虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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先輩?!この特異点は一体……


17:異界迷宮王都トリスタニア

辺りには一面の人、人、人。

虚無の曜日を迎えた王都はここ一番の活気を見せていた。

街の道幅は意外と狭く、人々の生み出す流れは川のように一定だ。

 

店の呼び込みや街の人たちの笑い声、無数の足音や荷物を運ぶ馬車の車輪が回る音。ここでは自分の叫び声などちっぽけなものだ。 全てが喧騒の一つとして街の空気に吸い込まれてしまう。

 

 

――そう、ここは異界迷宮王都トリスタニア。

迷い込んだが最後、ちっぽけな少女一人など一瞬での内に孤立し、太陽が犠牲者を見放すその瞬間、この街に蔓延る悪意によってその身を引き裂くのだ。

 

後戻りなど出来ない。

白壁は牢獄のように少女の脱走を阻む。

それは怪物のもつ鋭い牙のように、逃れる事が出来ないのだ。

少女の身体は、既に牙が食い込んでいる。

ならば無力な少女に残された未来は――――

 

 

などと無駄な事を考えながら、アビゲイルは人の流れからなんとか外れ、裏道へと続く細道へと出た。

ふう、吐息を吐き、呼吸を整える。

冷静になったアビゲイルはやれやれ、と言ったように首をゆっくりと振り、現状を一言で表した。

 

 

「迷子になってしまったわ」

 

 

冷静にになって、泣きたくなった。

否、既に泣いていた。

泣いてなんかない!と誰に向ける訳でもなく言い訳していたが、既に目尻にはじわじわと、大きな水の塊ができている。

 

『迷子にならないように』とシエスタに言われ、全く、子供扱いなんて!と少し反発していた自分が猛烈に恥ずかしい。

まさか、あの一瞬ではぐれることになるとは思わなかったのだ。

 

 

 

 

『ルイズ、凄いわ!人がいっぱい!』

『ふふん、そうでしょう。 ここはなんて言ったってトリステイン王国の首都なんだから。 王城の方へいったらもっと綺麗な景観が見られると思うわよ。 ブルドンネ街の大通りならいろんな露店もあるし見て回るだけでも楽しいかもね。 それと――――』

 

(あっ!パンケーキの香りがする!!!!)

 

 

 

 

「うう……ルイズごめんなさい……私がいい香りにつられたばっかりに……」

 

約数分――数十秒の出来事だろうか。

見事パンケーキの香りに釣られて迷子と化したアビゲイルは猛烈に反省していた。

一瞬足を止めて周囲を見渡していただけではぐれてしまうなど全くと言っていいほど想像だにしていなかった。

今頃ルイズも驚愕して必死に自分の事を探してしているだろう。

 

そういえばはぐれた時どうするか、なども何も決めていなかった。

もしかしたら本当に合流できないまま夜になってしまうかも……そう思うと、さらに絶望的な気持ちになってくる。

とりあえず大通りを歩いているといつか潰されてしまいそうなので脇に逸れて裏通りを歩くことにした。

裏通りは表通りに比べて意外と汚く、平然とゴミなどが落ちているようだ。

人の流れから切り離されたこともあって、まるで別世界に迷い込んだような気分になる。

綺麗な表通りと、薄汚れた裏通り。 それはまるで、この国の現状を表しているようだった。

 

何か使えるものは……と手持ちの物を探すが、持っているものはお金の一銭すら持ち合わせていなかった。 それも当然だろう、12歳の少女にお金を持たせるなどという危ないことは流石のルイズもしない。

 

しかし今回はそれに苦しめられることになった。

ぐうぐうとお腹が悲鳴をあげても、軽食すら購入する事が出来ないのだ。

 

「どうしよう……」

 

壁に背を預け、ひとり薄暗い路地裏でごちる。

これでは今日の目的であった本を買うという目的も果たす事が出来ない。

 

途方に暮れて俯いていると、今自分が入ってきた通路側の方から足音が聞こえて顔を上げた。

するとそこにはヨレヨレの服を着た少し薄汚い男性が立っていた。

 

「君、迷子かい?」

「え、ええと……」

 

アビゲイルは後ずさりをして言い淀む。

この男、見るからに怪しい。 それに知らない人について行ってはいけない、とシエスタも言っていた。

 

訝しんだ目線を向けていると、男は「おっと……」と苦笑いを浮かべて自己紹介を始めた。

 

「私はウォルター。 この先で店をやっている者だよ」

「そ、そうなんですか」

 

なんだ、とアビゲイルは胸をなでおろす。 お店をやっているというのなら、怪しい人物ではない。

きっと自分が泣きそうになりながら表通りを歩いているのを見て、追いかけてきてくれたのだろう。

ウォルターと名乗った男性はにこにこと柔和そうな目をして此方を見てくるので、アビゲイルも少しだけ笑顔を浮かべて自己紹介をし返す事にした。

 

「私はアビゲイルよ。 ……実はウォルターさんの言う通りなの。 一緒に来た人がいるんだけど、はぐれちゃって……」

「そうか……それは大変だな。 何か連絡を取る手段はあるかい? はぐれたら、どこに集まるとか」

「……決めてなかったの。 私、王都に来るのは初めてで、まさかこんなに込み合っているとは思ってもみなくて。 まさかこの年になって迷子になるだなんて思ってもみなかったわ……」

 

ため息交じりに言うアビゲイル。

男はそうかそうかと言い、()()()と笑った。

 

「ははは、君は初めてなのか。 まぁ、ここトリスタニアに来る客の中にはそういった風になってしまう人も多いんだ」

「そうなの?」

「ああ、だが安心してくれ。 迷子になった時のために用意された迷子保護施設があっちにあるんだ」

「本当!? そこへ行けばルイズに会える?」

「ああ。 きっとその保護者さんもそこに向かっている筈さ」

 

よかった、とアビゲイルは安堵の表情を浮かべた。

王都にそんな施設があるとは一度も聞いたことがなかったが、まさかこんな所でその情報を入手できることになるとは思わなかった。

このウォルターという男性に巡り合わせてくれた神様に感謝しなくてはならない。

 

「ありがとう、ウォルターさん。 その保護施設はどこにあるの?」

「うーん、そうだな……また迷子になっても可哀想だ。 私がそこまで案内してあげるよ」

「あ、ありがとう……! ウォルターさんって、とってもいい人ね! 私感謝の気持ちで胸がいっぱいだわ……」

 

アビゲイルは両手を合わせて握り、ウォルターに感謝の気持ちを送る。

するとウォルターは再びはははと笑って、()()()()()()()()へと歩き出すので、それを追いかけるようについていった。

 

一時はどうなる事かと思ったけど、これでルイズに会える! と気分を良くしていた為、男の呟いた言葉を聞き取ることができなかった。

 

 

「よせよ、俺が感謝したいぐらいだ」

 

 

.

 

..

 

...

 

 

「―――私のお勧めの料理店があるのよ。 学院の料理もおいしいけど、こっちもきっと気に入ると思うわ。 服とか本を買いに行く前に、まずはそこで食事をしましょう」

 

ふふふ、と上機嫌で王都についてアビゲイルに解説をしていたルイズは横を見る。

するとそこにはキラキラと目を輝かせ、自分の話に耳を傾けたアビゲイルの姿が―――ない。

 

後ろを振り返る。

しかし、何処にも居ない。

 

王都の説明をしながら歩き、アビゲイルから目を離したのは本の数十秒ぐらいか。

その一瞬で何処かへ消えてしまうなんて―――

 

「アビー!? どこ行っちゃったのよ!」

 

ざわざわと賑わう表通りでルイズは声を上げるが、返事は帰ってこない。 というか、この喧噪のなかではたとえ返事が返ってきたとしてもそれを聞き取るのはなかなか難しいだろう。

ルイズはサァァっと血の気が引いていく。

小さな国とは言え王都は王都。 地理を把握して居なければどんどん迷い込んでしまうのは間違いない。

それにアビゲイルに対してどれほどこの街が美しく、素晴らしい場所であるかは言ったが、この王都トリスタニアはそれだけではないとルイズは知っている。

 

伝統にこだわり続け、年を経るごとに弱り続ける国力。

それはいつしか深刻な問題へと発展してしまっていた。

そして国力の低下は国民への生活水準の低下へと繋がる――――ようはこの美しい街並みの裏には治安の悪い部分があるのだ。

 

誘拐されるアビゲイル。

知らぬ間に奴隷商へと売り出され、更なる買い手へと売り渡される。

純粋で従順。 あの透き通った海をそのまま閉じ込めたような碧眼と、金糸を束ねたような美しく触り心地のいい髪。 そして太陽の花の妖精を連れてきたかのような可愛らしい顔。

 

――――さぞ高値で売れるだろう。

 

「やばいやばいやばい……!」

 

全身にじっとりと汗を掻き、最悪の結末を想像する。

流石にそこまで酷い事にはならないと信じたくはあったが、今巷で噂になっている悪名高き『土塊のフーケ』の話もあり、楽観視はできない。

 

「とにかく探さなきゃ……取り敢えずさっき通ってきた道を戻って……」

 

ルイズは人の流れから強引に外れて逆走を始める。

何度か道を曲がっていくと、歩き速さは焦りと共に早くなっていった。

もしかして、裏道に入っちゃった……?という不安が過ぎり、顔を横に向ける。すると、

 

「きゃあ!?」

「わっ!?」

 

どん!と思い切り誰かとぶつかってしまう。

相手の体格が大きかった為、ルイズは思わず尻餅をついた。

 

「す、すみません急いでたので」

「ったた、もう気をつけてよね……」

 

ルイズが謝り顔を上げる。

するとそこには――

 

「げぇ! キュルケ!?」

「あらルイズじゃない! やっと追いついた……じゃなくて偶然ね!」

「もう全部言ってるわよこのストーカー! あんた男漁りだけじゃなくてそんな事も始めたわけ?」

「す、ストーカーって……私はアビーちゃんと遊びたかっただけよ! ルイズだけ独り占めなんてずるいわ!」

「ずるくないわよ! 私の使い魔なのよ!」

 

口撃の応酬。 流石は犬猿の仲と言った所だが、キュルケはふとルイズの隣にアビゲイルの姿がない事に気がついた。

タバサと一度別れた後、ルイズさえ見つけ出せばアビゲイルと共に行動しているはずなのですぐに会えると思っていたのだが――

 

「……あれ? アビーちゃんはどこ?」

「っ! そうだった、あんたなんかに構ってる場合じゃないのよ!」

「え、なによどういう事?」

 

ルイズは説明する時間も惜しい、と言った感じだったが、仕方がないので説明する事にした。

話を聞いたキュルケは一瞬驚いたが、目の前に冷静さを完全に欠いている人間がいた為逆に冷静になることができた。

 

「ルイズ、取り敢えず落ち着きなさい。 今日のアビーちゃんはいつもの服よね?」

「ええ……」

「なら、憲兵の方達に手当たり次第声を掛けてみましょう。 あの子の容姿なら目立つし、案外簡単に見つかるかも知れないわ」

「……で、でも」

「それにアビーちゃんは一度ギーシュを倒したのよ? 本当に危険なら、自分でなんとかできる筈でしょ?」

 

宥めるように言う言葉に対して、たしかに、とルイズは冷静になる事が出来る。それを見てキュルケは「大丈夫だから」と優しい表情を浮かべて手を差し伸べてきた。

 

――こうして見ると、憎きライバルの筈のキュルケには何だかんだ助けられている気がする。 今のキュルケには何時ものような揶揄いの表情はなく、純粋に自分を心配してくれているようだ。

 

ルイズは無償に恥ずかしくなり、目をそらしながら、

 

「……あ、ありがとう」

 

とその手を掴んだのだった。

 




自分は大丈夫と思っている時が1番危険!怪しいおじさんはいつも美少女を巧みに騙して近づいてきます(エロ同人みたいに)

ウォルターさんはクトゥルフをやった事のある人なら知っているかも知れませんが、この人は特に某家の方とは関係ありません!




あとランキング載った事で沢山の人に見てもらえて嬉しいです。
今後とも是非よろしくお願いします。

あと感想にあったギーシュとfgoワルキューレコンビ凄い読みたいので誰かお願いします。全裸で待ってます。

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