宝石の国に気がついたらトリップした女の子の話。
本当は続き物だったのですがどうしても続きが書けなかった。息抜き程度に見ていただければ。
酸素
炭素
水素
窒素
カルシウム
リン
私達の体はそんなもので出来ている。それは確か、話がよく脱線する大学の先生が言っていたことだ。
布団に横たわる祖母の身体に触れながらそんなことを考える。見慣れたあまり血色の良くない手に触れるとそれは予想以上に冷たくて驚いた。
もう祖母は目を覚ますことは無い。眠りにつくようにゆっくりと穏やかに天に召された瞬間を私は忘れないだろう。
哀しみは優しい雨のようだった。心の痛みはなく、ただただ別れが哀しくて哀しくて仕方ないものだった。涙は自然と零れて、胸のあたりが熱くなるのだけを感じていた。
明日にはこの身体は業者に引き取られ、そうして私達の目の前で花とともに燃えていく。
こんなにも固くなってしまった身体が燃えるのだろうかと、不謹慎にも思ってしまった。
もうこの身体は祖母ではない。魂は離れてしまった。これは酸素
と炭素と水素と窒素とカルシウムとリンで出来た塊。ただの物だ。
愛しい、愛しい、ただの物。
そっと祖母の胸に顔を埋める。人は死ぬとこんなに冷たくて固くなってしまうことを私は言葉でしか知らなかった。これでは、まるで。
そういえば、と昔のことを思い出す。祖母が話してくれた宝石の身体を持つ人間の話。キラキラした髪と目を持って、怪我をすると血の代わりに宝石の光が零れる。キラキラ。
今思うと奇妙な話だ。けれどそのファンタジーが私は大好きだった。
いつか私もキラキラになりたいと夢見た幼い日。おもちゃの指輪を私の手に嵌めながら祖母は笑って言った。「なれるかしらねぇ」。
もしかしたら。
もしかしたら、祖母の体は宝石になったのかもしれない。こんなにも冷たく固いなら、石になってしまったのだと言われても納得できる。だからこの薄い皮膚を丁寧に剥がしたら、キラキラと。
「……なんてね。」
祖母の胸の上で目を閉じる。なんの音も聞こえない。
祖母は美しい人だった。最後の方はもう病気で、記憶とか考えとかが曖昧だったけれど、あの優しかった笑顔は最後まで変わらなかった。
美しい祖母は死後、美しい宝石になったのかもしれない。そして物語の舞台、どこか遠くの世界で幸せに暮らすのかもしれない。美しい人々が暮らす、宝石の国で。
月が五つに割れることはあるのだろうか
身体が三つに割れることは
そして、一つに戻ることは
それらの可能性は。
「え……?」
頬に風を感じて、目を開いた。
心臓が、大きくはねる。体温が一気に冷えていくのを感じる。
畳に触れていた筈の手に感じるのは、草。力の入らない体だが、なんとか立ち上がる。
ーーーーここは、どこだ。
見渡す限りの草原、所々に小さな花の色が見える。見上げると青い空。晴天だ。
私は室内にいた。祖母の身体が眠る家の中に。本当にたった今いたのだ。
ならこれは夢だ。だってここは屋外で、見たことのない場所。唯一筋が通るのがそれしかない。
頭でそう理解しているのに、頭も心臓も落ち着かない。夢にしてはあまりにも感覚がはっきりしている。明晰夢というやつか。
なんとか落ち着こうと深呼吸をしていると、どこかからか音が聞こえる。キン、キン、と何か金属がぶつかる音。
不思議に思って音のする方に向かう。
近くの岩陰に隠れて、音の方を覗き込んだ。
するとそこにはキラキラと美しい髪をした人間二人が、空に浮かぶ仏教の天人のような集団と戦っている場面が繰り広げられていた。
そのシーンを私は呆然として見ていた。
少年か少女かわからないその人達は、細い身体をしなやかに曲げて宙を舞う。天人達はその身体に向けて綺麗に光る矢を放っていく。
矢を華麗に避けて、時に細長い武器……刀だろうか。それで弾いていく。
その度に髪の毛が美しく揺れる。一人は淡い赤の髪、もう1人は深い銀色の髪。どちらもキラキラとしていてとても綺麗だ。
「あっ……!」
赤い髪の人の足を、矢が貫いた。それに気を取られた銀の髪の人の腕もまた。
動きが鈍った身体を見逃さぬと矢が何本もその身体を撃ち抜く。終いには二人とも倒れてしまい、その際私の見間違いでなければ、二人の足と腕がぼとりと地面に落ちた。
「身体が、折れ、た……?」
倒れた二人の身体に天人が近づく。そのしなやかな腕が身体に伸びていく。持ち上げられたのは落ちた足と腕。驚くことにその断面がキラキラと光っている。
それは二人の髪の色と同じ銀と赤色をしていた。光にあたって輝くそれはまるで、鉱石のようで。
そこで思い出したのは、〝宝石の身体〟。その言葉でもやもやしていた物がストン、と落ちてくる。
そうか、宝石の身体の話を思い出しながら私は寝てしまったんだ。だからこれは、その物語をなぞった夢なのだ。
となるとあの二人は〝宝石の身体を持つ人間〟。ならあの天人は何なのだろう。祖母が話してくれた物語にはあんな登場人物は無かったはずだ。
天人達は落ちた腕と足に頬擦りしている。表情は変わらないが、何だか嬉しそうだ。
そこらに散らばった宝石の欠片、人の一部だったものも丁寧に集めている。そして自分達が放った矢も拾っているようだった。
よく見ると矢の先にも石がついている。キラキラしていたのはあれだったのか。他の赤と銀の宝石と同じように、黄金にそれは光っていた。
……同じように?
ーーーまさか。
まさか、まさかと思う。そんな事が。けれど嫌に納得できる。
まさかあの矢の宝石は、元は人間の。
そして今拾われてる宝石の身体も、同じように。
「だっ、駄目!!!!」
恐ろしい想像が私の背を勢いよく押した。
天人達は私に気がついて、手を止めた。一気に注目され、冷えていく頭に何をしてるんだと後悔した。
しかしその後悔は足元で小さな動きがあったことですぐに消える。
「貴方は……?」
「誰だよ……お前……?」
「うそ、まさか、いきてるの?いきた、まま?」
足元の人は、生きていた。
よく見ると、まだ子どもだ。こんな子どもを生きたまま、バラバラにしてそんな飾りのように使うなんて。
いくら綺麗だからって、いくら欲しいからって。
「こんな、酷いことしないで!返してよ!それ!」
こんな設定はなかった。こんな非道は物語になかった。
あっていいはずが無い。ここが夢で、物語なら尚更あっていいはずが無い。キラキラしたそれはキラキラしているだけでいい。
どうしてこんな夢を見ているのだと、私は自分に苛立っていた。
私の大好きな物語。夢のような世界と登場人物。祖母は私に楽しそうに話してくれた美しい作り話。それを何故、こんな形で見ている?何故こんな汚している?
「こんなのって、ない……。」
怒りを追いかけて哀しみが襲ってきた。美しい祖母の笑顔を思い出す。私の脳味噌が、この方が面白いでしょって書き換えてしまったのなら。それは思い出を壊しているようで、とても哀しかった。
「!逃げてください!!!」
「おい!!逃げろ!!!」
地面から声が聞こえる。倒れている二人の声だ。それにはっとすると目の前に天人の顔があった。
間近のその白い顔に私の心臓がきゅっと締まる。宝石を集めていた手が私の頭に伸びてきた。さっきまで人を傷つけていた手が。
恐怖で思わず目を強くつぶる。歯を食いしばって、どんな衝撃がくるのかと身体を震わせた。
けれどきたのは痛みではなく、頬に撫でられる感覚。丸みに沿って形をなぞるそれ。不思議に思っていると、小さく声が聞こえた。
「にんげん」
「え……。」
零れ落ちてきた言葉に私は目を開いた。
目の前にある白いその瞳。脱色されたように何も無いそこに私は息を呑む。天人の口が開く。形のいいそれが動くのに私の目が釘付けになる。
「あなたは」
その言葉が紡がれる前に、天人の身体が粉砕した。
白い砂のようになった天人だったものは風に吹かれて舞い、どこかに飛んでいってしまった。
しばし呆然としていると地面から声が聞こえてきた。それは〝げっ〟と、〝あ。〟と。言葉にはなっていないけれど。
「……君は、なんだ?」
地面からの声よりも低い、男の声に振り返る。
そこに居たのは僧侶の格好をした男の人であった。その姿の後ろに何人かの子どもがいる。皆それぞれキラキラとした髪と瞳を持つ人。
男の人は暫し私を見ていたが、次に地面の二人を鋭く睨んだ。
「敬老の精神か。」
「っ!来る!下がれ!」
「えっーーーー、」
男の人が目を閉じる。大きく息を吸うのがわかった。
その気配に後ろの緑の髪の人が叫ぶ。その大きな警告の声に焦るが時遅し。男の人はカッと目を見開き、口を大きく開いて、そして。
「まだ早いわ!!馬鹿者!!!!」
「っ、!?」
怒声と共に爆風が私の身体にぶち当たり、その衝撃に宙に浮く間隔と、地面に叩きつけられる感覚。
痛い、痛い。一体、なにが。
ゴロゴロと転がるのを感じながら私の意識は遠のいていった。
これは夢だ。そう、夢。
目を覚ませばきっと、祖母の身体が眠るあの居間のはず……。
酸素
炭素
水素
窒素
カルシウム
リン
私達の体はそんなもので出来ている。
言うなればそれは
骨と
肉と
心と
三つに分かれているのだろうか。
宝石の国がアニメやってた時に書いたもの。
わりと気に入ってるのでせっかくだから投稿しました。
ここから続く予定だったのですが書けず断念。
あともう一つ書いていたのがヤンデレ宝石の国。漂う不穏臭である。
ここまで読んでいただきありがとうございます。、