夢を見ている。
それは少年のまだ短い人生の夢だ。
彼の家は名門であり、軍に所属する者、政治界に名を連ねる者であれば誰でも知っている程の軍属貴族であった。
父親は元帥であり、三人の兄も軍に在籍し、既に数々の輝かしい武勲を上げている。
少年はそんな家族達に憧れていた。
そして同時に、いつか自分も立派なメイジになり兄達や父と同じ道を歩むのだろう。 そう思っていた。
だからこそ少年は努力をした。
勉強が終わった後、精神力が尽きるギリギリまで杖を振るっては、ヘトヘトになって家に帰ってくる。 そんな日々を繰り返した。
家族はそんな自分を褒めた。
少し休んだらどうだ、と言われる事もあったが、少年は笑顔で大丈夫だと答えた。
憧れの人達の様になりたい、そう思えば無限に活力が漲ってくるのだ。
――しかし現実は少年の思うようには行かなかった。
少年はいつまで経ってもドット・メイジのままだったのだ。
もちろん、軍の人間が皆ラインやトライアングルのメイジと言うわけではない。 むしろ、ドット・メイジの方が多い部類だという事を少年は理解していた。
しかしそれでは駄目なのだ。
自分は父や兄達と同じように、家名に相応しい優秀な軍人にならなくてはならない。
少年の理想と現実は徐々に食い違っていった。
懸命な努力の末に7体同時に《クリエイト・ゴーレム》を使役する事が出来るようにはなった。
しかしそれ以上の進歩が無かった。
いつまでもドット・メイジ止まりだったのだ。
やがて家族への憧れは劣等感へと変わっていった。
どうして自分はドットのままなんだ。
どうして自分は兄達のようになれないのか。
少年は憤り、嘆きながらも杖を振り続けていたが、努力を重ねても上に行けないどころか、同い年にして自分よりも遥かに巧みに魔法を使いこなす少女まで現れた。
気がつけば少年は杖を下ろし、前に進むのをやめていた――
ギーシュは重たい瞼をゆっくりと開く。
視界に映るのは見慣れた自分の部屋ではなく、カーテンで仕切られた部屋だった。
何故こんなところに自分は居るんだという疑問に思ったが、頭に走るズキズキとした痛みが答えを教えてくれる。
あの決闘の最後、輪郭の無い触手がワルキューレを打ち抜き、そのまま自分を吹きとばしたのだ。
「……そうか。 僕は負けたのか」
「そうよ」
自嘲気味に呟くと、カーテンの向こう側から声が返ってくる。
どこか冷たく、それでいて怒っているのがわかるツンとした少女の声だ。
カラカラとカーテンを開いてみればそこには予想通り、くるくると巻かれた金髪と広いおでこをした少女、モンモランシーが椅子に座っていた。
何故ここに、と口にする前に少し空けた先の反対側のベッドからすうすうと寝息が聞こえるのに気がついた。
ベットの上を見てみると、そこには顔に痣や傷を残したアビゲイルが少しだけ苦しそうな表情を浮かべて眠っていた。
外を見ればとっくに外が暗くなっており、あれからそれなりの時間が経った事がわかる。
「少しは頭が冷えた?」
「……ああ。 冷静じゃなかったとは言え、幼い少女に手をあげるなど男として恥じるべきことをしてしまった」
「……ふうん。 冷水をぶっかけてやる必要は無さそうで良かったわ」
モンモランシーはギーシュに視線を合わせる事なく、言葉を返し、続ける。
「だけど何でここまでしたのよ、貴方らしくもない」
「……そうだね。 僕もそう思うよ。 彼女の言葉は何処までも正しくて……僕はそれが認められなかったんだ」
「ふーん……?」
「……いや、すまない。 言い訳みたいになってしまうけど……僕が何を思ったか、聞いてくれるかい?」
憑き物が落ちた、と言った感じのギーシュの様子を見てモンモランシーは「どうぞ」と返事を返す。するとギーシュは「ありがとう」と言い、ぽつりぽつりと語り出した。
食堂での一件、最初こそは完全に頭に血が上り、暴走してしまっていた。 自分の小さな自尊心が傷つけられ、未熟な自分ら誰かに八つ当たりせずにはいられなかったのだ。
しかし口論を続けると、アビゲイルの口から出た言葉が状況を変える。
――魔法が使えなくたってルイズみたいに必死に努力して、真っ直ぐ自分に向き合っていける人の方がずっと格好いいわ!
その言葉は努力をしても実らず、ついに心から折れてしまった自分の心を突き刺したのだ。
才能がないから、努力をしても無駄だ。
自分はあの兄や父達の血をもっているのだから、いつか大成できるはずだ。
自己矛盾をしながら、心の折れた自分を正当化する事ばかりをしてきた自分には耐えられない言葉だった。
そんな事本当は分かっている。 だけど、それは簡単にできる事じゃない。
ギーシュは心の奥底でルイズの事を尊敬し、そして嫉妬していた。
何故そこまで頑張れるのか、それを聞きたくてたまらなかったが、ギーシュは自分が逃げ出したという事実を認めたくない思いからルイズの事をバカにし続けていたのだ。
どうせ無駄だ。
そんなものやめてしまえば良い。
――僕と同じように――
そして啖呵を切ったアビゲイルに決闘を挑んだ。
この使い魔だって無理だと分かればすぐに諦めるだろう、そう思ったからだ。
しかし彼女は諦めなかった。
何度地面に転がり、叩きつけられてもその瞳は闘志を失わず、何度も立ち向かってくるのだ。 彼女はその小さな身体で証明しようとし続けていたのだ。
そして、そこで初めて何故そこまで頑張れるのか、立ち上がれるのかという理由を聞く事になる。
――私、ルイズに憧れたの。
ギーシュは心臓を掴まれたような錯覚を覚えた。
それはかつて父や兄達に憧れ、無我夢中に努力をしていた子供の頃の自分が目の前の少女と重なって見えたのだ。
自分は知っていたのだ。 憧れは無限の力になると。
それが醜い嫉妬へといつの間にか変わり果て、忘れてしまっていただけなのだ。
「……彼女はそれを思い出させてくれた。 だからこそ僕は彼女に感謝しなくてはならない。 そして、すまなかったと彼女に……彼女達に謝らなければならないね」
本当に反省している様子のギーシュに対してモンモランシーは言葉を挟まずに聞いていた。 夜の医務室は静寂に包まれ、ギーシュの言葉は外の闇に吸い込まれて行くようだった。 するとアビゲイルがもぞもぞと身動ぎし、
「私も……ごめんなさい……最初に叩いてしまったのは私だもの……」
と申し訳なさそうに呟いた。
「アビー! 目が覚めたのね! 全く、いつから起きてたのよ……」
「『こいつの頭を丸めたら、少しは反省するかしら』……あたりから」
「ぼ、僕が目覚めるより前に目覚めてたんだね……」
そんな事言ってたのか……とギーシュの顔が引き攣る。
モンモランシーはめちゃくちゃなひとりごとを聞かれたのが恥ずかしくなり、わー!と声をあげた。
「もう! 起きてるなら早く言いなさいよぉ!」
「だ、だってその時のモンモランシーさん、ちょっぴり怖かったんですもの……」
ぶるりと震えアビゲイルは掛け布団を鼻の上まで引き上げる。
その様子にはははとギーシュは少しだけ笑い、それから顔を引き締める。
「さっきの事だが、君が謝る事はないよ。 全ては僕の招いたことだからね」
「……」
「そして本当にすまなかった。 僕自身の事がどうであれ、君達に対して非礼な事をしてしまった。 君が望むなら、どんな事をしてでも償おう。 ……それで許されるとは思っていないが、どうか僕の誠意を受け取ってほしい」
ギーシュはベッドから降りると深く頭を下げた。 男として、貴族として、けじめとして―――彼女へ謝り、そしてその罪を償わなければならない。
アビゲイルもゆっくりとベッドを降りる。
まだ身体を癒す薬の効果が完全に表れていないためまだ体が痛むのか小さく苦悶の声を漏らした為、モンモランシーは「まだ起き上がっちゃだめよ」と声を掛けたが、アビゲイルは「大丈夫」とそれを制した。
ギーシュが頭を下げたままでいると、アビゲイルが目の前まで歩み「頭をあげてくださいな」と声がかかる。
顔を殴られるでも、あらゆる罵声を浴びせられるでも、全て受け入れるつもりだったギーシュはゆっくりと顔をあげ、そして困惑した。
アビゲイルが手のひらを差し出していたのだ。
ギーシュはその手の意味が理解できずに困惑していると、アビゲイルは微笑んで言った。
「仲直りの握手をしましょう。 そして―――どうか私のお友達になってくれたら嬉しいわ」
「―――」
ギーシュは目を丸くし、ぽかんと口を開ける。 暫くの間そうしてから釣られて小さく笑うとその手を取った。
「……君は本当に強く、そして優しい子だね」
「そ、そうかしら……」
「ああ……僕も君たちの様に真っすぐに生き、努力すると誓うよ」
「なんだか恥ずかしいわ。 でも……ふふ、それなら」
アビゲイルは一度手を離すとにっこりと花のような笑顔を浮かべてから再び手を差し出した。
今度は手のひらではなく、小指を一本だけぴんと立てていた。
「もし、もっと凄い魔法が使えるようになったら……また私にみせてくださいな」
「ああ、約束しよう。 きっとメイジとして成長し、友である君に見せる事を!」
こうして少年と少女は約束を交わす。
窓の外に浮かぶ二つの月の光がそれを祝福するように妖しく輝いていた。
それから学院長室に事情説明の為に呼び出されていたルイズ達が戻り、ルイズとキュルケのグーパンがギーシュの顔に炸裂するのは別の話。
アビーちゃんはカルデア職員からも好かれるキュートガールなので仲直りを選択しました!!
これにてギーシュ戦の下りは一件落着(少なくともこの子らの間では)という事で明るい話が描けるかな~~~!?? ちょっと長かったんちゃうん?
ギーシュ戦までにこんなに時間かけて進行おせぇみたいになってたらスマンノ……お兄さんゆるして