宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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心の歴史と物の歴史(準備)

 歴史そのものを、心から見る。また物から見る。心と物が交わる橋を見る。

 

 今回は論そのものというよりも、何をしたいのか方向を考えるだけしかできないでしょう。どれだけの本を読む必要があるかまだ想像もできないほどです。

 

 心。

 道徳と、政治・支配そのもの。宗教。魔術や呪術。政治思想。のちには経済思想。法制度も。さらにその深くには、論理学や哲学も。数学さえも。言語も。

 

 物。

 技術。

 作物や家畜。移動・通信。交易。灌漑技術。伝染病。

 木を切り土を耕し岩を砕く刃物……石、青銅、鉄、鋼、チェーンソーやトラクターやバックホー、爆薬、ライトセイバー、『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫やトンネル菌、『太陽の簒奪者』の水星を無数の鏡に作り替える自己増殖性マシン、『タイム・シップ』の太陽絞り原子番号転換……。

 移動・輸送技術が変われば、文明や国家の質が大きく変わる。たとえばスペインのコンキスタドールは金の像をそのまま持ちかえれず溶かした、無論ジャガイモやトウモロコシを船に積んで帰ることができなかった。兵士や馬を育てて国を強めることもできなかった。多くのシルクロードなどの交易は、絹・金銀・香料など重量当たり価値がけた外れに高いものか、歩ける奴隷に限られる。それに対して穀物を税金にしたり、商品にして外貨を得たりできるだけの輸送力を持つ世界もある。その違い。

 

 もちろん心と物が交差することも多くあります。

 文字、浮き彫り、紙、印刷などは、技術・物資生産であり、同時に多くの人の心をまとめて変えます。

「イタリアに絹を作る技術が伝播した」というのは、「技術の伝播」という情報の動きであり、「カイコという生物種が生息地を広げた」物の世界の出来事でもあります。誰々に生産・売買・労働力関係の利権が与えられる、生産法についての規制が作られる、など権力闘争の面も必ず持つでしょう。

 科学も昔は宗教・魔術・哲学の一部でした。

 歌舞音曲は心の面が圧倒的に強く、それでいて物がなければ不可能です。

 さらに情報技術は?

 さらに、共産主義のような言葉を伝染病と同じように扱うこともできます。ミームと考えるとも言います。

 

 

 それを追いながら問いたい、何よりも根本的な疑問は、まず「なぜ、ゴールデンバウム帝国やパルパティーン帝国はあれほど強かったのか?」であり、同時に「史実で、膨大な人数が餓死して、それでいて国が亡びるような暴動が起きなかったことが何度もある。暴動で国が滅んだことも何度もある。何がそれを分けるのか?」です。

 

 

 

 この問題を考えるには、多くの「前提」が必要になるでしょう。

 前提が共有されていなければ、話は成立しません。

 文明の接触や、今でさえも多くの議論で、前提が違うために話が通らないことがあります。

 

 ファーストコンタクト、それどころか同じ人類でも複数の文化の接触、いや同じ国の中でもよくあります。

 相手の価値観・欲しいものを間違える。

 自分の枠組・価値観を、別の枠組・価値観で生きている相手に押し付ける……イギリスが、アフリカやニュージーランドで、特に悪意もなく「相手の領主の地位を認め、所有権を持っている相手から土地を購入」しようとして結果めちゃくちゃな暴虐になったように。相手は、国家・領主・領土という西洋人の体制とは異質だったのですから。

『ヴォルコシガン・サガ』で印象的なことに、象を欲しがる、というのがあります。秘密保安庁長官イリヤンがマイルズにした昔話。別の星の人と外交交渉をしていて、その相手が象を欲しがった。動物のゾウ。苦労して手に入れて贈り、喜ばれた。マイルズはある事件でその話をきっかけに、誰が何を欲しがっていたか、から真犯人にたどり着きました。相手が本当に何を欲しがっているか考えることはそれからも何度も役立っています。

 勝手に相手は**を欲しがっている、と決めつけ、それが間違っていたら目も当てられない失敗が起きます。

『銀河英雄伝説』の、同盟が帝国に逆侵攻したとき、帝国人が皆解放を、民主主義を喜ぶと思った同盟の愚かさも思い出します。それが、何十年も前だったのにアメリカのイラク戦争の失敗を予言していたことも。

 下手をすると『断絶への航海』のように、相手は支配と圧政を求めているのだ、にさえなってしまいます。

『叛逆航路シリーズ』のブレクは被征服民に交じって苦労した経験があるからこそ、被征服民に一方的に正義を押し付けるのではなく、被征服民の文化と考えを思いやりつつ相手の不利になる法的正義を押し付けることもします。だからこそ心服されます。

 

 

 標準的な科学……素粒子標準模型、ビッグバン、量子力学と相対性理論、DNA、進化。それらは前提としていいでしょう。

 さらにどれだけのことが、信じていいでしょうか?

 基本的にはフロイトやユングは否定した方がいい。ではアイヒマン実験は?右脳と左脳、自由意思を否定する実験は?

 まずカール・セーガン、リチャード・ドーキンス、スティーヴン・ホーキング、スティーヴン・ワインバーグ、スティーヴン・ピンカーらの著作は正しいとします。

 ジャレド・ダイアモンドは……第二次大戦中の日本の戦争犯罪に関しては厳しすぎですが、西洋知識人にとって『レイプ・オブ・ナンキン(アイリス・チャン)』など日本のネットでは石を投げられる最悪級のことが、アウシュビッツのガス室同様、疑うこと自体反人類罪とされるのが現実なようです。それは別の棚に置き、それ以外は基本信じますか。

 ではデイヴィッド・グレーバーや、オリバー・ストーンはどこまで信じていいでしょう?マット・リドレーやフランシス・フクヤマは?ジョセフ・ヒースは?ユヴァル・ノア・ハラリは?

 

 何を前提にするか。

 特に人間の心は、どのようなものか。

 ダニエル・カーネマンをはじめ、行動経済学、進化心理学、脳科学、認知……そちらの本はどこまで信じられるでしょう?

 今の人間の心理学はどこまで進んでいるでしょうか?それとも全部ユングやレーニンと同水準でしかないのでしょうか?

 さらに、マーガレット・ミードなど、原始的な生活をする人々についての多くの知見が再検討され、多くが否定されてもいるのです。

 

 とりあえず、ある程度今の認知・脳に関する研究を受け入れる。また人間に神秘体験や「ゾーン」があることも受け入れる、ただし霊や来世は基本否定する、という態度をとるつもりです。ついでにマルクスは学んでいませんし、ポストモダンはまったくわかりませんし、正規の哲学もろくに理解していません。どれにも依拠するつもりはありません。

 何よりも自分が無知であることを忘れないこと。

 

 歴史そのものも、日本では大規模な石器の偽造が発覚し、考古学が根本的に崩壊しました。

 たとえば筆者にとっては多くのビッグヒストリ―本の最後、未来についての、科学技術はだめだガンジーにしろ、という結論は受け入れられないのです。ですがそれ以外……ビッグバンも進化も歴史についての記述も、気候変動も正しいとは思います。

 さらに、単に筆者の無知もあり得ます。無知と言っても、たとえば筆者が小学校の時と今の子供向け図鑑では、恐竜の描写はめちゃくちゃに違うような、最新でないという無知もあり得ます。

 

 

 筆者には、人の心はわかりません。

 ただそれに迫るため、いくつかの学問や報告を前提にします。それも、最悪筆者が知らないだけで崩壊しているかもしれませんが……スタンフォード監獄実験などを否定する本もあります。

 

 大きい前提としている知識に、「ニカラグア手話」があります。

 中南米のニカラグアという国、ご多分に漏れず不安定で、政権が変わっていろいろ変わりました。それまで各家庭に任せ放置していた、耳が聞こえない子供たちを大きい施設に集めたのです。

 西洋は手話を嫌いました。電話の発明者グラハム・ベルを代表に、耳が聞こえない人のためを思って金と時間を出す大きい善意の持ち主たちは、手話に鞭を叩きつけたのです。まして教えることなどありません。

 ですが気がついたら、ニカラグアの施設で、同じように耳が聞こえない子と接することなく家族と身振りで最低限対話していた子供たちは、手話を作っていました。

 それは急速に洗練され、世界の標準手話の一つと同等になっていきました。ちょうど多くの大陸から集められた人々がクレオールを発達させるように。

 言語を使うことは、人間にとってそれほど生得的である……

 

 それに似た考えとして、『神話の力(ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ)』で、原始部族のように神話、武器、入れ墨、歯を抜くなど通過儀礼などを与えられていない、若い男子たちは集まってそれを作る……暴走族のように、というような言葉がありました。

 

 筆者はそれを前提にします。

 普通に目につく人間、特に子供のふるまいの中に、人間の普遍につながるものがある、と考えます。

 

 何が正しいのか。何を前提にしていいか。不安定な足場です。

 それで考えることをやめない、「信じたいものを信じる」「古典を信じる」「イデオロギーを信じる」「偉そうな人の言う通りそのまま信じる」「何も信じない」かを選ばないなら、ある程度乱暴に、カンで正しそうな本を前提にするしかないでしょう。

 

 

 それで、心の歴史と物の歴史、そして心と物の橋それぞれの歴史を見ていこうと思います。

 

 

 まず、筆者が日本語では見つけられなかった本。心の側と、心と物の橋。

「支配者が人々に押しつける道徳の歴史」

「支配する技術・方法の歴史」

 

 道徳の歴史はいくらでもあります。倫理学の本は事実上西洋思想史でもあります。

 しかし、微妙にずれています。

 倫理学の本に書かれているのは、学者たちが提示する正しさ。

 では、政府が、支配者が、臣民に押し付ける道徳の歴史は?

 

 それは道徳そのものの、人間の営みの相当部分を占めるものでしょう。

 そして、刀剣や船、文字や神像の歴史と同様に、重要な技術史でもあるはずです。

 

 

 たとえば唐帝国、古代ローマ帝国、マムルーク朝、フランスのアンシャン・レジーム、鎌倉幕府などが、どのように庶民を従わせていたのか。

 どのような道徳を、一人一人の農民の子供、あるいは都市の大工の子、中級官僚になる子それぞれに、どのように叩き込んでいたのか。

 ある程度、「いくつもの文明・帝国の、制度を検討して並べた」「いくつもの帝国の歴史を並べた」さらに「いくつもの帝国にまたがった馬の歴史」『書物の破壊の世界史』などはあるのに。

 ある程度知ることができる、でもまとめられているのは見たことがないこと。中国の儒教、江戸日本の武士道と儒教と仏教、明治日本の天皇と変形武士道……と、帝国が国民に強制した道徳は多くあります。それが支配の強力な力になっていました。

 

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝にも、また以前の銀河連邦、それ以前の地球政府にも、自由惑星同盟にも、ローエングラム帝国にも、バーラト自治政府にも、政府が国民に押し付ける道徳はあるでしょう。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国にも、反乱同盟軍やその後身……正史・非正史問わず……にも、また前身にも。

『叛逆航路シリーズ』のラドチ帝国の、「正義・礼節・裨益(ひえき)」もまさにそれでしょう。

『ガンダム』宇宙世紀の地球連邦にもジオンにもあったはずです。

 ありとあらゆるSFの国家に、それはあるはずです。

 現実のありとあらゆる国、社会にあったように。

 

 しかし、塩の歴史も日本語で何冊もあるのに、ササン朝ペルシャ帝国がどんな道徳を奴隷に教えていたかは筆者が日本語で探しても見つけられませんでした。

 

 中国、ペルシャ、古代ギリシャ、古代ローマ、インドそれぞれの、法についての本、また拷問刑罰についての本、宗教についての本、国家制度自体の本なら個別、あるいは横断的に並べる本もあります。

 奴隷化そのもの、植民地支配を含む小説などが参照できるでしょうか?

 

 

 とりあえず、ある程度知っている限り……

 

 古代中国では、諸子百家の戦国から、秦の始皇帝の法家、神秘と道徳を否定し支配者の利益のために定まった法と罰がまず採用されました。

 秦が滅んだ反省から、漢は儒教を採用しました。ただしその後の中国には、仏教・道教が加わり、また法家の影響も長く残ります。

 清の時代などは、法体系の隅々まで儒教の影響があります。人が人を殴り傷つける、その罰が、親が子を殴るか子を親が殴るかで極端に違う。同様な違いが、細かな続柄まで細かく定められていました。

 また儒教を原理とする国家は、政権が法の支配やバラモン階級に従うのではなく、政権の好き勝手を抑止するのは皇帝が善人であることに依存していました。

 では、中国の農民の子供は、誰にどのように儒教の道徳を教わっていたのか?というとそれを知らないのです。

 科挙を期待されて勉強できるある程度豊かな階層は、自然に勉強内容を道徳としても学ぶことはあるでしょう。「論語」には普通の道徳もたくさん書かれていますから。

 ですが、集団に従って動く肉体の訓練はどこでどう受けたでしょう?

 

 

 日本は、まず大和朝廷が律令と仏教を採用しました。

 儒教そのものはわずかで、科挙も実際には機能していません。

「十七条の憲法」が有名ですが、それも条文を見れば道徳指導です。

 それが武士……馬を飼える武装地主・小規模領主の世になると武士道、忠誠、名誉という道徳が自然発生し、鎌倉幕府から武家政権も独自の法度を作りました。

 

 江戸時代になると、まずキリスト教を排除し、徳川幕府に服従させるという目的があります。

 そのために徳川家康を権現様と神格化したり、儒教を教えたり、庶民まで宗門改めでどこかの寺に所属させそれを戸籍同様にしたりしました。

 体制に従うように宗教で教え、かつ、宗教反乱が起きないように統制する、というバランスが必要とされました。

 天皇、公家、僧侶も諸法度で縛りました。

 武士・商人・農民の子も、どれだけが幕府の意思かは覚えていませんが教育が行き届きました。その教材は、たとえば「女大学」が女の子が将来秩序に逆らわないように叩き込むようなものでもありました。

 薩摩や会津などの武士の子は、「什の掟」や肝練りなどめちゃくちゃな暴力も含む、身分ごとの青年団で厳しく服従・階級・武士道徳を叩き込まれました。

 また『天地明察(冲方丁)』で描かれたように、暦を作ることでも「人の心を誰が支配するか」の争いにもなります。

 

 そして明治維新。むしろ増税にすらなり、一揆にもつながった学校制度。当時の世界標準から比べても強く普通教育を推進していました……イギリスなどはむしろ普通教育が大きく遅れています。

 そこで、修身の名で徹底的に忠君愛国を教えました。教育勅語は、今も支持者が普遍的な道徳だというように、多くの道徳を入れています。また制定当時、それが儒教の正当と違うことでも議論がありました。儒教に偏らずに近代国家、日本そのものの国家道徳を作る、という意思があったのです。

 国家神道、靖国神社をはじめとするさまざまな儀式も強く道徳を作りました。

 軍隊でも、何よりも服従と勇敢という道徳を徹底的に叩き込みました。

 

 そして戦後の日本。どうして、大半の子供は、学校などでのいじめはあるにしても、少なくとも町で兄弟を侮辱した人を家族ごと皆殺しにすること……古来の人の普遍的で神聖な義務……が異様に少ないのか。

 どのように、今のこの法律が正しい、従うべきだ、という道徳を徹底的に学ぶのか。半面、いじめのためであれば傷害罪・侮辱罪・強盗罪などを平気で犯すこともできる。何がそれを分けているのか。

 ほかにも多くの道徳を、今の日本の子供の大半は叩き込まれています。

 どのように。どの程度が、日本政府が意識的にやっていることなのか。

 

 

 西洋、といっても古代中東、古代ギリシャ、ゲルマンという源泉があります。

 古代中東といっても、たとえば旧約聖書は成立自体が微妙な面がある……大帝国に征服された人々の一部が、民族アイデンティティを作るために編集した、要するに明治日本の「伝統」「国家神道」に似た面もあるのです。どれだけが実際にユダヤ民族の、帝国に征服される以前の伝統だったかはわかりません。

 古代中東帝国の、いくつかの法典が現在発掘されています。それには、多数のそれぞれの神を信じ、血縁の部族で助け合いだれかがやられたら復讐する人々に対して、たとえば「目には目を」……残忍に見えて、それでやめとけ、相手の一族皆殺しまでやるなよ、という法を押しつけたのです。

 その法は、キリスト教以前ではありますがかなり世界宗教の性質を帯びた神の命令であるとも支配者は言いました。

 

 特にイスラム教は、宗教そのものが法・憲法でもあり改正を禁じる、と強く宣言しています。それが今の時代の混迷の大きな理由にもなっています。

 インドも、神話を源泉とする強い法意識がカースト制と一体化して人々を縛っています。

 それらは普通の意味の法であると同時に、日常、心の中からも実践すべき道徳であり、信じるべき宗教でもあります。

 

 また、ユダヤ教の影響から生じたキリスト教も、様々な形で西洋法制史に干渉しています。

 たとえばこの侵略がいいかどうか、正戦論があります。今の国際法にもつながる、膨大な法制史の積み上げがあり、そのいたるところに教会・教皇・公会議・教父の書物からの流入があるのです。無論やることは同じ、虐殺し黄金と土地を奪い奴隷化するのを正当化するためでしかありませんが、西洋にはそれがあるのです。

 

 古代ギリシャも、神の名・伝統も用いて、いろいろな英雄が法を作りました。

 アテネの民主主義を作り出したソロン。逆にスパルタを、強いけれど硬直し英雄も粛正する長老支配にした法。

 古代ローマも膨大な法体系を持ち、それはのちの西洋にも強い影響があります。

 

 また古代ローマの強さの源泉として、すさまじいまでの服従と武勇の伝統があるともいわれます。

 スパルタは独特のやり方で、絶対に逃げず戦い抜く市民兵を育てました。

 神話や劇なども、勇敢さや忠誠をたたえ、強く勇敢な兵として認められることへのあこがれを育てたでしょう。

 では奴隷にどのように忠実になることを教えていたか……何よりも、スパルタクスの反乱に対するすさまじい見せしめが印象的です。でもそれだけでしょうか?どのようにあれほど多くの奴隷に、服従することを叩き込んだのか。

 逆にゲルマン人の大移動の時、全員を奴隷として服従を叩き込むことができなかったのはなぜか。

 

 さらにゲルマン。比較的少人数の部族の合議という伝統は、古代ローマ帝国の崩壊後も、帝国やキリスト教から影響を受けながら残りました。

 たとえば陪審制という発想は、知る限り中国や日本にはありません。『三銃士』『ホームズ』などで、法的には明らかに私刑、違法であっても、「おれたちで陪審員になる」と宣言した時にはその集団での処刑にかなり正当という雰囲気が出てしまいます。

 ほかにも、ゲルマンを源とする法の考え方は多くあります。

 むろん勇敢という普遍的な精神は叩き込まれるでしょう。いろいろな道徳が後にも受け継がれるでしょう。

 

 後、たとえばヴィクトリア時代のイギリスでは、下級貴族の男子・富裕層の女子・熟練労働者の男子・下層労働者の女子・植民地の上級監視と王族の混血児・植民地の下層民・流れ込んだ中国の半奴隷・黒人の元奴隷、それぞれがどのような教育で、どんな道徳を教わったのか。

 上のほうの階層ではギリシャローマ古典と愛国、ナポレオン戦争の英雄たちの話、大英帝国の偉大さ。キリスト教。経済的自由主義。

 では下は?誰に、何を、どのように教わっていたのでしょう?

 

 そして何が、アイルランド飢饉で、隣人を殺して食いイギリスを襲うより黙って餓死した百万人の心を縛ったのでしょう?

 

 

 特に『政治の起源』では各文明の法の源、また「中国の法家」と「(西洋の)法の支配」が徹底的に異質であることを繰り返し強調します。

 どうも法の話になりますが、昔では「法」「道徳」「宗教」「魔法」「科学」を区別するのは本当に難しいのです。

 

 

 

 支配方法の歴史。

 人を支配することに関係する技術の歴史。物側。

 馬具の歴史にも通じるのでは?馬具の歴史は重要です。考古学上も重視されます。

 ハミ・手綱・鞍。アブミ。正しい頸木。蹄鉄。それぞれ大きく歴史を変えたツールです。

 ただ縛る馬戦車の時代。裸馬に乗るより、ハミをつけて方向をコントロールし、鞍をつけて乗りやすくして騎馬民族ができた。古代ローマよりはるかにあと、先に中国で、それから何百年ものタイムラグで西洋に伝来したアブミと蹄鉄……それがなければ、馬に乗って槍で突く騎士は不可能。ほかの多くのことも。さらに正しい頸木、それ以前は、人が首に巻かれた縄でソリや荷車を引けと言われるようなもの。正しく肩にハーネスをつければより強く引けるように、荷車も、何より犂を引いて牛より効率よく重い土を耕すことができる。それがあったからこそ北ヨーロッパの大地が開拓された。蹄鉄も、栄養の偏りで弱る蹄を強化し、悪路を走らせるには必須で、その技術は馬を用いる階級の戦力と発言権、ひいては権力構造や帝国の興亡さえ大きく変えた。

 同じように、鎖足枷、焼き印など人を奴隷化する道具も。

 あらゆる拷問用具、あらゆる残虐刑罰道具も。

 引きちぎったり噛み切ったりすることができない、金属の鎖と足枷手枷は、膨大な人間を高い人数比で奴隷にすることを可能にする、人類史をそれなりに大きく変えた発明なのでは?

 鎖は鎖帷子という、きわめて有効な防具の製法でもあります。もちろん板金鎧も鎖を作る技術なしには不可能、下に鎖帷子を着なくては弱点だらけです。

 

 貨幣そのものが人を奴隷化する手段だったという『負債論(グレーバー)』もあります。

 同じように重要な歴史なのでは?

 いや、子供のいじめから、人間を支配する技術そのものの一般論と歴史を問うことは?

 

 奴隷用具・拷問用具・刑罰用具の歴史は比較的容易に調べることができます。

 それは不快かつ邪悪な興奮を与える、質の悪いポルノの面も持ちます。特に拷問用具は、史実では使われていない、後世の人の妄想によるものも多くあり、さらにそれが実際に使われてしまったこともあります。

 

 それどころか、現在の軍隊やひどい企業研修、カルト教団の洗脳技術の、原始的なものも昔から使われていたと思うべきでしょう。

 

 とにかく叫びたいほどに何も知らないことばかりがわかります。

 

 

 これから筆者は何を学ぶべきか。

 世界全体を見渡す、製鉄、文字関係……文字・製紙・レリーフ・印刷・通信、馬具、感染症などの歴史。

 できるだけ、ハンムラビ法典や日本・唐それぞれの律令、秦の法が『史記』に載っていないか、それこそ日本書紀や、歴史上の大旅行家などの原典。

 日本・中国・西洋の、法・論理・魔術・古代科学などの比較。特に法思想そのもの。

 

 それらを学んで考えていくときに、おそらく新しく学ぶべきこと、読むべき本も見つかっていくでしょう。

 また、本来ここで考えるべきいろいろなSFでも、ここはこれについて描いていたのか、と気づくことはあるでしょう。新しく読んだり読み返したりもすべきでしょう。

 

 本当に底が知れない……というか日本語でやることが間違っていますが、それは仕方がない。

 まあ今回はとことん内容がない、とも言えます。

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