「ふぅ…。砲撃は…終わったか。さて、俺も帰るとすっかなぁ」
もぞ…もぞもぞ…
「うわ!まだ生きてやがんのか。まあ、もう面影もないがな」
司狼は拳銃で、動いていた元は人間だったであろう灰を撃った。
「やはりドイツ軍の聖槍十三騎士団は強いな。まだ素人の聖遺物使いとはいえ、二人同時に倒すとは…」
1人の老翁が言う。
老翁の名はマクベス・スヴォール=ゼウス・オリュンポス。ソ連陸軍中将。
「でも、アタシ達がやれば大丈夫でしょ。さっきやられた彼ら、本当に雑魚じゃない」
若い女がそれに答える。
女の名はオフィーリア・ナクラル=ミカエル・タルムード。ソ連陸軍少将。
「油断は禁物です。彼らはボクらよりも前にそれらを手にし、使ってきています。扱い慣れているのは目に見えている」
少年がそれに反論する。
少年はシーシアス・ナクラル=アイギス・アマルテイア。ソ連陸軍大将。オフィーリアの弟である。
「しかし、勝つのはボクら
腰にある刀を掲げ、シーシアスが宣言する。
「ボクらは彼らのように力がおしくはない。だから、創造は使って構いません。本当に隠すべきは――」
「――流出だ」
マクベスが青年の言葉を次ぐ。
「儂らの2人が流出に至っておる。正しくはオフィーリア嬢の軍勢変生であるが。それでも途中で中断できるというのは優秀すぎる。乱用はできん」
「そういう事です。さて、既にアトランティア兄妹は向かわせているのですが、どうしましょうか」
カムイ・アトランティア=ルシフェル・エザキエル、カノン・アトランティア=アイリス・エレクトーラー兄妹。ソ連陸軍の大佐と中佐であり、聖遺物の使徒である。
「根城を襲わせればいいんじゃない?ルシファーもイリスもそっちの方が手っ取り早いと言ってたし」
「いや、彼らの意見は飲めない。彼らならば敵軍兵を大量に倒せるだろうけど、L∴D∴Oの団員が出てきたらいくら彼らでも負ける可能性がある。ここでの消耗はいただけないよ。姉さん」
「まあ彼らに任せてみようじゃないか、シーシアス殿」
マクベスが意見する。
「そうですね。少し様子をうかがってみましょう。なにか動きがあれば、僕が出ます」
「えぇ…。なんで大将殿が出るとか言うかな…。アタシかマクベスにやらせりゃいいじゃん」
「姉さん、僕はね、早く蓮と戦いたいんだ。きっと呼び出せば出てきてくれるはずだし、僕も待っている。お互い、軍の良い役割についているから、実現できるかはアレだけど、僕は戦いたいという意思を見せてるから…ね?」
「旧友に会いたいというのなら、儂は止めんよ」
マクベスは納得してくれたようだ。
「ちょっ。ジジイ!」
「これはシーシアス殿が郡の将校としてではなく、一人の人間として願っていることだろう?だったら、叶えてやろうではないか。君も姉として応援してやるといい」
「…。そこまで言われちゃあしょうがないね」
マクベスの説得が効いたのか、すぐに折れてくれた。
「ありがとう。でも、今はアトランティア兄妹のことについて集中しましょう」
ヴェヴェルスブルグ城の付近にあるカフェのテラス席に、2人の若者が優雅にお茶を飲んでいた。
「お兄ちゃん、ヴィクトルと瑞騎が殺されたんでしょ?で、私たちがここに飛ばされた。こんなとこで見てていいのかしら?」
銀の髪と紅い瞳を持つ少女が、同じく銀の髪と紅い瞳を持つ隣にいる少年に問う。
「うーん…。でも待機命令が出てるからなあ…。 俺としてはさっさと特攻したいんだけど…」
「私もよ。そんな命令、無視しちゃおうよ」
「ダメだよ、カノン。無視したら何をされるか分かったもんじゃない」
と、少年がそういったところで、少年の携帯電話が震えた。
「シーシアス君からだ。『アトランティア兄妹へ』…?命令の伝達かな。『先程の会議で、君たちの待機命令を解除することにしました。次の命令があるまでは自由に行動して構いません。しかし、一つだけ命令をします。特攻するなら二人同時には避けなさい。それをやった場合には強制的に帰還、あるいは殺させていただきます。ボクとしては、なるべく後者はしたくないので、この命令には従ってください。シーシアス=アイギスより』。自由行動だって。どうする?」
少年が少女に問う。
「えー…。2人で行きたかったんだけど…。敵の情報を探る為にも、私、行こうか?」
「カノンを死なせる訳にはいかない。俺が行く」
「私だってお兄ちゃんを殺すわけにいかないわ」
「…じゃあ待機だな…」
全く話が進まないので、振り出しに戻った。
2人が再び談笑し始めると、彼らの横を黄金の髪の男性と青い髪を持つ影のような男性が通った。
「カール。なにか思い出しそうか?」
「いや、なにも。すまないね、ラインハルト。付き合わせてしまって」
「このくらい良い。親友が記憶喪失なのに動かないというのもなんだろう」
彼らはこのような会話をしていた。
「ねえ、お兄ちゃん。黄金の髪に、ラインハルトって名前。あの人聖槍十三騎士団の第一位かも知れないよ」
「ここでやれれば苦労はないけど…。ちょっとカノン、行ってみてよ。お前の創造なら、殺せなくとも、なにか出来ると思う」
「分かった。
青空が、さらに濃い蒼に変色した。
「
「おや?なにかが変わったようna――」
メルクリウスが気づく。
が、その直後、時が引き伸ばされ、ずっとaの音を言い続けている。首も細かく動いている。
周りの人間も皆、最後に発した言葉の母音を言い続けていたり、最後にした行動を繰り返している。
まるでバグったゲームのように。
「私の創造は3つある。一つはこの「周りの時間を引き伸ばす」という『煉獄』。一つは「お兄ちゃんが死ぬまで私も死ねない」という『地獄』。私にとっては天国だけどね。一つは「今までに見た事のある創造を(オリジナルには劣るが)使うことが出来る」という『天国』。今のこの空間は、私とお兄ちゃん以外誰も動けない!」
ラインハルトの元に走っていき、剣を形成しつつ、つつ、腰から肩にかけて、ラインハルトを斬る。
「せやあああぁ!」
腰に当たったが、そこから先に斬り込めない。
「なんで!?」
「カノン!さがれ!」
後ろからカムイの声が聞こえる。
驚異の跳躍力で後ろに飛び上がり、200mはあるであろう距離を一回ジャンプしただけで詰めた。
「座れ。彼は魂の質、そして量が違いすぎた。あれは俺でも無理だ」
「そんな…じゃあ私たちはどうすればいいの?!」
母音を奏でることしか出来ない人形どもが、奇妙な動きで母音を奏で続けている。
「…そうだな…。まずは、少し落ち着いたら、創造を止めてくれないか。…気分が悪くなってくる」
蒼い空が薄くなっていく。それにつれて街の人たちも動き出す。
「さて、宿舎に戻ってシーシアスたちに報告をしようか。行こう、カノン」
「待ちたまえ」
カフェのテラス席から立ち上がり、街に繰り出そうとしていた彼らを誰かが止めた。
「卿ら、先程、ここで起きたことについて何か知っているかな?」
それは先程襲った黄金と影だった。
「起きたこと?何かありましたか?」
「私たち、ここでお茶して、話が盛り上がっていたので分かりませんわ」
努めて平静を装った。カノンの口調が少しおかしいのは目を瞑っておこう。
「そうか。
気づかれていたのか!?いや、創造は展開されていたはず…。なら、こいつはなんなんだ!
「まあ良い。力及ばず。腰から斬ったのだろうが、ミリ単位でも斬ることができなかったのだから、相手にはならんだろう。貴重な時間を取ってしまってすまなかったな」
そう言うと2人は去っていった。
「バレてたの…?私の…創造が…」
「分からない。ただ痛みがあったからってだけかもしれない。彼は狙われて当然の存在だからね」
「でも、そこの彼女だと思ったって言ってたじゃない」
「ハッタリだろ。俺らが動揺するか見てたんだろうな。まあ、事件の犯人に仕立て上げられたら誰でも動揺するだろうけどね」
無駄な時間を過ごした…。報告する時間も少し削られてしまったな…。
「時間が惜しい。早く宿舎に戻ろう」
「やはり、敵国の兵が紛れ込んでいたか」
「彼らはいま、裏で戦争をしている国の兵だと言うのですか。ラインハルトよ」
カムイたちに話しかけた後、黄金と水銀はそんな会話をしていた。
「ああ。だが、取るに足らない相手だった。卿の力を借りずとも、倒せるだろう。聖剣七兵団があの程度で終わるはずはないと、私は思うがな」
「私が記憶を失っていなければ、何か出来たと思うのだが。いやはや、申し訳ないね」
「なに、気にすることは無い。誰にでも起こりうることだ。気に病まなくても良かろう」
「おーい!ラインハルトー!」
後ろから声をかけられた。
そこにはドイツ軍の軍服に身を包んだ者が5人いた。
「ツァラトゥストラか。終わったのか?」
「ああ。弱すぎた。戦ったのはザミエルとレオンハルト、そして戒さんくらいだ」
「そうか…」
明らかにおかしい。もう少し強かったと思うのだが…。
「まあ…良い。ああ、ゲオルギウスも戦ったのか」
「なんでわかった?!」
「なに、彼の聖遺物の反応があったからだよ。それに、少し前、空気が変わって形成が出来ない状態になっていた。太極を彼は使用したようだな」
「ああ。何度かな。ところで…」
そこからはただの雑談になった。
しかし、ラインハルトの頭の中はソ連軍のことについていっぱいだった。