虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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全く話が進んでいないので連続投稿です


22:夜の訓練と忍び寄る怪盗

虚無の曜日も終わり、今日はユルの曜日、つまり平日だ。

 

学院の生徒達は何処か気だるげな雰囲気で朝食を取り、眠たそうにしながら教室の席に着いていた。

休日明けの曜日は異世界だろうと変わらないのだろう。

騒がしく遊んだ者、ゆっくりと静かな時間を過ごした者、延々と眠り続けた所為で休日の記憶が全く無い物、その誰しもが虚無の曜日を惜しみ、ぼんやりとしている。

 

そしてそれはアビゲイルも例外ではない。

昨日は王都の人ごみに揉まれ、誘拐未遂と力の暴走を味わい、薄暗い賭博場に連れられ、友人との買い物巡りをして―――とにかく色々な事があった。 身体に蓄積した疲労は未だ抜けきらず、目覚めてから今もぼんやりと頭に靄が掛かったかのように睡魔がちらほらと襲ってくる。

ルイズは既に席に中央辺りの席に着いているが、そこにたどり着いた瞬間再び眠りに落ちてしまいそうだ。

 

「ふわぁ……」

「おや、なんだか眠たそうだね」

 

小さくあくびをすると、席に向う途中の位置に座っていたギーシュが声を掛けてくる。

 

「あ……おはようギーシュさん。 そうなの。 昨日はちょっと色々あって疲れちゃって……」

「ふうん…? しかし授業中に眠ってしまったら流石に怒られてしまうよ。 ……そうだ」

 

ギーシュはマントのポケットをごそごそと漁りだす。

何を探しているのだろう、と思っていると、取り出したのは小さな薬瓶に詰められたポーションだ。

 

「君にこれをあげるよ。 疲労を回復してくれるポーションさ」

「へぇ……ポーションにはそんなものもあるのね」

「それを飲めば今よりずっと楽になるはずだよ。 かくいう僕も昨晩はそれに助けられているからね。 そのポーションをわざわざ作ってくれたモンモランシーには感謝しなくては…」

「モンモランシーさんが作ってくれたんだ……って、ギーシュさんも昨日は何かあったの?」

 

そういえば昨日、ギーシュやモンモランシーはどういった休日を過ごしていたのだろう。

自分は早朝からルイズと共に王都へ行き、帰ってくるのも殆どの生徒達が既に帰宅し、寮の中に戻っている時間帯だった。

その為学院の他の生徒達がどのようなな事をしていたのか全くと言っていいほど知らない。

 

「それはだね……」

「ず~~~~~~~っと訓練してたんだよ!」

 

ギーシュが語ろうとした直後、その脇からまんまると太った少年が大声で割り込んで来た。

前髪は両脇に流しているが一房だけちょろりと垂れており、目は開いているのか閉じているのか分からない程に細目だ。

誰だったかしら、と思い、直ぐに心当たりに思い当たる。この人は―――そう、初回の授業の際、ルイズを『ゼロ』だと煽っていた男子学生の一人だ。

 

この男子学生にはあまりいい印象が無かったため、アビゲイルは「えっと…」と少しだけ口ごもってしまう。

男子学生はそんなアビゲイルを意に介さず、不機嫌そうにしながら言葉を続ける。

 

「全く聞いてくれよ! ギーシュの奴、突然『訓練をしよう!』とか言い出してさ、お陰で僕もヘトヘトだし、全身筋肉痛で今も体を動かすのが辛いんだよ!」

「何を言う。 マリコルヌだって『ちょっとぐらい身体を動かすか~~』って最初は乗り気だったじゃないか」

「まさか一日中やるとは思わないだろォォ!?」

 

マリコルヌと呼ばれた少年は憤慨しながら叫び声をあげる。

それはもはや悲鳴に近く、なかなかにハードな訓練だったことが伺える。 ……というより、内容はともかくとして一日中訓練をしていたと言うのならヘトヘトになってしまうのも頷ける。

 

「それは大変だったわね……ギーシュさんもあまり無茶しちゃだめよ?」

「なに、無茶なものか。 僕は立派なメイジになるってあの時改めて決めたのだからね。 ……それになんだか、がむしゃらに頑張っていたあの頃を思い出して楽しかったよ」

「……そう。 ふふふ、そうみたいね。 ギーシュさん、とってもいい顔してるわ」

「ほんと、お前あの決闘から変わったよな……そんなキャラだったっけ?」

 

マリコルヌはぐったりと疲弊していたが、ギーシュは訓練に明け暮れていたと言うのに本当に楽しそうだ。 いつもの気取った表情も様になっていて格好いいが、晴れやかに、そして熱く夢を語るような少年の顔の方がもっと魅力的に映る。

自然とアビゲイル自身も嬉しくなり、頰が緩む。

 

「今日も夕食の後にちょっとだけ訓練をするつもりなんだ。 もしよかったら君も見に来てくれないか?」

「そうね……あ、それだったら私も見に行くだけじゃなくって参加させてくださらないかしら!」

 

アビゲイルの提案にギーシュは疑問符を浮かべ、マリコルヌはサアっと顔を青ざめさせた。

ギーシュ達は魔法の訓練だけでは無く、魔法の地力となる基礎体力をつける訓練も勿論していた。 しかしアビゲイルの訓練となると、基礎体力をつける訓練と……あの触手を使いこなす訓練だろうか?

 

「い、いやいや! 君があの力を使って訓練なんかしたら訓練相手が死んじゃうよ!」

「うーむ……まぁ、僕は構わないが、僕のワルキューレで訓練相手が務まるかどうか……」

「あ、それなら大丈夫よ。 私が練習したいのはこれなの」

 

ポケットから取り出したのは白い布に包まれたナイフだ。

刃はそこまで長くなく、コンパクトな印象を受ける扱いやすそうな武器だ。

 

「ナイフ…? 急にどうしたんだい?」

「まあ、ちょっと色々あって……」

 

誘拐されたりとか。

……などと言うときっと驚かせてしまう為、言葉を濁してあははと苦笑いを浮かべた。

ギーシュは首を傾げるが、まあいいかと納得して、親指を立てる。

 

「……よし、そういう事ならば共に訓練をしようか!」

「ありがとうギーシュさん! それじゃあ、夕食の後に!」

 

アビゲイルはそう言ってルイズの元へ戻る。

ルイズもやや眠たそうにしながら「早く座りなさい」とアビゲイルに促した。

 

「よーし……とりあえず今日の授業は頑張らなきゃ」

 

ぱしんと自分の頬を叩いて気付けすると、ギーシュから貰ったポーションをごくりと飲み干し、その後の授業を何とか乗り切る事にした。

 

 

.

 

..

 

...

 

 

夕食の後、ヴェストリの広場には2人……ではなく、なんとその倍である4人が集まっていた。

アビゲイルが教室で「授業が終わった後ギーシュさんと訓練をする」といった所、それを聞いていたルイズ、キュルケも見物に来てしまったのだ。

ルイズはアビゲイルを心配して、キュルケは単に面白そうだから、という理由だ。

また、モンモランシーも先ほどまでいたのだが、ポーションを渡した後は自分の寮へと戻っていった。

 

「訓練だなんて……また怪我したらどうするのかしら!」

「あっはっは。 ルイズは心配性ねぇ。 ……アビーちゃーん!頑張ってねー!」

 

 

 

 

「な、なんだか見物客が騒がしいね…」

「そうね……あまり皆に言わない方が良かったかも……」

「ううむ……まあいいか。 僕らのやる事には何ら変わりないさ。 ―――それじゃ、早速始めるとしようか! 掛かってくると良い!」

「ええ!」

 

ギーシュは高らかに叫びをあげると薔薇を模した杖をマントから抜き取り振るう。

その先端からははらはらと花びらが数枚地面に落ち、その場所を起点に何体もの()()()が現れた。

 

《クリエイト・ゴーレム》

 

しかし、あの決闘の時とは違い、青銅で作られた頑強なワルキューレではない。

むしろ意図的に脆く作られたこのゴーレムであればナイフで突き立てた場合しっかりと刃をその身体に沈ませる事ができるだろう。

とはいえ土は土。 人の形に象られたゴーレムの土の拳はまともに食らえば青銅程ではないとはいえそれなりの衝撃になるだろう。

 

幾つも生み出したゴーレムは一人を残して離れた場所へと移動していった。

これはギーシュの『複数のゴーレムを同時に操作する訓練』の一環だという。

アビゲイルを相手にする一体のゴーレムに意識を割きながら、他のゴーレムに剣舞をやらせる、というのは中々に集中力が必要になる動作だ。

 

アビゲイルはナイフを握り、とりあえず戦闘態勢を取ってみた。

脳裏に思い浮かべるのは物語の挿絵に出てくる騎士の構え―――剣を正面に突き立てたような構え方だ。

この構え方から繰り出される強烈な一撃は、凶暴なドラゴンの首を一撃で刈り取った。

 

「……」

 

……長さが物語の騎士の持つ剣に比べて圧倒的に短い。

これではダメだ、とアビゲイルはすぐに構え方を変える。

今度は何の物語の主役の構えだったろうか。 身体を横に向けて、相手からの攻撃を受ける面積を減らす、という構え方だ。

この構え方ならばリーチの短いナイフであっても、ほんの少しだけリーチを伸ばすことができる。

 

「……」

「………掛かってこないのかい?」

 

ギーシュは高らかに「掛かってくるが良い!」と言い、それに応えられた為、アビゲイルから仕掛けてくるものと思っていたのだが一向に動き出さないため思わず聞いてしまう。

するとアビゲイルは先ほどまでの真剣な表情を崩して、困ったような表情を浮かべた。

 

「この構え、この姿勢からどうやって相手に接近すれば良いのか分からないわ」

「………横歩き?」

「う、うーん……」

 

そんなカッコ悪い動きだっただろうか……?

暫く考えてみても、一向に良い解が思い浮かばない。 そもそも記憶が断片的にしか無い為、どんな物語でどんなシチュエーションで行われた戦いだったのかも分からなかった。

 

 

 

一方の外野二人の間にも、何とも言えない微妙な空気が流れていた。

悲しいかな、アビゲイルはこの後もいくつか構え方を試してみるものの、そのどれもが様になっていなかった。

 

「ねえルイズ。 あれって何してるの?」

「さあ……本当に大丈夫なのかしら、アビー」

 

余りにも初心者過ぎるその姿に、まだまだ道のりは長そうだ、と不安になるルイズ達なのであった。

 

 

.

 

..

 

...

 

 

 

アビゲイル達がヴェストリの広場で訓練をしている頃、巨大な二つの月が魔法学院の本塔の外壁に立つ巨大な影を浮かび上がらせていた。

 

その人影こそ、今国内で貴族達の蓄えたお宝を奪い去っていく怪盗、土塊のフーケの生み出したゴーレムであった。

 

フーケはそのゴーレムの肩の上に立ち、頭まですっぽりと覆う外套を被り、長い髪を夜風に靡かせながら、手のひらで宝物庫の壁に触れていた。

土塊のフーケは土系統のメイジ、つまり土のスペシャリストだ。

壁に触れる事でその材質、厚みなどを判別する事など朝飯前なのである。

 

「ちっ、流石は魔法学院の宝物庫。 《固定化》しか掛かってないってあのハゲが言っていたから衝撃で何とかならないかと思ったのに、この厚みじゃ私のゴーレムでも壊せそうにないね」

 

フーケは腕を組み、歯噛みする。

この宝物庫の中に眠るのは『混沌を祓う火炎』―――コルベールの話によれば、スクエアメイジをも容易く超える火炎を呼びだす事ができる呪文が記された本らしい。

そんな代物であれば、今まで盗んできた貴族の金銀財宝など余りにもちっぽけなものだ。

 

「そう簡単に諦められる代物じゃない……さて、どうしたもんかね」

 

こんな夜遅くだ。 既に学院の生徒や教師達は部屋に戻っているころだろう。

とはいえ生み出したゴーレムは巨大だ。 ふとした拍子に誰かに見られてしまう可能性もある。

フーケはいち早くこの中のお宝を奪い去る方法を考えなくてはならなかった。

 




小刻みにしか話が進まなーーーい
次話も今日か明日中には投稿するのでよろしくおねがいしまままままま

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