「にーこちゃーん!」
灼熱の太陽が照りつける中、にこは穂乃果に抱きつかれた。
「ああもう暑い苦しい鬱陶しい! 離れなさい!」
ただでさえ気温と湿度でストレスが溜まっていた所に、年中暑苦しく騒がしいリーダーが抱きついてくるのだ。にこが吠えるのも無理はなかった。
「ぶーにこちゃんのケチ!」
「誰がケチよ! こんな暑い日に抱きついてくるバカがいるかってのよ!」
「にこちゃんにバカとか言われたくないよ!」
「一応年上なんですけど!」
「先輩禁止だもん!」
「先輩後輩と年齢は別でしょ!」
「そういう屁理屈はずるい!」
流れるように言い合いを始めたにこは、
「……この暑い中、口論とかしてる場合じゃないわよ」
うんざりした口調で、額の汗を拭った。
「……で、わざわざこんな暑い日に呼び出して何の用よ」
そう、にこは少し前に、穂乃果に電話で『ちょっと外出てきて!』と一方的に言われ電話を切られただけなのだ。要件は何も聞いていない。
「にこちゃんひどーい!」
対する穂乃果は、むくれる。
「……理由も無しにいきなり呼び出すアンタの方が酷いわよ」
「今日が何の日か、忘れたとは言わせないよ!」
「あーハイハイ、穂乃果の誕生日だったわね。おめでとおめでと」
「覚えててくれたんだね! 流石はにこちゃん!」
「一週間前から毎日言われて、忘れる方が難しいわ」
「そしたら話は早いね! ね〜にこちゃん、プレゼントちょうだ──」
「お断りよ」
穂乃果のセリフを先読みして、にこは突っぱねた。
「えー何で⁉︎ 何でなのにこちゃん!」
案の定騒ぎ立てる穂乃果に、
「自ら誕生日をアピールするような穂乃果にあげるプレゼントなんて、ある訳ないでしょ」
にこは一蹴。
「あんなに頑張って誕生日アピールしたのに⁉︎」
「……人の話聞いてた?」
呆れたにこは、小さくため息をつくとマンションへと踵を返した。
「じゃ、にこ戻るから。穂乃果と違って、そんな暇じゃないのよね」
「むむむ……っ。にこちゃんがその気なら……!」
にこの塩対応がよほど気に入らないのか、
「──とりゃっ!」
穂乃果はその小さい背中に向かって抱きついた。
「ってちょっと⁉︎ 暑いって言ってるでしょうが! 離れなさいよバカ穂乃果!」
当然にこは引き剥がそうとするが、
「ふーんだ! にこちゃんがプレゼント渡すって言うまで、離さないもんね!」
穂乃果も穂乃果で、謎のガッツを見せて食らいつく。
「なんて無駄な力発揮してんのよまったく……! いいから離れなさい! 暑いし目立つ!」
「やだー!」
「子供か!」
「もうホントに疲れた……」
にこは、自室に倒れ込んでいた。クーラーは勿体ない、という理由で扇風機が身体の汗を冷やしていく。
「何であんなに諦め悪いのよ穂乃果は……」
穂乃果との格闘は、五分以上も続いた。意地になって突っぱね続けたにこもにこだったが、その原動力は何なのかと訊きたくなるほどに穂乃果も退かなかったのだ。
「誕生日プレゼントとか、どうでもいいじゃない……」
「どうでもよくないよぅ〜。一年に一度だもん!」
「…………」
首を振る扇風機に当たり続けようと奮闘する穂乃果は、にこの隣で口を開いた。
「……何でいるのよ」
「え〜? にこちゃんが言ったんじゃん。『とりあえず上がれ』って」
「それは言ったけど、この部屋に入れとは言ってないわよ」
「だって他に誰もいないんだもん。どこにいればいいか分からなくて。──こころちゃん達は?」
「暑いからプールに行ってるわ」
「あっ、いいねぇプール! 涼しそう! 今から行こうよにこちゃん!」
「行くか!」
思わず吠えたにこは、余計なエネルギーを使ってしまったとため息一つ。
「……で、穂乃果はいつまでここにいるつもりよ」
「にこちゃんがプレゼントくれるまで」
即答した穂乃果に、にこは呆れ顔。
「まだ言ってるのそれ。だから、プレゼントなんて何も用意してな──」
「そんな事ないよ」
「…………」
言葉を遮られた上に真っ向から否定され、にこは憮然とした表情。
「……何でそう思うのよ」
「だってにこちゃんだもん」
「はあ? 理由になってないわよ」
「なってるよ。にこちゃんって理由に」
「……意味分かんないだけど」
「そうかなぁ?」
キョトンとして、何の含みもない笑顔を向けてくる穂乃果。
「…………」
その笑顔を小さく睨みつけたにこは、
「……………………はぁ」
諦めたように、大きく息を吐いた。
「……ちょっと待ってなさい」
そう言って立ち上がると、何やら机の引き出しを漁る。そして戻ってくると、
「……はい」
小さな紙包みを差し出した。
「?」
首を傾げた穂乃果に、
「何でそこで不思議そうな顔すんのよ。プレゼントよ、プレゼント」
にこは穂乃果に、紙包みを押し付ける。
「えへへ、ありがとうにこちゃん。──これ、開けていいの?」
「好きにしなさいよ」
ガサゴソと包みを開く穂乃果を眺めながら、
「……ねえ、ちなみに、何でにこがプレゼント用意してるって分かったのよ。そんな事一言も言わなかったでしょ」
興味本位でにこは訊ねる。
「んーさっきも言ったけど、やっぱりにこちゃんだからだよ」
「だから、それの意味がサッパリなのよ。何よ、“私だから”って」
「にこちゃんは、μ'sの中で一番優しいから。きっと、穂乃果がわざわざ言わなくても全員の誕生日くらいちゃんと覚えてると思うし、その日の為に絶対準備する人だから」
「…………」
「穂乃果の知るにこちゃんって、そういう優しい人なんだよ。だから、絶対穂乃果のプレゼントも用意してると思ったの。そしたら、やっぱりプレゼント欲しいでしょ?」
相変わらず、変な所だけ鋭いのだ。実際図星だったにこは、無意識にそっぽを向いた。
喋る内に紙包みを開いた穂乃果は、
「わ、これ……スプレー?」
掌サイズの、噴霧する化粧水のような物をためすすがめつ。
「制汗スプレーよ。穂乃果、いっつもタオルで拭くだけでしょ。アイドルたる者、そういう細かい部分までこだわるべきなのよ」
「へ〜、なんか凄そう!」
小学生のような感想を呟いた穂乃果は、
「──あ、これってもしかして、にこちゃんとお揃いじゃない?」
「……よく気付いたじゃない、穂乃果のくせに」
「一言余計だよ〜。穂乃果、ちゃんとにこちゃんの事見てるもん。──にこちゃんは、穂乃果にとって憧れのアイドルだからね」
スプレーの封を切りながら、穂乃果は笑った。
「何よ、それ」
分かっていた。“穂乃果は嘘がつけない”という事を。
スプレーを一回噴霧した穂乃果は、
「わ、気持ちいいねぇコレ! ねぇねぇ、これで穂乃果、ちょっとはにこちゃんに近付けたかな?」
キラキラした顔を向ける穂乃果に、にこはやれやれと首を振った。
「バッカねぇ。にこになってどうするのよ。穂乃果は穂乃果でしょ。にこにはにこの、穂乃果には穂乃果の魅力があるの。自分らしくいなさい」
「おお! 流石にこちゃん!」
納得した様子で頷く穂乃果に、
「……まったく。憧れてるのは、どっちだと思ってるのよ」
絶対に聞こえない声で、にこは小さく笑った。