穂乃果ちゃんハッピーバースデーやん。

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高坂穂乃果生誕祭2018Ⅶ

「はぁ……はぁ……はぁ……」

穂乃果は廊下で息を潜めていた。背中をぴったりと壁に貼り付け、曲がり角から様子を伺う。

「撒けた……かな?」

「おーい、穂乃果ちゃ〜ん、どこや〜?」

「ひいっ! やっぱりダメだった!」

聞こえてきた声に、穂乃果はその場から逃走を図る。

「おっ、そっちかな?」

だが察知される。迫り来る、だが軽やかな足音に、対照的に穂乃果は全力疾走。『廊下は走らない!』という貼り紙を、完全に無視する。そもそも今は夏休みなので、校舎内に人は殆どいない。

「ど……どうしてこうなったの〜!」

時は、十分ほど前に遡る。

 

 

 

 

「──希ちゃーん?」

「おー、待ってたんよ穂乃果ちゃん」

「どうしたの? わざわざ『屋上に来て』だなんて。今日は練習休みだよ?」

「うん、それは分かってるんよ。何しろ穂乃果ちゃんの誕生日やからね。お誕生日おめでと、穂乃果ちゃん」

「ありがとう希ちゃん。……でも、それ言うためだけにここに呼び出したの?」

「まさか〜。それだけなら電話で充分やん? そうじゃなくて、誕生日の人にはあげなきゃいけないモノがあるやろ?」

「えっ、もしかして誕生日プレゼント⁉︎」

「その通り! 中々察しがいいやん」

「そっか〜。それはオトノキまで来た甲斐があったよ〜。嬉しいなぁ!」

「喜んでくれて、何よりやん」

「それで、プレゼントって何?」

「ん〜、それがな? 色々考えたんよ。でも、ウチが考えつくようなプレゼントくらいなら、きっと海未ちゃんやことりちゃんが用意してると思ったんよ。被ったりしたら、微妙な空気になっちゃうやん? 穂乃果ちゃん、嘘とか苦手やし」

「うーん、そうかも……。でも、希ちゃんがくれるものなら何でも嬉しいよ!」

「やっぱり穂乃果ちゃんやなぁ。そう言ってくれると思ったんや。──だから、ウチにしかできないプレゼントを一つ思いついたんよ。しかもこれなら、ウチも喜べるっていう一石二鳥なプレゼントを、ね」

「……? ──っ?」

「あ、もしかして気付いた?」

「……えっと、一応、念の為訊くんだけど……」

「うん」

「──ワシワシ、じゃないよね……?」

「いやー、やっぱり穂乃果ちゃんは鋭いなぁ」

「っっっ!」

「……逃がさへんで」

 

 

 

 

階段を駆け下りた穂乃果は、一度止まり耳をすます。

「どこ行ったんや〜、穂乃果ちゃ〜ん」

声はやや遠い位置から聞こえる。穂乃果は少しだけ安堵し、息を整える。

「別の階に行ったんかなー?」

希の声には一切急ぐ様子が見られない。それが逆に、穂乃果の不安をかき立てた。

「…………」

穂乃果はゆっくりと移動すると、近くの教室のドアに手をかけた。

「やっぱりダメか……」

だが、ドアは固く閉ざされていた。

夏休みである今は、防犯を兼ねてほぼ全ての教室は施錠されている。部活で使用する際にも、一度職員室へ鍵を取りに行かないといけないのだ。

つまり、教室に身を潜める作戦は使えない。流石の穂乃果でも、『ワシワシされたくないので教室開けて下さい』とは頼まない。

「──こっちかな〜?」

「っ⁉︎」

すぐ頭上から、恐怖の声が降ってきた。いつの間にか、接近を許していたらしい。

「逃げなきゃ……!」

穂乃果は再び、その場から駆け出す。

勿論、昇降口から校外へ逃げる手もある。秋葉原の街へ出てしまえば、たとえ捕まっても公衆の面前でワシワシはしないと思われた。

だがそれは“この場”での話であり、後日『置いて行った罰』として理不尽なワシワシを食らう事は穂乃果でも想像できた。希が全力で追いかけてこないのも、そこを分かっているからだろう。

つまり、穂乃果の選択肢は、“希が諦めるまで逃げ続ける”か“捕まってプレゼントという名目でワシワシされる”の二択しかなかった。

「ワシワシは嫌だ……ワシワシは嫌だ……」

すでに何度かその餌食になっている穂乃果には、すっかりトラウマとなっていた。捕まる事は許されない。実質一択なのだ。

希の声が遠ざかった辺りで、穂乃果は足を止める。

「希ちゃんがいつ諦めるか分からないし……逃げてても疲れるし……。どこかで休みたいけど教室は閉まってるし……」

ただでさえ八月。冷房も無い校内は相当の熱気に包まれている。周到にうちわを持ってきていた希と違い、追われる立場の穂乃果では消耗が激しい。

「──あ」

ふと、穂乃果にアイデアが閃いた。あそこなら、水道はあるし出入り口も一つ。そこそこ広いし逃げ回る事もできる。そして何より、この恐怖の鬼ごっこのスタート地点。

「……よし、屋上に行こう」

校門も見えるので、もし希が諦めて帰るような事があれば、それにも気付ける。

 

 

 

 

慎重に屋上手前の階段までやって来た穂乃果。耳をすましてみるが、声は聞こえない。近くにはいないと判断した穂乃果は、

「……よし」

足早に階段を登ってドアを開けた。

「──待ってたよ穂乃果ちゃん」

「……⁉︎」

そして、聞くはずのない声を聞いた。

バッと振り向いた穂乃果の目の前に、悠然とうちわを扇ぐ希の不敵な笑み。

「ど、どうして……」

「んー? 考える事は同じって事やんな。きっと穂乃果ちゃんは、ここに籠城するんじゃないかなーって思ったんよ。動かなくていいし、水もあるからね」

「…………」

呆然。あまりに突然すぎて、逃げる事すら忘れていた。

「適当に追い回したら、ここに戻ってくる、と。ビンゴやねぇ」

希は扇いでいたうちわをゆっくり置くと、両手を広げる。

「──さ、覚悟はできた?」

「い…………いやぁぁぁぁぁ!」

「──ワシッ! ──おお、穂乃果ちゃん、もしかしてちょっと成長したんちゃう? やっぱりワシワシの効果出てるんかもなぁ。これは、もっと育てないとやんな」

「い────やぁ────! 誰か助けて────!」


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