今年もまた、この日がやって来た。
私の人生を変えてくれたあの人の生まれた日。
暑い日だった。頭上で輝く太陽が、まるであの人のような存在感で少しおかしくなった。
大学生の私は、今は夏休み。今日はお出かけ。特に理由や目的は無いが、きっとあの人もこんな日には家でじっとはしないと思う。
本当は、和菓子屋だというあの人の実家へ赴こうかとも考えた。だが、有名すぎる故に人が押しかける事も多いらしい。それであの人が困ってしまうなら、それは私の本意ではない。
最低限のおめかしをした私は、ひとまず家を出る。
時刻は午前九時半。ひとまず駅前の繁華街へ向かい、そこでぐるりとお店を眺め回してみる。
……そういえば、朝食がまだだった。空腹を訴えるお腹を軽く触ってから、よく利用する喫茶店に入った。
と、人が多い。席はほぼ全て埋まり、喧騒が幾重にも反響していた。きっと、近場で働く会社員の人達が遅めの朝食を取っているのだろう。この時間に入る事があまりないから、知らなかった。
「いらっしゃいませ〜」
どうするか悩んでいると、店員が歩み寄ってきた。
「ただ今、店内大変混み合っておりまして……」
うん、それは見れば分かる。少しくらいなら待つつもりでいたのだが、店員から意外な言葉が。
「相席でしたら、すぐにご案内できますが……いかがしましょうか?」
相席か……。元々人見知りするし、気まずい空気になったら嫌だけど……ここで尻込みしては、あの人に怒られそうだ。こんな時こそ、ファイトしなければ。
私は了承し、ただし女性なら、と条件を付けた。
店員は頷くと、
「こちらへどうぞ」
と店内へ案内した。
私がついて行くと、店員が一人の女性に声を掛けていた。相席の確認なのだろうが、女性は朗らかな笑顔で頷いていた。……良かった。気難しい人じゃなさそうだ。
店員に示され、私は女性の対面の椅子へ腰を下ろす。
「こんにちは」
間髪入れずに、女性が挨拶をしてきた。
「あ、こ、こんにちは」
人の良さそうな笑顔。顔立ちが綺麗なのは勿論、それ以上に引き込まれる魅力を感じる人だった。雰囲気が、どことなくあの人に似てるなって思った。
「あの、すみません。突然に相席で……」
「気にしなくていいよ〜。こうやって誰かとお喋りできるのも楽しいし」
そこへ女性が注文したのか、ティラミスと紅茶が運ばれてくる。私もついでに、フレンチトーストとカプチーノを注文する。
「それじゃあ、お先にいただきます。あなたは、今日はどこかに用事?」
「えっと……特にこれと言った予定は無いんですが、今日という日を、精一杯堪能したいと思ってます」
やや含みのある言い方だったせいか、女性はキョトンと首を傾げた。
「あ、その、今日、誕生日なんです」
「え、そうなの? それはおめでとう!」
祝福するような女性の笑顔。しまった。主語が無かった。
「ち、違うんです。私じゃないんです。私じゃなくて、とても大切な人の生まれた日なんです」
「へ〜。その大切な人って、家族? それとも友達? もしかして、彼氏さんとか?」
変わらず嬉しそうに、ティラミスを口に運ぶ女性。どう話したらいいんだろう?
「その……私は会えないんです。その人には」
「え…………」
女性のフォークが止まった。
「ご、こめんね。私、そんなつもりじゃ……」
急に慌てたように、取り繕う女性。どうしたんだろう? 何か、勘違いをしている気がする。……あ、もしかして。
「違います違います! 別にその人が亡くなったとかじゃないんです!」
「へ? そうなの?」
「はい」
ああやっぱり、そういう事だったのか。私の言い方が悪かったなぁ……。
「じゃあ、どんな人なの? あ、言いたくなかったら、言わなくてもいいからね?」
ここまで会話を広げておいて、今さら“じゃあやめます”とは言いづらい。……この人が、そこまで自覚しているかは分からないけど。
「私は、とある人のファンなんです」
「ファンって事は、芸能人か誰か?」
「芸能人……ではないと思います」
この人がスクールアイドルについてどこまで知っているか分からないけど、ここまで想う私が正常じゃない自覚はあるので、おおっぴらに言うのは躊躇われてしまう。
「私は、その人に出会って人生が変わった。その人の誕生日が今日なんです」
「へ〜。そうだったんだねぇ」
ニコニコと笑顔の女性。
「……何か、嬉しそうですね」
「うん。実は私も、今日が誕生日なの」
「え?」
「あなたの大切な人が誰かは分からないけど、不思議な偶然だなぁって思って。そしたら嬉しくなっちゃった」
「そ、それはおめでとうございます」
「ありがと〜。あなたの大切な人も、おめでとう」
それは何だか、変な気持ちだ。でも、自分の事のように嬉しかった。この人の言葉には、そんな不思議な力が込められている気がした。話しているだけで元気になれる、不思議なパワーが。まるで、あの人のパフォーマンスと歌声のように。
ふと、私の頭にある仮定が浮かんだ。
「……あの」
「ん? どうしたの?」
女性は相変わらず笑顔だ。少しキョトンとした仕草も、非常に可愛い。
「……いえ、誕生日、いい日になるといいですね」
「ありがと〜! 実はこの後、友達と出掛ける約束してるんだ〜」
そんなはずはない。あの人が、秋葉原から近くもないこんな場所にいる訳がない。
「それじゃあ私、そろそろ行くね」
待ち合わせの時間が近いのか、女性は身支度をすると立ち上がった。
「あなたの分のお金も、払っておくから」
「え、いやそれは申し訳ないですよ」
「いいのいいの! 楽しくお話しできたお礼と、あなたの大切な人のお誕生日だから!」
それはあなたも同じなのではと言いたかったが、この人の言葉には、有無を言わせない力強さがあった。『この人が言うならきっとそうなる』と思いたくなるような、そんな力を。
「いつかあなたの大切な人に、会えるといいね!」
「あ、ありがとうございます。お姉さんも、素敵な一日にして下さい」
「うんありがとう! ファイトだよっ!」
そのフレーズには、聞き覚えがあった。慌てて振り返ったが、すでに女性はお店を出た後だった。
「…………」
私は一人座ったまま、
「……まさかね」
小さく笑った。
「遅いですよ。どこにいたんですか」
「ごめんごめん! ちょっとカフェで時間潰してたら、遅くなっちゃった」
「せっかくあなたの誕生日だというのに、本人が遅刻してどうするんですか!」
「怒らないでよ〜! 今日誕生日なのに!」
「だから怒ってるんです!」
「ま、まあまあ……。落ち着こ?」
「──今日は、いい日だな〜」
「誕生日だからといって、そんなに喜べるのはあなたくらいでしょうね」
「違うよ〜。それもあるけど、さっきカフェで話した人が、ロマンチックな人でね〜」
「ロマンチック? どういう事?」
「秘密っ。──さあ行こうよ! 全力で遊ぼ!」
「まったく……変わりませんね」
「わわっ、待ってよ〜」
「──きっと、繋がってる。夢は、きっと叶う!」