ルーデルドルフ中将に、レルゲン大佐も、貴官も、どこまでも政治、政治、か。政治が語りたいのであれば、退役してからしたまえと言われたターニャは一晩悩みそして遂にその解決策を思いつく。
帝国の安寧と自分のキャリアを守るため、そして戦後の安定した生活のためにターニャはレルゲン大佐をゾルカ食堂に呼び寄せたのであった。

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小説原作9巻427ページのルーデルドルフ中将のセリフ「レルゲン大佐も、貴官も、どこまでも政治、政治、か。政治が語りたいのであれば、退役してからしたまえ。」から生まれたターレルです。
帝国を破滅から救いそして今まで積み上げてきたキャリアを守るためレルゲン大佐に策略をしかけるデグレチャフ中佐、そしていつものお約束の結末を楽しんでいただければ幸いです。


レルゲン大佐の後任のレルゲン大佐

>>>統一歴一九二七年七月二十二日 ターニャの自室<<<

 

「レルゲン大佐も、貴官も、どこまでも政治、政治、か。政治が語りたいのであれば、退役してからしたまえ。」

ターニャは自室でルーデルドルフ中将から投げ付けられた言葉を繰り返し思い出していた。

文民統制は近代国家の原則である。軍部が政治に介入し専横をほしいままにするのは自由主義者である自分にとって認めがたいことである。だが、帝国上層部の東部占領地域の併合、不誠実なれど唯一の同盟国にして仲介役であるイルドア制圧を検討していると言われれば、叩き込まれた規則も原理原則も全て投げ捨ててしまいたくもなる。

「だが、私は軍人としてできることをする。それ以外、なにもできないのだな」

ターニャはベットに上に投げつけるように脱ぎ捨てた軍服の上着を見る。着衣としての軍服ならばは確かに脱ぐことが出来る。しかし、戦時下である今、軍人であることをやめることは容易には出来ない。

「退役して議会に乗り込むことさえ許されないか。全く中将閣下に指摘されるまでわが身の年齢すら忘れているとは。本当に不便極まりないな。この身体は。」

ターニャは冷めきった珈琲を口に運ぶ。レルゲン大佐の好意で入手したA物資配給券で得たそれは代用珈琲よりましな程度にすぎないが珈琲である。久々のカフェインがターニャの頭脳に刺激を与える。

「レルゲン大佐も、貴官も、どこまでも政治、政治か。そう批判されるとはルーデルドルフ中将は全く頑迷な方だ。しかし、レルゲン大佐も、貴官もか。ん?レルゲン大佐も?」

ターニャは笑う。なるほどルーデルドルフ閣下もお人が悪い。言外に解決策をしめしてくださっていたという訳か。残っていた珈琲を飲み干すとニヤリと笑みを浮かべる。

さて、せっかく中将閣下が示してくださった解決策だ。無にするわけにはいかない。

 

 

>>>統一歴一九二七年八月二日 グリューゲル通り3番地 ゾルカ食堂<<<

 

レルゲン大佐は、久々に参謀本部以外で食事をする機会に恵まれた。

だが、そこへ向かおうとするレルゲン大佐の足取りは重い。ルーデルドルフ閣下から気分を変えるためにも行ってこいとだけ指示をされて向かう食堂の名前はゾルカ食堂、軍大学に通ったことのある帝国軍将校ならば知らないものはいない手頃で美味しいものを出す食堂であったが、職務で行くように命令されるような場所ではない。

「これはレルゲン大佐殿、わざわざのご足労感謝いたします。」

躊躇しつつ食堂の扉をあけると、そこには上機嫌で笑顔さえ浮かべるデグレチャフ中佐が待っていた。おもわず片手で胃を押さえる。

「こちらへどうぞ。」

かろうじて平静を保ちつつ、デグレチャフ中佐に勧められるまま窓際の席に座る。

「大佐殿、ささやかですが昼食を用意させております。用件は食後にでもゆっくりお話ししましょう。」

席に着くと同時にウェイトレスが前菜とパンを運んでくる。運ばれてきた前菜こそリーキとジャガイモを使った質素なものであるが、パンは久々にみるライ麦パン、ご丁寧にバターまで添えられている。

「デグレチャフ中佐、どういうことかね?」

レルゲン大佐は澄ました顔でパンにバターを塗ろうとしていたデグレチャフ中佐に聞く。

「どういうこととは?大佐殿、どうぞお召し上がりください。食事こそ全ての基本ですよ。ささやかですが本日はコースで注文しております。」

ビールも用意できますが流石に勤務中は飲まれませんよねとウェイトレスに運ばせてきたのは珈琲、しかも代用品ではない本物の珈琲だ。

「貴官が私を招いた理由だ。ただの食事ではあるまい。」

レルゲン大佐は出された食事には手を付けず目の前のデグレチャフ中佐を睨む。最近は少しではあるが理解でき始めたと思っていた目の前の中佐が再び理解できない何かに戻ったようにすら感じる。

「いえ、ルーデルドルフ中将閣下より大佐殿が大いに悩み心身ともにお疲れだとお聞きしたもので、小官が微力ながらそれを解消する手助けをしたいと願ったまでです。」

レルゲン大佐は、目の前でゆっくりと珈琲を味わっているデグレチャフ中佐を凝視する。

「貴官のことだ。何か意図があるのだろう。述べたまえ。」

レルゲン大佐はからからに乾いた口腔を珈琲で湿らせる。久々に飲むそれは本物の珈琲である筈なのに何の味も感じることは出来ない。

「まずは食事をいただきましょう。今日のメインはアイントプフです。本物のヴルストがふんだんに入っていますよ。」

ターニャはその問いをはぐらかすようにメインの料理の話をする。

「誤魔化すのはやめたまえ。何を企んでいる。」

レルゲン大佐に睨まれたターニャは一瞬の沈黙ののち、うっすらと笑みを浮かべ口を開く。

「では、率直に申し上げます。レルゲン大佐殿、貴方には退役をお願いします。この件に関してはルーデルドルフ閣下にも内諾をいただいております。」

 

レルゲン大佐に退役を勧めるターニャの口調は単なる事務連絡を伝えるかのように平坦であった。

「き、貴官は何を言っている。退役?閣下の内諾どういうことかね。」

ターニャは、目の前で明らかに動揺しているレルゲン大佐を見つめていた。そうだろう。国家が総力を挙げて戦争を行っているこの時世に退役をするを勧められるなどということは祖国と帝室に忠誠を誓った軍人とって侮辱に等しい。

しかし、ターニャにすれば帝国を破滅から救いそして今まで積み上げてきたキャリアを守る可能性のある方法はこれしかないのである。故にターニャは今日のために全ての根回しを済ませている。

「祖国と帝室に安寧、つまるところ我々の目的とするところはこれに尽きます。残念なことですがレルゲン大佐殿、あなたが軍人である限りその目的を達成することは困難、退役こそが状況を打破する唯一の解決策なのです」

ターニャは出来得る限り真摯な表情で語り掛ける。レルゲン大佐を説得することに帝国の存続、そしてなにより自分の今後の将来がかかっている。

「貴官は、私が軍人として無能で役立たないというのか。」

レルゲン大佐が絞り出すような声をだす。

「いいえ、大佐殿は極めて優秀な参謀将校であります。大変な常識人で素晴らしい良識人とさえいえるでしょう。ですが軍人である限りいくら優秀でも祖国と帝室の防衛という目的は達成できないのです。」

ターニャは無能であることを即座に否定する。この帝国において現状の危機を理解し対応可能な方だ。優秀でないはずがない。

「加えて我々は参謀将校です。参謀将校という職分を全うし続ければ確かに帝国軍の歴史に新たな勝利を加えることが出来ましょう。でもそれだけです。我々軍人は勝利を得ることは出来ても得た勝利を使う術を持ちません。」

ターニャは一息置く。レルゲン大佐は厳しい表情のまま沈黙している。

「なればこそ大佐殿には新たな戦場で戦っていただく必要があります。軍衣をお脱ぎください。」

ターニャは小さな両手をレルゲン大佐の右手に添える。硝煙と泥と鉄と血に染まりきったはずの手は皮肉なことに二つ名である「白銀」を思い起こすように白いきれいなままの手である。

「どうかご理解ください。安全な場所に退避してくださいということではありません。新たな戦いに赴いていただくようお願いしているのです。見方によっては東部戦線よりも厳しいものとなるでしょう。そのためには今着ている服を脱ぎ捨て新たな服をきていただかなくてはならないのです。」

そのままレルゲン大佐の右手を包み、そして握りしめる。

「ルーデルドルフ閣下からのお預かりしたものがあります。」

ターニャはレルゲン大佐にテーブルの下を見るように促す。そこには帝都でそこそこ名の通った仕立て屋のスーツケースが置かれている。

「これは何かね。」

レルゲン大佐がターニャを凝視する。ターニャは手を握ったまま話を続ける。

「既に後任の手配も済んでおります。どうかご決心を。」

握り続けられているレルゲン大佐の手は小刻みに震えている。

「私は軍人だ。いかに後方が長いとはいえ祖国と帝室に忠誠の誓いを立てた軍人だ。軍人として祖国へ貢献したいと考えている。軍を離れてやりたいことがあるのであれば私にさせるのではなく貴官がすべきだろう。」

レルゲン大佐は左手で一旦眼鏡を外す。すぐに掛け直されたが表情は厳しいままだ。

「おや、大佐殿も小官の年齢をお忘れですか?私は未だ一三歳の幼い身に過ぎないのですよ。私の大隊を含めて誰もかれも忘れているようですが、軍衣を脱げばこの身は卑小な少女にしかなりえません。小官は魔導適性があったからこそこの歳で帝国に貢献できているに過ぎないのです。」

ターニャはレルゲン大佐をまっすぐ見つめる。

「ですが、大佐殿は選択することができる。大佐殿は目的を追求し目的を達成するために行動する立場から、目的のための目標を策定する立場になりたくはありませんか。」

ターニャはすっと手を離すと将校鞄から書類を取り出す。

「それは何かね。」

「あくまで軍人としての姿勢を貫き矜持と共に帝国に殉ずるか、新たな戦衣をまとい帝国を生き残らせる可能性に賭けるか大佐殿がお選びください。」

レルゲン大佐は書類に目を通す。そこには在郷軍人会や傷痍軍人会をはじめとする各種団体が自分を国会議員候補として推薦する書状、政権与党への入党承認書などが挟まっている。

「考えさせてはもらえないのかね。」

ターニャはおもむろに立ち上がると窓の方を見る。窓の外は街並みだけは戦前と変わらない。変わったのは街を歩く人達の服装と表情である。

「残念ながら、この場で決めていただかなくてはなりません。でなければ全てが手遅れになるかと。政治を忌避して沈黙を貫き何を守られるのです?」

レルゲン大佐は振り返ったターニャの鋭い目つきとなにかを吸い込んでいきそうな虚ろな青い瞳を見つめ、ため息をつく。

「閣下も了解されているのだったな。もとより私にも選択肢はなしか。そういえば一体私の後任は誰かね。」

「小官であります。」

レルゲン大佐は初めてデグレチャフ中佐が軍服に参謀飾緒を下げていることに気付く。

「小官は野戦将校でもありますが、なによりも参謀将校でありますよ。」

ターニャは右肩からぶら下げている参謀飾緒の石筆を弾く。そして懐から一枚の紙を出す

「我々は今後より密な連携が必要となります。それこそ一心同体の心意気でことに当たらねばなりません。その証が必要であると両閣下から求められております。」

レルゲン大佐はおそるおそるその紙を見る。あらかじめターニャの署名がされたその紙には証人欄にルーデルドルフ閣下とゼートゥーア閣下の署名が入っている。

全ては決められてしまっていたことか、レルゲン大佐はため息をつくと潔く敗北を認めその紙に素早く署名をし手渡す。その紙を受け取ったデグレチャフ中佐はレルゲン大佐の署名が自分の署名の横にあることを確認すると満面の笑みを浮かべる。

「さあ、アイントプフが運ばれてきたようです。しっかりと食べて今後の戦いに備えましょう。」

 

 

>>>統一歴一九二七年八月十五日 参謀本部作戦局<<<

閑静な帝都の一角、その中で威容を誇る歴史的な建造物の中へ足取り軽やかに入っていく一人の将校がいる。

ひときわ小さな体にその身体に不釣り合いな大きさの鞄を手に持ったその将校は、吊り下げた参謀飾緒を揺らしながら扉を叩く。

「ターニャ・デグレチャフ・フォン・レルゲン大佐入室いたします。」

「入れ。」

執務室には葉巻を燻ぶらせたルーデルドルフ中将が座っている。その表情にはかつての豪胆さがわずかではあるが戻り始めている。

「歓迎するぞデグレチャフ中佐、いやレルゲン大佐。」

「ありがとうございます。ルーデルドルフ中将閣下」

「なに、これまでは貴様を使うたびにゼートゥーアの奴に借りを作ることになっていたのだ。今後は直属の上司として遠慮なく酷使させることがのだかなら。大いに歓迎しようとというものだ。」

ルーデルドルフ中将は豪快に笑いながらターニャに速やかに座るよう席を勧める。

「まあ、貴官には前任のレルゲン准将の分も働いてもらわなくてはならないのだかなら。レルゲン大佐。」

「はっ、前任者の働きに劣らぬよう任務に精励することをお誓い申し上げましょう。」

ターニャの返答にルーデルドルフ中将は満面の笑みで頷く。

「なに、前任者は優秀ではあったのだが常識に過ぎるところがあったものでな。貴様ならそれを打ち砕いてくれよう。」

そういいながら引き出しから一枚の紙を取り出す。

「さて、早速だが。貴様にはいろんな場所に文字通り飛んで行ってもらうぞ。まずは南部、そして西部だ。」

「はっ、いつ出立すればよろしいでしょうか。」

ターニャは伝統だぞと言われて持ち込んだ着替えの衣類を詰め込んだ鞄をちらりと見る。

「すぐだ。この話が終わり次第すぐに出立したまえ。貴様の大隊も待っておるぞ」

足早に遠ざかっていく憧れの後方勤務にどうしてこうなったのだと心の中で叫びつつターニャは立ち上がり敬礼する。

「閣下、ご命令承りました」

一刻も早く戦争を終わらせよう。ターニャはそう固く決意したのであった。

 




いままでなかなか結びつけることが出来なかったデグレチャフ中佐とレルゲン大佐、ルーデルドルフ中将の言葉を着眼点に原作の雰囲気をいかしたまま婚約させることに成功しました。
やや強引な展開は短編二次小説ゆえのご都合主義と割り切ってください。
期待しているような恋愛要素もエロスもありませんが、結びつけばあとは二人が何とかしれくれるでしょう。 


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