~魔法少女リリカルなのはReflection if story~   作:形右

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 ――遂に目覚めた〝悪魔(てんし)〟によって、再び地獄が生まれた。

 目的への幕を開けた少女と、
 辿り着いた真実に向き合う少女。

 ……けれど、その為の切っ掛けはとても重い。

 既に全てを捨てると決めた少女は全てを為すと言い、もう一人の少女が何も為せはしないとまた突き放す。

 しかし、それを弱さと断じた事を糾す少女が一人。

 そして、更にまた――――二つの光が現れる。
 地獄を覆すだけの思いを胸に、悲しみを終わらせる為に。

 ――――並び揃った〝矛〟と〝盾〟が、眠りから目覚めた『闇』へと挑む。


 ※9/9 16:50
 冒頭の部分をカットしました。
 最初は行間みたいなつもりだったのですが、場所は後のほうがいと思いましたので、構成を少し修正することにしました。
 あと、挿絵も少し修正入れました。


第十七章 ――〝魔法使いの意味〟――

抱く決意と掲げた意志

 

 

 

 ――――光の中から、一羽の〝悪魔(てんし)〟が目を覚ました。

 

 それは、あまりにも現実味の無い光景だった。

 普段から『魔法』という、本来は現実とは遠い筈の技術に日々触れている魔導師たちですら、そう思えるほどに。

 靡く髪は、まさに夜空に溶かされた金。

 見開かれた瞳は同じ色で、どこか淡い愁いを覗かせる。

 しかし、そうした可憐な見た目とは裏腹に。()()の姿は神秘的な美しさの分だけ、同じように異様さを伴っていた。

 紫色の装束は、まるで戒めの茨か鎖の如く少女を縛り付けており。

 彼女の背に浮かぶ翼は、一枚だけ削がれたように不揃いになっている。

 右に三枚、左に二枚、そんな歪な翼を背に窶し、少女はこの場でついに、永い眠りから目覚める。

 ……だが、魔導師たちはそうした光景に見惚れる事さえ許されなかった。

 目覚めの赤い波動は、〝悪魔〟を叩き起こした少女の意志(いろ)を伴うもので。

 そして同時に、魔導師たちの生命(いのち)の色だった。

 

「ぐ、が――ぁ、ああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 それは、誰の挙げた悲鳴だったのか。

 定かではない――しかし、夜の闇に響くその音だけが、正しく今そこに起こった地獄の様相を告げていた。

 けれど、目覚めた〝悪魔〟は、自分が何をしているのかさえ分かっていない。

「…………?」

 不思議そうに辺りを見渡し、自身の現状を知ろうとするが、見えるものは全て少女自身には覚えのない光景ばかり。

 困惑に包まれ、戸惑いを覗かせる。

 しかし、そんな彼女の困惑を断ち切るようにして、低い声が鋭く場に響いた。

 

「――――やっと会えたわね、ユーリ」

 

 聞こえて来た声に驚いたように、少女――ユーリはイリスの方を向く。

「イリス……!」

 そこにいたのは、旧知の顔。

 対面した二人は、しばし沈黙のまま見つめ合う。

 ……だが、その向け合う視線に込められた感情はまるで異なる。

 最も憎らしい存在。

 最も気がかりだった存在。

 非常に複雑な感慨がそこに在る。一言で言い表すには、互いに大きすぎる相手だ。けれど、それでも決して忘れられない間柄であることに変わりはない。

 何を言うべきだったのか、何を言いたいのか。

 決して正しい答えを持ち合わせていたわけではないが、だからこそユーリはイリスへ向けて手を伸ばした。

「イリス、あなたは……」

 伝えねばならないことがある。謝らなくてはならないことも、……再会出来た気持ちも。

 しかし、イリスはそれを拒絶した。

 否。より正確に言い表すならば、イリスはユーリの伸ばした手を、彼女に打ち込んでおいた楔によって押し殺した。

 〝ウイルスコード〟という、彼女たちの存在を縛り付ける楔によって。

「っ、……!?」

 視界を染めた緋色に、ユーリは自分が何をされたのかを理解する。

 予期していなかったわけではない。少なくとも、自分は許されざることをしたのも確かだ。

 だが、それでもまだ……まだ、伝えなくてはならないと思っていた。

 贖罪としてはあまりにも軽いものだが、どれだけ誹られようと伝える事だけはしなくてはならなかった。

 そう、思っていたのに。

「アンタ専用の〝ウイルスコード〟を打ち込んである。――全てはわたしの思い通り」

 イリスは、ユーリを自分に触れさせようとしない。少なくとも、向こうからは決して何も受け取らない。

 ――それが今のイリスが、ユーリに与える一つ目の復讐。

 己の感情を示す様に、イリスは伸ばした手を払い、そのまま当てつけの様にユーリの頬を殴りつける。

「っ、ぅ……」

 無表情に。けれど、隠しきれない黒い感情を覗かせながら、イリスは殴りつけたユーリの頭をわしづかみにして、こう囁いた。

「抵抗は不可能。心も身体も、自由になんてさせないわ」

 全てを手の中に納め、使ってやると告げる様に。

 だが、

「イリス……わたし、は……」

 ユーリはその言葉を受け止めながらも、まだ伝えようとしていた。しかし、イリスはそんなユーリの言葉をはねのけ、更に彼女を縛り付ける。

 同時に、拒絶を決定付けるようにして顔を近づけながら、

「これは復讐よ。わたしは、アンタからすべてを奪う……。アンタがあたしに、そうしたように」

 イリスは、拭えぬ罪を突きつけるようにして、未だ残る呻き声を背に、最後にユーリにこう言った。

「まずは邪魔者の片づけ――手伝ってもらうわよ?」

 イリスの瞳に、また緋色の光が浮かぶ。――すると、呼応するようにユーリは胸を押さえて苦しみ出した。

「っ……ぅ――――ぐ……ぅぅ……っ!」

 脳に直接イリスの命が下されるも、自分の中にある楔に必死に抗う。

 だが、抵抗も虚しく。

 彼女の瞳に文字の羅列が走り、ユーリの中に絶対の命令を刻み込んだ。

 瞬間。

 

 

「ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 

 

 ――――その場に、囚われの〝悪魔(カナリア)〟の悲鳴が響いた。

 

 

 

 先程の赤い波動とは異なる、紫の波動が場を震わせる。

 痛いと叫び、耐える子供の悲鳴。

 何もかもを奪い、殺す力であるのに、何故かそれは哀しげな色を思わせた。

 故に、必ず救わねばならない。

「――止めるぞ!」

「はい……ッ!」

 到着したフェイトとシグナムが、現場の危機に即時参戦の構え。

 嵐の中に飛び込むようにして、イリスと新たに現れた少女を止めんと挑みかかる。

 それを、

「ユーリ」

 イリスは、たった一言で無に還す。

 

「「――――ッ!?」」

 

 フェイトとシグナムは、何をされたのか理解する間もなかっただろう。

 それほどまでに、ユーリの力は凄まじい。

 高速機動型であるフェイトに正面から相対したかと思えば、その頭蓋を掴むやシグナムへ向けて投げつけた。

 しかし、それだけならばいくらでも態勢を立て直すことはできただろう。

 自慢のスピードを真っ向から止められたフェイトも、受け止めたシグナムとて、単なる危機(ピンチ)というだけならばここまで動揺はしまい。

 それなのに二人が動揺を隠せなかった理由は、たった一つ。

 下らないくらいシンプルな答えだ。

「な……ッ」

 何方かが短く声を上げた途端、二人は。

 まるでテレポートでもした様に、()()()()()()()回っていたユーリの一撃を受けて、気づけば海面に叩きつけられていた。

 まさに蹂躙と呼ぶに相応しい、圧倒的な力。

 一合も打ち合う暇もなく、シグナムとフェイトはユーリの持つ素の力に敗北を喫した。

 が、何よりの問題はそこではない。

 何度も言う様に、ただ一度の攻防の結果だけで戦いは終わらない。

 立ち上がる気概があるのなら、少なくとも終わりと評するには足りないだろう。

 しかし、逆に終わらせることが出来るとすれば、

「……っか、ぼ……!?」

 それは、あまりにも力に開きがあるという事実があることによってしか成し得ない。

「ごぼ、……ぐぼぉ……がぁ――っ!?」

 海中に沈んだフェイトとシグナムを押し上げる、黒い塊。彼女らの身体から直接生成されたそれは、命の具現化と呼んでも差し支えないだろう。

 何故ならそれは、数多の生命(いのち)を殺し、吸い尽くしてきた悪魔の力に他ならないのだから。

「生命力を結晶化して奪い取るのが、この子の力の一つ――近寄るだけで、皆殺しよ?」

 僅かにでも力の範囲に触れたモノを侵食し奪う、と。

 魔導師たちを嘲笑いながら、イリスは実に愉快そうにそう語った。

 僅かに意識が残っていた者たちが、その説明をどう受け取ったのかは分からない。少なくとも、彼らの『魔法』の範囲にはそうした〝命の具現〟を成し得る技術は、ハッキリ言って数えるほどしかないのだ。

 まして、個人が運用するレベルでなど在り得ない。

 ――正に悪夢。

 そう評するにふさわしいだけの〝力〟が、そこにはあった。しかも、時間が進むごとに浸食が進み、魔導師たちの力が奪われていく。

 ちょうどそれは、先程イリスが肉体を構成したのと同じ。

 正確にはユーリだけの能力だが、イリスはユーリを操って自分の身体を造る為に利用したというのが正しいか。

 ともかく、その力はイリスにとって実に馴染み深いものだ。

 ……そもそも、それは端から彼女らの為の力でもあるのだから当然だが。

 故にこそ、ユーリは哀しげにイリスの名を呼んだ。

「イリス……わたしは」

 止めて欲しい、と懇願するように。

 けれどそれは、自分の苦しみを拒むためではなく、自分の力を使ってはいけないという制止に近い。

 ……確かにイリスを殺したのはユーリで、同じようにイリスがいるのもユーリの為。

 そう、元々は一つだった。――否。一つになるはずだったというべきか。

 本来同じ器に収まるべきであったのに、今は別たれている。

 つまるところ、不可能だったのだ。

 諦めでもなんでもない。

 無理だった、と、結果が全てを証明している。

 イリスとユーリ、ディアーチェたちがここにいるという事実そのものが、成し得なかったという証明なのだから。

 だからこそ、イリスは〝復讐〟を果たすと決めたのだ。

 自分に与えられた苦しみを全て世界に返し、

 自分が苦しんだ痕跡の全てを消し尽くして、

 そうして最後に残った場所で、綺麗だったものを取り戻す為に。

 その為に今、イリスはユーリを虐げる。

 全てを壊すにはユーリの力が必要で、同時に彼女に何もかもを失う苦しみを与えなくてはならないが故に――。

 

 

「意思も力も自由にはさせない。〝大切な命〟も、〝無関係な命〟も、その何もかもを殺し尽くして……。

 ――――誰もいなくなった世界で、独り泣き叫びなさい」

 

 自分と同じように閉じ込めてやる。

 壊され尽くした世界。

 真っ暗な牢獄の中で、決して明けることの無い暗闇の中にたった一人。孤独の中で誰にも届かない叫びをあげさせてやる。

 それこそが〝復讐〟に置ける(つい)

 全ての破滅と全ての再生。

 その為の最終段階を成すと言う宣告を終えて、イリスはついに始まりを成せたと歓喜していた。

 ……だからだろうか、一瞬の隙が生じたのは。

 そこを突くようにして、背後で大きく風が揺れる音と共に、カチャリと微かに金属がこすれるような音がした。

 音の正体は察するまでもない。

 振り向くだけで事足りるというのもそうだが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()という時点で、何となく判った。

「…………へぇ、驚いた」

 だが、予想外と言えば予想外。

 本当に感心するように、イリスはぽつりと呟いた。

 そうして、先程まで滾らせていた黒い感情を一気に冷ましたまま振り向くと、そこにはやはり予想通りの人物が立っていた。

 髪と瞳と同じ、桃色の防護服(スーツ)と、その武装。

 左右に止められた花の髪飾りと、柔らかなウェーブを描いて風に戦ぐ長い髪をした、端麗と呼んで差し支えない少女の姿は――どれもこれも、イリスにも()()のあるものばかり。

 ……そう、そこにいたのはキリエだった。

 すっかり置いて来たと思っていたのだが、存外にしぶとかったようである。

 いや、単純にこれは。

「ああ、そっか――〝フォーミュラスーツ〟のおかげで、ユーリの能力を受けにくいのね」

 忘れていたとばかりに、軽い口調で目の前にある事象を検証するイリス。

 だが、そんなものはどうでも良いとばかりに、キリエは手に握られたザッパーにいっそう力を籠めた。

 今、二人の間に阻むモノは何もない。

「イリス……わたしは」

 向ける言葉を遮る壁はない。

 なら、それを届かせられるかもしれない、と。

 キリエは思い、

「どうする? ――撃ってみる?」

 だからこそイリスは、軽くキリエの感情をまた綯交ぜにするように、そう訊いた。

 

 〝――やれるものならやってみろ〟

 

 そうイリスは、言っている。

 キリエの覚悟を問うている。

 同時に詰っているのだ。

 ……なんて、都合の良い思い込み。

 実に下らない、と暗に告げるように。

「良いわよ? 今なら見逃してあげる……けど、もし撃ったら」

 キリエの持つ全てを、踏みにじりながら――。

 

 

「――――死ぬより、もっと酷い目に合わせる」

 

 

「…………ぇ」

 イリスは彼女の覚悟、これまでの意味を詰り続ける。

「アンタのパパとママとお姉ちゃんにも同じコトをする。―――――それでも良い?」

 冷たい緋色の瞳が、向かい合う桃色の瞳をじっと見据える。

 その視線を通して、キリエは身体の中身全てが凍りつかされている様だと感じた。

 自然と手が震えてくる。凍えそうなほどに冷え切った所為なのか、それとも単に怖いからなのか。

 仮に後者だとして、ならここでイリスを撃つことこそが勇気だというのか。

 そんな迷いを感じ取ったように、

「ほら、やっぱり撃てない」

 イリスはキリエを、臆病者だと罵倒した。

「アンタは結局なんにも変わってない。あたしがいなきゃ何にも出来ない。自分じゃ何にも決断できない」

 向けられた言葉がキリエを追い詰めていく。何もかもが分からなくなり、苦しみばかりが募り続けている。

 そんな心の隙を、イリスは抉り続ける。

「弱くて、泣き虫で――冴えない子」

 これまで重ねて来た全てが嘘だったから、今のキリエは紛い物。イリスが整えたお人形で、目的のための駒に過ぎない。

 だからこうして相対しているのに、何も出来ずに震えている。

 見捨てられ、糸の切れた独りきりのマリオネット。

 この星を殺す手伝いをして、この星の人々に災厄を運んで、滅びを齎した道化者。

 何も出来ない、役立たず。しかも、現実を見ることが出来ないから、それを違うと言いたいからこうしてここにいる。

 だから中途半端。だから引き金も引けない。

 貫くことさえできないニセモノに、何の価値もない、と。

 イリスの否定は止まらない。

 誰よりも見ていたから。

 誰よりも傍にいたから。

 ――だから、結局はこれが事実なのだと、イリスは並べ立てていく。

 突きつけ、抉り、心を揺らす。

「違う……ちがう……っ! あたしは……ッ」

 そうして、突きつけられた()()に、罅だらけの心が、摩耗に耐え切れず悲鳴を上げた。

 血を吐くように、知らず染み込んだそれらを吐き出す様に、キリエは叫ぶ。

 自分の弱さから目を背け、涙に濡れた、とてもひどい姿で。

「――違わないわ」

 自分を知れ。現実を知れ。真実を知れ。

 イリスは平坦に、一切の起伏なく淡々と告げていく。

「現実は絵本なんかとは違うの。

 独りじゃ何にも出来ない女の子は、大人になってもそのままだし……どんな願いも叶う指輪なんて絵空事」

 夢を見るな。

 都合の良い幻想に縋るな。

 決して甘くはない現実を変えたいのなら、その程度の覚悟で此処に立つな。

「いつまでも優しい時間なんて続かない。

 綺麗なモノなんて直ぐに壊れて、痕に残るのは傷ばっかり……」

 けれど、

「――――でも、当たり前のことなのよ。そうした何もかもが」

 それこそが、現実。

 何時であろうと、諦める事を強いられる辛い世界。

 夢などなく、具現化出来るのは確実な事柄だけ。逆にそれ以上を望めば、必然的に〝報い〟を受けることになる。

 哀しく、厳しい。

 そんな報われないという不条理こそが、絶対の法則として敷かれたものこそ、正しい現実と言えるだろう。

 であるが故に、

「願いは叶わないし、悲しい物語は悲しいまま終わる。

 何かの切っ掛けがあろうと、変われない人間は死ぬまで変わることは出来ない。

 努力が報われないこともあるし、絶対に届かない壁もある。同じように、叶える為に死に物狂いで何かをして、それが成功するってことは、そこに絶対があるから……」

 賭した想いは、黒く黒く染まり、焼け付きそうなほどに冷え切った。

 だが、それだからこそ、必ず成し遂げることが出来る。何もかもを犠牲にして、何もかもを捨て去って、何もかもを消し去って、終わらせて、そしてやり直す。

 他ならぬ自分がそう決めて進めて来たのだから、コレは絶対。

 しかし、ならばキリエにはそれがあるのか? ――答えは、否だ。

 

「あなたには、それがある? あるわけ無いわよね。だってずっとずっと、わたしの傀儡(にんぎょう)だったんだもの。だからあなたは何も決められないし、引けないわ。

 そんなに軽い〝切っ掛け(トリガー)〟さえもね――――」

 

 そう締めくくり、イリスはキリエの事を静かに嗤った。

「っ……、ぅ…………ぅぅ」

 後には、何も語れなくなったキリエが押し潰されそうな重みの中で、いっこうに動けずにいた。

 イリスの言うとおり、彼女はザッパーのトリガーを引くことは出来なかった。向けていた腕は次第に下ろされていき、併せるように視界はますます涙に濡れる。

 本当に、一人ぼっちになった様だ。

 イリスに置き去りにされて、ウソを教えられて。あまりに痛かった現実が認められなくて、同じだけ目の前で始まろうとする悲劇が自分の所為なら止めねばならないと思った。

 だが、止める方法など判らない。

 仮にイリスを撃ったところで、果たして止まるのかさえ定かではない。

 そしてもし、本当に家族が――思い込んでいただけだったのだとしても、友達だった少女に報復をされるのだとしたらと思うと、怖くなった。

 どちらも嫌で、今すぐにこんな世界(あくむ)は変わって欲しい。

 成し遂げたかった幸せから、一番遠いところで――キリエはただ、泣いていた。

 情けなさと、弱さ。

 恐ろしさと、怖さ。

 その全てに苛まれながら、大切だった筈の少女の近くで、たった一人のまま。

 ――けれど、その時。

 

 

「―――――ッ!?」

 

 

 一筋の光が、目の前で迸った。

(……ぇ……っ)

 まるで、時が止められたみたいな錯覚に陥る。

 思わず頭の中が空になるような感覚だ。

 ちょうどそれは、子供の頃に流れ星がふと上を通り過ぎたときのような気分と似ている。すると、不思議と曇っていた心は透明(クリア)に変わり、キリエは無意識のうちに顔を上げていた。

 

 ――そこには、青い燐光を放つ防護服に身を包んだ赤毛の少女がいた。

 

 しかし、始めに浮かんだのは困惑だった。……だって、自分は酷いことをしたから。

 少なくとも、許されることではない。

 なのに、どうして――どうして自分はまるで庇われるように、その少女に守られているのだろうか?

 自分でも奇妙なくらい、軽い疑問だった。

 憎まれ口も何も出てこない。

 ただ、何故こんな自分が守られているのだろうと、それだけが不思議だった。

 けれど守っている側は、何一つ迷いなど持ち合わせてはいない。何でも無い様に、当たり前の事の様に、赤髪の少女は、自らの妹を守りながら一言。

「――あなたはそうやって、ずっとずっと……色んなことを諦め続けて来たんですね」

 正しい筈のイリスの言葉を、憐れむ様に否定(かえ)した。

 夜空の下で、二人の〝姉〟が火花を散らす。

 キリエには見ていることしか出来ない。何も言葉を出せないままに、呆然と様子を見ていることしかできなかった。

「……アミ、ティエ……ッ!」

 張り巡らしていた防護装甲を抜けた僅かな被弾。

 それが頬を掠めて出来た傷を確かめ、イリスは憎らしげにアミタを睨みつける。が、睨みを向けられた側はまっすぐにそれを受け止めるのみ。

 一切の揺らぎの無い、その眼差し。

 古い記憶を起こして癪に障る。そして、向けられた憐みは、もっともっと癪に触って仕方がない。

 しかし、アミタはそれでもイリスを糾すことを止めない。

 何があったかを知らないとはいえ、アミタはイリスがしてきたことを憐むのを、止めなかった。

「――だとしたら、あなたはとてもかわいそうです」

 とても勝手なことかもしれないが、それでもアミタは口を閉じない。

 ここまであったことも。

 これまであったことも。

 簡単に覆すことなど、出来る筈も無い。――そこについてはイリスの言った通りだ。

 けれど、だからと言ってそれは絶対不変ではない。

「悲しいことがたくさんあったのだと思います。沢山の綺麗なものを失くしてきたのだと思います。……でも、それは」

 そう、それは。

「……それはとても、寂しい生き方だったのでしょうから」

 と、アミタが言葉を切った瞬間。

「――――――っ」

 イリスは凄まじい形相を浮かべて、これまでにない程に激高した様子を見せた。

 それ以上口を開くな。

 何も知らない癖に、失うことに向き合っていい子であっただけの小娘が、自分のこれまでを知ったように語るな、と。

 だが、そんな激高さえアミタは黙殺する。

 決して目を逸らさず、真っ直ぐな翠玉の瞳をイリスに向けたまま、冷ややかな否定を告げていた。

 ……罪は償うもので、同じように何時か雪ぐものだ。

 傷は時を経れば癒え、痕を残しても薄れ行く。

 なればこそ、失うものや失ったものを数えるよりも、先を視なくてはならない。

 とても残酷だ。しかし、現実が非情だというのなら、それだって受け入れなくてはならない事なのだ。

 痛みを伴ったもので、苦しみに呑まれてしまうこともある。――しかし、だからこそヒトの生命(いのち)は尊く、価値のあるモノなのだから。

 自分だけで完結して。

 傍にあったぬくもりを否定して。

 探し求めていたものさえも消してしまう。

 現実(いま)を変えようと足掻くことを罵るのなら、過去に縋っているイリスもまた糾弾を受けてしかるべきだ。

 勝手な話ではあるが、アミタはキリエを見捨てない。

 大切な妹。

 大切な家族なのだから。

 過ちを正すまでは、決してやめない。これまで間違って、遣り損なって来た姉であるけれども。

 ……それでも、自分がしなくてはならなかったことだからこそ。

 今度は自分も、あの少年がそうしたような――支えるという行為の、本当の意味を成すために。

 ――――アミタは今、イリスの前に立ちはだかっているのだから。

 

「…………こ、のぉ……っ」

 

 けれど、向けられたそれに、イリスが感化されるかと言えば別の話だ。そもそも彼女にしてみれば、目の前のアミタの言い分に絆されるなど在り得ない。

 キリエに報復を仄めかしては見たが、姉からしてこれではもう話にならない。

 とどのつまり、目の前の全ては邪魔者。

 自分の道を阻む外敵に他ならないと言える。

 なら、することはまた一つ。明白且つ、単純な排除(ことがら)に過ぎないのだから――。

 

 

 

「……やりなさい、ユーリ。――――皆殺しよ」

 

 

 

 〝天使(あくま)〟が〝悪魔(てんし)〟を使役して、場を地獄に染め上げようと動き出す。

 凄まじい光が迸り、ユーリは目にもとまらぬ速さでアミタの元へ迫る。如何に『フォーミュラスーツ』に守られているとはいえ、このままでは()られてしまうのは確実だ。

 『拙い』、とアミタの脳裏で思考(けいほう)が走り、イリスは逆に『殺った』とほくそ笑む。

 が、そこへまた――――阻む者が一人。

 

 《Fire!》

 

 夜の闇を裂く、超弩級の閃光。

 まるで星をそのまま解き放ったようなそれに、防いだ悪魔の翼が軋みを上げる。

「……っ、な――!?」

 イリスの顔が、始めて動揺に染まった。

 それだけ、今しがた起こった光景は信じがたいものだったのだろう。

 無理もない。

 何せ、彼女が従えていたのは〝魔導師〟に分類される存在であるのならば、凡そ無敵に等しいだけの力を振るうものだったのだから。

 (……そう。この世界にユーリに対抗しうる存在なんているはずが――っ!?)

 しかし、またしてもイリスの予想を超えて来た存在がいた。

 《System drive,“folmula mode”.》

 キリエと似た色彩の光。だが、色合いは桃色というよりは桜色。

 放たれたそれらは、更に(フレア)を纏って、より強い輝きを増している。

 そして、イリスはもう一つ、在り得ないものを目撃する。

 

「――妙なる響き、光となれ

 導き示す囲の内に、癒しと護りを与えたまえ」

 

 鈴の音に似た旋律と共に、紡がれていく詠唱(コトバ)

 それによって起こる翡翠の光が場を覆い、刻まれた血を雪ぐ様にして、結界を生成した。

 だが、その結界は包み隠すのではなく、むしろ解き放つ為のモノ。

 本来ならば周囲との隔絶を生むはずのそれは、逆に皆を優しく包み、癒やしを与える。

「――――〝リベレーションフィールド〟」

 最後の一節が紡がれると、魔導師たちは自分の身に起こった変化をハッキリと感じ取れる程に強く、その魔法は彼らの()われた生命(いのち)を内に戻していった。

「……これ、は……?」

 唐突に起こった変化に、はやては戸惑いを浮かべる。

 だが、一拍を置いて遅れていた思考が追いつく。周囲を見渡すと、彼女よりも先にそれに気づていたらしいフェイトの視線の先に、その二人はいた。

「……なのは……ユーノ」

 フェイトの口から呟きが漏れる。今しがた受けた痛みさえ薄れるほど、二人が来たことに大きな安堵が胸の内に火を灯す。

 眩しい魔法と、温かな魔法。

 それは実に明確な役割を担って其処にある。

 言うなれば矛と盾。本来ぶつかってしまう筈のものであるが、この二人の場合は特別だ。

 決して争うことのないそれらは、二つ合わさった時にこそ真価を発揮する。

 ……そう。それこそが、二人が望むこと。

 掲げた志は戦うことでも、争いを無理矢理収めることでもない。

 

 ひとえに、守ること――――

 それにはただ一方的な力だけでも、ただ閉じこもるだけでも事足りない。

 

 故にこそ、二人は今こうしてここに居る。

 惹かれ合う様に、

 望み合った様に、

 ――お互いを必要として、此処に。

 

 

「〝フォーミュラ・カノン〟――フル、バーストッ!!」 

 

 

 再度、砲撃。

 眩いばかりの光が、また悪魔の翼を軋ませる。

 そうして、信頼する守りの元。いっさいの遠慮なく、周りを照らしていく光が、懸けられた最後の枷を吹き飛ばした。

 ここまで来て、漸くイリスは何故こんなことが起こるのかを理解する。

「ぐっ……!? この力、あの武装……それに、このフィールドも……! まさか、アミティエの〝フォーミュラ〟を…………ッッ!?」

 だが、今更気づいたところで遅い。

 ――もう既に役者は揃い、舞台()は整った。

 桜色の光が、宿主を縛りつけながら生命(いのち)を吸っていた樹を壊し……翡翠の光が、奪われた生命(いのち)を戻していく。

 まさしくその姿は〝護る者〟

 救うために来た、使者の様にさえ思えた。

 

 ――――何かが、変わり始めている。

 

 漠然と変わりだした流れを見つめていたキリエに、アミタはそっと、こんなことを口にした。

「――ねぇ、キリエ。

 〝魔導師〟って、この世界の言葉で……〝魔法使い〟、っていう意味なんだそうです」

「…………まほう、つかい……?」

 オウム返しにしたその言葉は、今ではすっかり味を忘れた、幼い頃は口に馴染んだ言葉(モノ)

 しかし、それと目の前の状況との関連が呑み込めない。

 そんな妹の様子を見て、アミタはまず「はい」と繰り返した言葉の意味が正しいと頷き、キリエにゆっくりと語って聞かせる。

 昔、絵本を読んでいた頃の様に。

 目の前に広がっている希望の物語を、紐解いていく様に。

「……確かに、現実は絵本(くうそう)ではありません。全てを幸せに導いてくれる猫はいませんし、たくさん理不尽なことが在って、願いを簡単に叶える物に溢れている訳でもありませんでした。

 ――――ですが、」

 悲しい事実があれど。

 満たされることのない世界があれど。

 決して癒えぬ傷や、憎しみや苦しみに染まってしまった心が、大切な物を壊してしまっても。

 確かにココには、それらがあった。

 

「悲しい物語が進んでも、どれだけ傷を生む戦いがあるのだとしても。泣いている子を助けてくれるような――

 そんな優しい〝魔法使い〟たちは、ちゃんと現実(ココ)にいました」

 

 姉の視線を追って、キリエも二人の姿を見た。

 眩しく、綺麗な輝きを放つ子供たち。

 一時は妬ましく、嫌悪さえ感じていたそれだったが、漸く本当の意味を知った気がした。

 最初からのヒーローではなく、同じ人間で、同じように自分たちの〝大切なもの〟を守るために、全力を懸けている。

 たった一人で意固地になるのではなく――

 都合の良い夢であるとか、甘いだけの理想だとか、そんな事は考えない。

 ただひたすらに全力で、護りたいモノと真っ向から向き合う。そうして重ねてきた、積み上げてきたものが、今を生んでいる。

 だからこそ眩しい。

 だからこそ尊いモノだと感じたのだ。

 敵に位置したはずの相手さえ守るべき対象(ふところ)に収めてしまう度量と折れぬ心。美しい魂の共振に突き動かされるように、この場を変えていくその二人の姿に、キリエは自分に足りなかった強さを見つけた気がした。

 そして、思う。

(……敵わないな……)

 その直向(ひたむ)きさにも、頑固さにも。……その、優しさにも。

 己の弱さを知った少女がまた一筋の雫を零した。

 それに呼応する様に、

「待ってて下さい――――」

 二人の〝魔法使い〟はその場の全てに対して宣告する。

 

 

 

『――――今度は必ず、助けます……ッ!!』

 

 

 

 堅く結ばれた決意の言葉は、もうこれ以上の悲劇を生まないが為に。

 そして、この事件(ものがたり)の中で、誰一人として悲しみに暮れさせなどしない、と。

 揺らぐことのない真っ直ぐな瞳で――

 零れた雫を掬い、それに誓うように二人は、そう言ったのだった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




 今回でRefも一区切りと言うことで、後書きを書かせて頂こうかと思います。

 まず始めに、今回は遅くなって申し訳ありません……!

 短編で少し滞って更新が遅れてしまいました。
 まあ、支部の方でも書いたとおり、あんまり言い訳をするのもあれなので、詳細は短編の方で。
 ただ割愛して述べると、複数CPは難しかったという感じですかね。
 あと、まだ出してませんが今回もアンケートありますので、宜しければご回答頂けると嬉しいです。短編の方の「まえがき」か作者の活動報告から見て頂けると直ぐに付くかと思います。
 また、アイディア提供なども順次お待ちしておりますので、お気軽にどうぞ。

 漸く、本当に漸くではありますが、Reflectionの映画本編分を書き終わることができました!

 去年の九月に支部で投稿を始めて早一年。
 夏に此方でも投稿し始めて、たくさん換装を頂けて本当に嬉しかったです。
 でも、最初は本当にただの小ネタで、Refに繋げようと思ったのも半分気まぐれみたいなところもありましたが、それでもここまでこれたのは読者様が読んでくださったおかげです。

 本当にありがとうございました。

 そして、今後の流れとしては前々から行っていたとおり、映画の公開前に一度自分なりのDetを書いて終わらせて、公開後に映画本編に沿ったDetを書いてみようと思っております。
 それで終わるのかよ? と言う疑問の声が多々聞こえてきそうですが、ぶっちゃけ其処まで自信は無いです(汗
 ですが、一応早く終わってしまったときのために今後の展開などは書いていたので、全く書けないと言うことにはならないかなと思います。まあそう言った部分も含めで、次回以降は見るか見ないかは読者様方におまかせします。

 とにかく、ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
 今後も楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。

 最後に、今回の話に少しだけ触れておこうかとおもったのですが、言えることは一つ。
 やはり最後は矛と盾! コレに尽きます。
 たくさんの思いが乱れあい、それでも前を見た二人の魔導師。
 彼ら彼女らのもたらす意味を、今後へと込めて、今回の話を書かせていただきました。

 あと、そんな意味合いを少しでも想像していただける足しになればと、今回は久々に挿絵を描いてみました。下手くそですが、本当に少しでも足しになれば幸いです。

 では今後ともよろしくお願いいたします^^
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