宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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 目についた本の十分の一、日本語で読むべき本の数百分の一、英語・フランス語・ドイツ語・ラテン語含めたら何千分の一も読めていないですが……
 きりがない、そして読んだ本を忘れたらもったいないので今書くことで少し考えを掘っていきます。
 もちろん重複だらけに……


善悪、目的1

 筆者は、幼いころにNHK特集で『核戦争後の地球』を見てその夜に悪夢……授業はいいよと言われたのか校庭で遊んでいる最中に閃光、校長たちが毒を飲む……を見て以来、人類滅亡に強い関心を持ってきました。

 しかし、筆者以外は意外なほど関心が少ない。

 特にえらい人たち、哲学者・思想家たちは。倫理学は。簡単な入門書では、少なくとも人類の滅亡・存続は中心テーマではありません。

 人類滅亡の脅威と同時に核配備があった……核配備を肯定しなければならない、という政治的要請が、すべてに優先したことがあったからでしょうか。

 結構厄介な問題が、今の自分たちが何かすれば未来の子孫に害や恩恵を与えられるけれど、未来の人は今の人に何もできない、お互いに与え与えられる関係ではない、返ってこないし復讐される心配もない、です。普通の倫理と相性が悪いのです。

 

 人、あらゆる動物の心の根幹に、「死にたくない」、「生きるのに必要な食物などが欲しい」はありますから、自分を殺しにかかる、あるいは奪う存在は「悪」でしょう。

 ですが、「家族のために自分を犠牲にする必要」もあります。人類は群れ動物、それもすべての前提です。

 

 何より、人類は生物の一種類です。生物はすべて、コンピュータウィルスと同じように、自分をコピーする物です。複雑なだけで。

 その事実は、「人類の目的は存続である」ことの根拠ではないでしょうか?自然主義的誤謬?では何が?

 

 

 人類滅亡に関する思想書として筆者が見た限りでは、

『常識と核戦争(バートランド・ラッセル)』滅亡はよくない常識で考えろ、と訴える。

『責任という原理(ハンス・ヨナス)』赤ん坊は存在自体が世話する義務を訴える、同様に未来世代に対しても責任がある。あと責任能力がなくなるので『すばらしい新世界』は絶対ダメ。

『理由と人格(デレク・パーフィット)』『あなたが世界のためにできるたったひとつのこと(ピーター・シンガー)』は膨大な、滅亡を免れた場合生きる人の幸福を計算する。またパーフィットは、99%が死ぬ核戦争と、100%が死ぬ核戦争=絶滅が、人数はほとんど変わらないが質的には違うことを指摘。また、質が低い多数という〔いとわしい結論〕も指摘。

『見えない未来を変える「いま」(ウィリアム・マッカスキル)』功利主義をさらに進める。将来技術による価値観固定のリスクも強調。

『死と後世(サミュエル・シェフラー)』「あなたが死んだ後に巨大小惑星で地球が消滅」「子供が生まれなくなる(『人類の子供たち/トゥモロー・ワールド(P.D.ジェイムズ)』より)」という思考実験から、人にとって子孫が生き続けることが結構重要だ、と論じる。

 逆に反出生主義・滅亡肯定の『生まれてこないほうが良かった(デイヴィッド・ベネター)』がある。

『絶滅へようこそ(稲垣論)』も人類滅亡をよいとする。

 

 など……

 今いろいろな議論をまとめた『未来倫理(戸谷洋志)』もわかりやすいでしょう。

『世界の終焉(ジョン・レスリー)』は主になるのは統計的に、要するに今の人類は特別じゃない、人類が誕生して滅亡するまでの時間・人口をグラフにしたら自分がいるのはその中ぐらいだろう、という頭を抱える論理ですが、人類が滅びる可能性・人類が滅びないようにすべきかという議論を広く集めています。

 

 ただ、人類の滅亡・存続は、戦後だけでも哲学・思想・倫理の、主流には見えません。

 

 また科学啓蒙書が多い科学者、スティーヴン・ホーキング、マーティン・リースらも人類滅亡についても書いていますし、環境活動家側の本も多くあります。

 特にマーティン・リースは、今世紀の人類の決断次第で、滅亡か、ポストヒューマンであっても宇宙全体に広がるか、という大きい可能性の違いを訴えています。

 

 人類の滅亡、それはSFのかなり大きなジャンルです。未来技術が少ない・ないSFでも多いですし、宇宙戦艦作品でも多くあります。

 最近のミリタリSFはこちらの通信に応答せず人類を滅ぼそうとしてくる敵との戦いが多くあります。会話可能になることも多いですが。

 

 善と悪に、目的、さらに「滅亡・存続」を入れるとえらいことに……

 目的はアリストテレスにつながり、キリスト教神学を含む西洋思想の多くに複雑に絡んでしまいます。

「滅亡の思想史」も小さいものではないでしょうが、筆者の手に余ります。

 

「人類滅亡を防ぐべきか」「なぜ人類滅亡を防がなければならないのか」これは自明に見えて、本当に厄介な問題のようです。

 

 

 何が善と悪か……

 

『三体シリーズ』でルオ・ジーは、自分たちを皆殺しにする異星文明が悪で、そうでなければ善、とまで単純化しました。質点に似るほど遠くから見ることが『三体シリーズ』の核心にあります。

『スターウォーズ』ではライトサイドとダークサイドという善悪が最初からあります。EP4でルークの家族が殺されたことが、帝国がどんなに悪かを強調します。レイアの拷問、惑星ごと破壊し皆殺しにする、も。

『鉄腕アトム』ではアトムの能力の一つに、人の善悪を判定する、があります。

『火の鳥』は欲望、特に不老不死の欲望は嫌いますが、生きる意志や美しい音楽は好みます。

 

 昔の人類の諸国であれば、宗教に従うことが善で、宗教が禁じることが悪、となるでしょう。

 国家と宗教の相克も常にありましたが。

 

 また、家畜を評価する基準を用いるなら。

 良い犬、悪い犬。豚。牛……乳牛・肉牛・役牛・生贄牛。羊。馬。

 要するに、人間に忠実であり、人間が必要とする性能を持つ家畜が「良」、逆に人間に反抗する、あるいは無能な家畜が「悪」。

 

 ただし旧約聖書には、生贄の家畜について、穢れ~清浄のモノサシ、またショードッグのような美しさが細かく規定されます。また木の枝を用いて魔法をかけるようにする、模様を見るなどで多産種を選び、短時間で親戚との間に差がつく、もあります。イエスが牧者と言われ、またカインとアベルの神話で神に愛されたのが家畜生贄だったような価値観もあります。

 

 人間も、要するに権力に忠実で、有能な者が「良」、反抗したり無能だったりしたら「悪」となるでしょう。

 さらに権力が人であれば、権力者が気に入れば「良」であり、気に入らなければ「悪」である、ともなるでしょう。

 神であっても同じです……が、神が法を言うようになると、少しずれが出ます。法を守ればいいのか心の中が大事なのか、また法を守っていたのに神が罰したらそれは神が正しいのか、など。

 

 もっと単純に、何であれ人は「善悪」「正義と悪」を、感情として感じます。

 その感情は嫌悪・不潔感などの感情と近く、魔女裁判やナチスドイツなどの虐殺をまったく止められないものでもあるので、それが絶対正しいとするのは危険ですが。

 

 プラトン、イエス、ブッダ、孔子で何であれ一致できる「善悪」があるのか、を考えるとそれぞれの考えを理解するためにまた膨大な本が必要になるでしょう。

 他の思想家を入れるともっと。

 黄金律、他人を自分と同じように思いやれ、は一致できるでしょう。『造物主の掟』でザンベンドルフが与えた変形十戒も高い普遍性があります。

 幸いかどうか、SFの諸帝国の思想家の名前はあまり覚えがありません。

『銀河英雄伝説』のヤンの言行はユリアンがかなり記録し、後世の歴史家に読まれています。ソクラテス・イエス・孔子が自分では書き物を残さず、その言動を弟子たちが記録したものが聖典となったことに似ています。

『彷徨える艦隊』ではギアリーの言葉が、彼が英雄的戦死を遂げたとされた後に精神論方向で士官たちに引用されることが多くあり……語録が士官必携書……コールドスリープから戻った本人はその都度苦笑どころではありません。

『デューン』の中心人物たちの言葉は、章の冒頭に引用される後世の書物に記録されています。

『ファウンデーション』のセルダン自身も相当に崇拝され、その崇拝が〈プラン〉に対する忠誠にもなっています。

 

 筆者の常識、というとても偏った思考集合で言えば、虐殺・拷問・焚書・言論弾圧・征服・人類滅亡、現実を見ないこと、迷信、誰も得をしない破壊、派閥抗争、望まぬ結婚を強いる、強姦、奴隷化などが悪となり、人を生かすこと、平等な法でちゃんと機能している近代警察・法廷・刑罰、ちゃんとした軍事、進歩が善となるでしょう。

 誰も賛同しないでしょうが。

 

 人の善悪を考えるのに、人とは何かを進化の視点から見るのもいいでしょう。

 ノンフィクション『善と悪のパラドックス(リチャード・ランガム)』は、人間の心が進化でどうできたのかと、根本的な善悪を絡めています。

 善、として、協力する、暴力を振るわない……特にとっさに攻撃する、がない、とすることから始めて。逆にオオカミなどは、間違って叩いたりしたらいきなり噛まれることがある、と。

 多くの動物の、家畜化によるさまざまな特徴。家畜化が進むと、ほかにも様々な身体的な特徴が出てくる。キツネの耳が垂れるなど。

 そう考えると、人間も家畜化されているようだ。自己家畜化。『ヒトは〈家畜化〉して進化した(ブライアン・ヘア)』『人間はどこまで家畜か(熊代亨)』と類書もあります。

 暴力的、それも計画性がなく怒りを爆発させるタイプの個体を除くことで長い時間で遺伝子も変える。言語でつながった多人数は強い個体でも殺せる。それによって、とても強制的に平等である、原始生活の多くの群れになる。乱暴な独り占め、が遺伝子のレベルで悪となる。

 ただ、「突発的に暴力を振るわない」と同時に、「集団で計画的に暴力をふるう」ことはする。コンラート・ローレンツの古典は不完全で、オオカミも他の群れのオオカミは容赦なく殺す。チンパンジーも。

 そのシステムが、どこかで「オスの集団」がけた外れの権力を得てメスに暴力をふるうシステムになる……チンパンジーの子殺しなどもとりあげる。固く結束したオス集団は強い暴力を手にし、逆らう者・気に入らない者を殺し、自分たち以外を容赦なく支配できる。

 ……『善と悪のパラドックス』でも触れられる『ジキル博士とハイド氏(スティーヴンソン)』の、善人の側のジキル博士は、大英帝国の帝国主義・アイルランド飢饉・国内の残酷な労働などの冷酷な加害者である可能性は高い。

 人類にとっての「悪」は、「集団が感情的に殺すと決めた相手」であって、少なくとも魔女狩り・ホロコーストを否定するものはなにもない。「共感」は「集団が感情的に殺すと決めた相手」や「自分の群れの一員でない相手」には、生理学・神経科学の水準でまったく働かない。

 そのように進化で作られた心は、『心の仕組み(ピンカー)』、『なぜ社会は左と右にわかれるのか(ジョナサン・ハイト)』などにも書かれています。

 

 筆者は、人類の「奴隷化する」「奴隷化される」心の強さも重要な謎だと思っていますが。人類が進化してきた数百万年の大半の年月、少人数群れ、の割には、子供のころからあまりにも奴隷が人の心にありすぎる気がするので。

 また、人間にサディズムがある、完全に良心がない人間は利益がなくても連続殺人をする、などについての掘り下げも足りない気がしています。

 

 進化心理学を前提において……人類が、進化してきた生物であることは絶対に確かでしょう……善悪を考えると、「生き残る・子孫を残すこと」が善と考えられます。

 しかし、哲学の世界では、「自然主義的誤謬」とそのような考えを批判するようです。

 

 これらから出ること。人間の自然な善悪感情は、それ自体が悪。少なくともホロコーストを止めない。いじめも、「良心はないのか」「いじめは悪いことです」は完全に間違い……いじめる側からすれば「害虫を駆除するという善行」だと強烈に感じてしまっている。どうしても同じ人間だとは感じられない。

 筆者は、「虐殺は悪い」「焚書は嫌い」「人類滅亡は嫌だ」と、つきつめればそれ以上の前提無しに思っていますが……それこそ「人類の滅亡」すら肯定する立場の人を説得するのは無理です。

 

 

 善悪より重いかもしれない感情・世間からの評価として、名誉・恥・矜持・誓いもあるでしょう。

『ヴォルコシガン・サガ』で、名誉と世評という話題が出ます。戦えない噂に苦しめられるマイルズは、父アラールに名誉と世評について聞くように言われます。そしてマイルズには、傭兵隊長の地位よりも大切だった、最後の最後の何かがありました。

『銀河英雄伝説』でロイエンタールを叛かせたのは強すぎる矜持でした。

『宇宙兵志願』では民を守るという誓約をして軍に入り、それゆえに自国民である福祉暴動を撃つことに苦しみ、最後には命令を拒否します。

 

 

 

 目的……〔おのが目的を知れ『デューン』〕。

 

 目的、という言葉を本気で追及するなら、多くの作品それぞれの帝国の目的を並べることができるでしょう。

 また『現実』では近代なら各国の憲法前文があります。

 豊臣秀吉や秦の始皇帝であれば天下を統一したときの言葉が調べられる可能性があります。近代でも大戦の勝利演説などもあるでしょう。

 

 古代の国々は神の命令で征服し、巨大な神殿を作りました。多数の人の生贄がある時代もあり、なくなった時代もあり。

 モンゴル帝国も神の命令のようです。

 

 明治時代の日本のように、強大になった西洋の侵略に直面して生き残るために、という目的はあるでしょう。

 そしてその西洋各国には?「白人の責務」「明白な天命」のようなとんでもない目的がありました。

 

『銀河英雄伝説』では、帝国は、滅亡が嫌だ>(長期療法ではなく)ルドルフ>帝国の維持、ルドルフの思想、帝国の一体性、それを目的として「叛徒討伐」戦争を続けています。ラインハルトは最初は姉を救うため出世する、ですがキルヒアイスを失ってからは「宇宙を手に」という遺言のために同盟を征服します。

逆に同盟は、その帝国に征服されないことを目標に……アンチテーゼでしかないのは空虚だ、という感じも見えます。

『彷徨える艦隊』のシンディックは、少数の特権階級の権力維持とアライアンスの征服です。人々はとにかく恐怖、それに故郷を守るためアライアンスを憎んでいます。

 異星人が見えてきたとき、シンディック幹部は開戦時に攻撃すべき標的を攻撃していない。それは異星人がやってくれると約束され裏切られたからだ。ではなぜそれを、何代も代替わりしているのに明かさないのか……今の幹部は前の幹部から地位を継承している、だから開戦時の幹部のミスも認められない。とにかく戦い続けていれば地位は保てる、たとえ両方滅びても……と推理されました。

『デューン』にはさまざまな思惑を持つ陰謀組織があり、大きい家もそれぞれ自家の利益のために動きます。

『タイラー』では、前にも書いたことですが、タイラーの時代になってから徹底的に「颱宙ジェーンと戦うため」です。娘キサラに未来を、そのためにラアルゴンで権力を得たタイラーは故郷に反逆して銀河を統一し、さらに遠い未来に返ってくるジェーンと戦うために人材を彗星軌道に放り、平和だと文明を保てないと計算結果を見て銀河を三分しました。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国は、「ニューオーダー」という目的があります。

『量子怪盗 シリーズ』では、フォードロフ主義、技術でこれまで死んだ人を含め全員を復活させる、が人間の意識を移した超コンピュータの目的です。

 ただ、そのための研究で、「龍」と言われる暴走知性を作って滅びかけたことがあるようです。「効用関数が違う」…何が欲しいか、何が善か、などがまったく異質すぎる存在はものすごい脅威になるようです。飴と鞭が通用しないので。

 

 天下統一を目的とする群雄、である作品も多くあります。『ファウンデーション』のミュールたち、『銀河戦国群雄伝ライ』、『星界シリーズ』。

『ヤマト』の白色彗星帝国のズォーダー大帝は、宇宙のすべては自分のものだ、と堂々と言います。ガルマン・ガミラスとボラー連邦の戦いも統一が目的でしょう。

『銀河英雄伝説』『彷徨える艦隊』『スコーリア戦史』『海軍士官クリス・ロングナイフ』など国の数が少なくなると、またその関係も変質します。一気に天下統一に向かうか、均衡するか……

『紅の勇者オナー・ハリントン』『真紅の戦場』『宇宙兵志願』など、多数の人類国家が争う世界は、本質的には戦国に近いようですが……どの国も、本当に全人類を征服することの優先順位は低い。むしろ、国内での権力維持の優先順位が高いように見えます。

 帝国主義時代の欧米、多数の列強が狭い範囲で争いながら、むしろ外領域の征服と、国外での争いに力を注ぎ、世界征服の野心はあまり表に出さない、を思い出します。

『目覚めたら~』も、少なくとも主人公がいる国は、現実的な目標として宇宙征服を考えているようには見えません。

『三体』もどの文明も宇宙征服が不可能であることが前提になっています。

 

 とにかく生き残るために戦っている……『孤児たちの軍隊』『時空大戦』『女王陛下の航宙艦』『宇宙軍士官学校』など最近のミリタリSFはそうなります。敵が通信に応じず、しゃにむに皆殺しにしてくるので。

『バーサーカー』などバーサカー型の敵の場合も。

 ただ、それに近い状況から、『宇宙の戦士』『老人と宇宙』などは、多数の種族・国があるのを当然として、その中で少しでも栄える、敵国を思い通りにするために戦い続けている、という感じです。

 特に『老人と宇宙』はコロニー防衛軍上層の、とにかくどんな悪行をしても戦う、という方針に抵抗する人も増えています。コンクラーベという宇宙全体の状況の変化もあります。上層の考えが、自国の「目的」がまったく見えないのが不満になります。

 スーパーロボット作品など、宇宙からの侵略を撃退する、という話の多くは、「その後」をあまり考えていない気がします。その後、手に入れた技術で地球人は発展し、復興して膨大な借金を返し、もし和平を結べる異星人勢力があれば星間外交や地球自体の宇宙を相手にした軍事、とあると思いますが。

 

 逆に『ヤマト』のガミラス、『タイラー』『三体』など、住める星を求める侵略は、当然生存のための行動であり理解可能です。

 問題なのは船や穴をやらない理由と、「生存圏」がナチスの目的であり許されないことです。

 

 価値観の統一、宗教的な統一、というのも、『現実』でも戦艦SFでも戦争の強い目的となります。

 キリスト教もイスラム教も布教が命じられています。中国・日本も、帝国の支配を全世界に、というのは当然の目的で、それが非現実的になるほど距離が遠くなれば朝貢という別の接し方をします。

 キリスト教世界は、東西キリスト教の統一、という夢がどちらにもずっとありました。それこそ、双頭の鷲の旗は、いつか統一して一頭の鷲に戻す、という主張でもあります。

 が、どちらもそれをまともにできませんでした。東ローマ帝国が強かった時も何度も失敗しています。また十字軍で西が東ローマ帝国を征服したときも、相手を全否定して暴政を行い、結果的にすぐ滅び東ローマ帝国の復興になりました。

『デューン』はどうしても聖戦になってしまいます。

『星界』の〈人類統合体〉は特に、人間の遺伝子改良を許さないというイデオロギー性が強く、それは征服された人たちの弾圧にもなり、征服統治を遅らせることにもなります。逆に〈アーヴによる人類帝国〉は安全のための征服で、宗教やイデオロギーを強制するつもりがないです。

 

 上述のように他者そのものを許さない、ということもあります。『三体』の暗黒森林はそうなりますし、『銀河英雄伝説』の帝国も『星界』のアーヴによる人類帝国も、『楽園追放』も。

 

『スタートレック』の冒頭ナレーション、〔to boldly go where no man has gone before〕誰も行ったことのない宇宙へ勇敢に行く。これも、人権人道が実現した上で前進を続ける、人類の大きな理想像であり、目的です。

『三体』の、ウェイドの〔前へ!〕もそれと同じ姿勢です。

『銀河英雄伝説』の、元気なころの連邦もひたすら前進し拡大していました。

 が、それはスペイン、カルロス一世……まさに全世界を支配しようと狂ったように拡大侵略を続けた……のモットー〔Plus Ultra〕とも等しいのです。

 

「目的」がまったく見えない国家も多くあります。

『星系出雲の兵站』は敵の理解不能性が激しく、最後のほうでは敵が人類コンソーシアムの首都を潰した直後に内部分裂して自滅し、さらに逃げた一部も半ば自棄のような行動を起こしました。

『ガンダム』宇宙世紀の主人公側である連邦は、ひたすら勝利し、腐敗し続けるのが目的に見えます。

『星界』のハニア連邦も、二つの勢力と人工知能のせいで行動が読めません。

『現実』の人類にどんな目的があるというのでしょう。まして外から見れば、自滅したくてしているとしか思えないでしょう。

 

「目的」が意外である……

『幼年期の終わり』では、普通に宇宙に出る、より多くの戦艦、ではない先がありました。

『タイタンの妖女(ヴォネガットJr)』では、人類が万里の長城を作るのが異星人間のちょっとした励まし一言のやり取りだったりしました。

『ドラゴンボール』のレッドリボン軍は世界征服軍に見えて総帥の「背を伸ばしたい」が真の目的で、総帥はそれを告白して殺されました。

『目覚めたら~』のヴェルザルス神聖帝国は、昔別世界への穴をあけてしまい宇宙を滅ぼしかけた償いとして、別時空から落ちてきた人を助けたり悪を滅ぼしたりというような使命に全員が尽くしています。

『真紅の戦場』の権力者は、民衆をナショナリズムで操りつつ嘲笑って権力闘争に勤しんでいます。だから自国を勝たせる英雄も殺そうとします。

 

 国家ではなく個人、あるいは個艦が目的を持って動く作品も多くあります。それは国家から見れば反逆であることもあります。

 復讐者である『叛逆航路』、多くのスパイ構造の作品、宝探し、自分の記憶を取り戻すため、追われて逃げる『アイアン・サンライズ』『ダイヤモンド・エイジ』などなど。『大航宙時代』や『銀河市民』前半などはただ生活するためです。

 ミリタリSFでも、主人公はただ食うため、生きるために戦っていることも多いです。

 追われる艦も『ガンダム』『ガンダムSEED』、『イデオン』『マクロス』『ナデシコ』『シドニアの騎士』など実に多数。

 

 目的、で印象的なのが、『ヴォルコシガン・サガ』で復讐のための道具としてクローン生産され売られ育てられたマークに、目的がある人間なんてめったにいない、という言葉がかけられた……人はしばしば、自分の存在に目的がないことに苦しみます。

 でも目的があったら……戦争の道具としてつくられた、と言われたら不自由を感じます。

 多世代型の播種船の乗員は、人類存続のための手段でしかありません。『星界』のアーヴが、生体部品であるように。

 では『現実』の、地球で生きている人間は?宇宙船地球号の生体部品ではないのでしょうか?でも目的地もないのに?

 人間の心は、目的があってもなくても苦しいようです。

 

 

 

 前置きというには長くなりましたが、今回主に考えたかったこと。

『三体シリーズ』の、地球人の誤った判断をもう少し詳しく掘ってみます。

 

 本質的には、地球人は「宇宙に出たくなかった」と、「少人数だけが助かる道が嫌だった」の二つに尽きます。

 問題なのは、どちらもちゃんとメリットとデメリットを直視して選んだのではなかったことです。

「それで滅んでもいい、宇宙に出ない」と地球人全体で決めたのではないのです。

「あの時は暗黒森林抑止で、その時は時空の裂け目で水滴が壊れ別の船が送信をしたため、地球人は助かった。とにかく地球人は何もしなくても助かるんだ」と、奇跡を信じてしまった。

 どちらのケースでも、それを実行した人たちを犯罪者として憎んでいるという巨大な欺瞞から目をそらして。

 願望と現実を混同した。

 その結果……

 ちゃんと選んでいない。現実を直視していない。それが地球人。どれほど強調しても足りません。

 それこそ、智子が地球人を追い詰めながら宇宙は厳しいという現実を見ろ、と叫ぶ……道徳的に我慢できない、が共感できるほど。

 

 チェン・シンも、結果を考えてスイッチを放り出したわけではありません。

 恐ろしいことに、もし本当に時間を戻ってやり直せるとしたら……どちらも選ぶことはできず、結果は本人は心を壊し、地球人をほぼ全滅させるでしょう。執剣者に立候補しないことはできない、責任感があるため邪悪な男に権力を与えることができないから。スイッチを押すことはできない、彼女はどんな理由があろうと殺せないから。

 立候補しない、スイッチを押す、結果を承知で押さない、三つしか選択肢がない、でもそのどれも徹底的に選べない。少なくともどうしていればよかったかを考えた形跡はないし、次の機会でもノータイムで断固として非戦を選んだ。

「反省」ということができるのは、時間を戻してやり直せるなら別の選択をする、という場合のみです。それができないなら「反省」はない。

 

 また地球人の精神構造に大きくかかわるのが、〈大峡谷〉です。

 人口の半分以上が餓死したほどのすさまじい不況・環境崩壊。

 それからの回復で技術が大きく進歩し皆の生活水準が上がり、同時に人道主義が最優先にされた。そして、低技術の大艦隊で勝てると誰もが確信してしまい、面壁計画も忘れてしまった。

 

 あまりにも辛い事変だったため、人々は人工冬眠でその期間を通過した人たちの問いに、答えたがりません。

 

〈大峡谷〉の前では、ささいな精神的な逸脱も逃亡主義・EOTと言われ弾圧された。世界全体が悪いほうの全体主義になっていたことが伝わる。環境保護が事実上禁じられた。

 その結果、環境が崩壊し、膨大な人が食えなくなった。

 そんな犠牲を払って、上の人たちは何をしたのでしょう?

 智子(ソフォン)によって科学の進歩は封じられています。その条件下で何をしたのでしょう?

 

 また、智子(ソフォン)で進歩を封じられ、客観的には絶望なのに、太陽系外への逃亡が許されない……戦力では絶対負けるのに、勝つんだ、と叫び続けなければならない、精神論の戦いを強いられ、いや自分自身に強いてしまっている。

 冷静に、客観的になること自体が許されない。

 

 どうしていればよかったか……

 条件としては、智子(ソフォン)の攻撃で基礎物理学の進歩は望めなかった。

 すべきだったのは、技術水準を智子以前の限界、たとえば電弱統一理論で可能な技術を全部、という感じまで高める。技術と生産力と人口があれば、少なくとも選択肢は増えるはず。

 そのためには当然産業基盤は維持すべきだし、必要なだけの人口は教育できる水準の生活を与えておくべきだった。

 多数を切り捨てるかどうかはともかく、切り捨てるとしたら計画的にやるべきだった。

〈大峡谷〉は、自分が座る太枝の、幹寄りを切り落としたとしか思えない。

 そしてエネルギー・食糧・資源を多く得られる方向、また文明を効率的に回す方向の技術を高めるべきだった。

 

 たとえば、黒船が来た時に、当時の日本の技術で、戦国時代レベルの大筒と一本マストの軍艦を多数作るのは、苛斂誅求なだけで無駄です。

 といっても、西洋に大砲と汽船があっても、たとえば黒船時代イギリスは日本と中国を数年で征服することはできなかった、旧式兵器の大人口も有効なことはあります。

 例外は伝染病と、アフリカやハワイと帝国主義ヨーロッパ級の力の差がある場合です。

 

〈大峡谷〉前の人類は当時の技術で可能だった、化学ロケットを用いて大規模な宇宙ステーションを作るために、重税を取り、大規模な工業生産をした……ただ、宇宙の資源を利用して工業生産を増やすことは失敗し続けた?

 膨大な犠牲を出した工業生産増加が、何かいい結果を作ったという話はなかったと思います。

 

『現実』で西洋の圧力を感じた中国が、太平天国の乱という史上最大級・何千万という死者を出した大反乱を起こし、しかもそれで王朝交代・近代化ができたわけでもなく、ひたすらに膨大な国力と人材と時間を浪費したことを思い出します。

 

 こうも考えられます……

「戦うためには、全員が並ばなければならない」

「全員を並ばせるため、逆らう者を鞭打ち、それでも逆らったら見せしめに処刑する」

「結果全員が死んだ」

 この場合は負けになります。

「並ぶ」の基準が高すぎたかもしれない。炎天下で10日10夜、微動だにせず立ち続けろ、というような……人は水も睡眠も無ければ死ぬ、それを無視する。『星系出雲の兵站』で異星人が、人類のクローンを、それは睡眠が必要な物だと知らないで使役していたように。

 人間そのものに、「並ぶ」ことが不可能だったかもしれない。ある種の理想社会が常に失敗するように。

 それが〈大峡谷〉なのでしょうか。

 

 その痛い経験から、地球人は間違った教訓を得てしまった。遠い未来ではなく人道が最優先、と。正しいことをせよ、ではなく。

 長期主義の否定、ともいえる。

『閃光のハサウェイ』では、暇なんだね、と百年後の地球環境を考えることを否定するタクシー運転手が印象的です。

 他にも、長期主義を否定する論理はいろいろとあります。

 

 間違った教訓、は艦隊が全滅した終末決戦でも同じ。膨大な戦死者から学ぶべき教訓は、「すべての卵を一つの籠に入れるな」と「科学技術が高くなければ負ける」。〔傲慢になるな〕という教訓を覚えていた人はいますが……手遅れでした。

 その後ろ向きの態度が、結局滅亡につながった。

 

 また、地球人を強く支配した反逃亡主義。

 三体人こそ、地球人が宇宙のどこかで生きている事自体が嫌……暗黒森林の論理……なのに、敵がやってほしいことをしているんですから笑いが止まりません。

 それも掘り下げると、「実際には悪感情であるのを、道徳だとした」があります。

 

 要するに、全員逃げるのは無理。少数の人間だけが逃げる。それが、究極の不平等となる。

 それを皆で攻撃した。誤報の時には、自分は飛び立てないのだからと周囲の別のロケットを銃撃し故障させても。

 

 それは、誰も得をしない制裁です。

『火の鳥 鳳凰編』で、片腕で父もなく差別されている我王が、相撲大会で勝って握り飯を入手し母に与えようとしたら飯に泥をかけられ、それが犯罪者に転落する最後の藁となった……誰も得をしていません。

 村の人たちはただ、身分の低い存在である我王が、身分不相応ないい思いをすることが、許せなかったのです。

 

『悪意の科学(サイモン・マッカーシー=ジョーンズ)』は、「最後通牒ゲーム」をテーマとします。二人の被験者、AとB、Aに100ドル持たせて「Bに好きなだけ分けていい」、Bには「Aが決めた金額を受け入れるか、AもBもゼロか、選べる」という心理テスト。

 Bが不公平だ、と両方ゼロとするのは、どちらも得をしません。一ドルでも受け取ればBは得なのです。

 それを拒むのが人類。それは、上述書にもありますが、狩猟採集小集団の平等……強者の独裁を嫌がる。

 誰も得をしない攻撃、それは、悪意にほかなりません。

 公平を求める……重要な正義のはずです。ですが、悪意でもあるのです。

 他にも焚書・文化財破壊も、優れた技術者を技術を活かせない奴隷とすることも、誰も得をしません。そして人類はそれを好みます。

 

 ほかにも、誰も得をしない、という悪意が支配していることは多くあるでしょう。

『現実』の、本国も植民地も貧しくなるが、権力を持つ少数だけが豊かになる、という状態。

 元植民地の多く、貧しい超格差国家のままであることを選び続ける。

『真紅の戦場』もその状態のようです。

 

 また反逃亡主義には、〈大峡谷〉前には強かった、多くの国の存在がありました。三体人の侵略を知ってすぐに世界政府ができたわけではなく、強国と弱国がお互いを疑い憎みながら過ごしていました。逃亡主義に対する反発にはそれも大きな要因でした。

 面壁者の一人はアメリカに逆らったベネズエラの軍事的英雄であり、だからこそアメリカには強く憎まれていました。

 

 

『三体』で繰り返される、資源と人数、資源不足。客観的に正しい解を選べない。

 資源より人数が少ない……それは『冷たい方程式』です。豊穣ではなく、欠乏の世界となった、という現実を見るべきだと。『天冥の標』のように多くを犠牲にする、非情の決断も必要になるでしょう。

『三体』でも「はさまれた足を切り落として生き延びた」という話は出てきます。

『CYBERブルー』の主人公の仲間は、友を失うと同時に足に毒弾を撃たれ、自ら足を切り落として義足で戦っています。

 ですが、『三体』の人類はそれを拒むのです。現実を見ることを拒むのです。

〈大峡谷〉の経験で、何も切り落とさない、と。それは、地球人を太陽系から出さないブラックホールより深い罠となりました。

 そこには、実際には人類の中での深い憎悪があります。国家間でも、人類内の貧富でも。

『三体』の人類の道徳は「人類が一体であること」。ですがそこには、負の感情が隠れているのです。

 

 実際には、人類こそが暗黒の森に住んでいるのです。地球艦隊の敗北や光粒の誤報でスクリーンが破れた時こそ、人類は普段隠しているそれを見てしまいます。すべての人間が敵なのだと。敵に得をさせないため、全人類が滅んでもいいと。

 国と国も敵。金持ちと貧乏人も敵。

 すべての人と人が、実際には敵。まるで拳銃を突きつけ合って仲良くしているような、とんでもない嘘。

 それが人間の本当の姿。

 暗黒の森……それは、『三体シリーズ』の冒頭である文化大革命に似ているともいわれます。他人をまったく信じられない。

 文化大革命。人類全体。そして宇宙全体。以前も指摘したような、魔術の論理に似た、ミクロとマクロの相似。

 

 結局、地球人の進化で作られた心は、暗黒森林宇宙で生存することには適していなかった、と言えるでしょう。

 面壁者も、地球人そのものが敵だと言います。それこそ地球人全部をだまさなければ、何もできませんでした。ジャン・ベイハイも、ルオ・ジーも、ウェイドも。

 

 本来、地球人の目的は「人類の生存」であるはずでした。しかし、どこかでそれは見失われました。

 道徳それ自体が目的となり、しかもそのことから目をそらしてしまった……赤ん坊を抱え上げて死をわずかな時間遅らせた母、それが代償だと、直視しなかったのです。クレジットカードや悪質な借金のように、実際には金を払っていたのに、払った事から目をそらすことを選んだのです。





 目的の話だけでも、たとえば軍や政治の愚行……目的と手段の混同、派閥争い、小さい集団や個人の小さい目的をすべてに優先してしまう、など様々な人間の病状があります。
 目的を見失う、それこそ人間の愚かしさ。
 ただ、それは生物そのものの宿業でもあります。子孫を残そうと性交渉の相手を探すのは人類だけ、動物はただ性欲につき動かされています。
 ほかにもあらゆることが。
 正しい目的に向けて進むことがどれほど難しいか。

 さらに「正義」という言葉を追及するとどれだけ……
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