前回の筆者は本当に、自分が何をしているかわかっていませんでした。頭を抱えて叫ぶしかありません。
「人格」というのがどれほど厖大か。前回など、チャレンジメニューの超大盛食物からティースプーン一杯分にもならないでしょう。
ミラーボールの鏡の一枚の破片……「超能力」自体が「支配と人格」のわずかな一面でしかなく、さらに前回の拙作が「SF・超能力・支配」のどれほどわずかな部分だけか。あるべきちゃんとした大著の、ほんの数ページの切り抜きでしかない。
複数の辞典ごとに意味がとことん違います。
日本語の「人格」が「パーソナリティ」の訳語、近代の和製漢語だったということも知りませんでした。
心理学用語辞典。精神医学の診断マニュアル。法学用語辞典。人権辞典。教育学辞典。哲学用語辞典。倫理学辞典。道徳哲学辞典。神学用語辞典。
それぞれで「人格」「パーソナリティ」「ペルソナ」は大きく異なるのです。
心理学の、「パーソナリティ」の訳語。性格を分析するなど、測れるもの。
精神医学の文脈での、「パーソナリティ障害(人格障害)」。多重人格というのもあります。
法学上の、法人に関係する、人間の個人。法的な資格。人格権という人権のジャンル。
哲学でも、文字通り「人格主義」というジャンルがあります。
倫理学においては前回ある程度追ったような、高める「何か」です。徳倫理学の目的でもあるでしょう。
ポルノの文脈では、人格は破壊の対象となります。それは洗脳技術であり、軍・教育・刑務所などの世界でも人格を破壊する技術が求められ、研究され高められています。
追及できるものは追及してみましょう。
心理学における人格。分析の対象。とにかく人間の、「3~12の箱の集合体を作り、分けて、押し込む」思考方式。それこそ黄道十二宮、五行、四体液、などなど。
五本ぐらいの、内向・外向などのモノサシを用いて、どんな人格かを数字にする。
そのテストは軍などの配属にもかかわります。それによって希望とは別の配属になる、というのが『宇宙の戦士』『宇宙兵志願』などであります。
精神医学。現在は人格障害・パーソナリティ障害がどう扱われているかは詳しくないですが、特にサイコパス・ソシオパスという、悪そのものが一応病名として登録される、という重大性があります。
精神医学、精神病、それ自体が実際には相当重大な話です。
悪そのものを治療する社会もSFにはいくつもあります。
『ヴォルコシガン・サガ』のベータ植民惑星は何でも治療できてしまえるので、コーデリアから見れば刑罰そのものが野蛮です。
『スタートレック』もあらゆる精神病は容易に治療できます。
『銀河英雄伝説』では確かゴールデンバウム朝は弱さを許さないので、精神病の治療自体、精神医学自体が存在できなかったはずです。
頭のよくなる薬、善人になる薬、敬虔な信者になる薬、などがあったら人間世界の根本的な前提が消し飛びます。
薬物・医療措置で人格自体を変えられる、に似た話として、晩年の豊臣秀吉など老いてからめちゃくちゃをやった独裁者が歴史上多い、それは水銀を用いる薬の副作用や、梅毒の影響という説もよくあります。長期間の過労も当然あるでしょう。ナポレオンやヒトラーが後半に間違いが多かった理由として寝不足が言われます。
『若き女船長カイの挑戦』では、ある星で死刑に値する罪を犯した人が、死刑と精神改造の選択肢を与えられ、死刑にしてくれ、と頼みこみました。
『ガンダム』宇宙世紀では強化人間という技術があり、人格が乱暴になったりする副作用が常に出ます。
多重人格はそれ自体がSFに似ていますし、SF技術を利用すれば、「肉体」と「人格」を分離できてしまう……「人格」はコンピュータのソフトのようなものになってしまうので、いろいろなことができてしまいます。
『ヴォルコシガン・サガ』ではマークは幼時からの虐待と拷問が結びついて多重人格化し、ベータ植民惑星で治療を受けていました。
延長として、一つの体にいくつも人格を入れたりもできます。人格の隠れ場所・逃げ道ともなります。
その影響を受けたファンタジーでも、魔法で同様なことができます。幽体離脱や生霊の憑依など。
『老人と宇宙』では最初にサイボーグ化され強化されたクローンに老人の脳から人格情報を移植し、元の体は廃棄します。
『ヤマトよ永遠に』の脳以外機械の体、『歌う船シリーズ(アン・マキャフリー)』の船の体、『ヴォルコシガン・サガ』の脳移植による長命技術など結構多くある、脳を別の体に移植する技術もそれに近いでしょう。
『銀河鉄道999』のように生きた脳が残らないこともあります。
膨大な、記憶系の話ともつながります。記憶を引き出すための催眠術などの技術も出てきますし、何か重要な情報・宝そのものを覚えさせ、忘れさせて運ぶ、という手法も多くあります。
『カズムシティ』『銀河市民』などなど。
『老人と宇宙』で、とんでもないことをやらかした博士が持っている情報を得られないか、クローンを作って痕跡を色々入れて何か思い出せないか尋問してみたり。
『彷徨える艦隊』で、禁じられた研究をしたため精神封印をされた士官の悲劇がありました。いくつかの条件を満たし、艦隊司令官が命じたときだけ、重要な情報を口に出せました。
コンピュータと人間が融合していると、記憶を封印したりその封印を解除したりするのは、コンピュータのハッキングと区別がつかないことになります。『量子怪盗』シリーズはそういう感じが強い。
『啓示空間』シリーズでは、処刑された人の人格の一つが宇宙船のコンピュータに隠れていました。すべてのコピーを破棄しなければ死刑にならないのです。
人格交換、というのも多くあります。それこそラブコメで、頭をぶつけたら中身が入れ替わる、というのがとても多くあります。
『スターキング』は時空を隔てた中身の交換です。
邪悪な何かが「人格」を保存しておき、人の身体を乗っ取ってしまう、というのは技術を用いたSFでも、霊的な能力を用いるファンタジーの類でも多くあります。それこそ人間にとっては根源的な、人の死に関する「信じられること」ではないでしょうか。
それこそ「転生」という膨大なSFで出てくる、またインド諸宗教から仏教の核心にある概念が、「人格」そのものの移動なのです。
それぐらい、「人格」はSFの視点ではソフトウェアのようなものです。
前も考えたと思いますが、ある存在を、人間と同様の法的資格を持たせるか……公平な裁判を受ける権利、財産を所有する権利、選挙権・被選挙権、などなど。そのあたりにも「人格」という法的な言葉がかかわるようです。
異星人、障害がある人間、知能を高められた動物、極端に知能が高い子供、などなど多様な題材があります。それぞれ何十も名作SFがあるでしょう。
異星人が犯罪の容疑者になった……『イリーガル・エイリアン』、基準を満たさない人は人として認めず安楽死処分にする……『ノーストリリア』『まだ人間じゃない』……
人間と同様な心を持ちながら人権だけがとことんない、と思える『レフト・アローン』などのさまざまな技術の産物もあります。いくつかのカズオ・イシグロ作品は、人間と同じか近い心を持っていると思える存在を無造作に人間ではないと冷酷に扱います。
「法人」と、ある種の法的な「人格」を認めることが、近代西洋法の深い部分にあり、産業革命・現代の経済や政治の非常に重要な要素です。
逆に、「人格」、権利能力がない、となると奴隷や昔の女性、今でも子供、という身分の問題になります。
「人格」の関連語として「神格」という時々見る言葉もあると思います。
また、「人格権」が、人権ではかなり重要なようです。
これらを探求するのに、どれほどの数の本を読まなければならないか。
筆者には日本語で読める本のリストの、百分の一も見えていません。考えられる本の千分の一も読んでいません。英語を含めればどれほど膨大でしょう。
さらに、たとえば論語・孟子、中国思想における人格にあたる概念、インド思想における人格、と追えばものすごい物量を学ばなければならないでしょう。
キリスト教神学でも「人格」だけで莫大なものがあることは確信できます。それこそ、父・子・聖霊の、「格」の関係という……実質それで東西の教会は永遠に分かれ、幾多の異端が追われてローマから遠い地域にはぐれ、あるいは十字軍で皆殺しにされました。
さらにキリスト教神学はカソリック・プロテスタント・正教に分けられます。キリスト教で重要なら、イスラム教神学でも、仏教でも重要でしょう。
そして、「人格」を追及するためにできること。
歴史上の主要な人物の人格を、今わかる資料から分析する。性格を分析したり、サイコパスかどうか判定したり。
そういう本は実際にいくつかあります。それだけでも膨大です。
同じことを、主要なSFの、あらゆるキャラクターについて行う……
どれほど膨大になるでしょうか。フルタイムのSF研究者のライフワークとなるでしょう。
物/心。
物である肉体/魂、霊、霊のからだ、その他宗教的・ギリシャ哲学的な表現。
コンピュータの、ハードウェア/ソフトウェア。
「人格」は心側であると同時に、技術が進めば「物」の一部ともなってしまう……心と物の境界のひとつ、情報、と言ってもいい……