宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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精神論、科学の抑圧

 精神論。戦争における国家、また平時にも重要になります。

 

 精神論とは何か……辞書はともかく、「国家の興亡・繁栄・勝敗は、国民の道徳的な質によって決まる」と言えるでしょう。

 小さく言えばそれこそスポーツの試合でも、「心」、勝ちたいという意思、根性、心の善良さ、規律、態度、礼儀、掃除、指導者に対する尊敬忠誠の強さ、それらが強ければ勝利できる、ということです。

 実力ではなく。選手の脊柱起立筋が何ニュートンの力を出せるか、ではなく。

 

 これは膨大な宇宙戦艦作品・ミリタリSFで、重要な役割を果たします。

 最大の武器として。厄介な宿敵として。

「心か物か」という、本作の根本である問いそのものとも一体の話。

 

 人間の魔術的思考の一つとも言えます。

「心の中がきれい」と「シーツを完璧に敷く」が、なぜか「わが軍の勝利」になる、というのが軍人の思考。

 

 魔術として考えれば、マクロとミクロの相似関係。

 宇宙、都市、人間の精神、と相似。だから精神を完全にすれば、世界も操れる。

 都市以外に様々な中間相似物。

『火の鳥 未来編』の素粒子内宇宙生物とその中の小宇宙もそれを連想します。

 

 また精神論・権威は、偉い人は全知、という前提とも関係が深い……だからこそ、科学と相性が悪いです。また、『孫子』に代表されるまともな軍事とも。

 そして精神論は、独裁・全体主義ともとても親和性が高いものです。また宗教、魔女裁判、共産主義とも。

 法と道徳・宗教の混同とも限りなく近いです。

 

 

 とにかく、規則を厳しく守ることを強制する。軍人精神を最優先する。気に入らない本を焼き、言葉づかいや態度などを理由に厳しく罰する。

『銀河英雄伝説』では帝国の本質でもあります……ルドルフは麻薬・同性愛などの悪を徹底して潰すことを主張し、それで支持され地位を高めました。さらに劣悪遺伝子排除、ゲルマン、と精神統制を際限なく強めていき、その結果として500年以上続く帝国を作り上げました。

 同盟側も憂国騎士団・救国軍事会議という、そちらに向く力は強くありました。

 そしてヤンのような自由な精神を嫌う人たちも、憂国騎士団もあり、軍内にも多くいます。英雄であるヤンも国などどうでもいい、楽に勝とう、などと言うのでひどい攻撃を受けました。

 作戦としても、合理的に最小の犠牲で勝つことを求め逃げることもためらわないヤンと、態度や必勝の信念のために……それこそアスターテで、ヤンが敵の動きを読み正しい作戦を出した、でも上官はそれを採用できず大敗したようなことが繰り返されます。

 特にフォークの言葉が、ヤンの対極、精神論の極みと言えるでしょう。無内容で精神を強調、また反対者を臆病者と貶め黙らせる。

 またトリューニヒトこそ、精神論を叫ぶことで当選してきたと言えるでしょう。さらに極端な姿がウィンザーです。

 

 自由な精神を嫌う……

 全員が、同じような、完全に国家・軍隊・宗教・指導者に忠実な精神でなければ軍が負ける、国が亡びる、人類が亡びる。

 精神が悪くなることが、国家の衰退・軍隊の敗北の理由だ。

 それが精神論の強い主張です。

 多くの戦艦作品の主人公はそれに背を向ける、まさに国・軍・人類の敵、悪の権化と、精神論側から言われます。

 

『タイラー』ではタイラーこそ、精神論的な軍主流と対立する存在です。ヤンの影響も強いですし、「無責任」という、それこそネタ元である植木等の「無責任」から、秩序に反して大手柄を立てる存在でした。軍に限らず企業でも、人間社会のエリート層の精神のありようとは異質な姿です。

 逆に軍の、精神論の代表だったのがタイラーを認めるまでのマコト・ヤマモト……軍人一家のエリート軍人の代表的な存在です。またススム・フジという、軍の高官の代表というべき存在もあり、長くタイラーを苦しめてはひどい目にあいます。

 ただ、外伝ではミフネ家を交えてマコト・ヤマモトを、さらにススム・フジも腐敗にまみれる苦悩と不倫の愛を通じて人間味を深く掘り下げていきます。

 

『彷徨える艦隊』では、過去からコールドスリープで来たギアリーを苦しめたのが様々な精神論です。

 それこそ事実上すべての士官が精神論の塊。長すぎる戦いで、まともな戦術を学んだ士官が皆戦死し、前線で戦っている艦長たちは素人でしかない、と。敵も同様に愚かだからなんとか戦えている、と。

 いくつかの勝利ののち、ギアリーの影響が強く素直に戦術を学ぶデシャーニたちと、対立するヌモスたちの構造ができていきます。

 ここで出てくるのが、ただ勝利したい、というだけでなく、「どのように」にも人々がこだわるということです。勇敢という価値観。名誉。だから、事実上全艦で神風特攻するような愚劣な戦法ばかりを皆がしたがり、できるだけ少ない犠牲で勝つ賢明な戦法を嫌がる。

 特にヌモスのように臆病で利己的な人だけでなく、自己犠牲をしたがるバカな艦長たちこそ厄介です。多くの兵士も道連れですし、艦は一隻でも必要なのですから。

 さらに精神論の権化ともいうべきファルコ。途中で救助された捕虜で、捕虜になる前には指揮官として何度も凄まじい犠牲を出してきました。強力なカリスマで演説し、帰ったのちの政界での成功=全体主義国家の指導者となることも危ぶまれていました。救助後もカリスマと狂信的な精神論で多くの艦長を操り艦隊を分断し、巨大な被害を出しました。

 

『三体シリーズ』を支配したのも精神の戦い、精神論です。

 冒頭がまず文化大革命。全ての人の心を、権力が決めた新しい金型で再プレスし、完全に同じにしなければならない。だからこそ科学者を虐殺した。

 そして異星人の侵略が判明。智子によって科学の進歩を封じられ、研究を頑張って同等以上の科学水準で戦うことができなくなった。物質的には完全に絶望的だということがわかってしまう。

 そこで軍人たちは、これは精神の戦いだ、と叫ぶ。

 逃亡主義、敗北主義と戦わなければならない、と激しく強制する。技術が劣っていては勝てない、と正しいことをいう人を敗北主義と非難する。

 太陽系から逃げ出すことを「逃亡主義」と、法的に禁じる。

 それを代表するのが、逃げることを選んだ軍人と地上の軍人の対話……軍人精神があれば技術が劣っていても勝てる、お前は英雄の孫だろう、と怒鳴る軍人。それに対し、まさにわが祖父こそ、戦車に走り寄って手榴弾を投げてもかすり傷程度で両足を失い、その時に祖父の多数の戦友は無残に死んだ、と叫び返します。

 科学技術水準で劣るのを、艦隊で勝とうとして水滴になすすべもなくやられたのです。

 それから結局は空間歪曲技術の禁止で、地球人は滅びることになります。精神論が勝った結果と言えるでしょう。

 

『宇宙戦艦ヤマト』でも、古代進はいつも軍上層と対立します。

『ガンダム』でも、特にZで「修正」が横行するように、精神論と主人公たちの争いは多くあります。

 スーパー系のロボットアニメでも精神論や、過剰な暴力……和平を拒否し皆殺しを主張する、民間人の虐殺など……に走る軍人と主人公たちの対立はしばしば見られます。

 他にも様々な、怪物を含むファーストコンタクト系の話で、過剰に暴力を使いたがる軍人や政府と、軍に属さない主人公の対立構造は多いパターンです。

 

 ただし、昔の日本のアニメでは精神論・根性こそが勝利につながることが多いです。

 英米のミリタリSFでも、上述のように科学技術兵器は役立たず、特攻すれば勝つ、となります。

 それこそ「転生チートでハーレム」と同じような、願望が満たされる世界では……

 

『宇宙軍士官学校』では理性が尊重されています。実際に戦い続けているからこそ、理性で戦わなければ負けて滅ぼされる、と。

 むしろ地球人が、理性尊重に反感を覚えている感じすらあります。

 

 逆に『宇宙の戦士』では、クライマックスと言えるのが主人公が厳しい訓練の末、精神が完全に変わってしまった……客観的には洗脳が完成してしまったところです。作者の価値観から見れば、矮小な個人から離れて、より偉大な軍という集団に心も体も一体化することは素晴らしいことだ、となります。だからこそ当時、特に日本で激しい議論にもなりました。

 

 人間は肉体と精神を同時に改造できるのも現実です。

 軍隊の、特に行進訓練。

 原始部族の祭り・踊りもその効果があるでしょう。

 狩猟採集群れ・自給自足村から、精神を肉体ごと変えるための、どのような、おそらく意識していない技術があるのか……

 

『彷徨える艦隊』では艦隊で敬礼の習慣もすたれていたので、ギアリーは敬礼を復活させました。

 

 考えてみれば、多くの宇宙戦艦のアニメでも映画でもなんでも、敬礼があるというのは当たり前です。

 様々な作品の印象的なシーンが敬礼です。特に『逆襲のシャア』の「すまんが、みんなの生命をくれ」や、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』でヤマトに残る沖田艦長に古代が敬礼するシーンなど。

 軍がタブーになった戦後の日本では、敬礼などに触れられる機会でもあったのでしょうか。

 

 

 あまりに合理的だと非人間的という印象になってしまい、嫌われ恐れられることにもなります。

『銀河英雄伝説』のオーベルシュタインは合理的だからこそ、認められていますが嫌われています。それを言うならヤンも合理的なのですが、人間味が強いせいか怪物扱いされることは少ないです。

『銀河戦国群雄伝ライ』の師真も、大虐殺もいとわぬ合理性から怪物扱いされることもあります。それは意図的な部分もあり、先に残虐な戦いをして印象を作って後に兵の故郷に出現するだけで敵軍の兵が家族を案じ帰りたいと反抗させ、敵軍を自壊させました。

 

 

『現実』での、軍事と精神論の歴史も和書として大きいのは思い出せませんが、実際にあれば非常に重要な歴史となるでしょう。

 たとえば、第一次世界大戦では特にフランスが、極端に精神論に暴走していたため、機関銃・鉄条網・重砲の戦争でどれほど多くが死んでも、戦法を変えずに若者を流し込み続けたと聞きます。

 それを言うなら他の軍も同様です。日露戦争やクリミア戦争で、新兵器に古い戦術をぶつけたら膨大な無駄死にが出るだけ、と観戦武官が報告しているし数字にも出ているはずなのに、どの軍も徹底して無視し、若者を流し込み続けました。

 第二次世界大戦での、日本軍の愚劣もあらゆる形で書かれ読まれています。兵站を無視し、めちゃくちゃな暴力が横行し、神風特攻や玉砕という愚行……

 

 精神論には、権力闘争の面も大きいです。文化大革命も、結局は権力闘争を引き金とした暴走でした。

 ライバルを失脚させるための一番いい方法の一つが、ライバルが道徳的に間違った思想を持っている、反体制・反革命・異端だ、と告発することです。魔女狩り。

 それは人間にとってはバックドアのようで、高学歴のはずの人たちがあっさり引っかかり無実の人を破滅させ、無能な人間を出世させるようです。

 だからこそ、どちらも、際限なく高い道徳を求めてしまう。理性を訴える人は先に粛清される。

 本来ならそんなバカなことをしている国は滅びるはずですが……それこそ第二次世界大戦で、軍の大半をスターリンが粛清していたためナチスが当初は楽勝だったように。でも、敵側も同様に愚かだからこそ、結局は国力の勝負になってしまう……というのが歴史の常です。

 

 戦争を命じる、上の方の判断も精神論の問題があります。

 勝ち負けや損得を考えるな……判断の前に道徳がある。

 特に宗教の影響が強いと、合理的な判断とは逆になる。

 精神論が強ければ、実際の戦力がどうであっても、「我々は道徳的に優れた正義の国・軍だ、だから絶対勝つ」となる。武器や食料は忘れる。兵站・輸送を軽視する。新兵器を否定する。

 実際には対話・和平が可能であっても、戦い続けることを目的にする。

 それどころか、戦死者を多数出すこと自体を目的にしてしまい、戦争で勝つことを忘れている。

 そのように、戦い続けている国の判断が根底的に狂ってしまうこともよくあります。

 まあそれを言うと、日露戦争という日本から見て無謀だけれど戦わないわけにはいかなかった戦争もあります……桶狭間も。宇宙戦艦SFはそういう戦いばかりなのだから精神論が正解だ、と言われると……といっても日露戦争もそうだった、で太平洋戦争ではぼろ負け……

 

 敗北につながる、多くの被害を出すにもかかわらず精神論が、『現実』の過去も今も、空想の未来も多い……

 単純に言えば、人類は徹頭徹尾、精神論が大好きだ、と言ってしまうしかないでしょう。

 

 国民をプロパガンダで操作するのは簡単に見えます。

 でも、結局は、国民はしたいことしかしない。

 人が象を操れるように見えて、実は象がしたいようにしているのを人が追認しつつ、人は自分がしたいようにしていると思っている……というのが現実ではないでしょうか。

 人間がやりたい方向に暴走させることは楽。

 人間がしたくないことを人間集団にさせることは不可能。

 ヒトラーは確かに膨大な人を操りましたが、かといってヒトラーであっても、たとえばガンジーの言うことを聞いて全ての人が平等に平和に暮らせる国を作ろうとしても無理だったのでは。あの方向こそドイツ人が望んでいることで、その方向に暴走させることはできたけれど、それ以外の方向は無理だったのでは?

 

 

 そして精神論は、科学の敵です。

 科学……疑う。証拠を求め、反する証拠が出ればどんな権威も否定する。論理・数学にそって考える。実験する。常に不完全であることを受け入れる。

 道徳が、教義が、世間の空気が、偉い人が、権力が、国家の利益が……それらが反対しようと、実験結果、事実の側に立つ。

 それは、精神論、また権力に本質的に憎まれるものです。

 疑うこと自体が、考えること自体が敵。

 権威、古い賢者の本は絶対でそれに逆らうことは罪・絶対の誤り。仏教の本にも、あらゆることはお釈迦様がとっくに考え済みだ、お前の考えは全部間違いだ、と。それはあらゆる宗教に共通します、聖書、アリストテレス、ガレノス、孔子、朱子……マルクス、毛沢東、マルサス、ハイエク……それは権力、軍隊の本質……何度も書いた、指揮官は自分が絶対に正しい神だと全員に叩き込め、と一体化します。

 また科学技術がもたらす、指数関数的な生産量の増大……それも嫌われます。

 物質的な豊かさそのもの、生きること自体さえ嫌われると言ってもいいでしょう。考えること、感じること、うれしいこと、幸せになること、美しいこと、真実を探求すること、それらすべてが精神論の、権力の敵です。

 また現実に、SFという大業界の文化そのものに、科学に対する反感は深く浸透しています。SFに限らず今の日本の、また世界の一番高い思想家から大衆に至るまでも、科学技術に対する反感はとても強く感じられます。

 特に気候変動・環境に関して、科学技術を進歩させて解決する、気候工学などをものすごく嫌い、定常文明とかコミュニズムだとかを求める態度。……燐や銅が尽きたら太陽光発電どころか江戸時代の生活も無理ですけど。

 根本的には、昔からSFの大家にもアニメの側にも、遠い未来人類が滅んで廃墟に風が吹くのが美しい、いい、という感性がありますし……

 

 反科学については以前も何度か触れたと思いますが……

 

 根本的に、科学とは何か。

 科学自体、比較的最近の西洋でできたものです。それ以前には自然哲学として哲学の一部だったり、神話・宗教の一部だったり。錬金術や占星術も昔は科学そのものでした。

 昔から科学と言えたこと。

 世界がどのようにできたのか。

 医学、天文学。

「ものごと」を理解する方法。

 

 近代科学の特徴は、何よりも試行錯誤。誤りを認めること。実験という手法。数学理論。

 圧倒的な力。

 

 だからこそ宗教との長い抗争がありました。今も哲学は科学にケンカを売り続けています。アメリカにおける反進化論もきわめて強いです。もちろん世界各地の原理主義勢力も。

 そして中国でもイスラムでも、発達はしても、近代科学の形にだけはなりませんでした。もし西洋文明がなく、中国・日本・イスラム・インカなどがもう二千年放置されたら、どれかは核兵器や宇宙ロケットを作れたでしょうか……

 中国もイスラムも、「優れた大砲が欲しい」だけでなく、「世界はどうなっているのか」という問いも、色々な形で封じ切った、絶対に考えないように人を作り替えたのです。

 

 精神主義・権威主義、特に共産党政権や警察国家と科学技術が根本的には不倶戴天……

『空飛ぶ機械(レイ・ブラッドベリ)』

 万里の長城に守られた元の皇帝が見た、竹と紙で空を飛ぶ人。楽しみ、好奇心……素晴らしい……だが、それが発達し、石を長城に落として壊すことに使われたら?処刑し、焼き、忘れろ……他の、皇帝の権力の下にない誰かが発明したら終わりなのに。

『化石の蟻(カート・ヴォネガット)』

 ソ連で過去の文明を発見した学者。だが、その遺跡から見える生活も、共産党の現在の権力者が押し付ける理論の通りだと論文を書けと命じられ、嫌と言ったら発見した学者は家族ごとシベリア、発見された遺物も破壊封印……

 

『三体』の冒頭、文化大革命が科学者こそ虐殺した……

 その後も、科学を潰す戦いは、三体人主導でも人間の性から来るものであっても何度も繰り返されます。

 全体を大きく貫く通奏とも言えます。

 

 また史実のフランス革命でのラボアジェの処刑も、単に税関係の仕事のせいだと思っていたら実際にはもっと深く、フランス革命思想と科学そのものが根本的に不倶戴天だったらしいです。

 関係はわかりませんが、啓蒙思想の巨人であるホッブズは、ボイルの真空実験を、実験に基づく近代科学を、真空そのものを激しく否定しています。自分の理論が教会を倒して完全な秩序を作る、だから真空の存在は許さない、と。

 

 SFでは科学技術の抑圧は、特に人工知能・ロボットとの抗争で多く見られます。

 ただ、あまりに科学技術を抑圧し過ぎると、宇宙戦艦文明自体根本的に不可能になる、という問題もあります。

 いくつかは既に検討しています。

『デューン』は過去でのロボットとの戦いから、徹底的に人工知能につながりそうなコンピュータを抑圧し、かわりに人間を色々いじって宇宙航行に必要な計算をさせています。

 他にも多数。

 

『ガンダム』宇宙世紀ではサイコフレーム技術を封印しました。

 他にも作中封印された科学技術は多くあります。

「こんなのを今の人類に与えたら戦火をひどくするだけだ」と個人が判断して大発見や異星人の遺跡を捨てることも多くあります。……お前は全知なのか、今夜『七人のイヴ』のように月が分裂して数年後に地球が焼けることが確定するとか異星人が襲ってくるとかが絶対ないと言えるのか、と言ってやりたいですが。

 

 科学技術が発達しない理由。

『真紅の戦場』では極貧労働者のほうがコストが安いから、としました。

『工作艦明石の孤独』では経済システム、3Dプリンターの特許を軸とした強い星の植民地支配が強いため科学研究・技術進歩が儲からない構造ができた、と。

『ヴォルコシガン・サガ』は星間航行が不可能となって文明水準が低下した……カギとなる技術がなく、また人口・資源が少なすぎると科学技術は維持できない。

『オペレーション・アーク』では、本来はバーサーカー型の敵の探知を逃れるために居住可能惑星で技術水準を落として暮らす、はずが、何人かが好き放題をしたいために身分・宗教の社会を作り上げ、むしろそれを保つために科学技術を重罪としました。

 他にも多くあるでしょう。

 

 そして何よりも、『現実』では、明らかに歴史の多くで西洋よりも発達していた中国やイスラム、また十分に豊かだった東欧や日本などが科学技術・産業革命に至らなかった理由を、膨大な歴史家が研究しています。

 ヨーロッパが統一しにくいこと……ナポレオンもヒトラーも失敗したように。だから、上記のブラッドベリの皇帝のように命令一つで完全禁止できず、コロンブスのように別の国に行ける。

 海が多く交易が儲かる。交易の精神、天文学。天文学はキリスト教の教義……復活祭のための暦、教会の社会システムも。

 偶然。風土。精神構造。

 明の儒教イデオロギー。草原からの軍事的圧力。

 ……とても多様な説があります。

 筆者は十何年か、本を読むたびに「なぜ中国ではなくイギリスが産業革命に達したか」「なぜ先進国の没落中層は自分たちのための政党・思想を作らないのか」「今後、宇宙やエネルギー方面の科学技術は進歩するか」があればメモするようにしています。それを見返しただけでも膨大で……

 

 西洋が産業革命を成功させるまで、多くの文明が「試行錯誤」を禁じたために停滞しました。

 印刷を嫌ったイスラム。文字すら嫌ったインド。

 儒教にこだわった中国。

 ノコギリを使う手は奴隷、ペンとソロバンを使う手は市民と峻別した古代ギリシャ・ローマ。

 象徴的なのが、中国とイスラムにおける天文時計・天文台の破壊です。逆にヨーロッパだけが天文時計・天文台を作り続けました。

 知識を印刷し、貴族学者が試験管を振ることを許した……遠洋航海と戦争を続け、天文観測と大砲の技術を高め続けた西洋だけが、産業革命を成功させたのです。

 

 逆に『銀河英雄伝説』の同盟と接したのちの帝国や『彷徨える艦隊』のシンディックとアライアンスは百年以上戦争が続き、それによってどちらの国も疲弊しています。

『真紅の戦場』など現実の国々の子孫が宇宙で争うタイプのミリタリSFも長い戦争が続いている状態ですし、『老人と宇宙』も結果的に戦争が絶えない状態です。

 適度に競争はあった方が技術は発達する、しかしあまりに戦争が続いているとそれも壊れる……

 また『銀河英雄伝説』や『老人と宇宙』などでは、技術はすぐに盗まれてどこも同じになるため技術では優劣は決まらない、という法則すらあります。ただしコンスー族は別。

 

 科学技術が軍事力につながるか、も問題です。

 宋やイスラム帝国は、圧倒的に高い科学技術と生産力があったのにモンゴル帝国に滅ぼされました。

 中南米先住民帝国はけた外れに高い水準の暦があったのに、それは戦争や医療の技術に結びつかず、少人数のスペイン征服者に滅ぼされました。

 日本の和算も水準は高かったとしても、黒船の大砲の前では役に立っていません。

 他にも前述のように、『ヤマト』の波動砲艦隊の全滅など、科学技術に頼って物量を増やした軍はあっけなくやられるものです。

『火の鳥 未来編』も科学、コンピュータに頼れば滅亡だし、猿田博士の人工生命の研究も無駄だ、と雄弁に叫びます。

『銀河英雄伝説』でのヤン、おそらく作者の重要な信念として、ハードウェアに頼っては勝てない、ソフトウェアで勝つ、があります。ヤンはその洞察でイゼルローン要塞を落としました。

 

 マット・リドレーの、科学は産業革命と関係ない、マンハッタン計画・アポロ計画のように国が金を出して科学を進歩させようとするのは間違っている、徹底的に市場に任せろ、という声も根強いものです。

 

『銀河英雄伝説』『彷徨える艦隊』では、それこそ暴虐帝国が科学を抑圧し、その結果自由に科学研究ができる民主主義の側が圧勝してもいい気がしますが、そうはなりません。

『現実』でも長く、ソ連の方が科学は進歩していると宣伝されましたし、スプートニクショックもありました。長期的には冷戦の終わりのように、ある種の科学技術はソ連では停滞したようですが。

 2023年の今、中国とアメリカはどちらが科学に向いているのか、どちらが経済や軍事で勝つのか、見えなくなっています。アセモグルらは西洋の自由民主主義が勝つと言っていますが、今の現実は……

 北朝鮮のミサイル実験でわかるように、かなりひどい帝国でも、特定の軍事に必要なだけの科学技術はなんとか維持できるようです。

 また、自由惑星同盟には何か、科学技術の進歩を抑圧する要因があったのかもしれません。

 

 科学には、特にスティーブン・ワインバーグが強調した、美であり、好奇心であり、科学そのもの、究極理論が目的、目指すべき価値なのだ、という考えもあります。

 ただし特に今の『現実』はそれは説得力が低いようです。経済が優先で。さらに先端科学の実用応用が皆無であることが続いて。

 あらゆる文明の神話や宗教は、世界の由来の説明も含みます。それほど人は本来説明したがるものであり、ある程度前述ですが世界の由来を知る……『マップス』『ファウンデーション(の続編)』などの探索系の話も多くあります。他にも上述の遺跡探索などいろいろな探求があります。

『宇宙船ビーグル号』『砂漠の惑星』『ソラリス』はほぼ純粋に科学探査を目的とします。『スタートレック』もほぼ純粋に科学探査です。

 逆に中国文明はある意味伝統的に、「われわれはどこからきたのか」という問いを考えることも完封しています。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝も誰もその問いは考えもしません。

 

 もうひとつ、「科学」という言葉が科学を弾圧する、精神論になってしまうケースも『現実』にはあります。

 科学、それ自体がキリスト教と同様の権威、絶対に正しいものになってしまった。

 だから、経済的自由主義……近代経済学は、数学を使っている、科学だ、だから絶対に正しいのだ。アイルランドで百万人餓死させても。

 マルクス主義、われこそ科学的だ。だから非**的科学、進化論とか量子論とかあれこれは絶対間違っている、人民の敵、シベリア送りだ。ルイセンコ生物学で何千万人餓死しても。

 ソ連は相対性理論も量子力学も、ニュートン力学さえも許さなかった。水爆どころか飛行機さえなぜ飛ばすことができたのかわからない。ナチスドイツも相対性理論をユダヤ人科学だと否定した。

 

 

 足を止めるか否か。

 より遠くへ行きたい。より深く知りたい。

 数々の文明が、その足を止めました。

 明は鄭和の航海をやめ、記録も焼きました。どこまでも行こうとしたエンリケ航海王子とは対照的に。

 筆者が知らない鄭和や、航海をやめるよう皇帝を説得した明の高官が、トルコにもいたのでしょうか?

 コロンブスと同じ風を持っていた、現在のスペイン・ポルトガルを支配したイスラム帝国にも?

 インドにも?

 日本にも?

 

 日本では源実朝が船を作り、それが浮かばないことに絶望したことを聞いたことがあります。

 トインビーが言う、文明が崖の途中で横たわってしまう、スパルタやイヌイットのようなあり方はそれでしょうか?

 

 文明競争の勝敗…その一番深い部分は、「足を止めるか否か」にあるのでは?

 

 そして今の地球人こそ、足を止めたのでは?

 アメリカのSSC。

 日本もILCはどうでしょう?

 

 精神論と、合理的な戦法。科学技術投資。

 人間はあまりにも精神論を好んでしまう。

 群れの中で道徳比べをし、道徳に劣る罪で処刑して権力を得る、それがあまりにも勝ててしまう。それ以外は破滅になる。大衆も精神論を好む。

 でも、精神論の結果は……

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