宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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人類の起源・帝国の始まり

「我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか」

 名画のタイトルであり、様々な形で探求されています。

 

『現実』の人類の起源は、ビッグヒストリーの物語、「ビッグバン~銀河と恒星、昔の恒星の超新星爆発による元素~太陽系の成立~地球が固まり、生命が誕生、進化~」だと確言してよい。

 

 宇宙SFのかなり多くでは、古代の超文明の子孫である、というものがあります。

 変形として、現実科学の「パンスペルミア仮説」を応用した話も多く見られます。

 

『ヤマト』さえ古代文明があります。シャルバートもある程度それ、アクエリアスにも遺跡があります。

『ローダン』も多くの古代文明が様々な影響を持ちます。

 超技術を秘めた古代文明遺跡の争奪戦が主な戦争目的となる作品も多くあります。『ヤマモトヨーコ』『イデオン』『真紅の戦場』『ロスト・ユニバース』『共和国の戦士』などなど、あまりにも多く。

『ギャラクシーエンジェル』も古代文明遺跡の影響が大きい。

 超光速それ自体を異星人遺跡に依存している『海軍士官クリス・ロングナイフ』さえあります。『真紅の戦場』も多分そうでしょう。

 

 そのリストは簡単には作れない、それこそSF専門家が半生をかけて取り組むような仕事でしょう。というより宇宙戦艦が出るSFの大半に遺跡があるのではという気すらします。

 

 上述のように、西洋とエジプトの影響が強い地域限定と言っていい話です。あまりにも建築規模が大きく、崩壊後に国家規模が小さくなりコンクリートや大規模工事のノウハウを失って同じことをやれと言われてもできなくなった西洋は、「古代の超帝国」という概念を骨の髄に刻んだようです。エジプトのピラミッドも、古代ローマの時代にもすでに再現不能の謎遺跡扱いだったそうですし。

 中国や日本にはそんな感じはあまりありません。日本の、江戸時代の娯楽小説の類には確かそのような話はなかったはずです。

 

 

 パンスペルミア……生命の起源として、地球ではなく宇宙とする……をかなり多くの宇宙SFは推し進め、遠い昔に宇宙全体に生命の種をまいた、播種した超種族がある、とします。

 それは、昔のスペースオペラ・SF映画以来の娯楽性が強い宇宙SFの、人類に似て交配可能な異星人、という重大な問題のためでもあります。

 昔の作品から、美女がさらわれました。また多くの異星人は、映像では人間の俳優がメイクで演じます。ストーリー上恋愛があり、子が生まれることすらあります。

『ヤマト』『マクロス』『イデオン』『スタートレック』などなど多くの作品で、人間と異星人が結ばれ子を産みます。

『V ビジター』ではそれがグロテスクな形で出てしまいました。

 人が美しい女王蜂を犯すよりありえない、異星人と地球人に比べれば蜂と人類など近すぎるほど。……『トリポッド』では異星人が最高に美しい地球人を、人が蝶を扱うように標本としましたが、それでも文化的に高すぎるほどです。

 ああ、それこそSFよりさらに昔の、探検もの……野蛮、別文明に入って、そこでさらわれた美女を助けたり、そちらの美女と恋愛したり、という好まれる物語の変形でもありますね。それこそ「浦島太郎」など民話からあるほど古い物語です。

 それを説明するために、遺伝子的に共通な先祖があったという、播種宇宙。

 これまた簡単には挙げられないほど多いパターンです。

 ストーリー上も重要で、『宇宙軍士官学校』ではすべての人類種が一つの巨大な群れとしてのアイデンティティを持ちます。

 逆に播種の過去・遺伝子的な同一性は、『宇宙嵐のかなた』『航宙軍士官、冒険者になる(a_itoh(伊藤 暖彦))』のように、相手の意思を問わず併合する法的根拠ともなります。……どちらも今まで読む限りでは人道的ですが、それはたまたまでしかありません。

 

 同じ由来の人類ながら敵味方での恋愛、ならまだわかりやすいです。それこそ宇宙レベルのロミジュリである『スコーリア戦記』、『タイラー』のアザリンとタイラーなど、また『彷徨える艦隊』でも脇筋でスパイ作戦を絡めた敵味方の士官の恋愛があります。

 悲恋というか、『彷徨える艦隊』では部下との恋愛を禁じる規則を実直に守るギアリーと旗艦女艦長の苦悩、また『ヴォルコシガン・サガ』では自分が所有している店の商品を食べないなどと言ったことからややこしい関係となったマイルズとエリ・クイン、『叛逆航路シリーズ』での時代も身分も違う関係など、上下関係と恋愛が絡む話も結構見られます。上下関係があると下は断れない、強制でないことを証明できない、また身分上も問題が出るので、禁じるのが近代の法・道徳の標準です。逆にシンディックでは上はやりたい放題が当たり前……

 

 

 人間にとっては、「自分たちは何なのか」、物語がとても重要です。戦争の、殺し自分も命を投げ出す理由にもなります。

 だからこそさまざまな形で人類の起源が描かれます。ストーリー上も、デウス・エクス・マキナやどんでん返しのきっかけとして便利ですし。

 

 ルーツを追い求める、というなら『ファウンデーション』の別作家を入れた地球探しの続編がまずあります。

 生き残るためでもありますが、『ギャラクティカ』も、旧作リ・イマジンともに、ルーツである地球を探す物語となります。

『マップス(長谷川裕一)』もルーツを求めます。

 物語を支配すれば帝国も支配できる、だからルーツを探すのでしょうか。

 

 

 さてそれを措いて、今回考えてみたいこと。

 人類が農耕牧畜を手に入れ、そして国家を作り上げ、帝国となった時期について。

 

 それ以前の原始・狩猟採集生活は、多くの形で描かれているので略します。良書が多くあります。

 150人程度の少人数群れで、あまり物を持たず放浪する、犬は家畜化している……コロンブス以前アメリカでも犬は飼っている……肉体的には今とほとんど変わらない地球人の生活。それ自体は多くの本に描かれているでしょう。

 それは進化心理学という、その生活に適応するために人間の心も、そして肉体も作られているという、筆者自身ほぼ信じている学問の多くの本にも描かれています。

 

 それは肉体、物についても重要です。

 特に重要な、間違いなく事実と言えることを4点。

 

 ひとつは、トバ・カタストロフ説。インドネシアにあるトバ湖という超巨大カルデラ湖が七万年前に噴火し、人類は絶滅寸前、数千人にまで減ったという。だから多様な人種が見られるにもかかわらず地球人は遺伝子を調べたら驚くほど均質で、インドの人とアメリカ大陸南端の人でも交配可能である、と。

 それは人類の成熟までの時間もあり、品種改良が困難になるという結果も作っています。

 

 ひとつは、人類の消化器・脳と調理。

 人類の腸は、たとえば近縁で草食のゴリラに比べ非常に短く単純、低性能と言える。

 それは、人類がこの形になったときにはすでに、火や石器を用いる調理をかなりしていたことを意味する。

 同じくサツマイモと塊牛肉があるとして、それを生のまま食べるのと、切って焼いて食べるのでは、切って焼いて食べるほうが体に入るカロリーはずっと大きい。

 自然好きなどで食物を生で食べる人々がいるが、例外なくどんどん痩せていく。

 調理は、消化の一部でもある。たとえば狩った獲物の、胃の内容物は消化の多くが済んでいて、人間にとってもよい病人食・離乳食となり、動物も喜んで食べる。同じように切り、熱で変質させた食物も、消化吸収しやすい分子になっている。ついでに毒もかなり消える。

 切るだけでも十分調理と言える、かなり消化吸収に必要なカロリーを減らせる。

 また、その消化吸収の効率こそ、膨大な栄養を消費する脳という無駄器官を維持するのに必要でもある。

 

 ひとつは、現代でも狩猟採集民は常に、所有について平等であること。平等であろうとする強い規範があること。

 後に文明ができると極端な格差、皇帝や貴族と奴隷が新大陸でも常になりますが、両方が人類にとって普遍的なのです。

 

 もうひとつ、きわめて古い遺跡・原始生活民、すべて交易が極めて重要な共通点になるのです。

 とても遠くから珍しい石などを入手しています。大航海時代のファーストコンタクトでも、交易の概念は常にありました。

 念のために、排他的で暴力が多いことも確かですが。

 

 徹頭徹尾、人類は均一だし、自然では生きられない、平等と格差、殺し合うが交易もする……そのことは覚えておくべきでしょう。

 

 

 人類が農業牧畜を始めたとき。

 そして、文明……帝国。

 それについては、具体的な根拠がどこにもありえない、だからこそ歴史書にもあまり描かれません。

 むしろ子供向けの歴史漫画に多くの想像を入れて描かれたり、それこそ『火の鳥 黎明編』に大半が想像で描かれたりもします。

 神話や民話も参考になるでしょう。

 しかし、やはり闇の中。

 何よりも声はすぐに消え、また衣類・食物・木製品も圧倒的に大半はすぐ朽ちるのです。むしろ糞や足跡を発掘する機会のほうが多いほど。

 

 ゼロからの社会の創造としては、アメリカ合衆国へのヨーロッパ人移民には多くの史料があります。

 ですが、それはあまりにも異様なものです。事実上全員が高度に社会化されていました。

 少なくとも、シエラレオネなど黒人入植国やハイチ革命など、奴隷が新しく国を作ろうとしたときに失敗が多いことも参考になるでしょうか。

 ここは本当に何も知らない、これから何年もかけないと学びようがないかもしれません。

 

 物的証拠として、多くの遺跡はあります。最初の文字やハンコ、埋葬された子犬や遠くで産する宝石や巨石、壁と堀で囲まれた住居など。

 それが、記録される最初の国家、そして帝国になったのはどのようになのか。

 出エジプト記、アエネーイス、ローマ建国神話なども参考になるでしょう。

 銀英伝の同盟などもそれに近いでしょう。開拓地の最初、『老人と宇宙』の一家が開拓星に至った時の話も。

『天冥の標』でも、とんでもなく恐ろしい閉鎖社会の始まりが描かれました。

 それらがどれだけ参考になるか……

 

 また、帝国になるときに「枢軸時代(カール・ヤスパース)」といわれる巨大な変化があります。シャカムニ・釈迦と、孔子、ギリシャの思想家などが恐ろしいほど年代が近いのです。互いの文明の存在も知らないであろうほど遠いにも関わらず。

 

 ばらばらの自給自足村多数から、何万人も集める帝国になった、という、歴史書が始まる以前の文明の、人間そのものの質的変化。

 これはユーラシアでも、中南米でも独立に起きたことです。

 目立たなかった場所も多くありますが。

 

 

 同じような大きな変化を、人類は何度も経験しています。文明が試練にあう、とA・J・トインビーは言います。

 そしてSFは、未来の人類に待ち構える変化を描いています。失敗することも多いです。

 今の人類も、大きな変革の中にいるといわれます。思えばもう五十年以上そういわれていますが。

 

『ガンダム』宇宙世紀は、多くの人を宇宙移民とした、そのとき人類全体が適応に失敗したように思えます。

『航空宇宙軍史』『月は無慈悲な夜の女王』、『銀河英雄伝説』のシリウス戦役なども、宇宙でゆがんだ権力構造が生じ、それに抵抗する戦いが生じてしまったと言えます。

『三体シリーズ』は、究極的には様々な試練に対し正解を選べませんでした。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国も、変化に対応しようとして生じたものでしょう。そしてローエングラム帝国に至る……何百年もの時間で、ゴールデンバウム帝国も変化が必要になったこともあるでしょう。また、自由惑星同盟も国家の命数を使い果たした、と何度も語られます。

 パルパティーン帝国も、変化に対応しようとしたのでしょう。

『銀河戦国群雄伝ライ』の、帝国からの戦国、戦国からの統一には、中国史におけるそれのように変化の面はないでしょうか?

 

 

『現実』での大きな変化である、帝国の発生……

 多数の自給自足の「群れ」、ただし交易があり、お互いに争うこともある、そして農耕牧畜が生じて急に伝播し、人口が増えた……

 その一つ一つの「群れ」は、独自の神を信じ、独自の儀式をしていたはずです。

 それは、昔見た忍者の描写のように合言葉で立ったり座ったりしない者を侵入者だと殺したように、敵味方識別装置になります。

 

 しかし、ある時期に、世界のあちこちで極端に人口が多く強い群れが生じました。

 そしてその群れは、近隣の狩猟採集民・遊牧民・農耕民を征服しました。

 皆殺しにすれば楽でしょう……『火の鳥 黎明編』で戦ったアリを見たニニギが言うように。しかし、それだと効率が悪い。敵を従わせることができれば、敵を皆殺しにして食料が増えたから子を間引かず育てられる、よりも短い時間で兵士・労働力を補充できるのです。それは人類という動物が成長が遅い、という物理的条件にもよります。食人を嫌うという精神的な要素もあります。

 人を、それも信仰や儀式、穢れ、その他が違う人を兵・労働力……奴隷にする。

 さまざまな違う人を、一つの大きい国家にまとめる。一つの大きい群れを作る。

 それが、人類文明の真の始まりなのでしょう。

 

 ここで、ひとつ仮説を。

≪人類にとって、人を家畜化・奴隷化することは、おそらく遺伝子に生得的に染みついている。大きい快楽になる≫

 という感じがするのです。

 

 以前言語についてニカラグア手話の話をしたように、人の子供は人の普遍を覗く窓……

 そう考えると、人の子供は、あまりにも「いじめ」を好むのです。

 そして「いじめ」は、「奴隷化・家畜化」ととても強く共通しています。ついでに「呪術」とも。

 軽蔑する。人格を否定する。暴力をふるう。穢す。恥をかかせる。財産を奪う。命令通りに行動させる。性的虐待も。

 それらは、最終的に競売し売却することを忘れているだけで、奴隷商人が新しく手に入れた奴隷を、壊してちゃんと従う奴隷に作り変えている……と考えると不思議と納得できるのです。

 人間にとって、人を、あるいは家畜化できる動物を奴隷化する・完全に従う存在に作り変えることが、とても生得的であり……その過程である行動に強い快感を感じる……

 また、群れで作った勝手なルールを押しつけ、それを破ったら罰する、という感じも強くします。

 しかもそのルールには、呪術的な「穢れ」の感じがあるように見えます。だからこそ完全に同情心がなくなり、普通の子がおぞましいほど残虐になる。「自分の群れの一員でない者に対する無限大の残忍さ」が、多くの歴史上の虐殺で、人間の普遍と確信できるように。

「いじめ」の事例からは、生贄、という言葉すら浮かびます。

 これは作業仮説にすぎません。

 しかし、「いじめ」をとても納得させてくれるのです。

 また、とても多くの遺跡で、かなり古い段階から奴隷や生贄の痕跡も見つかります。

 

 

 ここからのことを考えるには、ふたつ切り込みたい切り口を考えています。

『呪術・魔術』と『人類のバックドア』。

 それから次回以降、世界観や地図・暦・貨幣・身分なども考えていきたいと思います。

 

 

 

『呪術・魔術』

 

 かなり普遍的に、人間には呪術・魔術・宗教・神話・儀礼があります。

 世界がどのように創造され、今に至るかを描く神話。

 人が死んだらどうなるか。

 人が生まれ、成長し、女なら初潮を迎え、つがい=結婚し、子を産み、育て、死んでいく、それぞれどんな儀礼が必要か。

 死者をはじめとする恐ろしい魔物を避けるためには、どんな行動をしなければならないか。

 何を食べるか。

 何を着るか。

 何を持つか。

 何が禁じられている……タブーか。

 どの神を拝むか。

 どの言葉を使うか。どの文字を使うか。

 魔術、歌舞、詩歌、暦にもつながります。それは古代においては、政治の主要部分でもあります。日本平安時代の天皇や貴族の仕事・政治とは和歌を詠むことだ、ということすら聞いたことがあります。

 

 魔術というと今の日本の若者にとっては、それこそ呪文を唱え印を結んで火の玉を投げつける、戦闘兵器の面ばかり見てしまうでしょう。

 しかし、歴史的に民話や半神話の中で、それをする魔術師は実に少ない。神々が雷電を投げたりする、また逃げる時に櫛や呪符を投げそれが沼などに変わって時間稼ぎになるパターンぐらいです。

 攻撃的な魔術というなら、呪詛があるでしょう。また毒薬術も魔法の一種とされます。毒矢を作るのも立派な攻撃魔術です。

 

 魔術の目的としては、まず占い……予言、どうすればいいか知ること。どの方向に狩りに行くか、何日に種をまくか、どの近所の群れと女を交換して結婚するか……あらゆる判断、思考と不可分なもの。

 占いが昔の人類の、政治や軍事でどれほど重要だったか、想像を絶するものがあります。中国の古代の歴史でも、古代ギリシャローマでも、何をするにもとにかく占い。占いがなければ何もできません。古い古代ローマでは、貴族の地位と鳥占いをする権利が密接に結びついていました。

 

 また、防護。幼い子供が普遍的に恐れる怪物、それはずっと人類にとってはリアルな脅威でした。

 実際問題、近代のつい最近までは、10人産んで2人生きればものすごい幸運。日本でも1950年ごろより前に生まれた人たちは、兄弟姉妹が4人以上いて、一人は死んでいるのが当たり前です。

 様々な野獣。食中毒。病気。同じ人間という恐ろしい敵。同じ群れ、家族であっても殺し殺されることもある。

 死んだ人の霊。自然、洪水や風。火事。凶作、飢饉。

 ありとあらゆる脅威があります。

 

 恐ろしい何かを遠ざけようとして、人は「穢れ」を避けることをします。

 人の不潔感・嫌悪感は不思議で、たとえば幼児は糞尿に対する嫌悪が低いですし、風呂もトイレもない革命前のベルサイユのように人は慣れ次第で信じられないほど不潔な生活が可能です。

 しかし、常に何らかの「穢れ」を人は感じ、強く避けようとします。

 窓から糞尿を捨てていたヨーロッパの人も、教会が避けろと命じたことには従ったのです。

 カースト制度の本質は浄・不浄ですし、旧約聖書の律法も、その発展変形と言えるイスラム教の戒律も多くは不浄・穢れです。日本の神道も穢れを避けることが多いです。

 

「穢れ」は小さい子から、「えんがちょ」として見られます。

 それは実際の伝染病にとても似ています。ごく微量でも穢れを失わない。穢れに触れた人間、その人間が触れた物体もすべて有害になる。

 それは、その人に対する同情心を完全に消し去るものでもあります。

 

 穢れを避けるために、これとこれは食べたり触れたりしてはならない、これとこれはしてはならない、言ってはならない。心の中をこうしてはならない。……それらはきわめて原初的な、宗教であり、法です。

 宗教と法律、法と道徳の区別がまったくない、元からの法です。

 

 また、魔力のある「物」、「呪物」を用いる霊的脅威からの防護もあります。子供の安心毛布のように、子供は形のない恐ろしいものから自らを守ろうと、何よりも親といたがり、それができなければ安心にかかわる何かを、所有し常に身に着けようとします。魔術・呪術と意識してではありません。

 逆に、後述のように公、人を支配しようとする他者……いじめっ子、宣教師、新兵教育軍曹などは「呪物」を、執念深く奪います。

 

 縁起、ということも人間にとってかなり根源的です。特に生命の脅威が大きい時には、運を操作しようと人はあらゆることをします。そりゃもう矢が誰に当たるか、を操作できれば事実上無敵です。

 

 社会の規模が大きくなっていくと、かなり普遍的に「生贄」が行われます。

 人間や動物を、殺す。時には大きな苦痛を与えて。時には素早く喉を切って。

 膨大な数を殺すことも多くあります。

 殺した死体を食べることもあります。人畜問わず。肉として分配する、それが支配者の重要な仕事であることも多くあります……劉邦の功臣の一人は、生贄の肉を分配するのが的確だったから、と見いだされました。

 

『タイラー』では、ラアルゴンではかなり生贄儀式があるようです。敗北した将が、幼い皇帝アザリンが飼う多数の巨大動物の一つの生贄として捧げられる判決を受け、本人も名誉だと喜んでいたようです。

 他に生贄がある……『スターウォーズ』非正史のユージャン・ヴォングも生贄を求めました。

 

 生贄と、単純に他者の苦痛自体を楽しむことはどの程度同じなのか……人にサディストがあり、誰にでもある程度サディズムがあり、戦争で無用な苦痛を与える虐殺も多いのは、生贄の底にある感情が人にとって普遍的・生得的だからでしょうか?

 では地球人以外は、無用に捕虜を虐待したりはしない……と思いたいものですが、実際には多くの作品で異星人は地球人より残虐です。

 要するに、欧米人が自分は残酷ではない、野蛮人は残酷だ、と思いたかったことがいまだに続いているんでしょうね。

 

 生贄と刑罰の関係もとても重いものがあるでしょう。

 

 旧大陸の人類史では、中国でも中東でも広く膨大な人の生贄が見られます。それが動物の生贄だけになり、さらに生贄が減っていく傾向があります。

 ……近代文明の人が進歩という考えを持ち、原始的な文明を軽蔑するのは、そのこともあるでしょう。

 スペイン人が新大陸で激しい憎しみをむきだしにしたのも、啓蒙思想家がヨーロッパ人以外の人権を否定したのも、人を生贄にすることを嫌う激しい正義感情がありました。

『火の鳥 ヤマト編』では、人を生贄にすることを終わらせるために主人公は恩人を裏切り、自分と恋人の命も捧げて戦い抜きました。

 

 また生贄にも関連しますが、原始部族の通過儀礼や、宗教における激しい肉体的苦痛を伴う修行も多く、特に過去の宗教で見られます。

 それも生贄同様減ることのようです。

 

 祭り、歌舞、飲酒、賭博、売春なども魔術と強いかかわりがあります。だからこそ、国家ができたときにそれらは厳しく規制され、禁止されます。

 古代の法の多くは、「政府の許可なく魔術を使うな」という言葉で理解できてしまうのです。というかナチスドイツではヒトラーの、占星術的分析はそれ自体が犯罪だったとか。

 

 

 もう一つ触れておきたいのが、儀式の普遍性の一つ、パレードです。

 パレードは、現代でも軍事的な行事として行われます。多数の兵器が車で広い道を走り、巨大な砲身やミサイルを見せつけます。

 皇室の結婚式、また即位式でも、道路をオープンな馬車で走るパレードがあります。

 ディズニーランドなどの中でもパレードがあります。

『老人と宇宙』のジョン・ペリー、『真紅の戦場』のエリック・ケインなど戦争の英雄も、群衆の前でパレードをしました。それは古代ローマでの凱旋式以来、軍人に対する大きな報酬となります。本人はどちらもものすごく嫌がりますが……仲間の犠牲、腐敗した政治家たちやそれを支える民を思うとやりきれない。『クラッシャージョウ』のジョウチームも救った星で英雄扱いされ、パレードをさせられて、それを強烈に嫌っています。

 パレードの変形として、叙勲儀式があります。『スターウォーズ』のEP4、『銀河英雄伝説』や『タイラー』でも多くあります。それは、戦った本人の功績を認めると同時に、支配者のほうが上であることを確認する儀式です。

 

 パレードは宝塚歌劇の舞台用語でもあります。

 公演の最後、またショーの中ほどでも、スターたちが最高に豪華な服を着て集まり、客席に近い銀橋と呼ばれる舞台の前縁に並んで立って歌い、観客に手を振る。ランドセルと呼ばれる、孔雀のように様々な羽を背負って飾り立ててすらいます。その羽は、それこそ天使の翼や、仏像の光輪ともとても似ています。

 それは、現在の日本の皇室の、年始などの一般参賀ともほぼ同じです。多数の観衆の前に、あれほど豪華な服でなくても高価なティアラなどをつけて立ち、手を振る。

 さらに、テレビなどで見かけるローマ教皇が海外に行って人々の前に出るときも、むしろ宝塚に近いほど豪華な服を着て歩き、手を振ります。人々の中に入り手を握り話すこともあります……宝塚歌劇でもまれに演出として、スターが客席通路に入り観客と直接握手することもあります。

 

 軍。皇室。ローマ教皇。宝塚歌劇。……同じように、人々を集め、一段高いところに立ち歩く……とても深い共通性があるのです。まちがいなく古代から。

「私(われわれ)は神(々・その代理人)である。私(われわれ)を愛し、あがめ、服従しなさい」という。

 

 

 宗教には旅、巡礼という面があることも重要でしょう。聖なる地などに行きたがる。

 古代のユダヤ教はエルサレムの神殿、その中の至聖所という唯一完全に清浄である場を事実上信仰の中心としていました。

 それが破壊されたとき、律法を中心にユダヤ教自体を作り直せたことは奇跡的とも言えます。

 キリスト教の、エルサレムという聖地に対する妄執は多くの戦争を生み出しました。クリミア戦争さえ、ロシアがエルサレムを欲しがり、イギリスがそれを止めたがったからともいわれます。イギリスは結局エルサレムを手に入れたのです。

 イスラム教はメッカ・メディア・エルサレムという聖地と事実上不可分です。それで、どちらがメッカの方向なのか苦慮する宇宙戦艦作品も多く見られます。

『彷徨える艦隊』では地球、特に地球の太陽が、命ある星の祖とされ神聖視されます。

『銀河英雄伝説』でも地球教が地球を聖地とし、地球への巡礼を利用して信者を洗脳していました。

『タイラー』でも、ラアルゴンの赤色巨星となっている主星そのものを崇拝する宗教が跳梁しました。ましてそれを爆弾として使うなど容認できるはずもありません……艦隊で攻めてでも、計画を阻止した結果全人類が死んでも。

 

 

 宗教の誕生自体は、覚えている限りでは……

『造物主の掟』でペテン師が生物と同じ生殖と思考をするロボットに十戒に似たものを与えました。

『火の鳥 太陽編』で過去の天武天皇・未来の反乱者両方が、支配のために人工的な宗教を作って強制しました。

 宗教ができていくところは描かれていませんが、『エンダー四部作』ではエンダーがペンネーム「死者の代弁者」で書いたバガーの女王蜂・政治家ピーターの生涯を描く本を書き、それから〈死者の代弁者〉という非神秘的宗教が生じました。航行方法の都合で長い寿命を持つエンダーは、ある時期から〈死者の代弁者〉の聖職者として活動しています。

 

 多くの、狩猟採集・牧畜・農耕をしている群れを征服し統合する……それは、別々の儀礼を行い、別のものを食べ、別のタブーや宗教的な法を信じ守る人々を、同じ国・同じ軍・同じ堤防建設集団にしなければならないということです。

 その困難こそが、「枢軸時代」を作り出し、世界宗教を生み出したともいえるでしょう。

 

 たとえば葬式では豚肉を食べなければならない集団と、豚肉に触ってもいけない集団。このふたつの出身者を同じ海軍に入れたら?豚肉を配給する、豚肉など手に入らないところで戦死者を弔う……どちらも不可能になります。

 ならば、一番簡単そうなのは支配群れの食べ物・ルールを押しつけ、それ以外を全部否定することです。

 ただしそれをすると、徹底抗戦が多くなります。ただでさえ税も取られるのに、人間にとって最も嫌なことである、タブーであるものを食べるとか、儀礼や信仰を否定され別の神を拝むことを強いられるとかは耐えられるものではありません。

 

 さまざまな帝国を見比べる中、宗教や生活様式、法について寛容かそうでないかは非常に難しい問題です。

 バビロニア帝国などは比較的寛容だったことが知られています。古代ローマ帝国も、キリスト教はちょっとルール違反だっただけで、それ以外の信仰にはかなり寛容です。

 イスラム帝国も実はかなり寛容です……今の不寛容のイメージは政教分離の近代国家との対比もあり、近代の中で苦闘していたり、イスラエルの建国で頭が煮えたりして極端になっていることがあります。

 逆に不寛容がひどいのがキリスト教。中でも中南米を侵略したスペイン帝国。

 

 ギリシャ神話や日本神話などの多神教は、征服した群れの神を、征服者の神々の一人として迎え入れたからとも言われます。

 ちょうど、人が敵を降参させ、自分の家に入れて家内奴隷として家事をさせ、妾として子を産ませるように。

 日本神話では国譲り、国津神が天津神に降参して隠れたり仕えたりもします。

 

『叛逆航路シリーズ』のラドチ帝国は、大英帝国をまねて非常に微妙な線を通しています。

 

 

 それこそ現代の小学校でも、なになにが嫌いだ、と食べるのを拒む子に対し昔は激しい体罰・放課後まで皿の前に座らせるなど虐待で、食うことを強要しました。

 食わなくても死ぬわけではない?いいえ、国が亡びるのです。

 これは近代国家でですが、学校の本当の仕事は、子をすべて兵士にすることです。国民にする、労働者・主婦にする、でもあります。

 それこそ、第一次世界大戦までの、横一列に並んで銃をこちらに向けてくる敵に向かって、逃げるどころか歩調を変えることもなくゆっくりと、指先まで伸ばして歩く兵士を作ることです。粘土を型でプレスし焼いて均一な工業製品を作るように。

 薩摩の若者と会津の少年が海軍の同じ船に配属された。故郷ではこれを食べてはならない、というわがままを認めたら、戦闘力も結束も失われます。

 同じ釜の飯を食べることは、極めて強い絆を作るのですから。

 後に詳しく考えるかもしれませんが、方言の禁止も当然、同じ船で命令に従い、共同作業をし、戦うことができるようにです。

 ひとつの艦船、ひとつの軍にならない……もし同じ故郷の仲間同士強く結束したら、それは反乱につながりかねません。

 人を兵士にしなければならない。わがまま、人格そのものを破壊して、絶対服従を叩きこむことが必要なのです。アレルギーで死ぬと医者が書いても、個人の命は鴻毛より軽く国家は泰山より重い、あくまで強制すべきだとつい最近まで、いや今でも膨大な人数が殺されとがめもなかった、と確信できるほど。

 

 それこそ上官・先輩の命令であれば、文字通り何であろうと絶対服従することが、国家・軍隊・勝利のためには必要とされます。

『宇宙の戦士』で伏せて固まれと言われれば蜂の巣の上であろうと、動いたものへの懲罰は変わらない。

『彷徨える艦隊』のシンディックでは、「服従!」という叫びを聞いたらたとえ体を貫かれても身動き一つしてはならない、破ったら家族が拷問処刑される、というおぞましいまでの服従が描かれたものです。

 

 そのためにも人を作っている、出身群れのタブーや儀式、個人の好き嫌いや恋愛感情や信念、それらを破壊する……

 

 それは、人を支配する方法なのです。

 そうであるほうが世界がきれいだ、という支配者たちの魔術的な感情もあるのでしょう。ちゃんと、二重盲検法の医薬品のように効果が検証されたとは思えません。

 

 上述のように、本や文化財を焼き破壊することも。

 敵の神を破壊して自分の神を勝利させる。別の神に関する本や飾りなどの、「穢れ」たものを炎で清める。

 自分の勝利を、敵に見せつける。「呪物」の破壊によって、敵の心を、信仰を、闘志の源を破壊する。

 それで、勝った側は「世界がきれいになった」と感じる。

 

 だから、人はこれほどまでに、とてつもなく本を焼くことを好むのです。

 筆者がこの上なく嫌うことですが……子供の拷問、科学の抑圧、生物の絶滅、人類の滅亡に並んで。

 

 

『人類のバックドア』

 

 以前も言いましたが、人類は操ることができる。支配することができる。

 

 なぜ少数者が多数者を支配できるのか。

 暴力で勝てるはずがないのに。

『サピエンス全史』にその本質が暴かれています。

 要するにフィクション、物語で団結することが地球人の重要な性質だと。

 それはたまたま、進化が要求した150人よりはるかに多い……チンパンジーにはそんな何かはない。チンパンジーを、あちこちから集めてレストランや満員列車に人類と同じ密度と数で詰めたら、耐えられず激しく争ってしまう。

 だが、人類は物語を使うことで集めて、ピラミッドの巨石を綱引きのように多人数で引くことができる。

 並んで、敵と戦うことができる。

 だから、一対一の裸で戦えば戦闘力はチンパンジーのほうが上なのに、人類は何十億人、チンパンジーは絶滅危惧……。

 まあ、洗脳の部分が落とされている気がしますが。

 

 物語で強く結束した少数者は、烏合の衆が多数でも各個撃破し、物語を強要できる。

 少数で集まり、多少の暴力を恐れない……「たとえ死ぬのが自分であっても、群れのためであるならいい」となる。

 

 逆に、支配される側を結束させない、烏合の衆のままにする。

 自給自足の小さい農村で分断させ、一生村から出ないようにする。……商売の荷物運びなどは別にする。

 愚かなままにする。教育を禁じる。

 

 分断する。

 分断して統治せよ……古代ローマ、そして大英帝国の根本。

 公立小中学校で、「別のクラスの友達と遊ぶ」こと自体を教師は嫌がります。本当は禁止したいのですが、それはあまりにもきついのでやんわりと反対するにとどめることが多いです。

 責任問題もあります……暴力沙汰になったらどちらの担任が責任を取るのか。

 まして別の学校など……

 人を小さい群れに分け、その群れどうし争わせる。さらにシンボルも加えれば、『ハリー・ポッター』の各寮ですし、軍隊も寄宿学校もあらゆる形でやります。

 

 

 さらに、「われわれ優れた少数者は、おまえたち劣った多数とは違う、神々である。だから服従せよ」というメッセージを叩きこむこともできます。

 実際に少数は多数を支配できます。

 しかし、完全に別の種だとすることはできません。

 幸か不幸か地球人が遺伝的に均一で品種改良が出ないこと、近親婚の害が大きいこと、と物質的なこともあるでしょう。

 また、貴族たちの中でも罪を得た者を奴隷に落とすことはよくあるので、完全に別の種なのだ、とするとどこかで矛盾が出てしまうのです。

 

 

 人を奴隷化する方法が、驚くほど有効である……それも現実でしょう。

 バックドア。

 コンピュータにある、特定の弱点……特定のプログラムを入力することで、コンピュータの支配権を奪ってしまえる。

 それが兵器や大規模設備を制御するコンピュータであれば、とんでもないことになる。

 まして、人と一緒に働いている人間型のロボットを支配すれば、もっとひどいことになる。

 さらに、人間そのものもある意味ロボット……そのロボットを、支配してしまえば。

 普通なら人がやらない、本人にとって不利益になることを、させてしまう。人を道具にしてしまう。

 

 そんなバックドアは、人間にはとてもたくさんあります。

 人間は生得的に、奴隷化されることもできるし、奴隷化する側になることもできる、としか思えません。認めたくない不都合な真実ですが。

 

 多くは上述の、精神支配に関することで検討しています。

 

 

 それに少し付け加えを。帝国・原始国家以前の、人間が進化してきた狩猟採集生活からについて、歴史書などで不満を覚えることがあります。人類に、性別や様々な精神疾患・人格障害があることを無視していることです。

 人間が、精神病の意味で多様であること。

 ほぼ全員が夢を見、さまざまな幻覚もあること。

 まず男と女による精神構造の違いはとても大きい。……どちらでもないと言える存在の精神構造については知りません。

 そして、千人の同じ人種の同世代を単に集めただけでも、知能の高低、様々な精神疾患、人格障害はほぼ一定の比率で、相当昔であってもいたはずです。

 知能指数自体が本質的に確率分布、つまり千人の中にはすごい知能の持ち主も、知能が低すぎる人もいるはずです。

 統合失調症であれば、たとえばシャーマンなどの適性があったでしょう。

 統合失調症・うつ病、またサイコパス・ソシオパスなど人格障害も、1%はいる…100人から150人の群れでも、一人や二人はたいていいる、ということです。

 それはかなり、統計的に普遍的です。それこそ連続殺人犯さえも、大人口の中では常に出現するようです。ソ連は、連続殺人鬼など資本主義の弊害だ、我が国にはそんなのはいない、と主張して捜査を抑圧し被害を拡大させたことがあります。

 それらは歴史の中で重要ではなかったとでも?

 今メジャーな精神障害では、アルコール中毒は文明以前、また豊かになる前は存在が難しかったにしても、蒸留酒のある文明の王侯貴族では現在とあまり変わらない、遺伝子に支配される人口比になるでしょう。

 特にサイコパス、さらにダークトライアド……マキャベリズム、ナルシシズム、サイコパシーの統合体。これは人類の権力構造に重要な働きをしてきたのでは?特に高知能型のダークトライアドはまさに人間を支配するための上位種のようにすら感じられます。

 

 ある種の悪党が、ある種の精神の働きが弱い人を支配することの強さ……特に悲惨な女性の社会問題についての記事で、よく見かけます。

 また、ジャック・ロンドンのような成功者であっても、何度も騙され、膨大な財産を取られてしまう話を聞きます。今のアメリカでもスポーツ関係で多くのスターが引退後破産していますし、近年は著名なアダルトビデオ女優に関する悲惨なニュースを聞いたこともあります。

 

『スコーリア戦記』のユーブ帝圏の貴族は、遺伝子改良で作られた、極めて高い知能と、特殊なテレパシーを持つ、サディストです。だからこそ人類世界の多くを征服し、情報戦でも明らかに勝利しています。

 あらゆる作品に、さまざまな異常人格の統治者が出てきます。

『ヴォルコシガン・サガ』では特にリョーバル大豪の異常性が際立ちます。異様な支配好き、部下全員を極めて厳しく管理し、拷問をとても好み、自分の財産を盗まれたり壊されたりしたら執念深く膨大な費用を注いで復讐しようとします。

『彷徨える艦隊』でもブロッホ提督やキラ艦長、またシンディック側の多くの悪い支配者ぶりが何度も描写されます。

 

 そして、善悪を裁いていいのかという問題も出ます。

『スターウォーズ』の、シス……ダークサイドのフォースを使う者はそれ自体が悪とされます。

 が、パルパティーンは有能に大帝国を牽引し、腐敗した共和国がそのまま崩壊したより死者は少なかった可能性もあります。反乱軍がなかったらユージャン・ヴォングのとき犠牲は少なかったのでは、と思ったのは筆者だけでしょうか?

 

 人を殺すこと、時には動物を殺すことにも、普通の文明人が持つ負の感情。

 逆に、サイコパスは平気ですし、良心を失った人間が唯一楽しむことです。

 フィクションや元軍人が書く小説にはしばしば、サイコパスとは違う、悪事をせず共感もできる、でも殺人に抵抗がない人格もあります。

『若き女船長カイの挑戦』では正当防衛であろうと上流階級では人殺しが嫌われ、カイは人を殺して快感を覚える自分におびえ、幼児期から正当防衛でも精神治療という名の虐待を受けたラフェが共感します。

『銀河市民』でも、主人公が海賊と戦い、砲撃し殺した経験を上流階級は否定します。海賊の存在さえ否定するほど。

 

 

 異常性格だけでなく、集団自体が邪悪になるという問題もあります。

『彷徨える艦隊』のシンディック、『レンズマン』のボスコーンなどはその内部もかなり描かれ、誰も信用できない、いつすさまじい暴力にさらされるかわからない恐怖政治におののきます。

『真紅の戦場』などでは、異常・邪悪と言える人間でなければ、上層階級で出世するのは不可能です。

 さらに、正義の側であるはずのイギリス・アメリカ軍、その延長の宇宙戦艦作品であっても、任務であれば実際には残虐である虐殺をためらわず遂行する……それ自体が、「集団が人を異常者に改造する」と言っていいと思います。それに抵抗できる人間はとんでもなく少数です。

 

 バックドア。

「なすべきことをせよ」という言葉は、人間の良心を根こそぎ消し去る魔法の言葉のようです。

『海軍士官クリス・ロングナイフ』や、『真紅の戦場』などで、「なすべきことをせよ」という魔法としか思えない言葉を聞いた人々は平気で人を殺す機械のようになります。

 それは今も、多くのまともな国の軍でも行われていることです。普通の家で両親に愛され、犬猫をかわいがり、スポーツに励み、恋人と優しく愛し合った人……多くは教会で深く神に祈る人……が兵士として「なすべきことをせよ」と言われるだけで、人を殺せるのです……多数の女子供が暮らす都市に、原爆や焼夷弾を落とすことさえ。

 

 ほかにも「あいつはゴキブリ(など汚い存在)だ」「あいつはおれたちとは違う」「あれは人間じゃない」「仕事だ」「契約だ」「利益のためだ」「おまえがやらなくても他の誰かがやる」「お前は命令に従っただけだ、お前に責任はないし罪も犯していない」「戦友の期待を裏切るな」「みんなやってるぞ」など、普通の人間も虐殺者に変える魔法としか思えない言葉、バックドアは人間には多くあります。

「穢れ」であること、「自分の群れの他者」であること。

 それに対して人間は、普遍的に同情を失い、まるで連続殺人犯が犠牲者を拷問して殺すように、普通の人間が簡単に幼児でさえも拷問虐殺できるし、軍など戦闘集団の質によっては全員が心から楽しむようになるのです。

「いじめ」においても、多くの子供が完全に同情心を失ったとしか思えない、怪物かと思うほど残虐なことを平然とします。

 

 集団が人を殺人者に変える、それは「洗脳」という人間にとって重要な営みもあるでしょう。

 特にオウム真理教や、ほかの様々なカルトについて、「洗脳」「マインドコントロール」の技術は多く語られています。

 その技術が、ブラック企業や比較的普通の企業の研修でも用いられているとも言われます。

 それは悪質な体育会系部活などにも共通するでしょう。

 映画『フルメタル・ジャケット』もそのわかりやすい例です。

 それは近代で起きていることですが、人間そのものは同じでしょう。

 

『現実』のずっと昔で、人を奴隷にしたり、子供を兵士に再教育するところはどのようにすれば知ることができるでしょうか。

 大航海時代の中南米におけるスペイン征服者、アメリカ南部やカリブ海の黒人奴隷の主側などの手記や本は入手できるでしょうか。

『ホーンブロワー』をはじめとする海洋冒険小説も、フランス革命時代の組織……特に貴族や中産上層出身の士官が、労働者階級を厳しく支配し一つの軍隊を作る、それをいろいろな面から丁寧に描いています。その延長であるいくつかのミリタリ小説にも、鞭打ちをはじめそのようなシーンが読者サービスもかねて置かれています。

 

 古代における教育は、スパルタをはじめとして古代ギリシャ・ローマで多くの史料があります。具体的な奴隷化については史料が乏しいですが……

 文化人類学は、さまざまな通過儀礼を研究しています。

 

 軍隊での厳しい教育はある程度上述です。

 

 まず、激しい暴力を加える。拷問も含まれる。

 髪を切る、装身具や服装を制限する。『宇宙の戦士』では美女も頭を剃るほど。

 髪を切るのも、その一部です。旧約聖書ではサムソンが髪を切られたら大力を失い、髪が伸びたら力が戻ったことがあります。

 

 私物を徹底して没収する。「呪物」、人が魔術的に自分を守る護符を取り上げ、無防備にする。

「呪物」が重要な役割を果たした印象的な話に、『孤児たちの軍隊』の主人公があります。いざというときのお守りに、とずっと精神薬を隠し持っており、ある訓練でそれを使って取り返しのつかない事故を起こしました。クビ当然の罪で、目をかけていた上官も失望させ、とても強い覚悟を主人公に刻みました。それほど、「呪物」は支えになり、また覚悟のなさ、軍に入る以前の人生とのつながりでもあったのです。

 子供たちは無意識に、「いじめ」の一環として、他の子が大切にしているものを奪い、時にはただ破壊し、唾を吐いたり踏んだりして汚したりします。人が嫌がることをする快感もあります。快楽のための性交渉が子という利益につながるように、相手がとことん嫌がることをすることが楽しい、それが人を壊し家畜化するという利益につながる、と無意識に適応としてできているのでは。

 その発展が、敵の文化財を徹底的に破壊することでもあるのでしょう。

 

 徹底した多忙、睡眠不足、長時間の運動。

 単調な言葉を言ったり、集団で単純な動作をしたりすることを繰り返す。

 極めて厳しいルールを命じ、守る努力をさせ、破ったら容赦なく罰する。その時は人格を否定する罵声をつける。

 どう見ても守れている、という状態でも破ったとして罰する。あるいは連帯責任で罰する。

 常に、「おまえは罰される、劣った、人間以下の存在だ」というメッセージを叩き込む。

 プライバシーなど、人の尊厳に関することを否定する。『孤児たちの軍隊』では刑務所でも許されないような、男女同一で壁のないトイレという恐ろしい状態に耐えねばなりませんでした。

 入る以前の、本人が持っている物語を破壊し、無価値な白紙に一度作り変えて、そこに「**軍の一員」という新しい物語を上書きする。

 

 まあこういう言葉を加えるより、それこそ洗脳やマインドコントロール、軍隊やブラック企業についての本を読むほうが早いでしょう。

『宇宙の戦士』『孤児たちの軍隊』などミリタリSFにも様々な形で描かれています。

 

 

 近代そのものを理解していく上で、軍隊、学校、工場、刑務所、病院、という多数の人を集め、生活させ、教え、何らかのことをするシステムの共通性を意識すべきでしょう。

 どれも同じように、同じ地位の従属する人を集め、一段上から上の人間が始動する。

 はっきりした上下関係。

 時計、遅刻に対する厳しい罰。

 私語の禁止、私事の禁止。フランシス・フクヤマによれば、アメリカの海兵隊では「I」という最初の英単語自体が許されないほど、「私」を禁じ否定するそうです。

 清潔と整理整頓。

 

 個人的には、それらはキリスト教の修道院の影響が強いと思っています。『政治の起源』でもキリスト教の教会が西洋に法の支配と民主主義が生じた理由として語られていました。

 キリスト教の教会は、たとえば聖職者階級を作らないイスラム教と違い、独自の法、内部での裁判、内部での出世、多くの仕事と収入、厳密な時間、教会同士の緊密な通信などがある、事実上の独立国だった……それが近代的な国家を作ることに関わったのだ、と。

 中国や日本の寺も、ある程度独立国として財産を持ち、内部の法を許された独立国でした。それが中国ではどうして法の支配に結びつかなかったか、また日本で法が尊重されるのとどう関係するか……禅寺の礼儀作法が、武士道・武士の礼・修行の概念と密接に関係するなどは聞きます。

 

 人が人を奴隷にする。服従させる。

 多数のバックドアをつく。

 

 別々の宗教などあらゆる違いがある人を、一つの帝国に統合し、同じ軍の仲間として戦わせ、集団で巨大な工事をする。

 服従させ、税を取る。

 交易を守る。

 

 のちには、宗教を押しつける。

 さらに、「枢軸時代」に人はどう生きるべきか、何が善なのか真剣に考え、ついには信じる神、食べていいものが違う人々が共存するためのことも見出す。

 黄金律。「己の欲せざるところを人に施すなかれ(論語)」「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい(新約聖書)」と、あれほどに離れていても共通の教え。

 ほかにも平和を望む、暴政を禁じる、民を大切にする、……

 さまざまな、普遍的な道徳がもたらされました。普遍的だからこそ、誰もが納得してしまうような。

 それは別々の神・習俗の人々を統合して帝国に従わせると同時に、帝国そのものを破壊するものでもあったのです。

『三体』で、地球人に警告を発した博愛の三体人のように。

『造物主の掟』では機械生命を搾取しようとした人類の思惑を、十戒に近い言葉を与えることで破壊したように。

「皇帝に従え、敵を殺せ、奴隷化せよ」とは矛盾するのですから。……特に征服者である皇帝と。

 また、アシモフの『ロボット』シリーズのロボット三原則も、黄金律の変形であり、それを守っているのが最高の善人なのかロボットなのか区別できないという謎にもなりました。

 

 ただし普遍的と言っていいほど広く見られる法・道徳には、農業は尊い・商工業は卑しい、利子を禁じる、というものもありました。

 科学技術の進歩を抑圧することも普遍的でした。

 試行錯誤、指数関数的な経済成長も、中国も古代ギリシャも嫌います。

 音楽を統制しよう、新しい音楽を禁じよう、という道徳もとても強いです。

 

 

 どの宇宙戦艦作品の、人類の国家もそのような過去を持っているはずです。

 確か地球人と共通の歴史を持っていない『スターウォーズ』『ギャラクシーエンジェル』『銀河戦国群雄伝ライ』も、それこそ南米大陸に行ってもそこには帝国があり貴族があったように、皇帝や貴族、軍隊があった……とても似通った遠い過去を持っているのでしょう。

 普遍的な道徳もあり、また虐殺者でもあるのでしょう。

 

 では異星人たちはどうなのか。

 異星人を含む帝国は。

 

 そして、それらのルーツを持つ人間の国には、どんな根本的な欠点があるのか。多くの国が滅びるのは、明治政府の欠陥が太平洋戦争で日本を滅ぼしたように、また戦後日本の欠陥が今日本の破滅を予感させているように、致命的な欠陥ゆえなのか。

 

 歴史書で語られることのない、人類の歴史の始まり。そこには何があり、どんな正の遺産や負の遺産を作っているのでしょう。




 誤解されたくないのですが、遺伝子や制度の強さを何度も書いていても、筆者自身は「それでもあえて人権人道を選びたい」という立場です。
 筆者が読んだ限りのリチャード・ドーキンスと同じく。

 ジョセフ・ヒースや橘玲、新自由主義系論者から見れば間違っているのでしょうが。

 人権人道自身は、科学のためにも必要だと思います。
 ただし、科学は進歩と関係ないマンハッタン・アポロ型は間違いだというマット・リドレーらもいますし、科学技術の進歩はもう終わったんだと事実上言っている人も多くいますが。
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