超光速通信の有無で社会がどう変わるか。
通信の速度や容量は、国家の構造を大きく変えます。
SFとしては、超光速通信がなく船が最速である、大航海時代と共通する社会として『銀河の荒鷲シーフォート』『彷徨える艦隊』『ヴォルコシガン・サガ』があります。
ナポレオン時代帆船の海洋冒険小説と同じように、艦が本国から高い独立性を持つため、独自に判断することが多くなります。
『宇宙戦艦ヤマト(旧シリーズ)』では、超光速通信はありますが限界があるため、ヤマト艦長はすべてを本国の指示を受けずに決めています。
暗黒星団帝国のメルダーズの和平交渉を拒絶し開戦する。ガルマン・ガミラス帝国と同盟しボラー連邦と開戦する。拒絶されましたが、ディンギルと和平交渉をはじめ移民を容認する。背筋が寒くなります。黒船のペリーも、それほどの権限はあったでしょうか。
逆に超光速通信のみがあり、交通が遅い世界として『エンダー』があります。アンシブルという広帯域即時通信と、光速以上が出せずウラシマ効果で実質片道旅になる制約があります。アンシブル網を押さえたスターウェイズ議会は、最新情報を支配することで反乱を抑止していました。
アンシブル技術が核心にある作品に『若き女船長カイの挑戦(エリザベス・ムーン)』があります。
序盤、変革の前は、あらゆる星系が独立国で、超光速通信を独占する星間通信局が強い権力と武力を持っています。星間アンシブルは宇宙空間の基地局から送受信され、それに手を出すと星間通信局がものすごい制裁をします。
逆に基地局を破壊すれば星系を孤立させることができ、その間にどうにでもできます。
また船に積める、あるいは人の体内に入れられるサイズのアンシブルも開発されており、それも世界を変えつつあります。
『銀河英雄伝説』では、超光速通信はありますが制限があります。それが作中の社会制度とどう関係があるか……少なくともウルヴァシーからスマホでオーディンに連絡できれば、ルッツもロイエンタールも死ななかったかもしれません。
惑星・要塞・艦隊などからの通信を封鎖するのも比較的容易でした。その点は、完全な無線封鎖から始まる『レンズマン』も思い出します。
超光速通信がない、船が最速である『彷徨える艦隊』でも、わずかな情報を持ち帰りたいため決断を迫られることがしばしばありました。
敵地でコンテナ一個を持ち帰るために小艦隊に燃料やミサイルを集め、艦隊の大多数を犠牲にすべきだ。
あるいは半敵地の奥で千文字の情報だけでも本国に送りたい、でも少数艦隊では帰れそうにない、艦隊全体で引き返すほどではない。
結局提督である主人公は艦隊分割を避けることをすべてに優先する、次の戦いで負けたらそれまでと割り切る、を選び続けます。
帝国の興亡と通信。歴史を学ぶ上でも、とても重要なことでしょう。
残念ながらそれを強調した良書を筆者は知りません。
古代の中東帝国や中国の帝国では、駅伝制度をまず充実させました。それによって地方で反乱や遊牧民の攻撃をいち早くつかみ、帝国内の治安を維持して商業を活性化させました。豊かに暮らせる人が多ければ帝国に忠実な人も増えます。
敵国との戦争も有利になります。
通信・交易・軍事は、特に人が行き来するより早い通信がない時代には一体です。よい道路や、船・港・航路があってはじめて、使者も、商人も、軍も行き来できます。盗賊や海賊に交通を壊されれば、地方のピンチを助けられなくなり、助けを得られなかった地方は強い豪族に従って帝国に背を向けます。
電信ができるまでは、人が手紙を運ぶ速度、すなわち馬や船より速い通信は、情報量がごく少ないものでした。狼煙、伝書鳩、手旗信号、腕木通信……どれも情報量が少ないです。確かにそれは相場や作戦などで多少の優位はありますが、限界があります。
『銀河英雄伝説』の限られた超光速通信は、伝書鳩と腕木通信から電信黎明期程度と思えます。
また汽船・電信・鉄道が、アメリカ大陸全体をアメリカ合衆国として一体化させるのにどれほどの力を発揮したか。明治維新の中央集権国家に、汽船・電信・鉄道がどれほど重要だったか。
郵便制度、また電信と新聞の一体化も近代国家にどれほど影響を与えたか。
ついでに加えて、『項羽と劉邦(司馬遼太郎)』に、秦の始皇帝が国内をめぐって自分が支配者だと全国の民にアピールした、それも初めての皇帝なのだから試行錯誤はしかたない、それで学んだ漢は儒教で皇帝は偉いとアピールした……とあったのも思い出します。
明治・昭和で、巡幸と御真影がどれほどの効果を発揮したか、それも本気で調べれば恐ろしいものがあるでしょう。同様のことがヨーロッパ諸帝国にもあるかもしれません、知らないだけで。ローマ教皇の活動もそれに深く関係するでしょう。
高速道路も軍事や政治を大きく変えたでしょう。アメリカではFBIの歴史につながり、戦後アメリカ政治体制そのものの核心につながるでしょう。日本でもフランスでもドイツでも……ドイツのアウトバーン、フランスのタクシーによるパリ防衛、日本の新幹線と高速道路と高度成長……間違いなく、筆者が知るより圧倒的に多くの歴史の動きが、高速道路と電話に依存しているでしょう。
さまざまな帝国が、どのように通信や交通を駆使して広い範囲の多くの、時には民族などが違う人を支配したか。
知るべきことの奥深さ、SFを読み書く時に考えることの多さに呆然とします。
たとえば、「なぜアメリカは独立し、カナダはイギリスに従い続けたのか」「中南米諸国の独立史」「アルジェリアの独立」「中華帝国と日本の関係の歴史」それらを学ぶだけでも、多くの帝国があるようなSF作品を読むにも二次創作を書くにも多くの示唆が得られるでしょう。
さらに。翻訳アメリカSFを多く読んでいる読者が意識すべきこと……本来それらはアメリカ人のために書かれています。アメリカ人にとって、独立戦争・南北戦争の歴史は常識でしょう。またアメリカ人の多くにとって、聖書とキリスト教は常識です。アメリカ人知的階層は古代ギリシャ・ローマ古典にも詳しくて当たり前です。軍経験がある、また軍事学教育を受けた者も多いはずです。