【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
健人とセラーナがホールに戻ると、待っているはずのソーリングは姿を消していた。
いったいどこに行ったのだろうか?
雇い主を探して二人がキョロキョロしていると、ホールの奥、キッチンの方からガサゴソという音が流れてきた。
(階段の下か?)
キッチンを覗き込むと、地下へと続いていると思われる階段が健人の目に映る。物音は、その階段の奥から流れてきていた。
セラーナと顔を見合わせ、静かに降りていく。すると、すすり泣く男の声が聞こえてきた。
「すまない、カリタ、アベローネ……」
聞こえてきたのは、ソーリングの声だ。
地下の部屋は食糧庫兼、寝室になっており、一番奥にベッドが三つ設けられている。
その内の二つのベッドの前で、ソーリングは腰かけ椅子に座り、その大柄な体をまるで子供のように丸め、跪いていた。
ベッドの上には、二人の女性が寝かされている。おそらく、彼女達が、アレサンが言っていたソーリングの娘と、ウィンドピークの従業員であるアベローネだろう。
「本当に済まない。こんな街、残らなきゃよかった……」
泣き崩れるソーリング。
健人とセラーナは互いに小さく頷くと、静かにソーリングに近づく。
「ソーリングさん」
「っ!?」
セラーナが声をかけると、ソーリングは跳ねるように立ち上がった。
振り返ったソーリングの顔に、一瞬怒りの色が浮かぶ。
泣いていたところを見られたからなのか、それとも勝手に地下に降りてきたからなのか。
「すみません。ホールに戻ったのですが姿が見えなかったもので……」
「そうか……。すまない、みっともないところを見せたな」
だが、その怒りの色も、すぐに陰鬱で諦観に満ちた表情に塗りつぶされた。
「そちらの方々は?」
「娘のカリタと、従業員のアベローネだ。ドーンスターの噂は知っているだろ。悪夢に囚われ、二度と目覚めなくなるものが現れる、呪われた街ってな。その通りだよ」
ソーリングが、娘の頬をそっとなでる。
悪夢を見ていのか、寝ているにもかかわらず、カリタの顔は穏やかとは程遠い。
「数年前から、ずっと変だった。それでも一時はマシになったんだ。悪夢も見なくなって、これで大丈夫と思ったら……」
「かなり、衰弱しておりますわね」
「ああ、多分、あと一週間持たないと思う……」
健人とセラーナは歩み寄り、覗き込む。
ベッドに寝かされたカリタとアベローネは、まるで枯れ木のようにやせ細っていた。
無理もない。満足に食事をすることができないのだ。
栄養剤を輸液できる地球と違い、こちらでは小麦などを煮て薄めた粥を少しずつ飲ませるくらいしかできない。当然、栄養失調に陥る。
健人もソルスセイムでハルメアス・モラを退けた後、寝たきりになってしまい、著しく衰弱したことがある。
「妻が死んで、せめてこの娘くらいは守りたかったんだがな……」
もう、無理なのかもしれない。
そう漏らすソーリングに健人は何とも言えぬ憤りを覚えた。
ドーンスターの現状が、かつてのスコール村やレイブンロックにかぶってしまう。
だが同時に、頭の中の冷静な部分が告げてくる。
外部から頭の特定の部位にマジカを受けて昏睡しているなら、同じく外部からの干渉で散らすこともできるんじゃないか? と。
問題は、マジカの制御力だろう。
影響を受けているのは脳の深い部分だ。過大な魔力を注いでしまい、脳に傷を与えてしまう可能性もゼロではないはず。
そもそも、今の健人は魔法を扱えない。喉が潰れたことで、詠唱ができないのだ。
体内のマジカをある程度操作することはできるが、その程度だ。
『面影』が使っていた、魂に付呪を施すことで魔法を行使する術も、まだ習得できていない。
実のところ、エズバーンがある程度解析を終えたところで、一度試したことがあった。
だが、健人の魂に付呪を施すことはできなかった。
理由は分からない。しかし、術を行使したエズバーン曰く、「何かが干渉を弾いている」とのこと。
どの道、今の健人に打てる手はない。
しかし、卓越した魔法使いなら、的確な魔力操作と術式行使で、カリタ達に纏わりつく異質なデイドラのマジカを散らせるかもしれない。
そしてこの場には、その卓越した魔法使いがいる。
『セラーナ、治せる?』
「ケント、それは……」
健人の言葉に、セラーナは一瞬躊躇を見せる。
しかし、同時に彼女の顔には「できるかもしれない」という予感が浮かんでいた。
「でき、るのか?」
ソーリングが、信じられないと言った様子で見上げてくる。
「どこまでできるかは分かりません。お嬢さん方に纏わりついているマジカは、普通のものではありませんので。ですが、私の魔力で散らして、影響を減らすことくらいなら可能です」
もしできれば、彼女達が起きる可能性もあるだろうと、セラーナは続ける。
やはり、セラーナも健人と同じことを考えていたらしい。
ソーリングは目を見開いた。もう二度と娘は目を覚まさないと絶望していたのだ。その衝撃は、想像に難くない。
「君の妻は、魔法使いだったのか?」
『はい。腕は保証します』
「……分かった。頼めるか?」
「分かりましたわ」
魔法と聞いて、ノルドであるソーリングは一瞬逡巡を見せるが、直ぐに了承して脇に退いた。
セラーナは一歩前に進み、寝たきりの二人を見つめる。
緊張を含んだ息が漏れる。カリタの頭部に手をかざし、小さく詠唱。淡いマジカが、優しく彼女の体を包み込む。
「これは……相当影響が深いですわね。魂と肉体が剥がれ掛けています」
「も、もし剥がれたら……どうなるんだ?」
「普通なら、そのまま死んでしまいますわ。行きつく先はオブリビオンです。でも、まだこのくらいなら……」
ある種の確信を匂わせつつ、セラーナはさらに魔力を高める。
カリタを包む魔力光が明滅し始め、カリタの悪夢で歪んでいたカリタの表情が、徐々に穏やかになっていく。
間違いなく、セラーナの魔法は効いている証拠だった。
「ああ……!」と期待を帯びた声が、ソーリングの口から漏れる。
(こういう時、もしシャウトを使えたら……って考えちゃうのは、悪い癖だな……)
デイドラのマジカを散らすセラーナを見守りながら、健人は思わず浮かんだ思考に苦笑を漏らす。
健人がかつてソルスセイムで入手した『服従』のシャウトなら、彼女達に纏わりついているマジカを『服従』させて開放することもできたかもしれない。
そうでなくても、ミラークの知識の中には、相応の対抗策もあったはずだ。
だが、その全てが今は使えない。
目を閉じ、自分のうちに意識を飛ばしても、瞼の裏に写るのは真っ暗闇。
ハルコンと再戦した時をのぞいて、未だに健人は、ミラーク達の存在を感じ取ることはできていなかった。
ミラークが残そうとした言葉の意味も、まだ分からない。
(でも……)
真剣な表情でカリタ達に向き合うセラーナを見つめる。
心は荒れることなく、静かに凪いでいる。
シャウトを失い、戦友たちの存在も感じ取れなくなった。
片腕をもがれたような感覚は、未だに消えない。
でも、後ろ向きな気持ちにはならない。逆に、「今はできることをしていこう」と前を向ける。
そう思えるのは、やはり自分は一人ではないと感じられるから。
遠く離れていても、たとえ時が過ぎていても、変わらず自分を思ってくれている人がいることを、タムリエルに戻ってからここに来るまでで実感できたから。
リータ、ドルマ、カシト、ソフィ、そして……。
(だからこそ、この人を……この人達を守りたいと思える)
改めて、己の意思を確かめながら、健人はセラーナの治療を見守る。
(まあ、ちょっと確かめなきゃならないこともあるけどな。セラーナがワザワザ、ソフィのことで“嘘”をついた理由とか……)
ソフィがウィンドスタッドに残ったのか。その理由は、多分他にあると、健人は道中でのセラーナの態度からほぼ確信していた。
セラーナの独断……ではないだろう。ウィンドスタッドに残ると言ったのはソフィからだ。
となると、嘘をつくように頼んだのはソフィの方。
同時に、セラーナに口止めをしていたと考えれば、ソフィはその理由を絶対に健人に知られたくなかったということ。
(相応の理由があるのは間違いない。となると、多分セラーナは答えないよな。なんというか、そのあたりはとても義理堅い人だし)
そんなことを考えていると、セラーナが「ふう……!」と息吐き、高めていたマジカを治めた。治療が終わったのだろう。
カリタの眉がピクリと動き、やがてゆっくりと開かれる。
「ん……。父さん?」
「カリタ……! 起きたのか……!よかった、本当によかった……!」
ぼーっと見上げてくる娘を、ソーリングが感極まった表情で抱きしめる。
ノルドらしい厳つい顔が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「九大神にかけて、心から感謝する。なんてお礼を言っていいかわからない!」
数分後、セラーナがアベローナにも治療を施したところで、ようやく落ち着いたソーリングが二人に頭を下げてきた。
先ほどまでの陰鬱さは嘘のように晴れ、ともすれば空高く飛んでいきそうなほどのテンションだった。
「目は覚めましたが、一時的なものですわ。今のうちに、食事などをしておくことを進めします」
「それでも、だ! 本当に感謝している……!」
「私達の方からも、お礼を言わせてください。ありがとうございました」
「よく分からないけど、助けられたみたいだね。もし何か力になれることがあったら言ってね」
「え、ええっと、その……。お役に立てたのなら、なにより、ですわ」
手を握り、何度も何度も礼を言ってくるソーリングに、セラーナは珍しく当惑していた。
彼女は恐れられたり、敬われたりしたことこそ多いが、純粋なお礼を言われた経験がほとんどない故だろう。
微笑ましい光景に、健人は思わず笑みをこぼす。
「あの、何か変なこと考えていませんでした?」
怪訝な表情で振り返ってくるセラーナに、健人は誤魔化すように肩をすくめた。