なければ書けって無理。
「中世」とは何でしょう?
日本とヨーロッパの過去に、かなり共通性が高い時代があったのは間違いないでしょう。
強大な国に広い範囲が征服され統治されている、ではない。
多数の地方政権に分かれ、それぞれが軍事力を持ち、内部で裁判し徴税する。無数の半独立国の集合体と言っていい。
ただし、完全にバラバラではなく、宗教ネットワーク・文字学問などつながりもある。
宗教が、武装勢力・大地主としても相当強いことも共通。
支配者は武を誇る階層であり、日本の武士道・ヨーロッパの騎士道という独特の文化・道徳を持つ。
馬が重要である。
その相当部分は『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝とも共通すると言えるでしょう。ただしゴールデンバウム朝は中央、帝国軍が圧倒的に強く、貴族はある程度抵抗はできても短期間で潰される……といっても大名鉢植えほど弱い状態ではない……
日本とヨーロッパの上から見た共通点として、ユーラシア大陸の東西それぞれの端で、地理的に複雑で火山が多く雨が豊富、偶然もありモンゴルの蹂躙を免れた、があります。
逆に、「古代」とは?
古代もまた多くあります。
中国、つながっていないインダス文明や古代のインド王朝、チグリス・ユーフラテス流域、エジプト、古代ギリシャ・ローマ、そして中南米と。また歴史書にもないですし文明でもないですが、アフリカでもニューギニアでも多くの人がその時代も暮らしていたでしょう。
日本も、それこそ古墳時代、中国の史書に残る邪馬台国や倭の五王、また律令制になっても奈良までと平安京になってからは、かなり違いがあります。
古代、中世と世界が進んでいく……時代が進んでいくにつれ、進歩と言える変化は着実にあったでしょう。
自然な作物や家畜の品種改良。交易によりより多様な作物や家畜を知る……かなり後となったラクダの家畜化など。
土木などの技術も向上するでしょう。逆に、古代ローマの滅亡による土木技術の喪失、モンゴルによるバグダッド周辺の灌漑の破壊、スペイン帝国によるイスラム・ユダヤ追放によるイベリア半島の先進農業の破壊のように技術が低下することもあります。
より大きいのが、宗教と人間のかかわり。
特に、中国でも中東でも、人間の生贄が昔はあり、時間がたつと減り、なくなる。
また占い、悪霊からの自衛がどの程度、国家の意思決定・国家予算において重要か。
昔は意思決定も圧倒的に占いでしたし、国家予算の多くは悪霊から自分たちを守るための、霊の戦いに注がれていました。
「古代」と我々がイメージするのは、非常に広い範囲の帝国。中央集権的な。
映像的なイメージとしては、中東やエジプトの遺跡の、巨大な神の像でしょうか。
ちょうど『宇宙戦艦ヤマト 完結編』でディンギルの権力者たちはそんな像にすがっています。
『火の鳥 鳳凰編』で描かれた奈良の大仏もそうでしょう。
今の研究では、古代ギリシャの像も、大仏も、黄金や真っ赤な染料で派手に彩色されたものであり、今は年月と盗難で色が落ちていると知られています。
そんな像を背に、着飾った王や皇帝が儀式を行い、無数の臣民がひれ伏している……中国は少し違いますが。
「帝国」という、日本で使われる漢字の組み合わせ。
それ自体、本来の中国ではあまり使われない言葉……神話と言っていい三皇五帝の、五帝の国、という……だったのを、江戸以降の日本が蘭学と関係して今の意味を持たせた、和製漢語に近いそうです。
要するに明の学者が、「唐帝国」とは言わなかった、と。皇帝、という言葉は始皇帝が作り、ずっと使われたのですが。
欧米の「エンパイア」は古代ローマ帝国の延長で、古代ローマ帝国自体、ペルシャなどとは少し異質でした。もともと共和国でありつつ広大な範囲・多くの異民族を征服した、という変な国でしたし。
他にも「哲学」など、特に明治以降、日本人が西洋の学問を学ぶときに作った漢語はとても多く、その多くは中国にも輸出されています。
それほど洋の東西で違いがあり、また強引に西洋で作られた金型に違うものを押し込めている……それでも共通点も多いのです。
中南米でさえ、そのありかたは明らかに「帝国」であったように。
特にヨーロッパの「封建」と、日本の封建社会は共通点が大きかったように見えます。
古代の人々は何がまとめていたのか、何を目的にしていたのか……
ペルシャはかなり宗教が強いようでした。また、入れ替わりも激しいようです。
中国は統一されやすく、他から閉ざされた地理がありました。比較的開けている西方は農業文明の大軍は拒む草原砂漠で、遊牧民の攻撃は素通しです。宗教が、普通の人格のある神ではなく、「天」と儒教という独特のものになったことも特徴です。
古代ローマ。これは特にペルシャと比べると奇妙です。
古代ローマを考えるには、その前のギリシャとアレクサンダーも重要でしょう。
ギリシャという、極端に島や谷が多い海の文明。山や海が地域を分断しているので大きい帝国が育たず、交易を重視する多くの都市国家の集まりでした。
そこには多様な、神秘性が低い思想も育ちました。
それが、巨大なペルシャ帝国の侵略を撃退するという奇跡がありました。
ギリシャのほうが強かった、というわけではあまりなく、ギリシャ側も後にはアテネとスパルタが長く悲惨な内戦をします。
その後、ギリシャから見て北のマケドニア、ギリシャから見れば野蛮な田舎だった地域から、突然アレクサンダー大王という英雄がペルシャ帝国を倒し、きわめて広い範囲の大帝国を築きました。
歴史的にも数少ない、とてつもない個人による大変化です。
アレクサンダーは別言語で読むと、『ヤマト』の目的地イスカンダルになります。
アレクサンダーは銀河英雄伝説のラインハルトのモデルの一人でもあり、多くの共通点があります。自分の結婚に無関心だったこと、友を過ちで失ったこと、きわめて若くして死んだことなど。
一代で巨大帝国を作った英雄が死ぬと、男子がいてもいなくてもちゃんとした相続ができず四分五裂、多くは霧消さえするのが歴史の常です。
アレクサンダーの幼い息子をはじめ一族は戦乱で事実上全滅しました。他にもアッティラなど、特に遊牧民系でそのような帝国はしばしばみられます。
ローエングラム朝もそうなる可能性はとても高いでしょうし、ゴールデンバウム朝がそうならなかったのも奇跡的です。
アレクサンダー自身はギリシャ・マケドニアとペルシャを融合させたがったと言われます。しかし、比較的近く貿易なども多かったのに、ギリシャ・マケドニアは非常にプライドが高く、容易に融合しませんでした。
特にひざまずく礼に対する抵抗が強かったと言われます。
アレクサンダーの死後、確かに戦乱にはなりましたが、比較的大きく安定した複数の国家に分かれました。プトレマイオス朝エジプトは大図書館を築き、きわめて正確に地球の大きさを計算するなど、文化水準も高かったようです。
しかし、世界の大きな範囲を制したのは、その国々ではなく、当時先進国感覚だった中東やギリシャから見てさらに田舎の、イタリアのローマでした。また中東はアレクサンダーの後継者たちの一人セレウコス朝からアルサケス朝(パルティア・安息)、ササン朝と大帝国が安定して長期間支配しました。
中心からかなり離れていたイタリアの都市国家だったローマは、最初は王政でしたが共和制となりました。
ギリシャ都市国家と同じように、武器防具を買える市民が集まって祖国を守り近隣を征服する。神々に対して敬虔で、占いや儀式も多くやる。ただし人の生贄はやらなくなる。
ギリシャの都市国家とあまり変わらないように見えますが、違うのはギリシャのように山だらけでないので、一度勝ってしまえばどこまでも征服ができてしまうということです。
比較的寛容で、裏切りには容赦しませんが敵もある程度受け入れ、信仰を強要し相手の神々を全否定することはない、また周囲の他者からも技術を学ぶので、どんどん強くなっていきました。
兵士が建築を得意とすることも特徴でした。
また、とても強い、権威・家父長に従い、戦争を好み勇敢を求める文化があり、軍を拡大し運用するのに適していたようです。
本来は鳥占いという占いが重要でしたが、オカルトを理由とする戦争や政策変更はあまり見られません。
聖書の敵役でもあるので悪の印象が強いのですが、法・交易保護などに優れていました。
古代ローマは地中海の覇権を争って、アフリカの北岸・地中海にあった交易都市のカルタゴを滅ぼしました。その時にカルタゴ側にハンニバルという英雄がいます。
またギリシャも征服し、範囲が広がる……と、以前から考えている社会の変質が起きます。
広い地域を征服し手柄を立て、膨大な数の奴隷を手に入れて膨大な富を動かす貴族と、徴兵されて何年も、歩いて数日ではなく何か月もかかるほど遠い地域で戦い続ける兵が出ます。
小国であれば祖国防衛であり、近隣を征服して略奪した食・金銀・奴隷を分け合って家族を喜ばせることができた、でも極端な格差が生じてしまった……のに、制度は誰もが平等な共和国のまま。
グラックス兄弟という若い有力者が、大土地所有を制限し苦しい市民に土地を再分配しよう、と改革を始めましたが潰されました。それ以降、ある意味目的を見失い、国内で憎悪と分裂が激しくなったローマは激しい内部暴力が頻発します。スッラというかなり優れた独裁者、そしてカエサルというアルプス以北の今のフランス地域も征服しローマ国内も独裁し改革した軍事的英雄が出て、その養子アウグストゥスが帝政を完成させました。
それは『銀河英雄伝説』のルドルフ、また『スターウォーズ』のパルパティーンにも似ているでしょう。共和制では無理になった巨大国家が、皇帝にすべてをゆだねてしまった……ストーリーとしてはそれは悪に乗っ取られたと言われますが、実際にはどうだったのでしょう。また、どんな代案があったのでしょうか。
根本的には、順番を確定させる。特に軍隊では、Aは右へ、Bは左へと命令し、どちらに従えばいいかわからない、は最悪。どちらに従うべきか確定するためには、一番上がいなければならない。小さい共和国なら、市民全員が集まって、さらに占い師や古老も加わって、どうにか意思決定できたのでしょうが……
古代ローマ、古代中国、古代ペルシャ、どれも大きな共通点として、地方を支配する人を中央から派遣することがあります。
中国は始皇帝が封建制は争いになると断じ、郡県制を選びました。
『スターウォーズ』で、ダース・ベイダーがクラウドシティに駐留してハン・ソロを捕らえ、それで終わらずにクラウドシティの自治を潰した、それ自体が帝国の方針、各星の自治を潰して皇帝直轄にする方向性を見せます。
その手段として、道路と駅伝が共通します。
古代ローマは二千年の年月に耐え、今の自動車時代でも使えるほど頑丈でよく設計された道路を帝国の隅々まで築きました。
インカ帝国にもものすごい道がありました。
ペルシャも中国も、馬の駅伝で高速で全国に手紙を送り、ひいては反乱の予兆をつかんで鎮圧軍を派遣し、また隅であっても蛮族に襲われたら助けを求める声が中央に届き助けが来てくれると期待することができました。
税を取られる、それに対して軍事力による保護があることは従う理由として大きいでしょう。
大昔では、ものすごい規模の宗教的建築が共通してみられます。
エジプトのピラミッド、古代中東の遺跡群、始皇帝陵……大帝国を持たない昔の日本やヨーロッパでも、日本の古墳、ヨーロッパの巨石遺跡などが見られます。
それは、膨大な人数を動員する力があること、支える食糧生産や高度な土木技術、さらに国家予算の多くが、霊的な目的に使われることを示しています。
悪霊に襲われるのが怖い、だからお守りを買う、思い込みがひどければ霊能者に金を払っておはらいをしてもらう……今の近代人は嘲笑する、極端な金額になると多くの人が否定することです。しかし、少なくとも日本では、多くの人はお守りを買っています。また天皇祭儀、地鎮祭など、それなりの政府予算も費やされています。
昔の人にとってはそれがとても切実でした。現実に犯罪者に襲われ殺されるのと同じように、身近な危険と誰もが信じていました。乳幼児死亡率も高く、成長しても悪い伝染病があれば簡単に膨大な人が死んでいきます。前述のように、医学はほぼ無力だったのです……近代がかなり進むまでは。そうなれば救いを求め、それが宗教方面に行くのも無理はないでしょう。それこそ祈祷が治療の中心だったりもしました。
今でさえ変な医学に頼って死ぬ超金持ちもいるのです。
膨大な宗教遺跡。聖職者に払われる莫大な金額。国家予算の相当部分は、堤防や軍、王妃の宝石以上に、霊・魔術の世界での防衛に使われていました。
ずっと昔では、その大きな手段が人の生贄でした。『火の鳥 ヤマト編』で主人公が戦い抜いた。今もイスラムなど動物の生贄は残す宗教はあります。
そして宗教は他にも、巨大建築を可能とする技術・それと統合された幾何学や読み書き・占星術と一体化した天文・暦など学問や文化のかなりの部分も強く支配しています。工業技術・商売・金融を支配することも多くあります。
そして、悪霊が本当にいると誰もが信じていれば、当然呪詛もあると誰も信じ、だからこそ呪詛は重罪になります。そして呪詛の罪で人を陥れるのは簡単ですから、どの文明でも権力闘争で悲惨な冤罪処刑が多発することになり、それが国そのものを誤らせることも……漢の武帝が皇太子を死なせてしまったなど。まあそういうのは呪詛でなくなっても共産主義や赤狩りでもありますが。
大きい帝国が安定し、時もより後になると、「魔物から身を護る」より「死後天国に行くため」という面が強くなっていきます。
不思議なことに、宗教が「対魔」から「死後」側に変化するのと、日本でもヨーロッパでも古代から中世への社会の変化は結構似た年代なのです。
古代中国では、「礼部」が重要な官僚制度の一部であり、高い権限がありました。日本はそれがありませんでした。
日本でも古来、神祇官と太政官と、神をまつることが残りの政治と同等の重さでした。明治維新の復古でも神祇官はつくられました。
古代ローマの皇帝のいくつもある称号の中で、神官長というべき宗教関係の称号もとても重要でした。かなりのちにその部分はローマ教皇に引き継がれます。
その古代ローマが衰退する……少なくとも、首都ローマを含めヨーロッパ地域が、次々と押し寄せてくる蛮族たちに落とされた。
東ローマ帝国のほうはずっとかなり元気なんですが。
古代ローマがキリスト教を受け入れ、それまでの多神教や学問を厳しく抑圧するようになったことも大きな変化です。
あまり変わらない時期、漢帝国も滅びる。三国志で知られる、暴政と飢饉から群雄。ただし、三国志のその後は知らない人が多いでしょう。三国志の主要な英雄たちの多く、劉備・曹操・孔明らが死んでかなりの年月が経ってから、まず魏が蜀を滅ぼし、それから司馬懿の子孫が強くなりすぎて魏から帝位を簒奪して呉を滅ぼして天下統一。と思ったらものすごい短期間で崩壊し、生き残った王族が南方に逃げ、北方は次々と西・北方向から蛮族が征服してものすごい頻度で王朝が入れ替わります。
南もそのうち晋が滅び、何度も王朝が入れ替わることに。
仏教の隆盛という大きな変化もあります。
中国を征服した蛮族が、改宗する……仏教だけでなく、儒教と、中国そのもののライフスタイルや学問も蛮族たちは学びます。高く評価される蛮族の王は文にも優れます。
古代帝国の滅亡、一部は別地方に逃れてかなり安定したやや小さい帝国、ある部分は蛮族が多数の小規模な国、というのはローマ後のヨーロッパ、漢後の中国に共通している気がします。
ただ、筆者が知らないことがあります。筆者は、三国志の後の時代(五胡十六国)や唐が滅んだあと(五代十国)などで、時間的には多数の短命な王朝があるのはわかりますが、昔のヨーロッパや日本のように多数の独立性が高い地方政権があった状態があったかははっきり理解していません。
三国志の初期は多くの群雄がいましたが、比較的短期間で三つに集約されます。秦が滅んで漢になる、元が滅んで明になる、も群雄割拠は長くありません。
インドのそのあたりの年代での歴史、ペルシャ帝国でも地方の武装地主があったのか、は全く知りません。
中東や北アフリカも広い範囲がありますが、知らないことが多すぎます。
そういえばベトナムや朝鮮もとことん知りません。
日本とヨーロッパの中世ばかり見ているとわかりにくいですが、その間も世界の多くは、中国の帝国・インド・中東・東ローマと強大な帝国に支配されていた人口のほうが圧倒的に多いです。国力も科学も文化も、間違いなくそちら側が強い。ヨーロッパの世界史、それを輸入した日本の世界史はそれをあまり見ないだけです。
日本は似ているようで個性的な経緯をたどります。
日本は、最初は畿内での有力豪族の連合と言われています。大規模な古墳を作る力はありました。
それが、水田稲作を共通点として強くまとまり、日本全体を征服するとともに朝鮮半島にもちょっかいを出し、中国にも使者を出すようになりました。
仏教伝来もありましたが、むしろ大きい変化のきっかけは白村江の戦いでしょう。圧倒的な敗北であり、日本は強烈な危機感を持ちました。思い出せば、『火の鳥 太陽編』の過去側の主人公は、白村江の戦いで敗れた朝鮮側の貴族であり、だからこそ顔の皮をはいで獣の皮をかぶせるという残忍極まりないめにあったのです。
自分が弱いことを自覚する、他者が存在していると自覚する、それだけでも重大なことです。
だからこそ強者である中国を真似た……といっても、地理的障壁がない乱世を統一する中国と、多数の地理的障壁がありそれぞれで豪族が育っている日本は、根本的な前提が違いました。『デューン』の砂漠星の制度とライフスタイルをずっと雨の熱帯星でやっても失敗するでしょう。
中央の貴族を国司として送り地方のある範囲を治めさせ、宗教儀式・寺との折衝・軍事・犯罪者を逮捕し法にのっとって裁き刑罰をする・治水・税を集め中央に送る……制度としてはそれをしようとしましたが、かなり無理がありました。
特に、中央でも増えていく官僚、地方官どちらも貴族に給料を払うことが、古代の日本朝廷はものすごく苦手でした。それですぐに、実質は領土を与えて報酬とする、をやってしまいます。寺社に対してもすぐに荘園を寄進してしまいます、国から金を出すのではなく。
本来は、全国すべての農村でも山村でも、あらゆる収穫物から定められた税を都に集め、それを地方の兵士から都の官僚まで給料として与える、であるべきでした……が、かさばる収穫物を運び管理しまた運ぶ力はなく、貨幣経済もできませんでした。
また、日本朝廷は時代に合わせて制度を変更し、律令をゼロから書き直すことも苦手でした。
検非違使など、律令に書かれていない新しい官僚制度を作ることが多かったのです。また、後に武士が勃興しても、征夷大将軍など新しい官職を作ることを選びました。
本来なら、律令制の官僚機構全体を見直し、軍事の長を十分高い官職にする、とすべきなのにそうしなかったのです。
古い国家……左右大臣、天皇の護衛、朝廷の厩、さらに薬や工業もつかさどる様々な官職。それは実際にはその仕事などまるでできないまま、単に官職として残しました。そして愛知県を支配している武将に埼玉県の国司の官職名のような変なことになりました。
まったく機能していない旧政府の官僚機構が、名前だけ存在している……それが名誉として、ばらまける報酬になっている。
武家も、旧政府を皆殺しにして新政府を作るのではなく、旧政府をありがたがることで下を支配する。
中国も昔は、周王室が衰えてもごく小さな領土を持たせ、多くの強国が争いながら覇を唱える儀式などに使っていました。が、最後には滅ぼしました。その後、禅譲という形が定着しますが、後には禅譲を受けた新王朝は旧王朝を皆殺しにすることが常態化します。
ローマ教皇もある程度権威と権力の分離に近いでしょうか。
『銀河英雄伝説』でラインハルトはエルウィン・ヨーゼフ、そして唯一の女帝である幼いカザリン・ケートヘンを擁立し、禅譲の形式を踏みました。しかしカザリンは殺さず年金を払っています。ヤンも、殺さなくてもいい復活した例はない、と言っています。
『タイラー』でも、ワングは幼帝にまで追い込み、暗殺して自分が皇位につくことを狙っていました。
律令制が崩壊していく理由として、地方の開拓もあります。
昔の日本は国土の大半は森でした。狩猟採集民も多かったでしょう。
それを征服し、山を切り開いて道を、田畑を、貯水池を作っていく……
律令制は公地公民制、要するに土地は私有ではなく天皇のものであり、それを一定面積貸して税を取る、でした。そこに開拓という要素はありません。
しかし、開拓をして国力を高めることもしたい。また、農業技術の低さもあるでしょうが、農地が荒れることもよくあり、再開拓が望まれました。
大変な開拓を積極的にさせるには、開拓した土地は無税で売買もできる私有財産にするのがいいとされます。貨幣を与えたくても貨幣経済が発達しませんでした、日本も銭を作ろうとしましたが信用されませんでした。官職、位を上げるといっても、それに、官位そのものだけで仕事がなくても与えられる年金のような報酬が付随する、それを出す余裕がありません。
それで、特に大貴族や大寺院などが大きい土地を私有するようになりました。また国司が自分が任された地の税を中央に送る、それにも関係して土地の制度が変わっていきます。
土地の私有は、税逃れにもなったと言います。古代の税は、労働で払うことも多かったこともあり過酷でした。特に国が小さければ行って帰るのが二日で済みますが、歩いて二十日、その歩く日数・現地で働く日数の食糧を背負って行けというと無理です。
中国も、兵役や税の増大で農民の生活が苦しくなる、といつも言われます。
ここで、日本では地方開拓の中、「武士」という奇妙な種族が生まれました。
大きい人種の違いとかはない、はっきりした由来の違いがあるわけでもないです。日本に征服された蝦夷と関係するという話もありますが、地方で仕事をしたり中央の政変で負けたりした貴族が元ともいわれます。
馬に乗り、弓や刀剣を扱う技術がとても高い、戦闘技術を幼いころから磨き、それを誇りとしている人たち。自分たちは高い族である、という強い自意識を持っています。
農民を支配する武装地主の面がありました。支配そのものも種族目的としたように思えます。
例えば朝鮮などでは、文が高い武が低いとされ、武人はあまり尊重されませんでした。
本来、武士は有能な兵士であり、それを朝廷の中で出世させればよかったのです。左右大臣と同じ高さに軍大臣とか、近代国家で軍の退役した英雄を大統領にするとかのように。治安維持も必要ですから。また軍事には読み書き計算も土木や天文地理も必要で、ともに勉強することもできたはずです。
しかし日本の朝廷はそれができませんでした。出世できるのは藤原氏など少数の古くからの貴族だけであり、軍の廃止も不可逆的でした。ある程度「北面の武士」などはあり、また僧兵などもありましたが、朝廷では武士は卑しい存在とされました。血を流すことが穢れである、という感情も強かったと言われます。
平清盛は太政大臣となり、豊臣秀吉は関白から太閤、と朝廷での官位を最上にしましたが、どちらも滅びました。なぜか日本ではそれがうまくいかないようです。
そのような朝廷など皆殺しにする……こともしませんでした。武士は序列をきちんとすることを求め、朝廷の官位、尊い血などをありがたがりました。武士たちは仏教も受け入れました。
武士と朝廷、それぞれが何を求めていたか……東国の武士はある程度独立していること、中央の貴族に特に相続に関して理不尽な命令をされないことを求めました。
自分たちで開拓した地を相続し支配し続けること、また自分の手柄を認められる、ある程度武士としての強いプライドを満たすことも。
とにかく地方の武士と、国司たちが常に激しく争っていたようです。とにかく武士は国司、日本の朝廷国家を嫌い憎みました。
古代ローマもそうですが、地方の武人がなぜ大規模国家を受け入れないのか……国家が機能し、交易が保護され、公平な法があり、土木工事も行われ、集団で国を守る、というのが地方の人にとっても税金に値する利益にならないのか、という問題もあります。
出世の可能性もあればさらにいいでしょう。
要するに中央政府が、法に従って公平に裁判をする、地方のどこであっても法を破って暴れる人々がいれば迅速に軍を送って民を守る、そして適宜土木工事・治水もする……とはならなくなるようです。中国も。
とにかく地域で好き勝手に戦争をしたい、のでしょうか?交易もいらない?
気候変動とものすごい伝染病も、洋の東西を問いません。日本ではものすごい規模の大地震・大噴火の害もあります。
鎌倉時代では、将軍として皇族が欲しいという勢力たちと、それが嫌だという勢力の抗争もあったとのことです。
というか鎌倉の武士は源氏すら滅ぼしたんですから何がしたかったのやら……
源平の動乱から、幕府という制度ができ、地方支配もそれまでの国司や荘園から、守護地頭という幕府が与えるものに変化しました。
さらに武士たちの間の慣習法が、独自の法制度となりました。
武器防具も中国と違う、独自のものができます。わずかに曲がった日本刀、上下非対称の弓、糸で固められた鎧など。
西洋の騎士も重い鎧を着て槍で戦うことが多くなります。
同時に、戦国時代終盤にいたるまで、寺社も大きな領土を支配し、強大な軍事力を持っていました。また寺社は人と文書や手紙を常に動かし、教育と情報伝達のネットワークになっていたこともヨーロッパとも共通します。
ヨーロッパも、武を尊重するさまざまな蛮族が侵略しては定着し、古代ローマの遺産やキリスト教に触れて騎士・領主となっていきました。
ただ、日本の武士とは大きく異なり、契約によって戦う、契約によって複数の主君に仕えるという面もあったそうです。
そして騎士道という独自の道徳も作りました。
修道院が各地で大きい領土を持つ、強力な国家であったことも日本と共通します。巡礼を助け、農業や医学の技術を高め、図書館を作って教育するなど国家とは別の情報ネットワークでもありました。
昔のイスラム圏にも、馬を養えるだけの土地をそこの農民ごと武人に与え、そのかわりに戦う時には馬をつれて従え、という制度があったそうです。
日本では仏教、ヨーロッパではキリスト教が、武人階級も含めて強く信仰されました。
それ以前の、日本の藤原道長・紫式部や清少納言の時代も、藤原氏も次々と巨大な寺を建て、仏教を深く信仰しました。
宗教を、霊的に身を護るための、軍事力と同じ生きる手段として大金を出す……どこかで、「死後のため」が強くなりました。
人の目的は何なのか……古代から中世と言われる変化で、違うでしょうか?
古代では、とにかくすべての人類・すべての土地を征服すること。そして巨大な神殿を建て、巨大な神像を作ること。
不老不死を求める帝王も多くいます。
学問・文化を高める帝王も多数ありました。昔は、優れた科学や文化は戦闘力には結び付きませんでした。
ヨーロッパ近代の、科学が産業と兵器の技術を高めることはとても例外的です。産業革命と科学は関係ない、という声も常に多くあります。
悪霊から身を守ること。侵略者、裏切り、伝染病、大地震や津波なども、悪霊の攻撃とみなされます。そう考えれば悪霊から身を守るため、生贄や神殿にあれほどの費用をかけたのも当然と言えるでしょう。
それがどこかで来世のため、さらに神に奉仕するそれ自体のためになったようです。
特にキリスト教やイスラム教は、その聖典からして信徒に全人類に宗教を伝えることを命じています。それは宣教になり、また十字軍のような侵略にもなるのです。
宗教と距離をとる中国の目的は……そして日本は?
あれほど争い続ける鎌倉の武士たちは、何が欲しかったのでしょう?
日本もヨーロッパも、なぜすぐに統合された政府を作ろうとしなかったのでしょうか?中国がそうなるように、またペルシャがすぐに大きい帝国を作るように。
地理でしょうか?中国も中東も統一されやすい、隠れ場所や天然の城がない地形。それに対して日本やヨーロッパは天然の壁がいくつもある。
ヨーロッパは、西ローマ滅亡からすぐにかなり大きな帝国が生じました。しかしその帝王は……後の目で見れば愚かにも……分割相続が族の伝統だったためヨーロッパは永久に分断されました。
修道院などが、事実上独立国になったのはなぜでしょう?領主に理不尽に富を奪われたくないから?なら領主がローマ法を守ればいい、ローマ法をきちんと強制する中央政府があればいい、にはならなかったのはなぜでしょう?
日本の武士たちは、とにかく放っておいてほしい、支配されたくない、というのを感じます。頼朝には従っても、義経を排除したように……主の兄弟が威張るのは受け入れられない。とにかく自分の本領を認めてくれればいい、同時にものすごいプライドを満たしたい……でも戦乱を起こして天下統一の主になりたいとまでは思わない、というような。朝廷には否定的なのに、朝廷を滅ぼそうともしません。そして血筋のいい人を求めてしまいます。
実際には、古代と中世の違いというのは何なのでしょう?同様の変化はどれぐらい、中東やインド、中国にもあったのでしょう?
そして今の世界の人たちは何を目的としているのか……本当に、悪霊から身を守ること、来世はどうでもいいでしょうか?どの程度重要なのでしょうか?
そうでないなら何が目的でしょう?
SFの人たち、たとえばゴールデンバウム帝国の兵士たちがあれほどに帝国に忠実なのはなぜでしょう?
あらゆる歴史上の文明や帝国や大国、またSFの国や世界ごとの人類そのものの「目的」を並べたかったですが、また今度……