宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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先に…筆者は今回を書くとき、自分が何をしようとしているかわかっていませんでした。


人格・超能力

 中世を問うには、まず「なぜ大規模な古代帝国ができるか」であり、次に「なぜその古代帝国が、西ヨーロッパや日本では崩壊して無数の、武人が支配する小領土になるのか」という問いがあるでしょう。

 同時に、「その時期、東ローマ帝国・中東帝国・インド・中国はなぜ帝国の形であり続けるのか」という問いにもなるでしょう。

 さらに、中国史でも突厥・金・西夏など様々な形でかかわる、ユーラシア中央部の遊牧民たちからも目を離すべきではありません。

 

 帝国を作る……個人でしょうか、それとも集団でしょうか?

 偉大な個人、というのはどの程度重要でしょうか?

 多くの古代帝国の、法典の最初や碑文などは、偉大な帝王が偉大で、また神の意を受けたから、勝利し征服したのだ、とします。

『銀河英雄伝説』の根本は、まずルドルフ・フォン・ゴールデンバウムがとことん偉大で帝国を築いた、という「物語」があり、それを「ゴールデンバウムは血が腐った、力があるラインハルトが奪った」という別の物語で上書きした、ということです。

 ルドルフは身長がとても高く筋肉が多い。対照的にラインハルトは、背は高いけれど筋肉はそれほど盛り上がらず、超絶美形で、普通の知能も極端に高く運動能力もトップクラス……ただしオフレッサーに勝てるわけではない……、何よりも艦隊戦と統治そのものの天才で、強大なカリスマ。

 

 支配者の人格。

 人は特別な人についていく。

 以前検討した、上位存在。ある人間を神だ、だからついていくべきだ、とする。また予言という能力がある、だから正しい道を知っているんだとする。そう信じるように、「歴史」そのものを後から書き直す。

 まず古代帝国が生じるのに、その要素はかなり大きいと思います。

 

 それが中世になるのは?

 なぜ、帝国に……西ヨーロッパならローマ皇帝、日本なら朝廷・地方では国司……に従うのをやめたのか。

『銀河英雄伝説』の、ルドルフ以前の連邦では多くの星系が独立しかけていたのか。また、原作開始時点で、多くの貴族が支配する星系は帝国から心が離れていたのか。

『スターウォーズ』では分離主義との戦いはあります。

『ファウンデーション』でもいくつもの小規模星間国家になりました。

『現実』の中世の日本やヨーロッパでは、寺・教会が財力・文化・領土などあらゆることでとんでもない力を持っていました。同時に古い時代の延長も多くありました。

 

 

 まず、人間すべての、意識しているかいないかによらず前提となっている、と筆者が考えていることがあります。

「人格が高い=魔法・超能力を使える=上位存在=人を従える資格」。

 

 さらに昔の、人類学で扱われる原始的な人間群れの話を見ると、「群れの掟や儀式を忠実に守っている=神と通じる」という感じのようです。かなり文明水準が上がるまで、神々や英雄は今の人が思うような道徳に無関心、今の人から見れば非道徳的な行動をし、別のルールで生きています。

 

 中東の碑文などの文章では、「神の血を引く」「神に忠実」が直接「偉大」「無敵」につながっています。

 ギリシャ神話は神の血の濃さがほぼ直接戦闘力になっています。ただし、神に逆らう、傲慢の罪などの悪行をすると自滅します。約束通りに生贄を捧げなかったこと、私利私欲が神罰の理由になることもあります。

 旧約聖書はひたすら、神に忠実であれば勝つ、です。イスラム教もそれを引き継いでいます。サムソンなどは巨大な腕力で勝利しており、それは神に与えられた超能力にかなり近いでしょう。

 神話では怪力を含む超能力、また神の武器、知恵を与えることによって、英雄を怪物や怪物的な盗賊に勝たせることもあります。

 

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝は、「神の血」を「良い遺伝子」と言い換えているのではないでしょうか。

 ルドルフは自分を神格化しつつ、超能力は主張していません。しかし実質的には、ルドルフ自身は神で、その血を引く皇族も神の子孫という感じです。

 ただし、それに加え、自分に近い・自分が気に入った・自分が好む民族の「遺伝子」を高いとすることで、より多くの人を味方としました。それは「神の血」からはかなり遠いです。が、後には貴族は自分たちの血が尊いという物語が当然正しい、と信じるようになっていたようでもあります。

 

 

 古代中国、論語は、人格と超能力をかなり切り離しています。純粋に、「人格が高ければ多くの人が慕って引っ越してくる、だから天下は自然に取れる」が中心的な主張です。ただし、音楽などの乱れが天を怒らせる、あんな悪いことをしたあの国の王は自分の主人・天下の主にふさわしくない、という感じも残っています。

 実際に天下を統一した、韓非子を中心とする法家も合理的です。

 しかし同時期に、神仙を求める声もありました。修行などにより、人格を高めて神仙となる、そうなれば不老不死になる、という。始皇帝はそれにはまり、人格の変な部分だけ忠実に……人と会わない、変な食事など……やって寿命を縮め、帝国を滅ぼしました。

 秦の滅亡・漢が儒教を採用したことなどがあり、中国は特に対外的に、「中国、皇帝はこの上なく道徳が高い。だから皆が自発的に従う」という主張で、近ければ征服、遠ければ朝貢、さらに遠ければ昔の日本のように金印を贈る、というようにかかわりました。

 

 その後の中国は、儒教の読み書き学問水準が高い=人格が高い=統治にかかわる資格がある、と「モノサシ」をわずかにゆがめました。

 科挙こそそれですし、それ以前からも人格を理由にして人材が推薦されました。

 優秀でも人格が劣る……不貞など……で出世させてはならない、という声があることもあり、逆にそういうことに構わず能力で評価する英雄が評価されることもあります。

『銀河戦国群雄伝ライ』では師真が女遊びが多いことで批判されますが、雷は能力だけを見て押し通します。

 

 

 インドの、ヨーガ・行の論理も、禁欲・修行で人格を高めていくことで、ある種の超能力を得る・さらに人間より上の存在になる、という論理がありました。ブッダは超能力に否定的ですが、涅槃=輪廻を終わらせる、というのは死後を制御することです。仏教専門家は違うというでしょうが。後に仏教は「行を成し遂げて霊的になった神々」と言える如来・菩薩・明王などを拝むようになりました。

 インド神話、ヒンズー方向の英雄たちも高い人格と神々の血、強大な力が描かれます。

 

 古代における奴隷制擁護言説でも、自群れの文化・文明の高さは、文化・文明が低い人々を奴隷化していい理由となりました。

 後には、「(自分たちの)正しい宗教を信じていない」から、「奴隷化して教化すべき」となり、それが大航海時代から帝国主義に至る征服の建前となります。

 

 中世、と言われる年代になると、ヨーロッパはキリスト教、中東はササン朝ペルシアのゾロアスター教からイスラム教、と宗教が強くなります。

 コンスタンティノープルに名を残すコンスタンティヌス大帝が、キリスト教に関する幻視を見て大勝した、という伝説もあります。宗教が勝利につながる……その場合には、王の人格が高い=宗教を強く信じている、であり、直接的な超能力ではなく勝利そのものと、神の力が結びついています。

 中国や日本も、政治の根本ではないですが、仏教がかなり強いです。インドも仏教の帝国が見られますが、それはすぐ潰れます。

 特にインドは、仏教の道徳から征服と虐殺を王が反省する、という碑文物語があるのが興味深いところです。

 

 印象ですが、古代帝国を結びつけた「何か」の力が衰え、巨大な疫病・気候変動や木の切りすぎによる飢餓や貧困、それで弱ったところに先進技術を学んだ蛮族の攻撃で、古代帝国の延長の巨大国家ではやっていけなくなり、そこで新しい宗教が頼られるのではないでしょうか。

 

 昔から歴史のあちこちにある宗教反乱では、特に原始的な水準だと、奇跡治療能力がしばしば登場します。

 三国志で有名な黄巾の乱、太平道は呪符を溶かした水で治療する、というものでした。乱で太平道が滅びてからも道教に多くの影響を残します。

 キリスト教も、イエスも後のペテロやパウロも、人々を治療して信仰されました。奇跡を起こせる人に人々はついていき反乱もする、というのが、イエスが期待され拒否したシナリオでした。

 

 

 前に、予言などで考察しましたが、特に予言・予知能力の持ち主は非常に強く人をひきつけ、革命・反乱を起こしたりもできます。

『デューン』のポールがその最たるものです。

 

 予言に限らず超能力でも多くの人を操る、強力な組織を作ることができます。

『クラッシャージョウ』のクリスは強力な超能力者であり、宗教団体・組織を作って世界征服を始めていました。

『幻魔大戦(平井和正)』は超能力がありながら頼らず活動する、というところが少し異色でした。

 

「人格が高い=魔法・超能力を使える=上位存在=人を従える資格」=「超能力がある=上位存在=人はその上位存在に従わなければならない」

 これが人間にとってどれほど強い力があるか。それは『現実』のオウム真理教事件を見れば明らかでしょう。

「座禅状態で空に浮ける」ただこれだけの超能力を信じる。それだけで、とんでもない人数の信者が入信し、出家して全財産を差し出しました。

 さらに……今は知らない読者もいるかもしれません……その上位の信者たちは、教団に苦しめられる人を助けた弁護士を一家ごと拉致して惨殺し別々に埋め、他にも複数の殺人や殺人未遂事件を起こしました。さらに教団そのものが、国家を転覆して支配者になる、という妄想に支配され、時には当選者こそいませんでしたが政党を作って多数の人を立候補させました。そして裁判に関係する地や、重要省庁が集まる地下鉄に、教団施設の秘密研究所で、超高学歴の信者が研究して作ったサリンなど強力な毒ガスを散布するというテロ事件を起こしたのです。死者は少ない、しかし……成功していたらとてつもない被害となり、国家そのものを揺るがす可能性はありました。

 この事件は『タイラー』の『無責任カルテット』の重要な元ネタとなっています。

 

 ただ、ある程度大きい宗教は、超能力を求めることを邪道として禁じます。「超能力目当てで修行すると人格が下がる」という前提があるようです。

 政府にとって危険すぎるから、もあるでしょう。核兵器を開発している犯罪組織のようなもの、政府は全力で攻撃するしかない、組織側も政府を挑発したくないのでやってないとアピールする。

 仏教も超能力を求めることを強く戒めます。

 キリスト教も、少なくともイエスは価値があるのは信仰であり奇跡ではない、とします。

 それに対し、道教は神仙となり不老不死を得る、をどこかに残しています。

 

 超能力そのものも多種多様です。

 宇宙戦艦作品でこれまで検討したのが、精神支配、予言などです。

 それらは時には人類全体を征服するほどの力でした。

 

 超能力とは、要するに「人間が普通に・科学的に検証可能に、可能なこととは別に、何かができること」でしょう。

 モノを動かす……手でもできるが、手などを使わずに。瞬間移動。

 確率的なことを当てる。千里眼やその類、壁などの向こうで見えないものを見る。

 テレパシー、透視やその音版やサイコメトリー、写真を撮る。

 発火など、攻撃的。武器の代替になる。重力制御。

 変身など、極端な治癒能力など。

 きわめて強力なのが『X-MEN』『涼宮ハルヒシリーズ(谷川流)』にある、現実改変。世界全体を改変してしまう。

 超能力というには少し異質なのが『敵は海賊』の、主人公とヨウ冥双方の、上位存在を殺せる銃。

 魔術・霊の世界を考えに入れれば、霊との交信・悪霊との闘い・呪殺や呪いの防止もあるでしょう。

 カソリックにはエクソシスト=悪魔と戦うこともあります。また『孔雀王(荻野真)』が元祖かどうか、「密教の行そのものが実際に魔を倒す魔術である」、というフィクションも多くあります。……というか昔はそれはあらゆる人が信じる現実で、莫大な国家予算を、軍事費や医療費と同じように注いでいました。反乱・伝染病・自然災害、すべて悪霊であり、宗教儀式はそれを防止克服する手段だったのです……

 忍者の術もそういう超能力性があります。

 また、中国思想・武術の「気」を攻撃魔術のように使うことも、『ドラゴンボール』など今のフィクションでは多用されます。

 そのあたりを、講談の忍術、山田風太郎、隆慶一郎、手塚治虫、『X-MEN』などと、表現や概念の進歩史と見て比較したら面白いでしょう。

『禅銃』では東洋精神のある面を西洋人ならではのイメージで変形し、帝国を変える力にしました。

 宗教性が強い神話伝説水準では呪いで人を殺す、天の国に行く、天の国から情報やモノを持ち返る、毒や拷問に耐える、なども。

 

 やや異色なのが、精神力を機械で物理的な武器に変換する『コブラ(寺沢武一)』のサイコガンや『ロスト・ユニバース』のサイ・ブレードなど。

『ロスト・ユニバース』は超光速航行そのものが精神力によります。

 

 超能力についての考えが未熟だったこともあるのか、物理的に説明できる極端に優れた能力を、超能力と表現する作品もあります。

『宇宙船ビーグル号』『ダーティペア』に登場する超生物の、極めて微弱な電磁場でも感知できる能力。

 その変形として『マルドゥック・スクランブル』のバロットの感知と電子機器操作もあります。

『鉄腕アトム』の様々な能力も超能力と混同気味でした。

 

 

 超能力は軍事的にも強力な兵器になりますし、反乱を起こさせて世界征服もできる、ともなります。

 上述のように精神支配系能力は直接、予知予言や神を名乗ることも反乱を通じて、全人類の権力を握ることが可能です。

 ロボットアニメでは、ある種の超能力を持つパイロットが、とてつもない技量で高い戦力となり、また奇跡を起こして普通は勝てない強大な敵を打倒します。

 その有用性と権力に対する恐怖ゆえか、「国家や反乱組織が超能力者をつかまえ残酷な人体実験をする」という話のパターンがあります。

『ガンダム』では宇宙世紀、『X』などで超能力者、ニュータイプに対する残忍な迫害や実験が多く描かれます。『SEED』でもそれに近いことがあります。

『サイキックフォース』は残忍な人体実験・サイキッカー狩りが話の中枢です。サイボーグや『孔雀王』を思わせる仏教宗派の裏組織の僧がサイキッカーと同等のプレイヤーであることも興味深いです。

『ジャンパー グリフィンの物語(グールド)』も超能力者狩り組織が描かれます。……あんな組織一人でもバカがいたらバレる、全員が完全なんて地球人にできるわけがない……

『フルメタル・パニック!』は一種の超能力を兵器化したロボットが動き、またウィスパードと呼ばれる現実の科学技術水準とは隔絶した科学技術をもたらす能力者が争奪されます。

『タイラー』でも後のシリーズで、犯罪組織が人工的に超能力者を作ります。

『スプリガン』にも多様な人工・天然の超能力者があります。

 上述ですが『サイボーグ009』の001こそ人工的に人間を素材に作られた強大な超能力者かつ超知能です。

 鳥山明作品を統合世界として見ると『Dr.スランプ』のターボや摘鶴燐、他にも『ドラゴンボール』のチャオズらを含め結構多くの超能力者がいます。

『CYBERブルー』はシャドーフォースと呼ばれる特殊な力を持つ少年を権力者が拉致し、力を移植してバイオビーイングを作り、また不老不死に至ろうとします。

 ロボットアニメでは『勇者ライディーン』『バラタック』など、超能力がなければ動かないロボットも多くあります。異星人の血がロボットを動かす認証になっていることも多いです。

『スーパーロボット大戦OG』もサイコドライバーと呼ばれる強力な超能力が大きく戦局を変え、非人道的な研究も多くなされています。特にSRX系は超能力なしでは空中分解するほど。

 

 そして普通の人々は超能力者を恐れ憎み迫害します……時には崇拝し反乱軍に加わり死ねと命令されても喜んで従うのに、不思議な両面的感情です。

『X-MEN』で特にそれが強いですし、『ヴォルコシガン・サガ』のミュータント恐怖、上述の『パタリロ!』の人類の進化を防ごうとする医師集団もある要素が似ています。

『現実』現在もアフリカなどで、超能力とは遠いはずの、物理的に説明できる存在であるアルビノを殺して食う事件が多発しているとの報道も。

 

『ローダン』は異星人との接触で始まりますが、しばらく超能力が中心になります。超能力者の悲惨話も多くあります。

 精神支配能力を持つ悪党の活躍もありますし、グッキーの瞬間移動は後にも活躍し続けます。また肉体を失った超能力者も長く活躍し続けます。

『レンズマン』も、特に第二段階以上になると強力な超能力の面が出ます。

 その人の心を読むことを機械化するのも、上述のさまざまなウソ発見器の延長となります。

『スターウォーズ』はまさにフォースが宇宙そのものの支配にかかわります。特に、スローンのスピンオフでは艦隊指揮にも用いられることが示唆されます。

『スタートレック』にも多種多様な超能力があります。ディアナ・トロイはハーフで弱いですが、その種族にはテレパシーがあります。また『ヴォイジャー』のケスも超能力の暴走でいろいろと動きます。

『ヤマト』ではテレサが強大な超能力で祖国を滅ぼし、白色彗星帝国も苦しめ、最後には刺し違えました。『永遠に』ではサーシャの感知能力で危険な岩礁地帯を抜けました。

『目覚めたら~』は主人公は元から時間を操る能力があり、後には精神技術が発達した国との接触を通じ、強大な超能力を開花させます。

 

 ミリタリSFは、基本的には超能力が少なめです。ただ、『宇宙の戦士』では超能力部隊が活動します。

 

 そして超能力の延長で行きつく、本当に人間とは違う存在……『レンズの子供たち』『幼年期の終わり』『人間以上』。『火の鳥』のコスモゾーンとの一体化もある程度。

 それに、人々は憧れつつ恐れおびえる、という複雑な感情を持ちます。

 

 

 超能力から大体切り離された人格の高さは、古代ギリシャ・ローマでも重要です。

 指導者も高い人格が求められますが、同等に、市民一人一人が高い人格を持つことが求められます。

 プラトン・アリストテレスの系譜が特にそれが強いです。

 

 それは後世にも引き継がれ、『ローマ帝国衰亡史』をはじめ近代の歴史家の多くは、古代ローマ滅亡の理由は道徳・人格の低下としています。

 人格の低下を恐れる、というのは、特に19世紀末から非常に強い衝動となります。といってもそれ以前は、人格というよりキリスト教信仰がめちゃくちゃ強かっただけの話です。

 人格の低下を恐れる、それは人種に関する妄想や、共産主義に対するかなりずれた恐怖……共産主義がひどいものであることは事実ですが、共産主義の現実のひどさともずれた恐ろしさ……とも強く結びつき、ナチスドイツに至ります。

 全体主義はナチスだろうと共産主義だろうと、高い人格を求め、人格が低下することを恐れることに……

 このあたりの話は以前検討した「精神論」とも強くかかわります。そして昔の理想社会に戻る、という復古、教祖たちの時代に戻るという宗教原理主義とも親和性が高いです。

 人格の高さが勝利と繁栄、低くなれば亡国、となるのも精神論です。

 東洋でも、人々の道徳が低くなる=亡国、という精神論は強いものがあります。

 上述のように、東洋西洋問わず普遍的に、商業や工業を嫌い農業を尊び、贅沢や文化を嫌うのが「道徳」でした。

 中国での議論。本来「攘夷」は中国の言葉です。経済や技術の拡大に対応するためのはずの、宋の王安石から始まる新法・旧法の争いも、周の昔に戻る、という建前でした。他にも前漢と後漢を分ける王莽、唐の則天武后の武周も復古を建前としました。王莽の新はあまりに本気で復古をやりすぎて自滅しました。

 日本でも鎌倉幕府を滅ぼした後醍醐天皇の建武の新政、その影響も強い水戸学などがそんな感じです。

 幕末に「攘夷」として爆発的に流行しました。それは明治維新に結びつきもしましたが、多くの無駄な血も流しましたし、攘夷・精神論をそのまま押し通していたら間違いなく日本は滅んでいました。

 その後も日本は国民に高い人格を強要し続け、それは第二次大戦での暴走・亡国にも至ります。

 戦後でさえも、国民の人格の低下による亡国を訴える声は左右問わず絶えません。

 

 そして民主主義であっても全体主義であっても、指導者に高い人格を求めてしまう……それが人の常です。

 確かに、人格が低い……欲深く、私情を判断に入れる指導者は、たとえば軍や医療や教育、食糧輸入に使うべき国の金を自分の快楽のために使うでしょうし、気に入らない人間を拷問し冤罪で処刑するでしょう。そうなれば国民の幸福度や安全が下がり、国家が滅びることになるでしょう。

 しかし、以前からの検討……「国の金を懐に入れる」「冤罪で人を処刑する」は、「別の道徳での善行」であることがむしろ多いのです。自分の親戚の貧しい子を学校に行かせるために賄賂を取る、自分の家族が真犯人ならかばう、という。

『国家はなぜ衰退するのか』『自由の命運』が繰り返し語る、善意や情熱ではどうにもならない制度の力。

 

 まして、人格=超能力、超能力・神の力で勝利する、さらに人類そのものを導く、となれば……

 実際にはそれを要求する、人類という愚かな生き物に絶望する、指導者になってしまった人も多く見ます。『銀河英雄伝説』のヤンも人々は何を求めているのか絶望し、また『三体』の面壁者たちも、自分たちが求められることのおぞましさ……誰も犠牲にせず、人類の道徳とやらを完全に守ったまま、スーパーな戦略で敵を倒す……にこそ絶望しました。

 愚民に対する絶望が、『銀河英雄伝説』のルドルフを生み、またラインハルトが民主主義を拒む理由ともなります。『逆襲のシャア』では愚民に叡智を授けてみせよ、とシャアがうそぶきます。

 

 人格が高い指導者~暴君。

 人格が高い民~愚民。

 ここは底なしの何かにつながります。




本当に自分が何をしようとしていたのかわかっていなかった、今も万分の一も見えていない…
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