宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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どうしても人種などについての言葉が多く出ますが、差別の意図はないつもりです。


身分・宗教

 人類の社会を作っているのは、身分です。

『現実』の先進国にもある見えにくい、最大の身分は「性」と「成人」です。その延長に「禁治産」や「心神喪失」という近代法の重要な身分があります。「法人」も近代システムを支える身分です。

 SFは身分に、種族の違いがあります。『現実』における人種との対応関係が常にあります。

 

 身分や人種の話になると、人間の非論理性・非合理性がとても強く出てきます。

 逆に、身分がある帝国などの内在的な考え方・感じ方なども見えてきます。

 人間は合理的ではないところが多いですが、だとしたら何でしょうか?また一見合理的でなくても、それは進化してきた狩猟採集生活の先祖にとっては合理的だった、という進化心理学の観点もあります。

 合理に徹し、「天才は少ないがほぼ決まった率で出る」かつ「天才による進歩は隔絶した力になる」と考えれば、とにかく全員を教育するのが正解。さらに「戦場や市場には人の予測を超えた才能が生じる」も加えれば、もっと身分を無視するべき理由になる。

 

 古来、『現実』の人間は身分によって統治されてきました。

 洋の東西どころか、関係がなかったはずの中南米も栄えていた地域は、皇帝・貴族・奴隷・宗教・巨大建築の帝国でした。

 人を分ける。分類するという、人間の根本的な思考法。

 まず、「自分たち」と「それ以外」。多数の「自分たち=群れ」が集まって大きい帝国になります。

 普通なら、それこそ『三体シリーズ』の暗黒森林。どの「自分たち」も安心のためにも欲望のためにも、また神の命令としても、「自分たち」以外すべてを皆殺しにしようとします。また「自分たち」にその気がなくても、「別の群れ」がその気かもしれないので予防のために滅ぼしておきたい、となります。

 でもそうはなりません。

 ハラリがいうストーリー。巨大な物語で、多くの異質な群れ出身の多くの人たちが協力する。協力して征服し、治水建築を行う。

 法や宗教。

 また、以前も言いましたが『火の鳥 黎明編』のナギとニニギが見た蟻……皆殺しの方がさっぱりする。が、地球人、ホモ・サピエンスという種は、それが効率が悪い。

 働けるようになるまでの年月が長すぎる。『銃・病原菌・鉄』で様々な動物の家畜としての素質を分析し、ゾウなどは力は優れているしおとなしいが、成長までの時間と食料が多すぎる……ヒトも実は同じ。

 また、人類はストーリーを使ってあまりにも容易に服従させることができる。人を服従させることの喜びも大きい。

 だから、皆殺しより服従させることを好んでしまう。

 征服した他種族のすべてを幼虫の食料とする『時空大戦』の昆虫種族とは、生理が違う。考えてみれば蟻も、滅ぼした赤蟻の卵も幼虫も餌にできたから黒蟻はすぐに繁殖できた。

 ……南北アメリカの比較、皆殺しの元イギリス領と奴隷化混血の元スペイン領の対比を考えれば、皆殺しの方が得ではとも……正義感情ではどっちがひどいとも……

 そして服従させた人々の扱いとして、「劣る身分」として世襲で固定してしまうのが特に好まれる。身分を階段状ピラミッドのように積み、法制度と統合することで、統治がやりやすくなる。

 人を群れに分け、群れぐるみ上下を定める。その上下を世襲させる。財産の相続という、多く見られる自然な心理とも融合させる。

 

 別の「身分」として、生産・生活のスタイルもあります。

 たとえば農耕民と騎馬民族の違いは巨大です。

 また農耕帝国の中であっても、武人、宗教、学者、官僚、商人、工業(特に鍛冶)などもあります。

 水に関係する人たちも独自の身分、民族に近い集団を作ることが多いです。また鉱業なども。

 日本での、どこまで真実かわからない話ですが山で狩猟・木工などをする民などの話も。また芸能や忍者なども実質別民族という話があります。それは日本では、被差別部落民というとても卑怯な問題にもつながります。

 上述の棄民も身分といえるでしょう。

 身分というか人間集団には経済の面も大きいものです。

 近代社会であれば通貨で誰とでも買い物ができます。しかし、それは経済の例外的な面です。

 近代でも、企業間の素材や部品の売買は、取引と信頼関係がなければ、貨幣だけでは無理でしょう。

 同じ貨幣でも別の国の通貨では買い物ができません。国が崩壊していれば自国通貨でも買い物ができません。

 信頼関係のある群れの内部でなければ買い物や借金などはできないのが普通です。群れの壁を越えた交易や借金には特別な、ある意味通訳、壁に空いた門が必要になります。

 身分の高低はすぐに財産の多少に結びつきます。逆に金で身分を買うことも可能です。

 カースト制度は身分と職業の結びつきがとても強いものです。近代以前では普遍的なギルド、職業参入規制は、職業と身分を一体化させます。親戚などでなければある職業につくことができず、また職業で結ばれた人が連帯意識を持ちます。それは後には労働組合になったとも言えるでしょう。

 

 身分は法、国家制度としても重要でしょう。

 日本にも士農工商があり、維新後も皇族と華族制度がありました。財閥や寺も実質的な貴族となりました。地主という階級も重要でした。

 中国でも、古代ローマでも、近代ヨーロッパでも、さまざまな身分がありそれが歴史を作ります。

 ミリタリ系SFやその元となる海洋冒険小説などでは、イギリスにおける士官と兵~下士官の別、労働者と資本家の身分の別そのものが見えます。

 教育が違い、精神構造が違う。逆に抜擢されて上の身分になってそれでやっていくには、上の身分のマナーや思考法も身につけなければならない。

 

 身分でストーリー上特に重要になるのは、恋愛や結婚です。

 上述の『スコーリア戦記』など敵同士、また数多くの身分違い。身分に差がある恋愛は反対されますし、高い身分の者には婚約者がいるものです。

 強引に結婚しても価値観などの違いで苦しみがあります。『彷徨える艦隊』のデシャーニは、英雄の妻であること、自分の実力が否定されることに苦しみ続けています。

 

 身分には魔術、宗教の面が、強大でありつつ隠れていることも重要でしょう。

 カースト制度は徹底して「穢れ」の論理でできています。日本の被差別部落問題も。

 女性差別も、たとえば生理に関係する血や出産のときに出るものなどが「穢れ」とされることもあります。逆にそれらは、けた外れに強力な魔力を持つ、神聖といっていいものでもあります。

 原初的には神に善悪などない、力そのものに対する恐怖。それが強いからこそ、「穢れ」とされてしまう。

『天冥の標』は、病気に感染したかどうかが、身分となってしまったと言えるでしょう。

 

 

 女性、それ自体地球人ではほぼ普遍的に低い身分とされ、多くの苦しみがありました。

 SFの歴史とフェミニズムの歴史は手を携え、奇妙な進歩を続けてきました。

 SFそのものとして、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアやアーシュラ・ル・グインら性を題材にした作品の歴史も十分に大きいものです。

 戦艦で言うなら、昔のスペースオペラは徹底的に男性のものでした。白人、上流階級や都市上層、男性。天才博士とオリンピックメダリスト級の身体能力を兼ね備える。

 それに、紅一点が混じることが多くなりました。『レンズマン』のレッド・レンズマンことクラリッサ、『ヤマト』の森雪、『サイボーグ009』の003、『クラッシャージョウ』のアルフィン。

『ヤマト』では雪以外の女性は徹底的に排除されます。『3』では途中まで何人も乗艦していたのが下船したほど。

『銀河英雄伝説』の同盟さえ女性軍人はいますが艦隊指揮官級はゼロ。

『スタートレック』で徐々に女性士官や黒人士官が増えていきます。TOSのウフーラ、黒人女性ブリッジクルーがどれほど革新的だったか。アメリカのドラマの歴史でも大きな壁破りでした。さらに女主人公、黒人主人公と壁を破り続けます。

『紅の勇者 オナー・ハリントン』こそ、女艦長を主人公とするミリタリ系スぺオペとして注目されました。『スコーリア戦記』のソズも強い女主人公です。

『宇宙の戦士』でもかなり重要な戦闘員に女性がいます。

『ヴォルコシガン・サガ』もコーデリアがある意味女主人公で、女傭兵のエリ・クィンを主人公とした話もあります。特に男性的な価値観が強いバラヤーで、コーデリアに近い先進的な価値観の主人公たちは苦しめられます。

 近年のミリタリスぺオペは、特に主人公の男性比が高い気がしますが……

 そして『叛逆航路』。性を区別しない文明であり、すべてを「妹」「娘」「彼女」と扱う言葉が奇妙なイマジネーションを産む衝撃的な作品。

 

 売春も本来は非常に大きいテーマなのでしょうが、あまり思い出せないのが正直なところです。

『マルドゥック・スクランブル』のヒロインは少女娼婦であり、その複雑な心的外傷が話の軸です。

 神殿娼婦というものがあり、また女郎歌舞伎・出雲阿国があるように、魔術の世界にも通じるものがあるのでしょうが。

 

 性、という問題を言うなら罪、不倫や同性愛も重要になるでしょう。

 性についての罪は人間にとって根源的です。浮気に対する嫉妬、激しい怒り。どうしても継子の死亡率が高いことを統計が告げる。

 逆に南洋では、というファンタジーも作られましたが、それも今では疑われています。

『銀河英雄伝説』のルドルフが激しく戦った四悪に同性愛もあります。だからこそ支持されたこともあるでしょう。性道徳を法として厳しく取り締まれ、残忍に罰しろ、というのは、人間にとって最も人気のある政策の一つなのです。被害者なき犯罪だからこそ、根源的には神が怒って洪水や疫病をやる、と。『オイディプス』でも近親婚があったから天罰として疫病が発生し、それを解決しようと話が動いたのです。

 同性愛を罰する政策は古来も、今の『現実』でも重要な政治問題となっています。旧約聖書から死に値する罪でした。アラン・チューリングの悲劇は、その巨大すぎる才能と功績を思うと……。現在のイスラム圏やロシアも同性愛を厳しく罰しています。

 日本は本来寛容でしたが、明治政府はなぜか性についてキリスト教道徳をそのまま真に受けてしまったようで、日本の保守派は極端に同性愛を嫌います。

 ソ連も同性愛を厳しく弾圧しました。

 現在のロシア軍の話題として、ロシアの刑務所におけるカースト制度の解説もありました。それは同性愛を区別の鍵とするそうです。

 それこそ刑務所こそ、ニカラグア手話が言語の自然発生であるように、身分制度の自然発生と言えそうです。

 他にも軍に代表される男性集団は、同性愛に対する憎悪・禁止が強く見られます。同時に同性愛強姦を利用した支配構造も常にあります。

『無責任三国志』の異性装者や同性愛者を共通点にする艦は、扱いはギャグ気味ですが「強い異端者」を基盤とする一勢力の特徴でもあります。

『ヴォルコシガン・サガ』でもアラールがバイセクシャルだった、というのが最近出てきています。

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)』も女性同性愛と、男女の夫婦でなければ船に乗れない因習を中心にしています。

『銀河遊撃隊(ハリイ・ハリスン)』の同性愛オチこそ、男性中心的なスペースオペラを皮肉るものです。

 同性愛とSFの歴史、それもまた大きいテーマになるでしょう。

 

 SFでは種族があり、『現実』には人種があります。

 人種は実際にはそれほど大きな機能差ではありません。上述のトバ・カタストロフ……地球人の遺伝子は、狭い範囲のチンパンジーと比べても驚くほど均質です。ヨーロッパ人と南太平洋の人はすぐに交配可能でしたし、文字を教えることも、赤ん坊から育てれば同等の能力にすることも容易でした。

 しかし、知能や運動能力、社会性ではなく、外見が違ってしまうのが地球人のある意味呪われたところです。

 ただ、たとえば古代ローマでは人種差別がそれほど厳しいという印象はありません。逆に、イスラム帝国も多くの黒人奴隷を輸入した歴史がありますが、明らかに黒人やその濃い混血が上層に多くいることはありません。

 同じヨーロッパ人でも、中南米などのスペインなどは先住民や黒人との混血が多い、逆に北アメリカのイギリス系は混血を極端に恐れ、混血児を相続人・正規市民と認めず、混血自体を厳しく禁じ、ワン・ドロップ・ルールという狂気の沙汰すらあります。DNA鑑定すると結構多く黒人の血は混じっているそうですが。

 先住民や黒人の奴隷化。それは、砂糖、後に木綿やタバコ、さらに後にはジュート・ゴム・アブラヤシなどのプランテーションという生産システムが西洋経済の根幹になったことも重大です。

 だからこそ、キリスト教も啓蒙思想家も、あらゆる言葉を尽くして奴隷制を擁護しました。ただし、奴隷制が最終的に廃止されたことに、キリスト教や報道、思想の力も小さくはありませんでしたが。善だけではないし悪だけでもないのが人の常。

 その後も人種は、民族主義という人間の悲惨な伝染病とも融合して西洋人の多くにとって強烈な恐怖となりました。二十世紀前半の、SFの大古典を含む人々の不安と恐怖に満ちた知識人の言葉では人種に関する恐怖がとても大きいです。混血が増えてしまう、血が汚れてしまう、それが西洋文明を滅ぼしてしまう、という妄想。それはナチスドイツという空前の惨事にもなりましたが、フランスやイギリスでもものすごい妄想と恐怖は蔓延したものです。

 異星人など種族が違えば、それは実際にとても大きい差になってしまうでしょう。それでも融和しようとする人と差別を保とうとする人、という構造が多くの作品に出てきます。

 

 また、フランス革命……身分を否定しようと起きた大きすぎる事件。その傷から、各国は身分そのものが正義だと保守化を深める。しかし産業を強めなければ軍事力が弱まり負ける、産業を強めるには身分制度など古いままではうまくいかない、というジレンマ。

 西洋近代に対抗しようとした各国の苦労をこれまで多く見てきましたが、それこそ欧米各国も同じように苦労してきて、多くの国は失敗しています。

 

 身分は体制そのもの、人間社会そのものでもあります。

 それは栄枯盛衰そのものでも重要でしょう。

「社会的解体の絵すがたを一貫する法則とは、そのくずれゆく社会が、反抗心に燃え立つプロレタリアと、次第々々に支配力の衰えゆく少数党へと分裂することであります(J・トインビー)」

 とあるように。

 

 宇宙戦艦作品も多くの帝国があり、身分があります。

 様々な種族、星があれば、それもまた身分につながります。

 種族の違いは、そのまま人種の違いをもっと極端にしたものでもあります。交配可能であることも結構ありますし。

 

『銀河英雄伝説』の帝国の身分制は深く設計されています。

 弱肉強食を信じ、福祉を廃し、退廃と戦うとして政権を得たルドルフ。

 優れた者は優れた遺伝子とし、さらにルドルフ個人の趣味としてゲルマンの遺伝子と文化が優れるとしました。

 結果、純粋な能力主義にはできませんでした。また人種差別と身分も統合されました。同盟の初期に東南アジア系の名があり、また同盟の重要人物には世界各地の非白人の名や容姿があります。帝国の主要人物は当然白人となります。

 当然強い女性差別にもなり、ヒルダなどは型破りな存在でした。

 身分は法もゆがめる……ラインハルトの母が事故死した時、犯人は上の貴族だったために裁かれず、それが父を壊しました。ラインハルト自体も不公平を憎んで戦いました。なぜか貴族身分の全廃まではいきませんでしたが。

 

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国はきわめて多様な外見の異星人がいて、その中でヒューマンを高め非人間を低めることが帝国の根幹でした。

 それでも、スローン大提督は非人間でありながら圧倒的な能力ゆえに出世しました。ダース・モールやジャバ・ザ・ハットの存在もあります。

『ヴォルコシガン・サガ』のバラヤーはヴォルという貴族の社会です。中央で特別な立場の母親を持つイワンも、地方領主である親戚に結婚関係の裁判で面倒を見てもらいました。ヴォル独自の武断的・男性中心的な文化もあり、マイルズらは苦しめられています。

 またセタガンダ帝国はきわめて奇妙な、遺伝子工学を重視した身分制度を作っています。武力をふるうゲム貴族の妙な低さなど。また『遺伝子の使命』でエリが接した男性のみの星、宇宙生活のために作られ廃棄されそうになったクァディーなど、さまざまな遺伝子技術で作られた住民が暮らす様々な星があります。

『七人のイヴ』では、遺伝子が失われ女性数人だけになった人類は、その女性の遺伝子をいじくって普通に男も女もいる大人口に再生させました。

 

『ガンダム』ではまず宇宙世紀が、スペースノイドとアースノイド、という新しくできた身分により半分が死ぬ激しい戦争になりました。中からニュータイプという新しいものができかけましたが、それは結局潰されたようです。

 遺伝子の違いではなくても『W』は地球とコロニーの対立があります。

 技術が身分に加わるとより厄介になります。遺伝子改造、ロボット、サイボーグなど。

『ガンダムSEED』では遺伝子改良で作られたコーディネーターとナチュラルの激しい戦いが描かれています。

『星界シリーズ』のアーヴは宇宙対応のための遺伝子操作をされています。だからこそ敵は絶滅させなければと戦っています。主人公カップルの関係にもその技術は関わるでしょう。

『スコーリア戦記』では遺伝子改良により、知性だけでなく善悪さえも作り変えられた貴族の脅威があります。善悪、それ自体が作り変えられる……それほど恐ろしいこともないでしょう。

『サイボーグ009』の主人公たちの苦悩は、もはや純粋な人間ではないことも大きいものです。

 

 人を改造することが身分を作る……『現実』であっても、宦官・纏足・割礼・女児割礼・入墨・焼印などは十分に人の改造です。手枷、いや頭の毛を剃るだけでも。拷問や訓練とも近い話です。

 宦官は東西を問わず大帝国で政治に大きな影響を与えます。日本にもヨーロッパにも宦官がなかったことが不思議です……それは近代化と関係があるのか、とも思えます。

『銀河戦国群雄伝ライ』の新五丈にも宦官がいます。

『デューン』の人間改造はきわめて奇妙なものです。

『スターウォーズ』のユージャン・ヴォングは極端に自らを改造し激しい苦痛に耐えることを誇りとします。考えてみればジェダイもある程度改造を受けていると言っていいでしょう。

『叛逆航路』では元人格を完全に破壊するインプラントを含む様々なインプラントがあります。

『若き女船長カイの挑戦』でも脳直結型のインプラントが重要であり、ヒロインは入れ直すことをとてもためらいます。

『ローダン』の細胞活性装置は、それ自体がある種の人体改造であり、ものすごく特別な少数の身分というべきでしょう。

 

 身分としてのロボット、それもそれこそ元祖『ロボット(R.U.R.)』から労働力、奴隷として作られたものです。上述のように『鉄腕アトム』など身分や虐殺に至る悲哀、ロボットと人間の争いが多く描かれています。それはフランケンシュタイン・コンプレックスとも言われます。

 

 地球とコロニー・植民星の対立。『ガンダム』の多くや『スーパーロボット大戦OG』、『月は無慈悲な夜の女王』『航空宇宙軍史』、目立ちませんが『火の鳥』のいくつか、『老人と宇宙』などでも重要でしょう。また『銀河英雄伝説』のシリウス戦役。

 それらは史実のアメリカ独立戦争、またその後のいくつもの植民地の独立闘争を下敷きにしています。さらに後述のユダヤ人の抵抗さえ絡んで、多くの物語が西洋人の底にあります。

 

 格差からくる、おそらくそれほど古い歴史はない身分は『真紅の戦場』『レッド・ライジング 火星の簒奪者』などで丁寧に描かれています。

 身分を維持するための様々な努力もあります。

『真紅の戦場』では、実際には最上位には成りあがった人も複数います。あまりにも激しい権力闘争は、身分だけ、教育だけでは生き残れないほどでもあるのです。

 身分制度が長く強くなると、上位は能力を落とすという問題もあります。

『銀河英雄伝説』でも多くの無能な上級貴族がいます。

 身分、さらに宗教・呪術の面もあると、たとえば下の身分は上の身分の身体に触れる事が罪、というか目で見ること、言葉を交わすことなども罪、と隔離がどんどん激しくなるものです。

 そして徹底的に隔離された皇帝の子は、何も知りません。それが正しい統治などできるはずもないでしょう。愛も知恵も知らぬ怪物となりはてたエルウィン・ヨーゼフ二世のように。

『銀河英雄伝説』のフリードリヒ四世は若いころ継承候補ではなく乱行をしていたからこそ、ある程度人間を知っており、だからこそ結果的に大成功できたのでしょう。何もしなかったことも処世術である可能性もあります。

 

 現実に身分で社会が作られている、しかし身分が強くなると腐敗につながり、それが帝国の弱体化・滅亡にもなる……それがどうしようもないジレンマでしょうか。さらに、普遍的道徳・宗教、科学的事実が平等を命じるのも身分制維持のためには邪魔です。

 それこそプラトンが、それを解決するために変な社会を構想しました。スパルタという手本がありましたが、あれはまさに支配者こそが奴隷になっているとトインビーも指摘したものです。

 違う存在に対する恐怖と憎悪、おそらく魔術レベルでも。それが人間の本質に刻まれていることは確かでしょう。『三体シリーズ』の暗黒森林のように全知的生命普遍かまではわかりません。

 特に地球人は、他者を見るとすぐに同じこと……滅ぼすか、奴隷化するかしたがる人たちが常に出ます。

『造物主の掟』では身分社会を作っていた機械生命を搾取したいという地球人の策謀を、ペテン師が普遍的な法を与えて蹴り飛ばしました。

『ネアンデルタール・パララックス』では科学実験でつながった第二の地球のネアンデルタール人を皆殺しにしようとして自滅した人がいました。他にも犠牲がいます。

 

 

 身分として興味深い社会システムに、使用人や従卒があります。

 高い身分の人は、生活のための労働として人を使います。

 それがステータスシンボルにもなります。

 古代ギリシャでは、妻子と奴隷がいる「男」が、自由民としての最小単位でした。

 個人のように見えて、実際には十人は軽くいる集団の代表でもあります。

 武士や騎士も、特に遍歴騎士は馬に乗り鎧を着た一人、というイメージですが実際には馬一頭にある程度の歩兵を連れていなければ戦えません。

 反面、たとえばイギリスのパブリックスクールや士官学校などは、使用人が尻も拭いてくれる生活ではありません。

『銀河英雄伝説』では幼年学校生徒が士官の従卒となる慣習があります。それは帝国の提督たちにとっても重要な存在です。ロイエンタールを看取ったり、ラインハルトの重要な支えだったり。

 江戸時代でも明治時代でも日本でも、武士一人・官僚一人が生活し仕事に行くのに、常に複数の使用人が一家ごと必要でした。武士の場合には槍持ちなど。時代劇の同心・岡っ引きも足軽身分でありながら、家では妻子と使用人があり、岡っ引きならかなりの数の手下を率いているものです。

 それは古代ローマ帝国でも、近代のイギリスでも、本当に世界のどこでも同じことです。

 乗馬でも馬車でもそれ自体に何人も労働者が必要です。貴族の贅沢品だった時代の自動車は維持するのに専任のメカニックが必要でした。

 家事、洗濯も裁縫も、洗濯機も東南アジアの労賃が安い工場もありません。

 暖房や料理それ自体、薪を割るというとんでもない作業が必要でした。

 それを変えていったのは、洗濯機・自動車・電気やガスをはじめとする家事や交通など生活にかかわる技術の進歩でもあります。

『銀河英雄伝説』のルドルフの人力主義は、それを逆転させたのでもあります。

 

 昔の身分社会などは、そのような技術的な理由も大きくあったのです。

 

 生産は奴隷と、特に昔はつながる……国民である、奴隷でない、それだけで十分特権階級でした。

 というか、古代では奴隷でないこと自体が異常な特権です。いや、今の世界でも奴隷でない人の比率はどうでしょう。

 古代ギリシャ、その影響が強いローマやヨーロッパでは、奴隷であるか自由民であるかが重大でした。中国でも奴隷制はあったはずですが、そういう問題にはなぜかなりません。

 インドは輪廻といううまい逃げ道を見つけたようです。

 

 職業と身分でいえば、特に「武士」「騎士」とイスラムのそれに近いものには、武装、特に馬と地主という階級がつながっています。それは独特の、武人道徳というべきものも発達させます。

 実際にはいろいろな作品の銀河帝国の身分も、武装地主によってできたシステムをそのまま使っている面も大きいでしょう。

 それこそ『ヴォルコシガン・サガ』や『ギャラクシーエンジェル』は剣と馬に落ちた文明の身分がそのまま使われています。

 ヨーロッパが産業革命に成功し、日本がその模倣に大きく成功したため、「封建制」が必要だという人も多くいます。

 

 貴族制度=武装地主に所領を分ける。イスラムなどでは、馬を維持できる最低単位。

 その本質にあるのが、距離と時間。

 平安時代後期に日本がばらばらになったのは、日本が山・森・海が多く、交通がとても不便だということがあるでしょう。それこそ新幹線で東京から名古屋まで走れば、海に達する険しい森山を貫くトンネルを何度くぐることか。

 将軍にとって、信用できる軍が、攻められてから何か月も後に来ても意味がない。だから遠くの所領は当てにしても仕方ない。

 地方の農村は、守ってくれない中央政府をあてにせず、自分たちで護身しようとする。自分たちで武力を整える、ならば中央からの徴税官を排除する。地方が独立国になる。

 独自に武装した勢力ができ、中央はある意味妥協として、その頭を特別な武人身分として遇することになる。交通も不便になれば、産業も自給自足的になり、独自の文化が生じ、最悪言語も違って別の国になる。

 日本もヨーロッパも、武装貴族が生じるのは、交通が割と不便な地形があるからでしょうか?統一しにくい、ナポレオンもヒトラーも失敗したように。

 武装貴族とその道徳、その法が近代化や勤勉の重要な要因だったとも言われます。成功したのがまずヨーロッパ、そして日本でしたから。

 

『銀河英雄伝説』の貴族は、星を領有しているようでもあります。また工業など高度産業の権利もある、資本家の面もあるようです。

 星を領有していると、星を守らなければなりませんし、また皇帝に対しても自分で軍を編成して義務を果たさなければならないでしょう。

 そのときに、常に距離の暴虐があるでしょう。以前検討した、ある程度行き来が困難な閉じた地勢、また帝国首都で宮廷闘争をして代理人が強くなるか、それとも地方経営に力を入れるかわり首都星に常駐しないので贅沢と宮廷闘争で弱くなるか、というジレンマ。

 

 

 さらに宗教や教育、読み書き自体も身分を作ります。

 教育と身分も厄介な問題になります。

 かつては、身分が低い者・奴隷を教育しない、という方法も取られました。アメリカで黒人奴隷に読み書きを教えることが罪だったことは有名です。

 女性を教育するな、という道徳感情は『現実』でも多くの作品でも強いです。『銀河英雄伝説』のヒルダも嫌われ、多くの作品で女性学者・女性士官は壁に苦しみます。

『現実』で大きい勢力となっている武装勢力は女性の教育に反対することを主張し、アフガニスタンも結局反女性教育の原理主義が完全勝利しました。

 自分たちで教育を抑圧する、貧困の文化もよく言われます。アメリカの黒人や貧困層の社会は、勉強や読書を好む優れた子に勉強するなと命じダメにしてしまうそうです。

 しかし、戦争にも産業にも、どんどん高い教育水準が必要になっていきました。教育で国家に洗脳した忠実な兵は強すぎました。

 読み書きは教育しなくても、宗教を教育することは絶対の義務でした。それは当然高水準な思考、反抗を含む物語につながります。深く神を信じ道徳性が向上した奴隷は、それこそ善を行えば殺されても神が天国で報いてくれますから死刑が脅しにならない。……アホ。奴隷にキリスト教を教えること自体が奴隷制どころか身分制度も最終的には滅ぼすと誰か気づけ。

 教育し同化する、特に人種がある場合は実に厄介になります。

 学べば上がれる、という希望を与えつつ、最大限に学んだとしても生まれによる差別、低い存在であることは消えない……どうしてもそうなります。

 最大限に学んだガンジーは差別され独立を訴えました。

 

『叛逆航路シリーズ』は征服後の社会も広く描かれ、下の身分にされた人たちが反抗したり、別の下を抑圧したりする姿が丁寧に描かれます。

『ヴォルコシガン・サガ』でマイルズが地方の教育に力を入れたことも上述です。

 中国では科挙があり、身分が低くても学べば上の身分になれるのが建前でした。だからこそ多くの人が学ぶ社会になりました。

 西洋では特に軍が上昇の入り口とされます。

 学問、中国では四書五経など昔の聖賢の書、西洋では古代ギリシャローマの古典や聖書などの読み書きを学ぶことが、特に上層が身につけるべき学問であり、それが成長し政治にたずさわるようになっても役に立つと皆が思ってきました。

 日本の江戸時代でも誰もが学問をしました。下層でも寺子屋があり、武士は四書五経の読み書き、和歌や漢詩、武道も学びます。それは出世にもかかわります。公家も学問が仕事だとされました。

 そして明治維新後も、それこそ学問が出世につながるし、富国強兵にもつながると、政府も普通教育を行い民も励みました。

 その学問には当然、製紙製本などの技術や産業も関わってくるものです。

 

 支配、高い身分の根拠を道徳とすることも多いですが、それも同じように問題になっていきます。道徳が高い人がなぜ奴隷を抑圧するのか、と。

 逆に、高い身分が腐敗してしまうことも多くあります。

 貴族の子弟が、実際に九九もできないのに要職についたら、軍も社会も崩壊せざるを得ないでしょう。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝はフレーゲルもそこまで壊れている感じではない……自力で歩け、意味が通る会話はできています。

 また勉強しても科目が壊れていることも……科挙のように。

 身分そのものと道徳の関係も深いです。特に輪廻を入れれば、それ自体を道徳の話にできます。人種自体が道徳との関わりが強いものです。

 高い身分が高い道徳を要求される、また身分制度を守ることそれ自体が道徳である、ということもあります。たとえば奴隷制・農奴制は、地主の誰かが裏切って逃亡奴隷をかくまい自由を与えることをしない、という道徳がなければ崩壊します。

 

 教育されることには学問も、また文化もあります。

 文化、詩歌や音楽、絵、踊りなどは人の楽しみであると同時に、古来は魔術でもありました。

 だからこそ厳しく規制されもするのです。

 文化は、『マクロス』のように人をひきつけ、また強大な力を持つこともありますが、だからこそ統治者から見れば危険なのです。

 明治維新の前に江戸幕府を壊したのが「ええじゃないか」、踊りと天から降った札の俗信である……それは政府にとってトラウマなのか、今でさえ踊ることについての刑法の厳しさは時々問題になります。

『論語』などでも、音楽が乱れたことが亡国だ、と孔子などは感じます。音楽は神に関係することで、それを間違えたら国家規模の大魔術の失敗と同じく大災害にもなる、と。

 だからこそ、文化を保守的にしなければならない、と人間は常に感じ、厳しく取り締まります。江戸時代の三大改革は文化規制が非常に厳しいものでした。

 文化を弾圧する政治の動きは常にあります。

 身分は国の秩序、国がよく統治されていることで、そのためには文化が正しくなければならない……ルドルフが退廃を憎んだ、またナチスドイツもソ連も中国共産党も文化を裁き弾圧したのも、人間の普遍的な感情でしょう。

 

 身分と学問、文化、道徳、宗教、法……実に複雑にからみあって社会を、国を作っています。

 

 

 もっと前にやっておくべきだったでしょうが、『現実』における主要宗教の歴史をここでまとめておきましょう。

 宗教の面から世界史を見ると、ユダヤとその延長+仏教=四大宗教という、奇妙な(地域を支配する帝国と一体化した、その帝国の支配種族の古来の信仰の延長ではない)動きの方が合計すれば世界の大半、という首をひねる話になります。それだけ宗教は移動することが多く、宗教の殻となる帝国の興亡が激しい、ということでしょう。

 コロンブス以降の、本来存在した南北アメリカ大陸やオセアニア、ハワイ、アフリカなどの宗教の無惨な消滅も忘れるべきではないでしょう。

 

 たいていの地域は、多くの都市国家が乱立し、特に大河を中心とした大文明が成長しました。

 そこでは大規模な神殿が作られ、同時に治水が行われました。

 人間の多人数の生贄も当然でした。

 神殿娼婦という制度も多く見られました。旧約聖書では禁止の対象として書かれています。

 

 古代エジプト帝国、ペルシア帝国、また中南米のアステカ・インカ帝国などは、巨大神殿を築き、王が神の子・神の化身と名乗って神の名で統治します。

 占いや暦なども自らの特権とします。

 

 昔の宗教は呪術儀式や占い、生贄がとても多いです。

 また、死後についての関心が低いのも特徴でしょう。ユダヤ教も日本の神道もギリシャ神話も、特に古い伝承だと死後にはあまり関心を持ちません。エジプト神話という例外はありますが。

 人は死ぬ。死ぬことが何よりも恐ろしい。どんなに勝利し富貴であっても必ず死ぬ。その死の恐怖から逃れたい。

 それも宗教の重要な要因でしょう。

 現世で、低い身分で苦しめられていたりしても、革命を起こすのではなく従っていれば死後に神が報いてくれる……現世における法による賞罰と似たシステム。法による賞罰が宗教からできたのか、それとも逆か……むしろ同時に、互いに影響を与え合って進歩したのかも。

 人を服従させる、特に不利益を押し付けるきわめていい方法です。

 死の恐怖を克服させることができ、特に戦争では確実に死ぬ命令をすることもできます。ただ、死刑の脅しが通用しなくなれば反抗が危険になります。

 

 地中海のほうでは、歴史の流れが奇妙に変わります。

 多くの小都市国家を征服し、被征服民の神々を受け入れる古代ローマ帝国。特に人の生贄を嫌う。皇帝を神格化するものの、神話や巨大神殿にはそれほどの情熱を持たない。ピラミッドより凱旋門と道路。征服するときには残忍でも、従っていれば被征服民の宗教にも寛容。

 そんな帝国がエジプトを含む地中海周辺の広い範囲を制圧しました。

 

 ペルシャ帝国も、ゾロアスター教というより洗練された宗教を国教にしました。

 ゾロアスター教も世界宗教史ではとても重要です。善と悪、神を減らしたこと、最後の審判など。道徳としても法としても洗練されています。

 

 古代エジプトのかなり古い時代の、一神教を目指して潰されたイクナートン王の改革もユダヤ教に影響を与え宗教史の主流になったのかもしれません。

 また、アレクサンダー以来、ある程度はインドの影響も互いにあったこともあるでしょう。

 

 ローマ帝国とペルシャ帝国が拮抗し、安定し発展していく西側世界。そこに、ユダヤ教とキリスト教という大きな擾乱が入りました。やや後にはイスラム教という別の子も生じます。

 

 ユダヤ人。ユーラシア大陸、メソポタミアとエジプトを結ぶ地中海沿いの回廊。肥沃な三日月地帯の中央部。ヨーロッパ・アジア・アフリカ、ついでにアラビア半島も含むいくつもの大陸が交わる要地。

 ですが農業に適する地域は小さく、そこだけで強い国は生じず、メソポタミア地域のアッシリアやバビロニアやペルシャ、また古代ローマ帝国にも征服される弱者。

 古代ローマ帝国では、帝政になってしばらくしてから大規模な反乱を起こし、神殿を破壊されイスラエルの地から追放されました。

 本来は皆殺しにされ、同化され、そこの宗教や文化など忘れ去られるのが普通でしょう。神殿を破壊され、宝物を奪われ、書物を焼かれ、神を名乗っていた王族や神官たちが公開処刑されれば。それはわれらが神の敗北であり、弱いわれらが神は殺されたのだ、本物ではなかったのだ、強者の神こそ本物なのだと思い知らされるのが普通です。

 ですが、「ユダヤ人」という人々は、そうはなりませんでした。

 征服され、敵国に上層部が連れ去られてそこで暮らす中で、自らの信仰を見直し(旧約)聖書を書いた……というところがあるようです。

 負けたのは信仰が足りなかったからだ……上記の精神論の極。でも、それで滅びるのではなく、奇妙な形で民族としては存続し続けました。上述ですが、自分で帝国や軍を経営するのではなく、既存の大帝国の傀儡として弱者を抑圧するには精神論・原理主義は悪くない、のでしょうか。

 それに近い、故郷なき商業の民には、パルシー=インドのゾロアスター教徒やアルメニア人、華僑などがあります。しかしユダヤ人の存在感は大きい。

 

 神の像を作らない変な信仰。また、多神教とならず別の神を認めない。

 奇妙なことに、ユダヤ教は死後にはそれほど関心がないように見えます。

 律法を守ることにとてもこだわる。その中には安息日という、西洋文明の重要なライフスタイルもある。

 旧約聖書……その書物はそれだけでユダヤ教の聖典であり、またキリスト教の旧約聖書となり、イスラム教もその内容の多くが真実だとしている。

 神話から歴史を語る。

 神の天地創造、アダムとイブの罪と楽園追放、ノアの箱舟と洪水。

 アブラハムが族長としてさまよい息子を生贄にすることも承知して神と契約を結ぶ。

 エジプトの奴隷だったユダヤ人がモーセに導かれて約束の地に行き、十戒の石板を受け取る。後継者たちは先住民と戦い続け、皆殺しを繰り返す。何人もの指導者。

 ダビデが巨人ゴリアテを投石紐の石で倒し、ソロモンが王となり知恵で知られ栄華を極め神殿を建てる。

 神を信じなくなった民、イザヤ・エレミヤ・エゼキエルをはじめ預言者たちが罰として国が亡びると訴え、本当に亡国の地獄を味わう。何人もの指導者が信仰を守るため圧制者と戦う。

 その中ではモーセなどが神に命じられた、律法も大きいボリュームを占めている。何よりも神を裏切るな、他の神を信じるな、像を作るな。神の名を唱えるな。神は偉大すぎる力だから名前をむやみに口にすることも許されない、古来の悪霊の名を呼んで支配する魔術に通じるタブー。占いや口寄せ、魔術も厳しく禁じられる。

 穢れを避けよという法も多い。豚肉の禁止もそれに含まれる。家畜の子をその母の乳で煮るな、という面白い掟もあり、それは乳製品と肉を同時に食べることを厳しく禁じる拡大解釈をされている……チキンクリームシチューもチーズバーガーも言語道断、乳製品と肉類別々の倉庫と台所を作ることさえあり、それは清潔にもつながる。

 割礼……生まれて間もない男子の性器の皮を切り取るという奇妙な風習も明文で法とされる。それは検査すればユダヤ人かどうか一目瞭然、ということも意味する。

 社会秩序、親に服従することなども厳しく書かれている。

 詩文である詩編や哀歌、また未来を描くダニエル書、異様な神の姿、神の試練に苦しむヨブ記など文学的な書物も含む。

 

 他の神に膝を屈することが許されない……それは別の帝国に服従することが苦しい、常に反抗的な感情がある。旗や、皇帝の顔が刻まれた金貨などが、彼らにとってはおぞましい宗教弾圧に見えてしまう。

 

 故郷がない、唯一完全に清浄であった神殿を失ったユダヤ人は、ただ旧約聖書を読み、律法を守り、同じユダヤ人同士で助け合い信じあって生きてきた。

 差別されるから、土地を耕すといういちばん普通の生き方が許されない。だから商業を得意とした。

 だからこそ富むことが多く、だからこそ余計に差別され憎まれ虐殺されることも多い。

 スペインもフランスも、ユダヤ人を追放すると衰退する。イギリスも昔はユダヤ人を追放したが後に受け入れ、そのことが繁栄につながった。ユダヤ人の政治家もいたほど。

 そして、ホロコーストという前代未聞の大虐殺から、イスラエルというそれまでのユダヤ人の方針とは違う、軍事国家を自分たちで作るということを選び、とにかく生き栄えている。しかしあまりにも強い信仰、精神論でまとまるユダヤ人が、どれだけ科学を続け正しい戦争方針を選び続けることができるか……今までのところは最高の科学力と、正しい戦略を選び続けているが。

 

 特殊な宗教で、しかも都市文明に順応して生きる人々はSFでも多くいます。

 商業特化、というのは『銀河英雄伝説』のフェザーン、『星界シリーズ』のアーヴも影響があるでしょうか。『スーパーロボット大戦OG』にも商人種族があります。『ローダン』のスプリンガーも。

 ホロコーストに至った差別・虐殺も多くの作品で描かれます。特にロボット関係。

 

 

 そのユダヤ教は、一般人が神の声を聞いて王も批判する、という預言者があったこともあり、昔からちょくちょく現在のカルトにも似た集団が出ます。

 時には武器を取って支配者に反抗して皆殺しにされたり、時には砂漠の奥に引っ込んで他と交わらず掟を過激化させながら閉じこもって死海文書を残したり、いろいろ。

 その変な指導者のひとりに、イエスがいました。

 西暦30年前後、帝政になってから間もない。内乱時代から時がたち、皇帝の体制がしっかりしつつある。あちこちで格差と暴力も激しいが治安や治水交通の水準は高い。

 不満もあり、ユダヤ人たちは武力蜂起の指導者として、それこそアレクサンダーのような軍事英雄と最も強力な宗教指導者を兼ねるような存在を求めました。

 しかしイエスはそうではなく、失望され処刑された……

 本来ならそれで、いつも雨後の筍のように出てくるカルトの一つが解散した、終わり、のはずでした。しかし、何人かの弟子が、イエスは復活したと言って教団を再生させました。

 パウロという、イエスの死後入信した指導者の功績が大きいようです。ユダヤ人限定、ユダヤ教の分派ではなく、律法を軽減する……たとえば今のキリスト教は割礼をしない……ことであらゆる人々が入れるようにしました。彼はユダヤ人の伝統にこだわる人で、ローマ市民でもありました。本来キリスト教を弾圧する側でしたが、ダマスクスの街に向かう道で神にいきなり命じられて視力を奪われ、キリスト教徒に視力を取り戻してもらって「回心」しました。そのような、いきなり神に強制されるタイプの「回心」も宗教では重要ですし、SFでもそういうシーンは多くあります。

 下層民から多くの人が入信しました。ユダヤ教は古い民族なので古代ローマ帝国は寛容でしたが、キリスト教は新しかったこともあり、弾圧が言われます。徴兵や皇帝崇拝儀式など帝国では当たり前の法に従わなかったこともあります。ただ、歴史自体を見るとそれほど常に激烈な弾圧があったというよりは、何度か問題が発生しては弾圧を命じた、という感じです。

 ですが、衰退していく古代ローマ帝国で、ある時期キリスト教は国教となりました。そしてあらゆる異教を厳しく弾圧しました……アレクサンドリア大図書館が滅ぼされたのもその時と言われます。またヒュパティアという女性学者の虐殺も悲惨な話です。

 キリスト教は最後の審判、天国と地獄を強く語ります。生きているうちに勝利や富貴が得られなくても、それどころか殉教しても、死後に報われるという希望。

 また、罪悪感・親の愛という人間の心のバックドアをついたこともあります。

 

 カソリックでは生涯独身で家・職業から離れる専業聖職者があり、その組織がある意味国内独立国として、かつ世界全体で結び合わされるもう一つの世界国家として機能します。それは聖職者階級を作らないイスラム教と異なり、むしろ仏教と共通します。結婚や死などを記録する、暦を支配するなど重要なことを支配します。教育や慈善でも重要な役割を果たします。

 カソリックから出た修道院というシステムが、どれほど歴史、また近代国家システムに多くの影響を与えたことか。多くの文物を保存し、学問水準を維持し、人々を教育し……時間と規律、服従の道徳と法を維持し発展させ……農業・ブドウ酒など食品工業・その他の工業・水車など多くの科学技術や産業を指導し維持し高め……

 また、大学というシステムも、キリスト教そのものの影響がとても強くあります。

 いや、カソリックの聖職者システムが近代にとって重要だった、と『政治の起源』に。生涯独身の聖職者、だから完全な世襲にはならない。教会そのものの内部で法を作り、裁き、出世する。膨大な金を得て管理し、特に復活祭にかかわる暦を計算する。

 そして激しく世俗の権力と戦い続ける……

 日本や中国の巨大寺院にも似たようなことはある気もしますが何が違うのやら。日本や中国の寺は、暦だけは作れませんでした。

 

 古代ローマ帝国は、その本来の神々、また文化の多くを占めるギリシャの神々ではなく、中心地から大きくずれた地域から宗教を「輸入」しました。……もちろん、ミトラ教やゾロアスター教で悪かった理由は何もない、という人もいますが、現実にはそうなりました。

 後に、ギボンをはじめ多くの歴史家が、キリスト教こそが古代ローマ衰亡の犯人だとしました。

 また、トインビーは衰退過程にある世界帝国のしいたげられた内部の民が世界宗教を作る、というパターンを見出しました。

『銀河英雄伝説』のヤンも、フェザーンと宗教を警戒します。ただ、本来トインビーが言ったような本物にしたかったのかもしれませんが、地球教はキリスト教の史実に比べあまりに卑小な陰謀暗殺集団でしかありませんでした。教義そのもので苦しむ下層の心をとらえる力などなかったのです。

 おそらくルドルフが苦慮したのは、宗教とのバランスでしょう。そこが詳しく描かれていないのは残念ですが、だからこそ想像の余地はあります。ルドルフそのものの偉大さが宗教の代用になったか……そして原作完結後はラインハルトとヤンの偉大さが、それこそ国家宗教のレベルになってしまうのではとも思えます。

 

 キリスト教は、帝国の大宗教でありながら、小民族の偏狭な宗教であるユダヤ教の不寛容がそのまま、異教の存在を絶対許さないものです。

 些細な言葉などで分派し、皆殺しの戦いを始めてしまう悪癖もあります。

 古代ローマ帝国が東西に分裂した時に、西帝国はすぐ滅びてカソリック教会が残る、東帝国は帝国とともに長く栄えるギリシャ正教となり、互いに激しく争いました。他にも単性論、ネストリウス派、カタリ派など様々な分派があります。

 ネストリウス派は中国にも伝播し、聖徳太子の伝説とも関係するともいわれます。が、奇妙なことにイスラム教もですが、中国ではそれほど強くはなれません。

 キリスト教にイエスがあり、また聖母マリア、天使や聖者などがあるのはイスラム教からは多神教だと批判されもします。キリスト教の中でも宗派によっていろいろ違います。カソリックでは十字架のイエス像があり、正教会では聖像=絵についてしばしば争いがあり、プロテスタントは十字架だけです。

 東ローマ帝国は長く栄えましたが、イスラムに圧迫されついには滅ぼされました。しかしギリシャ正教はオスマントルコ帝国内部でも繁栄しましたし、逃れた生き残りがロシア正教という形も作りました。ロシア帝国史はロシア正教史でもあります。だからこそロシアからは、古代ローマ帝国・キリスト教そのものの正統継承者であり世界の支配者だ、という熱情を常に感じます。クリミア戦争はイスラエルを欲しがったからとも……

 

 そしてキリスト教の暴力性は、後に十字軍という異様な軍事行動を起こします。損得では全く納得できない戦い。

 その延長としてスペインのレコンキスタがあり、スペインを征服したカソリック帝国はイスラム教徒とユダヤ人を最終的にはすべて追放します。その結果、農業をはじめとする知識が失われ、貧しい国になったともいわれています。

 さらに、十字軍……武力で異教徒を滅ぼし、キリスト教を押し付けるか皆殺しにする、という強烈な衝動は、大航海時代・帝国主義という凄まじい暴虐にもつながりました。正直インドも中東も中国も日本も皆殺しか強制改宗にしなかったことが不思議でなりません。

 

 キリスト教のヨーロッパだけが産業革命に至ったことも重大でしょう。キリスト教の中にその秘訣があるのではないか、と。

 さらに、近代そのもの、フランス革命後の近代システムにキリスト教の影響が強くあることも間違いないでしょう。あくまでも全世界を支配したがり、全人類を教育したがるところなど。それ自体は人類の普遍かもしれませんが……

 

 キリスト教は、一夫多妻を決して公認しないし、食料が不足しているという理由で新生児を殺すことも認めません。それは人口管理を難しくします。といっても孤児院の死亡率がとんでもなく高いことはありますし、ルイ14・15あたりの多数の愛妾はよく知られています。独身・晩婚を尊ぶ姿勢もあり、それも人口抑制につながりました。

 古代ローマも公然とした一夫多妻制はなく、だからこそアウグストゥスは後継者に苦しみました。

 イスラムは四人までの一夫多妻が教義上許され、また帝国となってから巨大後宮が常にあります。

 

 最後の審判、ヨハネ黙示録などの預言書。時間そのもの、天地創造から最後の審判までの、始まりと終わりがある時間観念。

 循環するインド、変化のない古代エジプトとの対照も言われる、近代人の心に染みついた考えです。

 極端な変化を望む考えは市民革命やマルクス主義、世界大戦などに与える影響も大きいでしょう。

 SFでも破局で終わる、という未来を見る人は多くいます。

 

 ヨーロッパのキリスト教が生んだ分派、本来は原理主義であるプロテスタント。

 それは激しい皆殺し戦争をもたらし、プロテスタントに染まったオランダの独立戦争を通じてスペイン帝国を衰退させ、イギリスでも清教徒革命や国教会など多くの影響を与えました。三十年戦争の凄惨さは、国際法……それこそ近代国家システムの別名ウェストファリア条約にもつながっています。

 政教分離という思想は、それ自体がフランス革命、近代の根幹と言えるでしょう。

 さらにプロテスタント、中でもカルヴァン派の教義……人が救われているかどうかは神が勝手に決めている、人間が何をしても無駄……が、それゆえに勤勉・資本主義の精神自体を生み出した、というマックス・ウェーバーの考えは今の世界でも広く知られています。

 イギリス、オランダ、アメリカという世界史の成功者たちと、プロテスタントそのものにどれほどの関係があるか……

 当然、宇宙戦艦SFの主人公たちの大半は、(イギリス国教会を含む)キリスト教プロテスタントの信者でもあります。逆にスペイン系・多分カソリックである『宇宙の戦士』の主人公が異例です。彼らの動きや感じ方、考え方に、その影響は常にとてつもなく大きくあるのです。

 

 

 イスラム教も、ユダヤ教・キリスト教の子孫の一つです。

 アブラハムをはじめとするユダヤ教の神話はそのままコーランで肯定され、イエスも「イーサー」という名で預言者として尊敬します……神の子ではないとしますが。

 東ローマ帝国も、ササン朝ペルシャ帝国も爛熟し、激しい戦いを繰り広げていました。

 そんな時に、メソポタミア地域からも東ローマ首都コンスタンティノープル(現イスタンブール)からも遠く離れたアラビア半島に、ムハンマドという教祖が新しい宗教を興しました。

 商人出身。孤児でもありました。

 それまでの歴史では主役といい難かった砂漠のアラビア半島。ラクダの普及により、砂漠を超える交易が発達しました。また紅海・ペルシャ湾からインド洋を多くの商人が行きかっていました。

 イエスや孔子と違い、社会的に成功した人でした。また、教祖として宗教を始めてからも、一時メッカを追われはしても最終的には大勝利し、征服王として畳の上で死にました。仏陀=シャカと違い世を捨てませんでした。

 後継者たちがさらに征服と布教を広げ、ペルシャ帝国を滅ぼし、エジプトを征服し、アフリカ地中海沿岸からスペインまであっというまに征服しました。古代ローマ帝国の領土の相当部分。

 馬とラクダを得意としているためか、森が深いヨーロッパや家畜病が多いアフリカのサハラ以南には入れません。また、インドは何度も征服したのに、不思議と中国では多数派になれず権力も持てない。中東と中国を分ける砂漠を越える力はない=完全に遊牧民と一体化することもできない。日本にも全く来ていません。ただし、インドネシアなど東南アジアにも広がり、現代のイスラム教の人口を見ればそちらが多数ですらあります。

 行が比較的楽なのが特徴。入りやすい。行の軽減、入りやすさは、宗教が大ヒットする秘訣の一つになるようです。キリスト教もパウロによる緩和・ほかの民族に開かれたことが躍進につながりましたし、日本の鎌倉仏教も念仏のみの親鸞、題目だけの日蓮などがヒットしました。中国の五斗米道も割と入りやすいといえるでしょう。

 また偶像崇拝禁止がキリスト教に比べきわめて厳しく、人物画・酒を許さないなど結果的に文化規制が厳しい。

 動物生贄儀式が残ることも特徴でしょうか。また、メッカ巡礼があるため、旅が多いしイスラム教徒というアイデンティティを作りやすいです。コーランの翻訳を禁じることからも、言語の共通性を高めイスラム教徒というアイデンティティが強くなります。

 砂漠の部族の風習を多く教義と絡めてしまっていて、特に女性に対する厳しい差別が今の先進国ではよく報道されます。古い道徳が今もとても強く、それを破壊する新しい宗教としての普遍的道徳が弱い。近代道徳にもなっていない。

 ですが貧民・孤児に対する親切、イメージとは違い別宗教に対する寛容などはあらゆる宗教でも上位にあると言っていいでしょう。今の一部のイスラム国家がおかしいだけです。

 最後の審判、死後の天国と地獄を大きな動機とし、それは今の自爆テロにも利用されています。聖職者、教会のような組織を嫌うのも特徴です。

 

 イスラム教はあまりにも大きい軍事的勝利がその初期にあったこと、それが呪いとなったと言えるでしょう。

 キリスト教やユダヤ教と違い、軍事的勝利そのものが宗教の真実さとつながってしまった。

 だからこそ、モンゴル帝国にぼろ負けした傷を、より強くなること、科学兵器の開発で癒すことができず、神秘主義・原理主義・復古の方向にばかり行く癖がついてしまったようです。

 どうしても近代工業軍事国家として成功することができない……

 イスラム教の教義そのものが憲法・法そのものであり、政教分離が本質的にできないこともあります。

『真紅の戦場』での狂信者の恐ろしさ、それは9.11テロ以来多くの元特殊部隊系戦争小説など欧米に深く染みついてしまった、子供も自爆させ戦時国際法も守らないテロリストたちに対する憎悪をそのまま転写したと言えるでしょう。

 また、砂漠の民そのものの苛烈さが、『デューン』で丁寧に描かれました。

 

 

 キリスト教・イスラム教、ひいては中東と西洋の文明全体に、宗教とは異質な「哲学」が強くかかわっています。

 ギリシャ哲学。

 島が多い海、交易が盛んだったからこそ、文化が違う人ともうまくやっていくための「論理」や普遍性が高い「数学」が強化された、と言われます。ただ交易が盛んな地域はインド洋、東南アジアなどにもあるのですが。

 神々、奇跡や占いなど迷信性を克服しているのが特徴のひとつ。現代の科学にも通じる原子論もあります。

 主流となったのがソクラテス~プラトン~アリストテレス。

 論理・科学の面が強い。

 ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』、また神話そのものも重要な西洋文化の根幹と言えるでしょう。その膨大な、彫刻や建築をはじめとする芸術も。

 アレクサンダー後やローマ時代だったりしますが、ユークリッドの数学、プトレマイオスの天文学、ガレノスの医学にも発展しました。

 特にアリストテレスの論理学は、キリスト教やイスラム教が教義を精緻にするのに大きく貢献し、宗教そのものと事実上一体化しています。

 西洋法制史ではギリシャの法も重要ですし、ローマ法も欠かせない基礎です。

 そしてギリシャ哲学はルネッサンス、古代ローマ帝国から東ローマ帝国、イスラム帝国と翻訳され受け継がれた古代ギリシャ文献がイタリアに里帰りした……東ローマ帝国が滅亡し追われた学者たちが持ってきたことも大きいという……ことにつながりました。

 ルネッサンスが近代化にどれほど大きい影響があることか。

 そして近代の様々な法や思想に、古代ギリシャの遺産がどれほど多くの影響を与えているか。

 また、イギリスのパブリックスクールで教育され、帝国を支える軍人や官僚や商人が丸暗記したのは、徹底的にギリシャローマ古典です。決してインド地理や熱力学ではなく。ギリシャ神話も含め、ギリシャローマ古典・ラテン語とギリシャ語は西洋上層の共通の教養であり、SF作家たちも当然のようにそれを前提としています。

 

「哲学」という語は、西洋近代文明で奇妙に神聖視されていると言ってもいいでしょう。思想、とはどんな関係なのか……

 フランス革命、またマルクス主義という、世界を大きく変えたのが哲学だった、と。

 アリストテレスも長く西洋を支配し続けました。

 今も中国は、思想=体制=国家、という感じで、思想を全員に強制することで国を維持しようとしています。北朝鮮もそうです。

 マルクス主義、また新自由主義は経済学・思想・哲学の面があり、特にマルクス主義は宗教の面が非常に強いものでもあります。

 SFで思想・哲学が目立つのは……『ガンダム』のジオニズム、『宇宙世紀』『X』のニュータイプ論、『W』の平和主義などでしょうか?

 本来の仏教、儒教も、哲学の面が強いと言われます。

 

 

 中国でも神をまつること、生贄、占いなどが古来あり、人の姿をした神々が動く神話も存在します。

 ですが、中国は秦帝国ができ、それが短期で滅んで漢帝国となったとき、上述ですが人の姿の神の化身・神の子としての皇帝ではなく、人格のない天をまつる皇帝という形を取ります。

 秦は法家でしたが、漢は儒教をとりました。

 死者をまつる儀式を重視する。人格神を崇拝しない……「怪力乱神を語らず」。昔の国が理想だった、昔の賢者・賢王が完全だったとする、復古の方向。昔の賢者の書物を崇拝する。

 後には科挙という、昔の書物=四書五経などの解釈を中心とした官僚登用試験が中国という国の中核となりました。「学問」そのものも、四書五経の解釈が中心となります。

 古来の儒教では、音楽・乗馬・算術なども士大夫のたしなみとされるようですが、特に日本ではそれが忘れられます。

 

 儒教は「礼」を中心とします。

 礼儀作法も本来の呪術的宗教と一体であり、道徳とも法とも一体でしょう。

 ふるまいそのものが敵味方識別装置になり、善悪の区別がない神霊を怒らせないための行動の仕方にもなります。

 上の身分の者に触れるな、という重要な軍法でもあるタブー、フランス革命で王の処刑の時重要になった王の身体不可侵性なども「礼」が宗教、身分、社会制度の根幹だと示しています。

「礼」は文化やライフスタイルも規定し、食などのタブーにも通じます。

 肉食自体を禁じる仏教、豚肉などを禁じるユダヤ教やイスラム教、さまざまな断食があるカソリック、また酒などの禁止……

 人肉を食うこと、これも世界のあらゆる文化文明宗教で追求すべきテーマでしょう。人肉を食うことを嫌うからこそ、皆殺しより奴隷化が効率がいいということもあります。

 身分そのものも、「礼」が作ると言えるでしょう。

「礼」を基礎とする儒教は身分社会の維持に最も優れた……宗教とも哲学とも言えない何かです。先祖の霊をまつる、という意味では十分に宗教でもありますが。

 親に従わなければならない、という「孝」は外戚を重大にします。

 

 

 人の姿をし物語で動く、国家と一体化した共通の神々の不在……それを埋めたのが、仏教と道教でした。

 道教は漢帝国を終わらせた黄巾の乱にも関わります。中国古来の宗教に近く、呪術の面も強く、人の姿をした神々が動きます。三国志の関羽、西遊記の孫悟空が重要な神であることも興味深い点です。

 そして仏教。

 

 本来仏教はインドで生じた宗教です。

 枢軸の時代……おそらく馬や農業などの技術もあり、世界のあちこちで帝国ができていき、人がそれまでの部族の習俗と信仰をこえた集団を作る、その無理を埋めようと作られていく様々な宗教や思想。

 中国の諸子百家やギリシャ哲学もそうですが、多くの思想がインドにもありました。

 また、インドは古来厳しいカースト制度があり不浄を強く嫌う、また欲望を否定し世俗・権力から離れた修行共同体を作る方向性がありました。

 何よりも、死後輪廻、魂が別の身分や別の生物にもなる、という死後を信じます。本来それと地獄極楽は関係ないはずですが、どちらも実は転生先です。おそらく西洋の宗教の影響もあるでしょう。

 現世で苦しく、さらに低い身分で理不尽な苦しみがあっても、法が不公平でも、耐えて従っていれば来世で報われる……支配者、階級社会自体にとことん都合がいいシステムです。

 また輪廻の考えは不殺生、肉食嫌いにもつながります。特に日本では肉食嫌いが極端ですが、インドでも肉食嫌いはかなり多いです。

『火の鳥』の死後・魂については仏教にかなり近いです。何度生まれ変わっても人間にはなれないと呪われ、また魂そのものがコスモゾーンに回収されたりもします。

 多くの先人の教えから生じた仏教。本来は、人の姿をした神々の活動に関心を持たず、人の心の苦を克服し輪廻から逃れるため、真実を理解する……それが仏教です。

 ですが、仏教は歴史的にも実に数奇な物語を作り出します。

 

 現在のインドでは仏教信者は少ない。

 仏教は誕生して間もなく、大乗・小乗に分かれ組織化されました。大きい寺院を作り、膨大な富と知識を集めることが特徴の宗教となりました。

 また帝国との親和性が高く、いくつかのインドの帝王が仏教を信じたことが伝えられます。

 ですが、逆にそれが滅亡の原因となったのです。

 イスラムの襲撃。他の神を憎み偶像を許さないユダヤの精神的子孫、巨大で豪華な寺を焼き富を奪いました。寺院が大きい分、その傷が深かったのです。民間人に深くいきわたる信仰ではなく。

 呪術の面が大きく、生き生きと神々が動き回り、英雄叙事詩もあり、人々の心にあまりに深くしみついたカースト制と一体化したヒンズー教の方が、洗練されて息を吹き返し、長くイスラム教と奇妙な共存を続けました。

 それからイギリスの支配という擾乱がありましたが、キリスト教が圧勝することはなく、独立後にかなりの人数が死ぬ内乱の末にヒンズー教が支配するインド、イスラム教のパキスタンとバングラディシュ、とになっています。今もインドには様々な宗教があります。

 

 ですが、仏教はかなり早い時期から広い範囲に広がりました。東南アジア、そしてヒマラヤと砂漠を抜けて中国、さらに日本へも。

 そのときには本来の仏教というより、仏像を彫り、人の姿をした仏たちが動き回るより親しみやすい宗教になっていました。地獄極楽もすごく強くなります。

 特にチベットや日本で栄えた密教は呪術の面が強い、日本の仏教は国家鎮護というまさに呪術そのもの。チベット密教には多くの宗教では早めに禁圧される性魔術の面すらあるのです……日本では性魔術面は少なめですが。

 さらに日本で、鎌倉仏教の形でより洗練され、より容易に入れるようになりました。それこそカール・バルトが、親鸞の浄土真宗は完全なキリスト教とイエスの名ひとつ以外は完全に一致している……だからこそ真実と最も遠い、というように言ったほど。

 仏教も、浄土真宗以外生涯独身の出家があります。東南アジアなどでは、誰もが生涯に一時期出家するなど生活に密着してもいます。

 寺の、清掃など生活の厳しい規律、それは日本の武士道などにも強い影響を与えたそうです。

 肉食を嫌う食文化にもなりました。

 

 中国で特に仏教は栄えましたが、完全に皇帝権力と一体化はしていません。儒教を駆逐することもできていません。

 朝鮮では儒教に敗れ弾圧されました。

 日本では織田信長と一向一揆の長い戦いなど、独立性が高い武装勢力の面が強く、信長・秀吉・家康に徹底的につぶされました。が、一部例外はありますが禁教にはされず、江戸時代では体制と一体化しました。

 

 仏教は学問としても精緻であり、哲学としても水準が高いものです。

 

 ……中国や日本の近代以前の法哲学。どの程度が儒教、どの程度がどのような仏教なのか……それがどれだけ深いものか。筆者はただ無知を嘆き本を探すだけです。

 

 

 日本という国の宗教も特殊と言えるでしょう。

 

 神道、古来の神々……人の姿をした神々の神話もある程度ありますが、神道の中では像を作りません。自然崇拝の面がとても強く、穢れを嫌い清浄にする面も強くあります。

 本来は武の王であったはずの天皇、それが神道の神官としての面が強まりました。

『火の鳥 太陽編』などで仏教と宗教の葛藤が描かれています……本来描かれるべき聖徳太子、仏教伝来がないのも面白い点です。『火の鳥』では天武天皇が独裁と宗教強制を一体化させて終わりますが、史実はその面は大きくなく、仏教も多様に栄えますし、簒奪を防いだ和気清麻呂のように神道もずっと強いままです。

『鳳凰編』で描かれる東大寺のように、朝廷と一体化した巨大な仏教の繁栄はありました。それでも神道は残り続けました。

 本地垂迹という形で仏教と神道の統合もありました。伝説としての空海や行基・空也など、また『今昔物語』のように民間伝承と一体化する民間信仰の面が出るほど、仏教は人々と深く混じっていきました。中国と違い肉食禁止が深く浸透したことも注目すべきでしょう。

 そして長い年月をかけ、天皇も武人でもある王の面を捨てて神官に徹し藤原家が政治を行い、さらに地方支配を失って武士の世になっていく……そんな変化とともに、仏教を敬いつつ神道と一体化した天皇と朝廷の形ができました。地方でも寺も神社もあり、武士たちも、天皇や朝廷を滅ぼすこともしないし、仏教だけにして神道を滅ぼすことも、その逆もしませんでした。

 戦国時代が終わり、徳川幕府は、天皇・朝廷を『禁中並公家諸法度』で支配し、本願寺を東西分割するなど仏教も支配し、さらに儒教にも力を入れました。キリスト教だけは厳しく弾圧し、見事にほぼ消し去りました。キリスト教を弾圧するためにこそ檀家制度を作り、戸籍同様しっかりした管理システムとしました。西洋でも教会が出生結婚死亡を記録してきました。神道もうまく利用し、家康は権現として自分を神格化しています。

 ですが徳川幕府は明らかに、仏教にも、儒教にも、神道にも魂を売っていません。支配する、政府が機能する、に徹していました。

 儒教・仏教・神道を絶妙に組み合わせ、武士道に武道や茶道に禅宗も統合し、和歌漢詩、謡曲歌舞伎と文化も的確に利用し、貧しい農民から将軍天皇まで、道徳・学問・体育・芸術すべて高水準に教育する……

 精神支配の芸術ともいうべき、とてつもなく複雑精緻なシステム。学問・宗教・文化のとんでもない統合。

 

 明治維新で、廃仏毀釈という暴走もありました。そして国家神道という、まさに『火の鳥 太陽編』で描かれるような、政治利用に徹した人工的国教の設計製作。

 本来、宗教や文明を人が設計しようとしたら、大失敗するものです。トインビーが未来と非難するように。フランス革命やソ連、ブラジル皇帝や近代エジプトのムハンマド・アリーなどが失敗したように。

 しかし、明治政府は異様なほどの成功を収めました。その無理は太平洋戦争の敗北、戦後の精神的空白に至ったとはいえ……それこそ明治政府も戦後日本も、『迷宮課(ロイ・ヴィカーズ)』で、心臓手術から二十年生きたなら成功だし殺人から十数年ばれなかったなら完全犯罪と呼んでいい、というものではあるでしょう。創業から60年、長く世界屈指の巨大企業の座にいて倒産した創業社長を「失敗者」と言える人などいるでしょうか。さらに言えば、戦後、石油ショック後の精神的空白を埋め経済を支える方法など、どこの国の誰も見いだせていないのです。

 

 

 キリスト教もアリストテレスも、そして近代啓蒙思想も、侵略や奴隷制を支えもしました。アリストテレスの奴隷擁護論は後々にも奴隷制擁護に使われ続けました。

 しかし、奴隷制と戦ったのもキリスト教であり、様々な思想でした。

 スペインに新大陸征服を許したというか命じたのもカソリック教会でした。しかし、その暴虐を非難したラス・カサスもカソリックの聖職者でした。

 

 人間にとって、嫌というほど宗教、また身分や人種が重いことになっている……

 だからこそ、黒人や女性を積極的にキャストにした『スタートレック』、人種問題を厳しく告発する『X-MEN』などSF側の功績は小さくありません。




「小説家になろう」の歴史系で、現代から戦国時代に転生した主人公が法や政教分離を気軽に言って強制し成功します。
ですが、近代的な法、政教分離などは、間違いなく啓蒙思想の大家たち、さらにギリシャ哲学・ローマ法・キリスト教の数多くの巨人の肩の上に乗っているはずです。
そのことを知らないとしても、現代人にとって自然な「法」についての考えそのものが。
というか「法」という言葉の意味が、戦国時代の日中の知識人と現代からの転生者ではメチャクチャに違うでしょう。
そこを、ちゃんと法制度を整えようとしたときに戦国時代の日中の仏儒問わず学者に突っ込まれたらどうなるのやら。それこそ三段論法すら、戦国時代の日本の知識人にとっては異質を通り越している可能性が…ひたすら逆らう者は虐殺すればいい、といっても思想的な根がない、実際にはアリストテレス・アクィナス・ルソー・ホッブス・伊藤博文・芦部信喜が根なのに立法者自身がそれを知らない国家など可能でしょうか?
さらに、なろう歴史系主人公に強く共通する、現代日本の反九条精神からくる弱肉強食主義。それは現実近代世界の国際法や各国の憲法の理想主義と不倶戴天だってわかってるんでしょうかね…
弱肉強食が祖法だからあんたらの国際法は受諾できないと後のイギリス帝国に主張して潰されたり…
まして戦国状態の剣と魔法ファンタジーの国と現代日本人転生者の、法や論理の根本的な異質さってどれだけとんでもないやら…
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