「……」
「……」
沈黙。
アビゲイルがインテリジェンスソードに触れた途端に、インテリジェンスソードが口らしき金具部分をガンガン鳴らして再び絶叫したと思ったら壊れてしまったのだ。
そして金具が思い切り吹き飛び、完全に不意打ちだった為タバサの額に直撃する。
出血こそしていないものの、ガン!といい音がしたので相当痛そうだ。
「タ、タバサさん大丈夫…?」
「…………」
額を抑えてしゃがみこむタバサに対して安否を確認する声をかけるが、返事は帰ってこなかった。
タバサがゆっくりと顔を上げると、おでこが真っ赤になっており、それでいて両目には痛みの所為か涙がうっすらと滲んでいた。 自分がワザとやったわけではないが、何となく気まずい。
アビゲイルは暫く目を泳がせてから、インテリジェンスソードに声をかけてみることにした。
「インテリジェンスソードさん?」
「」
「……どうしたの?」
こちらからも返事が返ってこない。 錆びた大剣はその刀身をピクリとも動かさず、まるで死体のように棚から落ち、床に横たわっていた。 持ち上げてからコンコンと軽く指先で叩いてみても全く何の反応も返さない。
少し嫌な予感がしてきた直後、先ほどまで黙っていたタバサがゆらりと立ち上がり、口を開いた。
「死んだ」
「え……死んじゃったの!?」
「悲しいことに」
「……そ、そんな……本当に?」
「本当に」
「わ、私何もしてないわ! ただインテリジェンスソードさんに触れただけで……!」
淡々としたトーンでタバサが言い、アビゲイルはパニックになり震えながらタバサに詰め寄る。 タバサはアビゲイルに服を引っ張られながら、「残念ながら……」と言わんばかりに静かに目を逸らした。
アビゲイルはそれを見て愕然とする。 まさかこんな所で殺人――殺インテリジェンスソードをしてしまうとは思わなかった。 確かに口汚い剣であったが、だからと言って殺して良い理由にはならない。
タバサの服を掴む手から力が抜け、ずるずると床にへたり込んだ。
「なんてこと……私……また……?」
「お、おお? どうしました?」
叫び声を聞いて奥から戻ってきた店主が不思議そうに出てくる。
タバサは床にへたり込んだまま呆然とするアビゲイルの代わりに事情を説明する事にした。
すると店主は「なんだ」とあっさりした声を出した。
別にインテリジェンスソードを破損したからと言って殺人罪にはならないし、商品を破壊してしまった事に対しても弁償代を支払ってくれれば別にそれで良かったのだ。
アビゲイルは自分の中に渦巻いた暗い感情と店主のリアクションのギャップに
面食らったように目をぱちくりとさせた。
「それに『死んだ』とはいったけど、その表現は正しくない。 正確には『居なくなった』だけだと思う」
「そ、そう……でも居なくなってしまった事には変わりないのね。 インテリジェンスソードさん……」
「事故だった。 仕方ない」
自責の念で肩を落とすアビゲイルに対して、タバサは少しだけ慰めるように言った。冗談のつもりだったのだが、少しタイミングが悪かった。 今のアビゲイルは『死』に敏感だったのだ。
タバサは店主にいくら支払えばいいかを問う。
通常の剣であれば200エキューほどであるが、このインテリジェンスソードはボロボロだし、うるさいしで全く買い手のつかない売れ残りの剣だったために半額の100エキューで良いと言ってくれた。
タバサは袋の中から100エキューを取り出して支払い、「毎度」という言葉を背にしながら店から出ることにした。 アビゲイルも釈然としない気分のままそれに続いて店の外に出ようとしたとき、バタン!と大きい音を立てて入り口の扉が開いた。
店の中に突撃してきたのは二人の貴族―――ルイズとキュルケだ。
ふわりとした桃色の髪はくしゃくしゃになり、額には汗が滲んでいる。
先ほどまで走っていたかのように呼吸は荒く、その瞳がアビゲイルの姿を捉えると一瞬にして眉毛を釣り上げて詰め寄って来た。
「ア、アビー! やっと見つけた……!!」
「……!! ルイズ!」
「あんたね……今までどこほっつき歩いてたのよ! ずっと探してたんだから!」
「ごめんなさい……私、迷子になって……」
「……何があったのよ? ちゃんと説明して」
アビゲイルは俯き、ぽつぽつとあれから何があったのかを語り出す。
ルイズを見失い、しばらくの間さまよっていた事。
親切な男性が道案内をしてくれた事。
しかしその男が実は自分の事を騙していた事。
―――そしてその男を殺しかけた事。
そこまで語り、アビゲイルは言葉を詰まらせる。
ルイズ達に話した事で、先ほどまで
―――確かに自分の意思であの男を殺しかけた訳ではない。
しかしあの男の苦悶、絶望、絶叫、それらは全て自分に向けられたものだ。
もし、タバサが割り込んでいなかったら、恐らくあの男は人とも思えない様な肉塊へと変貌を遂げた遂げ、死んでいただろう。
自分の中に眠る
そうなった時、果たして自分はなんて言い訳を口にするのだろうか?
『私じゃ無い』
『ここまでするつもりじゃ無かった』
きっと自分はたった今そうしたように、何度もその言葉を口にするだろう。
例えそれが自分のせいで傷ついたルイズやキュルケの前だったとしても――
「――ビー、アビー、聞いてるの?」
「……え?」
「大丈夫……? 顔色が悪いわよ」
いつのまにかルイズが自分に声をかけていることに気づかないほど、深い思考の中にいたようだ。 アビゲイルは「何でもないわ」と笑顔を作る。
キュルケとルイズは怪訝そうな表情を浮かべて顔を見合わせた。
「ま、アビーちゃんが無事なら良かったじゃない。 タバサも良く見つけてくれたわね」
「本屋へ行く途中だった」
実はキュルケ達はルイズ達を追いかけて街についた後、各々の目的の為に一旦別れた。
キュルケはアビゲイルを探しに行き、タバサはあの裏通りの奥にぽつんと立っている人気のない本屋に向かっている最中だったのだ。
アビゲイルは思考の海にそっと蓋をし、「そうだわ!」と無理やり大きい声を出して両手を叩いた。
「あたし達も本屋に用事があったの。 折角だからご一緒したらどうかしら! ねえルイズいいでしょ?」
「いいわねアビーちゃん! むしろ待ってましたって感じだけど。タバサもそれでいいでしょ?」
「私は構わない」
「……ま、まあ私も良いわ。 またアビーが迷子になっても困るもの」
仕方がない、と言った風にため息を吐いてルイズも承諾する。それからアビゲイルの方へと右手を差し出した。
「ほら、アビー」
「……?」
「手よ。 手を繋いで歩けばもうはぐれないでしょ?」
ルイズは急かすようにもう一度だけ差し出した手を動かした。 はぐれないように、というのは勿論建前と言うわけではないが、ルイズとしてはそれだけの理由ではなかった。 目の前の少女がどこか小さく、未だ迷子になっているかのように見えたからだ。
「……ええ、そうね」
アビゲイルは微笑み、ルイズの差し出した手をゆっくりと握る。 小さなアビゲイル手から伝わってくる温度は冷たく、それを包み込んで温めてあげるようにしてルイズはその小さな手を強く握りしめて歩き出した。
.
..
....
「はーあ、結構買い込んじゃった」
「ふふふ、 だけどとっても楽しかったわ」
「そうねえ、タバサも服を色々買うなんて珍しいんじゃない?」
「今日は稼いだから」
四人は楽しそうに歓談をしながら、日の傾き始めたブルドンネ街の大通りを歩いていた。
あれから一度昼食をとり、そこから本屋、服屋、装飾屋など目的の店からそうでない寄り道まで様々な場所に訪れ楽しい時間を過ごした。
いまやよれよれだったアビゲイルの服も新品の物となった。 とはいえ、やはり周りの一般的な服とは少し浮いたような服をチョイスしたようだ。
特徴的だった帽子、黒、リボンの内、リボンは髪に結びつけ、全体的にやはり黒っぽい服装のまま。
首元には口元まで届きそうなほどに長めの布があり、両手の裾も前と同じようにかなり余裕がある。
しかしそれとは裏腹に、すらりと伸びた白い足は太ももの半ばよりも更に上あたりまで露出していた。
……なんだろう、この子の拘りなのだろうか。
そう3人は心の内に思ったが、似合ってはいたので黙っておくことにした。
「荷物の殆どは学院に送ってもらうからいいとして……ああ、私たちここからまた2時間も馬に乗って帰るのね……」
「そうね……馬に乗る経験がなかったから楽しかったけれど、お尻と腰が痛くなるわ」
ルイズとアビゲイルはげんなりとする。
流石に2時間も馬の上で上下運動を繰り返すのは運動としてもなかなかハードだった。 慣れているルイズと違って、アビゲイルは尚更その感覚が強いだろう。
これからの帰宅を想像して二人揃ってため息を吐くと、タバサは思い出したようにマントのポケットがら白いハンカチに包まれたナイフを取り出した。
「……そう言えば武器。 やっぱり、何かしら持っていた方がいいと思う」
「これ……あの人が持っていた武器?」
「そう。 ……ナイフなら威嚇程度にはなる。 鞘はないから、そのハンカチを使って」
アビゲイルはタバサからナイフを受け取るとその刃を改めて観察した。
まるで研いだばかりのように刃はきらりと光沢のを放ち、自分自身の顔を映す。 軽く握ったグリップ部分は自分の小さな手でもしっかりとフィットし、重さも武器屋で持ったブロードソードやレイピアに比べれば遥かに軽い。 これならば腕力が無くとも扱えそうだ。
「さてと! それじゃあたしたちシルフィードに乗って帰るから一旦はここでお別れね」
「シルフィード?」
聞きなれない言葉。 乗って来たと言うからには、生物の名前か乗り物の名前なのだろう。
アビゲイルが聞き返すと、タバサが答えた。
「私の使い魔。 空を飛ぶ、
「へぇぇ…ドラゴン。 この世界にはドラゴンも居るのね」
「……今度乗ってみる?」
「いいの? ええ、乗ってみたいわ! ありがとう、タバサさん!」
アビゲイルは嬉しそうに飛び跳ねてタバサの手を握る。 ここに来てからは初めての事ばかりだが、ドラゴンに乗ることができると言うのは予想外であった。
初めての授業の時、生徒たちの使い魔は皆教室の後ろでおとなしくしていたが、その時は見当たらなかった。
それはきっと教室に入れるにはドラゴンが大きすぎる所為だったのだろう。
そこまで嬉しそうにすると思っていなかったタバサは一瞬面食らったように目をぱちくりとさせて、それから少しだけ頬を緩ませて「構わない」と呟いた。
(あらあら、タバサもアビーちゃんと仲良くなれたのね)
隣で見ていた親友のキュルケは目を細めてふふふと笑う。
タバサは基本的に周囲に壁を作り上げ、距離をとっているような素振りが見られた。
更には基本的に無口で、感情をあまり表に出さないタイプのために周囲の生徒達も魔法の腕前には賞賛を送るものの積極的にタバサへと話しかけ、友達になろうという人はなかなか居なかった。
だからこそ、このアビゲイルという少女と共に友人のように振る舞うタバサの姿が堪らなく嬉しかったのだ。
「何にやにやしてんのよ気持ち悪い」
「えー? 別に。 アビーちゃんには感謝しなきゃって思ってね」
「どういう事?」
具体的な事を言わずにキュルケは「何でもないわよ」と言ってルイズから離れる。
ルイズは何の事だかさっぱり分からなかったが、キュルケの上機嫌そうな表情を見て、悪いことではないだろうと察する事はできた。
「それじゃまたねアビーちゃん! ついでにルイズも!」
「ついでって何よ! まったく!」
「ええ! また遊んでくださいな!」
キュルケが大きく手を振り、タバサもその隣で小さく手を振る。
アビゲイルもそれに答えて大きく手を振り、ルイズは口をヘの字に曲げながらも手を小さく振っていた。
日の傾き始めた空は茜色に染まり、これからの夜の訪れを知らせる。
ここから2時間馬に乗って帰るのであれば、学院につく頃には夜を迎えているだろう。
混雑していたはずの表通りはいつの間にか人の姿が減り、ざわざわと騒がしかった声も今や落ち着いたものだ。
「……さ、私たちも帰りましょうか」
「ええ」
ルイズ達は馬小屋に預けた馬に跨りゆったりとした速度で走り出す。
ゆっくりと境界線へ夕日は沈み、二つの月が今夜も顔を覗かせたのだった。
王都編でこんな尺使う奴~~ww
なんやかんやあったけれど、無事タバサとも親睦を深めたアビゲイルなのでした。
タバサから受け取ったあのナイフは後々の伏線になります……嘘です次回は訓練回です。
でもガンダールヴじゃないので付け焼刃の訓練で上達するかと言われると微妙なライン。
そういえば今更なんですが評価者って見れたんですね…
評価して下さった方々には感謝です!
評価感想はやっぱり励みになるので……今後ともぜひよろしくお願いしますm( )m