宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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政体

『銀河英雄伝説』を貫くテーマの一つに、民主主義と独裁の比較があります。

 銀英伝執筆当時の日本ではまだまだ戦後民主主義が強かった……なのに民主主義の側である自由惑星同盟が敗北する、というストーリー自体、「正義は勝つ、民主主義は正義だ、だから民主主義は勝つ」という敗戦以来の単純な考えを破壊するものでした。

 作中に、帝国側・同盟側両方から民主主義を疑い批判する、多くの声がありました。

 

 銀英伝で語られる……民主主義では、極端に悪くなることもなく、極端によいこともない。

 帝政では極端に悪い暴君も、極端にいい名君もある。

 民主主義だと、半分のそのまた半分+1で十分全権を得られる。

 民主主義だと悪を見逃すことがあり迂遠だが、ロイエンタールの専制なら一気に腐敗を除ける。

 民主主義だからこそ、票のために無謀な出兵をして国を滅ぼし多くの犠牲を出すこともある。

 民主主義はトリューニヒトという怪物を生んでしまう、こんなのを支持する愚民が……

 

 

 ラインハルトは帝政が正しいと言いました。ただし、ラインハルトはヤンとは違い、帝政と民主主義を真剣に考えた形跡が見当たりません……勝つために正しいことをしない愚か者だ、という程度。同盟を徹底的に叩いたのは出世して姉を救うためでしたが……ただ狡兎死して走狗烹らるを考えてるのか、と言いたくなるほど徹底的。キルヒアイスを失ってからは約束のためでしょうか。

 ガイエスブルク要塞を動かした指揮官ケンプが、帝国の建前を何の疑問もなく信じる態度で攻めてきます。

 オーベルシュタインも、帝国を憎んでいながら、同盟に亡命して帝国に勝たせることをかけらも考えません。むしろ理想の帝国を作り上げることに尽くします。

 貴族はそれこそ「奴隷の子孫だから奴隷」「反乱奴隷を再教育する」です。

 ヤンが民主主義が正しいかどうか真剣に疑っている、ラインハルトを認めながら、彼も死ぬし老いて変わるかもしれない、またアンチテーゼが必要だ、という考えで民主のために戦い抜くのとは対照的です。

 

 

 さらに言えば宇宙戦艦SFでは、民主・帝政だけでなく、コンピュータという別解もあるのです。

 いや、『現実』であっても、今や中国式共産党という別解が70年以上機能し、大きな実績を上げています。北朝鮮も安定はしています。

 そして常に、宗教を基盤とした政体も挑戦状を叩きつけます。

「軍事政権」という別解もあります。

 

 

 どんな政体が「いい」か。これは人類が長く追及してきたことです。それだけに戦艦SFでも描きやすいようです……通信に応じず人類を滅ぼそうとする異星人との戦争、が最近は多いにしても。

『スターウォーズ』も帝国と反乱同盟=共和制の政体争いです。

『タイラー』もラアルゴン帝国と一応民主主義の惑星連合の戦いがあり、最終的には三国になります。その一つは(当時までの)日本企業の統治をそのまま国家と化したものです。普通の人、有能な同性愛者など異端で強い人、社会システムからはじかれるような弱い人、それぞれのための国、というのも興味深いです。

『彷徨える艦隊』も民主主義のアライアンスと、少数独裁で強制収容所のシンディックの戦いです。

 

『三体シリーズ』も、人類が太陽系から出ないで自滅した理由に、宇宙に出た人類はすぐに全体主義になる、全体主義が嫌だ民主主義がいい、という感情もありました。

 

 

 民主主義だからいい、とは限りません。

『ガンダム』の宇宙世紀も、連邦は民主主義を保ち、同時に徹底した腐敗・地球破壊を続けました。スペースノイドという賎民を搾取して格差が極端に強い、という構造を保ちました。

『真紅の戦場』の主人公の故郷も、徹底的に腐敗していますが民主主義の建前を保っています。

 民主主義であっても極端な格差、横暴な警察や軍政など、住む人にとっては嫌な事も多くあるのです。

『銀河英雄伝説』の同盟も、ヤンが法的根拠のない査問会で苦しめられ、抗議しようとしたフレデリカはマスコミに訴えても無駄だ、と言われました。マスコミが腐った権力者の走狗である、というのはまさにヤンが言う、権力者を批判することもできない状態です。

 また民主主義は長期的に愚民による衰退が避けられない、という感じもあります。

 

 そして『銀河英雄伝説』の原作時点の同盟も、過去ルドルフが出た時代の連邦も、衆愚政治に陥っていました。

 衆愚の腐敗は『スターウォーズ』でもパルパティーンが皇帝になった大きい理由でした。

 

『スコーリア戦記』『紅の勇者 オナー・ハリントン』『ヴォルコシガン・サガ』などは、主人公側も一応王政・帝政ですが、それでもかなり人権が守られています。むしろ敵側が人権無視。

 

 

 

 

 いい……滅亡しない。国が敗北しない。妻子が強姦され奴隷化され虐殺される心配がない。

 税金が軽め。拷問されない。無実の罪で処刑されることがない。

 財産没収がない。

 餓死の心配がない。安心して生きられる。

 それでだいたいの人は合意できるでしょうか?

 膨大な人が餓死することはない、は?それに反対する経済的自由主義者も多いでしょうか?

 無神論は、同性愛は死刑にするべきでしょうか?奴隷制は容認すべきでしょうか?

 

 特に古代の多くの国々は、またSFの諸国も、それとは違う「いい」基準で動いています。

 要するに魔術・呪術と道徳の間にある「いい」。

 国家が道徳的に「いい」状態であることを強く求める。

 また、戦争で勝つ必要十分条件が、国家が「いい」である……という呪術的・魔術的な感情が、意識もされない当然の前提になっている。

 

 ラインハルトなどが全宇宙を手に入れ、一つの思想・政体を押しつけようとするのも、「汚れを放っておけない」という呪術的感情も大きいでしょう。

 

 もっと以前に強く言っておくべきだったでしょう。

 筆者は、道徳そのものが「善」「いい」だとはまったく思っていません。

 たとえば、魔女裁判があります。

 その当事者たちは、魔女を捕まえて火あぶりにすることが、正義、道徳に合う行動だ、ととても強く確信しています。

 しかし、客観的に見ればどう見てもけた外れの悪です。特に被害者の立場から見れば。

「道徳」というのは、性欲、食欲などと同じように、人間の欲望の一つだと思っています。

 そして「道徳欲」をほしいままにさせたら、ほしいままの性欲が強姦という他者危害になるように、魔女狩りや文化大革命のような他者危害を引き起こす危険な欲望だと思っています。

 そして筆者にとっての「いい」は、上記のように殺される、犯される、餓死する、奴隷化されるなどの「嫌なこと」がないこと、さらに滅亡がないことです。

 

「道徳感情」というものが人間にはある。

 それの多くは文化的に作られるが、相当部分は全人類共通=「ヒューマン・ユニヴァーサルズ」、どんな世界の隅の部族にも共通するものでもある。

 それは決して、客観的な善でもない。正義でもない。

 それを守っていれば人類が生存するわけではない。

 それを守っていれば祖国が滅びないとも限らない。

 それでも、抵抗できないほど強く人を支配する……性欲などと同じように。

 

 

 何が「いい」か。「いい」政体か。『現実』の歴史に論争もありますし、暴力的に決着をつけることも多くあります。

 地球人にはかなり普遍的に、「世界をよくしたい・より良い政体にしたい」があります。同時に「変えたくない」「古き良き政体に戻したい」も極めて強いものがあります。

 

 ……極めて危険な問いになります。

 ゴールデンバウム帝国、ナチスドイツ、北朝鮮、そういう国は実際ものすごく魅力的、ということはないのでしょうか?

『銀河英雄伝説』の、帝国側の軍人の強い忠誠心。大規模な捕虜交換があった、それに関係して双方の捕虜の処遇が少し出てきます。

 残忍に思想改造をしようとする、全員死んでも一向にかまわない帝国の捕虜収容所。それに対し同盟は民主主義のすばらしさを教えようとより人道的。加えて、同盟の捕虜となった帝国将兵は臆病と軽蔑され、返されたら社会秩序維持局に家族ごと拷問虐殺される恐れすらある。……だからこそ歓迎したラインハルトが熱烈に支持された。

 それほどの格差があったのに、捕虜交換が成立した。それほど多くの捕虜が……家族が人質だった、を差し引いても……同盟に亡命しなかった。帝国に忠義を尽くした。

 

 さらに、ヤンとラインハルトなしで、百回繰り返しても同盟は必ず負けるのでしょうか?

 帝国という制度には、強さがあるのでは?

 まあ、ストーリーの都合でしょうが……ダゴン以来、ゴールデンバウム帝国は負けるたびに戦略的に有利になり、最終的には完全勝利するのです。

 負けを無視できる、という点ではパルパティーン帝国も同じです。

 

 

 さて、政体の「いい」議論。

 特に多くが伝わっているのがギリシャやローマ。

 ギリシャ人の筆で、ペルシャが比較検討の末に帝政を選んだ話もあります。

 ギリシャの中でも、アテネとスパルタという大きな比較がありました。

 政治を追求し、魔術的な宗教が弱まるにつれて、『アンティゴネー』をはじめとする葛藤もあらわになっていきました。

 

 古代ローマでも伝説的な王政から共和制、そして帝政に変化する、それに反抗する共和制論者の議論や争いも多く伝えられています。シーザー暗殺も建前は共和制を守るためです。

 その裏ではグラックス兄弟の改革と抹殺があったように、格差の拡大、都市国家から巨大帝国への国家の変質が強く歴史の流れを作っていました。

 

 中国でも、諸子百家、中でも法家と儒家の論争があります。

 ある意味流産……秦は勝利して法家を選び、諸子百家を暴力的に抹消しようとしました。議論がない国を作ろうとしたのです。

 そして秦が短期間で滅亡したことから法家は否定され、儒家が一人勝ちしました。

 それでも漢の根底には、儒教だけでなく法家も強くありました。その後も。

 その後、漢以降の中国では、せいぜい郡県制と封建制などの議論があるだけで、皇帝・儒教という組み合わせは近代に至るまで疑われることはありませんでした。

 政体そのものの違いを要求するイスラム教は強くなれませんでした。

 前にも言いましたが、中国は後漢の黄巾の乱、元の紅巾の乱、清の白蓮教徒の乱や太平天国の乱や義和団事件、と宗教反乱は何度もありましたが、新しい王朝ができる時には宗教は消え失せているのです。どこかで宗教は粛清され軍事指導者が初代皇帝になるのです。特に太平天国の乱には「平等」が強くあったのですが、それもすぐに指導者が貴族・小皇帝となりました。

 それほど強い皇帝・儒教には別の面として、独立性が高い血族家、小農村自治、という面もあります。

 

 インドはどうでしょう?かかる時間が長すぎ、イスラムとイギリスという大きすぎる擾乱がありますが。

 

 日本では議論はなかったでしょうか?争いは?

 仏教を容れるかどうか、後にはキリスト教を禁じる、さらに後には尊王攘夷からの倒幕、その後自由民権運動、国体明徴運動……と体制変革を求める声と政府の争いが繰り返されました。

 特に太平洋戦争にかけて、「国体」という概念が狂信的に暴走し、政体を変えないこと、共産主義を潰すことが国家の強すぎる目標となりました。

 戦後も、マルクス主義を敵として様々な争いがあり、石油ショック後は改革を激しく訴える声が国を支配しました。

 いや、貴族が支配する平安から武家に移る源平・鎌倉、そして鎌倉幕府の滅亡から室町時代、戦国から江戸時代、というのもある意味政体の変化ともいえます。その中で、後鳥羽天皇や後醍醐天皇は天皇と貴族中心の世に戻そうと政体を争い、結局敗北しました。

 それぞれ、平安から鎌倉では荘園と各地の開墾、開墾の限界から相続争い、という構造があり、開墾した農村の支配権を追認し、相続争いを調停する幕府が求められたという構造があります。

 戦国時代も、『箱根の坂(司馬遼太郎)』で鉄が安くなったから、という面白い切り口が語られています。思想家によって動く中国とは対照的に、と。さらに鉄砲という新兵器、貿易と船の発達、金銀採掘法、大規模治水・開墾という巨大な技術と力もあります。

 木が切り尽くされ港が砂泥に埋まり、それによって九州~奈良~京都、関東と力が移っていく過程でもあります。

 味噌・醤油・納豆という大豆加工技術、魚輸送の発達による栄養の変化もあります。

 さらに江戸幕府は、貿易を制限し船を規制し、鉄砲の改良を止めて、技術水準そのものを制御しました。キリスト教を排除したことは間引きの容認も可能にし、文明崩壊を免れる結果につながりました。また日本が世界の大規模奴隷貿易に巻き込まれ衰退することを防いだかもしれません。

 相当以前になる平安時代でも、たとえば儒教を全部入れるか、ではそれなりの問題が出たのでしょう。日本は天皇・公家のシステムも庶民の生活も、中国の儒教とはかなり離れています。

 反面、武士道というもの、明治維新後の国家道徳も儒教の影響がそれなりにありますし、江戸時代から近代日本でも多くの人が論語を習っています。

 江戸幕府は、キリスト教の排除、キリスト教排除を兼ねて仏教を飼いならした、儒教をうまくゆがめて国家体制に入れた、剣術・禅宗を組み合わせて武道を作った、武士道とした……という、道徳的・宗教的にも複雑な離れ業を成功させています。明治維新後の日本精神もその後継でもあります。

 日本の奈良平安から、軍の廃止・肉食禁止など中国とはかけはなれた厳しい道徳を普及させたことも奇妙な点でしょう。大豆とその発酵食品のおかげでタンパク質が得られたという奇跡もあります。

 

 ……政体は、時には科学技術・食生活すら変え、長期的な生産力・人口・国力をけた外れに変えてしまうこともある、ということです。

 

 

 何よりも、近代になってからは政体のための戦争が多く戦われました。

 アメリカ独立戦争自体、自由を叫んでの戦いでした。

 フランス革命に世界各国は、正しい政治を求めて干渉し、革命政府も自由・平等・友愛を守るためと反撃しました。さらにナポレオン一世は、新しい政体、新しい法をあらゆる国に押し付けようと戦い、それに各国は激しく抵抗しました。

 アメリカ最大の内戦、南北戦争は奴隷制をめぐる戦いでした。その後も奴隷制を理由とした征服戦争は多く起きます。

 帝国主義も、政体を、自由貿易・法・奴隷制廃止などを押しつけたい、という建前がありました。

 第一次世界大戦では、とくにアメリカやイギリスは、ドイツが勝ったらとても大事な理想が世界から失われる、と敵国を絶対悪とし、総力戦に国民すべてを動員しました。だからこそ戦後、以前のようにまともな賠償では気が済まず、次の破局の原因すら作ってしまいます。

 ロシア革命でも、共産主義というある意味宗教であり、政治体制でもある言葉を持つ新政府は国内でも、また日本を含む諸国の干渉軍とも戦いました。

 さらに第二次世界大戦。まさに政治体制が戦争の理由となりました。ドイツは共産主義を憎み自国の体制が絶対正しいとしました。アメリカやイギリスは自由を叫び、日本が無条件降伏して完全に民主主義になることを戦争目的として、何十万人もの自国民の犠牲も差し出しました。日本は国体のために一億玉砕を訴えました。あらゆる国が国民全員を協力させ、敵国全員を殺す気かというぐらい女子供も殺戮しました。ドイツはポーランドもウクライナもソ連も皆殺しする気満々で攻めました。日本やドイツの女子供に対する無差別爆撃を、アメリカはかけらもためらいませんでした。

 戦後の冷戦は、徹底的に資本主義と共産主義、経済思想と一体化した政体をめぐる争いでした。『銀河英雄伝説』の過去ではその違いが、人類をほぼ死滅させる全面核戦争に結びついたのです。『現実』も人類滅亡も、少なくともロシアンルーレットぐらいには賭けのテーブルに乗せました。弾が何発入っていたかはわかりませんが、六分の一より小さくはないでしょう。

 

 反面、特にミリタリSFでは、前述のように兵は理想・スローガンのためには死なない、隣の戦友、故郷の家族のために死ぬのだ、と言います。

 ただし「家族」にも戦時には大きい矛盾があります……イギリスのコベントリーとエニグマの伝説。時には家族を見捨てて戦い抜くこともあります。『老人と宇宙』では権力者は主人公たちをコベントリーの論理で犠牲にしようとし、主人公はそのコベントリーの史実にもツッコミを入れて反抗しました。

 ウラシマ効果などにより、家族から切り離されてしまうこともあります。『終わりなき戦い』の中心テーマがそれです。

『エンダー』では、姉とは深く結びついていますが、両親にはほとんど感情を持たず、敵でもあった兄との関係では超光速航行の都合による年齢差を支払いました。後には姉とも大きな年齢差ができてしまいます。

 

 古く正しい、が国家の目的となることも多くあります。

 現在のイスラム原理主義国家。風潮に敏感な『タイラー』もラアルゴン原理主義が歪みを作りました。

 実際には、アメリカもかなりやばいキリスト教原理主義勢力が強まっています。

『真紅の戦場』のイスラム原理主義国家は、どうやら支配を保ち国家戦争に生き残るための原理主義のようですが……

 古代エジプト帝国は、何千年も変わらないことそれ自体が目的だった、と言われます。

 中国の明帝国も極端に復古的で、科学技術や高度な数学さえも嫌い、文明競争に敗北する最大の理由と言えるでしょう。

 近代に適応しようとする国々、どれも復古の声に足を引っ張られます。日本も例外ではありません。

 

 それらは、古い聖賢がすべてを知っており、すべての真理は聖賢の書・聖典に書かれている、という考えにしがみつきます。

 もちろん現実を見て理論を修正する科学とは相容れません。

 コロンブスの新大陸発見が大きかったのは、新大陸やその生物が、アリストテレスにも聖書にも決して書かれていなかったことです。だからこそ古代ギリシャローマ古典の絶対の権威がゆるみ、キリスト教の牙城も崩れたのです。

 

 古い人たち、古い戦術・古い兵器・古い道徳・古い制度にしがみつく人々。

 新しい人たち、何も知らず経験もない人々。……フランス革命やロシア革命のように。

 どちらに任せるか。

 どちらであっても破滅としか思えませんが。

 

 だからこそ、若者を、若い英雄や若い科学者を認め腕を振るわせる老将や、あるいはデスラーを拾って火炎直撃砲を作ったズォーダーは偉大な存在です。

 

 

 

 そして、政治体制に、地形・作物・資源などの影響はどの程度あったでしょう?

 ギリシャの都市国家民主主義……それと、ギリシャの山がちで統一が難しい地形、またブドウ・オリーブ、銅や銀の鉱山という作物や資源が、どの程度強いかかわりを持っているでしょう。

 ギリシャの人々であっても、広大で航行可能河川で細かくつながった肥沃な大地、あるいは馬と弓矢を与えられ広大で障壁のない草原にばらまかれれば、統一帝国にならざるを得ないでしょうか?

 ギリシャ・ローマが弓矢を嫌ったことと、地形や金属資源、もしかしたら木材の種類はどんな関係があるでしょう?

 ギリシャが長槍、ローマが投槍と大楯を選んだのはなぜ?

 イギリスにはイチイというよい弓になる木材があったからこそ長弓が発達したということは?

 日中では竹があったから弓が好まれた?では弓矢も好むインドでは?

 ユーラシア騎馬民族も弓矢を好みますが、角・腱と家畜由来の素材も使う合成弓が完成する前は何を弓矢の素材としていたのでしょう?合成弓も木材部分は必要です。

 ローマがファランクスをやらないのは、より広い世界、多様な地形での戦いを経験し、方向転換がしにくく平原でなければ弱体化するファランクスよりも、小さくまとまった部隊多数のほうが優れていたから、とされています。

 さらに言えば、アトラトル……投槍器という、昔の人類を質的に一変させた、石器時代のカラシニコフとも呼ばれる投げ槍強化兵器……突起のついた棒で腕を延長する……は、知る限り古代ローマでは使われていないのです。それも実に奇妙な話です。

 中国では同じように麦を育て、馬を外から買う北方で、まったく別の兵器体系で戦争が行われました。

 

 そして、米、水田稲作の地域はどんな政体、武器体系につながるのでしょう?

 日本論で、「日本は水田稲作だ、だからかなり平等な村人が、互いを厳しく相互監視して天才の出る杭を打ち怠けることを許さず勤勉に働いている」とよく見ます。

 ではトウモロコシは?ジャガイモは?サゴヤシは?主要家畜がスイギュウであることは?

 コロンブス以前の中南米が大型家畜に恵まれず、鉄を知らぬままで、作物も異なり、車輪も文字も用いず、航行可能河川にも恵まれない……にもかかわらず、宗教的で大規模建築をともなう帝国と貴族の国でした。

 馬は育てるより買うほうがいいようですが、その馬が育つ地域の文化……政体は?さらに海があるとないとでは?

 

 また、牧畜、足がある財産は、容易に盗めます。警察に来てもらうにも間に合うはずがありません。

 そうなれば自力救済の文化になるでしょう。

 その文化が服従の精神を強め、それでカリスマに絶対服従する大集団の大帝国につながり……相続に失敗して霧散するのも騎馬民族、牧畜民の常です。

 

 カリスマというのは後にも、大きな影響があります。

 第二次世界大戦前後のけた外れの殺戮は、ヒトラー、スターリン、毛沢東という三人の独裁者のめちゃくちゃな人格と信念による、とされます。

 中国史の帝国崩壊も、崩壊は宗教、新帝国はカリスマが作るのが常です。ただ、『箱根の坂』では戦国時代を起こしたのは思想家でもカリスマでもなく、製鉄技術だとも言われました。

 それこそカリスマ頼りのルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも、ラインハルト・フォン・ローエングラムも、初代が死んだら相続でしっちゃかめっちゃかになって滅びる、というほうがずっとありえたことです。そしてロイエンタールはすべてに最高の資質を持っていながら、ラインハルトとの間に超えられない壁があることは本人もユリアンもわかっていました。

『彷徨える艦隊』のファルコは蛇も操ると言われるほど圧倒的なカリスマに輝き、膨大な人を戦死に導きます。

 カリスマ支配者ではなくても、エンリケ航海王子、コロンブス、また科学革命の天才たちのような存在も大きく歴史を動かしたと言えるでしょう。

 そして大宗教の教祖、ルターやカルヴァンなど宗教改革者も歴史に大きな影響を与えています。近代のアダム・スミスら自由主義経済思想家、そしてマルクスの影響も巨大でしょう。

 

 宇宙戦艦作品では、上位存在を見てしまった『啓示空間』や『共和国の戦士』の教祖らが目立ちます。

 また『ファウンデーション』のミュールのように、超能力で多数を支配するタイプも。ですがどんなカリスマ英雄も、心理歴史学の計算の掌の上です。

『ローダン』のペリー・ローダンは、本来はただその時その場所にいただけですが、結果的にはずっと優れた指導者としてテラナーを導き続けています。『反逆者の月』のコリンも同様です。

『タイラー』のタイラーはそれこそ運だけとされますが、人類を導く立場に長く立ち、重い罪と知りながらとんでもない未来に導きました。

『三体シリーズ』のルオ・ジーも、彼自身がなぜそれほど狙われるのかわからない、というほどに、理不尽な重要性を持つ救世主です。そこには、弾圧者だったのに神に問答無用で徴兵されるように使徒とされキリスト教を築いたパウロの影もあるでしょう。

『彷徨える艦隊』のギアリー、『銀河英雄伝説』のヤンは、断固として人類の支配者の立場を拒みます……が、ヤンはもし暗殺されなければ……

 

 カリスマに、宗教的救世主の面がつくと余計厄介になります。『デューン』のポウルが代表例でしょう。『ガンダム』のシャア・アズナブルもそれに近いです。

 

 

 政体の経済面。これも、古代から宇宙戦艦作品の未来まで、重要と言えるでしょう。

 一番大きいのは奴隷制。

 さらに、『国家はなぜ衰退するのか』『自由の命運』『暴力と社会秩序』……政府が、国民を収奪して少数の権力者を栄えさせ、結果的に国を衰退させるか。それとも、国民に自由を与え活力を引き出し、国を繁栄させるものか。

 といっても、民主主義などがない古代でも繁栄する国と衰退する国の違いはありました。その点は宇宙戦艦作品でも同じ……『銀河英雄伝説』などでは、民主主義に属する国々も、帝国を圧倒できるような経済力を持つことができていません。

 

 自由惑星同盟は、実際には少数が多数を収奪し、国力を下げる構造だったのでしょうか?『ガンダム』の宇宙世紀の連邦も?それこそ上記の本で憲法の条文はまともなのに民主主義とは程遠く経済的に貧しい中南米のような、民主主義とは異質な制度による支配ががっちり固まっているのでしょうか?

『真紅の戦場』や『銀河の荒鷲シーフォート』などでは、核戦争の影響で非民主主義的な制度・極端な格差が定着しています。

 

 そして、民主主義が強い理由の一つとして、民主主義、言論や思想の自由がなければ科学技術の進歩がないから……という論理もあります。

 ダロン・アセモグルらも、それを理由に共産中国の発展には限界がある、と言います。

 しかしそれは科学技術に伸びしろがある世界の話です。

 民主主義でありながら収奪的である国は、科学技術が停滞していることと関係があるのでしょうか?

『銀河英雄伝説』も進歩が遅い、伸びしろが乏しいように見えます。

『ガンダム』宇宙世紀も、兵器の性能は上がっていますが生産力・民の生活水準はあまり上がりません。

 それとも、どちらも低品位鉱物の利用が苦手、資源不足気味であることと、腐敗した民主主義が関係するのでしょうか?

 1970年以降の『現実』も、重要な面……素材・エンジンの科学技術が限界だからこそ長期停滞なのだ、というロバート・ゴードン、タイラー・コーエンらの考えがあります。

『工作艦明石の孤独(林譲治)』は科学技術の停滞そのものがある意味主役と言えます。

 

 征服をするかしないかも、経済的にも重大でしょう。

『叛逆航路シリーズ』に描かれる征服の停止、『銀河英雄伝説』で示唆される高度成長じみた開拓の停止による社会の質的変化は何度も考えてきました。

 

 そして根本的な問題……国民が豊かに暮らせるか。食えるか。

『なぜ国家は衰退するのか』『自由の命運』など多くの本で、形式的には民主主義でも内実は法の支配などがなく、経済的な発展がことごとく潰される悲惨な国々が描かれます。

 アラブの春自体、警察に不当に商売道具を奪われた怒りと絶望が焼身自殺に、それがきっかけでした。そしてそれは今の時点では完全な絶望を作っています。

 

 

 経済と言えば、政争が激しくなる根本的な理由に、権力と富が強く結びついていることもあるでしょう。

 要するに、軍でも官僚でも、宗教でも、出世すると儲かる。

 あらゆる仕事をする権利は、利権である。地位によって与えられるもの。油田や鉱山の所有権と同じく。海の家や正月の大きい神社の露店と同じく。

 本来それはあってはならないことです。腐敗にほかなりません。もっとも収益が大きい工場経営者ではなく、権力者に近い・賄賂の額が大きい経営者しか認められなくなります。何よりも、それだとゼロサムゲームになるのです。

 しかし、それが現実です……どの文明でも、どんな宇宙戦艦作品でも。

 いや、ヒトラーや『ファウンデーション』のミュールのように質素を装う独裁者がいるにしても、どちらも実際には膨大な富を自由にできました。

 むしろ、権力がなければどんな仕事もできない、それが人間にとって普遍的なありかたです。

 

 その部分集合として、土地所有・相続もあるでしょう。土地を耕すのが事実上唯一の生き方である世界では、土地を相続しなければ、あるいは奪わなければ餓死するか奴隷化されるだけです。

 だからこそ常に激しい相続争いがあり、船があればけた外れの情熱であらゆる先住民を滅ぼし、法や宗教の面でも言い訳の限りを尽くして土地を奪う……

 

 権力闘争は根本的にゼロサムです。特に頂点は一つしかありません。……が、同時に皇后・宦官・外戚という複数化もありますし、日本は天皇と将軍という形で権威と権力を分離しました。

 権力と富がくっつき、ゼロサムになる……

 権力がなければ族滅され富も奪われるので、権力を得るしか選択肢がない。権力自体、人間の最大嗜好でもある……

 

 

 

 経済以前に、国家そのものの役割・機能は何でしょう?

 

 国家があれば、それが暴虐であっても、無政府状態・石器時代より暴力で死ぬ率が低くなるということです。名誉のための隣との殺し合い、近くの民族との皆殺し戦争、犯罪としての殺人から復讐の連鎖、それらを抑え込むことで。

 ただ、国家の暴虐がどこまでひどくてもか……『現実』の、カンボジアのポル・ポト政権は半分に及ぶ死者を出しました。また中国の太平天国の乱も極端な死亡率ですが、あれは国家があったからかなかったからか……

 

 要するに防衛のための国家、という考えは古くからあります。

 戦うために集まる。

 戦うためには、特に二人の人間が別々の命令をして、どちらに従えばいいかわからなくなる、は避けねばならない。ヤンが、二人の有能な将は一人の平凡な将に劣る、とその対立を利用してイゼルローンを落としたように。

 何人もが、一人は東、一人は西、一人は南、と言い争っていつまでも決定できないことは避けなければならない。

 一人の人間が絶対の権力を持ち、反抗するものを厳しく罰する、専制でなければならない。

『孤児たちの軍隊』では、上官が皆死ぬか重傷、下っ端なのに指揮を執るハメになった主人公に重傷の前指揮官が、いいから命令しろ、間違っていてもいいから、と小声で怒鳴ります。

 民主主義国家であっても、戦時には専制的に指導されなければならない……アメリカで、大統領令で日本人の血を引くだけの正規のアメリカ市民権を持つアメリカ人が収容所に放り込まれたように。

 

 ただ、戦争が終わったのちに、その戦争のための専制を解除する方法を、人類は知らないと言っていいのです。

 それこそ、狼と馬の寓話。人も馬も狼に苦しんだ。だから馬は人を乗せともに狼と戦った。狼が滅んだ。降りろと馬は言ったが、人はバカめと拍車を当てた……

 アメリカ独立戦争では、ワシントンは皇帝になることもできました。世襲の王国になっていたとしても不思議ではないのです。

 実際多くの国がそうなりました。共産主義国の多くが残忍な体制であるのも、すぐに内戦・外敵との戦いがあったからでもあります。

 そうなると、「軍事政権」という別の政体も見えてきます。

 第二次大戦後、今現在も、多くの国が軍事政権に苦しめられています。ですが軍事政権が倒れてもよくなるとは限らないのです。

 

『宇宙軍士官学校』では、ケイローンは軍事政権ですが有能と言われます。常に実際の敵と戦っているのが、『現実』第二次大戦後の軍事政権とは違う、と言われます。

『銀河英雄伝説』のルドルフも軍を基盤とし、軍事色が強い国家でした。しかし、少なくとも自由惑星同盟の発見までは外敵はありませんでした。それほど海賊・内乱が多かったか、常に共和主義者との戦争がある、あるいはある振りをして戦い続けていたのでしょうか?

 一世紀以上の総力戦が描かれる作品もあります。『銀河英雄伝説』、『彷徨える艦隊』、『終わりなき戦争』など。

『ガルフォース』『装甲騎兵ボトムズ』も桁外れに長い戦争です。

『航空宇宙軍史』の第一次・第二次外惑星動乱もかなり長期です。

『無責任艦長タイラー』のラアルゴン戦争もかなり長引きました。

 それらは根本的に社会を変え、文明そのものを衰退させることすらあります。

 逆に『無責任三国志』でタイラーは、戦争がなければ文明は存続できないと知り、非常の措置をするのです。

 

『歴史の研究』では、[地理的拡大と社会的解体は、明らかに原因と結果の関係を示している。

軍国主義は~今日までに記録されている~文明の挫折のもっともふつうの原因であった

 

解体する社会の救済は到底見込みのない仕事であり、また剣が、その仕事を遂行するのにははなはだ不都合な手段なので]

 などありましたけれど、トインビーの用語としての「軍国主義」は「プロレタリアート」同様普通とは少し違って分かりにくいところがあります。

 

 

 もっと古いのが、魔術・呪術・宗教儀式のための国家。今のあらゆる国家にも、その面はしっかりとあります。

 その宗教の教えに合うように、民の心の中から作り変える、抑圧することもその重大な使命です。そうしなければ神が怒って雷を起こして世界を滅ぼすから、と。

 ほっといてくれ、は通用しないのです。一人でもいたら世界が滅びるのです。

 また一人でも、赤ん坊でも、帝国を滅ぼすかもしれないのです。

 

 政体論が重大なのは、実際には宗教・魔術と結びついているからなのです。

 政治が正しくなければ……メンバー全員の心が清浄で正しく信仰していることも含め……また、表現として船の甲板や真鍮金具が完璧に磨き上げられ、シーツが不可能なまでに完全であることも含め……国は滅びるのだ、という呪術的で意識されない確信がある。

 それは音楽や文化、科学の規制にも結びつきます。

 だからこそ政争も常に激しくなります。

 

 国家がどれほど、国民全員の内心を改造したがっているか……それも恐ろしいものがあります。

 確かフィリップ・K・ディックは、警官どもは人間全員自分たちのコピーにしなければ気が済まないんだ、と叫んだものです。

 それは反共があったからです。魔女狩り、異端審問、十字軍、特高警察……宗教、あるいはイデオロギーの争いが警察権力と結びつくと、人の心の中まで支配しようという権力の本能が暴走し、地獄絵図を生み出します。

 軍は態度・整理整頓などを通じて心の奥まで支配したがり、それは不可能な完璧を強制することを通じ、無限大の残虐にも結びつきます。

 人には人の心を読めない……『エンダー』のバガーのようにつながっていないことも、その悲惨の見えにくい原因です。だからこそ、人の心を読む機械ができたら恐ろしい結果になりますし、人は必死でうそ発見器や自白剤を作ろうとしてさまざまな悲喜劇を作り出しています。

『宇宙軍士官学校』では上述のように、主人公の暗殺未遂から内心の自由を侵害する捜査が行われました。多くの批判がありましたが、それでも地球人の存亡のために、と容認されました。

 

 さらに、この話は法の歴史として、法と宗教、法と道徳の分離、という問題を作ります。

 ユダヤ、またイスラムの法のように聖典に法が刻まれていれば、それは当然心の底からでなければなりません。そして本当に心からなのか証明する……そのためには無限の拷問が生じてしまいます。また魔女狩りやスターリン体制のように、やられる前にやれ、密告される前に密告しろ、で誰も残らないことにもなりかねません。

 法と道徳も、同様に重大な問題を作ります。

 

 

 

 

 政府が何をしているか、も時代や地域によって大きく異なります。

 略奪と虐殺がほぼすべてである政府もありました。

 大規模な治水とともに巨大な神殿を作り、多数の神官に贅沢をさせる帝国もありました。

 中国はいつも遊牧民と戦い、万里の長城を作り、膨大な人数の軍を出していました。

 海のかなたを征服し、同時に巨大な工場を作ることを支援している国もありました。

 長い間激しい戦争に没頭し、それによって国の在り方が大きく変わってしまう国もありました。

 

 ちなみに昔の西洋の王はテント多数で旅をして、あちこちで食べ、裁判の上告がたまっているのを裁いていました。中国史でも皇帝一族が食えなくてあちこち旅したこともあります。日本も古代には代ごとに朝廷が移動しました。特に食糧を運ぶ能力、おそらく糞尿を処理する能力も事実上ないと、それも合理的になります。

 西洋の「城」「貴族館」の一番いい活用法はホテルです。「城」の本質として、多くの客を泊め、大食堂で晩餐をもてなすという機能があります。

 ついでに『銀河の荒鷲シーフォート』では、船客や士官を晩餐でもてなすのも船長の仕事でした。それは昔の帆船時代の海軍艦長も同じことです。

『ヴォルコシガン・サガ』でも、アラールが巨大戦艦で傭兵の指揮官をもてなします。

『銀河英雄伝説』の大貴族の旗艦は動く城、内部に超豪華ホテル設備があったそうです。

 中国やイスラムの超巨大宮殿も、本質的には同じです。また民主主義でも、フランスなどでは大統領に「迎賓」仕事を分担させたりしています。各国の大使館も最高級ホテル・レストランの面が強くあります。

 日本では寺にホテル機能があったようです。また江戸時代には本陣というシステムもありました。

 西洋でも、修道院も高いホテル機能があり、さまざまな旅を支援していました。

 

 

 

 支配そのものができているか、という問題もあるでしょう。

 支配方法それ自体……これは、むしろ知らないことの方が圧倒的に多いでしょう。日本の足利義満時代の九州の農村、あるいは1800年のオスマントルコ、いやフランス革命前夜のパリでも、どのように治安が維持され、食糧が供給され、子供がしつけられ、誰が警察権をふるい裁判し刑罰を執行し……どれほど知っているでしょう?

 筆者が大きい関心を持っているのは、多様な時代・地域での、支配技術(特に多数の餓死者が出ても崩れない)です。

 

 

 それが失敗すれば、要するに失敗国家となります。

 そしてある部分はちゃんと支配していても、支配されていない部分もあるものです……暗黒街、スラム、極端であれば棄民たち。それは必然として身分・種族にも結びつきます。

 棄民の歴史……

 日本史でも、棄民同然の海外移民の悲劇があまりに多く伝えられます。

 オーストラリアはイギリスからの流刑民が元となりました。

 

 さらに、経済・政治思想が今の延長……新自由主義、資源枯渇・環境問題、さらにITやロボットなど人間を必要としなくなる技術が発達することが悪い方向にかみ合えば、それこそ世界の人間の大半を虐殺することが正しい、にもなりかねません。

 

『幼年期の終わり』では、進化した人類が生まれた時点で古い人類は、完全に用なしでした。

 

『目覚めたら~』では事実上棄民である貧困層が悲惨に暮らしており、そこに落とされたヒロインの一人を救うことが話の始まりでした。その後も、悲惨な生活をする人々がいることを主人公は知り、完全はないからと見ないふりをします。

 それこそ『ガンダム』宇宙世紀はスペースノイドという棄民があっての話です。

『真紅の戦場』の主人公の国では、悲惨な下層民とギャングの構造による低賃金労働と、中・上層の脅迫が支配の核心でした。

『宇宙兵志願』では人口のあまりにも多くが、福祉集合住宅に押し込められて悲惨な配給で生活する、経済・国家にとって明らかに必要とされない存在でした。時々暴動を起こしては虐殺される、軍にとっては敵でありつつ、敵国ではないので撃つのがためらわれる厄介な存在でもあります。そして戦局の悪化は、その必要ない人々を餓死させることにもつながるでしょう。

『銀河の荒鷲シーフォート』も、それこそオレ強制徴募される、と叫ぶ……それじゃ志願兵だ……ほど教育のない下層民が多くおり、その暴動が問題になります。

 経済的徴兵、貧しく希望がない下層民から、時には犯罪者を刑罰の代わりとして徴兵するシステムは『孤児たちの軍隊』『宇宙兵志願』『真紅の戦場』などにあります。

『宇宙兵志願』でも『真紅の戦場』でも、軍と宇宙植民が棄民にとって唯一の可能性になるのです。

 棄民は、超低賃金労働者・兵士として役に立つか、何の役にも立たないか、という大きな違いがあります。

 

『叛逆航路』では貧富の格差に、どこ生まれか、と種族に近い身分関係が加わります。

『銀河英雄伝説』『スターウォーズ』では、辺境それ自体が貧困です。タトゥーインは犯罪が横行し奴隷制が残り、ヴェスターラントや辺境は戦争の捨て石ともされました。

 

 そのような超極貧層は、政府に忠誠を持つはずがありません。また、超低賃金労働者が多くいれば、競争で有利でありながら機械化に投資しなくなり長期的には文明自体が衰退することになります。

 

 強制移住も統治法、ある意味厄介な人々の扱いとして歴史的に重要でしょう。

 ユダヤ人の本質にあるのは、アッシリア帝国による強制移住政策です。最古の帝国が得意とした、それなりに有効な統治法だったのです。

 中国史でも五胡「し民」措置があります。

 ソ連も幾多の少数民族を強制移住させ、多くを虐殺しました。

 移動そのものが有効な虐殺になります。

 アメリカの先住民など多くの先住民が、「涙の踏み分け道」など、今住んでいる場から移動させることによって虐殺、抹消されました。

 日本が東南アジアの欧米植民地を征服した時、捕虜などを移動させ虐殺したことで、今も天皇がイギリスに恨まれているほどの憎悪となりました。

『三体シリーズ』では三体人は地球人をオーストラリア大陸に押し込め、最低限まで減らそうとしました。

 

 

 

 民主主義の大きな長所はエラー訂正。国の方針が間違っていた時、血を流すことなく方針転換できる。……といっても実際には、民主主義国でも方針転換できないことは多くあります。

 根本的に、愚民が愚劣な方針を選び、それをかたくなに押し通した時にはどうすることもできません。

『逆襲のシャア』では「今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせよ」という言葉もあり、民が愚民である、だから地球を破壊して自滅してしまう、という危機感が大きな軸となります。

『銀河英雄伝説』も、連邦も同盟も徹頭徹尾、民が愚民であることが語られます。

 

 また、エラー訂正は科学とも共通します。自分は間違っているかもしれないことを認める。間違っていたら修正する。それが科学の本質です。

 ついでに、エラー訂正は生物の進化とも共通します。進化もまた、自分が絶対に正しいことを前提にせず、試行錯誤です。

 試行錯誤は科学の本質であり、進化のかなり大きな本質でもあるのです。

 しかし、それは軍、魔術・宗教と根こそぎ矛盾するのです。

 上述の、昔の文明で普遍的な、「古い聖賢の書・聖典が絶対に正しくそれに真理が全部入っている、新しい発見は全部いらない」を否定するものです。

 軍……上記の、『孤児たちの軍隊』の新しい指揮官が忠告された、命令しろ間違っていてもいいから……その後には、こう略された言葉が隠れているのです。絶対に誤りを認めるな。自分が誤る可能性があるただの人間だと部下に思わせるな。そう思われた瞬間、お前は指揮官ではなくなり軍は瓦解し俺たちは全滅する。指揮官は神だということを忘れるな。お前を疑う人間は反逆者として殺せ。

 権威主義。絶対服従。正しさの独占。絶対に自分は正しい。

 それと、政治にせよ科学にせよ進化にせよ、エラー訂正・試行錯誤はどう両立するのでしょう?それは、軍事的には真理であっても、それこそ間違った命令を押し通すアムリッツァの破局にもつながるのです。

 

『宇宙の戦士』は民主主義、というか戦後の考えの多くを否定し、志願・名誉除隊した者のみによる政治、という今のアメリカとも大きく異なる政体を考案しました。それ以外の、たとえば科学者による政治などの失敗も描き、この体制以外はだめだと断言しています。共産主義を強く否定する言葉もあります。軍事的な保守というべきものを強く信奉していることをむき出しにしています。

 

 反民主主義として、『火の鳥 未来編』の、コンピュータに任せるというのがあります。ただし基本的には、コンピュータ任せは間違いとされます。……アシモフのロボットシリーズ以外。『目覚めたら~』も貴族の目が泳いでいます……

 

 そして帝政。

 民主主義から帝政になる、という古代ローマの共和制から帝政、またドイツ・イタリア・スペインのファシズムなどを下敷きにした話としても、『銀河英雄伝説』『スターウォーズ』など多くあります。

 

 民主主義が否定される理由として、核戦争後などを用いる事も多くあります。何度も述べたように『銀河の荒鷲シーフォート』『宇宙の戦士』『真紅の戦場』などなど。

「非常事態だから権力を集中し、決めなければならない」「非常事態には人を切り捨てる決断も必要だが、民主主義では不可能」などの理由がつけられます。

 

 クローンやロボットの処遇も、政体としては重要でしょう。

『共和国の戦士』は、クローン兵士という戦闘奴隷あっての社会です。

 

 

 さらに宇宙戦艦作品の多くは、要するに閉じられた世界に黒船が来た、あるいは海に出て新大陸を見つけた、突然騎馬民族に襲われた……そんな史実を思わせる展開となります。

『現実』では黒船に接したことから、政体を変えるための苦闘が始まりました。戦って勝つためだけでも、色々と変えなければ無理だったのです。いや、他者と接するだけでも。

 その、他者と政治をどう結び付けるかもどの世界も苦慮します。

 

 最近のミリタリSFは、地球人の側はちゃんと人道的・平和的に対応する準備をしているのに相手が全然通信に応答せず攻撃してくる、というのが多いです。

 ファーストコンタクトをきちんと描くのが面倒だからでしょうか。

 

『三体』には、地球人に絶望し異星人に助けを求める人たちがいました。

 中国の近代化、中国側の改革挑戦者たちの苦闘がそれと重なります。

 

 

 この議論は、実に多くの枝に分かれます。

 身分。身分と宗教。人種。

 科学技術を禁じる政治の歴史。

 古代における政治の本質、宗教儀式。

 歌舞音曲。文化そのもの。

 民主主義を可能とする科学技術・産業の条件。

 文化大革命そのもの。

 秦の始皇帝、フリードリヒ大王、ナポレオン一世など、一人で文明を設計したと言っていい偉大な指導者。

 制度論……アセモグルやフクヤマ、他にも多数。

 犯罪の歴史。何が犯罪とされるか、の信じられない幅。同性愛。

 刑罰の歴史。拷問の歴史。秘密警察。

 英雄。国葬。

 

 根本的な方向として……どう政体を、国を裁くか。

 滅亡したら悪だ、それだけでしょうか。

 それをいうならインカ帝国は悪だったのでしょうか?弱いことは悪だ、以外に?ナチスも負けたから悪であるだけ?

 科学の進歩があるか。

 人権・人道。拷問が多いかほとんどないか。

 もっと深く言えば、人はモノ、道具なのか?それとも?も、あらゆる政体を分けるものでしょう。啓蒙の方向かどうか、と同じように。

 そこには、神があります。神、人、物(生物)というヒエラルキー。そこに異星人や人工知能が入ったら?

 

 神を否定するとき、すべてを物とする、という考えもできます……中国の法家のように。『航空宇宙軍史』のように。

 逆に、滅亡すら度外視する価値観、道徳も……戦争そのもの、国家そのものが目的になることも……

 

 筆者自身は、上述のように滅びない、飢えない、虐殺されない、拷問されない……ラインハルトも本来、女が好きな人と結婚できる、がすべてだったはず……

 どうすれば、飢え死にせず、死ぬまで働かされず、虐殺されず、強姦されず、拷問されず、宗教を禁じられず、好きに研究でき、公平な法と必要なだけの軍備で、科学を進歩させながら生きることができるのか。

 それより優先であることが多くある……信仰、民族、国家、イデオロギー、(経済)自由、契約、負債……

 そのつもりが、サディズムに支配されているだけかもしれません……『狼の怨歌(平井和正)』で、残虐な医師が主人公を実験動物扱いした、その残虐さは医学・科学としても無意味だった……ナチも、日本も、アメリカも……

 さらに、自由民主主義の近代国家は、地球の裏側の奴隷たちの悲惨な強制労働と拷問虐殺を絶対に必要とするのかもしれない……なくてすんだことがない。

 

 

 根本的には、民主主義にも帝政にも、人は弱すぎるのではないでしょうか。

 根本的には、150人狩猟採集群れのために設計されたのが何億人、何千億人という、設計目的外使用。独自にカメラなどで見て考えて動けるショベルカーに、戦闘機を操縦させるような無理。

 といっても、人が弱すぎるから自分で考えるな、前例踏襲や昔の聖賢の書に従え、でもいつかは失敗します。その聖賢はいくら天才でも、核融合や人間の遺伝子改良など考えることもできなかったでしょう。

 正しいのはやはりr戦略繁殖、多数の群れがあり、どれかは生き残る、だと思いますが……

 

 民主主義、愚民を教育すべき、啓蒙を信じる、というピンカー……筆者は心情的にはそちらです。

「もっと考えろ」ではだめだ、環境を制御して人を操れ、というヒースもある程度納得できてしまいます。


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