでもあるようです。イスラムは、コーランは手書きするものだという伝統に縛られました。さらにインドは、文字さえも嫌ったのです。

 天文時計と印刷。逆にそれを禁じないヨーロッパの方が異質。

 ヨーロッパは常に、北海など結構難しい海での漁や交易が国の死命につながりますし、多くの国が競い合うことで技術を抑圧することが不利になるからでしょうか。

 そして、天文時計を破壊し活字を禁じる……それは、決定的な差となるのです。科学技術に支えられた近代工業、膨大な銃砲による圧倒的な軍事力を可能にするか否かという。

 

 イギリスと中国の接触は、アヘン戦争という汚名に至っています。イギリスは中国に輸出できるものがなかった、イギリスが作るもので、中国が「需要」するものがなかった。逆にイギリスは、中国の紅茶を激しく「需要」した……結果まず銀を輸出し、それが尽きたらインドでアヘンを作り中国に売るという、現代人が見れば悪魔に魂を売ったようなことをしました。

 それを逆に見ると、莫大な銀を受け取った中国は、それを活用しなかったのです。それだけの資金があれば近代化だってできたはずなのに。

 

 中国も、インドも、イスラム帝国も、アフリカ奴隷輸出諸国も、どれほどたくさん金銀を受け取ってもそれを活用し強くなれない……スペインも膨大な金銀を得ても強くなれなかった……日本も大量の金銀を輸出しつつ、少なくとも世界の強国ではなく鎖国を選んだ……金銀を力に結び付けることがどれほど難しいか。

 

 頑張ったけれどどうしようもなかったのが、ニュージーランドのマオリと、ハワイでしょうか。

 ハワイは優れた首長が銃を買い、統一国家を作りました。……が、英米の野望に対抗できるほどの工業力を作るには、間に合いませんでした。

 マオリも、イギリスはかつてほどの凶暴さではなくできる限り丁寧な対応をしました。マオリの人々も必死で頭を使いました。

 それでも圧倒的な伝染病と文明水準の差は、どうしようもありませんでした。強い善意があってさえもうまくいかない、そのもどかしさは狂いそうになります。

 

 

 変わること、その重要性を何度も何度も訴えているのが『宇宙軍士官学校』です。

 中学生の時の試験知能ではなく、自分を書き換えられるのが有能な人間です。逆に超優等生でも自分を書き換えられなければ、圧倒的に高度な文明の技術を使い強大な敵と戦うことはできない、というメッセージが繰り返し書かれます。

 自分を書き換える。自分たちを書き換える……西洋文明に、唯一適応できた、唯一大砲を作り続けることができた明治時代の日本人を模範として。

 理性。刀では大砲に勝てないという現実を直視し、それでどうするか考える。これが正しい、これが道徳だ、これが神の命令だ、という精神論を無視し、物質だけで考える。自分の頭で考える。

『ローダン』も本来は、より高い技術を持つ異星人に合わせる努力の話のはずです。繰り返し敵の技術を奪い、取り入れました。

 しかしいつか、技術的には停滞しているように思えますが……いつまでトランスフォーム砲使ってるんだ、強制軍縮から日本版で今三百は行ってないか……?

『老人と宇宙』も、地球人は運よく地球人より上の技術の異星人から技術を盗み、かろうじて滅ぼされる前に戦えるだけの技術に至って戦い続けている、というのが新兵が教わるストーリーです。実際のところは英雄でも教えてもらえません。コロニーの上層は六巻時点でも謎です。

『ヤマト』は本来、技術水準が上の文明軍との接触から軍事力を整え対抗できるようになった、という話のはずです。ですがそちらの話と平行して、いつも技術は役立たずだ特攻だけが本物の戦力だ、という話になってしまいます。ただし技術が役立たずなのも、上層が波動砲斉射にこだわるから、戦訓を見て変わろうとしないからでもあります。

『三体』で敵は地球人の素粒子物理学実験に干渉し、科学の進歩そのものを封じることで勝利を絶対にする、というどうしようもない手を使ってきました。

 

 リバースエンジニアリング。潜在的に敵対的な文明の産物を分解し、調べ、複製する。その過程で相手の技術を学ぶ。

 それこそが、本来は技術が劣る者が抵抗する手段です。

 種子島の人が火縄銃二挺を高額で買い、必死で分解して、わずかな年月で日本だけで何万挺もの火縄銃を持つ、スペインもポルトガルも侵略を断念する軍を作り上げたように。同じように火縄銃を買い、膨大な銀を手に入れたアフリカの奴隷を売る側諸国もインドも、どうしてもやらなかったこと。

 アメリカ合衆国の人が、イギリスの工場を見学して、絵を描いたりは禁止されたから必死で目に焼き付け工場を出てすぐに書いて、帰国してすぐ記憶を頼りに織機を複製し、それがのちにはイギリスを追い抜く大工業国の始まりとなったように。

 それは多くの宇宙SFで、重要な役割を果たします。『ヤマト』のように引き立て役の間違った方法とされることも多いとはいえ。

『彷徨える艦隊』では、特に重要な分子破壊砲は間違っても奪われないよう、艦が破壊されたときには兵器が爆発するように仕掛けられています。

 またある異星人は徹底して、どんな技術も遺伝子も知られないよう艦も都市さえも自爆します。

『星系出雲の兵站』では、ほとんど技術情報をつかませない敵の巧妙さ、意図を読ませない奇妙さに人類は苦慮します。

 ほかにも最近は、交渉をしようとしない、技術も遺伝子もつかませない異星人と戦うミリタリSFが無数にあります。

 

 

 どれほど、イギリスに踏みにじられた諸国は失敗ばかりとは言え、その中でも少しずつ成長はしていきました。

 大英帝国の善意が実を結んだのでもあるでしょう。医者を派遣し、宣教師の活動で改宗は少なくても普遍的な知恵を含む物語を聞き、教育される子も増え、治安維持もされ、鉄道も電信もできた……

 旧約聖書は、出エジプト記と後半は弱い民族が知恵と勇気と信仰で圧政者に抵抗する話です。パブリックスクールで丸暗記させられるラテン語古典には、シーザーの好敵手ウェルキンゲトリクスはじめ英雄たちが華麗に描かれています。民族独立運動のプロパガンダ+ゲリラ戦マニュアルを英雄物語で包んで読み聞かせてやってるようなものです。

 どれほどイギリスの、イギリス人の儲け、大英帝国の利益のためであったとしても、少しずつでも恩恵は確かに現地人たちに垂れていました。

 確かに暴虐で搾取。でも、確かにイギリス人がいなくても、未開の生活……死亡率も、拷問の末冤罪で処刑されるリスクもずっと大きいのは真実。イギリス人が来なかった未開の生活をずっと続けても、確かに滅亡リスクは少ないかもしれないけれど、彼らが宇宙文明を作る可能性はあまりにも少ない。

 

 まずアメリカ合衆国は、先住民撲滅と南北戦争という地獄、親をまねるように繰り返す侵略と同時に、強大な先進工業文明を築きました。

 そしてインドも徐々に教育水準の高い人が増えていったのです。

 

 国は、文明はまるで人間のように……育ち老いる、栄枯盛衰。

 どうしても子も育ち、そして独り立ちを求め反抗する……

 

 おそらく古代ローマから、それは普遍的にあるでしょう。

 森で暮らす凶暴な蛮族が、ローマの豚飼いを捕虜にし、いつもは生贄だが族長の気まぐれで豚を育てる仕事をさせた。その結果人口が増えた。それで味をしめ、次に得た捕虜の鍛冶屋によりよい剣を作らせた。ついには農業も学び、軍隊も学び……そうなれば古代ローマ帝国も滅びるでしょう。

 

 またイギリスでは、長期的には重工業の衰退が結構早くから見られます。過剰な古典重視・数学科学軽視からでしょうか。ドイツとアメリカが成長しすぎなのでしょうか。

 

 

 両大戦を経てインドに独立の機運が高まった時、大英帝国はその本性を暴かれました。

 ずっと道徳のふりをしていた。相手のためだと言っていた。でも、イギリスのエゴだった……子供のためと言って体罰を繰り返しながら、その子が相続していた金でパチンコに行っていた継親のように。

 インドがなければどう困るのか?インド総督カーゾンが詳しく解説しました。

 インド洋の中核であり、ユーラシア南部の中核であるインド。それがなければアフリカ、中東、アフガニスタン、オーストラリア、東南アジア、ひいては日本や中国ともイギリスは切り離されてしまう。

 インドの、平均寿命の延びと膨大な鉄道網は確かにあるにしても……

 何よりもインドは宝石であり、手放したくないと、多くのイギリスの有力者は叫び続けました。

 国の栄光という、食べられないものが目的になっていた人が多かったのです。

 それ以前に、第一次・第二次世界大戦の地獄は、白人であろうとキリスト教徒だろうと、人間はただの邪悪な怪物であり、正義や道徳など何一つ期待してはならないとあまりにも強く見せつけました。

 それこそ大英帝国、道徳の帝国の、本当の終わりでしょうか。

 

 

 なぜアメリカだけが独立に成功したのか。セポイの乱、アイルランド、ボーア戦争はなぜ敗れたのか。

 結局は、戦力。多数の大砲と銃を持ってきて、正確に射撃する。

 砲弾や銃弾を持ってくる。テントや食料や薪や水を持ってくる。機関銃を発明し膨大な弾薬を運ぶ。

 一時ではなく、持ってき《続ける》。

 そのための莫大な貨幣の信用を保ち、国債を維持し、国の治安を維持する。多くの人が国家に忠誠を誓い続ける、船で半年の距離があっても。一人一人が働き続ける。

 

 セポイの乱の場合、一度はイギリス人を追い出し殺し尽くした、それを維持し軍を整えイギリスの逆襲を撃退する、能力がなかった……集団狂気でしかなかった。そこにあった火薬を撃ち尽くしたら、新しい火薬を作ることができなかった。

 ボーア戦争のアフリカーナーは優れた銃使いでキリスト教もあったが、工業基盤はなかった。

 銃砲を作り続け、弾薬を供給し続け、将兵を供給し続け、新式砲を発明し続ける。「それ」ができる近代国家・近代経済・近代軍が、「力」だった。その「力」がなければ、大英帝国に抵抗することはできない。どれほど信仰が強くても。どれほど伝統があっても。どれほど心の清らかさを強制しても。

 もちろん西洋近代でなければならないかはわからない。が、少なくとも歴史的に、銃砲を撃ち《続ける》ことができたのは西洋近代かその模倣だけ。

 人間の集団。人間の集団が弾薬などを作る。人間の集団が戦う。そのために何をすればいいか、集団の一人一人がわきまえている。特殊なルールに従い服従し動ける。全部は横流ししない。独裁者や貴族の恣意ではなく、中国の法家とも異質な法の支配に服す。「それ」。

 

 アメリカが独立に成功したのは、工業・農業・金融・法の支配などすべてを複合させた近代が、そのやや古い形でもできていたから。アメリカに移住した人々は、イギリスで工場の作り方、工場を維持するための人間集団の作り方をすでに学んでいたから。

 それは自治でもけっこうできるものではあった。工業力・貿易・法の支配のある国を作れない中南米独立国、特に黒人奴隷国とは対照的に。

 

 白人であるアイルランドやボーア戦争さえ、銃砲弾薬の大量供給を維持できる、人間集団の基盤がなかった。

 ましてインド人は、最上層の王侯貴族から庶民、それどころか訓練されたセポイさえも、「それ」を持たなかった。工場に材料を運び続け、工場の機械を動かし続け、人を将兵として訓練し続け、膨大な物資を動かし続ける、その方法は知らなかった。

 巨大な宮殿を築ける中国にさえ「それ」はなかった。

 あるときから、イスラムやインドや中国も使っていた砲は、日本の火縄銃も、時代遅れになっていた。長射程の新型ライフル銃砲から見れば、古い銃砲は投げ槍も同然だった。

 もちろんアメリカやオーストラリアの先住民に「それ」があるはずはなかった。ビルマにも。

 伝統的な生き方、宗教や産業とは、「それ」はあまりにも異質だった。

 日本だけ。中国も朝鮮もできなかった。オスマントルコも失敗した。そして日本も、何もかも捨ててやっと大砲を撃ち《続ける》ことができた……受験勉強や野球で栄光をつかんだ、でも無理がたたり麻薬にはまり肘を壊し破滅した少年のように。

 

 逆に、インドの、東南アジアやアフリカの人々も食べられる人が増え教育され、「それ」を少しでも理解する人が増えた時に独立の機運ができた。

 大英帝国という「物語」に、小さな村の小さい物語は圧倒されていた、ムガル帝国というものはあっても近代国家とは全く違うばらばらのものだったし、もとよりオーストラリアに国家はなかった……が、時間がそれを変えた。近代工業・軍隊を可能とする「それ」、民族や国家という「物語」をある程度理解した。

 そのとき、独立によって大英帝国は崩壊したといわれる。チャーチルをはじめ、多くの人は「子の成長を喜ぶ」のではなく、宝石を失うことを惜しみ無様にも憎悪と人種軽蔑をむき出しにした。だが、少なくともフランスほどの悪あがきはせずに独立を許した。

 帝国を維持する膨大な負担を肩から降ろし、背骨の鳴る音を聞いて、膿み続けるアイルランドに苦しみつつ新しい生き方を模索し始めた……グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。

 

 結局はわからないこと……

 どのように少数で多数を支配したか。その秘訣は何か。

 なぜ、特にアフリカ奴隷輸出国はあれほど、強くなろうとしなかったのか。

 アメリカ独立の、アイルランド独立失敗の、イギリスが決してフランス本土を求めなくなった根本的な理由。

 

 誰もが、自分は善人だと思いたがる。良い事をしたのだと。

 でも、背後を振り返るとそこには、惨殺死体の山。善意さえも、その多くは地獄への道を舗装している。

 でも確かに、惨殺死体の山の間に花も咲いている。

 その光景を見て、どう思うべきでしょう。

 人間を憎み、悪・欲望以外何もないと絶望し、この世は弱肉強食だと道徳心を捨て尽くすべきでしょうか。今の日本人はそれが現実的な正しい在り方だ、となっているようでもあります。それこそ『マジンガーZ』で正義を学び、『ガンダム』でどっちもどっちと学び、『エヴァンゲリオン』で理不尽を学び、『バトル・ロワイヤル』で戦わなければ生き残れないと学んできた……

 それとも、すべての過ちを直視して、次は少しでもましに、と……理性を信じるべきでしょうか。




ムガル帝国史、オスマントルコ史、清史、アメリカ独立戦争史も読まなきゃかなあ…
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