宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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できたら『日本史の謎は「地形」で解ける(PHP文庫/竹村 公太郎)』シリーズの銀英伝版をやってみたい、と…

都市防衛についての話は関係が小さかったので次回に回します。


遷都・鉱工業・航路

『銀河英雄伝説』の過去、おそらくはストーリーにも大きな影響をもたらしているシリウス戦役。

 最大の影響は地球教を生み出し、フェザーンの存在・休戦のない戦争の継続、さらにヤンの死につながっていることでしょうか。

 その一番奇妙なことは、地球が、さらに言えば太陽系全体が、わずかな人しか住まない忘れられた世界になっていることです。

 

 資源枯渇。環境汚染。

 でもそれだけで、地球ほど条件のいい惑星が捨てられる?

 破壊されたでしょうがあったはずの、月や火星、おそらく水星や巨大小惑星・巨大ガス惑星の大型衛星・冥王星などの基地。

 それらにも二度と人が住まない?

 生産工場にも鉱山都市にもならない?

 

 地球は破壊しつくされたかもしれません。鉱山は枯渇するでしょう。大気も汚染され、海に魚が皆無になることもあるでしょう。

 しかし、地球という大きな惑星、太陽系そのものの可能性がなくなるほど?

 金星化したならともかく、地球教信者はそれなりに住める程度の環境は原作描写であったのに。

 それに太陽系には、地球だけでなく月も、火星も、ケレスもガニメデも冥王星もあるのです。

 

「なぜ太陽系で何百兆人も暮らさない」「それ以前に太陽系外に出る理由は」という問題にもなります。

 銀河英雄伝説の、資源や技術についても多くを教えてくれるでしょう。

 

 

 ここで、考え方を一つ提示してみます。

 何が「ない」かを考える。

 銀河英雄伝説の人口が、太陽系だけで百兆ではなく、銀河の五分の一で最大数千億である、というわかりきった事実から、どの技術が「ない」か推理し、そこから何が考えられるか考えてみる。

 すべての惑星を砕いてダイソン球やリング世界を作る技術はない。

 木星の大気を吸って元素番号を変え、分子を制御し積んで、生活できる巨大要塞を作る技術はない。

 少なくともそれらが、「ない」ことは明言できる。

 

 

 ここで考えるべきこと……現実の、人類の歴史での『遷都』。そして多くのSFでの、首都。

 それは技術、人口、権力を持つ階層、信仰など多くの要素が混じる、歴史の中枢です。

 

 

 さて先に、首都、すなわち文明の中枢となる大都市について、『現実』の歴史から考察しておきましょう。

 有名なこと。四大文明は大河に生じる。

 

 川がなければ飲料水も限られ、糞尿も流せません。

 川がなければ、周囲の木材石材はすぐ枯渇します。遠くから陸路で木材石材を運ぶのは非現実的です。

 ちなみに水に沈む石材も、縛ったまま水に沈めればかなり軽くなり、船で運べます。

 灌漑が必要な地域では、灌漑設備の起点となる川の取水口を押さえた者に、その灌漑に頼る人たちは従うほかありません。

 川は現代の高速道路であり鉄道です。高速大量輸送に必須です。

 川や池からは、魚という良質な食料を大量に得ることができます。

 鉱工業も多量の良質な水を必要とします。

 河口であればもっといいです。海は大量輸送、広い世界全体との交易が可能で、しかも塩という必須で価値のある資源を得ることができ、さらに海魚という食料資源も莫大にあります。ただし、海に近いと飲料水に塩が混じって飲めない、高潮や津波、マラリア、農地の塩害などの害もあります。

 天然の良港で真水もあればそれはそれでいいです。

 盆地のように、守りやすい地形であればありがたいです。

 大規模な耕地が周囲にあれば助かります……鎌倉のように例外もありますが。ついでに言えば、現代の多くの大都市は最高の耕地を潰して作られています、阿呆なことに。

 できたら、沼地は少ない方がいいです。特に緯度が低くて暑いと、沼地=蚊=マラリアなど伝染病です。

 首都にまではなりませんが、優良鉱山……古代では特に塩・銅・銀……も都市になります。

 もうひとつ、歴史的に諸条件を満たす都市であると同時に、聖地という意味も持ってしまった都市もいくつもあります。エルサレム、メッカ、メディナ、ソルトレイクシティなどはどれほど条件が悪くなろうと無理にでも多数の人が住むでしょう。

 イスタンブール(コンスタンティノープル・ビザンティウム)はもう、神の存在の証拠と言われれば信じるほかない、ご都合主義と言っていいほど首都に適した代物です。水道さえ完成すれば。

 

 

 日本史の時代名は、「平安時代」「鎌倉時代」「江戸時代」など、中心都市名とイコールになることが多いです。それほどにどこが権力の中心、都になるかは重要なことです。

 

 それぞれの理由や影響を少し考えてみましょう。

 日本が天皇中心の国家として目覚め始める、聖徳太子~大化の改新以前は、天皇崩御時の儀式に従って首都が移動し続けたそうです。

 奈良盆地で仏教を受け入れ、朝鮮半島から撤退して律令制国家を作る。

 寺から逃れ京都盆地に移る。

 武家が強まり、鎌倉幕府。

 ずっと兵乱が続いていると言える室町幕府。

 安土~大阪~江戸と移る、織田・豊臣・徳川……商業重視、貿易、一向宗との戦い……。

 そして明治政府は、江戸を焼き滅ぼして京都、あるいは鹿児島・萩を首都とするのではなく、天皇を江戸に移すことを選びました。

 

 特に古代における遷都は、木材供給・土地汚染という問題があったと思われます。海路や、本来適していない川を広げて木材を運ぶのは、海路は航海技術、川を広げるのは金属加工技術+人口・食料生産という問題があったと思えます。たとえば桶の生産量が少ない、馬が小さく少ないなどがあれば、糞尿を都市外に運び出すのは難しくなり、それこそ地面が汚れたら引っ越す、ということにもなるでしょう。

 

 飛鳥時代の頻繁な遷都は、水運……特に川を浚渫して木を運べるようにできるほどの技術力・支配人口の力がないため、森がなくなれば土地を使い捨てにしたのでは?

 奈良盆地は昔はほとんど湖だったそうです。ついでに、技術が未熟な古代では、広大な沖積平野より山地のほうが水田は作りやすかったそうです。

 平安京が長期間使えたのは、琵琶湖・淀川という超巨大な水系があったため、琵琶湖沿岸全域、さらに少し無理をすれば大阪からも水運で木を運べることがあったのでは?京都北方、鞍馬方面も膨大な森林量であり、水運も少ないですが通じています。

 鎌倉は守りやすさを最優先し、かつ海もあります。当時の社会の小ささが逆にわかります……莫大な量の水は必要としない、と。大量の水を必要とする工業は京都などだったのでしょう。

 織田信長は常に居城を移しました。最終的には現在の大阪を求めていたようです……本願寺と戦ってまで。

 大阪は、淀川を通じて京都から琵琶湖に達します。京都と琵琶湖沿岸全体という巨大な市場・木材を活用できるのです。また港湾としても瀬戸内海という巨大な内海を活用できる場であり、西日本から海外に至る、水運と商売の中枢というべきでしょう。

 江戸は河口でしかも江戸湾の奥。ただし湿地帯で、利根川東遷から膨大な物量で埋め立ててやっと都市ができた、上水の入手にも苦労する厄介な場でもあります。今も低地帯は洪水・高潮の恐怖にさらされています。

 

 ここで考えてみると面白いこと……もし関東に移ることを承知した徳川家康の立場であれば、関八州のどこを首都としたか……本当に江戸が唯一だったのでしょうか?由緒ある鎌倉、発展している小田原を捨てて江戸を選ぶべきだったのでしょうか?

 ほかに候補はないでしょうか……平塚、川崎、あるいは利根川東遷ではなく、適度に広い台地を選びそのふもとに誘導して港かつ堀とし、台地を洪水の心配のない都市とする……武蔵野や船橋北の台地など。

 

 日本の都市史では、干拓も重要な要素です。大阪と江戸(東京)は事実上干拓によってつくられた地です。

 大規模な干拓は、在来土豪抜きの忠実な農民を多数作り出すこともできます。

 戦国後期は武将たちにとって、在来土豪との戦いでもありました。九州の一国を与えられ、土豪の反乱で腹を切らされた佐々成正は誰にとっても明日は我が身だったでしょう。多くの領主が、山内一豊がやったような酸鼻をきわめたと言っていいほどの苦労で地位を確立したのです。関東移封は、うるさい在来土豪から離れられるメリットもあったと言われます。

 干拓による遷都・都市建設としては、世界史ではロシアのサンクトペテルブルク(レニングラード)、オランダそのものも重要と言えるでしょう。古くはアレクサンドリアにもその面があります。

 

 

 中国の歴史でも遷都は重要です。「遊牧民と中華」「南北、黄河と長江」この二つの力関係が本質にあるのが興味深いところです。

 北・西方向から常に襲う遊牧民・異民族の影響をはじき返す力を失ったとき、北方にある首都を放棄することになるのです。

 また、農業生産力は常に南方のほうが上回りながら、明を除いて北方が勝利することが繰り返されました。

 

 中国史における、いくつかの首都それぞれの性質を見てみましょう。

 長安(秦の咸陽と同じ関中、今は西安)、洛陽、北京(元の大都)、開封、南京(東晋の建康)。

 長安・咸陽の関中は、秦の本拠であったように難攻不落の天然の巨城であり、かつ膨大な農業生産があり、さらに西方への門でもありました。渭水の水利もあります。

 洛陽は黄河を少し下り、黄河流域の平原を押さえる地。

 北京は中国という地の北端にすら思えます……大運河の北端でもあります。山一つ隔ててモンゴル、比較的近くに深い湾。華北の中央。海河もあります。今は砂に埋もれようとしており、遷都論もあります。

 開封は洛陽同様に黄河流域で、運河網の中枢です。

 南京は対照的に中国南部の中枢、長江による都です。

 

 興味深いのは、中国の歴代主要首都はどれもかなり内陸にあることです。アレクサンドリア・上海・江戸・ニューヨークのような、海に出る河口ではなく。中国文明の海を嫌う姿勢が見えるようです。

 ロンドン・パリ・ローマもやや内陸にある首都です。

 

 

 

 国が滅び征服者が勝利した時、旧首都を完全破壊しそこに住まないこともありますし、そのまま奪って住むこともあります。

 完全破壊され放棄された例としては、ペルセポリスが有名です。トロイやカルタゴも、完全に破壊され男は皆殺し女子供は奴隷、農地にも塩をまいて不毛としたとされます。

 逆に現在のイスタンブールは、落としたコンスタンティノープルを名前だけ変えて使いました。略奪は許しても破壊は許さんという珍しい征服者でもあります。

 クスコなども破壊は徹底的ですが、都市としては利用されています。

 モンゴル帝国によるバグダッドの破壊も徹底的で、周辺の灌漑施設も破壊されかなり広い範囲が衰退したと言われます。イスラムが精神的に保守化・神秘主義方向に行くきっかけという話も。

 

 国家そのものの質を変えるために都市を作って遷都をすることもあります。

 古くはイクナートンのアマルナ遷都と、その逆転は新しい時代に適応するため生みの苦しみそのものでした。一神教というイノベーションはユダヤ人に受け継がれ、多くの帝国に影響を与えています。

 日本でも平安京は寺勢力から逃れるためとされます。

 鎌倉・江戸も、寺・公家の影響を嫌い武家政権であることにこだわったとも言えます。

 ローマからコンスタンティノープル(現イスタンブール)への遷都も、ローマ帝国衰亡史の中核というべきです。

 ロマノフ朝ロシアは近代化のために、多大な犠牲を払ってサンクトペテルブルクを築きました。

 トルコの首都がイスタンブールでなくアンカラなのも、ケマル・議会への権力移行を強調しています。

 ブラジリアなど人工都市への遷都もあります。

 

『銀河英雄伝説』における、地球を含む太陽系の事実上の放棄は、完全破壊から居住放棄と言えるでしょうか。

 人口・工業基盤・文化的意義のすべてを完全に破壊しつくしたのでしょう。体制変更をわかりやすく伝える宣伝にもなります。

 資源もない、といっても今の天文学の知識を持つ筆者は、小惑星や小規模衛星を含めれば太陽系は、地球が金星化していても資源の宝庫に見えます。

 また、航路上も不利になっていた可能性はないでしょうか?

 

 遷都に至ったケースは知りませんが、大都市の自然災害が歴史の転換点になったこともあります。

 ロンドンの大火災・大悪臭。リスボン大地震。サントドミンゴのハリケーン。日本の振袖火事、関東大震災。

 大疫病も重要です。

 

 

 

『銀河英雄伝説』では、シリウス戦で地球からアルデバラン星テオリアに遷都し、そしてゴールデンバウム朝成立でオーディンへ、さらにローエングラム朝はフェザーンを首都としました。

 

 ここで考えるべきなのは、なされなかった遷都です。

 もしもラインハルトがなく、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイムのどちらかが勝利していたら、勝った方の本拠星系への首都移転はあったでしょうか?……王朝名変更があったか、という問題にもなりますか。

 そしてその首都移転は、経済的にも重大な意味を持ったでしょう。

 

 逆に、同盟が勝利していた場合、銀河連邦の後身を標榜する以上アルデバランに遷都することもあったでしょうか?

 

 同盟の滅亡で奇妙なことは、首脳部が逃れて亡命政権を作る動きがなかったことです。それも特に中国史では遷都の一つの形です。

 中国史で晋が滅んで亡命皇族が建業を都とする東晋を建てたり、宋から逃げて南宋ができたり、清の征服から台湾まで逃げ徳川幕府も救援戦争を考えたりしたように。

 それだけ首都ハイネセンが重視されており、ナポレオンに攻められたロシアのように首都が落ちても戦い抜くことはできなかったのでしょう。ナポレオン戦争や第二次世界大戦のような、亡命政権が活動できる外国がなかったこともあるでしょう。

 最初にラインハルトが来た時には、イゼルローンも渡してしまっていて逃げ場がなかったのは確かですが……二度目の時に、エル・ファシルに合流したのは軍だけで、政治家は事実上いなかったと思います。

 エルウィン・ヨーゼフが来てもおかしくなかった気がしますが、まあ来てもらったら困るというもの。

 

 他にもなされなかった遷都はあります。自由惑星同盟と接触した後の帝国は、同盟を征服するため、イゼルローン回廊帝国側出口近くへの遷都をしなかった……これは結構重要なことでは?同盟との戦争を中心的国家目的にするのではない、ということですから。とはいえ、現実の歴史で、対外戦争だけを目的にした遷都はあまり思い出せないのですが。

 フェザーンができてからも、フェザーンの近くに遷都していてもよかったのです。交易を重視するならそうすべきでしょう。

 ルドルフの威光が衰えていなかったことも大きいでしょう。

 しかし、ラインハルト以前の帝国史にも王朝断絶に近い動乱はありました。前漢と後漢で首都が違うように、遷都をすることがなかった……これもまた重いことです。

 

 ラインハルトのフェザーン遷都は、そのタブーを断ち切ったのです。

 ルドルフの威光・腐った旧支配層を強く振り払い、かつ帝国と同盟双方を両足で踏みしめて立ち、星間交易を尊重する新帝国をつくる、という宣言と言えるでしょう。

 

 

 

 銀英伝以外のSFでの「遷都」は?首都は?

 

『スターウォーズ』では、パルパティーンは戴冠しても遷都しませんでした。コンサルトをインペリアル・センターと改称しただけで。

 EP4やEP6の勝利が、インペリアル・センターに手が届いていないことも興味深いことです。本来帝国に対する完全勝利は、首都陥落であるべきなのに。

 

『星界の戦旗』では、首都失墜は同時に超光速航路の中心の破壊でもあり、アーヴは銀河各地にばらばらになっています。

 

『ローダン』では、ペリー・ローダンが月から地球に戻ったとき、祖国アメリカではなくゴビ砂漠に着陸して独立を、ここが第三勢力首都だと宣言したのがすべての始まりでした。特に『ローダンNEO』ではゴビ砂漠の小さな基地をめぐり激しい戦いが繰り広げられました。

 その後も地球=テラは太陽系帝国首都です。

 地球が銀河のどこにあるかを隠したり、銀河系から地球と月ごと逃げることもありますが。

 

『ファウンデーション』では、首都の唯一の機能は官僚機構にありました。

 そして衰退期には首都星への食糧供給が帝国の唯一の仕事であり、それができなくなったときが事実上の帝国滅亡でした。

 

『ヤマト』ではデスラー・イスカンダル二重惑星の寿命が事の始まりでした。そしてどちらも宇宙のチリと化し、デスラーは新たな首都ガルマン・ガミラスにたどり着き……それもまた銀河衝突で失われました。また惑星破壊ミサイルの実用化、おそらくは太陽制御技術の軍事転用は、惑星を首都とすること自体を非現実的としていると思われます。

 

『タイラー』はヤマトのオマージュとして、ラアルゴン帝国首都星は赤色巨星化した太陽に苦しみ、移住先として地球を求め戦争となりました。そして銀河を救うため、赤色巨星となったラアルゴンの太陽を爆発させる計画は、太陽にいけにえを捧げる暗殺教との……こちらは銀英伝のオマージュ……激しい戦いを引き起こしました。

 

『銀河戦国群雄伝ライ』はとことん中国・日本の戦乱史です。衰退した帝国。天下に手をかけた弾正。簒奪して遷都、旧都を廃墟にした骸羅。翼を得て立った竜我雷……

 

 

 

 ここで銀河英雄伝説と、現実の地球と、今知られている太陽系を資源や生産の面から比較してみましょう。なぜ太陽系が廃れたのかを考えるために。

 

 現実の地球の近代文明は、トラクターを作るのに地球ほぼ全部が必要という厄介な問題があります。

 それはかなり昔まで植民地争奪を起こし、日本が無謀な戦争をした主因でもあります。

 トラクターは何でできているか。

 車体やシャフト、エンジンの鋼鉄。高級な鋼材はニッケル、モリブデンなどの添加用金属も必要とします。

 エンジンの電気系、電線やスタートモーターや発電機の銅。

 タイヤ、燃料パイプなどのための人造ゴム・天然ゴム。絶縁に陶器を使うかもしれません。

 電線の被覆や塗料に、石油を原料とするプラスチックや、カイガラムシ産物も使われるかもしれません。

 力を送るベルトやシート、ハンドルやシフトレバーなどに皮革を使うこともあるでしょう。

 エンジンなどのオイルも必要です。

 計器などに使うガラスとプラスチック=石油。

 アルミニウムも各所に使うでしょう。

 さらにエンジンのプラグは、多様な金属を使います。希土類などもあるでしょう。軸受けも様々な素材を使います。

 高級なエンジンマフラーには、プラチナをはじめとする触媒貴金属が必要とされます。

 内張り布やシートの縫い糸などに木綿も使われるかもしれません。ホースを強化するのに繊維が使われることもあるでしょう。

 

 鋼鉄……鉄鉱石と石炭。これは比較的どこにでもあります。

 銅は採算がとれる鉱山がとても偏在しています。

 石油は、アメリカにはありますがうかつに使えない、中東やアフリカという不安定な地域から運ぶ必要があります。ほかにも北海油田、南アメリカ大陸、ロシアにもあります。

 ゴムは熱帯作物です。ヨーロッパでも日本でもアメリカでも、植えて育てることができません。

 皮革はまあある程度以上の農牧業があれば手に入ります。

 木綿はヨーロッパで栽培できず、アメリカなどで栽培されました。

 ニッケルをはじめとする少しずつ使う金属資源も、アフリカだのロシアだの地球のとんでもないところに偏在しています。

 アルミニウムのもとであるボーキサイトも偏在している資源です。その精錬には昔は、グリーンランドにしかない資源が必要でした。

 

 面倒なのがゴムと石油。

 熱帯でしか育たない作物。

 アラーの恵みに見えて呪いでもあり、アメリカの産業革命を強力にアシストし日本に舌を出しているような、神が存在し悪意の塊だと信じたくなる分布をしている石油。

 すべての資源が実質無尽蔵にそろい、完全に自立できる国はありません。

 ゴムだけでなく砂糖、コーヒー、ココアと必須嗜好品にも熱帯農産物が多く、油もパーム油がぶっちぎりの低コストです。今はバナナなどもそれに加わっています。

 コショウ・ナツメグ・シナモン・クローブといったスパイス類が熱帯産、ヨーロッパではたとえ種を手に入れても栽培できなかったことが、大航海時代のきっかけでもありました。

 木綿・茶・タバコもプランテーション作物です。日本では栽培できるので少し不思議ですが……

 

 それぞれの資源を使えるようにするのに、鉄鉱石と石炭と石灰石と、ついでにニッケルやモリブデンを製鉄所に集める……鉱石を加工する工場も必要になる……それも重要なことです。

 港湾~素材工場、部品工場、組み立て工場とつながる……それはコンビナートにもなり、さらに経営やデザインをするオフィスもある……労働者たちが生活するベッドタウン・ショッピングセンターなども統合されるのが資本主義での生産のありかたです。

 

 古代においては、特にスズとラピスラズリの偏在が問題でした。

 スズは青銅に必須。ラピスラズリも重要な宝石・染料ですが、文明の中心から遠いとんでもないところでしか産出しません。

 

 

 さて、宇宙ではどうなのでしょう?

 

 わかりきったことがあります。

 すべての資源を手に入れることができれば、交易はほとんど必要ありません。

 地球で常に交易が重要だったのは、常に資源があちこちにあったから、全資源を手に入れられ、容易に単一勢力が支配できる島が存在できなかったからです。

 元素番号転換装置とレプリケーターがあるのなら、木星のような水素供給源があればそれで充分なのです。

 まさにそれを持つ『タイム・シップ(スティーヴン・バクスター)』のモーロックが太陽系から出なかったように……まあワープがないこともあったのでしょうが、彼らにとっては亜光速船も困難ではなかったでしょう。

『都市と星(アーサー・C・クラーク)』も元素番号転換装置と実質レプリケーターがあり、ダイアスパーは都市の外に関心を持とうともせずに超長期間豊かな定常生活を続けました。

 

 逆に、それらがない場合には鉱業が産業になるということです。

 また一つの太陽系で全部が無尽蔵に得られないときには、交易の理由にもなるわけです。

『レンズマン』のシオナイトなど、人工的に作れず、特定の星でしか手に入らない物質も交易の理由となるでしょう。

 

 一つの太陽系で満足しない理由としては、「一つの籠にすべての卵を入れるな」も考えられます。

『エンダー』シリーズのように強い人口圧力と滅亡の恐怖があり、掘る暇がなく、すぐ住める大気・水・食用生物がある居住可能惑星が多数ある場合も広い宇宙に広がるでしょう。

『マクロス』も滅亡の恐怖があるため宇宙各地に広がろうとしています。

 抑圧的な政権から逃げる、というのも理由になりえます。

 また、『宇宙兵志願(マルコ・クロウス)』『真紅の戦場(ジェイ・アラン)』など、今の地球の国家構造を引きずっているミリタリSFでは、帝国主義時代……ヨーロッパで多数の国が併存し、ヨーロッパ本土では戦争をしないかわりに激しく海外領土を奪い合いう……のように各国が星々を奪い合います。損得勘定などどこかに行き、戦争欲だけで暴走すると。

 

 

『銀河英雄伝説』では、貴金属に価値があります。ラジウムを手に入れて大金持ちになりたいなどと言います。ヴェスターラントやカプチェランカは、鉱物資源ゆえに農業には不適でも人が住んだり戦争で争ったりしました。もともとアーレ・ハイネセンらも極寒の流刑星で鉱業をしていました。

 それは、一つの太陽系ですべての安定元素を無尽蔵に簡単に得られる、ということがないことを意味しています。

 

『宇宙戦艦ヤマト』でも、白色彗星帝国は征服した人を鉱山で酷使しました。

 暗黒星団帝国はイスカンダリウム・ガミラシウムを求めて戦いました。ディンギルの岩石には、巨大水惑星をワープさせるほどのエネルギーがありました。

 

『彷徨える艦隊』では小惑星に鉱山があります。

 アライアンスの工作艦は「モーモー」と呼ばれる、触手を伸ばす自走式採鉱機械を投入して希少金属資源を吸い出し、電池や修理用部品、ミサイルを作りました。

 シンディックは鉱山のマスドライバーを改造してレールガンとして反撃しようとしたました。

 

 宇宙を舞台とした作品でも、多くは鉱業があるのです。それも、人を酷使するものが……

 

 現実の現在の地球では、大規模露天掘りでなければ逆に採算が取れない鉱物が多いです。

 児童労働者の酷使が問題になるのは、大規模機械化がしにくい小規模な鉱山です。

 人権侵害はむしろ、鉱山の利権をめぐって破綻国家や武装勢力を利用するため、また貧困国で環境配慮の低い鉱山操業によって鉱害として発生することが多いです。

 

 もう一つ、現実地球では鉱山と首都は分離することが大半です。

 日本や韓国、シンガポールはもとより資源に乏しいのに、勤勉で優秀な労働者、安定した政治によって大繁栄しました。アメリカやイギリスも鉱物は輸入が多くなります。自国で算出するものさえ、採算の問題で輸入するようになるのです。

 逆に資源が多い国が、それゆえに衰える資源の呪いが言われるようになります。繁栄していたオランダが、北海油田の発見でものすごく得をしつつオランダ病と言われるほどに。

 

 現実の地球で首都……もっとも繁栄する都市をつくるのは、鉱山より航路です。いくつかは政治もありますが。

 

 

 さて、今ネットで楽に得られる知識で、現実の太陽系における資源を考えてみましょう。

 比較的容易に地球の重力圏から出て、太陽系のどこにでも現実的な時間で行けるだけの速度に至れるとして、どうなるか。

 安定した元素すべて、手に入るのかどうか。

 

 人類は地球しか知りません。地球上では、膨大な水と、時には生物の力も借りて多くのまじりあう元素がより分けられ、多くの金属は酸化して鉱脈として得られます。

 いくつかの有機物も重要な鉱物資源であり、その多くは生物由来とされます。

 石灰石のように、本質的に生物の働きで作られる鉱物もあります。

 地球にはプレートテクトニクスがあります。水星にも金星にも火星にもない、レアアース仮説……地球のような惑星は珍しいことがフェルミ・パラドックス(星はたくさんあるのに異星文明の証拠がない)の答えだ、といわれるほどに珍しいことです。プレートテクトニクスがなければ優良鉱山もない、と考えれば、ちょっと小惑星帯や木星衛星に手が届けば鉱物資源は無尽蔵なんてわけがない、と考えてしまうでしょう。

 筆者はメタンやアンモニアでも鉱床は作れると思いますが。

 

 今ある多くの宇宙戦艦SFでは、それらにはかなり悲観的なようですね。

 それほど容易に、安定元素すべてを無尽蔵に手に入れることはできない、という設定になっている……だから多くの星に様々な鉱山があり、多くの星を手に入れたがる、と。

 

 逆に、一つの太陽系、月の半分程度の小惑星から、何兆人分もの居住空間・水耕農場・戦艦を作れる社会は、作家たちにとっても想像しにくいもののようです。

 膨大な量のH2O氷、ケイ酸塩岩石、ニッケル鉄、そしてコアにあるであろうあらゆる元素資源から、あらゆる物資を無限に作り、膨大な農業生産も得られる……というビジョンはないのでしょうか。

 筆者個人は、軌道エレベーターなどで宇宙に簡単に行けるようにさえなれば、今人類が相争っている資源の多くは容易に、無尽蔵に得られると思っていますが。

 

 

 銀河英雄伝説の原作開始時点では、月・水星・火星・木星巨大衛星・冥王星の鉱山+水耕農場があって大人口が生活し、その近くで大規模な工場が多数の艦船を作っている……ということはありません。

 産業は帝国・同盟とも、主要星系に集中し、そこに遠くの星系から資源を運んでいるような感じがあります。

 太陽系の地球以外には、それほどいい鉱山はなかったのでしょうか。ワープ航法ができたのに無理に開発するほどは。地球が陥落し、首都がテオリアに移っても掘り続けるほどは。

 よほど良質な鉱山でなければ掘らない、ということなのでしょうか。

 鉱山をすべて掘りつくした、ということは考えられません。冥王星のアンモニアや木星の主要衛星の硫黄や炭化水素だけでも、使い切るには兆の上の人口が必要でしょう。まして氷を使い切るなど……少なくとも、ニッケル鉄が露出した小惑星や小さい衛星を全部使い切ることもないでしょう。

 それらの資源に見向きもしない何かがあるということでしょうか。

 

 太陽系の地球以外には、大人口を食わせ住ませる農業施設としても、鉱山としても、ついでに贅沢な観光地としても、少なくとも再建するほどの価値がなかった……それで地球が破壊されたら、太陽系自体から人が出て行ったのでしょうか。

 

 工場も徹底的に破壊され、残った資材で再建するより勝利した星々で作る方が楽だったのでしょうか。

 また現実現在の地球でも、工場そのものや鉱山との距離より、機能する政府・交通機関・技術者や労働者の集団などのほうが工場が栄えるのには必要なようです。資源豊富な途上国で、援助で工場を建てても機能しないことはよくあったようですし……

 

 まだ掘れるのに放棄する、というのは現実での日本の炭鉱が思い出されます。

 海外の、普通のトラックがミニカーに思えるほど巨大なダンプカーにとんでもなく巨大なショベルカー。膨大な大地をすり鉢状に露天掘りする……その圧倒的な生産性の前に、人件費という高価な費用がかかる日本の炭鉱には競争力がないのです。

 

 可能性としては……星系内航行には結構費用がかかったり危険だったりする。

 星系の出入り口から近いところにある鉱山惑星が、とにかく安い。

 現実の地球でも、他の条件が同じなら、港からトンネルや橋なしで鉄道をつなげられる鉱山のほうがいいでしょう。

 あるいは人件費、最低賃金が高すぎる。労働組合。必要な賄賂や武装勢力。航路の海賊。

 ……太陽系は戦争の後遺症で海賊が多いため、住みにくいし運びにくい、があったのかもしれません。

 破壊されたスクラップがデブリとなって星系内航路が危険……これは、場合によっては繁栄する星系自体を、まるで木を切りつくして遷都するように限界にする可能性があります。

 

 太陽系全体に、とても悪い文化が染みついていた……資源は豊富だけれど暴力が多すぎて近代工業が発達しない破綻国家のような構造ができてしまい、楽に移民できる先があればどんどん人が吸い出されていった……という可能性もあります。

 

 憎悪のあまり、地球外太陽系の施設は徹底的にすべて、きわめて強い放射能で汚染して、とてもじゃないけど人が生活できない、浄化して再利用するのは採算が合わない状態にしたのかもしれません。

 

 

 鉱業そのものを想像してみましょう。

 史実としての、アメリカ西部・アラスカ・オーストラリア・南アフリカなどのゴールドラッシュが参考になるでしょう。

 現実の地球である場所に金鉱があったとわかったとします。

 多くの人が来ます。領主のたぐいも領有を宣告するでしょう。カリフォルニアのように政治が鈍かったために正当な権利者が排除された例もあります。価値が増えたと知った国々が、領有権を争うこともあるでしょう。

 まず人が住める町が必要になります。何よりも真水と、食料を運び入れ鉱物を運び出す道路、できれば鉄道や港湾も。売春宿や酒場、博打場もでき、それらを支配するギャングたちが縄張りを決めます。

 ジーンズとツルハシを売るのが一番儲かります。

 鉱物が尽きても、すでにできてしまった交通システムと町に価値があるのでそのまま繁栄することもあります。ゴーストタウンになることもあります。

 鉱物の種類や品位によっては、その場である程度選鉱することもできます。基本的には鉄鉱石鉱山の近くに製鉄所はありませんが、足尾銅山で汚染されたのは東京の工場周辺ではなく渡良瀬川流域でした。逆に宝石なら、千人が穴に潜っていて一日働いて厳重な身体検査を受け、一人の会社幹部がきんちゃく袋に一日の産物全部を詰めて持って帰れることもあるでしょう。

 とにかく、産物を運び出さねばなりません。基本的には遠くの工場まで。港まで。

 

 住む(遊ぶ)。掘る。運ぶ。基本的には鉱山にはそれが必要です。

 莫大な水と交通、ついでに治安維持・領土防衛の暴力も必要です。木材も大量に必要になります……家、トロッコの枕木、坑道の支柱、生活や選鉱工場の燃料……。

 

 宇宙でもそれは同じでしょう。まず人が生活できなければならない。鉱物を掘れなければならない。運ばなければならない。

 

 比較しましょう。

「居住可能星系で、すぐ近くの田畑で取れた食物を食べながら、生物と海水で濃縮された鉱床を掘り、ある程度精製して、宇宙船に載せて大気圏重力圏を離脱させ工場に運ぶ」

「月の半分ぐらいの小さい惑星の、比較的近年の大規模衝突で露出したコアを掘る。氷に穴を掘って住み、核融合炉か日光を鏡で集めるかしてエネルギーを得て、水耕農場で食料を得る」

「極寒の惑星で、人を使い捨てにして鉱物を掘り、宇宙にシャトルで打ち上げる」

 どれにしても、費用が掛かると思えるのは「鉱山を探す」「掘る」「精製する(荒いままの鉱物を精錬工場まで恒星間運ぶこともあり得ます)」「鉱山の重力を脱する」「ワープで次の工場まで運ぶ」「その間の人の生活」があります。

 人類が来る前から海と酸素大気がある居住可能惑星は、地球と同じぐらい大きいはずです。大きければ重力も強いでしょう。大気圏も多分エンタープライズE以上に頑丈な、厄介なバリアです。出入りともに……現実にも再突入は困難で多くの宇宙飛行士を焼き殺し、離脱も膨大な燃料を削り地表からのマスドライバーを不可能とします。

 逆に小さな小惑星は、居住可能惑星ではありえませんが、ごく簡単に重力圏を離脱できるでしょう。反面長期間の生活には何らかの人工重力が必要で、食料も運ぶか水耕農場かが必要になります。

 どれであっても、水・空気・食料・エネルギー・交通・治安維持・資金が必要になることは間違いありません。

 

 銀河英雄伝説では、少なくともシリウス戦役後の水星やタイタンは採算が取れない。ヴェスターラントには多少人が住む。カプチェランカは、本来採算は合わないが戦争の論理で取り合う。

 それは、「分厚い氷や、水星のような太陽に近い岩石惑星に穴を掘り、核融合や太陽電池で大気リサイクル・水耕農場を維持する」「居住可能惑星に家を建て農場を作り、鉱産物を宇宙まで持ち上げて運ぶ」の費用対効果がどうなのかについて、示唆を与えてくれると思います。

 少なくとも人が住まない星系が多数ある、というのは、氷大衛星や水星のような星に鉱山町を作るのは、あまり割に合わない……そのような技術コストであることを示しているでしょう。

 食料生産を含む生命維持装置、核融合炉や鏡で太陽光を集め発電するシステム、氷や岩石を掘るコストが、妙に高いのでしょう。

 そういえば、居住可能な惑星はないが、良質の鉱山が多数ある、という星系はあったでしょうか?

 

 また、今現実の地球でも資源の宝庫であるコンゴ南部が大工業地帯になっていないように、工場と鉱山の分離もあるのでしょう。

 それほど恒星間輸送コストが安く、工場や多数の人間の生活の場を作り維持するコストが高い……それから、ある程度様々な技術それぞれのコストが見えてくるのでは?

 

 

 

 首都や、人が住むかどうかを決める要素として、星間航路が問題になることもあるかもしれません。

 銀河英雄伝説では、ラインハルトはフェザーンで航路情報を手に入れて喜びました。航路情報はテロで破壊されそうになり、オーベルシュタインが守りました。

 フィッシャーの艦隊行動は職人芸とされます。

 帝国または同盟の領域内であればどこをどう通っても安全なのなら、航路情報はそれほど重要ではないでしょう……単に最短距離を、まあブラックホールなどはよけて行けばいいのですから。

 つまり銀河英雄伝説の航法で作品の宇宙は、何もない広い大洋や大砂漠ではなく、山や森や泥沼で通りにくい場所だらけでわずかな道だけがある陸、または水先案内がなければすぐ座礁する浅瀬だらけの多島海のようなものなのかもしれません。

 ヤマトのように自由度が高い、やろうと思えば周囲20光年以内に星がない虚空にワープアウトすることもできる作品とは違う、むしろジャンプ点方式にすら近いのかも……イゼルローン要塞は恒星を惑星軌道でめぐります。そしてその母星自体を、10光年ワープで飛び越えることはできないのです……できれば要塞に意味はありません。

 そうなれば、たとえば一見近いのに間を高い山が隔てていて遠回りしなければならないように、すぐそばにある星でも航路上の距離はすごく遠いことがあるかもしれません。

 

 太陽系に出てから地球に近づくまでが、木星と土星の重力などで結構厄介、ということもあったのかもしれません。

 

 地球が忘れられた理由には、そのような航路としての不利があったのかもしれません。

 テオリアやオーディンはそれぞれかなり航路的によかったのでしょうし、ルドルフによるオーディンへの遷都には航路でつながった複数の経済システムがあり、その間の争いもあったのかもしれません。

 

 そう考えるとラインハルトの王朝創設には、別の面が考えられます。

 帝国領域が均等ではなく、まるで同盟領と帝国領が二つの細い回廊でつながるように……琵琶湖周辺、近江一国が琵琶湖の水運で一体化し、反面敦賀・濃尾平野・京都大阪への出入りがやや狭いように、帝国が多くの領域に分かれているとしたら。

 その「領域」がブラウンシュヴァイク領・リッテンハイム領だったとしたら。

 皇帝家が衰え、ブラウンシュヴァイクかリッテンハイムに力がうつると思われたのは、領域の間の生産力など力関係の移動でもあったのでは?中国史における、北方から南方への力関係の変化のように。

 そしてラインハルトは、ブラウンシュヴァイク領・リッテンハイム領を事実上直轄とした……門閥貴族財産以上に、巨大な領域を手に入れ、しかもそれを功臣に分配することもなかった……

 同盟統治も異様です。功臣に分配していません。かといって、膨大な利益が皇帝に直接届く仕組みも作っていないのです。

 フェザーンを押さえていれば交易の利が入る、でしょうか。

 居住可能星系での農業から、工業に力を移すなどもありえます。

 

 

 

 住める星が多数あるのに、多くが捨てられる。

 

 その現象は『彷徨える艦隊』のシンディック領域にもあります。

 長い戦争とスターリン時代のソ連を思わせる厳しい抑圧があるにはありますが、大きいのは数十年前から広まったハイパーネット技術。

 ジャンプ航法より圧倒的に速く、自由度も高い。ひとつのゲートに入れば、どのゲートにも短時間で出られるのです……あるジャンプ点から、決められた星の決められたジャンプ点にしか出られず、大抵はいくつもの星を渡っていくジャンプ航法と違って。オアシスからオアシスの砂漠キャラバンと自家用飛行機の差があります。

 ハイパーネット・ゲートの建築には莫大な費用がかかります。それがある星系は繁栄し、ない星系は衰退します。充分有用で繁栄した星系にすべてゲートができてからは、もう政治力勝負でした。あたかも我田引鉄のように。

 その衰退は、労働者を回収する船代が惜しいからと大気が有毒な惑星の施設に放置し、アライアンス艦隊が助けければ老人からくじを引いて死に全滅が秒読みだった星すらあったほどです。

 

『銀河鉄道999』でも、鉄道本線から外れた星の貧困があったと思います。

 

 現実の地球で、少なくとも高度成長期までは、ある都市を繁栄させるには新幹線・高速道路・空港・港湾など交通インフラを整備することが答えでした。

 

 銀河英雄伝説の地球も、同じように交通を奪われたのかもしれません。

 ワープ航法でも、たとえば海賊の取り締まりを弱める、避難でき物資がある基地・灯台などを整備しない、などである航路が割に合わなくなることはあるでしょう。

 それこそ航路情報を非公開にするだけでも、その宙域が実質航行不能になるかもしれません。

 そうなれば、居住可能星系や、穴を掘って住めばいい鉱物が取れる鉱山があっても、廃れてしまう可能性はあるのでは。

 

 ……だとしたら地球教は、あれだけの資金と権力を操れるリソースがあったのですから、水星・月・小惑星帯・木星土星の衛星を大工業地帯にしてくれと運動したほうが……まあ宗教ですからね。

 

 

 航路の変形として、技術の進歩による航路網の変化も考えられます。

 歴史的にはより技術水準の高い船ができれば、より外海を航海できるようになり、通行できる範囲が広がる……それにつれて新しい港もでき、そちらに力が移動することもあります。地中海を制するイタリアから新大陸を制するスペイン・ポルトガル、オランダに力が移動したように。

 ワープ距離が伸びることを、少なくともヤンは想像できました。歴史的にワープ距離が伸びたことがあり、士官学校で習う科学が絶対不可能と示してはいないということです。

 

 現実の地球では、運河でも航路網は変わります。

 スエズ運河はアフリカ南端(喜望峰)周り、パナマ運河は南アメリカ南端周りより短く、それはそこの都市・石炭はじめ鉱山・農場の利権も奪ったでしょう。

 マレー半島横断運河ができればシンガポールをはじめマラッカ海峡は用なしとなりますが、それがないのは……政治力でしょう。技術的に不可能とは思えません。

 

 宇宙でも同様なことがあるのでは?

『クラッシャージョウ』では、クラッシャーの本来の仕事は宇宙における土木工事……航路をふさぐ小惑星を爆破除去するなどです。

 銀河英雄伝説で、地球政府が妨害していた工事が、シリウス戦役の結果妨害がなくなっておこなわれ、それでますます地球は寂れ、人類は発展した……

 

 

 別の仮説も浮かびました。極端に高い品位でなければ価値がない。

 

 スーパーのトマトが、恐ろしいほどきれいな形で傷がない……わずかな欠点でもはねられるように。素人が畑を手に入れトマトを育てても、それを市販することはできないということです。

 日本には多数の廃鉱があります。どれもまだ、掘って精錬すれば資源は得られます。

 ですがそれには価値がないのです。地球の反対側での、大きい街が丸々入る規模の露天掘りされる、超高品位の鉱石に比べれば。

 損益分岐点が、それほど高いところにある……

 冥王星のアンモニアや氷は、それこそどこの星系でもアンモニアや氷はあるので掘る価値はない、どこであっても工場と決まったところの近くでいくらでも手に入る。日本の水をわざわざアメリカの戦闘機工場の洗浄用に売ろうとするようなもの。

 ヴェスターラントの鉱石は、とんでもなく高品位で、そうでなければ掘る価値はないのでは?

 それと比べれば、火星や、太陽系の金属核露出小惑星は掘る価値がないほどに。

 

 そうだとしたら、銀河の経済が極端に、取りやすい木の実でなければ取らないものになっていると言えます。

 資源そのものが余り過ぎていて、ものすごい品位の鉱山しか相手にされない。

 何かとんでもない条件がある星系でなければ、工場にならない。水耕農場が作られない。

 

 だとしたら何がボトルネックなのか……資源が豊富なら、なぜ人口は千兆ではないのか、という問題になります。

 考えられるのは、機械を作るための機械、マザーマシン、定盤などの肝心なところが、多人数を一気に育てるのが難しい長期間の一子相伝が必要、というようなことでしょうか?

 

 また、鉱山の損益分岐点には政治も航路も当然関わるでしょう。

 

 

 他にも考えられること……日本に多数ある無人島を考えると、硫黄島のように軍事的な理由で無人島になった島が結構あるのです。

 シリウス戦役で、防衛のために民間人が月や冥王星の施設から徹底的に排除され、徹底的に破壊殺戮された。

 それからも帰還が認められず強制移住か皆殺し、なんとか逃げ延びても生きられる設備がなく、無理に生きられる設備を作ろうとしたらパトロールする敵軍に皆殺しにされ、銀河が動乱に入ったときには近づこうとする人もない……

 

 かなり強引なシナリオですが。

 

 

 

 航路、極端な優良鉱山以外採算が取れない、戦争に伴う環境汚染、軍事的理由……いろいろと考えられます。

 

 

 これらを考えると、原作の情報不足がわかります……そしてその情報不足は想像の余地であり、二次創作の幅を広げるものでもあるのです。

 

 また、現実でも人類が宇宙に手が届くようになったとき、想像を絶する文明の変化が起きる可能性があることもかすかに見えてしまいます。


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