ふと、スポーツを考えると。
実に多くのことにつながる、網のとても重要な点になります。
『中国の体育・スポーツ史(笹島常輔)』を読んだら、前半は各時代の短い概略史、後半に中華民国と中華人民共和国の学校制度が詳細にあったぐらい……
軍事訓練。近代化。近代教育。
狩猟。富士の巻き狩り、イギリスの法の支配の歴史で重要な裁判、キツネ狩り。
武士、騎士。トーナメントや御前試合。
銃を嫌い魔術武術に頼った反乱。
吉原での遊戯。
舞踏……人類学、魔術的な宗教。
宗教におけるさまざまな儀式、苦行、ヨーガ、道教、歌、音楽。
医学。
乗り物が進歩してから。暴走族など風俗。馬、象、ラクダ、犬。
近代国際システム。国際的組織。
教育学の歴史。
巨大マスメディア。共産圏のエリート。ドーピングからある種の倫理。
旅、冒険、探検。船、スキー、森、砂漠。野外活動や登山。
賭博。賭博から魔術的宗教。
身分とスポーツ。
娯楽そのもの。
文化そのもの。
アメリカなどは国家の成立そのものと、スポーツ史は深く絡みます。
だから『孤独なボウリング(パットナム)』が近代から新しい時代への変化を鋭く見出す刃となったのです。
そうなると娯楽史、世界文化史、という、分厚くサイズも大きい10巻組みの歴史書が複数あってもいいと思うほどですが、日本語では「図説世界文化史体系」ぐらいしか見当たりません。
感情史やフランス史では巨大なのがあるのに。
犬や馬も、放っておいても動き、運動することを求めます、いや必要とします。犬種図鑑には必要運動量も書かれています。日本では残酷にもほとんど守れていませんが。
人間もそれは同じです。運動しないと健康を保てないほどです。
犬も別の犬と吠え合い、一瞬取っ組み合うような動きをしたり追いかけ合ったりします。
人間も幼い子からそうします。
それをうまく利用することが、人間の群れを保つ・人間を支配する重要な方法です。
また、二人の人間がいれば、どちらが上かを考えてしまうでしょう。
「どちらが強いか」はその分かりやすい証明の仕方です。年齢、身分、学問試験、ハンモックナンバー、苗字のあいうえお順、勲章、財産、その他よりも分かりやすさが大きい。
ただし、戦後日本大衆格闘技史がアリ・猪木戦から「総合」まで膨大なコストをかけて理解した……支配するのはルール、完全ノールールだとまったく見て面白くないし死人や身障者が続出、どんなに実戦的に見えてもルールに適合した格闘技での最強でしかなく護身とは別のゲームになる……ように、人と人の「最強」はきわめて難しい。
『銀河英雄伝説』ではユリアンが、学生時代スポーツでも優秀で、そちらの進路も勧められたほどです。
『タイラー』ではキサラの世代で、ものすごく細かく設定された低重力バスケットボールの傑作短編があります。
また別の外伝で、パイロットたちが自分たちがやられた、『現実』旧日本軍系の自転車・セミなどのいじめしごき運動を自分たちも後輩に、という議論があります。
そしてタイラー自身が軍に入る前の若いころは宇宙ヨットに乗っていました。軍人になってからマコト・ヤマモトは舵を触りたがるタイラーを必死で止めていましたが、実際には凄腕だったのです。そしてヨットでのパートナーは後に、ある事故をきっかけに……ある種の三角関係と深い老人の友情は胸を打ちます。
『星界』でも、機械の補助で空間を知る器官を遺伝子改造で持つアーヴの子供がクッションだらけの無重力空間で遊び、それでその器官を使いこなせるようになることが描かれます。
技術を用いる遊びもあります。
『都市と星』では没入型のゲームが、相当年代的には古いのに完成されています。
『スタートレック』でもホロデッキを用いる様々なゲームがあります。
種族ごとの遊びや賭博、クリンゴン斧をはじめ決闘文化もさまざまにあります。
狩猟は以前まとめた、特に貴族の大きな楽しみです。
『スタートレック』ではピカードらがフェンシングの達人でもあります。
もちろん戦闘シーンとしての格闘も、多くの作品にあります。
『タイラー』では、決闘の強者でもあるドムたち、軍隊格闘技のキーナンたちの強さが華麗に描かれます。幼帝アザリン自身が高性能パワードスーツもあり個人でも非常に強い。軍エリートのマコト・ヤマモトも空手の達人です。また子孫も軍エリートでもあり、全員格闘技も達人です。〔キーナン流だ!〕〔本人と「会話」したこともある!〕といった人も……キーナンは爆弾におおいかぶさり、脳だけ艦に移植されました。
『銀河英雄伝説』ではシェーンコップとロイエンタールの戦いが特に華麗なシーンでしょう。ラインハルトらも格闘・銃を問わず達人です。ただ、ラインハルトは格闘最強であるオフレッサーを評価していません。
『宇宙軍士官学校』でもパワードスーツを用いた白兵戦がかなり重視されます。
『カズムシティ』では、コリオリ力すら計算したナイフ投げがありました。
『若き女船長カイの挑戦』では船内の運動として、またストレス解消で格闘技をやっていることが多いです。
『宇宙の戦士』の機動歩兵は素手の格闘でも十分に強くなるよう鍛えられています。
多くの、特にリアル系ロボットアニメは、巨大ロボット同士の格闘・剣戟に持っていきます。
スーパーロボットでも、主人公やチームの一員が柔道などの達人であることが多いです。
『銀河戦国群雄伝ライ』では武将の一騎打ちが多く戦いを決めます。
『目覚めたら~』ではグラッカン帝国の貴族に「白刃主義」が多いです。すぐに決闘で物事を決めようとする、武力抗争でも剣で勝負をつけようとする、と。しかも身体改造を受けているので銃火やパワードスーツの戦場でも戦えるほど。主人公もそれに順応するため剣術の特訓をして、超能力のアシストもあり最強となります。
『航宙軍士官、冒険者になる』では、宇宙戦艦の士官だった主人公が少年時代にネットゲームで構築した剣術体系を、体内ナノムを通じて実際に使えるようにして、幸い実戦的だったのでコリント流の名で評判になり、主人公を羞恥で苦しめています。
『To LOVEる』では銀河を統一した英雄王が、個人生身で惑星を破壊できるほど戦闘力も高いのが独特です。王女たちも含め多くの個人戦闘シーンがあります。
『ドラゴンボール』も個人の格闘戦闘力が、艦隊戦よりはるかに優位にあります。
『銀河鉄道999』のハーロック・エメラルダス・トチローらは重力サーベルを用いる剣での戦いも多くあります。
そして『スターウォーズ』では、ジェダイの剣術が世界を支配しています。
軍の訓練である射撃や手榴弾投擲、ランニングなどはスポーツの面もあるでしょう。
『宇宙戦艦ヤマト3』で、上のメンバーをなめていた若者が、銃の訓練を怠らない姿に圧倒されるシーンがあります。
訓練には危険もあり、『孤児たちの軍隊』では薬物の影響もあり主人公が起こした手榴弾事故で友が死にます。『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』も訓練で死者が出るギリギリでしたが、もし多くの死者が出ても軍は容認したでしょう。『宇宙の戦士』の訓練も何人かの死者は計算に入っています。
『老人と宇宙』『宇宙兵志願』などではライフルの解説とともに厳しい訓練と規律が描かれます。
戦闘機などの訓練とゲームは共通点が大きいです。
『宇宙軍士官学校』では個人機動戦闘艇シミュレーションの総当たり戦が訓練初期では重視され、第一期生では恵一とリーの個性と優秀性を強く見せました。
その後も正課外、成績に載らない伝統的な競い合いとして個人総当たり戦が組まれ、またウィリアムとエミリーのコンビが、なめた後輩を叩きのめすなどがあります。
『銀河英雄伝説』ではヤンが首席エリートに勝った事が大きく評価を変えます。
ゲームとしてはカードゲームやチェスなども重要でしょう。それらは賭博にもつながります。
『銀河英雄伝説』では、ヤンが戦場での強さとは裏腹に三次元チェスが下手であることが描かれます。
『銀河戦国群雄伝ライ』では、師真は最初、将棋の師として招かれました。
『タイラー』でもタイラーはハイフェッツに将棋で弟子入りし、軍事の基礎まで教わりました。
賭博もまた膨大でしょう。多くのスポーツや娯楽がそのまま賭博になります。
競馬や競艇など、またボクシングなども賭けになりますし、サッカー・野球・相撲なども賭博と八百長はつきものです。
『スターウォーズ』では、それこそミレニアム・ファルコンが賭博によって手に入れられたものです。
犯罪、取り締まりの対象としても多く扱われます。
トランプ・麻雀などは、タロットカードとトランプの類似を見てもわかるように占い・魔術ときわめて密接な関係があります。だからこそ禁止されるのです。
上述ですが『タイラー』で軍をやめたタイラーはドッグレースの予想屋をやっていました。そこでも、大将、大統領、と人々をひきつけました。
『CYBERブルー』では指にレーザーコピーを仕込んでカードを書き換えるというイカサマがありました。
『スターウォーズ』EP1のポッドレースは、賭博であり、非常に危険なスポーツでもあります。モータースポーツは技術が発達してからのスポーツで、F1カーレース、オートレース、競艇など多様なものがあります。
そう考えるとジェット戦闘機でのレース・ドッグファイトのスポーツ化が『現実』にないのが不思議です。ブルーインパルスはありますが。
また、高性能な自動車の所有者が、道交法に縛られず実力を出させることができるサーキットを利用することがそれほど多くないことも。
『ヴォルコシガン・サガ』ではマイルズやイワンが危険運転を愛好することが描かれています。マイルズは卒業祝いに約束された高級車の金を地方教育援助に出しました。
『鉄腕アトム』は、子供が高性能すぎるおもちゃで事故死したのがすべての始まりです。
特に移動機械を、若い男の子が非合法に遊びに使うと多くの危険がある……
ただそれは、昔も男児の落馬死は常でした。『風と共に去りぬ』では女子が。
賭博は運の世界です。
運を制御できれば、それ以上の力もそうはないでしょう。特に弓矢や銃弾が支配する戦場で、流れ弾に当たらないだけでも。
タイラーはけた外れの幸運で知られています。
『ギャラクシーエンジェル』のミルフィーユは凶運といわれる、利益にも害にもなるすさまじい運に振り回され、それを呪い、時には取り戻したいとバカなこともします。そしてその運は、ゲートキーパーの資質でもあったことがわかり、事実上人生を失うことにもなります。
『スーパーロボット大戦OG』のキョウスケもけた外れの運を持っています。確実に死ぬ事故などを何度も生き延びています。
『リングワールド』のティーラは、進化を用いて運そのものを制御しようとした試みです。
『敵は海賊』の超光速航法は確率制御によります。
幸運が欲しい、そのために人はあらゆることをします。
ある種の賭博、褒美という話も多くあります。
『ToLOVEる』ではギド王が、リトに試練を与えできなければ地球を破壊する、と脅しました。
『デシベル・ジョーンズの銀河オペラ(キャサリン・M・ヴァレンテ)』のように、地球人の代表が宇宙で戦い、負けたら地球が滅びる、という話はもはや類型と言えるでしょう。
『宇宙軍士官学校』の「魂の試練」もそのくちであり、その試練そのものがケイローンでは大人気コンテンツです。
スポーツには見世物という面もあります。
上述のポッドレース、また競馬、サッカーや野球なども「見るスポーツ」が基本です。それはテレビなどによってけた外れに拡大されました。
見世物はそのまま演劇、また宗教・魔術儀式にもつながりますし、他にも公開処刑、皇帝儀礼、軍パレードなど多くの派生になります。
『スターウォーズ』EP6ではルークが巨大生物と戦わされ、また処刑も巨大生物を利用しようとしたように、ジャバ・ザ・ハットは巨大生物と人を戦わせる見世物を好みます。
またEP2のジオノーシスの戦いでは闘技場で多数のジェダイが戦い、多くが死んでいます。
『タイラー』でアザリン帝が敗将をペットの巨大生物の生贄としたように、「刑法の死刑」「残酷な公開処刑」「ある種の虐殺」「大衆娯楽」「生贄=宗教的・魔術的儀式」の境界は実際にはありません。
『現実』の各文明のスポーツを、時代を追って見てみましょう。
人類学、原始的部族も多く、歌い踊る儀式をします。中には弓矢を競うなどスポーツと言えるものもあります。
踊りそのものも運動量は高いです。
何よりも、運動は生理、脳科学の水準で、人の心を変える力があります。
特に集団で長時間、動きを合わせていると、人間は思考・個我が弱まり、強く集団の一員になることが知られています。
また極めて激しい疲労や苦痛、飲食制限、薬物などが複合されて長時間続くと、神秘体験と言われる奇妙な精神状態があります。それは宗教で彩ると、神と直接会ったという記憶になることも多いです。
それらは、場合によっては人のアイデンティティを作る「物語」を破壊して上書きする、人間そのもののハッキングにもなります。洗脳とも言います。
運動、舞踏、歌、飲食、薬物、酒……それらは人を、とくに宗教そのものを作り替える力がある、だからこそ政府は常にそれらを統制するのです。
特にスポーツの話が多いのが、古代ギリシャ・ローマ文明です。
ギリシャ文明では、スポーツはまず神々に捧げる宗教・魔術儀式でした。また演劇・音楽演奏……詩の多くには曲があったといわれます……も同様に、神々と接するためでもありました。
ホメロスから馬戦車での競技があり、生贄とも関係しています。
ギリシャ全体で、古代オリンピックという祭典があり、それは多数の都市国家に分かれ抗争することもあったギリシャ全体を結びつける、文明の柱ともいうべきものでした。
それは異教の儀式でもあり、ゆえにギリシャも支配した古代ローマ帝国がキリスト教を国教とし、強めるとき廃止されました。
オリンピックはマラソンや普通に走るのもあり、神話内では王女の婚姻にもかかわる馬戦車での競争もありました。神話でペルセウスが予言通り祖父を死なせてしまったのは円盤投げでの事故です。
レスリングも盛んでした。
裸体で競技することが特徴であり、それゆえにキリスト教には嫌われました。
古代ローマもスポーツが盛んでしたが、ギリシャとは少し違う形になりました。
大規模闘技場での剣闘士・野獣・模擬海戦など。
古代ローマ帝国が「パンとサーカス」と言われたように、金持ち・権力者は闘技場を建て、野獣や剣闘士を買って興行を行い、民を招待して喜ばせました。北アフリカなどからライオンなどの猛獣が死に絶えるほど大きい産業でした。
また、剣闘士奴隷から始まるスパルタクスの乱はローマの根幹を揺さぶる脅威でした。
知る限り、古代中国や古代日本では剣闘士奴隷の戦いを庶民が見る、というような娯楽はありません。
また野獣との闘いは公開処刑にもなり、多くのキリスト教徒が殉教したと言われています。
残酷な公開処刑自体も人気のある見世物でした。
東ローマ帝国ではキリスト教が強まったため、多くの異教の風習が消えましたが馬戦車競走は続きました。
それにより、応援チームがシンボルカラーをまとう、争う、政治にもかかわる、となり、首都の半分を焼き数万人が殺されるとんでもない暴動すら引き起こしました。
古代中東の、エジプト神話や『ギルガメッシュ叙事詩』にもレスリングがあり、『旧約聖書』でもヤコブと神のレスリングがあります。
古代インドでも『マハーバーラタ』ではレスリングがあります。
コロンブス以前のアメリカでも、ゴムという資材があったこともあり、ボール競技がさかんでした。
古代中国にも運動はあります。
孔子はいろいろできる自分が情けない、弓や馬を集中してやるか、と言ったこともあります。当時の貴族が必要とされたこととして、読み書きや礼だけでなく、計算、弓や馬、音楽などもあったのです。
後の科挙では武の科挙に弓や馬があり、普通の科挙からは消えます。
また貴族たちなどの間では、蹴鞠、ポロなどのスポーツも多く行われます。
蹴鞠は日本の貴族の間に残りますが、中国では清の時代に消えたと言われます。
中国では投壺といわれる、細長い壺に矢を投げ入れる遊戯があり、扇を投げるように変形したものが日本の時代劇の遊郭でも見られます。
ほかにも多くのお座敷遊びが中国にも日本にもあり、それもスポーツの一種でしょう。
中でも野球拳は今も民間でも普及していると言えるでしょう。
当然そのようなものは西洋にもある……ビリヤードやダーツ。
今の日本では中国古来のスポーツとして印象が強い中国武術は、明から多く見られます。
中国は特に都市での民の武装制限が厳しく、だからこそ素手の武術が発達します。それも常に禁じられ、それゆえに秘伝となり多数の流派に分裂します。
後に、義和団事件があります。英語ではBoxer Rebellionです。かなり最近の、清を決定的に衰退させた対西洋・日本の反乱ですが、銃器を手に入れられない義和団は呪符魔術と拳法の修行で銃弾を防げると信じて戦い、清政府ごと潰されて膨大な文化破壊にもつながりました。
ほかにも1900年ごろの、マジ・マジ団と言われるアフリカのドイツに対する反乱でも銃弾を水にできる魔法が喧伝され、もちろん結果はアフリカ側が大虐殺されました。
日本での神風連の乱も、魔法頼りではないですが火縄銃も拒否したと言われます。
日本では昔は中国の文化として、弓・馬を貴族科目に入れていましたが、それほど熱心ではなかったようです。
古事記・日本書紀の神話では相撲が数多く出てきます。神と神が優劣を争う、兄弟などの争い、暴君が女相撲を利用して人を処刑する、など。
相撲は神事として重要で、また興行としても人気がありました。織田信長が朝倉攻めの準備とした相撲大会が有名です。
それとやや別に、武士という階級が生じたとき、武芸がその区別になりました。武士たちの間では流鏑馬(やぶさめ)・笠懸・犬追物という訓練が尊ばれました。武芸を弓馬の道というほどに。
巻き狩り、鷹狩りも武士は訓練としても好みました。その時には肉食タブーは許されたようです。
逆に剣術は昔はそれほど珍重されていなかったようですが、日本刀は発達するにつれて宝物としての価値も高まりました。源頼光など、退魔の力も期待されました。中国への重要な輸出品でもあったそうですが、中国には現存していないようなので素材としてだったのではと個人的には思っています。
戦国後期には、現代も知られる流派の源となる陰流・念流などの流派から柳生流・一刀流などの流派が生じました。織田信長は剣術より相撲や鉄砲を好んだようですが、徳川家康は剣術好きだったようです。
さすがに時代劇などにある将軍御前試合は嘘だったようですが。
日本では庶民が入れる専用の闘技場は作らず、平地を布で区切って上の武家が見物することが多かったようです。
仇討ち・無礼討ちなどは実際に剣術が生死を決めました。
禅、武士道という道徳と混ざった剣術は、武士という階級の共通の道徳となり、日本人の精神に大きな影響を与えます。また弓道・柔術も盛んでした。
明治維新後、剣術は滅びそうになり撃剣興行でかろうじて息をつなぎ、後に講道館柔道や剣道が警察・軍の方向に広まりました。しかし公教育が柔道・剣道を受け入れるのはかなり後でした。
槍や小太刀が完全に廃れたのも興味深いです。空手や合気道の興隆も。
戦後、GHQは武道全般を厳しく禁じ、必死の嘆願でやっと許されたのです。
スポーツをやる許可、それ自体特権であり、身分に付随するというのも歴史的に普遍です。
西洋が、古代ローマ帝国の分裂・西の滅亡から中世になって、騎士という生き方が生じ、そのやることとして馬上槍試合などが生じました。
馬に乗り槍で相手を突いたり、集団で斬り合ったりする殺し合いを、死者が少なくなるように、また貴婦人を楽しませて名誉を得るように作り替えたのです。
それでも危険であり、フランス王が死んだこともあります。
極めて強く支配したキリスト教会は、古代ローマ帝国がやること・快楽をとても嫌いました。特に水泳は強く禁止されました。
馬上槍試合も禁止しようとしていますが、禁止しきれていません。王の側からフットボールの禁令もしばしば出ています。
イスラム教も全体としてスポーツを嫌うようです。いつも通りコーランとはあまり関係なく、服装規定を守るため。
モンゴル帝国は特に馬上でできるポロや独自の相撲を愛し、清はアイススケートが好きだったそうです。
武を誇る貴族たちはスポーツを愛好することが多いです。
肉体が完全であることを求める、ということもあります。イギリスのエリザベス一世もスポーツ自慢でした。
『銀河英雄伝説』のルドルフの遺訓で、自分の足で歩くとあえて機械化しない方針がありました。歩けないほど太った暴君は本来は皇帝失格でした。
極端になると『ノーストリリア』の子の選別、『デューン』の失明したら砂漠に歩き去る掟、などにもつながります。
特に近代になる、啓蒙君主の時代には、皇帝が肉体的にも知的にも優れることで支配する、という思想があったようで、フリードリヒ大王などの残酷なまでのスパルタ教育が多く語られます。
近代のスポーツ、体育教育はルネサンスの影響も大きいです。ルネサンスは古代ギリシャ・ローマの文明をよみがえらせ、それによって自分たちの文明水準を高めることでしたから。
特にイギリスのパブリックスクールは集団スポーツが盛んでした。ナポレオンを倒したウェリントン卿が、「勝利はイートンの校庭で得られた」と言ったという俗説は、偽りだそうですが広く知られています。
スポーツが大きく歴史にかかわったのは、フランス革命の「ジュー・ド・ポーム(古いテニスのコート)の誓い」もあるでしょう。
また近代オリンピックができてから、ヒトラーが自国の宣伝にオリンピック・建設・メディアなどを複合して活用したことがある意味汚名にもなっています。
近代オリンピックの最初の競技、乗馬・射撃・フェンシング・水泳・陸上走などは、戦争で伝令が馬に乗り、馬を捨てて走り、撃ち、剣で切り結ぶ実戦そのものだともいわれます。
近代で印象的なのが、国の影響圏とスポーツです。
未来の考古学者がクリケットの道具を発掘すれば大英帝国の境界がわかる、とさえ言われます。
クリケット、ラグビー……これも古来のフットボールが、イートンに並ぶ名門パブリックスクールのラグビー校で手を使っていいルールに分岐した……、独特のキツネ狩り、ボクシングなど、イギリスと深く一体化したスポーツも多いのです。
アメリカンフットボールとアイスホッケーはとことんアメリカのみ、また野球もアメリカ・日本・韓国・キューバとかなり偏ります。
サッカー、バスケットボール、テニス、競馬などはヨーロッパ全般に普及していますが、アメリカはサッカーをあまり好まないと言われます。
ドイツには独特の体操があり、それゆえ国際的に発達したスポーツに抵抗を示しました。
面白いのが、日本の学校でもよく見る「肋木」は、スウェーデン体操という近代体育の大きい要素の、重要な用具であることです。
ラジオ体操は日本の重要な要素ですが、発祥はアメリカだったりします。今のアメリカでは普及していないらしいですが。
それら、学校教育の体育は、近代国家の人間形成でも重要だと重視されました。強い軍人が欲しい、という戦争を目的とする国家の要請もありました。
維新後の日本にとって、体育もまた列強から学ぶ近代の重要な一部でした。
また、国家が巨大神殿を作ることがない近代ですが、その代用としてか、巨大なスポーツ設備を作ることは好みます。
スポーツは人間の残忍性を解放するものでもある、特にブラッドスポーツ、動物を残忍に苦しめ殺す見世物・スポーツも好まれます。古代ローマではそれは人間でした。
SFとなれば想像が許され、人権が後退して人間の殺し合いが娯楽になることも多くあります。
膨大に描かれる死に至る地下格闘娯楽、映画『バトルランナー』、『火の鳥 生命編』、『メタルK(巻来功士)』の金持ちが人をさらって狐の頭着ぐるみをかぶせて銃で狩る遊戯のような残虐娯楽が、『現実』でちょこちょこ報道されるぐらいに一般的でないことは不思議でなりません。
『幼年期の終わり』では闘牛は禁じられます。
熊・猫・ネズミなどを残酷に殺す遊びも長く楽しまれ、それが衰退したことが『暴力の人類史』では人間のモラルの変化として指摘されます。
闘鶏はアジアでもアメリカの一部でも盛んです。闘犬も日本に生き残っており、熊や牛と戦うための犬種は今も危険です。
他にも日本ではコオロギなど多くの動物で競う趣味があります。というか男子校生は、虫でもカタツムリでもネズミでも手に入れば競わせ戦わせて賭博の種にするでしょう。
数々の残忍な公開処刑、それは長く人気のある見世物でした。
そして、印刷・鉄道(多くの人がスポーツ大会を移動して観ることができる)・新聞・ラジオ・テレビ・インターネット、とメディア・移動が進歩していくにつれて、多くの「見るスポーツ」が巨大産業になっていきました。
競馬などは賭博が許されていますが、多くは賭博を禁じたうえで。
それは勉強ではなしに大金を得るスターを数多く輩出し、英雄、ロールモデルともなりました。だからこそスポーツは衣類や靴の強力な宣伝にもなるのです。
国家、軍にも大きく貢献しています。
また、日本以外の近代国家では地域の様々なスポーツ団体が、地域政治・生活・社交の重要な要素となっています。
日本では地域スポーツが弱いかわりに学校部活がさかんです。
サッカーなどは、軍・国家とは別の、宗教のかわりとして下層民の相当数が心をささげることにすらなり、フーリガン問題ともなります。
超能力、苦行、柱修道士など、極端な宗教行動もスポーツに似た面があります。
断食は多くの宗教で普遍的です。
音楽を禁じることが多いイスラム教諸国でも、礼拝を呼びかける声はありますし、コーランを読むこと自体が美しい声です。
キリスト教の教会、日本の仏教寺院は青銅鋳造の大きな鐘を用い、西洋はそれを大砲の技術ともしました。
キリスト教は讃美歌が儀式の中核であり、それは西洋音楽の基礎そのものです。
仏教にも実は声明という、読経を歌のようにする技術があります。
中国にも様々な伝統的な楽器がありましたが、音楽・舞踏系の文化の多くは失われています。
宗教の苦行鞭打ち……キリスト教・イスラム教でしばしば激しく流行します。仏教でもブッダがやりつくしたうえで否定したものとして、当時のインドで苦行がとても流行していた事が伝わります。今に至るもインドでは多くの行者が厳しい苦行を続けます。
結局のところ苦行の目的は、普通の人間とは別の存在になることです。超能力を得ることも目的です、それは邪道だと言われますが。
中国の道教のもとは、修行で神仙となり不老不死になることです。皇帝はそのため水銀を飲んで逆に寿命を縮めますが。
イスラム教も神秘的修行者と一般信徒の違いがあり、しばしば神秘主義が盛んになります。
瞑想・修行による神秘体験はあらゆる宗教を別のところで支えています。
そして軍の訓練を通じ、近代国家も支えていると言えるでしょう。普通教育の行進などでも、弱く少しずつ洗脳されているのでしょう。
人間には肉体があり、肉体を動かします。
それは心、感情にも強い影響を与えます。
まして体を動かすこと、それが集団でやることが、習慣になっていればそれはもう常に洗脳を続けているのと同じです。
心か物か……この問いの中で、物である人体を動かすことで心が変わる、ということをもっと考えるべきでしょう。
そして、筆者が神林長平作品で思うのが、言語はとことんを通り越して分析しつくしているのに、舞踏が弱いのではないか……ということです。
舞踏、行進訓練、洗脳、神秘体験、習慣……それらは言語と同等かそれ以上に、人間にとって重大なのではと思ってしまうのです。