ギーシュとアビゲイルは保健室で安静にさせられている間に二人は随分と仲良くなった。
下級水薬の効果が完全に発揮されるまでは動いてはダメだと教師に言われていた為動くこともできず、二人して暇を持て余し続けたのだ。
勿論ルイズは「男子と同じ部屋に寝かせるなんて出来ないわ!」と反対していたのだが、アビゲイルが「折角だしお話ししたい」という要望で今の形になったのである。
もっとも、実際のところ二人して部屋で寝ているだけでは暇で暇で仕方がなかったので、アビゲイルのこの提案は正解だったと言えるだろう。
また、シエスタとギーシュも打ち解けていた。
ベッドの上から動けない二人の世話をしに何度もこの部屋を訪れていたのだが、アビゲイルが巻き込んでいく形で話の輪の中に入れていたのだ。
勿論、もともとギーシュがフェミニストだったと言うこともあるが、やはりそこは人と人。
シエスタが謝罪を受け入れ話していくうちに、お互いに平民と貴族の壁で見えなかった部分が見えたと言う部分も大きかったのだろう。
基本的な話の内容は様々で、ギーシュの家族の話やメイドの間で流行ってる占い話、皆の好きな食べ物の話(この辺りはアビゲイルのパンケーキへの情熱を語ることがメインになっていた)、キュルケの時と似たように土系統の魔法についてどんなものなのか教授する――等である。
ルイズ達も授業が終わる定期的に見舞いに訪れていた。
保健室の外へと漏れ出す楽しそうな声を聞きながら、がらり、と保健室の扉を開けると、そこには、
「ワルキューレ達を白銀にできたらかっこいいと思うわ! まるで物語に出てくる騎士様みたいで……」
「う、うーむ。 ワルキューレは一応女騎士だから君の考えている『騎士様』とは多分違うと思うのだが……どうでもいいか!」
「きっとその騎士様は悪に立ち向かう正義の騎士様なのですね!」
「ええ、ええ! 広く青々と広がる草原の上に整列する白銀の騎士様! 太陽の光を受けてその身に纏う甲冑を輝かせ――」
「腰に刺した一振りの剣を掲げ、いざ正義を証明せんと悪に挑み掛かる――」
「「「か、格好いい!!」」
ルイズ達は扉を開けたまま唖然とする。
ギーシュはともかくとして、アビゲイルとシエスタまでもがそんなことで盛り上がっていたからだ。
とはいえ三人はまだまだ夢見る少年少女。 仕方のない事といえば仕方のない事だろう。
キュルケだけはアビゲイルの例のパンケーキ熱弁を聞いていたためにそういった側面があると言うことを知っており、あははと苦笑いを受かべていた。
こうしてアビゲイル達は仲良く回復するまでの二日間、親睦を深め――ついに二人は完治したのである。
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「今日は授業の前に学院長室へ行くわよ」
完治して最初の授業の前に一度寮に戻ったギーシュに別れを告げてからすぐにルイズが言った。
どうやら自分にも例の広場での騒動について聞きたいことがあるらしかった。
「まあ、あの件についてって言うより、もともと学院長室へは行く予定だったのよ」
「そうなの?」
「だってあんたを召喚した時、私とコントラクト・サーヴァントする前に倒れちゃったんだもの。 本来ならちゃんとコントラクト・サーヴァントが成功して、それで初めて使い魔の召喚に成功したって認めてもらって進級できるようになるわけ」
「じゃあ本当はあの日、学院長室でコントラクト・サーヴァントをするつもりだったのね……」
「ええ、そうなるわね」
ルイズが当然でしょ、と言った風に答えると、アビゲイルはなんとも言えない表情になり、少しだけ顔を赤らめてルイズから視線を逸らした。
「ル、ルイズったら、先生方の前でキスするつもりだったの?」
「なっ――」
もじもじと赤くなるアビゲイルにルイズの顔も釣られてカァッと熱くなる。
「ば、ば、ばか! 変なこと言わないでよ! そんなこと言ったら……あの場でもっと大勢の前で見られながらキスしてるじゃない!」
「そ……そうだったわ。 キスした後のことはなんだか朧げだったから……」
アビゲイルはあの時の事を思い出す。
急に胸が熱くなったと思えば頭の中に声が響き、まるで身体が勝手に動いているかのように鍵を刺した。
頭の中に響いた声の殆どが理解できず、それでいて既に断片的にしか残っていない。
しかしそれでも、記憶の中に残っている単語の意味を理解することができれば、きっと失った記憶に近づけるのではないか、とアビゲイルは考えていた。
ルイズは思案を巡らせ顔を曇らせるアビゲイルが気になり、長い服の袖の中で自然と握られた手を取って歩きだす。
「ほら、とにかく行きましょ。 あんまりもたもたしてると授業に間に合わなくなっちゃうわ!」
「あっ……そうね」
アビゲイルは考えることを中断して、ルイズの早足について行くように歩調を合わせて歩き出した。
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コンコンと扉をノックすると、「入って良いぞ」と部屋の中から声が聞こえた。
「失礼します」
「し、失礼します!」
中に入ると小さな丸い眼鏡を掛け、つるりとした頭頂部が特徴の男性、と真っ白な髭を生やした椅子に座った老人の二人が待ち構えていた。
アビゲイルは少し緊張してこわばった表情になりルイズを見るが、ルイズは堂々とした立ち振る舞いで「連れてまいりました。彼女が私の使い魔です」と発言をした。慌ててアビゲイルは「アビゲイルです!」と言い頭を下げながら凄いなあ、と内心で思い、頭をあげると羨望の眼差しを向ける。もっとも実際のところルイズも内心はかなり緊張していたのだが……
アビゲイルの自己紹介が終わると二人が自己紹介をする。
オスマン、コルベール。 それぞれが学院長、そして
「朝から呼び出してしまってすまんの」
「いえ」
「君達のことは既に聞いておる。 昨日の決闘騒動の中で既にコントラクト・サーヴァントを済ませているようじゃな」
「……は、はい」
「ご、ごめんなさい、私がわるいんです……」
バツが悪そうにルイズは目線を泳がせ、アビゲイルが咄嗟に謝罪を述べると、オスマンはホッホッホと如何にも老人らしく朗らかに笑って言う。
「いやなに、それについてとやかく言うつもりはないんじゃよ。 むしろ儂等がもっと早くに止めるべきじゃった。すまんのう」
「そ、そんな……」
逆に謝り返されるとは思わずアビゲイルはわたわたと両手を動かして慌てだす。
しかしコルベールはオスマンが『眠りの鐘』の使用許可を却下した時点で止める気などさらさらなく、それ所か『遠見の鏡』で見物をしていたのを隣で見ていたため、しらじらしい、と若干冷めた目でオスマンを見ていた。
コルベールは話が進みそうにないと判断し、コホンと咳ばらいをして一度やり取りを打ち切り、それからアビゲイルの方を見た。
「今日此処へきて頂いたのは、契約の証であるルーンがきちんと刻まれているかという事、それと君に少し話をしたい思っていたからです」
「私にですか…?」
「うむ。 ……じゃから、ミス・ヴァリエールには少しだけ席を外して頂きたい」
「え……な、なぜですか?」
コルベールの言葉を引き継ぐように言ったオスマンに対して、理由が分からない、とルイズは戸惑いの表情を浮かべる。 するとオスマンは何とも言えない複雑な表情を浮かべて口ごもる。
「……いえない理由があるのですか?」
「……ううむ、そういう訳ではなく……いやあるが……」
「どっちですか!?」
歯切れの悪いオスマンに対してルイズが叫ぶ。 とはいえオスマンとしても、
『その子が危険かもしれないからお話し聞かせてね』
などといえばルイズが怒り出すことは目に見えている。 現にルイズはアビゲイルを庇うように立ち塞がっているではないか。
構図としては、もはやいじめっ子に虐められている少女を助けにきた学級委員と言ったところだろうか。
まるで自分たちが悪党になってしまったかのような状況にオスマン達は顔を合わせ、どう説明するべきかと頭を悩ませ始める。 やはり初めから進級認定の為に呼び出すのとは別件で一人だけ呼ぶべきだったかと後悔する。
「仕方がないか……」とオスマンはしぶしぶルイズの同席を認め、アビゲイルの方へと向き直る。
「単刀直入に聞こう。 君のあの力はなんじゃ?」
「……わ、わかりません」
断片的な記憶があれど、詳しい事について何もわからないアビゲイルにはそう答えるしかない。 しかしオスマンはその返事を聞いて「ほう?」と呟き、目を細めた。
「本当かね? 聞いたところによると、君はあの力を自らの手で操っていたと聞いたのじゃが」
「それは………その通りだと思います」
「不思議な言い方をするのう。 使えるのに、分からないと?」
「ごめんなさい……」
しゅん、と表情を曇らせる。 大人達に囲まれているという状況もだが、何よりも多人数に責められているような雰囲気がアビゲイルへと重くのしかかる。
ルイズは俯き小さくなるアビゲイルを見て、口を挟んだ。
「っ、彼女は記憶喪失なんです! だからあの力がなんなのか、本人にだって分からないと言うことだってあり得ます!」
「記憶喪失か……君は直感で召喚魔法を唱え、ミスタ・グラモンへ一撃加えたと」
「はい……」
「ふむ……本当に? 何か隠しているという事ではなかろうな」
「い、いえ、そんな……」
ルイズの訴えに反して、オスマンの反応は悪い。 確かに、その言葉を鵜呑みにしてしまえばそれは仕方のない事だと納得する事は出来る。
しかしそれが嘘だという保証も無いのは事実。
まさに悪魔の証明であったが、既にオスマンの中にはそれを信じる程の余裕がなく、疑心暗鬼に陥っていた。
それにしても、ますます訝しみを深め、眉間に皺を寄せるオスマンの威圧感は流石学院の長と言ったところか。
いつもなら朗らかな老人、もしくはただのスケベ親父であるが、認識を改める必要があるとコルベールは内心で舌を巻いていた。
しかしながら、そんな威圧感を出されてしまえば当の本人は堪ったものではない。
アビゲイルはその視線を受けているだけで緊張で喉がカラカラに乾き、伏した目からはじわりと涙が溢れそうになる。
かといって今の自分ではこの場を納得するさせられる回答など考えつかず、ぎゅっと両手で服の裾を握りしめるばかりだ。
当然そんなことになってしまえばルイズも黙ってはいない。
大きく目を開いた後、睨みつけるような視線で非難の声を発する。
「まさか疑ってるんですか?!」
「ま、まぁ、そういう事に……」
「アビーはそんな子じゃありません!! 素直で優しい子です!!」
「それはそうかもしれ――」
「何を根拠にそんなことを言ってるんですか!!」
ルイズの剣幕にオスマンは気圧される。
あまりにもヒートアップしすぎて暴れ出さないかと若干コルベール達とアビゲイルが不安になってしまうほどだ。
もはや何を言っても火に油だろう。
コルベールはとりあえずこの場を納めなくてはならないと慌てて仲裁する事にした。
「ミ、ミス・ヴァリエール、ちょっと落ち着きなさい。 オールド・オスマン、あなたも少し疑いすぎです。 彼女が怯えているではありませんか」
「む……それもそうじゃな……」
「っ……、すみません……」
「アビー君、だったかな。 君にも申し訳ない。 見たこともない魔法だったから、つい構えてしまってね」
「いえ……」
「この話についてはまた日を改めるとしよう。 オールド・オスマン、それでよろしいですね?」
「う、うむ」
オスマンは助かった、と冷や汗をかき、ルイズとアビゲイルはまたあるのか……と内心でため息を溢す。
(主にルイズが)ピリピリとした空気が漂う中、コルベールが一度仕切り直しをするように咳払いをして口を開く。
「よし、ではミス・ヴァリエールの進級についての話をしましょう」
「!……はい!」
待ちに待った進級。 数日前までは進級する事ができるかと不安だった日々もあったものだが、それもようやく解放されるわけだ。
ルイズは先ほどのピリついた気持ちが消え、嬉しそうに目を輝かせる。
「召喚が正しく成功した、という証はコントラクト・サーヴァントによって出現したルーンを見せてくれるだけで大丈夫ですぞ」
「分かりました! アビー、ルーンを先生方に見せて頂戴」
「ええ! ……え?」
アビゲイルへルーンを見せる様促すと、途端に素っ頓狂な声をあげて固まる。
「アビー? どうしたのよ、早く見せて頂戴」
「ちょ、ちょっと待ってルイズ……見せるの?」
「? 何言ってんのよ、さっきここに来る前話したじゃない」
「聞いてない! 全然聞いてないわ! 『認めてもらえば良い』とは言っていたけど、『ルーンを見せる』なんて一言も言ってない!」
「そ、そうだったかしら……でも別にいいじゃない。 何が問題なの?」
ルイズは何がそんなに嫌なの?という表情を浮かべる。 コルベール達もその様子を不思議に思い首を傾げた。
アビゲイルの表情を見てみれば、目に涙を溜めて今にも羞恥で死んでしまいそうな程顔を赤らめていた。
コルベールは、確かに女性に対して肌を見せろというのは失礼かもしれないと思ったが、それでも此処まで嫌がる事に少し驚いていた。
「だ、だって……」
「だって?」
「だってぇ……」
アビゲイルは羞恥が頂点に達したのか、長さの合っていない袖をブンと振り顔を隠して叫ぶ。
「私のルーン、胸にあるんですもの!!」
それぞれの呼称があんまりわかんなくて難しい……
ギーシュ戦でルーンが刻まれる下りであっと思った人も居るかもしれませんが、ルーンを見せる事になったらそらもうこうなります。
僕もアビーの胸に刻まれたルーン、見たいですね(ルーンは別に見ないですけど^^)
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1:序章 を少しだけ加筆しました。
とはいえ記憶喪失前なので特にみる必要はないと思います。
一応変更点としては
・門を開く為に『とりあえず』教会に入った。
↓
・怪物が襲ってきたから『慌てて』教会に入った。
という流れに変更しただけです。
こっちの方が強引に門を開いた感が強くなると思ったので!