~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 二つ目。

 それは雷光迸る、金と青の光の激突。

 シンプルな目的と、覚悟。
 乗り越えるべき壁、最初に決めた決意。

 強さと優しさを、迷いの先で得るために――少女は己が絆を再確認した。


第十三章 過去へ続く、路を巡る戦い

 V.S.雷光(レヴィ) ――もっと向こうに、更に先へ――

 

 

 

 シュテルが敗北を喫したのと時を同じくして――

 水族館エリアで、レヴィとフェイトが戦闘を開始していた。

 

 だが、その戦闘の光景は他に比べると殺伐とした雰囲気は皆無であった。

 フェイトと刃を交わしながら飛び回るレヴィは、実に楽しそうにしている。最初の宣言の通り、本当に遊びと同じ様な感覚で戦っているらしい。

 水槽の立ち並ぶ通路を飛び交いながら、レヴィは機嫌よく手に持った戦斧(バルニフィカス)を気ままに振り回す。

「フ〜、きゃっほ〜い♪」

 無邪気な声とは裏腹に、振り回された余波で周囲の水槽に亀裂が走り、破損が広がってしまう。

「く……あぁ、もう!」

 漏れ出す水を浴びながら、フェイトは困った様に眉を寄せる。

 確かにレヴィには〝悪意〟の類はない。

 本当に気ままに、ただ無邪気に遊んでいるだけのつもりにも見える。――だが、彼女の持った力を無差別に振るう事を〝遊び〟というには、些か度が過ぎていた。

「物を壊さない! ここは遊んじゃいけない場所です!」

 大きすぎる力を、無差別に振るってはいけない。

 たくさんの人が大切に思っている場所を壊してはいけないのだと、フェイトはレヴィにそう注意した。

「えー、なんでー?」

 しかし、注意されてもレヴィは悪びれることもなく、聞き入れようともしない。そんな我儘とも取れる返しに、流石にフェイトも少し口調が強くなってしまう。

「何でも! どうしても!」

「……むぅ」

 再度注意されるも、レヴィはますます不満そうに口を尖らせるばかり。挙句、あろうことか駄々を捏ねる様にフェイトに背を向け、天井部分にある水槽を壊そうとする始末。

 慌ててそれを止めようとするがフェイトだったが、迎撃に力が籠もってしまい――二人の刃の激突によって生じた余波が、また水槽を壊してしまう。

「あぁ、また……っ」

 力の加減を掴み切れずにいるフェイトだが、戦っている筈の自分よりも施設を優先する態度を見せられ、レヴィは不満げである。

「ふん――!」

「!? く……っ!」

 面白くないとでも言う様に攻撃を仕掛けるが、先ほどの二の前にはなるまいと回避ばかりを選ぶフェイトに、ますますレヴィは不満げだ。

「むぅ……。この辺の物、壊すとダメなの?」

「ダメなのっ。みんなが頑張って作ってる場所なんだから――!」

 ごく自然な理由ではあるが、どうやらその回答はお気に召さなかったらしい。

 レヴィは俄然攻撃の手を強める。フェイトに戦えと急かす様にして仕掛けられた攻撃を、フェイトはどうにか周囲に被害を出さない様に受け切ろうとした。

「よっ、と!」

「っ……!」

 が、そんなフェイトにレヴィはより強い一撃を見舞う。そうして鍔迫り合いに持ち込むと、力任せにフェイトを後方へ弾き飛ばしながらこう訊ねる。

「それ、ボクになんか関係ある?」

 本来であれば、ここは即答するべき場面であったのだろう。しかし、レヴィの質問に対し、フェイトは直ぐに応えを返せずにいた。 

「…………それ、は」

 何故と言うわけでもない。

 所詮はただの建物。自分には関係ないもので、どうでもいいもの。

 仮にそう言い切られてしまったらと思うと、レヴィになんと言うべきなのか、フェイトは迷ってしまう。

 守るための理由ならたくさんあった。

 けれど、レヴィにとって此処は価値のある場所ではない――だとすれば、いったい自分は何を伝えれば良いというのか。

「――――」

 この迷いこそが、フェイトの弱さ。他者にエゴを押し付ける事を躊躇う姿勢そのものだ。

 救いたい。守りたい。

 抱いた思いがいくら強くとも、押し付けることが出来ない。

 しかし、諦められるものでもない。

 まるっきりこれでは禅問答。延々と続く、帰着を得ない言葉遊びのようなものだ。

 表情を曇らせるフェイトに、レヴィはどこか居心地の悪さを感じてしまう。

「ま。狭い場所だとやり辛いっちゃ、やり辛いし――場所変えよっか?」

 そこでレヴィは、フェイトにこんな提案を投げる。

 余分な思考よりも優先するものがある。

 あくまで彼女にとって、戦いは楽しいもの。相手を倒す以上の過程と結果を必要としないが、だからこそ貶める気もない。そうした無邪気な思考こそが、レヴィの根幹。

 故に彼女は場所を変える提案をした。

 ――――面倒な言葉遊びなどよりも、もっと鮮烈に戦える場所がいる。

 そう考えて、レヴィは保有する《オールストン・シー》のマップデータを参照して、最適な場所を探し出す。

「いい場所みぃ〜っけ♪ ――ついてきて!」

「あ、ちょっと……!」

 ニカッと笑い、レヴィは嬉しさを隠しもせずに水槽の区画から飛び出して行く。止める間もなく飛び出されてしまった為、逃すわけにもいかずフェイトも追走をかける。

 ほどなくして、水槽を通じて外へ出た二人がたどり着いたのは、海を観客席で囲った巨大な水上ステージ。

 いわゆる水上ショーを行う為の舞台だが、どうやらレヴィはこの場所を戦いの場に選んだらしい。

「うんうん。此処此処〜♪」

 満足そうに頷くと、「此処なら良いでしょ?」といって得意そうな笑みを浮かべる。

 広さもあり、またアトラクションの側というわけでもない。

 確かに戦いの場としては、水族館の内部よりはよほどいいと言えるが――。

「うーん。いいんだけど、やっぱり暗いとつまんないねぇ」

 暫し周囲を見渡すと、レヴィは少し物足りなさそうに呟いた。

 とはいえ、警戒態勢の中では当然施設に通常通りの給電がされているはずもない。

 であればと、レヴィは指を鳴らして空から落雷を呼ぶ。何をするのかと思えば、電気の流れを操って周囲の照明や設備を起動させて舞台をライトアップさせた。

 周囲が鮮やかに照らし出され、先ほどまでとは打て変わって華やかに変わる。

 それをみて、レヴィは今度こそ満足そうに笑う。

「出来たぁ〜! ね? ね? これならいいでしょ〜。綺麗でたのし〜♪」

 レヴィは本当に無邪気だ。

 自分の力を使える事を楽しんでいるだけにも見えるが、しかし彼女はこの遊園地を襲撃した犯人の一人。

 それは紛れもない事実であるが、フェイトはどうしても腑に落ちない。

 脅されている風でもなく、襲撃を掛ける理由を持っている様にも見えない。だというのに、こうしてレヴィがこの場所で戦っている理由は何か――。

 状況から見れば、恐らくはキリエたちの側についているのだろう。

 だが、だったら何故これまで出てこなかった? これまで存在すら感じさせなかった理由はいったい何か? ――そして、どうして自分と同じ顔をしているのか?

「……ねぇレヴィ、あなたどこの子?」

 不明瞭な事柄を少しでも晴らそうと、とにかくフェイトは立ち位置を確かめる。

 しかし、対するレヴィの答えはこうだ。

「どこの子って、ボクは王様の臣下で、シュテるんの親友(マブダチ)

 王様がね? キミらをなるべく足止めして、出来るならやっつけてこいって言うから、ボクとシュテるんは頑張るの!」

 キリエでもイリスでもなく、〝王様〟と〝シュテるん〟――それがレヴィの仲間であるらしい。

 全く聞き覚えのない第三者の名前に、フェイトはもう一度重ねて問う。

「〝王様〟って言うのは、キリエさんの関係者……?」

 だが、

「――――王様は、王様だよっ!」

 レヴィは問いを突っぱね、どうでも良いと言うかの様に戦斧(バルニフィカス)を横に薙ぐ。すると、合わせる様にしてバルフィニカスが形を変えた。

 刺々しい刃が開き、そこから青い光刃(ブレード)が顔を覗かせたその姿は――バルニフィカスの第二形態。

 薙刀状の形を取った、『スライサー』と呼ばれる姿である。

 しかし、それはあくまでデバイスの変化に過ぎない。フェイトが驚いたのは、むしろそれに伴った余波の方だ。

 あまりにも強すぎる力が、行き場を失った様に周囲へと漏れ出した。

 迸る青い雷撃が海を逆立て、荒れた波間が揺れる。もうこれ以上の我慢など出来ないと言わんばかりに、レヴィは自身の周囲に有り余る力をぶちまけた。

「ねぇ、もういーい? ずーっと眠ってて退屈だったからさー。良い遊び相手が見つかって、ボクは結構ゴキゲンなんだ。

 さあ。遊んであげるからさぁ……さっさと、かかってこぉぉぉ――いッッッ!!!!!!」

 凄まじい電撃が奔る。

 まるで蜘蛛の巣の様に四方八方へ散らされたそれが、水柱を立てて海面を更に荒らして行く。

「ぅ、レヴィ――――っ!?」

 これ以上は周辺を壊しかねない。フェイトはレヴィに制止をかけようとしたが、それより先にレヴィの方からフェイトに切り掛かってきた。

「ふ――、せぁああああっ!!」

 自分立てた水の柱を突き破って、猛然と畳み掛けてくるレヴィ。

 向けられた攻撃を抑えながらも、どうにかフェイトは説得しようと足掻く。

「ぐっ、レヴィ……! 遊ぶのは、あとじゃダメ……!?」

「なんだよ、しつこいぞっ!」

 だが、レヴィはしつこいをフェイトの言葉を跳ね除けるばかり。

 しかしいくら跳ね除けられようと、フェイトだって諦めるわけにはいかない。

 幾度となく切り結びながらも、根気強く説得を続けていく。

「今、キリエさんを中心に事件が起こってて、たくさんの人が困ることになるかもしれないの。わたしは、それを止めたくて――!」

「ダメだってばぁ。ボクは王様に、キミたちを『やっつけろ』って命令されてるんだしっ!」

 ぶつかり合う意志と意志。

 互いに譲れないものがあるのは間違い無く、決して曲げられないものでもある。

「……だけど!」

 だからこそ、壊されるわけにはいかない。

 他人の場所を壊してでも得る願いを、認めるわけにはいかない。

 強く思う心に呼応する様に、フェイトの一撃は重くレヴィを押し飛ばす。

「っ、……だいたい! 人が困るったって、そんなの――」

 しかし、レヴィもやられてばかりではない。

 海面まで押されはしたが、距離が開いたのなら別の手に出るまでの事。

 体制を立て直すや、直ぐ様次撃に出る。

「――ボクの知らないヒトだし、ねっ!」

 バルニフィカスを大きく振り払うと、魔力刃の部分が高速で打ち出される。

 ブーメランの様に回転しながら迫る三日月の刃は、フェイトの持つ『ハーケンセイバー』という魔法にそっくりだ。しかし、レヴィはただ魔力刃を射出しただけではない。

 単一に見えた刃が、次の瞬間――無数の刃へと分裂した。

「!?」

 標的へ向かう間に分裂し迫る刃に追われるフェイトだったが、多数の攻撃や取り囲む攻撃というだけならば、シグナムやなのはとの模擬戦で経験はある。

 そもそもこんなところで負けている様では、事件を止めることなど出来ない。

「フ――っ!」

 追尾する刃を、先に被弾するものから順に落として行く。

 まずは振り下ろし、次に右払い。そこから更に上昇して後転したところで、自分を取り巻く様な位置にまで誘導した残りの刃を、身体を回転させた勢いのままに斬り払った。

「おぉ〜〜っ!!」

 そんなフェイトを見て、「そうこなくては」と言わんばかりに、レヴィは嬉しそうな声を上げる。

 ここまで切り結んでも、レヴィは本当に感心しているだけ、無邪気に楽しんでいるだけなのだろう。

 戦いを楽しむのは、一概に悪いことではない。

 しかし、だからこそフェイトはレヴィに伝えなければならない事がある。

「レヴィ」

「???」

「さっき、困るのが知らない人だって言ってたけど……今は知らない人でも、いつかその人とレヴィが出会うかもしれない。レヴィの〝大切な人〟になるかもしれないよ?」

 そう。知らないだけで、いつか巡り会う時が来るかもしれない。

 違う世界や違う場所。

 違う生き方があって、違う当たり前があった。

 だけど、それさえも超えて紡がれた絆をフェイトは経験し、同時にいくつも見てきた。それを知っているからこそ、どうでもいいと他人を切り捨てる考えのままで固まって欲しくなかった。

 伝えたいと、そう思ったのだ。

「――――むむぅ、その発想はなかった……」

 真摯な訴えが効いたのか、或いは単純に発想の違いに驚いたのか。どちらなのかは定かではないが、ともかくレヴィはフェイトの言葉に思うところがあったらしい。

 そもそも、レヴィが戦う理由は〝王様〟に頼まれたからである。

 つまり願いを聞き入れるに足る人がいる以上、そうなる可能性を切り捨てるのは如何なものか。

 楽しい事だってあるだろうに、むざむざ捨てても良いものなのか?

 それが絶対の真理というわけではないが、やはり悩む。

 フェイトの言葉は少なくとも間違ってはいない。しかし、このまま受け入れては役目を果たせない。

「……うーん。でも、やっぱり大切な人が困るのは困るよねぇ……」

 双方がレヴィの目的に触れ、かすかに彼女の心が揺れ始めた。 

「そう――! だから、無差別に物を壊したり、誰かに迷惑をかけちゃダメなんだよ? たとえ、それが命令されたことでも、悪いことはしちゃいけないの……!」

 それを見て、フェイトはレヴィにちゃんと伝えようとした。

 悪いことはいけない、と。しかしそれは――この場においては僅かな誤りで、少しばかり早計な言葉だった。

「ん? ……っ!」

「だから――」

「ちょっい、ちょいまちフェイト! それってさぁ……ボクらの王様のコト、悪い人だって言ってるの?」

 気付いた時には、もう遅い。

 言葉を続けようとしたフェイトを遮って、レヴィは元々ツリ目がちな真珠色の瞳に、怒りを浮かべ始めた。

「え? ぁ、いや……ちがっ」

 それに気づき、慌てて誤解を訂正しようとしたが、説得を誤ってしまったフェイトに対し、レヴィは怒りを向けたまま、彼女の言葉を遮って聞こうとしない。

 ……決定的だ。

 敬愛する己が王のことを貶したフェイトを完全に敵と認識し、レヴィは彼女の言い分を全て切り捨てにかかる。

「王様はさぁ、ボクを良い子だって言ってくれた……! ごはんもおやつもくれたし、うんと優しくしてくれた! 一緒に眠ってくれた!」

 レヴィの心の高ぶりに同調するように、彼女の周りで紫電が奔る。

 同時に、彼女の激情に呼応するようにして、彼女の手にあるバルニフィカスが再び姿を変えた。

 最初の戦斧の姿である『クラッシャー』から、薙刀状の『スライサー』を経て、更に此処で見せる第三の形態。薙刀形態(スライサー)では開いていた斧刃が閉じ、魔力刃が消えた代わりに、今度は円形の両刃が生成される。

 大戦斧形態――『ギガクラッシャー』だ。

 破壊に特化したこの形態は、レヴィの怪力と合わせることで、爆発的な破壊力を生む。

 それこそ、建物や大型兵器の装甲であろうと、軽々と破ってしまうほどに――そんな容易く人を殺してしまうだけの力を伴うそれが、たった一人の少女に対して向けられている。

「王様は、ボクが世界中でたった一人、この人に付いて行くって決めた人だ! その王様を〝悪い人〟だとか言う奴は――ボクがこの手で、ぶち転がす!!」

 敬愛する人を侮辱されたと怒り、レヴィは本気でフェイトに襲い掛かる。

 そこにはもう、先ほどまであった戦いを楽しむ気概など欠片もない。あるのはただ、敵を倒すという意思のみ。

 相手が本気の抗戦を挑んでくる以上、戦わざるを得ないのは当然だ。

 しかし、発端の誤解だけは解いておかなくてはならない。そう思い、フェイトはレヴィに先程の言葉がそうでないと言おうとした。

 だが、

「レヴィ違うの! そうじゃなくて――ッ」

「違わない!」

 レヴィは、フェイトの言葉をもう聞こうとはしない。

 先程の言葉の意味がどうであれ、少なくとも自分の信じる人を貶されたという確信だけはあった。

 確かに、フェイトの言ったことが正しい面もあるだろう。けれど、そんなものは、今のレヴィがすべきことには必要ない。

 あくまで彼女は、自分の為に動く。

 例え、この先にどれだけの出会いが待ち構えていようとも――もしも、なんて出会いの為に今ある絆への侮辱を怒りとしない理由になど、なるはずもない。

「王様をディスる奴は悪い奴! 僕はそのくらいシンプルで良いって、シュテるんが言ってくれたもんね!」

 そう、至ってシンプルな解答だ。

 自分にとっての敵味方。

 守るべきか、倒すべきか。

 それらを決める理由など、その程度あれば十分すぎる――!

「レヴィ、わたしは……!」

「うっ、さいッ!!」

「っ――ぁ!?」

 なおも食い下がろうとしたフェイトが鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、レヴィはこれ以上口を開くなとでも言うかのように強引に吹き飛ばす。

 競り合った柄を、さらに上から叩きつけるようにした、力任せの一撃。

 しかし、そんな子供の癇癪の様な一撃も侮れない。常人離れした怪力によって繰り出された攻撃は、技量などという次元ではなかった。

 潜在能力がけた外れな分、まさしく暴力的なまでに苛烈な一撃へと昇華されている。

「ぅ……ぐ」

 けれど、だからこそ逆に急所を突くような一撃必殺の技ではない。客席の側に叩きつけられるも、どうにか体制を立て直せる程度にはまだ動けた。

 が、レヴィの攻撃はまだ終わってなどない。

 再び飛び掛かって来るレヴィの手にあるバルニフィカスが、また別の形態を取っている。それに気づくも、分析する暇などないまま振るわれた一撃が襲う。

「良いから黙って、やっつけられろ――ッ!!」

 叫んだ声と共に、フェイトは下から掬い上げられるように空中へと吹き飛ばされた。

 上から下へ、そして今度は下から上へ。

 連続する攻撃をもろに喰らってしまったフェイトは、万全の状態通りには動けない。

 彼女の様な高速機動を得意とする魔導師にとって、最も恐ろしいものは――離脱できる範囲を超えた広域攻撃と、近接戦闘に置いてケタ外れの力を持っている相手だ。

 幸いフェイトは魔力量においても優れているため、広域についてはまだ相殺の余地がある。

 主戦法としている近接に置いてもまた同様であるが、今回の状況は、彼女にとって圧倒的に不利過ぎた。

 敵は自身と同じ高速機動型で、同時にケタ外れの怪力を持っている。

 敵側がまだ冷静な状態ならいざ知らず、今は怒りのままにそのパワーをなりふり構わず振るってくる。

 ……状況は、実に最悪だと言って良い。

 まるで防御の上から物理的に圧殺されているような感覚だ。しかし、それらに苛まれながらもフェイトは、状況を変えようと足掻こうとしたが、その時――。

 レヴィの手に在ったバルフィニカスが、途方もない長さの大剣へと変貌していく。

 先程の掬い上げを喰らった瞬間、確かに変化しているのは見えていた。だが、その変化は彼女の予想を軽々と飛び越えてくる。

 大剣の型を視て、フェイトは自分のフルドライブを思い出す。

 けれどそれは、フェイトのモノとは全く違う。彼女は大剣形態(ザンバー)での斬撃を技としているが、レヴィが今から見せようとしているのは、そんなものではない。

 鋭さではなく、圧倒的な力で叩き潰して叩き切る。

 ――――正しく、それは暴力的なまでの〝力〟の強襲だった。

 

「蒼破――極ッ光斬!!!!」

 

 そうして、発せられた声と共に。

 青い光がフェイトの真上に振り下ろされ、手にしていたハルバードが砕けた瞬間――その光が彼女の事を呑み込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――――はぁ、すっきりした」

 

 割れた水面が閉じていく中、レヴィは手に持ったバルニフィカスを大剣形態(ブレイバー)から通常形態(クラッシャー)(リロード)しながら、満足そうにこう呟いた。

「……ん? フェイトー、どこ〜? 死んじゃった〜?」

 一通りやり終え得たと判断するや、レヴィはフェイトを探し始める。

 周囲をちょこちょこと移動しつつ、一向に姿の見当たらないフェイトを探しながらも、発せられた声は酷く軽いものだった。

 殺すという意味と、それに対する倫理観が伴っていないのである。水上ステージを崩壊させるほどの一撃を見舞ったにも関らず、そこに込められた思いは王を悪く言われたことに対する〝報復〟程度でしかない。

 ……此処が、彼女の恐ろしい所である。

 人一人を殺せそうなほどの力を振るいながらも、どれほどの怒りに苛まれていようとも、そこに伴う意識に殺すことに対する罪悪感が含まれることはない。

 無邪気さを伴った破壊の力。

 その痕が、まさしく今の状況そのものであった。

 

「――――あは。まだ生きてる!」

 

 そして、遂にレヴィはフェイトを見つけた。

 嬉しそうに笑みを浮かべる彼女は、相手とまだ遊べるかもしれない事を喜んでいるようにも見えるが、そこで自身の目的を思い返す。

「あ、いやいや。やっつけなきゃダメなんだった」

 一気に雰囲気から熱が失われていく。

 復活を待ってもいい。だが、レヴィは王様――つまりはディアーチェからこう命じられている。

 敵を倒してこい、と。

 ――ならば、このままフェイトを放置する事は出来ない。

 残念と言えばそうだが、役目を放棄するわけにもいかないのだ。『ギガクラッシャー』の形態から、『スライサー』にバルニフィカスを戻して、逆手に構える。そうして、青い刃を残骸の上に乗るフェイトへ向けて、レヴィは――。

「王様のため。シュテるんのために、一応トドメをね……。

 それじゃ――――バイバイ、フェイト」

 まるで「また明日ね」と別れを告げる様に軽く言って、レヴィはフェイトに刃を突き立てようと飛び掛かる。

 ――――が、しかし。

 次の瞬間、レヴィは不思議そうに首を傾げた。

 何故かと言えば、刃が刺さったのがフェイトの身体にではなく、乗っていた残骸にだったからだ。

 ……だが、おかしい。

 僅かにではあるが、生物に当たったような感覚があったのだ。

 なのに、刃が突きつけられたのは残骸。

 どういうことか、と呆けたような声を漏らすレヴィ。

「おりょ?」

 しかし、その数瞬の後――彼女は、さらに驚愕に呑まれることになった。

 彼女の手足を緑に輝く輪が拘束する。

「んぁー!? 何これ〜〜っっ!!!???」

 いきなり自分を拘束してきたそれを嫌がるようにしてジタバタともがく。

 いやいやとレヴィは暴れるが、手足のそれは外れない。

 伴う声は、喧しささえ感じさせるものだったが……逆にそれに釣られて、気を失っていたフェイトは目を覚ました。

 

(…………?)

 意識は戻ったものの、フェイトは自分が今どうなっているのか分からなかった。

 彼女が覚えているのは、レヴィの一撃を受けて、手に持ったハルバードが砕けた瞬間までの光景。

 だが、普通に考えれば自分が海に叩きつけられたのは間違いない。

 ……なのに、どういうわけなのか、フェイトの身体は冷えていなかった。それどころか、むしろ彼女を包む温もりは優しくて――――。

 

「…………よかった……」

 

 聞こえて来た声に合わせるように、フェイトの意識に掛かる靄が晴れた。

 とても聞きなれた声は、今の母のもの。

「……りん、でぃ……さん?」

 なんでここに? そう訊ねようとしたフェイトの問いかけよりも早く、華奢な身体が優しく包み込まれた。

「…………」

 とても温かな温もり――。

 安心する。湯に浸かったときの様な感覚が、自分を包んでいる。

 視界を覆うエメラルド色の髪は、どうやら幻ではなかった。本当にフェイトは今、義母(はは)であるリンディに抱きしめられている。

 状況を把握出来ない。出来ないが、それでも助けられたのだという事だけは判った。

 呆けた頭でも、礼を告げねばということくらいは浮かんでくる。……だが、張り詰めていた糸が切れるようにリンディの身体がフェイトに寄りかかってきた。

「ぅ……、――っ」

 苦し気な声を漏らすリンディ。

 どうしたのか、と彼女の背を見ると、そこは真っ赤に染まっていた。

「え……っ!? どう、して……?」

 漸く、晴れた頭が身体を動かす。

 力が抜けそうな身体を支えながら、フェイトは腹部の辺りにねじ切れそうなほどの焦燥を感じていた。

 それでも、擦れた声で「どうして?」と問いかける事だけは出来た。

 すると、リンディは苦しげな表情を少し緩め、こう言う。

「……大切な人が、危ない目に合っていて……帰って、こないかもしないのに……見ているだけなんて…………いやだもの」

 抜けかけた力を無理やりにでも戻す様にして、フェイトを抱きしめる。

 リンディは喪われていないことを確かめるように、家族の温もりをその身で確かめるようにして、やわらかく、優しくフェイトを抱きしめていた。

「……独りで、心細かったでしょ……? 独りにしてしまって、ごめんなさいね。でも、よかった……本当に、無事で……良かった……っ」

 危うく、また家族を失うところだった。

 しかし、守れた。

 今度はちゃんと、手が届いた。

 夫の時は、ただ泣くだけだった。

 手が届くはずも無く、むしろ守られていただけの存在でしかなかった。

 でも、今度は守ることが出来た。

 当たり前のことだが、なかなか難しい。

 ……けれど、約束したのだ。

 口先だけでなく、この子の家族になるのだと。

 やっと、母親らしいことが出来た。自己満足かも知れないが、二年前の約束をやっと守れたような気がしている。

 その想いは静かに、けれど確かな熱を伴ってフェイトに伝わっていく――。

 沁み渡って来るぬくもりに、焦燥は次第に薄れ、胸を埋めていく幸福はより熱さを増している。

 そうして零れだした(ねつ)を感じながら、フェイトはふと思い返す。

 たくさんの、大切な人の事を。

 

 始まりは偽りだった。

 代わりで、出来損ないでしかないと最後に言われた。

 ……だけど、その先で自分という存在を、たくさんの人が肯定してくれた。

 (プレシア)に命を貰い、(リニス)に育ててもらって、(アルフ)がずっとそばにいてくれて――そうして親友(なのは)たちと出会い、(アリシア)が背を押してくれて、家族(こたえ)を得た。

 何時だって、必ず傍に誰かがいた。

 だから、

「わたしは、独りじゃなかったよ……? わたしは一度だって、独りぼっちになんてなったことなかった――今だって、こんなに優しい家族の温もりが、傍にあるんだから……!」

 まだ立てる。まだやらなくちゃならないことがたくさんある。

 成し遂げたいことがあるのなら、こんなところでいつまでも竦んでいられない。

 心が、再び火を灯す。

 決意を胸に、フェイトはそっとリンディの背に手を当てた。

 治癒魔法は苦手だが、そこは先生たちが優秀だったこともあり、ある程度ならばできるはずだ。

 程なく傷は塞がり、リンディの顔色も穏やかになった。

 ――さあ、今こそもっと向こうへ。

「……うん。分かってるよ、バルディッシュ」

 燃えだした想いに呼応するように、黄金の輝きが闇を照らし始める。

 沈むなと云うように。

 もう一度飛ぼうと誘うように。

 或いは、守り抜こうと告げるように。

 

 ――ならば、もう迷うな。

 

 先へ進むのだ。

 間違ってしまったなら謝ろう。

 相手が過つのならばそれを止めよう。

 身勝手に思えようと、信じる道であるのならば。

 自分の生きる意味。何よりも遂げたい事の為。守りたいものの為に――。

 

(……ああ、やっと分かった)

 

 言葉に出来なかったのは、怖かったからじゃない。

 自分があやふやなままだったからだ。受け入れたつもりでも、自分が自分でそれを消してしまうのではないかと、勝手に思い込んでいたのである。

 これまでを置いて進むのではない。

 これまでを捨てて生きるのではない。

 元より、風化させることなど出来はしない。

 自分がそれを信じられるのなら、必ず。

 迷って、迷って、大回りをして……それでもやっと、辿り着けた。

 誰かが信じてくれているのなら、必ず。

 ――本当の〝優しくて強い〟存在になれる。

 きっかけも、見えた答えも、臆病さに隠されていただけ。

 ほんの少し、勇気を持てたのなら。

 きっと壁は越えられる。閉じていた翼は開ける。

 そうしてもっと向こうに、さらに先へ――――必ず飛べるはずだ。

 

「あの子を必ず説得してくるから、待っててね――母さん」

 

 新たな繋がり、漸く形を得た絆と共に。

 温かな母のまなざしを背に受けながら――フェイトは運命(みち)を切り開く為に、再びレヴィへと挑む。

 

「おまたせ、レヴィ」

 

 岩場を何度か跳び進んで、レヴィの居る場所と真っ直ぐ向かい合える位置まで移動したフェイトは、レヴィに戦いを中断させてしまったことを詫びた。

 けれど、レヴィもレヴィであっさりバインドに捕まってしまった事を拗ねているらしく、フェイトの謝罪を突っぱねるようにして「待ってないし! 別にこんなので時間とってないし!」と、ヘンに強気な返答を返してくる。

「だいたいなんだよ、仲間に助けてもらうとかズルっこだし!」

 加えて、リンディを指さして異議を唱えても来た。

 確かに勝負のやり直しを第三者に手伝ってもらった以上、多少なり不公平感は生まれなくはない。

「レヴィもロボット使ってたし、おあいこだよ」

 しかし、もうフェイトに迷いはない。先程のような迷いなどもう捨て、落ち着いた状態で、自信を持ってちゃんと返答(こたえ)を言える。

 すっかりうじうじした部分が消えてしまったフェイトに、レヴィは反論できず、面白くなさそうに口をとがらせた。

 ただ、黙っているのは悔しかったのか、レヴィはこんなことを訊いて来た。

「むぅ…………、ねぇ」

「?」

「あのヒトって、フェイトの〝お母さん〟?」

 レヴィは少し半目気味でリンディを見据えている。そこに込められた思いはどんなものだったのか、フェイトには判らない。

 でも、答えは決まっていた。

「うん。わたしのお母さんだよ」

 確かめるように、大事そうに口にした言葉の柔らかさを感じて、レヴィは思わずぼんやりとリンディを見つめた。

「――――」

 自分にはない、母親という存在。

 何となく、それが酷く眩しく思えたような気がしたレヴィだったが、

「っ……ふ、ふんだ! 子供のケンカに親を呼ぶとは、ますます卑怯な。ボクが成敗してやるッ!」

 呆けそうになった自分を奮い立たせ、かぶりを振って余計な思考を頭の外へと追いやろうとする。

 しかし、フェイトは直ぐに戦いを再開しようとはせず、まだ言葉を重ねてくる。

「でも、わたしはレヴィとお話しするの楽しい。なんだかちょっと、お姉ちゃんと似てるから」

「?」

「……あ、でも……うーん、やっぱり……似てない?」

「ってどっちやねーん!」

「あはは、元気なトコはそっくりかも。でも、それを抜きにしてもわたしは、レヴィともっとお話ししたいな」

「ふんだ! ボクはキミと話すコトなんてないもんねっ」

「あ。それに、王様と……しゅてるん、で良いのかな?」

「あーっ! それはボクだけが呼んで良いアダ名!! 〝シュテるん〟は〝シュテル〟!」

「そうなんだ。――うん。なら、この戦いを終わらせてから、シュテルたちとも一杯お話ししたいな」

「むぅぅぅ~~っ!!」

 ……先程とは、まるで逆の光景だ。

 フェイトはまっすぐ、レヴィに伝えておかねばならない。

 今度こそ迷いなく、自分が何をしたいのか。それを余すことなく、どんなに不器用な言葉でも――。

 だが、

「無理だね! なぜならここで、ボクがキミをぶち転がすからだ!」

「なら――そうならないように、頑張るよ……!」

 互いの言葉に振り回され合った二人だったが、最後はやはり、それぞれの心を押し通すために戦いを要することになった。

 

「「――――ッ!」」

 

 言葉を終え、戦いが再び始まる。

 二人の周囲に迸る魔力の波動によって、また海が逆立つ。

 吹き上がったように二人を囲んだ水の暗幕(ベール)を突き破るようにして、二人の刃が交わされ合う。

 しかし、今度はフェイトが押している。

 マリエルによって改良を施されたバルディッシュは、新たに『ホーネット』の名を冠されており――これまであった斧の形態を排し、フルドライブのザンバーに近い『ストレートセイバー』を基本形態にすることで、より近接に特化した戦いへと繋げられている。

 牽制に放った魔力弾――『フォトンランサー』に追走するようにして、フェイトは鋭く畳み掛ける。

「せ、ぁぁ――ッ!」

「んぐっ、なぁ……!?」

 先ほどまでのレヴィのそれとは異なった、鋭く迫る剣戟。

 捌けど捌けど、それでもなお迫る刃。

 完全にレヴィはフェイトに流れを手繰られていた。ただ強いだけ、ただ大きいだけの力を、技量で凌駕する――!

「フ――――ッ!」

 振るわれた剣閃が、レヴィを吹き飛ばさんとばかりに迫る。が、彼女もやられっぱなしではない。

「……ぬ、ぐぅぅ……!? こ、のぉ――ッ!」

 フェイトを押し返そうと、鬼気迫る表情で剣を振るう。しかし、それでもまだフェイトの側に流れがある。

「く……っ、ブレイバー! ――ん、アレ?」

 だが、先程放った極光斬の影響はまだバルニフィカスに残っていた様だ。

 再びフルドライブ形態に持ち込めないレヴィを見て、フェイトは『ライトニングバインド』を発動させて拘束する。

「うぇ……ウソぉっ!? ぐぅ、んぁぁああああっ!! この縛るヤツキライぃぃぃ~~ッッッ!!!!!!」

 ジタバタと暴れるも、レヴィを封じた金色の光を放つキューブ上の拘束魔法は外れない。

 そうして、そこを狙う様に――。

「行くよ、レヴィ!」

 フェイトの紅の瞳が、まっすぐにレヴィを見据えていた。

「え、あ……ちょ」

 レヴィの焦ったような声が漏れるが、これも勝負。

 手抜きは出来ないと、フェイトの周囲を一層強く雷光が迸る。

 足下に魔法陣が浮かび上がり、そこへ黒い槍の姿を取ったバルディッシュが反動に備え楔を打ち込む。

 それが意味するところは、つまり。

「受けてみて――わたしとバルディッシュの、全力全開!」

「へ? 行くって……うええええぇぇ~~っ!?」

 高威力の砲撃が来る。と、気づいたレヴィは慌てた様に焦りだすが、拘束を外すことが出来ない。

 文字通り手も足も出ない彼女に、成す術はなかった。

 そうして、フェイトの周りを飛び交う金の雷が、向けられた黒槍の先に集う。金色の光を包むようにして、紫と水色の光が共に迸る。

 堅い決意はまるでダイヤ。

 放たれるその輝きは、そのまま彼女の持つ魔力の煌きに繋がっている。この先へ進むための、その覚悟に――。

 ならばあとは、今の自分が持ちうる全てを、この一撃に懸けるのみ!

 

 

「〝ホーネットジャベリン〟……ファイア――ッ!!」

 

 

 

 そうして放たれた閃光が、レヴィを呑み込んだ。

「うっそぉぉぉおおおおおお~~~ッッッ!!!???」

 断末魔にも似た叫びをあげながら、正面からの直撃を受けてしまったレヴィは、直撃の数秒後――魔力の奔流が収まると同時に、彼女は真っ逆さまに海面へと落下していく。

 それをフェイトは受け止め、レヴィの状態を確認する。

 目を回しているが、魔力ダメージの他は特に問題はない。

 勝負は、これで決した。

 フェイトはレヴィを抱えながら、母の方を振り向いて微笑みを向ける。それを受けて、リンディも同じように笑みを返す。

 こうして、また一つ戦いの幕が閉じた。

 

 海上の遊興施設での抗戦の全てが終えられ、残すは一つ。

 事件は、確実に解決へと向かっていた。終わりの時へ続く路は、もうすぐそこまで迫っている。

 

 ――――けれど。

 始まりさえしない戦いがあることを、今は誰も気づいてさえいなかった。

 

 

 


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