虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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10:憧れに誓いを

 ルイズとモンモランシーが慌てて寮を駆け降りてヴェストリの広場に着いた時、広場に居る生徒たちはシン、と静まり返っていた。

 闇雲に振るわれたワルキューレの本気の一撃がアビゲイルの胴体を捕え、鈍く痛々しい音を鳴らして彼女の身体を吹きとばしたのだ。

 涙で土を洗い流して視界の戻ってきた決闘相手のギーシュですら、今現在起きたことをようやく理解し、目を見開いて息を飲んでいた。

 

 中身が空洞だとはいえワルキューレは金属。思い切り鈍器で殴りつけられたようなものだ。

 先ほどまで繰り返されていた投げ飛ばされる痛みとは違い、直接的に、それもパニックに陥った影響で手加減なしの一撃。

 頭部ではなく、胴体にあたったのは不幸中の幸いか。 しかし少なくとも骨が折れたか、ひびぐらいは入ってしまっているかもしれない。

 

「アビー!!」

「ちょっと、あれやばくない!?」

 

 モンモランシーは青ざめ、ルイズは倒れるアビゲイルへと駆け寄る為に生徒の輪へと突っ込もうとした。 すると突然爆風が吹き荒れ、生徒の一部が強引に押しのけられる。

 

 何事かと思って後ろを振り返ってみれば、顔を青ざめさせたキュルケと、いかにも「失敗した」と言わんばかりに眉を顰めたタバサが何やら騒がしくしながら走るのが見えた。

 

「ちょっとちょっとタバサぁ! アビーちゃん凄い良いの貰っちゃったわよ大丈夫なの??!」

「……不覚。 決着がつきそうだったから、つい見入った」

「うぐっ……それは私もだけど!」

 

 どうやら二人はこの決闘を最初から眺めていたらしい。

 なんでもっと早く止めないのよ!とルイズは憤慨したくなったが、それよりも心配なのはアビゲイルである。

 

 ぐったりと地に伏し、傷だらけのアビゲイルの元へとルイズは駆け寄ると声を掛けた。

 

「アビー!ちょっと、大丈夫?!」

「う…」

 

 ルイズに声をかけられ、アビゲイルは辛そうにゆっくりと目を開ける。 それを見たルイズは「良かった…」と安堵のため息を吐いてから、眉を吊り上げた。

 

「全く! 何でこんな事してんのよ! 心臓飛び出るかと思ったじゃない!」

「え……えっと。 ごめんなさい……」

「本当よ……ギーシュ!あなたも、なんでこんなことしてるのよ!!」

 

 事情を全く知らないルイズはアビゲイルを叱り、モンモランシーはギーシュを睨み付けて怒鳴る。 アビゲイルは何となく言いづらそうにして目を逸らしていたが、隣から割り込むように黒髪のメイド――シエスタが声を挟んだ。

 

「じ、事情は私がお話します、ミス・ヴァリエール、ミス・モンモランシー」

 

 シエスタは先ほどからずっとアビゲイルとギーシュの戦いを見ていたために既に死んだような青白い顔を浮かべていたが、アビゲイルが自分をギーシュから庇った事、そしてその後ルイズを『ゼロ』と馬鹿にされて怒った事をぽつりぽつりと絞り出すように語った。

 シエスタが語り終えると、モンモランシーの顔はみるみる内に怒りで赤くなる。

 

「最っ低! 自分の事を棚に上げて八つ当たりするなんて!!」

「…………」

 

 ギーシュは言い返さない。

 硬く口を閉ざしたまま、ただその場に立ち尽くす。

 しかしその表情は少し前までの言い訳がましくしていた時とは違い、どこか感情のはっきりしない、そんな様子だった。

 

 それに対してモンモランシーはますます怒りがこみ上げる。

 「あやまりなさいよ!」とか、「何とか言ったらどうなの!」とか、そういった言葉がじわじわと腹の中からこみ上げ、それらをぶちまけた。

 

「ぶっ飛ばしてやるわ!!!!」

「ちょっ??!?!」

 

 余りにもストレートな物言いをしてモンモランシーは杖を抜く。 アビゲイル達はその勢いに驚いて口をぽかんと開けるが、素早く正気に戻ったキュルケが慌てて羽交い絞めにした。

 

「まってあんたがそうなるとますますややこしくなるから!!」

「うるさい! 一発だけ、一発ぶん殴るだけよ!」

「杖抜いちゃってるじゃないのよ!……んもー!!タバサも手伝って!」

 

 キュルケとしてもギーシュの事は一発ぶん殴ってやりたいとは思っていたが、この場を一旦解散させてアビゲイルを休ませてあげることが先決であると考えた。

 タバサの協力のもと、モンモランシーの暴走を一旦は止めることに成功する。 

 

 そんな光景を他所に、ルイズは先ほどのシエスタの話に今だ衝撃を受けていた。

 自分がふて寝している間に、まさかそんな事が起こっているなどと夢にも思ってなかったからだ。

 そしてもう一つ、ルイズには分からない事があった。

 

 ねぇ、とルイズはアビゲイルの頬に触れる。

 その柔らかい頬は傷だらけになり、薄っすらと血が滲んでいた。

 目を離した隙に随分と変わり果ててしまったアビゲイルの姿に、胸が痛くなる。

 

「アビー……どうしてそこまでして戦ったの? そりゃ、私の事を怒ってくれたらしいって言うのは嬉しいわよ……でも、何もこんなふうになるまで戦う事なかったじゃない」

「それは……」

 

 ルイズがそう問いかけてみれば、アビゲイルは突然のその質問に驚いたように目を開き、うーんと唸る。 言おうか言わまいかと迷ったように目を泳がせるその様子は、少しだけ恥ずかしそうで、ルイズはますます疑問を深める。

 確かに、アビゲイルの性格なら誰かを馬鹿にされればそれを諌めたり、注意したりするだろう。 少し会話をするだけでもその優しい性格は容易に知ることができた。

 しかし、それと同時に彼女が『決闘』などといった争いを好まない性格だということもだ。

 ―――メイドの為? モンモランシーの為? それとも純粋にムカついたから?

 

 ルイズは考えても考えても答えを導き出すことができずにいた。 

 難しい表情を浮かべてうんうんと唸っていると、アビゲイルは照れたような表情を浮かべたままくすりと笑って、「どうか笑わないで聞いてくださいな」と前置きした。

 

「私、ルイズに憧れたの」

「―――」

 

 え、とルイズは声を漏らして目を見開き、アビゲイルの言っている事を暫く飲み込めずにいた。 冗談を言っているのかとすら思う。

 アビゲイルに見せた姿は色んな人から馬鹿にされ、見下され――そして魔法を失敗する情けない主人の姿だ。

 それに教室でも召喚したのは自分の癖に、勝手に失望したような、自分勝手な言葉も吐いてしまった。

 それのどこに憧れる要素があるというのか。

 胸が苦しくなり、ルイズは悄然とした面持ちでアビゲイルにそう問いかける。

 しかしアビゲイルは「ううん」と首を振ると、ルイズが今現在そうしているようにゆっくりと手を伸ばしてルイズの頰にそっと触れる。

 髪に手の甲が触れ、ルイズはさらりと自分の髪が揺れるのに少しだけくすぐったさを感じた。

 

「ずっと魔法が使えなくたって、色んな人から馬鹿にされたって、それでも諦めないでずっと頑張ってきた」

「………」

「それって、とっても凄い事だと思う。 たった一人で努力をし続ける事は、難しい事だもの」

「……!」

 

 ルイズは言葉が出なかった。 「才能がない」「ゼロ」などと言われる事はこれまでに何度もあった。 しかし、「凄い」と自分を褒めてくれる事は殆ど無かったからだ。

 鼻の奥がツンとし、涙が出そうになる。 褒められる事はこんなに嬉しい事だったのか、と胸の奥が暖かくなった。

 

「だから、私もそうなりたいなって思ったの。 『使い魔は主を映し出す鏡である』なら、私もそうでありたいって。 ……そうすれば私はきっと、ルイズの使い魔だって胸を張れるわ」

 

 喋るのも辛そうにしながら、アビゲイルは微笑む。 この戦いに勝つ事、負ける事など、アビゲイルにとってはきっと、どうでも良かったのだ。

 ただ真っ直ぐ立ち向かい、諦めないと牙を剥くその姿こそが彼女の憧れる姿なのだから。 そして同時に、それが彼女の精一杯の、ルイズに対する応援(エール)なのかもしれない。

 ルイズはついに堪えられなくなり、遂に一筋の涙が頬を伝う。 

 流れ出したそれは顎を伝い、やがてぽたぽたとアビゲイルの頬を温かく濡らした。

 涙を流すと思っていなかったのか、アビゲイルは少しだけ慌てたような表情を浮かべるが、ルイズは「ばかね」と言って笑った。

 

「あんたは立派な私の使い魔よ」

「ルイズ…」

「……でも、そうね。 まだアビーにはその証をあげてなかったわね」

 

 ルイズはそう言って杖を出す。 「何をするの?」と問いかけてみれば、ルイズは「目をつぶって」と答えた。

 

「―――我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 周囲はシンと静まり返っていたため、ルイズの声が辺りに染み渡るように響く。

 そしてゆっくりと顔を近づけ―――そっと触れるように、口づけを交わした。

 

「――――っ」

 

 その瞬間、アビゲイルは不思議な感覚と胸に走る痛みに襲われた。

 胸の奥底から全身へ掛けて何かが流れ出し、ドクドクと心臓が脈打つ度に全身に力が漲ってくるのだ。

 

 コントラクト・サーヴァント。

 使い魔と契約を交わし、主人と使い魔としての繋がりを持つ為の証を与える儀式。

 つまり、全身にあふれ出しているのは恐らく魔力であり、何らかの影響で自分へと活力をもたらしているのだろう。

 

 そしてその魔力の繋がりを感じ取っているのはルイズもまた同じであった。

 身体の内に感じるこのエネルギーが魔力であるのならば、それは今までよりも遥かに大きいと実感することができる。

 まるでアビゲイルから巨大な魔力の塊が流れ出てきているような、そんな感覚だった。

 

「……ありがとう、ルイズ。 とっても嬉しいわ」

 

 にこりとアビゲイルが笑い礼を言うと、先ほどまでこの少女とキスをしていたという事実が無性に恥ずかしくなり、ルイズはぷいとそっぽを向いた。 

 しかしその横顔は赤く、誰がどう見ても照れているのだと分かる状態だった為アビゲイルはふふ、ともう一度小さく笑い、もぞもぞと身体を動かすと上体を起こした。

 

「あっ……まだ動いちゃだめよ」

「もう少しだけ頑張らせて、ルイズ」

「……で、でも」

「お願い。 ……なんだかとっても気持ちが良いの。 此処から力が溢れかえってくるみたいで」

「う……」

 

 彼女の意見は尊重してあげたい。 だけど、流石にこれ以上の無茶はさせられない。

 主人として、この場合どうするべきか。 どちらの選択が正しいのか、ルイズにはなかなか決めることができず、暫くの間沈黙をしてしまう。

 するとアビゲイルはルイズの返事を待たず、ゆっくりとした動きで立ち上がった。

 

「ちょっとアビー! まだ良いなんて一言も……」

「……」

 

 勝手に動き出してしまったアビゲイルを叱咤しようとして、その言葉を最後まで言うことができなかった。

 アビゲイルは視線をこちらに合わせないどころか、まるで虚空を見つめているかのようにぼんやりとしながら口を開いたからだ。

 

「いあ……いあ……」

「……アビー?」

 

 小さく呟くような言葉と共にアビゲイルは目を細め、その表情はどこか恍惚としていた。

 声を掛けても振り返る事はなく、そのままゆっくりとした歩みでギーシュの前へと歩いて行く。

 

 その様子にルイズは違和感を覚える。 そしてその違和感を覚えたのはルイズだけでは無く、モンモランシーと格闘し続けていたキュルケやタバサ、そしてシエスタまでもがその表情の持つ冷たさの様なものを感じ取っていた。

 

「ふ、ふん、まだ立ち上がってくるか。 先ほどはひやりとしたが、どうやら心配いらなかったようだね」

「………」

 

 ギーシュは再び立ち上がってきたアビゲイルに対して内心かなり驚いていたが、それをおくびに出さないようにしてそう言った。

 しかし、アビゲイルはそれに答えず、緩慢な動きで手を前に突き出す。 すると突如としてタバサの持つ杖程の大きさの()()()()()()が現れ、しっかりとそれを握った。

 それを見てこの場に居る生徒達は全員目を丸くして驚く。 そこには無かった筈の大きめの物体が急に表れたのだから仕方のない事かもしれない。

 生徒達は口々に「どこから取り出したんだ?」「まさか、魔法か?」とざわつき始める。

 当然平然を装っていたギーシュも慌てたような声を出した。

 

「なっ……ど、どこからそんなものを!」

「………」

「……まぁ良い。 そんな武器を手にした所で、僕の勝ちは揺るがない。 君はもう動くことも難しいだろう」

 

 ギーシュはそういうが、その言葉は事実であった。

 たとえ武器を召喚する魔法があったとしても、それを振り回すための体力がもうない。

 それどころか、先ほどまでの戦いで既に身体のどこかに大きなダメージを負っている筈なのだ。

 いまや立っているだけでも奇跡であり、賞賛に値する程の状態。

 そんな人間が武器を振り回すことなど到底不可能である。

 

「潔く、降参を―――」

 

 するといい。 という言葉は最後まで発するができず、パン!と何かが弾ける音でかき消された。

 何事かと認識するよりも前に強い衝撃と共にギーシュは意識を失った。

 

 

 

 




ギーシュはSANチェックする前に意識を失ったので幸せな人生だったと思います。






いや死んでませんよ


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●鍵の色を修正しました
銀色の長い棒⇒黒色の長い棒

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