「はぁ……なんだか久しぶりにこの部屋に戻ってきた気がするわ」
「あんたが来てから何だかんだずっとドタバタしてたものね」
アビゲイルは部屋に入ると窓に腕を乗せため息を吐く。
思い返してみれば初日は気絶し、翌日は授業での一件と決闘騒ぎ。 そしてその後は保健室で数日動けずにいた。
今朝の呼び出しを除けば、今日の一日は至って平和な日だったと言えるだろう。
「どう? この世界でやっていけそう?」
「そうね……」
アビゲイルは呟き、窓の外へと意識を向ける。
窓の外の景色をこうしてゆっくり眺めるのも初めてだろうか。
空を見上げると、そこには
アビゲイルは窓から入るまだ涼し気な春の風に当てられながら気持ちよさそうに目を閉じ、くすりと笑う。
「記憶もないし、帰り方も、あの力の事も何もわからないけど……全然平気よ」
「それはどうして?」
「だって、皆が居てくれるもの。 だから今日もとっても楽しかったわ」
「……ふふ。 それなら良かったわ」
アビゲイルが浮かべるのは晴れ晴れとした、ひまわりの様に明るい笑顔。
召喚した翌日に目を覚ましたあの日のような、恐怖で怯える表情などどこにもなかった。
ルイズはつい嬉しくなり、つられるようにして微笑みを浮かべてからベッドに腰を掛けると、アビゲイルが「あっ」と声をあげた。
「ルイズ、お願いがあるんだけど……」
「? どうしたのよ」
「この世界の文字を教えて欲しいの。 言葉は何故か分かるんだけど、文字が読めないからちょっと不便で……」
「……たしかに色々問題よね。 とはいえ、流石に言葉を一から教えるとなると何か良い練習になる本とかが欲しいけど、学校の書庫に置いてあるような本じゃ難しいかしら」
うーん、とルイズは暫くの間唸り、それから閃いたと表情を明るくした。
「じゃあ、今度の虚無の曜日に王都へ行きましょう。 本屋を探せばきっと子供向けの絵本とか、読み書きの本が有るはずだわ」
虚無の曜日―――と言えば、休日の事であるとギーシュが言っていた。
授業の無い休日は王都へ出て様々な娯楽や買い物をするのだとか。
「王都っていうと……トリスタニア?だったかしら。 白石作りの建物が立ち並ぶ美しい街だってギーシュさんから聞いたわ」
「そうよ。 丁度色々揃えなきゃいけないものもあったし、丁度良かったわ」
「ふうん…? 揃えなきゃいけないものって?」
何だろう?と興味本位で尋ねてみると、ルイズは何とも言えない表情を浮かべた。
「あんたの服とか下着とか。 ずっとそれを着続けて、私の下着を借り続けるっていうなら別にいいんだけど」
「……そ、そうね。 いつまでも借りるわけにもいかないし……この服もシエスタに洗ってもらったり縫ってもらったりはしたけど、もう流石にボロボロで生地が駄目かもしれないわ……」
召喚される前から破れていた部分を縫い合わせ、煤と血がべっとりとこびり付いていたものを何とか落とした翌日、ギーシュとの戦闘によって再び泥まみれになり生地のいたるところが薄くボロボロになってしまっていた。
流石にこのレベルになると何度縫い合わせてもすぐに破れてしまうので、もう新しい物を買った方が圧倒的に効率が良いだろう。
何となくデザインがとても気に入っていたのでアビゲイルは少し残念な気持ちになったが、破れてはシエスタに修復してもらう、というのは流石に申し訳ないのであきらめることにした。
「それに折角の休日なんだから、この国の王都がどんなところなのか色々見て回るって言うのも面白そうでしょう?」
「ええ。 ……そうだわ! それなら他のお友達も一緒に呼んだらどうかしら。 キュルケさんとか、お洋服見たりするの好きそうだし、ちょっと今から聞いて―――」
「待ちなさい」
アビゲイルが何気なく提案すると、ルイズの顔から急に笑顔がすっと消え、何とも言えない威圧感の様なものを纏った表情になった。
「え?」
「そこに座りなさい」
「な、なんで…?」
「そこに座りなさい」
「………、………はい」
これは間違いなくお叱りを受けるパターンの奴だわ。
とアビゲイルは悟ったが、なぜ急に我がご主人様の機嫌を損ねてしまったのか、それは全く分からなかった。
先ほどまで妖しくも美しかった月明かりは今となっては魔王降臨のバックライトの様になり、ただただ恐怖感を増長させるだけになってしまった。
ルイズは眉をぴくぴくと痙攣させ、猛り狂うルイズの本性が今にも暴れ出さんとしていた。
「一つ、誤解があるわ」
「誤解?」
「キュルケと友達だって所よ。 私とあいつはいわば宿敵! 水と油なのよ!」
ああ、とアビゲイルは教室でキュルケに初めてルイズの事を聞いた時の事を思い出した。
「……ヴァリエール家とツェルプストー家は因縁の相手だから」
「そうよ! だからあいつと私がと、とと友達だなんて変なこと言わないでよね!!」
「その割には、何だかんだでお話ししてるし……
「なっ……し、しし知らないわよ! 何で私があいつなんかに心配されなきゃなんないのよ!」
驚き、顔を真っ赤にして怒るルイズ、しかしその顔の赤さは怒りではなく、どこか嬉しそうな、恥ずかしさのようなものが混じっていた。
このツンデレめ……
アビゲイルはため息を吐き、じとっとした目をしてルイズに言った。
「ルイズ、素直じゃないのね」
「……へ、へええぇ、ふーん。 ご主人様に向かってそんなこと言うんだ。 まるで私があの女と仲良くなりたいみたいに思ってると??」
「ええ! ルイズだって本当は仲良くなりたいって思っていたたたたたたたた!」
「…………」
「む、無言で頭をぐりぐりするのやめてぇ!」
両手の拳をアビゲイルの両こめかみにグリグリとおしつけるルイズ。
意外と力がこもっていた為アビゲイルはこめかみの痛みに涙を流しながら身をよじっていた。
結局、キュルケ達を呼ぶと言う考えは却下となり、虚無の曜日に二人で王都へ行く事に決まったのであった。
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コルベールは夜の書庫で一人、ルーンについての本を読み漁っていた。
それは学院長であるオールド・オスマンが警戒する金糸の髪を持つ少女、アビゲイルの胸元に浮かんだルーンのスケッチが珍しい文字を刻んでいたからだ。
もしかしたらスケッチを担当してくれたロングビルが物凄い下手で、全く形が違うと言う可能性も無くはない。
だがコルベールの中には何か『予感』のようなものがあった。
「…………」
コルベールは眉間に皺を寄せてもう一度本の表紙を見る。
『始祖ブリミルの使い魔たち』
それがこの本の名前だ。
そしてそこにはブリミルの使い魔達を表す歌が記されていた。
神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。
神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。
神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。
そして最後にもう一人。
記すことさえはばかられる。
「……ううむ、流石に私の杞憂だったか……伝説の使い魔など、おとぎ話の世界か」
コルベールはホッと息を吐き本を閉じる。
珍しいルーンではあったが、人間の使い魔などそれ自体がまず珍しい事なのだ。 ルーンの形が多少珍しくてもそれは当たり前のことなのだろうとコルベールは思った。
「ミスタ・コルベール。 何か見つかりましたか?」
「おお、ミス・ロングビル。 残念ながら私の杞憂だったようですな。 人間の使い魔であり、珍しいルーンを持つ、見たこともない魔法を使う少女―――もしや、と思ったのですが」
「……『始祖ブリミルの使い魔たち』ですか」
「貴女も読んだ事が?」
「流し見した程度ですけどね」
くすりとロングビルが笑う。
コルベールはあまり女っ気のある生活をしていなかった為、美女の見せる妖艶な笑みに少しだけ顔を赤らめて「そうですか」と後頭部を掻いた。
その様子を見てロングビルは内心でほくそ笑み、更にコルベールとの距離を詰めた。流し目をしてみれば、コルベールの表情はますます赤くなる。
「そういえば、オールド・オスマンから宝物庫に『あるもの』を取りに行くよう頼まれたそうですね。 その『あるもの』とは一体なんなのですか?」
「え? ……あ、ああ。 それはですな……」
この話をしていいものかと一瞬頭の中に迷いが生じたが、ロングビルから香る良い香りに惑わされ、まあいいかと思ってしまう。
「私にも詳しい事は分かりませんが……どうやらその本の中には『混沌を祓う火炎』を呼び出す呪文が記されているらしいですぞ」
「……なるほど? それ程までに強力な魔法なのですか?」
「恐らくは。 火のスクエアメイジの生み出す火炎よりも強力な炎であることは間違いないでしょう」
ロングビルは「へぇ」と素直に感嘆の声をもらした。
それ程までに強力な火の呪文を唱えられるようになるのであれば、恐らく世界中のメイジたちが大金を積んで、否、借金を背負ってでも欲しがる代物だろうと容易に想像がついた。
「ではその本はとても貴重なのですね」
「そうですな。 だからこそ厳重に宝物庫にて管理していたのですが……」
コルベールは一端言葉を含み、そして言いづらそうにしながら言った。
「万が一あの少女がこの世界に混沌もたらす時が来たら、その時は迷わず『混沌を祓う火炎』を呼びださなくてはなりませんな」
僕の一番好きな炎。
きっと世界を救っちゃうんだろうな~~~~~~~~~
そして記すことすら憚られるナントカスラシルさんはルーンの模写が見つからず……
今更ながらコントラクト・サーヴァントしてない時に普通に喋れてるじゃん!なんで!って思ったけど、そこはスルーしてくださいお願いします何でもしますから!
次回はいよいよ王都へ向かいます。
タバサさん出番ですよ!