俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第十三話:心のままに

 ●

 

 サアラ・ベルシュラインとレイフォン・アルセイフが校舎の屋上で向き合っていた。

 この二日間、サアラはずっと念威を使い続けている。

 それをレイフォンも知っている。

 だから、とサアラはこう言った。

 

「ずっとレイフォンさんを追っていました」

「ああ、そうだな」

「ツェルニを九つのエリアに分割することで都市全域に念威を通せていますし、把握できています」

 

 サアラが見出した手法はまさに画期的なものだった。

 フェリのように広域を一定以上の精度で捕捉し続けるためには膨大な念威が不可欠だった。

 念威端子同士を別個に動かし、いくつもの情報を精査し続けなければならないからだ。

 一方で、サアラの手法は念威端子の移動においてはただひとつに集中できる。

 念威端子同士を連携させるための端子は不要となり、精査すべき情報が少なくなったことでひとつひとつの事象に対する処理能力も向上させていた。

 

「貴方の言った条件をクリアしました。だから……、だから私が貴方と共に戦います。異論はありませんね?」

 

 今までのサアラには出来なかったことだ。

 いくつもの念威端子を連携させて遠方の映像を鮮明にするだけで限界だった。

 だが今は違う。

 今なら距離は無視できる。

 どれだけ遠くても関係ない。

 映像・音声・情報のすべてを届けられるようになった。

 操作すべき念威端子が減ったことで継続も容易になった。たった一人を完璧に支援できるという自負がある。

 そんなサアラの強い視線を受け止めたレイフォンは目を伏せた。

 そして、ややあってから、

 

「──同行を認めよう、サアラ・ベルシュライン。貴様は貴様の価値を証明してみせた」

「~~~~~~~~!!」

 

 想いが溢れ出していく。

 胸に抱く達成感。

 安堵。

 そして、歓喜。

 サアラを包むのは成し遂げたという喜びであり、辿り着いたという実感だ。

 たとえ一部であろうと、フェリのような天才にしか許されない領域に手を届かせたのだ、と。

 ……出来たんだ。ついにやったんだ……!

 自分の実力を、自身の価値を。

 あのレイフォンに認めさせたのだ。

 

「あぁっ……!」

 

 自然に涙が溜まっていき、やがて決壊した。

 頬を(しずく)が流れていく感覚も気にならない。

 嬉しくて、嬉しくて。

 涙が止まらない。

 

「……っ」

 

 やがて。

 しばらく、という時間が流れたあと。

 サアラは自分を抱きしめるように(うずくま)っていたことに気付いた。

 顔を上げれば、レイフォンはまだそこに居る。

 

「────」

 

 サアラは長く泣いていた。

 その間、彼はずっと待っていたのだ。

 何も言わず、背を向けたままで。

 湧き上がる感情を声に出してしまわないように押さえ込む。

 そして、涙を拭ってからレイフォンへと声をかけた。

 

「すみません……いえ。ありがとうございます」

「いや。それより、ひとつ確認しておくことがある」

「なんでしょう」

 

 問い返すとレイフォンが振り返った。

 再び向き合う形になり、レイフォンが続けた。

 

「決戦後のことだ。俺はどうするかは何も考えていない。グレンダンに残るか、帰るか。どうするにしてもサアラの人生だ。自分で決めろ」

「そうでしたね」

「俺が生き残るという保障もない。ナノセルロイドは、そういう相手だ」

「…………」

 

 サアラはどうするのか。

 そんなことは何も考えていない。

 レイフォンについていく。そして、彼と共に戦う。それだけだった。

 言われれば確かに必要なことだとは思う。

 でも、そんなことを考えている余裕があるのだろうか。

 レイフォンが、勝利を確信できない。そんな相手と戦おうというのに。

 

「グレンダンが敗北すれば全ては無に帰すが、勝利したのなら先がある。留学の手続きはしておく」

「留学、ですか?」

「当然だろう。往復すれば半年どころか一年が消えかねん遠方だぞ」

「────」

 

 一年。

 その期間が示す意味を想像したとき、サアラは絶句していた。

 往復とはいえ移動だけで一年が消えるほどの距離。

 なにかあったときに、家族に手紙ひとつ送るだけで苦労する。

 連絡、というにはあまりにも期間が空きすぎる。

 そんなところに行くことなど考えたこともなかった。

 

「で、でも今から手続きしたんじゃ書類のやり取りだけで一年消えるってことですよね!?」

「問題ない。俺だけなら瞬時に飛べる。グレンダンでの手続きは俺がしておく。ツェルニ側の手続きだけ済ませれば良い。サアラの移動は……どうするか」

 

 本気かよ、とサアラは思った。

 レイフォンが都市間を自由に行き来できることは知っているが、ツェルニは武芸大会目前。

 大会そのものはレイフォンが居ればどうせ勝つので正直どうでもいいが、移動はそうもいかない。

 戦争期になったことで学園都市を行き来する放浪バスは減ってきている。

 今から放浪バスを待ったのでは武芸大会の後、なんてことにもなりかねない。

 すぐにでも出発しなければまずい。

 しかし、そんな手段なんて──。

 

「…………あった」

「?」

 

 都市全域に念威を通し続けたサアラは知っている。

 サリンバン教導傭兵団が放浪バスを所持しているという事実を。

 しかも、彼らはグレンダンへの帰還を準備している。

 

「傭兵団です。サリンバン教導傭兵団。彼らが放浪バスを持っています」

「なるほど」

 

 傭兵団の目的は廃貴族。

 しかし廃貴族は主を定め、レイフォンの所有する力となった。

 彼らがグレンダンの勇名を世に知らしめる期間は決して短いものではない。

 ずっと廃貴族を求めて放浪してきたのだ。

 死んだ都市の電子精霊。

 そのなれの果て。

 そう知っていたとしても長い時を旅してようやく発見した廃貴族だったはず。

 初めてではなかったとしても、これまで手に出来ていないが故にここにいるのだから。

 レイフォンが所有する限り、一緒にグレンダンに帰還するのは明白。

 グレンダンという都市にとっては、回収まで果たされているに等しい状況といえる。

 ならば、とサアラは推測を言葉にした。

 

「傭兵たちは放浪バスに荷物を運び込んでいるようですが、行き先はグレンダンなのでしょうか」

「おそらくは。……いや、確認しておこう。そうであるなら同乗すれば済む」

「少し、身の危険を覚えるのですが」

「釘を刺しておく。なにかあれば後ろに俺が居ると明示しておけば軽挙もせんだろう」

「……そうですか」

 

 気軽にそういうレイフォンの態度に、サアラは呆れるしかなかった。

 団長を殺しかけたレイフォンのことは恐れるかもしれない。

 しかし、距離が離れればその畏怖は薄れていく。

 

「身の安全という意味なら問題あるまい。今、連中は念威繰者を失った状態にある。その目を買って出ればいい」

 

 サアラは超大きな溜息を吐き出すしかなかった。

 本当に簡単に言いやがる、と。

 じっくりとレイフォンを睨み付けていたが、ややあってから、もう一度吐息する。

 

「グレンダンに行くのは良いんですけど、滞在期間がどの程度になるかは分かってるんですか?」

「具体的な日程は未定だ。だが間違いなく始まる。すまないが、こちらで必要な書類をすぐに用意してくれ」

「で、都市間で書類のやり取りは不要、と」

「ああ。俺が直接持ち込んでおく。試験は必要かもしれんが、それだけだ。金銭的な負担はすべて俺に回せばいい」

「異次元の便利さですね、それ。流通業者になったら大儲け間違いなしですよ」

「興味ないな。勝てなければ何の意味もない」

「…………」

 

 レイフォンは明らかに敗北を意識している。

 老生体ですら苦戦しなかったというのに。

 サアラが思い出すのはバーでの会話と、レイフォンから聞き出した話だ。

 四体のナノセルロイド。

 レイフォンと同じ天剣を十一人も有するグレンダン。その全力に比するという原初の汚染獣たち。

 サアラには想像も出来ない強大な敵。

 それほどの敵と戦おうとしているのだ。

 足手まといは参戦すら許されない戦場が現れる。

 そのためにサアラは天才の領域に指をかけた。

 だから真っ直ぐにレイフォンを見つめてこう言った。

 

「勝ちましょう。私が、貴方を支えます」

「────。…………はぁ。貴様という女は、まったく」

 

 献身の言葉に対して返されたのは呆れの言葉であった。

 まるで理解できない。

 ふつふつと怒りが湧いてくるくらいには無礼な対応だった。

 なんだその態度は、と。

 というか努めて無感情に流していた光景を見せられていたんだぞ、と。

 

「なんですかその反応は。というかそれはこっちのセリフですよ。私を訓練漬けにしておいてデートはどうかと思います! しかも五人て。とんだハーレム野郎じゃないですか!」

「一緒に食べに出歩いただけだろう」

「それを世間一般ではデートというんです。人に訓練を強要しておきながら、そっちはあんなに可愛い子を侍らせてあーんまでさせて! なにが出歩いただけなんですか。私が念威繰者じゃなかったら大爆発ですよ!?」

 

 感情の薄い念威繰者じゃないならナイフ案件不可避。

 あんなに明け透けに好意を向けられて、しかも食べさせあいっことか。

 許されざる蛮行である。

 

「食料を差し出されて食べないなんてとんでもない」

「……それは見てれば分かりますけど」

 

 見ていたから分かる。

 レイフォンは本当に美味しそうに食事をしていた。

 デートだけではない。

 三度の食事。

 その度に満面の笑みを浮かべていたのだ。

 ……でもあんな可愛いのはやっぱりずるい。

 普段の凜とした表情と周囲を威圧する雰囲気から、花が咲くのだから。

 いつもの無表情から変化の幅が物凄い。

 

「一緒に食事がオッケーなら、私とデートでもいいじゃないですか」

「構わんが」

「……はぇっ!?」

「先に生徒会長室に行くぞ。カリアンに話を通せば書類も早い」

 

 えっ、あ。

 え?

 

 ●

 

「留学? 今かい?」

「ああ。サアラの留学の必要な書類をすぐに揃えてもらいたい」

 

 生徒会長室に突然やってきて、そんなことを言われたカリアンは困った。

 現在の生徒会は通常業務に加えて各種イベント関係で忙しい。

 慌ただしく集中して書類を(さば)いていたのでレイフォンの来訪には驚いたものだ。

 いきなり来たときは汚染獣の襲来や戦争開始といったなにかが起こったのでは、と心臓が跳ねたくらいだった。

 しかし、レイフォンから告げられたのは留学という想定外の話だった。

 

「これでもかなり忙しいのだがね、レイフォン君。いきなり留学と言われても困るよ。もちろん学生の権利だし、留学したいという意思は尊重する。しかし、武芸大会を目前にした今言うことではないと思うが?」

「サアラが共に戦うと言い、俺はそれを受け入れた。だからグレンダンに連れて行く。だが、そのために人生を投げ出させるつもりはない」

 

 グレンダンへの留学。

 そしてレイフォンと共に戦うという言葉。

 カリアンの脳が思考を高速で巡らせていく。

 そうして想起されたのは、電子精霊ツェルニに対してレイフォンが向けた発言だった。

 

「……グレンダンでの決戦、とやらかい?」

「そうだ」

 

 実にタイミングが悪い。

 カリアンの率直な感想はそれだった。

 

「もうすぐ武芸大会が始まる。君たちは二人とも重要な戦力だ。手放したくないんだがね」

「サアラは出られないが俺は居る。ある程度はな」

「…………」

 

 ある程度、という言葉がよくない、とカリアンは思う。

 電子精霊ツェルニとレイフォンの対談。

 レイフォンが一方的に話しかけていただけのように思えるものだったが、レイフォンはいくらかの情報を落とした。

 汚染獣の祖とグレンダンとの戦争が起こる、と。

 グレンダンの敗北が世界の滅びだ、とも。

 なんとも壮大で稀有な話だ。

 通常なら検討に値しないものだが、無視できない要素もまたあった。

 ……廃貴族は本当だった。

 レイフォンは滅びた都市にツェルニが出会うことを予言し、それは成就された。

 そして彼は都市間を転移するという有り得ざる現象に身を浸している。

 そのレイフォンが言うにはグレンダンにおいて人類と汚染獣の決戦が行われるという。

 これまでそんなことは無かった、非常識だ、という無数の()()()()()()が浮かぶ。

 未来を予想する無数の言説のひとつにすぎないはずのそれは、予言の成就というたったひとつの事実を(くつがえ)すものではない。

 ならば、とひとつ確認を言葉にした。

 

「私の許可の有無で君たちの行動に変化はあるかい?」

「ない。事が終わったあとにサアラの身の振り方が変わるだけだ」

「……分かった」

 

 自分の判断で学生の未来が変わるだけ。

 ツェルニがどうなるかに影響できないのであれば、仕方がない。

 カリアンは秘書に関連書類を持ってこさせることにした。

 

「これに記入を。郵送は?」

「大丈夫です」

 

 レイフォンは手早く書類を整えていくサアラを尻目に再度、カリアンへと告げる。

 

「グレンダンから書類を持ってくる。少し待っていろ」

 

 直後。

 レイフォンの姿は消失した。

 カリアンの眼には武芸者が本気で動いた瞬間と大きな違いはない。

 あるとすれば、周囲に何の変化もないことだ。

 扉も窓も閉ざされたままだった。

 

「……さて」

 

 カリアンはサアラへと視線を向けて、こう言った。

 

「ベルシュライン君、ひとつ頼みがあるのが、いいかい?」

「頼み、……ですか」

「別に交換条件という訳ではないよ。君にしか頼めないというだけでね」

「?」

 

 怪訝そうにするサアラの様子に、カリアンは苦笑。

 そして、表情を改めるとデスクの両肘を置き、手を組んだ。

 

「グレンダンで念威を使うなら、その間の光景をデータとして保管し、私へ送ってもらいたい」

「なんのためにですか?」

「汚染獣と人類の決戦。この言葉を君はどう思うかね?」

「…………」

「認めがたいものだと感じるだろう? 言葉にしてみれば余りにもチープなものでしかないからね。実在を検討するとなるとあまりに現実感がない。なにかあったときに説明するための材料がないんだ。だから物証が最低でもひとつ、必要になる。何をするにしても」

 

 カリアンの感覚としては、グレンダンでの決戦は対岸の火事に近い。

 しかし、理性はそれを否定する。

 あのレイフォン・アルセイフが確信しているからだ。

 決戦が本当にある、と。

 天剣授受者という完成された武芸者をして徹底的に備えねばならない戦争なのだ、と。

 そして、とカリアンは内心で明確に言葉を作る。

 ……本当にそれがすべて事実であるのなら。

 断じてグレンダンだけの問題ではない。

 

「負うべき責任が無かったとしても……。我々には我々の行動を決定する権利はあるはずだ」

 

 ●

 

 超満員の野戦グラウンドはすでに熱気に満ちている。

 小隊員たちの決闘は終わり、残るはエキシビション一戦のみ。

 この三日間。

 いくつもの名場面があった。

 ツェルニの行く末を決める戦力である小隊の長たちのぶつかり合いは清々しいものだった。

 だがそれでもこれから始まるエキシビションこそ、ツェルニの全員が待ち望んだ決闘だ。

 

「…………」

 

 炎のように逆立てた髪。

 頬に刻まれた紋様。

 歴戦という名のオーラ。

 鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)を手にする武芸者。

 サリンバン教導傭兵団団長、ハイア・ライア。

 未だ十代の身でありながら屈強な傭兵達を指揮する天才だ。

 

「…………」

 

 対するは、第十七小隊にて圧倒的な戦力を示し続けたツェルニ最強のアタッカー。

 レイフォン・アルセイフ。

 小隊員どころか小隊長すら凌駕する天才。

 二人の試合はまだか、と誰もが注目していた。

 ハイアとレイフォンは視線を交わしている。

 そこに言葉ない。

 激しい戦意が渦巻くのみ。

 と、そのときだ。

 野戦グラウンドに、電気的な接続を思わせる雑音が混じった。

 

『──諸君、待たせてすまない。映像の連結に時間がかかってしまったらしい』

 

 念威を介した音声はヴァンゼのものだ。

 一気にざわつきが広がっていく。

 もうすぐ始まるぞ、と。

 その興奮は遠目に見下ろすヴァンゼにも届いていた。

 

『武芸長のヴァンゼだ。残念だが初戦敗退した身ではなにも誇れん。さっさと始めよう。これより祭りの締めとなる特別試合を始める。サリンバン教導傭兵団団長! ハイア・ライア!』

「────」

『対するは第十七小隊のレイフォン・アルセイフ!』

「…………」

『試合開始ィィィィ!!』

 

 ●

 

 真っ先に動いたのはハイアだ。

 ハイアは旋剄をもって高速移動。

 一気に距離を詰め、刀型の鋼鉄錬金鋼を()いだ。

 

「……っ!」

 

 ハイアの斬撃が瞬いたとき。

 レイフォンは既に位置を変えていた。それは瞬時の移動だった。

 内力系活剄の変化、『トリックアップ』。

 ハイアの頭上へ。

 そのままレイフォンの大剣がハイアに向かって振り下ろされた。

 

「ちぃっ!」

 

 ハイアは強引に刀の軌道を修正。

 防御のため、頭上を振り払う。

 直後。

 大剣がハイアの刀に叩きつけられ、そのまま弾かれていった。

 

「!?」

 

 ハイアの手に返されたのはあまりにも軽い衝撃だった。

 レイフォンが大剣を押さえ込まず、そのまま手放したのだ。

 大剣は弾かれて空を飛び、レイフォンだけがハイアの懐に入り込む。

 危険を認識したときには打撃がぶちこまれていた。

 

「ぐ……!」

 

 鞘ごと叩き込まれた衝撃はハイアの経験よりも遙かに小さい。

 レイフォンの剄量はハイアを凌駕するが、この試合の間は同程度しか使えないからだ。

 ハイアは感じていた。

 ……いける。これなら戦えるさ……!

 だから、と刀を大上段から振り下ろした。

 斬撃上で回転する大剣を弾き飛ばしながらレイフォンの頭部へ。

 同時。

 小さく鼻で笑ったレイフォンは、振り抜いた姿勢から鞘を戻すようにして迎撃。

 ハイアの振り下ろした一撃とレイフォンの石突きが激突した。

 甲高い耳鳴りのように耳障りな音が響く。

 激突の衝撃を逃がすようにして、二人は同時に後退。

 ハイアは弾かれた勢いを殺すことなく、活剄で腕力を大幅に強化しながら振り回すことで遠心力へと変換。

 回転を維持してコマのように連続しながら剄を放つ。

 活剄衝剄混合変化、『竜旋剄』。

 暴風染みた剄の竜巻を避けて、レイフォンはさらに後退。

 その動作を見たハイアは即座に反応して剄をふたたび練り上げる。

 

「逃がさないさぁ!!」

 

 竜巻を細かく砕きながら刀へと収束し、放つ。

 活剄衝剄混合変化、『風鎌』。

 竜旋剄をひとつに集約して放たれる衝剄は巨大な斬撃形状をとって直進。

 そのまま少しずつ拡散することで殺傷範囲を広げていく広域型の剄技である。

 

「元気一杯だな」

 

 眼前に迫る剄技を前に腰だめに構えたレイフォンは、青石錬金鋼(サファイアダイト)の柄を握る。

 外力系衝剄の変化、『閃断』。

 居合から剄が放たれて斬撃を形成。

 より巨大な風鎌へと飛んでいき、一瞬の抵抗も許さず切り裂いた。

 緩い収束によって形を保っていた風鎌は切り裂かれた箇所から急速に霧散していく。

 そのときだ。

 

「ちぇぇぇああぁぁあ!!」

 

 散っていく風鎌にぶち抜くようにしてハイアが飛んできた。

 旋剄を使った突進は空気を貫くような速度だった。

 ハイアはその勢いを利用して刀を振り抜く。

 レイフォンは退かず、むしろ踏み込んで斬りかかった。

 

「ふん!」

 

 二人の錬金鋼が十字の描くように激突し、衝撃が風となって弾けた。

 至近距離で視線をぶつけたことで、ハイアはさらにテンションをぶちあげる。

 このまま押し切ろうと気炎を上げて剄を練り上げたのだ。

 だが、レイフォンのほうが早い。

 

「!?」

 

 外力系衝剄の化練変化、『日輪脚(にちりんきゃく)』。

 弧を描く二重の白光がハイアの身体を打ち上げていた。

 さらに流れるような追撃。

 下からすくい上げるようにして刀を叩きつけられたのだ。

 都合三度の攻撃を受けたハイアは、喉元まで上がってきた何かを飲み込んで思う。

 刃引きされていなければ死んでいた、と。

 だからこそ心が燃え盛るように叫んでいた。

 このままでは終われない、と。

 打ち上げられた慣性が消え、落下へと動きが変わる瞬間。

 ハイアは身を(よじ)った。

 練り上げた衝剄は身体の周囲を巡ることで竜巻の如く舞い、頭上から打ち落されることで剄技として完成する。

 そこに焰切りの原理を混ぜ込んで、炎を纏わせる蛇落としの変形。

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

 外力系衝剄の変化、『焰蛇(ほむらへび)』。

 蛇の如き剄が炎と共にレイフォンへと急落した。

 

「ちっ」

 

 レイフォンは迎撃を中断し、無意識に舌打ちを落としながらその場から後退を選択。

 蛇落としであれば閃断で斬り捨てながら、落ちてくるハイアを迎撃できた。

 しかし、閃断では炎の余波までは防げない。

 さきほどまでレイフォンが居た位置に焰蛇が着弾し、直後にハイアも着地した。

 土煙が舞い上がり、そして薄れていく。

 その中でハイアは口角を釣り上げたこう言った。

 

「どうしたさ、ヴォルフシュテイン? 逃げるなんてらしくないさ~」

「……なるほど」

 

 軽薄な口調で挑発を口にするハイア。

 しかし、その表情には軽さが無かった。

 それゆえにレイフォンはハイアの余裕のなさを正確に読み取っていた。

 精神的な揺さぶりも含めて全力を尽くしているようだ、と。

 レイフォンは事実を事実として認めるべきだ、と自分に言い聞かせてこう言った。

 

「サイハーデン刀争術同士の戦闘経験では、明らかに俺より上だな」

「俺っちには勝てないって認めるさ?」

竜旋剄(りゅうせんけい)からの変形、蛇落としからの変形。確かに俺に対しては有効だった。反射的な対応の裏をつくものだと素直に認めよう」

「……へぇ」

 

 レイフォンからの称賛のような発言を聞いて、ハイアは昏い喜びを感じていた。

 しかし、直後の言葉に凍り付いた。

 

「だからこそ理解できん。なぜそんな無意味なことをする?」

「あ?」

「それに何の意味がある? 戦争にも汚染獣にも使う機会がない。サイハーデンの使い手を惑わす以外に何の使い道もない詐術(さじゅつ)だ。なぜそんな無価値な剄技を使う?」

「────」

 

 ハイアはこれまで全神経をその一瞬、刹那に注ぎ込むような集中力を発揮していた。

 サイハーデン刀争術を修めているがゆえに、最適な反撃をしようとするレイフォンの虚を突く剄技を繰り出していた。

 確かにサイハーデンを身体に染みこませたレイフォンには効力を発揮する。

 しかし、サイハーデン刀争術はグレンダンの流派だ。

 都市間戦争でハイアが使う相手は居ないし、グレンダン内であってもサイハーデン以外には一手遅れるだけ。

 汚染獣に至ってはそれこそ無意味だ。

 どんな行動をしようが殺して食う以外はない。

 ゆえにレイフォンは問いかけているのだ。

 己と戦う以外の、どこでそんな剄技を使うというのか、と。

 

「ふざけんな……!」

 

 ●

 

 ハイアの表情が変わった。

 激怒のそれへ、と。

 

「ふざけやがって! サイハーデンを捨てたお前が言うことじゃない!!」

 

 憤怒を露わにして剄を高ぶらせていくハイア。

 それを見るレイフォンはといえば、全くの平常心。

 むしろ冷めているくらいだった。

 ……聞いてみたらなんか怒りだしたんだけどこいつ。

 使い道が分からないから素直にそう言って聞いてみただけなのに。

 切れやすい若者こえぇーな、とドン引きである。

 だからレイフォンはもう一度、念を押すように確認してみることにした。

 

「事実だろう、ハイア・ライア。なにが違う?」

「もう黙れよ」

 

 会話のキャッチボールってご存じない?

 対話拒否が許されるのはカードゲームだけだぞ。嫌われるかもしれんけども。

 超速で質問を斬り捨てられたら、さすがのレイフォンさんもちょっぴり怒るのは当然だと思うんだ。

 

「事実が変わることはない。貴様の剄技は、無価値だ」

「……!!」

「証明してやろう。──蝕壊(しょくかい)だ」

 

 レイフォンはそう言って、手にした刀の剄を収束する。

 蝕壊とは武器破壊の剄技。

 相手の武器に剄を流し込み、硬度を失わせて破壊するというものだ。

 剄技として整えた剄を流し込むだけな単純なものなのでどんな流派にもある。

 一般的なものゆえに防ぐことは難しくない。

 流し込まれる剄を錬金鋼に到達させないように、自分の錬金鋼に剄を保持するだけでいい。

 

「あ?」

「蝕壊を使うと言っている。意味は分かるな?」

「……純粋な剣技なら俺っちより上だとでも言いたいさ?」

 

 逆に言えば、錬金鋼から剄が失われたら破壊されてしまうということ。

 つまり、剄を失ってしまうような剄技を使っていけない。

 ハイアがそのように受け取ったことはレイフォンも理解した。

 ……馬鹿がよぉ。んな(ぬる)いことする訳ねぇだろ。

 ハイアには出来なくてもレイフォンには出来ることがある。

 剄をどれだけシビアに使いこなしているか。

 その違いがどれだけ大きな差を産むのかを思い知らせてやろう。

 

「フッ」

「ナメやがって。剣技でもこっちが上だって思い知らせてやる!!」

 

 言い終わるよりわずかに早く、ハイアがレイフォンへと急速に接近する。

 旋剄をも上回る超速移動。

 サイハーデン刀争術が編み出した世界最高峰の機動剄技、水鏡渡(みかがみわた)りだ。

 滑るような移動は、見る者にコマ送りかと錯覚させるほどのキレがある。

 

「シィィ────!」

 

 神速の接近と急襲。

 レイフォンへと肉薄し、下から切り上げるように刀を振るう。

 天剣授受者であっても一度だけなら(あざむ)けるというハイアの目論見は、なんでもないかのように刀を振り下ろしていたレイフォンによって即座に否定された。

 刃の激突は一瞬。

 一瞬のなかで均衡でも連撃でもなく、それはハイアに襲い掛かった。

 

「……え?」

 

 炎の如き剄の津波だ。

 その動きは火花が撒き散らされるよりも速い。

 サイハーデン刀争術、『焰切(ほむらき)り』。

 

「くあぁっ」

 

 居合の如き斬撃と衝剄の二段攻撃。

 刀身に奔る衝剄が赤く染まり、炎が舞うかのようなことから焰切り。

 サイハーデン刀争術の最も基本的な剄技が、ハイアを焼いたのだ。

 思わず飛び退きながら、ハイアは纏わり付いてくる焰を切り払った。

 

「お前ぇ……!」

 

 ハイアの形相には怒りしかない。

 それを見てレイフォンが思うことは、くだらなさ、だった。

 ……どうせ剄量を誤魔化(ごまか)してるとか言うんだろうなぁ。

 ため息すら出てきそうだったが、なんとかそれだけは(こら)えながらレイフォンはハイアの言葉を待つ。

 

「お前、剄量の制限を破りやがったな!」

「本当にそう思っているのか? ──愚かなことだ(foolishness)

 

 ●

 

「やっぱりレイフォンってとんでもないや」

 

 レイフォンとハイアの決闘。

 凄まじい戦闘を映し出す巨大ディスプレイを見上げながら、ハーレイは分かりきった評価を口にしていた。

 隣に座るシャーニッドからすれば誰もが知る事実でしかない。

 

「んなこと誰でも分かってるよ」

「そうじゃなくて。純粋に剄を扱う技量のことだよ」

「それだって分かってる。どんな剄技だって簡単に使ってみせるんだぜ? バケモンだよ」

 

 第十七小隊の武芸者を指導するとき、レイフォンはその剄技を使ってみせることがある。

 一度見ただけの剄技を簡単に使いこなし、実戦でどう使うべきかを簡単そうに言い放つのだ。

 ニーナもシャーニッドも、ナルキですら被害を被った。

 実際にお手本を目の前で示されるのだからこれ以上ない指導と言える。

 唯一レイフォンに欠点があるとすれば、剄技の習得についての助言を一切望めないことくらいだろう。

 ただ、ハーレイが言及しているのはそういうレベルのことではなかった。

 

「んー、ちょっと前にさ。キリクと二人で錬金鋼を測定してほしいって、レイフォンに呼び出されたことがあってね」

「測定? 錬金鋼のなにを測るってんだ?」

「ほら、第十七小隊に入隊するときに見せてくれたあの剄技。連弾ってやつ」

 

 シャーニッドにとって忘れがたいのは自分たちをぶちのめした規格外の武芸だ。

 しかし、確かに覚えてはいる。

 レイフォンが剄を練るだけで形にせず、錬金鋼の外側に滞留(たいりゅう)させていたことを。

 

「……あの錬金鋼が劣化して崩れちまったヤツだっけ」

「そうそれ。で、レイフォンはその劣化が始まる条件とタイミングが知りたがってたんだ。連弾を使ったとき、どれくらいの剄量を留めたらコンマ何秒で劣化が開始されるのか。まあ結論から言っちゃうと、剄量の多寡(たか)で劣化が始まるタイミングは若干違ったのは確かだけど、正直大きな差はなかったんだ。劣化の開始タイミングよりも劣化速度に違いが出たくらいだったしね。でもレイフォンが知りたかったのは開始する瞬間であってその劣化が開始されるタイミングが一定かどうか。違うなら何を条件に変わるのか。ランダム性はあるのかってことでね。一番の問題は劣化までの時間が一定かどうかもそうだけど、その時間は累積で消費してしまうのか、一旦区切れば最初からリカウントなのかなんだ。何本も錬金鋼をダメにしたけど、統計的に有意ってレベルじゃなくてほぼほぼ確定で劣化開始のタイミングは一定だって分かったんだ。正直僕らも最初は誤差だとしか思ってなかったんだけど、剄量次第で確かにタイミングの推移に傾向があることが分かって、でも体感でいうならぶっちゃけ──」

「あー、わかったわかった。分からんてことが分かったからもういい」

「あ、ごめん」

 

 研究オタクがしゃべり始めたら止まらないことこの上ない。

 しかも筋道のある話の並びじゃなくて思いついたまま口から出てきてるだけなので、聞いていても理解できるのは同じ研究者だけである。

 

「それで? 専門的なことなんて言われてもよく分かんねぇよ。レイフォンはなんでそんなことを調べさせたんだ?」

 

 簡潔にな、とシャーニッドが付け加えれば、ハーレイはしばらく悩む様子を見せた。

 そのまま止まっていたかと思うと、ややあってから、

 

「……連弾を使ったときにさ。錬金鋼が劣化を始めるまでの時間が分かれば、錬金鋼を劣化させずに連弾を使えるかもって言ってた」

「なるほど。道理といえば道理だけどよ。実際どの程度だったんだ? 錬金鋼が劣化しないまま連弾を使ってられる時間ってのは」

 

 シャーニッドからすれば何気ない問い。

 それを聞いたハーレイは、映像を(にら)むように見上げながら告げた。

 

「──0.06秒から0.09秒」

「────」

 

 コンマ一秒ではない。

 最長でコンマ一秒未満。

 練り上げた剄を剄技というカタチに変化させる猶予が、だ。

 それは想像を絶する数字だった。

 人間の限界に挑むが如き刹那だった。

 

「つくづく人間の潜在能力って凄いと思ったんだ。まるで現実的な数字じゃないのに、それを実際にやってしまう武芸者が居るんだから」

 

 ●

 

 連弾を使い始めてからのレイフォンは、完全にハイアを圧倒していた。

 レイフォンを応援していた観客達すら黙り込んでしまうほどの強さだった。

 グレンダンであれば順当な結果でもツェルニにおいては違う。

 レイフォンがどれだけ常軌を逸した武芸者かを知らない者がほとんどなのだ。

 一方で、サリンバン教導傭兵団はグレンダンの勇名を世に知らしめた立役者であり、その武勇は広く知られている。

 噂において勇ましい武名を誇り、ましてその教導を受けたツェルニの若き武芸者たちにとって絶対的な上位者であった。

 その上位者を相手にレイフォンは勝利しつつある。

 一進一退どころではなく一方的に。

 それでもハイアは蹂躙されまいと、かろうじて耐えていた。

 

「剣技でも俺より上なんだろう? 何かしてみたらどうだ」

「くそ、がっ……!」

 

 ハイアが刀を振えば、それ以上の速度で叩き潰された。

 外力系衝剄の連弾変化、『重ね閃断』。

 蝕壊での斬撃と同時。

 ついでのように放たれる剄技から逃れようと身を躱せば、それを許さないとばかりに打ち付けられる。

 避けようとした剄技と刀の一撃をぶち込まれてしまうのだ。

 

「があああっ!」

「次だ」

 

 すぐに次が来る。

 防御しようにもレイフォンの放つ全ての斬撃が蝕壊。

 これでは錬金鋼を失わないためにハイアも蝕壊を使う以外に手段がない。

 だが蝕壊を使っていては他の剄技を使うことはできない。

 レイフォンの斬撃を崩れた姿勢でなんとか受け止めれば、

 サイハーデン刀争術の連弾変化、『重ね焰切り』。

 

「う゛ぅ……っ!」

 

 焰が身体を焼いていく。

 耐えることしかできないハイアに対して、それでもレイフォンは手を緩めず、さらに追撃。

 サイハーデン刀争術の連弾変化。『焰重ね』。

 焰切りで動きを封じた相手に放たれる二の太刀。

 容赦なくぶち込まれた。

 

「────」

 

 ハイアが後方へと吹っ飛んでいった。

 浮遊する感覚の中で、全身の苦痛を歯を食いしばって耐える。

 喉の奥からせり上がるモノを強引に飲み込んで、呼吸をひとつ。

 勢いをそのまま推進力として利用し、後方の雑木林のゾーンへと逃げるしかない。

 身体を捻って回転させて足を地面に。

 内力系活剄の変化、『水鏡渡(みかがみわた)り』。

 ハイアが速度を一気に上げる、そのときだ。

 

「──遅すぎる」

「!」

 

 サイハーデン刀争術の連弾変化、『焰重ね・紅布』。

 水鏡渡りで先回りしていたレイフォンから炎の瀑布が叩き込まれた。

 炎の奔流に飲まれたハイアは思う。

 ……なるほど。こいつはとんでもないバケモノさ……。

 何をしても通じない手応えの無さ。

 どうやっても一手で踏み越えてくる無法なまでの力強さ。

 パワーやスピード、技巧、剄技でもない。

 どれだけ遠いのかも分からないほど(へだ)たる実力差を認識するしかなかった。

 戦況においては蝕壊の他に剄技を使えている点が大きな要因ともいえる。

 しかし、違う。

 蝕壊と蝕壊を真っ向から打ち合うことで思い知ったのだ。

 自分よりも効率的に活剄を使用し、自分よりも剄を繊細に扱い、自分よりも流麗に剄技を成せる。

 純然たる実力差がある、と。

 

「それでも、諦める理由にはならないさ~」

 

 レイフォンの放った瀑布には剄の残滓(ざんし)が残っている。

 だから、とハイアはその剄を炎剄として再利用。

 無数の炎刃を形成して放たれるサイハーデンの大技。

 サイハーデン刀争術、『焰返し・火重ね練刃』。

 炎刃が群れを成してハイアの周囲から放たれた。

 渾身の炎撃がレイフォンを飲み込まんと殺到する。

 

「──さすがに飽きたな」

 

 だが、レイフォンの視線は冷ややかなものだった。

 レイフォンの周囲で黄金の剄が半ば物質化して収束。

 数にして五本の黄金の剣となる。

 五本の剣は水平に構えられた大剣の周囲を旋回し始め、それは掘削(くっさく)の様相を見せていた。

 外力系衝剄の化練変化、『刃鎧(じんがい)』。

 レイフォンが大剣ごと突き出すように突っ込むと、無数の炎刃を砕いて直進。

 攻防一体のスティンガーは火重ね練刃の殺傷範囲を轟然とぶち抜きながら、ハイアへとぶち込まれた。

 

「!」

 

 ハイアは本能的に身を躱していた。

 そうでなければ貫かれていた。

 刃引きした錬金鋼(ダイト)であることを忘れて、そう感じるほどに鋭い一撃だった。

 前進する二人は交差した瞬間、視線が(から)む。

 その瞬間、ハイアは直感していた。

 ……やばい。

 思考は危険信号で一杯だった。

 咄嗟(とっさ)の回避によって完全に姿勢が崩れているのに、レイフォンはもう次が攻撃を始めている。

 直後。

 白光がハイアにぶちこまれていた。

 外力系衝剄の化練変化、『日輪脚』。

 獣を模した具足が白を纏い、股関節を支点に美しい弧を描いたのだ。

 

「……!」

 

 内力系活剄の変化、『トリックアップ』。

 ハイアの打ち上げられた上空へ、瞬時に移動したレイフォンが再び白を纏う。

 今度は脚だけではなく全身を前方向へと高速に回転。

 波打つ剄が打撃となって連打を生んだ。

 外力系衝剄の化練変化、『月輪(がちりん)』。

 剄による連撃の締めはレイフォン渾身のかかと落とし。

 上からぶち込まれた。

 ハイアが地面へと高速で落下していく。

 それよりも速く地面に降り立っていたレイフォンは、神速の抜刀による打ち上げを叩き込み、流れるようにして三度、絶技が煌めいた。

 外力系衝剄の化練変化、『次元斬』。

 

「が、ぁ…………」

 

 上へ下へと何度も吹き飛ばされたことでハイアの意識はもはや消失寸前だった。

 感覚を狂わされて、今も自分が転がされていることすら理解できていない。

 ラウンドトリップ。

 放り投げられた大剣を、定位置で回転させ続けることで敵の落下を許さない剄技。

 地面への着地も逃亡も許さないある種の停滞を作ったのだ。

 数秒の停滞は次への(つな)ぎ。

 その間に、限界まで溜められた白い極光が敵を照らすことになる。

 外力系衝剄の化練変化、『ビーストアッパー(昇龍裂破)』。

 龍が天に昇るが如き極大の二連撃がハイアへとぶち込まれた。

 剄が無数の打撃を成し、拳が打ち砕き、抉り撃った。

 凶悪なまでの連撃がハイアを高く吹き飛ばす。

 空中に放り投げられたハイアを見ることなく、着地したレイフォンは息を吐く。

 

「……まあ、この程度だろうな」

 

 危険な角度で墜落するハイアに背を向けて歩きながら、ぼやくようにそう言った。

 

 ●

 

『け、決着! 決着──! 勝者は我らが最強アタッカー、レイフォン・アルセイフだあ──!!』

 

 実況が叫び、観客たちも理解した。

 名高きグレンダンの傭兵よりも、レイフォン・アルセイフはもっともっと強いのだ、と。

 そんな規格外の武芸者がツェルニに居るのだ、と。

 

「────!」

 

 野戦グランドに歓声が爆発した。

 誰もが不安だったのからだ。

 これから始まる武芸大会で負ければツェルニはセルニウム鉱山を失い、廃墟となってしまうかもしれないから。

 小隊長たちの決闘でも強さを示す者は居た。

 ニーナ・アントークやゴルネオ・ルッケンス、ヴァンゼ・ハイディが居た。

 だが、レイフォンの強さはまさに圧倒的だったのだ。

 不安と恐怖を吹き飛ばすほどに。

 

「……すごい」

「あんなに強かったんだ、アルセイフって」

「これなら、これなら……!」

「ああ、ツェルニは勝てるかもしれない!」

 

 彼らは無数の称賛を口にしていた。

 レイフォンが居れば勝てる、と。

 これまで負け続けた武芸科への不安、その裏返しかもしれない。

 それでも本当に勝てる。

 ツェルニは生き残れるという確かな希望を抱くために必要な灯火(ともしび)だったのだ。

 

 ●

 

 騒がしい祭りを終えて数日。

 ツェルニは都市戦に向けての本格的な演習に突入した。

 陣形の構築練習。

 念威繰者たちによる通信索敵網の分担決め。

 小隊長の指揮による都市内での模擬戦闘。

 長距離射撃専門者による砲撃部隊の編制。

 そのすべてが武芸大会に向けての準備であった。

 そうして、慌ただしい毎日を過ごしていたツェルニに、その時が来る。

 都市接近の報が届いたのだ。

 知らせを聞いた生徒会長カリアン・ロスは即座に武芸科長ヴァンゼをはじめとする生徒会役員を招集し、作戦本部を開設。

 都市防衛システムの起動準備、本決定していなかった一般武芸科生徒たちの隊分けの確定、シェルターの最終チェックが進めれていく。

 都市発見の報より一時間。

 その都市の名が学園都市マイアスであることが判明する。

 カリアンは、この日のためにレイフォン・アルセイフを武芸科に転科させた。

 だから、会議の前に呼び出して話さなくてはならない。

 カリアンとヴァンゼは、一時的に空になった生徒会長室でレイフォンと顔を合わせることになった。

 

「ようやくこの日が来た。レイフォン君、勝つために最善を尽くしてもらいたいが、君の力は大きすぎる。これはヴァンゼとも合意したことでね」

「編制と作戦は午後に発表の予定だが、まず確認しておきたい。第十七小隊は一般武芸科生徒を率いることなく、単独でマイアスに潜入して生徒会の占拠、あるいは内部からの攪乱(かくらん)に当たってもらうつもりだ。アルセイフの戦闘能力は集団戦で用いるには逸脱しすぎているからだ」

 

 二人がレイフォンへと事前情報の()り合わせを行った。

 それを受けたレイフォンはふむ、と頷いてからカリアンへと視線を送った。

 

「その前に確認だ。勝敗の条件はなんだ? 戦争なら始末すればいいが、武芸大会は違うのだろう?」

「ああ、すまない。そうだったね。互いの都市の防衛拠点に都市旗を掲げるポールを用意することになっている。そのポールを奪われた時点で敗北だよ」

「つまり、ポールさえ奪われなければ負けない?」

「……そうなる」

 

 ヴァンゼの同意を聞いたレイフォンは、ならば、と前置きしてこう言った。

 

「俺がポールを護れば確実に敗北はない。一人でもな。運用は任せる。好きにしろ」

「ふむ……。あとのことを考えてレイフォン君を前線に出さず、勝利して全体の士気を上げる。ヴァンゼ、これはアリかい?」

「ナシでは、……ないな。だがそれも相手次第だぞ。マイアスのことは知っているか?」

 

 カリアンとて学園都市の名前をすべて把握などできない。

 それでも戦績のよかった都市の名前は自然と伝わってくるものだ。

 そういう聞き方をした名前ではない。

 だから、とカリアンは手元の端末を操作してマイアスの戦績を表示した。

 

「前回の戦績はこれ。学園都市連盟の発表によれば二戦して一勝一敗だそうだね」

「目立った武芸者とかは居るのか?」

「私は知らない。でもレイフォン君は知っているよ」

「なに?」

「……そうだな」

 

 シュナイバルからの依頼でレイフォンは学園都市マイアスを訪れたことがある。

 雄性一期と戦う学生たちの様子も、わずかではあるが見ている。

 しっかり見ていたわけではないが、まるで知らないとは言えないのだ。

 だから、とレイフォンはそれを思い出しながら思案。

 

「大して違いはないと思うがな」

「レイフォン君の基準だと誰でもそうではないかい?」

 

 カリアンは苦笑してそう言った。

 レイフォンはあまりにも強すぎるからだ。

 学生どころではなく、一般的な都市で最強と称される武芸者でも見上げるしかない本物の規格外。

 彼の基準で見れば、学生など全員同じにしか見えないだろうことは想像に難くない。

 

「……汚染獣と戦う様子を見ての判断だ」

「どうだった?」

「雄性一期の成りたてに剄羅砲を使っていた。接敵した時点で殺したから具体的なことは知らんが、全体の動きとしてはお前たちと変わらない。人数差が戦力差になりそうに見える」

 

 レイフォンの評価を聞いたカリアンはなるほど、と頷いた。

 それからヴァンゼを見ると、彼も頷きをひとつ。

 だから、とカリアンは腕を組んでレイフォンへと視線を向ける。

 

「ありがとう、参考になったよ。具体的にどうするかはこれからヴァンゼも含めて会議で決定しよう。午後の発表を待ってくれるかい?」

「分かった」

 

 そう言って、レイフォンは生徒会長室をあとにする。

 それを見送ってから、さて、とカリアンは席を立った。

 

「彼がこちらの指揮通りに動いてくれるのはありがたいね。確実に勝てる大駒(おおごま)だ。どう配置するか、会議用に考えないといけないね?」

「全くだ。だが、俺は用意した作戦の通り前線配置でいいと思うが」

「それも含めて検討だね。時間がない、急ごうか」

 

 カリアンとヴァンゼは役員たちの待つ会議室へと足早に去っていった。

 

 ●

 

 レイフォンは思う。

 もういい時期だろう、と。

 いつも帰っていた通りを歩きながら、見上げれば都市旗が遠くに見える。

 剣を(くわ)えた獅子の胴体を持つ竜。

 槍殻都市グレンダンの都市旗だ。

 原作を知るレイフォンは、そろそろだと知っている。

 マイアス戦を経て、都市間抗争を超えればやつらとの戦争が始まってしまう。

 その時になってからでは遅いのだ。

 だから行く。

 敷地の門扉となっているフェンスを押せば、金属の(こす)れる耳障りな音が鳴った。

 敷地の入り口から孤児院までをゆっくりと歩いていると、懐かしい香りが鼻腔を刺激する。

 

「……今日はカレーか」

 

 正面玄関を回って、キッチン側へ。

 扉を開けて中を見れば、リーリンが野菜を手慣れた手つきで切っているところだった。

 だから、とレイフォンは素早く手を洗う。

 リーリンと並び、ボウルに用意されたジャガイモを手に取って皮をピーラーで剥いていく。

 

「ん、ありがとう」

「ああ」

 

 リーリンが洗った野菜をレイフォンへと渡すと、レイフォンは食べやすいサイズへとカットする。

 二人の間に言葉はない。

 その状況を当たり前だと思っている空気があるだけだ。

 火加減をリーリンが見て、レイフォンが刃物を扱う。

 そのほうが効率がいいという経験だった。

 そうして、具材を全部カレーに放り込んだリーリンは、焦げないように鍋をかき混ぜながら言った。

 それはいつもの、穏やかな日常のような声色で、

 

「ねぇ、レイフォン。私、逃げないよ」

「……………………そうか」

 

 レイフォンは喉元まで来ていた言葉を飲み込んで、そう答えるのが精一杯だった。

 本当にいいのか。

 逃げてもいいんだ。

 俺が連れていく。

 そういった言葉を口にしてしまいたかった。

 だからこそ、続く言葉に息を飲んだ。

 

「わたしの大切な人は、きっと逃げたくないだろうから」

「────」

「念のために言っておくけど、あなたのことだからね?」

「…………」

 

 なんて言ったらいいのか分からなかった。

 レイフォンはリーリンの心身を護るために。

 リーリンはレイフォンと共に生きるために。

 そんな関係が心を温かくしてくれた。

 だからレイフォンは、照れくささを隠すように優しく髪を()でることにした。

 

「……ずるいんだから……」

 

 ●




サアラ「デートは?」
リーリン「は?」


また呼ばれたことは知ってる。
更新遅くてゴメンね。
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