「……」
「ね、ねぇアビー、そろそろ機嫌を治してくれない?」
「……別に全然怒ってないわ」
「いや、そんなほっぺ膨らませてそっぽ向きながら『怒ってない』は無理があるわよ……」
あの強烈なカミングアウトから少しして、今は授業を受けるために廊下を歩いていた。
結局、あの後羞恥で悶えるアビゲイルに気を使ってくれたコルベールが申し訳なさそうにしながらすぐに秘書であるロングビルを呼び出してくれたのだが、学院長である筈のオールド・オスマンは「この目で確かめねば!」と言い出して事体がややこしくなった。
果たして先ほどの疑いの件を引きずった真面目な話だったのか、それともただの変態ジジイだったのか、その真相はルイズにも、コルベールにも分からない。
少なくとも鼻息を荒くし、目を血走らせていたとだけ付け加えておこう。
廊下でちょうど会ったキュルケもその話を聞いてぶっと吹き出す。
「あっはっは! 全く、ルイズもそれぐらい気づいてあげなさいよ。 女性が男性相手に簡単に肌を見せるってだけでもアレなのに」
「うぐっ………いや待ってアンタにだけは言われたくないわよこの色ボケ女!」
「……だけどせめて『見せる』ってことだけは事前にちゃんと言っておいて欲しかったわ」
「そ、そこは本当にごめん……」
今朝のルイズはその実、完全に浮かれていたのだ。 細かい点に気が回らなかったという点においてルイズが全面的に悪いと自分でも自覚をしていた為言い訳をする事も難しかった。
くっくと腹を抱えて笑っていたキュルケだが、流石にルイズがいたたまれなくなってきたと感じてそろそろこの状況を打開するための助け舟を出してあげる事にした。
「まぁほら、ルイズも反省してるみたいだし……何か美味しいもの一つで手を打たない?」
「……例えば?」
「んー、そうね。 何がいいかしら」
ちらりとルイズの方へ目配せをする。 ルイズはあっ、と何かを閃いたような表情を浮かべた。
「今日のランチが終わったらデザートにパンケーキを作ってもらえるようお願いしてみましょうか」
「パンケーキ!?」
「そうよ。確か好物だって言ってたわよね?」
「ええ! 甘いのもしょっぱいのも大好きだわ!」
「そ、そう。 じゃあ決まりね」
「ふふふ! お昼が楽しみだわ……」
アビゲイルのテンションは一気にうなぎ上り。 授業もまだだというのに既にランチの後のデザートを思い浮かべ幸せそうな表情を浮かべている。
るんるんと食べ物一つでスキップをするその姿は全く単純だと言わざるを得ないが、少なくとも機嫌が悪そうにしているよりかは断然いいだろう。
キュルケは目線でルイズに対して「貸しひとつね」と送り、ルイズはそれを察して悔しそうにしながら頷いた。
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「おはよう友よ。 なんだか嬉しそうだね」
「おはようギーシュさん! ふふふ、分かってしまうかしら……なんと、ルイズがお昼にパンケーキを作ってもらえるように頼んでくださるんですって!」
教室につくとギーシュが既に椅子に座っており挨拶をかわす。
ギーシュが彼女の事を「友」と呼んだ事についてもだが、ついこの間あんな決闘が行われたとは思えない様子に、周りの生徒たちは驚きの様子を隠せなかった。
「へえ……ルイズがわざわざねぇ」
「なによ」
「いや別に。 だけどアビー、あんまり言いふらさない方がいいわよ。 それって特別に作ってもらうって事でしょ」
「あっ……そっか、そうよね。 つい嬉しくなっちゃってつい。 ありがとうモンモランシーさん」
そしてギーシュの後ろに座っていたモンモランシーもまたその会話の輪の中に入っていく。
これもまた周りの生徒が驚いているが、ついこの間二股疑惑でギーシュの事を吹き飛ばす程の力でビンタをし、決闘の時もぶん殴ってやると暴れていたとは思えない様子だ。
しかし生徒たちが驚いているのはそれだけではない。
『よく彼女と一緒に居られるな』
という、怯えの混じった感情だ。
誰も教室では口に出さないが、アビゲイルを見る生徒達からはそんな空気が漂って居た。
メイジを一撃で倒した、名状し難い謎の触手。
たしかにソレを見たはずなのに、ここにいる誰しもがその色や形状をはっきりと覚えていない。 しかしそれでも拭えない恐怖感や嫌悪感は残り続けている為、彼女に近づいたり、からかったりなどをしなくなったのだ。
当然その空気をアビゲイル達も感じ取っていた。
というより、アビゲイルが教室に姿を現した直後に教室がシンと静まり返れば誰でも気づくことだろう。
「なんだか私、怖がられてるわ……」
「そうね……でも気にしない方がいいわよ」
「やっぱりアレはなかなかにショッキングだったものねえ」
ルイズが慰め、キュルケが思い出しながら言う。
自分の本能がどれだけアテになるかは分からないが、あのタバサを『危険』と言わしめたあの魔法は本当に危険なものだったのだろう。
アビゲイルの表情に影が指し始めると、ギーシュがフッと笑って口を開く。
「安心したまえ。 たとえ君がどんな力を持っていたとしても、僕は気にしないよ」
「でもあなた速攻で倒されてたからよく見てなかったんじゃないの?」
「そ、そうよ。 はっきりと見たら、怖がって友達じゃ居られなくなるかも……」
モンモランシーの最もな突っ込みに対してアビゲイルも同意する。 しかしそれでもギーシュは表情を崩さぬまま気障ったらしく薔薇を取り出してアビゲイルは差し出した。
「ならばここに誓おう。 何があっても僕は君の友であり続けると」
君との約束もあるしね、と付け加えて笑う。
元々ギーシュの顔は整っており一年生の女子にも人気な上、こう言った気取った台詞にもあまり違和感が無い。
アビゲイルは嬉しさと、少しの照れで顔をほんのりと赤らめて「ありがとう」と言うとギーシュの差し出した薔薇を受け取った。
一方のルイズ達の反応と言えば、
「な……なんかムカつくわねなんでかしら」
「奇遇ねルイズ。 あたしもよ」
元はと言えばこいつの所為なのに急にいい奴っぽくなりやがって……とひっそりと毒づいていた。
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授業が終わり、さらに昼食を軽めにして終えるとアビゲイルとルイズは厨房に来ていた。
ルイズが昼食の前にシエスタに先ほどのパンケーキの件を伝えると、「分かりました!」と二つ返事で承諾してくれたのだ。
「待っていてくださいね。 直ぐにあつあつのパンケーキを焼いて頂きますから!」
「ええ! ……ふふ、楽しみだわ」
ぐっと両手で拳を作ってにこりと笑うと、シエスタも厨房の奥へと引っ込んで行き、事前に用意していたお皿の準備をしたり生クリームやメイプルシロップ、バターなどを用意し始める。
料理長であるマルトーも準備してあった材料を取り出し、大きめのフライパンの上に流し始めた。
実はルイズからパンケーキを作って欲しいと言われる前に厨房ではこう言った用意だけは着実に進められており、回復を祝う意味を兼ねて明日か明後日にでも厨房へ来てもらえないかとお誘いをかけるつもりだったのだ。
しばらくしてシエスタが「お待たせしました!」とかなり大きなパンケーキとともに厨房の奥から現れる。 その大きさはルイズも目を見張るほどの大きさで、出来立ての表面はさくっといい感じに焼けており、ほかほかと立ち込める湯気の中に投入されたバターがとろりと溶け、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。
「わ……凄く大きいわ。 それにとっても美味しそう……!」
「どんどん召し上がってくださいね。 トッピングもいろんな種類を用意して見ました!」
ふふん!と得意げなシエスタの前には生クリーム、蜂蜜、チョコレート、アイスクリーム……などなど。 バターの染み込んだパンケーキに合わせると最高に美味な面々が並んでいる。
これには思わずルイズもゴクリと喉を鳴らした。
アビゲイルはまずナイフとフォークで丁寧に少し大きめの一口サイズに切り、バターが染み込んだだけのパンケーキを頬張った。
「〜〜! 美味しい! 凄いわルイズ! 外はさくさくなのに中はふわっふわなの! バターの塩気が生地にあるほんのり優しい甘さを引き立ててこれだけでもいくらでも食べられちゃいそうよ!」
「へ、へえ、そんなに……」
「ええ、ええ! あっ、この生クリームは甘さ控えめなのかしら。 他のトッピングと一緒にしても甘すぎなくって丁度いい……! そして何よりアイスもさいっこうね! 熱々のパンケーキにひんやりとしたアイスクリーム! この口の中で一気に溶け合う感じ……ああ、もうほっぺが落ちてしまいそう……」
「よ、良かったわね……」
ものすごい勢いで捲したてるアビゲイルに少々引き気味のルイズ。
しかし本当に美味しそうだった為一口貰おうかと考えていたのだが、パンケーキに夢中になるアビゲイルに割り込むタイミングがなかなか切り出せずにいた。そんな隠されたルイズの葛藤を他所にアビゲイルはお皿の上のパンケーキを全部食べきってしまう。
「ふう……お腹いっぱい。 ちょっと食べ過ぎてしまったかも……」
「…………ええ、まさかあの量を全部一人で平らげるとは思わなかったわ私もびっくり」
アビゲイルが幸せそうに目を細めお腹をポンポンと撫で、ルイズは結局一口も食べられず心の中で涙を垂らした。
シエスタはそんな二人の様子を見てくすくすと笑いながら二人分の紅茶を淹れる。
「ふふふ、お気に召したようで何よりです」
「ええ、本当に美味しかったわ……ありがとうシエスタさん。 コックの皆様にも何かお礼をしたいくらいよ……」
うっとりとしたため息を吐き、紅茶の香りを楽しんでからカップに口をつける。 良質な茶葉で作られたそれは甘くなった口の中をすっきりとリセットしてくれた。
「ははは! そう言ってくれると嬉しいねぇ! 礼なんていいさ、むしろこっちがあんたに礼をする意味で作ったんだ」
アビゲイルは声のした方へと振り向くと、そこには快活に笑う腕を組んだ大熊――のような男が立っていた。
腕の太さなどまるで丸太のように太く、それでいて身長はこの場にいる誰よりも高い。 大人の男、という括りで見てみても、コルベールよりも断然大きいことからその身体の巨大さが凄まじい事を伺えるだろう。
アビゲイルは内心でかなりビビっていたが、それをおくびに出さないように気をつけながら口を開いた。
「え、ええと、あなたは?」
「おっとすまねぇ、自己紹介がまだだったな。 俺はここの調理場の長をやってるマルトーってんだ」
「私はアビゲイルです。 マルトーさん、今日は美味しいパンケーキをありがとうございました! ……あの、礼をする意味で作ったってどういう事ですか?」
「ああ。 それはだな…」
実は昨日の騒ぎの中には他の給仕係のメイドもおり、厨房の方にも決闘の事が伝わっていたのだ。
シエスタを庇い、貴族に何度も打ちのめされても、歯を食いしばり果敢に立ち向かっていく幼き少女。
その姿に平民として勇気づけられ、そして人として胸を打たれたのだという。
「……でも私、結局最後はよくわからない力で勝っちゃったわ」
「おいおい、そんな指摘は野暮ってもんだぜ、『我らが希望』。 さっきも言ったが俺たち平民はあんたのその姿勢に感動したんだ。 あんたがどんな勝ち方をしたかなんて些細な事よ」
「ええ……、え?」
マルトーの言葉に納得しようとしたアビゲイルだったが、なんだか妙な呼ばれ方をした気がすると素っ頓狂な声をあげる。
「そうね……私だってアビーの言ってくれた言葉に結構救われたのよ?」
がははと豪快に笑うマルトーにルイズも同意する。
「そ、そうなの…?」
「ええ……だから私からもお礼を言わせてもらうわ」
ルイズはにっこりと爽やかな笑顔をアビゲイルに向けてこう言った。
「ありがとう、『我らが希望』」
「やっぱり聞き間違いじゃなかった!!?」
この後マルトーや厨房の面々に普通に呼んでもらうように説得し、そしてパンケーキを一口も食べられなかった事を根に持ったルイズを宥めるアビゲイルなのであった。
我らが希望(テデドン)
他の生徒からは普通に怯えられるアビーちゃん。 友達100人は難しそうです。
生徒達が色や形状をはっきり覚えていないのは、ブラッドボーンでいう啓蒙みたいなものと思ってもらえればいいです。 視覚情報的には結局の所1臨の白い光で良く見えない触手ですが。
ちなみに自分はパンケーキには生クリームを円形にぐるぐるやった後真ん中にメープルシロップを溜めてアイスを乗っけるのが好きです!!!!!