筆者はあるところで選民思想と非難されました。
想像の中で、『ガンダム』宇宙世紀の50億人と、十数人の強力なニュータイプを天秤にかけ、後者を選んだからです。熟考して書いた言葉とは言えないでしょう。
筆者がいままで書いてきたこと、本作や小説や雑記を全部読んだら……選民思想と批判されても仕方ない、とも思えます。
まず能力として。
『ガンダム』原作では、強力なニュータイプは、サイコフレームの補助があってですがアムロが地球に落下する小惑星を押し返したり、バナージがコロニーレーザーを防いだりしています。
平凡な50億人がどう頑張ってもどちらもできません。
50億人なら何十年もかけて膨大な工業生産をして同様なことができるかもしれませんが、原作宇宙世紀ではその50億人は政治的に徹底して無力……愚民であり、意志を持って生産し行動する可能性がありません。
さらに、強力なニュータイプには何ができるかわからない……宇宙に穴をあけて、地球人だけでなくもっと広い範囲を破壊するかもしれない。
原作を見れば、ニュータイプたちは戦争の兵器として無意味に死んでいき、生き延びたジュドーや(『UC2』が未発表である2024年1月現在)バナージも世界を変えてはいない……ミネバ演説も無視された、いやミネバはむしろ事が大きくならないようにしたと言われる。
50億人も、何もいい方向に向けることはできなかった。
結果は、人が人を食う地獄から、『ターンA』の黒歴史が確定している。
間違っていた、どちらも何の価値もない……そう思えてしまいます。
とっさの感情として。
アニメなどで顔を見、声優の声を聞いているキャラクターが何人もいる十数人と、数字でしかない50億人。その中にカマリア・レイがいるとしても。
考えてみてください……ボタン、いやレバーがあり、トロッコ問題と同様にどちらかしか選べない。どちらかを助けられる。生命を助け、心身を癒し幸せに一生を送らせることができる。
一方は、『ガンダム』で悲惨に死んだフォウ・ムラサメ、プル、マリーダら、『ガンダムSEED』のステラなど。
もう一方は、『ガンダムX』や『ギャラクシーエンジェル』の本編開始前の戦争で死んだ何十億人。または『スターウォーズ』『ダーティペア』などで惑星ごと吹っ飛んだ何十億人。
前者は、顔と名前を知り、彼女たちが言葉を発するのを聞いています。架空の人物ですが、人間の感情は架空と現実を区別できません。『現実』の多くの人間、狩猟採集生活をこなすための脳にとっては、テレビ画面の向こうの俳優たちは知り合いです。実際には一方的ですが。アニメのキャラも同様です。
後者は数字でしかありません。
両方知っている人はどちらを選ぶでしょう?
さらに、『現実』で自分の家族一人と、『現実』に生きている見も知らぬ何億人。筆者の感情は前者を選んでいます。
それは、アイルランド・ベンガル・ウクライナをはじめとする飢餓虐殺、奴隷、東京大空襲や原爆投下を可能にさせる感情なのですが。
それで選民思想と責められるなら、そうでない人は事実上誰もいません。
逆にそうでない人は?人数だけ。二人の自分の子と、筆舌に尽くしがたいほど残忍な独裁者と連続殺人犯と児童虐待者の三人なら、三人。『Fate』の衛宮切嗣が、徹底して人数天秤機械となったように。
人権、という思想は本来、家族でも悪人でも異教徒でも同じように扱う、という過激思想でもあります。日本でしばしば、邪悪な犯罪者を守るのか、と人権が批判されるように。まさにそうなのです。裁判や徴税で親戚をひいきするな、という洋の東西を問わぬ国家と法の問題ともつながります。
いや、選民思想ではない……それは、『沈黙の艦隊(かわぐちかいじ)』の政治家討論で救命ボート上の非常時を問われたとき、弱者を排除することは許されない全員死すべきである、と断じた人がいた……生命、いや人類の存続を上回る、無制限にすべてを上回る上位規範でしょうか?
ほかにも法規範が、50億人の人命より重いということもあるでしょう。
『銀河英雄伝説』でヤンが政府の命令で首に手をかけていたラインハルトへの攻撃を止めた……文民統制を、これまで死んだ数百万人の犠牲を無にする・次の戦いで何百万人も同胞が死ぬであろう、それより優先した。
ただ、法を人命より優先する……それは、「一人の異教徒を殺すためにどんな犠牲でも」にもなるでしょう。フィリップ・K・ディックの短編には戦争中でも一人の支配しきれない人を殺すために国家の全力を注ぐ話があります。
また、『現実』に何人かいた、偶発的核戦争を防いだ軍人たち。彼らは間違っていた、人類が滅んでも「軍人が命令を守る」ことのほうが価値が大きい、とでも?
「正義はなされよ、世界は滅びよ」という言葉もあります。
価値……モノサシ。
誰に価値があるのでしょう?
『宇宙軍士官学校』では、全地球人から数十万人しか生きられないかもしれない、という場合に備え、学者や芸術家を選抜した地球人の官僚は否定され、ただのサンプル、と言われてランダム選択されました。
上位種族から見れば、地球人の天才でも同じ原生動物に過ぎない。
さらに、兵站を通じて、最前線の将兵に送られる菓子は地球人など下位種族十億人の生命より優先される、という冷徹さも。
ただし、主人公たちは上位種族の間でも評価は高いです……軍人として。
作品内では、「下位種族には可能性以外の価値がない」と、「下層労働力として必要とされている」という矛盾した情報があります。ですがそれも『現実』に近い。
誰に価値があるのでしょう?
それこそ、今の『現実』の80億人。
価値は何でしょう?モノサシは?
「万物の理論」、科学。真理。超弦理論。ダークマター。ダークエネルギー。超弦理論以外の量子重力理論。
軌道エレベーター、その他宇宙に行く今よりいい技術。核融合。波動エンジンなど今知られていない物理学による超技術。
地球人全員が、最低限の人権がある生活……食料と清潔な水、医療、人権がちゃんとある政治。
芸術。明日出るかもしれない、モーツァルト以上の作曲家。その他あらゆる。
宇宙全体でも貴重な秘宝。
人類が滅びないこと。
『火の鳥 未来編』の最後に火の鳥がいう、具体的なことのないモノサシ……戦争による虐殺死体とは別であることはわかる。
たとえば旧約聖書では、神は天罰としてある都市を滅ぼすと決め、でも都市の人々が悔い改めたり、一人でも善人がいたりするなら許してやる、があります。
SFでも、強大な異星人などに見逃してもらう話は多くあります。
『Dr.スランプ』ではアラレが異星人にキャンデーを与え、友人として親切に扱ったからその異星人は上官に虚偽を報告し侵略を中止させた話があります。
それとも、50億人の愚民がただ生きることが至高価値でしょうか?
人がただ生きるのは罪かもしれない……日本でのあるテロは、日本人が豊かに暮らしていること自体が加害者だ、という理由が主張されました。実際問題今に至るも、先進国民の豊かな暮らしは、途上国の悲惨な犠牲の上としか思えません。
普通に人々がただ生きる、それが先住民の皆殺しや、少数民族の拷問虐殺・民族浄化そのものでもあることも多くありました。魅力的な大型動物を絶滅させるのが普通の人々の平凡な暮らし、であったことも多くありますし、今もあります。
愚民と賢民をどう区別するのか……も問題でしょう。
価値があるのは、たとえば宇宙世紀では、ニュータイプではなくミノフスキー博士やテム・レイといった科学者でしょうか?
確かに世界を変えたのは彼らでしょう。
科学……アメリカはSSCの中止で、科学・真理の探究を事実上放棄した。
素粒子物理学は、50年間、半世紀の間、少なくとも何かおかしい。
以前……つい最近。
マイケルソン=モーリーの実験、地球の自転という追加があってもなくても光速は変わらない。エーテル。アインシュタインが相対性理論を作った。エディントンらが日食観測で重力レンズ効果を確認した……実験で理論を検証した。それが原爆、今はGPSに結びついている。
量子力学も、黒体放射からプランク、そして波動方程式……陽電子の発見、量子電磁力学の信じられない精度の実験との一致。そしてレーザーという技術的応用。
その、理論・実験・技術的応用の三者のダンスは、半世紀止まっている。
理論と実験の二者のダンスさえ。
電弱統一理論の技術的応用は知る限り皆無。
超弦理論という、重力・強い力・弱い力・電磁気力を統合するといわれる理論は、何十年研究しても実験で検証できる予測を何一つ出さない。世界中の天才が集まり続け、生涯研究し続けるのに。
……弦、ひも、ストリング、は『ギャラクシーエンジェル』のクロノ・ストリングの元ネタです。
『量子怪盗 シリーズ』でも重要な役割があります。
少なくとも縮退砲はない。いや、縮退は電弱統一理論より前。『ヤマモト・ヨーコ』のザッパーでやっと大統一理論。電弱統一砲、は記憶にありません。
軌道エレベーターや量子コンピュータが高い水準で成功したとしても、それらと関係する物理学の教科書は1950年にはそろっていた……正確な年はもっと前かもしれない。
少し注釈します。SSC、スーパー・超電導・加速器(コレダー)。アメリカで計画され、1990年代前半に中止された巨大科学実験。加速器は『三体』で邪魔されたように、人類の科学進歩の最先端でもあります。
それを中止した……経済のほうが科学より優先であり、また「敵国が地下で実験してブラックホール砲を作る可能性が絶対にない」ことをアメリカ首脳は確信した、祖国の存亡を全賭けしたのです。これ以上強烈な賭けはない。
筆者はそれが、地球人そのものの変曲点だとさえ思っています。
統一……物理学は、四つの力を知っています。重力、電磁気力、弱い力、強い力。弱・強は原子核のスケールの力です。
かつて電力と磁力が統一されて電磁気学ができたように、宇宙開闢に近い超高温状態を加速器で作った結果、電磁気力と弱い力が統合されることが実験的に確認されています。
同じことが強い力、そして重力でもできるだろう、ビッグバンの瞬間には四つの力は統合されているだろう……その確信のもと、理論が作られ実験が繰り返されているのです。
筆者の基本的な考えは……それこそ選民思想と言われても仕方ない……
「天才は統計、偶然低い確率で出る、貴族から出るとは限らない……だから天才を生み出すためには多くの子が生まれ殺されず教育されるほうがいい」
「天才を高度に教育したとき、科学技術が大きく進歩する」
「高い科学技術は皆を豊かにし、戦争で勝利させ、滅亡を防いでくれる……それを価値とする」
「科学は真理を探究し美しいものでもあり、それだけでも価値だ」
だから、筆者が本当に世界の全権を握っていれば、世界の全人類に最低限の衣食住と、治安と拷問のない法、教育、情報を与えるでしょう。国家や宗教を問わず無条件に。さらに天才児には学費生活費公負担で優れた教育。勉強を望む者も助ける。
天才が欲しいからです。進歩を望むからです。選民思想と言われても仕方ない。
ただ今、ラマヌジャンの時代の何倍も人口があるのにそんな天才は見当たらない……ダークマターも解明されない。
また『現実』の地球人の天才は、少なくともIQは正規分布で、同時にたとえば身長が4メートルは例がないように超極端が出にくい。
最近の日本でも橘玲などかなり言われるのが、「知能は遺伝するという不都合な真実」です。
それは貴族制度が正しいとしかねませんし、今の世界での世襲化・格差拡大も、機会の平等と公平な競争の結果、となります。
さらに、薬物・遺伝子改良・機械問わず、知能増強の可能性も言われます。
また、以前から何度も書いているように、「人数」による物量も、天才による科学も、勝てるとは限りません。
軍事的には基本的には多いほうが勝つものです。
しかし例外が多い。『現実』ではハンニバルの包囲戦、韓信、項羽、源義経。軍事的才能というとんでもない要素……士官学校では見えない。韓信も項羽も、そういう社会に生まれても士官学校主席ではないと思われる。
中南米帝国の征服、伝染病と帝国内部の不満という強運。明らかに将器をアレクサンダーやカエサルと比べれば低いピサロとコルテスが、劣らぬ面積と人口を征服した。
南宋の文化とコークス製鉄はモンゴル帝国の、マヤや江戸日本の精緻な暦と円周率は西洋の銃砲の前に無力だった。
『ヤマト』で波動砲斉射が効かず白色彗星に吸われる艦隊。無人艦隊、ハイパー放射ミサイルと繰り返される。
『三体』で水滴に瞬時に破壊される地球艦隊。
『ガンダム』の宇宙世紀も、ミノフスキー粒子・モビルスーツという技術革新で艦隊数の差がひっくり返されました。
『ドラゴンボール』で多数の戦車は、ピッコロ大魔王にもセルにも無力。『リフトウォー・サガ』では剣と魔法の神々水準の蛮族が空間転移する竜にまたがり宇宙戦艦文明も滅ぼしたと確かありました。
強力な精神支配超能力者は強大な宇宙戦艦文明も容易に支配できます。
伝染病の前では強大な帝国も無力に等しい。
それこそ戦争では圧倒していた『宇宙戦争』は伝染病で逆転した。
『インディペンデンス・デイ』ではハッキングで勝った。
『マクロス』では歌で逆転。
さらに宇宙そのもの……『ジーリー・クロニクル』や『三体X』の規模、また『イデオン』のイデが敵となれば、それこそどんな巨大艦隊でも、どれほど強大な超能力者でも、どんな天才科学者も、実際には無力でしょう。
フィクションであれば、勇者の勇気と奇跡と自己犠牲はどんな戦力もひっくり返しますが……インカや、モンゴルに滅ぼされた国々に勇者はいなかったとでも?
軍事的天才……宇宙戦艦作品を、また『現実』も大きく彩る異常ともいえる存在です。
経済的な巨人たちも、それに近いものがあるでしょう。
学校の成績だけでは測れない。現実の戦場の霧・経済の競争の中で身を起こす怪物。
また、将として、指導者としての評価は低くするしかないけれど、やり遂げたことが巨大である人もいます。コロンブス、ピサロ、コルテス。巨大なことをしたことは否定できないでしょう。ヒトラーも、とんでもないことをしたことは否定しようがありません。
『エンダー』の人類史上最高の軍事指導者、アンドルー・ウィッギン、異類皆殺し(ゼノサイド)のエンダー。
『銀河英雄伝説』のラインハルトとヤン。
でも……ラインハルト、ヤン、エンダー、ローダン……アレクサンダー、韓信、チンギス・カン、呂布、諸葛孔明、上杉謙信、黒田官兵衛、ナポレオン一世、ロンメルがあの時のインカ帝国に転生したとしても、勝てるはずがない。
『宇宙軍士官学校』の太陽系防衛戦でも、彼らがいても勝てなかったでしょう。
もっと早く、兵器体系や軍のシステムを変えられる……上記の英雄たちがそういう存在だったかどうかは……
新兵器に適応できること、新戦術、それこそ軍事的天才?経済的天才も、新しい技術に適応できること?
『三体シリーズ』のルオ・ジーは、軍事的にも科学的にも天才とは言えませんが、新しい発想を理解する柔軟さがあったからこそ、戦艦の戦いでは完敗した地球人を救えたのです。
『宇宙軍士官学校』で異星人に評価されるのは変われること、自分を書き換えられることです。
何がモノサシになるかわからないのです。
『現実』でも、最近話題になる人工知能などを考えると、2050年に何がモノサシになっているか見当もつきません。
1900年から1950年の間に、二度の世界大戦や科学革命でどれほどモノサシが変わったことか。
考えて気づいた……筆者は選民思想になりたい。
地球人の資源・貨幣を、全人類から選んだ数万人の若い天才の教育と、超巨大加速器に注ぎたい。
筆者自身を含む78億人が必要ないとガス室送り……2億人ぐらいの有能な人で天才の衣食住と加速器建築……となるとしても。……筆者は、筆者自身は天才ではないのでその意味では無価値だと知っています。
それで十数年で超弦理論か何かが実験的に検証され、ダークマター・ダークエネルギーも解明され、さらに波動エンジンが完成して地球人が宇宙を制することができるなら。
それができると、正しい手段だとわかっているなら。せめて確信できるなら。
信じることができない……超弦理論の半世紀の不毛。LHCが稼働して、容赦のない標準理論の正しさばかり。時々ほころび報道があるにしても続報はない。
科学、進歩への愛……植物人間いや死人を愛し続ける、または信仰を失った聖職者のようなものです。「神様、信仰を失った哀れな私を助けてください、信仰を返してください」と泣き叫びたいのが正直なところ。
でも今でも研究を続け、新加速器や背景放射観測衛星の予算のために努力している人たちはいるのです。希望を持ち続けてもいいでしょう。
どれぐらい確かか、もう80億人は価値がない……本当に科学の進歩がないのなら。
天才にも価値がない。
それこそ『三体』の智子(ソフォン)を食らっているようなもの。三体人の攻撃ではなく、この宇宙の物理法則そのもので。
さらに、化学ロケット以上の宇宙に行く手段……軌道エレベーターも、極超音速スカイフックも、高山地帯から高い塔を作って電磁レールマスドライバーも、核爆弾ロケットも、地上から電磁波でエネルギーを送って加速し続けるロケットも、全部絶対に完全に不可能なのだとしたら。
それこそ地球人は、銅やリンが尽きたらほぼ全滅、あとはそれからの年月で事実上確実に滅びる。どんなに生き延びても、十億年以内に太陽燃焼が強まる、水が、二酸化炭素がなくなるなどいくつかいわれる原因で滅びるだけ。
定常文明だってただのジリ貧。
もう「カターン」しかないではないですか。『新スター・トレック』の、あのエピソード……滅亡は確定、移住は無理。ならばこの文明の文化と遺伝子のサンプルを宇宙に打ち上げ、誰か拾ってくれと……
本当に『現実』は天才にも価値がない可能性が大きくあるのです。
この何十年か、天才児は科学研究ではなく、チェスやタレントなどの仕事を選んでいるとか。
それこそ、素粒子物理学に天才たちが失望したからこそ、クォンツ……金融工学に天才たちが回ったのです。その結果はリーマンショック、膨大な天才が無駄になったことを見せつけました。
知能が大金になる時代。でも……GAFAはもう十数年がっちり固まり、新しいすごいのは何が出たでしょう?
もう、天才も必要ない時代になってしまったのでは?確かユナボマーが何十年も前にそういうことを……
選民思想。それ自体について考えてみましょう。
辞書的には、本来ユダヤ教・キリスト教の概念だったそうです。
ユダヤ教は、自分たちユダヤ人はアブラハムの時代から神に選ばれた特別な民としました。
もちろん、あらゆる「族」は古代では自分たちは神の子孫で神に愛され選ばれた特別な民とします。古代ローマ人も、中国の漢族も。
今もユダヤ人はその考え方が強く、だからこそパレスチナで虐殺と土地奪取をしていると非難されます。イスラエルでヒャッハーしている人たちがユダヤ人の多数派かどうかはともかく。
だからユダヤ人を差別するのは間違っているでしょう……誰でも、どの民族でも同じ。差別、軽蔑すべきなのは地球人です。
キリスト教では、福音書に描かれるイエスの言葉と、現実のキリスト教国家の方針は別と言えるでしょうか。
イエスは差別される人、嫌われる人たちを愛し、ユダヤ人の上層・宗教指導者ではない人たちこそ神に招かれ選ばれ愛されたのだと言いました。
福音書の描写では、イエスはごく近い未来での世界の破局を前提にしているようにも見えます。その破局で選民は生き残る、と。それは当時の情勢から予測できたかもしれませんし、ユダヤ戦争後に書かれたとされる福音書著者の後知恵かもしれません。
ヨハネ黙示録では、歴史の終わりに簡単に言えば最後の審判があり、選ばれた善人が救われ天国で永遠の幸福、それ以外は地獄行き、と。
キリスト教が国教となったら、当然信者・自国民こそ選民であり、それ以外は皆殺し・奴隷化すべき存在としました。
ですがそのことはキリスト教でなくても、中国でもアステカでも、ギリシャでもローマでも変わりません。
筆者はユダヤ教徒でもキリスト教徒でもありません。その意味での選民思想ではありえません。
『ガンダム』宇宙世紀では、かなり強い選民思想があります。
特にギレン・ザビが目立ちます。優秀な自分・自分の周囲のエリートジオン……民族なのか血族なのかコロニー住民なのか……そんな人々が、指導する。連邦の民主主義ではなく。アースノイドの支配ではなく。さらに人口も大きく減らすべきだ……
人口削減は宇宙世紀の通奏低音です。
宇宙に出ているし核融合も小型化されているのに、ものすごく資源が足りない、地球環境が破壊されている。だから人口をものすごく減らし、さらに生活水準も低くしなければならない。
地球環境を守るために、原則として地球を居住禁止にしなければならない。……と多くの識者が主張している。『逆襲のシャア』のシャア、『閃光のハサウェイ』、さらに後の……
結果的に人が人を食う世界になったんですから、それで正しいといえるでしょう。
膨大ないらない人間を殺さなければならない……
『現実』でも、環境問題、『成長の限界(ローマクラブ)』が発表された1970年ぐらいには、「地球人の大半を殺すべきだ」という意見も多くありました。
『人口爆弾(ポール・エーリック)』が最も売れました。
「救命ボート倫理」もギャレット・ハーディンにより提唱され批判されています。
2020年代の今も気候変動は強く言われますが、虐殺肯定の言説は日本語ではほとんど見られません。むしろ「人類皆が改心し、生活水準を大きく落とすべきだ」が主流のようです。それに反資本主義が加わっていますか。
『滅亡へのカウントダウン(アラン・ワイズマン)』は人口を減らせ、ですが虐殺肯定ではありません。避妊しろ……でも『三体』では三体人は最初、地球人は殺さないが妊娠させない、と決めていました。『幼年期の終わり』でも妊娠がなくなりました。
日本では俗な陰謀論書として、西洋の陰謀論的権力者が人口削減を企んでいる、はよく見ます。『ノストラダムスの大予言』など五島勉もその傾向です。
その時代の警告が外れたのは、緑の革命などの技術進歩によるものです。だから今回も大丈夫だと信じる人もいます……筆者もほぼそちら側です、念のため今の地球人に可能な水準のカターンカプセルは打ち上げておくべきだし宇宙進出による地球号の救命ボートも必要だと思っていますが。
ただ理性的に考えれば、徹底した人口削減が、環境保護の最も確実な手段であることは真実でしょう。人がいなくなったことで楽園となったチェルノブイリ周辺や38度線、全島避難した島などを見れば。
人口を減らせ、というのはマルサス以来、西洋知識人の中核的な信念でもあります。
特に人種差別と結びつき、質の悪い人間は殺して質のいい人間だけを生かせ、と。
労働者はむしろ餓死したほうが世のためだ、と。
貴族以外に価値はない、人間ではない、という価値観も示しています。農民反乱以来貴族たちにとりついている、下層民に対する激しい恐怖と憎悪。
環境破局……すぐには思い出せません。
『三体シリーズ』の〈大峡谷〉は環境破壊もあり、人口の過半数が餓死する大惨事でした。
破局後のSFは『ねじまき少女(バチガルピ)』、『O.P.ハンター(神坂一)』、環境かどうかははっきりしませんが『ザ・ロード(マッカーシー)』など……実際には膨大でしょう。環境による破局だけでも。
実際問題、食料が足りない、人数が多い、だと共倒れか切り捨ての二択になります。
それは古代文明の崩壊、また上杉謙信の関東攻撃が出稼ぎと言われたように食料略奪・ゼロサムゲームによる乱世そのものを形作ってもいるでしょう。
自分の群れを生かし、ほかの群れを殺して奪う。
……それを許すのも選民思想。自分たちは特別・道徳的に高い存在・神に近い族だから、劣る・悪である他者を襲って殺して奪ってもいい。そして精神論にも……自分たちは特別だから、必ず勝つ。
身分、民族、部族……あらゆることが「選民思想」と呼べてしまいます。
そして近代文明は結構食料が多い、共倒れと切り捨ての二択を技術進歩で免れることが多かった……だから『暴力の人類史』『21世紀の啓蒙』のモラルの向上もあるのでしょう。が、これからもうまくいくとは限りません。
食料が足りていれば、人に生きる権利があるのが当然……でも、食料が不足していれば、生きる資格を示さなければ生きる権利もない、となるでしょう。
以前の、欠乏と豊穣の精神。
『冷たい方程式』、救命ボート。
『三体』は環境が厳しい星の生物だけに、とんでもなく厳しい社会です。『デューン』も。
『ノーストリリア』も優れた子だけを選別し、劣った子は安楽死処分にします。
選民思想の拡張として、人種・民族問題となるとさらに膨大になります。
宗教戦争も。
『スターウォーズ』のパルパティーン帝国はヒューマンを高い、それ以外を低いと差別して帝国をまとめたようです。スローン大提督という例外があるにせよ。
非正史のユージャン・ヴォングは違う方向の選民思想で人類を攻めました。
『デューン』も聖戦で多くの犠牲が出たようです。
『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国は、優れた遺伝子の持ち主が尊い、というルドルフの原理があり、さらにルドルフ自身・ルドルフに近い功臣が優れた遺伝子、さらにゲルマンが優れた遺伝子、という遺伝学的にもゆがんだ選民思想で帝国を形成しました。
さらに『スコーリア戦記』『ガンダムSEED』『星界シリーズ』のように遺伝子改良が加わった選民思想は救いようがないものがあります。
地球人そのものの選民思想。これは意識されていないのを含めればどんな作品でも同じでしょう。
プラス面でしょうか、『ヤマト2/さらば』では古代たちは地球は宇宙の平和を守る義務がある、と戦いました。
地球は特別だ、自分たちが宇宙の中心だ……地球を中心とする天動説からコペルニクス転回。地球は宇宙のその他大勢の星の一つの惑星となった、というのも重大なのです。異星人を主張したジョルダーノ・ブルーノが口を針金で縫われたまま火刑となったように。
少なくとも地球人の、「自分(または自分たちの群れや宗教や民族)は特別に道徳的・宗教的に高い」という信念は本当に強い。いや、それをこそ選民思想の定義としたっていいほどです。
それは歴史の中では、自分たちの苦境の理由を悪役に押し付けて正しい努力をしないことにもなる……
『宇宙軍士官学校』では、常に自分たちは高い特別だとし、焼け出されたばかりのケイローンをいじめ、後に自らも焼け出されてまともに努力せず身を落とした種族の話があります。
地球人は、強い共感はあります。しかし、それは内集団、自分たちだけです。他者に対しては、根本的にはない。
良心・共感を切断するのは容易、特に集団として扱い、「人間じゃない」「仕事だ」「なすべきことをなせ」という人間のバックドア、ある意味呪文を受けると。
だからこそ人類は、膨大な虐殺・奴隷化ができてしまいます。
際限なく。
人間について最も絶望的なのは、悪人が悪行をするのではなく、善人でも自群れの一員でない人には、信じられないほど残虐なことを平気でするのが現実だ、ということです。あるいはいくつかのバックドアをつく操作をされたら。
原爆を投下したB29の乗員、それどころか731部隊の残忍な医師、ポル・ポト、連合赤軍で残忍な総括をやった人、『三体』で科学者を惨殺した紅衛兵……善悪判定装置を持つ鉄腕アトムが見たら全員「この人は善人です」というほうに筆者は賭けます。
天才・知能の遺伝によって自然に生じる高い能力の血筋を「選民」とする選民思想……
筆者はそうであればいいとは思いますが、上述のように天才も必要ない時代になっている気配がある、将来何がモノサシになるかわからない……要するに、筆者は自分が全知ではないことだけは認めているので、わからないんです。
教育はしたほうがいいとは思う。
子供が餓死することはないほうがいいと思う……ロイヤルストレートフラッシュを見たければ、多くの回数カードを切ったほうがいいのと同じく。
でもそれも無駄かもしれない。
わからない。
ただ、『現実』では、魔術・神秘・超能力方面、あるいは武術の修行で惑星を砕けるようになる希望はない……『この宇宙の片隅に(ショーン・キャロル)』で、電弱までの素粒子物理+相対性理論はめちゃくちゃな精度で検証され、人間の世界にかかわる知られていない力や粒子は絶対に存在しない、超能力は絶対にありえない、と。
いや……筆者は何を価値・目的とすべきかも、本当にわかっている自信がありません。
人類全体での合意もないと思えます。
本来のユダヤ・キリスト教選民思想なら、神との契約、信仰そのものが「目的」でしょう。その前では人類滅亡などゴミ、というかもともと人類も地球も神が滅ぼすのだから守っても仕方ない。
『現実』の核配備は「事故で人類が滅んでもいい」ということです。『復活の日』で本当にそうなった、防ごうとした人を潰したように。それほど国家、戦争がすべてに優先する。
人類の存続?
物理学?
それ以外?カントは?中国哲学は?今のフランス現代思想は?
斎藤幸平マルクスは、習近平理論は、人類の究極目的、永遠の完全な幸福になるとでも?でも彼らと筆者ではどちらが賢く正しいか……支持者の数は前者のほうが圧倒的に上です。数百万、十数億と、ゼロ。
上述ですが宇宙戦艦の数は、『幼年期の終わり』では本当の価値ではありませんでした。別のモノサシがあったのです。
『宇宙軍士官学校』で地球人が最高としたリーが放校されたように、別のモノサシが。
「別のモノサシ」は、銃・伝染病・鉄の鎧・馬でインカ帝国を潰したものでもあります。潰したスペイン帝国も、産業革命の科学兵器と機械産業・近代政治経済という「別のモノサシ」にゆっくりと潰されました。今の地球人、近代文明もいつ同じ運命になるかわかりません。
それこそ、SFの多くが「別のモノサシ」との対決であり、さらに歴史におけるあらゆる別群れの接触が「別のモノサシ」との対決です。
勝てるか、皆殺しにできるか、はかなり強い共通のモノサシになりそうですが……
選民、というのは以前の「上位存在」とも強く関係するでしょう。
特に『ガンダム』のニュータイプという概念はそれとの関係が深い。
もともとジオン・ダイクンが、おそらく別の意図で言った……『UC』の失われた憲章もあった……それが、おそらく間違って、宇宙での戦争で出てきてミノフスキー物理学によって特別な機能を発揮するようになった一種の超能力者、ニュータイプが特別視されるようになった。
ザビ家は本来自分たちが上位存在だとする……実際ギレンは超高知能、ミネバも強力なニュータイプ。ほかにもシャア、ハマーン、リディ、バナージ、ハサウェイなどなど名家から多くのニュータイプが出るのがあの世界の変なところです。それも、名家が本当に優れている、上位存在だ、と多くの人が信じる根拠になってしまうでしょう。
ニュータイプも天才も、間違いなく上位存在に思えます。ルドルフもラインハルトもヤンもそう見えるでしょう。
ですが、たとえば『人間以上』は一見劣った人たちから別の存在が出てきました。
何がモノサシになるかわからない……
さらに選民思想と関係するのが、「膨大な人数の支配可能な人間をどう扱うか」であり、「多数の人間に価値があるか」……「国防に必要」「貨幣で利益になる」か。
時代ごとの、人間の必要性・価値。
大人口を維持するのは実利?国・人類全体の利益?
天才の母数?総生産?軍?
本当は少数でいい技術システムもあるでしょう。
今は天才も不要な時代・産業構造・技術システムかもしれません。
昔は膨大な人を、超低賃金重労働で使い捨てるのが政治であり経済でした。
特に古代は、膨大な人数を動員して巨大な陵墓・神殿を作る文明が多くありました。
治水などではそれからも大人数が動員されます。近代であるスエズ運河・パナマ運河の建設、ペテルブルグの建設でも膨大な人数が徴用され、残忍な強制労働で殺されました。その残忍さは『技術革新と不平等の1000年史(アセモグル&ジョンソン)』で強烈に描かれています。
そして大航海時代。奴隷制が弱まっていたはずのヨーロッパが、ヨーロッパ本土では栽培できない砂糖、その後木綿、ゴム、アブラヤシなどのプランテーションの奴隷システムをやりました。
まずカナリア諸島。
それからカリブ海。
先住民を奴隷として酷使し、先住民がすぐに伝染病で全滅してしまう、だから黒人奴隷を大量に輸入する。
奇妙なことに際限のない需要……欲しがる人、欲しがる人が払う貨幣……金銀貨幣、また公債などになる情報・信用としての貨幣……があり、またアフリカ大西洋岸方面で際限なく奴隷が購入できる、さらに奴隷を反抗させない技術も、という奇妙な世界の状態により、無限の富と苦痛地獄が生じたのです。
それこそ近代、資本主義の原資だという人も多いです。
ですが産業革命は、少ない人数で膨大な生産をすることを可能にしました。
機械。それは本質的にまず馬を、そして人間も不要にしていくものです。
古代文明も、技術的失業を恐れて機械技術を抑圧した、という話は結構あります。
産業革命期、何度も機械に反対する人々による機械の破壊、発明者の破産はありました。
ラッダイトという伝説。
イギリスは、軍隊を出してでもラッダイトを抑え、発明を応援し続けた妙な国でもあるのです。
トラクターで馬が不要になってもタクシードライバーという仕事があった、技術的失業は間違った心配だ……という声もあります。
しかし、それは「前はたまたま」であり、今回も、これからもそうとは限りません。
そんな中、特に歴史は天才科学者・天才発明家を英雄として称えます。ごく少ない人数で莫大な生産ができるようにした、また文明を想像もできない域に押し上げた人たちと。
軍事的にも、膨大な人数は問題になります。
基本的には、それこそ『ガンダム』で「戦いは数だよ、兄貴」という名セリフがあるように、数は力です。
古代と中世の大きい違いに、歩兵中心と騎兵中心があります。
古代ギリシャはファランクス、長い槍と盾を持った歩兵が多数密集する。ローマはそれを複雑な地形向けに改良した。騎兵も補助的に使われたし、騎馬民族に何度も襲われたが、鐙(あぶみ)がなかった。
徹底的に数と、訓練がものをいう。作戦によってはアレキサンダーやハンニバルのように数をひっくり返すこともできるが。
古代から、武器と集団との相性は結構重要です。
ダビデがゴリアテを倒した投石紐。性能は弓矢に劣りませんが、なぜこれが主流武器でないのか……答えは、振り回すのに広いスペースが必要だからです。密集軍と相性が悪いのです。あと、ちょうどいい石を大量に手に入れるのが結構難しいこともあります。
なぎなたも強力ですが、密集集団で使うには向いていないから槍が主流になったそうです。
ほかにも古代ローマ時代の蛮族が使う長い剣(ロンパイア)など、集団向きでないから主流でなくなった武器は結構あります。
日本では、武士は「弓馬の道」、馬に乗り弓を引くことで勃興した。鐙も伝来していた。
西洋の騎士も。
イスラムも、遊牧に近い部族が馬とラクダを使いこなして征服し、馬を飼える面積の村を功臣に与えて支配した。
そしてモンゴル。ほかにも多数。
少数でも、速く強い騎兵は圧倒的な力があった。同時に、少し大規模常備軍に適さないのか、日本やヨーロッパは大帝国にならず、小さい独立性が高い領土に分かれる。
比較的少数の、高い費用がかかる馬・板金鎧・合成弓などを用いる軍が圧倒的な強さを発揮した。
それが火砲。そして火砲から防護するための新しい要塞……けた外れに高価、膨大な金が必要になった。日本は信長や雑賀が貿易の膨大な金で銃を使いこなし、西洋は大砲を発達させて莫大な金を集める国家を作り出した。
中国やイスラム、インドは火砲の発達に遅れた。それが文明競争の明暗となった。
さらに西洋では、銃の発達と社会の変化にともない、戦列歩兵という戦法ができた。
大砲も重要で、騎兵も使われるが、何よりも全員が銃を持つ歩兵。
すさまじい訓練で高度に洗脳され、集団行動を叩き込まれる……今の日本の学校での「行進」と体育会系を何万倍も厳しくするような。
映画『アラモ』で描かれるように、横一列に並んで行進する。たとえ敵が銃や大砲を撃ってきて隣の戦友がぐちゃぐちゃ死体になり血と内臓を浴びても。
「敵の弾より上官の鞭を恐れるように」それが近代軍の本質です。
そんな、一切自分で考えない、完全に服従し、集団で歩く。それが「近代」の根本です。学校も、刑務所も、病院も、工場も、すべてに共通します。学校はそれこそ、九九も覚えられなくても卒業式で完璧に歩ければそれでいい。
……第一次世界大戦で、生きていればノーベル賞確実な天才科学者がそのやり方で戦死し、さすがにもったいないと理系学生の徴兵が免除されるようになった悲劇がありました。「別のモノサシ」。
第一次世界大戦。機関銃・鉄条網・塹壕。鉄道。心についても。それまでの、人数が多いほうが勝つ銃を持つ歩兵同士の戦いが、一変した。
膨大な人数は必要ではあったが、どれだけ流し込んでも勝てなくなった。
戦車兵、いや機関銃に対処するための分散した分隊を指揮する下士官さえ高度な教育が必要とされ、価値が増え、給料や遺族に払う金が高くなった。遺族年金や廃兵院が近代国家、人権の重大な基となった。
そして、原爆。
科学者の、「何の役に立つ」と馬鹿にされた研究が、想像を絶する破壊を生み出し、戦争を終わらせた。
ほかにもレーダー、チューリングの暗号、ペニシリンにより第二次大戦のアメリカは史上初めて病気で死んだ兵より弾で死んだ兵が多い……それまでは圧倒的に逆が当然……ほかにも様々な。
だからこそ天才科学者は超兵器につながる、普通の人間より何万倍も価値がある資産とされる。
それは第二次大戦後、ナチスドイツの科学者たちが、戦利品としてソ連とアメリカに奪い合われる歴史ともなった。
だからこそ、戦死した科学者がもったいないという声が起き、科学者の徴兵猶予もあった。
しかし……SSCの中止、科学による新兵器はもうないとアメリカが判断した……本当にそうなら、理系学生・理系学者の徴兵猶予も、もう必要ない。もう価値はない、普通の仕事をしている人や文系学生同様に徴兵して機関銃に行進させていい。
そして今は、ドローン……無人機。さらにそれが人工知能になれば、とことん人間は不要になっていく。
産業でも、昔は小さい村で人が鎌で収穫していた。
また、プランテーションでは多数の奴隷に単純な仕事をさせ、すぐ死ぬほど酷使していた。
人がすぐ死ぬのは当たり前だった。残酷な重労働も。
それが、トラクターができた。
今はアメリカなどは、農業人口の人口比は極めて小さいのに、世界農業のかなり大きな比を生産できています。
工業、軍事、農業……あらゆる意味で、多数の人間が必要な時代がある。
多数の人間を高度に教育し、高い給料を払うことが必要になる時代も……
上述のように、日本の水田稲作はそれ自体藁を使う高度な技術が必要。カリブ海の砂糖奴隷は、単純労働でいいかわりに絞る機械と鍋が必要。その絞る機械のそばには奴隷の腕が巻き込まれたらすぐ切断できるよう斧を持った人がいたとのこと。
多数の幼児労働者で動かせた、産業革命の蒸気機関の自動織機。
それが、どんどん労働者の必要知識は高まった。
第二次大戦後、先進国は多数の、それもかなり高い読み書きができる勤勉な労働者が必要となり、勝利を意味した……日本のように。
数人の天才ではなく、百万人の、中卒程度の工員。
1945~1970年ごろまでの時代……多くの本で指摘されます。アメリカでも日本でもヨーロッパでも、平等が起きた。
膨大な数の先進国の労働者が、とんでもなく豊かになった。超金持ちは減った。
工場が、二次方程式ぐらいの読み書き数学の力を持つ労働者を多数必要とする、そういう技術水準・需要の世界だったから。
それが変わった。1970年ごろから。
オイルショックやニクソンショック……様々な経済史の言葉。ニューエイジや1968年の革命じみたあれこれ。
いろいろな理由が指摘されています……それこそ、素粒子物理学が電弱統一理論で止まるのもその時代なのです。
ロバート・ゴードンなどは、屋外便所から屋内水洗便所、を強調します。
素材……何もかも木材、青銅砲の時代。錬鉄。1851年の万博の中心である鉄とガラスの水晶宮。鋼鉄とコンクリートで戦われた両大戦。さらに急速に、プラスチックとアルミ合金が普及する。その次はなかった……カーボンとチタンは安くならなかった。
米軍のM16ライフル、そのカービンM4は半世紀現役。鋼鉄の銃身と真鍮の薬莢を上回る素材も、千倍の火薬も、レーザーガンを可能にする超蓄電池もない。
コンテナと海底ケーブル。インターネット……コンテナは、港湾で袋に入った荷物を担いで揚げ降ろしする膨大な人手を不要とした。またおもちゃを国内の高賃金労働者に作らせるより、貧しい国の低賃金労働者に作らせるほうが儲かるようにもなった。
空飛ぶ車ではなく140字。
それら、技術は、「百万人の三角関数程度の旋盤工」よりも、一人のビル・ゲイツらのほうが稼ぐし、価値がある世界を作りました。
さらに旋盤工は中国に……もう、先進国の99%は用なしといってもいいほどです。
サッチャー・レーガン・中曽根などの新自由・新保守主義、「上からの階級闘争」と言われる変化。
『大不平等(ミラノヴィッチ)』、エレファントカーブ。貧困国の何十億人かが、搾取工場の重労働でさえそれ以前よりましで急速に豊かになる。先進国の超金持ちも象の鼻のように大儲けする。先進国の99%の凡人は象の鼻の地についた部分のように何十年もまったく収入が増えていない、どんどん苦しくなっていく。
『上昇(パットナム)』では人が集まって団結する心が同時多発的に衰え、不平等が強まる流れがさまざまなデータから浮き彫りになります。
今は何の時代なのでしょう。
もう、天才もいらない時代かもしれません。
もっと天才が必要とされ稼いでいる場があるのかもしれません。
韓国・中国・インドなどは日本など甘すぎる、凄惨といっていい受験競争と超格差。信じられないほどの秀才以外は生きる希望もない社会が『イカゲーム』『パラサイト』などから伝わります。
筆者は、「新しい時代Mk2」と考えています。
1990年ぐらい、マイクロソフトやアップルをはじめ多くの、変わった天才たちが新しい商品を出し、世界を変えていく時代。天才である超金持ちたち。古い大企業が次々とつぶれていく。
ですがインターネットが、スマートフォンが全世界で十分普及した2010年ぐらいから……もう、新しい天才はあまり見なくなる。天才もいらない「新しい時代Mk2」になっていたのではないか、と思っているのです。
おそらく、今の80億人の……数はいい加減ですが、実際には10億人以下の、下手をすれば1億人以下の奴隷水準の低賃金労働者と、何十万程度の高教育技師、数千の超高度教育人材……自動車会社のデザイナー、NBAレギュラーの席の数を考えれば……で今の全人類の全生産・サービスは回ってしまうでしょう。効率化すればもっと少なく。
そして本当に革新的な天才は、多分もういらない。
時代。どんな技術で何を生産するか。どんな兵器、どんな軍隊か。
それによって必要とされる人は変わる。
膨大な数の奴隷を使い捨てる時代・経済。
中流階級が豊かになる時代・経済。
中流階級が切り捨てられ絶望する時代・経済。
もしかしたら、膨大な国民・同胞が、技術によって不要になったのかもしれない。
選民思想、というものの陰には、それがあるのかもしれない。
膨大な人間を簡単に注ぐことができ、使い捨てることで利益を得られる生産と社会。
虐殺・征服で儲かる生産と社会。
そして、本当に必要ない……かもしれない。
とことん根本的なのは、「価値がある人以外は殺せ」といわんばかり、人を価値で見る考え方、それ自体が選民思想にほかならない、という非難でしょう。
価値がなくても人は生きていい、と。
それこそ『マルドゥック』の、有用性が認められなければ安楽死の世界。
それを否定するのは日本国憲法に刻まれた、近代の重要な理念です。
しかし、現実には……自国民以外はどうでもいい、また近代国家・国家主権という体制のほうが、戦後社会は明らかに優先します。
アフリカで何百万人餓死しても、世界は見捨て続けました。国家主権が人命より優先だったからです。
無能な国家は解体して全員引き取って食わせるという先進国がなかったからです。食料の余裕は常にあったのに。
そして、欠乏と豊穣……全員分の餌があるなら全員食わせることも理念的にはできる、でも全員分の餌がなければ選ぶしかない。
『天冥の標』や、あるいは『ギャラクシーエンジェル』の過去であったように。核戦争後の権威主義社会……『シーフォート』『宇宙の戦士』『真紅の戦場』などもそれを経験しているからこそでしょう。
全員分の餌があっても、分ける権力者は足りないと騙すことができる。『レッド・ライジング』でもう開拓は終わっているのに下を騙して残忍な階層社会・恐怖支配を続けているように。
今の人々の心が、全員生かすべきだと思っているのは、十人産んで二人生きれば上等、幼いころに兄弟姉妹が餓死・あっさり病死するのが当たり前、何度となく餓死しかけたことがある、という世界で育っていないからでは?
筆者たちがスペインのコンキスタドールやソ連軍の蛮行に眉をひそめる……ですがその彼らの幼いころ、どれほど悲惨な飢えと不潔、どれほど残忍な体罰、もっともっとおぞましいことが当たり前だったか……それどころか現代日本でさえ、ほんの数十年前にどれほど残酷な体罰が当然のように容認されていたか。
誰に価値があるかわからない、だから全員に価値がある……筆者はそちら寄りです。ただし、本当に天才さえ価値がない可能性、本当に全員に価値がない可能性も考えています。
そしてそれすら、価値を求めている時点で選民思想だ、と言われるでしょう。
しかし、『宇宙軍士官学校』は価値があるからこそ支援する、というギブアンドテイクがあります。
それどころか『三体シリーズ』ではどんな価値があろうと他者はすべて殺すしかありません。
現実はどの程度厳しいのでしょう?
何が正しいのでしょう、どんな基準で?
筆者は、いっそ選民思想になりたい。方向性、善悪感覚としてはそちらよりでしょう。
自分を含め地球人の大半を殺しても「万物の理論」と波動エンジンが欲しい。
もし全人類全権があれば、天才でない大半は、運動ジムと風呂医療図書館付きネットカフェ生活ぐらいを与えてやればいいと感じている。
でも、筆者は自分が全知でないことを知ってしまっている。天才・科学研究にリソースを注ぐのが正しい手段だと信じきれない。別の、想像を絶する何かがあるかもしれない。
「別のモノサシ」に襲われるかもしれない。
選民思想になるには、傲慢が必要なのです。自分は全知である、自分の宗教は絶対の真理だ、「別のモノサシ」は絶対にない、という。
筆者はそれだけは間違っていると知っています。
『三体シリーズ』で地球人が滅んだように。