宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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秦の始皇帝

『銀河英雄伝説』のラインハルト・フォン・ローエングラムのモデルはアレクサンダー大王やナポレオン一世、またドイツの王の名が出ます。

 ではルドルフ・フォン・ゴールデンバウムのモデルは?

 民主主義を利用して独裁者となった、という点ではアドルフ・ヒトラーに似ます。

 他にも選挙で選ばれた独裁者はロシアのプーチンをはじめ戦後史に多くいます。独裁者が長期の世襲を成功している、なら北朝鮮があるでしょう。

 しかし、むしろゴールデンバウム帝国という、文明か世界か、そのものを設計した存在、という面に目を向けてみましょう。

 

 文明そのものを設計する。文明そのものを改造する。残忍な独裁者。天下を、十分に広い地域を征服した征服者。軍事的な勝利者。

 文明そのものを設計し、同時に天下統一も成し遂げた存在……まず、秦の始皇帝。

 ロシアのピョートル大帝、レーニン、毛沢東。ムハンマドやアレクサンダーもそうでしょうか。

『スターウォーズ』のパルパティーンも民主主義を利用して独裁者となり、一人で体制全体を設計したようです。

 失敗者ですがナポレオン一世、エジプトのムハンマド・アリー、アドルフ・ヒトラー、太平天国の乱の洪秀全なども浮かびます。軍事的英雄であり、独裁者であり、文明設計者である。

 織田信長や曹操も、天下統一に近づいた英雄としても、革新的な制度を作った設計者としても高く評価されます。

 

 ムスタファ・ケマル・アタチュルクは征服範囲は狭いですが、文明そのものの設計・建設で高く評価できます。

 大帝国の宗教を変えた指導者も、文明そのものを再設計したと言えるでしょう。

 

 天下統一、というなら豊臣秀吉、中国各朝の太祖・高祖。シーザーも、イスラム各帝国の祖も。

 東ローマ帝国の皇帝の多く、ナポレオン一世やヒトラー、スペインやフランスの有力な王も天下統一の挑戦者です。

 征服者としては巨大だったチンギス・カンやティムールは、征服こそしてもそれを一つの帝国、文明として維持することはできていません。ピサロやコルテスは征服は巨大でも異質です。

『銀河戦国群雄伝ライ』の雷も乱世を統一した英雄です。『ファウンデーション』のミュールも統一を目指した群雄でしょう。

 

 設計だけして、軍事的な実行とは無縁であった思想家も多くいます。孔子から韓非子、マルクス、ルターから多数いる啓蒙思想、吉田松陰、ガンジーなど。また多くの、宗教反乱や革命をもくろんだ人たち。

 エンリケ航海王子も、あらゆる未踏の海をわたり全世界をヨーロッパが支配する、という後の帝国主義、近代にも通じる大業を始め進めました。それを補うものとして、あらゆる先住民を征服し奴隷化し改宗を強制すること、あらゆる文化を異端として破壊することを命じたカソリックの、名も知らない会議や教皇や枢機卿もあるでしょう。

『ファウンデーション』のセルダンは遠い未来の別の国、いや歴史そのものを設計したともいえるでしょう。

『銀河戦国群雄伝ライ』の師真は理想ではなく現実に徹し、まず覇道で統一をする、と決めています。新五丈ができてからも大風呂敷を広げず現実的にできることをして失敗を防ぎました。

「白人の責務」や「グレートゲーム」と言葉を作ったラドヤード・キプリング、また「明白な使命」という言葉もとんでもない力がありました。

 逆に悪の権化となった帝国を引き裂く英雄像も、『叛逆航路シリーズ』のブレク、『老人と宇宙』のジョン・ペリーなどいます。むしろSFではそちらが主流かもしれません。

『銀河英雄伝説』のラインハルトや、『デューン』のポウルは帝国を乗っ取って変質させる、中興の祖というべきでしょうか。徳川吉宗というより天武天皇、王莽や則天武后、西太后のような簒奪者でもありますが。

 

 変化に対応する、という形での世界設計もあるでしょう。

 人口が増え領域が大きくなっただけでも。衰退。格差の拡大。科学技術の進歩。宗教。伝染病。乱世。統一への流れ。そして、別文明との接触。

 ファーストコンタクトはする側とされる側、どちらも大きく変化します。特に疫病もあり、技術や宗教もあります。

 明治維新やピョートル大帝が変化に対応する代表的な動きであり、ムハンマド・アリーや、中国や朝鮮、オスマン・トルコなどの失敗した人たちも努力はしたでしょう。近代化を目指すも革命に追われたブラジルの皇帝、ほか多くの啓蒙専制君主も。

『ローダン』のローダン、『ヴォルコシガン・サガ』のピョートル・ピエール・ヴォルコシガンらは外からの侵略に対処して世界を最構成しました。『マクロス』のグローバルも結果的に変化した世界を牽引しました。

『スーパーロボット大戦OG』のビアン・ゾルダークは外との接触からビジョンを出し、世界征服の行動を起こしました。

 

 また勝者として、支配者としてではなく、『宇宙軍士官学校』のように「被征服民の権力者・軍人」の立場で奮闘することも、変化の中の英雄の一つの像でしょう。

 

 

 一人で世界・文明・文明圏=多数の人間、いくつもの国だった知られる限りの地域全体を一つの巨大帝国とし、制度・法・宗教・文化などすべてを設計する。

 偉大過ぎる事業です。「人の身に余る」と言っても誰もが納得するほど。

 歴史の多くでは、ある時代に達すれば広い地域を支配する帝国が生じ、制度や文化を築いていくものです。

 建国帝の名が伝わることは多いです。

 そこで、まったく違う規模となった巨大国を支配する……そのために自分たちを変える。理想的な国家を考え、その通りに世界を作り変える。

 それをしたのが始皇帝など。

 ルドルフでさえ、どこかの国を征服したわけではありません……むしろ縮小。海賊討伐が征服・統一だ、と言えなくはないですが。征服者であるラインハルトも、制度の多くは引き継ぎました。

 

 世界、文明、文明圏……どの名がいいか。

 当時のそこの人にとっては事実上全世界であり、外部がない……といっても中華も古代ローマも、常に別の国が遠くにあることは知っていました。

 トインビーやハンチントンの文明についての考えもあります。国家以上の、文化などをある程度同じにする大きい集団。

 作物や文化、宗教の共通性も大きいでしょう。といっても、同じイスラムでもモロッコがインドネシアの要求に応じて兵を出すとは思えませんが。

 民族主義という厄介な宗教・精神伝染病もあり、たとえばスラブ民族・ゲルマン民族などは国を問わず同胞だと考えてしまいます。それに近い何かとして共産党やバース党も。

 近代そのものも、法制度・文化・生活様式などの統合体として文明に近いものがあります。

 

 ルドルフがしたこと。

 衰退した連邦の、清廉な若い軍人として活躍し、政界に転じて人類の指導者となった。そして国家制度を利用して地位を兼ね皇帝となり、劣悪遺伝子排除法、福祉廃止など極端な政策を推し進めた。

 功臣を貴族として身分制度を確立。秘密警察による共和思想の弾圧。軍・貴族・官僚の三位一体の統治体制を作り上げた。

 とても長い、全人類を統一するという称号。

 ゲルマンの文化、遺伝子がよいとし、文化・人種でも価値観を作り上げた。

 その後も、皇帝崇拝・民主共和制に対する激しい弾圧・全人類統一というイデオロギーによる帝国は五百年倒れない。同盟の発見・フェザーンの自治権獲得により変質し、終わりなき続く戦争で人口を十分の一近くに減らしつつ、戦争では戦略的に勝ち続け、ラインハルトとヤンの時代を迎える……

 ラインハルトは帝国という枠をそのまま用い、文化も帝国文化をほぼ無批判に受け入れているなど、ルドルフを倒そうとしながらその掌から出ていない感じがあります。同盟にも、帝国以前の過去にも、ほとんど関心を向けていないです……ヤンが生きて仕え、ラインハルト自身も長生きしていたらそこは違ったでしょうか。

 

 

 始皇帝が作ったこと。

 強国の若き王となり、天下統一を成し遂げる。

 中国の領域、その領域が統一されていなければならないことを定める。

 漢字という、話し言葉に違いがあっても学問や命令を問題なく動かす、共通高等言語・文字。

 皇帝、詔などの言葉。

 度量衡、貨幣などの統一、道路・治水など、官僚機構や法制度も、始皇帝以外も含め統一帝国に欠かせないことです。

 それら始皇帝が定めたことは、その後何千年たっても変わりません。

 

 特に、ある領域が一つである、という観念は、他の文明であっても人の心を強く束縛します。

 中国の、天下。天下を統一する、しなければならないという強い圧力。

 日本も地理的には無数の谷と盆地でできているのに、天下という観念が強くあり統一したがることになります。稲にこだわり、そのため北海道や樺太を長く放棄したことも日本という天下でしょうか。

 古代ローマ帝国はその後も、あらゆる国の伝統・正統性となり、同時に束縛する大義となりました。特に双頭の鷲の旗。あれは一つだったローマ帝国とキリスト教が東西に分裂した、だからいつか統一するという意思につながり、だからスペインはイスタンブールまで、またロシアもエルサレムどころかスペインまで征服しなければ許されないのです。スペインは新大陸の侵略経営などついででオスマントルコと争い、ロシアは中東にちょっかいを出してクリミア戦争になり、最近もシリアに手を出しています。

 イスラムも、イスラム圏全体が一つの帝国である、という考えが昔からあり、今も多くの紛争やテロの大義になっています。

 逆に、アフリカも南アメリカも、決して統一帝国ができません。「アフリカは一つの天下であり統一しなければならない」と、皆が考えていないからです。

『銀河英雄伝説』は人類全体が一つでなければならない、という考えがとても強く、特に帝国側が征服戦争を続ける強い動機になりました。

『スタートレック』のボーグも、すべての文明・生物を一つにしようと活動し続けています。

 

『タイラー』で、ラアルゴン帝国の支配権を与えられたタイラーが、即座に祖国を裏切ってでも全人類を統一したのは、颱宙ジェーンとの戦いに全人類の力を結集し、「(娘)キサラに未来を」ただそれだけです。そしてジェーンとの戦いのためなら、せっかくの統一銀河も三分しました。彼にとっては統一も何も手段に過ぎないのです。

 

 始皇帝も、あえていえば漢の劉邦・さらにその後何代かが事業を引き継いだからこそ、中華帝国という金型ができあがったと言えるでしょう。

 日本の戦国を終わらせるのに、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康とバトンを継いだのにも似て。

 古代ローマのシーザーからアウグストゥスも、引き継ぐことで帝国の形を作ったと言えるでしょう。レーニンとスターリンも。

 ルドルフも、正嫡なく死んだのにヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンがきちんと帝国を守ったから帝国の形が保たれたと言えます。軍・貴族・官僚の三位一体もありました。ルドルフ自身が長く支配し、支配と服従が定着していたことも大きいでしょう。

『スターウォーズ』のパルパティーンにはそんな存在はなかったようです。皇帝の死後もスローン大提督は軍事的勝利を重ねましたがそれだけでした。また、反乱同盟にも銀河をしっかりと再統一し、安定させる力はありませんでした。

 

 日本の明治維新は多くの人が協力して成し遂げられました。

 水戸学などの膨大な知があり、佐久間象山や吉田松陰など知者が生命と引き換えに考えを作り、その弟子たちが多くの犠牲を出しつつ激しく活動しました。それだけではなく幕府側からも多くの優れた人材が加わっています。

 アメリカの建国も、イギリスも一人の大英雄が設計したとは言えません。

 

『ガンダム』の宇宙世紀は、シャアの父親ジオン・ズム・ダイクンという精神的指導者・政治家がジオニズムという形を作り、ザビ家がそれを簒奪して戦争につなげました。

 連邦側の思想家や政治家は奇妙に出てきませんが、たとえばティターンズの指導者など過激な思想はあります。

 

 ナポレオン一世の征服も、思想を押しつけるためという面がありました。またラインハルトにはその時間がなかったナポレオン法典という巨大な業績もあり、近代世界の構築そのものに大きい足跡を残しています。

 ヒトラーも、残忍な独裁・激しい侵略と同時に、強烈な美意識による文明そのものの設計もかなりの深さでやっています。もし第二次世界大戦・ソ連攻撃をせず、適度な領土で満足していたらどうなっていたでしょう。

 

 文明を設計し創造する、設計者であると同時に征服者・独裁者でもある、その場合は常に膨大な虐殺・思想弾圧があります。

 ただ征服者、為政者であるだけでも多くの虐殺はしなければならないでしょう。それにさらに、反対されやすい新しい思想・体制を押しつけるという無茶も加わるのです。

 粘土を型に押し入れて製品を作る、粘土自体もひしゃげ圧迫され、粘土の相当部分は型から漏れて削り落とされるように。

 ルドルフも膨大な虐殺をしました。パルパティーンも星をも破壊する暴虐を尽くしました。

 始皇帝も、織田信長も、ヒトラーも、スターリンも、毛沢東も、膨大な虐殺と焚書坑儒の悪名を負っています。

 

 

 始皇帝についての結論は、何よりも時代が変化したことをちゃんと直視し、新しい酒を新しい革袋に入れようとした、それだけは高く評価できます。

 結果が短期間での滅亡であり、漢が簒奪を正当化するために悪の権化とされますが、聖賢の道よりずっとましです。

 

 始皇帝については、特に今の日本では人気漫画『キングダム(原泰久)』の影響が強くあります。かなり史実との違いはあるにせよ、史実そのものが『史記』などわずかな書物からしかないのです。

 始皇帝は、『三体』でもゲーム内などで重要な役割を持ちます。

 またそれを変形した、けた外れの人数で人間計算機を作る狂った権力者の短編もあります。

 

 ここで一言。

 筆者がとことんやりたくないのは、『超巨人 明の太祖朱元璋(ゴ・ガン)』の、「すごい人だったが共産主義でなかったことが誤りだ」「腐敗をなくすため臣を多数処刑し続けたが、共産主義でなかったのだから腐敗はどうしようもなかった」というようなことです。そう書かなければ処刑される身だったとしても。

 かといって、現在の基準で裁かない、を行き過ぎて何をしようと全部容認肯定する、さらに人権人道を否定し「虐殺や赤狩りを徹底的にやれば素晴らしい」とするのも正しいとは思えません。

「その行為は地球人滅亡の確率を上げるか下げるか」と、ついでに「地球人全体の価値を上げるか下げるか」ぐらいの価値判断はします。1+1=2も、首を切れば人は死ぬことも時代地域問わず同じでしょう。また個人的な好き嫌いとして、拷問や虐殺や文化財破壊は嫌いです。

 

 始皇帝の生涯をごく簡単に言うと、前半生は呂不韋という「奇貨居くべし」で知られる商人の冒険譚となります。

 外国に人質として送られ、重視されていなかった王子……始皇帝の父、荘襄王……に大商人が目をつけ、カネの力で後継者に押し上げた。さらに呂不韋の女をその王子は求め、それで生まれたのが政、後の始皇帝。

 政はついに本国に戻り、祖父や父が早死にして13の若さで即位、ずっと呂不韋が宰相として有能に国を栄えさせた。政の母のスキャンダルをきっかけに実の父かもしれない呂不韋を自害させ、王が権力を得る。政の兄弟の反乱もあった。

 親ととても複雑な関係。どちらが実の父かわからず噂は当然あるでしょうし、母に裏切られる痛みも大きいでしょう。ただその心を慮ってもそれほど意味はない、サイコパスで何も感じていないかもしれませんし、『史記』に間違いがあるかもしれません。

 それから短期間で各国を滅ぼし、天下を統一しました。統一後もさまざまな事業に取り組み、旅の途中で死にました。

 後継者の暴政もあり、農民反乱が起き短期間で秦は滅亡。その群雄から低い身分の劉邦が最終的に勝ち、何百年も続く漢帝国を作り上げます。その戦乱は日本の戦国、中国ののちの三国志に並び日本人にも親しまれています。朱元璋もチンギス・カンもムハンマドもティムールもすごいのに。

 

 豺狼を思わせる外見描写も書き残されています。その描写は『銀河戦国群雄伝ライ』の雷についても言われています。

 

 本人に武勲が乏しいのも面白い点です。自分で軍を率いることがない。反乱などでも自分が前線に立って敵兵を切り伏せる、ということはない。

 よい将軍に大軍を任せ、余計なことをせず待ち、果実をしっかり得る、という、君主のある理想の姿でもある。兵站や情報の軽視、迷信を理由とした大敗もない。完全ではないが人を見る目もある。李信が楚に破れても、以前却下した将にそれ以上の大軍を任せて結局は勝つ……自分の正しさを押し通すために現実を完全無視する、無駄に怒り狂う、という愚かさはない。大敗した李信も処刑とは書かれていない。

 暗殺回避は多い、運がいい。

 唯一体を使ったのが、荊軻による暗殺未遂。服が破れても素早く後退し、逃げ回った。長い剣をとっさに抜けない腕の悪さはあっても、結局は生き延びたのだから勝ち。

 自分自身の腕力がなくとも、十年ぐらいの短期間で六国を滅ぼし、天下を統一した実績はどれほど評価してもよいでしょう。

 それも秦そのものの強さがあってのことです。

 

 秦という国を考える、ならば中国そのものも考えるべきでしょう。

 地政学では、中国は島と言えるそうです。北と西は不毛の荒野、南は突破不能の密林、東は技術水準が低いと渡航困難で豊かな対岸があるわけでもない海。少なくともインドを征服する大軍を出すこともできませんでした。

 北の黄河・南の長江と二つの大河が、西から東の海に流れています。その間も多くの川があり、天然の水路網になっています。また中原と言われる地域はほとんど山脈がない、天然の障壁がありません。ピレネー山脈やアルプス山脈に分断されるヨーロッパとは違って。

 川という高速道路があると、都市国家の壁で籠城して敵が先に飢えるのを待つ、という手が有効になりません。小船でも大量の食料を運べてしまいます。

 ちゃんと治水灌漑をするとものすごい利益になりますが、怠ると洪水でものすごい被害が出ます。

 また、常に遊牧民の脅威があります。

 堤防を作るのも人を集め指揮します。遊牧民から自分たちを守るにも、軍がちゃんと動くには一人の絶対指導者に服従しなければ負けます。

 それでギリシャと違って都市国家の自由市民・民主主義とならず、一人の独裁者がけた外れの全権を持つ政治的伝統になったのでしょうか。

 祖先を同じくする「族」がとても強いことも特徴です。日本と違って同性不婚が厳しかったりしますし、極端に孝行・先祖崇拝が強いです。「族」内での徹底した財産共有も言われ、誰もが「族」に強烈な忠誠心を持ちます。

 そのためか、刑罰が個人ではなく、族滅が多いです。『ロミオとジュリエット』のように、族と族が底なしに争う……一人を傷つけたら、「族」の最後の一人まで、敵の族の最後の一人を殺すまで戦い続ける……なら政敵の族を皆殺しにしなければ枕を高くして眠れない、と。

 

 古代ローマでもシーザリオンなどある程度ありますが、たとえばシーザー自身、スラが迷いながら生かしたように徹底するのが伝統・普通の刑罰、ではない感じです。

 日本も、鎌倉時代以降、「子供だった頼朝義経を生かしたら平氏は滅ぼされた」と敵対した武家は赤ん坊も皆殺しにすることが多い、ただし女子供を寺に入れて生かすことも多いです。たとえば石田三成の子供たちが多く生き延びています。忠臣蔵でも、浅野内匠頭の親族が長くお家再興運動の相続候補となり、出家した妻も活躍します……九族皆殺しではない。

『銀河英雄伝説』でもリヒテンラーデ一族、またルドルフ時代からもあるように、帝国の刑罰は一族に及ぶのが普通でした。尚書、という制度もあるのも中国を思い出させます。

『スコーリア戦記』のソズたちの子、『デューン』のポウルの長男なども当然のように殺されています。

 一族とは少し異なる、惑星ごと皆殺しにする懲罰が『スターウォーズ』のデス・スター、『彷徨える艦隊』のシンディックなどに見られます。

 古代ギリシャやモンゴルなども、敵となり抵抗したら都市国家全体を皆殺しにしたり、男は皆殺し女子供は奴隷、とします。三日の略奪、抵抗したら皆殺しか男は皆殺し女子供は奴隷、が人間の本当の標準・普遍の法と言っていいでしょう。

『現実』の近代ではパラグアイ三国戦争が国民の半分近く・成人男性ほぼ全員と極端に死亡率が高いです。

 そのような残虐水準の文明ごとの違いも注目すべきでしょう。フランシス・フクヤマは、古代中国の40万人あなうめなどが、大げさに言っているにしてもローマやインドに比べて多すぎる、と指摘しています。

 またペロポネソス戦争前後、アテネが都市国家の皆殺しを乱用するようになったことも注目すべきことです。残虐水準が時代によって高まることもある。

 近代国家だったドイツのホロコースト、また平和な近代国家だったユーゴスラビアでの強制収容所・組織的レイプの衝撃、首都は近代的だったイラン・イラク・シリア・アフガニスタンが女性や西洋文化を残忍に抑圧し残酷な刑罰が当たり前になったこと、そしてロシアのウクライナ侵略など、極端な文明の逆行・残虐水準の増大が報道され、衝撃を与えています。

 

 その中国で、秦は中心からかなり外れた野蛮な地でした。逆に西の遊牧民と戦いつつ、西からの別の先進的な文化や技術も受け止めていました。

 もともと函谷関で知られる天然の城であり、肥沃な農地で大人口が栄えていました。

 そして、多くの智者を中原各国から受け入れて宰相を任せ、国を強くしていきました。別の知を受け入れる柔軟さがありました。

 有名なのが商鞅による変法。徹底した法治主義……身分が高くても罰される、権力のある「族」のかばい合いを許さない。厳しいが公平な法と裁判。商業を許さず、農業と農民からの徴兵を徹底して富国強兵。

 また大規模な土木工事。

 始皇帝の時代ですが、各国の臣を買収するなど、諜報戦にも優れました。

 それによって秦はどんどん強くなり、始皇帝がその力を一気に使って全国を統一しました。

 

 辺境の方が軍事力に優れ勝つ、というのも歴史的にはよくあります。

 古くから栄えた地域は森林も切りつくし鉱物も取りつくしているし、古くからの伝統、陋習がたまっていることもあるでしょう。

 日本でも関東地方が栄えて鎌倉・江戸と天下を支配しました。

 世界史でも繁栄していたメソポタミアなどから離れたローマ、そしてイギリス、アメリカと覇権が移動していきました。

 

 

 天下を取った始皇帝は、「自分はこんな偉業をした、とても偉い」ことを伝えようといろいろします。

 膨大な書類を毎日自分で決済する、ワーカホリックも書かれています。

 そして文字・度量衡などを統一し、軍用・皇帝専用ですが道を整備します。

 天下、と一区切りしながらも遊牧民や南越と侵略戦争は続けます。南越を攻めるにはまた大水路工事もやりました。

 そして長城、宮殿・陵墓などの大工事。今の観光地化された万里の長城は明の時代、始皇帝時代はあのような石やレンガではないそうですが。

 

 結果的な農民反乱もあり、暴政だと言われます。

 しかし反乱は始皇帝の死後であり、それまでは限界をちゃんと見ていた、とも解釈できます。どこまで絞れば限界を超えるか、それをわかっていた有能な人が粛清された状態で好き勝手に無理を命じたから、と。

 それまで長く秦が栄えた中、どれぐらいが限界になるかわかっていないはずはないと思いますが。

「民の苦しみがひどすぎる、これ以上絞ったら危険だ」と報告する地方官はいなかったのでしょうか?各国の大臣を買収して勝っていった秦、情報も重視していなかったはずはないのですが……真人になるためと宮廷の奥に隠れた始皇帝、そして二世皇帝の代になれば、もう下からの声は聞かれず限度を超えてしまったのでしょうか?

 そこは今はわかりません。

 単に工事をやり過ぎず民を休ませればよかったのかもしれません。

『史記』を読む限り、特に楚という地域には、ナショナリズムと言っていい激しい秦に対する憎悪があったようにも見えます。作物も文化も違うのです……逆になぜ、漢がそれを治めきれたのかが不思議なほどです。

 

 多すぎなければ、土木工事も戦争も民にとっても利益になるのです。平和という大きな利もあります。

 厳しい法も。

 

 漢が儒教を用い、それで漢そのものが正しかったとした、だから秦の法家は間違いだと強く主張されます。儒教を選び続けた後世も。秦が短期間で滅んだ、という大きな根拠もあります。

 しかし、秦は厳しい法で富国強兵を成し遂げました。全国を統一しても、厳しい法の国は大きいメリットもあります。

 厳しい法の国は、鍵をかけなくても眠れる、治安水準が高いというメリットがあるのです。それはたとえば織田信長についても言われます。

 法が厳しければ騙されるリスクも少なく、あらゆる産業を安心してできるでしょう。秦は商業を嫌いますが。

 法は、行が単純で教義が普遍的な高等宗教や、論理、幾何学とも似て、さまざまな異質な民族が共存できる器ともなります。

 富国強兵なら負けて虐殺される心配も少ないです。

 土木工事も、水路や堤防はうまくいけば膨大な農業生産と交通につながり、国も人々も富ませます。

 愚かと思える、巨大な陵墓や巨大な宮殿も、少なくとも「人間すべてが正しいと思っている」として、「巨大な陵墓や宮殿を作り、けた外れの贅沢を見せつける帝王に、人々は凄いと思い知って心の底から服従する」……があるようです。物語、霊的安心感も、人間は強く求めます。

 またピラミッドが公共事業だった、という説もあります。農閑期に食わせるため、もあるでしょう。

 

 始皇帝の碑文なども、常に法治国家のメリットを主張しています。『さよなら銀河鉄道999』でメーテルが母プロメシューム女王について「よかれと思って」と評したように。

『現実』でも、アフガニスタンで結局タリバンが勝利したように、厳しすぎでも支配がちゃんとあるほうがましで、支持されることも多いのです。

 また淫乱な習俗を潰した、という自慢も始皇帝の碑文などにあります。性道徳も法であるのは当然であり、それが乱れれば世界が滅びるという感情も当然でした。

 厳しい法で正しい生活を習慣づけることで心も正しくする、という考え方もあるでしょう。近代で学校・軍・刑務所がそうするように。

 そのメリットが正しく伝わらなかったか、ある時期から抑制を失って限界以上の酷使になったか……また以前考えたように、陳勝のように悪天候で遅刻し行っても死刑、は狭い秦ならほぼありえないけど広い天下だと多すぎることになった、のかもしれません。

 事業に失敗した者から全財産を奪うのは、正しい法の執行だから正しい……でもそれは怠けたものを罰するための法であり、バブル崩壊のような異常な時代では、まともに商売していた人もそうなり、あまりに多くの工場や農地が競売にかけられ真面目な人の多くが破滅したら世界全体が大損する、ということもあるかもしれません。

 家から見える堤防を直し、すぐ近くの山を守って戦うなら納得できる、でも歩いて40日かかる遠くで工事や兵役をやるのは不満だ、があったのかもしれません。

 

 

 始皇帝自身は、祖霊の力などは言いますが、人格のある太陽神の命令で征服した、自分が神そのものだから、などは言いません。裏切ったから、悪だったから滅ぼした、という感じです。

 ただ、神仙・不老不死に夢中になっています。

 それは水銀の入った薬で寿命をかえって縮めたでしょう。また、「人に見られないようにすれば真人になれる」を真に受けたことで多くの臣と常に接することがなくなり、結果的に宦官と宰相の二人だけしか接する存在がなく、遺言も多人数に公開できなかったため二人が裏切れば国を乗っ取られる状態を作ってしまいました。

 猜疑心が強い、という割には致命的なミスです……猜疑心が強い、と人に見られない、は決して両立しません。

 

 天下を統一してしまって、何を目的にするか。それは宗教の影響が大きいようです。

 その地域の宗教にその概念がなければ、たとえば「天に行く」「大仏を作る」という発想は出ないわけです。イスラム帝国はどれほど豊かでも、巨大なアラー像を作ることはできないのです。

 始皇帝には神仙という技術と信仰の複合体があったから、それを目的にしてしまったわけです。

 不老不死も多くの権力者が求めます。それこそ『火の鳥』でヒミコ、平清盛らが火の鳥の血を求めて自滅しました。『未来編』の猿田博士も、生命を解き明かそうとしたのは似たような愚行でしょう。『火の鳥』に始皇帝が出なかったのが不思議なほどです。

 そしてルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが不老不死を求めなかったことも不思議です。

『銀河戦国群雄伝ライ』の雷は、天下を統一したらそれ以上何かを求めて狂うことはなく、安定した統治ときちんとした相続で満足したようです。最後の戦いで、誰もが皇帝になれる下克上の時代は終わりにする、という宣言もありました。

『反逆者の月』のコリンも、アチュルタニに勝利してからは安定で満足したようです。

『ローダン』のローダンたちは、それこそ次から次に奇妙な課題が出て、太陽系帝国という形もどこかに行ったように戦い続けます。数十巻ごとに登場人物表を見るとローダンの肩書も全然違います。

『銀河英雄伝説』のラインハルトは、それこそ燃え尽きて死ぬだけでした。暴君になる暇がなかった、とも言われます。

『現実』のアメリカには、かつてはソ連に勝つ、という目標があり、そのために月に行くという目的に力を注ぎました。しかしソ連が自滅したら目標を失い、有人月飛行も、巨大加速器SSCさえも中止するなど目標のない状態が続いているように見えます。

 大英帝国そのものには、どんな目標があったというのでしょうか?

 アレクサンダー大王は、ひたすら武勲、『イーリアス』のアキレウスのような英雄に憧れた、と言われます。

 豊臣秀吉は明・朝鮮を攻め、後継にも失敗し、後の体制も不安定で豊臣家は滅びました。

 

 エジプトでは巨大なピラミッドを作る、という目標がありました。

 始皇帝も、不老不死とは矛盾していますが、巨大な陵墓を作りました。暴かれても地下に兵馬俑が残り、今に膨大な情報を伝えてくれています。

『火の鳥 ヤマト編』の大王はとても戯画的に醜く描かれていますが、墓と歴史を強く進める態度は、感じとして始皇帝と強く共通します。

 また思えば、始皇帝の墓が生贄の骨ではなく兵馬俑だったのもそれまでにすでに『ヤマト編』と同じように人身御供から粘土像にしよう、という大きな進歩があったことを示しています。どの文明もすごく昔は多数の人を生贄にしていました……どの文明にもあることなのでしょう。コロンブス以前の中南米では生贄の時代のままで、それはスペイン=キリスト教徒の激しい怒りを生みました。

 他にも日本の古墳、中南米のピラミッドなど、驚くほど昔の国家が、低い技術で巨大な陵墓を作り上げています。

 宗教の発達、方向性によってはとことん巨大な神殿・教会を作ることに力を注ぎます。古代エジプトでも、メソポタミアでも、またアンコールワットなど巨大な遺跡が多くあります。

 

『銀河戦国群雄伝ライ』でも弾正の巨大な陵墓が作られ、すぐに暴かれます。他に、宇宙戦艦作品で、超巨大な陵墓を作った帝王はいるでしょうか?

『銀河英雄伝説』のルドルフについてはそれは語られていません。

『ヤマト3』のシャルバートの王家の谷は技術を封じた宝の山でもあります。

『ローダン』は主要人物は細胞活性装置で相対的不死ですから必要ないでしょう。

 

 墓、自分の死後を考えるのは、特に不老不死の可能性があると考えることも嫌となります。

 それは相続という、始皇帝の最大の失敗にもつながります。

 母や兄弟とも殺し合い、また多くの悲惨な家族間の殺し合いを見てきた始皇帝は、自分の子でも太子と決めて確定させるのは危険だと考えたでしょう。

 それは帝王に常にあるジレンマです。後継者を確定したら、その後継者に人や富、武力も集まり、父である自分を倒せる力になってしまう。親子であっても信用できない。

 後の清では、皇帝が後継者を決めて書いておき、誰にも見せない、皇帝が死んだとき初めてわかる、という手を使いました。

 

 始皇帝は、諫言に腹を立てて長男を優れた将軍とともに遠くの前線にやり、しかも自分は旅をしていました。

 旅先で文武百官がいるわけでもない状態で急に病が重くなり、長男を後継にすると遺言したそうですが、その遺言が宦官の趙高と丞相の李斯に握りつぶされ、末の胡亥が擁立されました。

『銀河戦国群雄伝ライ』では弾正が正宗に国を譲ると決めたのに、遺言を託した忠臣が殺され握りつぶされます。

 徹底して集まっていた最高権力の、瞬間的な乗っ取りでした。旅、長男を遠ざけたこと、群臣から隠れたこと、全てが裏目に出ました。

 ですが、それこそ法家・韓非子の教えの通りです。人は悪いのだから、悪いことができないようにしろ、と。

 後には李斯も、胡亥も趙高に殺されました。

 あまりにも権力が集中した帝国は、後宮の、権力闘争の達人が簡単にすべてを得ることができてしまいます。

 それは中国でも、後も宦官外戚の害、また呂后・則天武后・西太后と繰り返されます。

 といっても、中国は三権分立など考えることはできない……皇帝、一人だけの独裁者、というシステムがあまりにも強く定着しています。

 そしてすぐに多くの有能な重臣・皇子を抹殺した政権は、まともに巨大帝国を運営できず短期間で滅びます。権力闘争の達人は、反乱鎮圧の達人ではないのです。

 ただ、どちらも宮廷では残忍でも呂后は民を満腹させ、則天武后も晩年になるまで最も有能な君主でしたが。

 またスターリンなど共産主義国も、権力闘争の達人がけた外れの権力を得て恐怖政治で支配するのが常です。

 それに似た『彷徨える艦隊』のシンディックや『レンズマン』のボスコーンも権力闘争の達人でなければ生き延びられません。

『タイラー』でもラアルゴン帝国はワングという奸臣に、簒奪寸前まで侵されドムもアザリンも殺される寸前でした。

『反逆者の月』でも潜んでいた悪人が後継者の王子たちを殺そうと陰謀をめぐらします。

『スコーリア戦記』では皇帝が死に皇太后が全権を得て行方不明の皇太子も手に入れ、欲望と自惚れを暴走させすべてを征服しようと戦火を拡大します。

 

 また、始皇帝も一人の人間としてもカリスマ性があり、反乱しない程度に工事や徴兵を抑えるような優れた人間を地位につける、人を見る目があったのでしょう。最後に裏切らない人間をそばに置くことだけは失敗しましたが。

 一人の人間が死ねば帝国が終わる……特に遊牧民帝国でよくあることです。またアレキサンダー大王も。

 ゴールデンバウム帝国もそうならなかったのが不思議ですし、ローエングラム帝国もそうなる可能性は大きいでしょう。

『スターウォーズ』のパルパティーン皇帝は相続をあまり考えていないようですが、フォースを用いた不老不死をあてにしていたらしいです。

 

 逆に、長続きした帝国は、相続という困難なことをうまくやってのけたのです。

 まず建国者、その後継者、その次、と三代ぐらいが有能で、長寿であること。唐や明のように最初のほうで家族間の反乱があっても長続きしたこともありますが。

『ローマ人の物語』などで強調されますが、政治家の優劣に「長寿であること」もあります。その点ではアレクサンダーや始皇帝さえも評価が低くなるのです。もちろんラインハルトも。ルドルフは長く生きたからこそ成功したとも言えます。

 徳川幕府の家康は異例なほどの長寿であり、だからこそ豊臣家を滅ぼすことに成功しました。また二代目の秀忠、三代目の家光も長期間発狂せずに統治し、しっかりと徳川幕府の日本を築きました。

 清帝国、ムガル帝国なども、三代目まで長寿・名君です。

 古代ローマ帝国もアウグストゥス・ティベリウスがそれなりに長く統治し、帝国の基礎を作り上げました。

 始皇帝が長生きできなかったことも、秦滅亡の大きな理由と言えるでしょう。

 

 

 始皇帝があちこちに旅をした、同時に道路も整備したことも大きな事業です。

 帝国には道路が必要です。それは通信でもあります、よい道路を馬でリレーし、文字で書かれた文書をやりとりすることで、かなり多くの情報を速く正確に運べるのです。封や暗号がしっかりした文字なら伝言ゲームや途中での改竄もありません。

 古代ローマも「すべての道はローマに通ず」と言われるように、今も使われるほど高度な技術でできた道路を多く作りました。

 ペルシアのいくつもの王朝も、膨大な道路を整備しました。

 ナポレオンも、交通や通信に力を入れ、特に腕木通信というきわめて速い情報通信技術も知られています。

 イギリス帝国は港湾、運河、鉄道、電信、海底ケーブル、と技術革新を使いつつ帝国を、交通と通信双方で一体化させていきました。

『銀河の荒鷲シーフォート』では、船が植民地と行き来し、人や情報を運ぶ唯一の手段です。

『ヴォルコシガン・サガ』も船が最速で、さまざまな使いがワームホール網を行きかいます。

『クラッシャージョウ』の、クラッシャーの本来の仕事は土木工事です。小惑星を破壊して星間通路の難所を交通しやすくするなど。工事そのものは作中ではほとんどやりませんが。

 

 逆に帝国の衰退の大きな症状として、道路の寸断・山賊海賊の跋扈があります。

 だからこそ、シーザーもルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも、海賊狩りによって名を上げています。

 

 旅そのものもかなり重大でしょう。『項羽と劉邦(司馬遼太郎)』では、始皇帝が旅をして自分自身を各地の人々に見せてアピールしたのは、まあ初めてだったから、劉邦はそれを反面教師として儒教儀式を使った、とあります。

 日本の近代も、天皇が多くの巡幸をして日本各地を回り、それも日本にとってとても大きなことでしょう。

 

 度量衡も、あらゆる帝国にとって重大なことです。

 暦、文字などと同じように、文明そのものの特徴になるのです。残念ながら古代ローマ帝国の共通度量衡やその決定者はわかりませんでしたが。

『銀河英雄伝説』ではルドルフが、自分の体を基準とした長さや重量を共通単位としよう、と言って諫言されやめたとあります。

 フランス革命ではメートル法が作られ、それは暦と違って大成功しました。

 特にアメリカは頑固にヤード・ポンド法に固執し、『現実』でも宇宙船の大事故による大損害の理由となっています。『銀河遊撃隊』でもメートル法とヤードポンド法の間違いでワープが狂ったことが話の始まりでした。

 

 度量衡、法、文字、貨幣、車の軌間、人の心の中まで何もかも統一したい、もっともっと……天下統一でも満足できない……

 それが始皇帝のやることに見えます。

 

 

 他の文明は、そこまで一人の人間がすべてを設計することはないでしょう。

 アレクサンダーは巨大な征服と、故郷からの友に反対されても融合された帝国を作ろうとする柔軟さがあり、あまりにも若く倒れました。

 チンギス・カンは征服者として巨大でしたが、巨大な器に何を入れるかは考えていなかったように見えます。

 スペイン王は膨大な新大陸を征服しながら、そこにあった知的資源も焼き尽くし、農業などの力も失い、カソリックの信仰と威信にとりつかれて無駄な戦争にすべてを浪費しました。

 ナポレオン一世も、偉大な法典、近代国家のひとつの手本を作りながら征服を止められず自滅しました。

 さまざまな作品の銀河帝国も、一人が作り上げるものではないでしょう。古代ローマ帝国や徳川日本のように、何代もかけて、膨大な知性を集めて作り上げていくものでしょう。

 ただ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと、パルパティーンは圧倒的な意思ですべてを作り、すべてを支配しようとしました。

 ルドルフは五百年続き、ラインハルトの後も帝国には違いない成功をおさめました。

 パルパティーンは死にましたが、『非正史』でも『EP7,8,9(シークエル・トリロジー)』でも戦いは続きます。

 

 繰り返しますが……確かに始皇帝は失敗しました。

 しかし、彼はわかっていたのです。『韓非子』にある、日本では童謡「待ちぼうけ」で知られる、兎が切り株にぶつかって死んで得をした、だから耕すのをやめて切り株で兎を待つ……過去、聖賢の道をそのままやることは愚かだ、と。智者たちがそうしろと言った、それは否定すべきだと。

 封建制にするか郡県制にするかなどの節目で、法家の李斯が訴えます。儒者たちが言う聖王たちの時代はごく狭い国、今のこの広い天下とは違う、と。始皇帝もそれに賛成しました。

 面積も、人口も、技術も、含まれる気候帯も、何もかもが違う。古い制度、古い道徳で治められるわけがない。

 だから手探りで、自分で新しい方法を考えた。「皇帝」という漢字二文字も始皇帝自身が考えた。

 国の大きさも、何もかもが違う。なら自分で考えなければならない。

 その挑戦が、膨大な試行錯誤があったからこそ、劉邦は長続きする帝国を作り上げることができたのです。

『宇宙軍士官学校』が常に強調する、変わることの必要性。

 それがあったから、日本は明治維新に成功した。

 古きにすがって逃げるより、挑戦するほうがいい。ただ、最悪を前提にしてちゃんと考えなければ……といっても、考えても『三体シリーズ』のように不足していることもありえる……

 筆者が、今の知識、後知恵から始皇帝に言える文句はいくらでもあるでしょう。しかし、筆者も今の時代のいちばん賢い人たちから見ても、また100年後の凡人から見ても、今始皇帝を振り返って評するよりも愚劣でしょう。

 完全な知がない以上、誰もが愚かなのです。なら、やってみるしかないのです。

 今は時代が変わっている、復古を選ぶべきではない、とわかっていただけでも上等なのです……後の中国の皇帝の多くは、古い聖賢の世に戻そうと儒教に狂いました。古代エジプトのように。

 トインビーは復古も未来=設計も否定しますが、ですが彼の思想に同意する人は……あまりにもリスクが大きい。

 

 そしてある目標を達成したら、次に何をするのか。

 今の『現実』には何があるでしょう。

 まず人類が滅亡しないこと、気候変動や環境破壊、貧困、核戦争の恐怖を克服する……

 でもその手段は?環境関係の人が言うように、資本主義・経済成長を捨てて、人類全員がものすごく低い平等な生活水準で満足する……それはポル・ポトにならないでしょうか?そして銅が、燐が尽きたら?

 それとも、たとえば今の日本は、それこそ自民党政権であること、憲法改正、財政再建、それぐらいしか目標がないのでしょうか?それとも戦前の道徳を取り戻すという狂った目標に全員が従うしかないのでしょうか?

『三体』の地球人は、間違った手段で生存しようとして滅びました。

 何が目標でしょう?何が正しい方法でしょう?

 聖賢の道にすがるのは愚か。

「**は人の身に余る」などと言われますが、ならどうすればいいというのでしょう。聖賢の道、古代エジプトや明帝国、ひどい意味での江戸幕府のように前例と過去に閉じこもれということでしょうか。

 今が違う時代なのだと理解する。そして情報戦をおろそかにせず、勇敢に試行錯誤する。それはきっと正しい道でしょう。たとえ自分は失敗しても、それを後継者が参考にする……

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