フーケが去ってから暫くして、ギーシュとともにコルベールが現場に到着した。
ギーシュが教師を呼んでくるのに意外と時間がかかってしまったのには理由があり、なんと当直の教師が何処にも見当たらないと言うアクシデントがあったからである。
代わりに呼ばれたのはその時丁度研究室から出てきた所を捕まったコルベールであり、彼もまた「土塊のフーケが現れた」と言った瞬間顔を青ざめさせ、息を切らしながらこの場に来た訳なのである。
コルベールはアビゲイル達の無事を確認すると、すぐに寮へ戻るように指示をした。
フーケについての細かい事情説明はまた明日の朝、と言う事にするらしい。
コルベールは一刻も早く宝物庫の中を確認しなければならなかった。
そしてあの宝が無事か確認しなければならない。
『混沌を払う火炎』
オールド・オスマンが言うには、世界へと降りかかる混沌に対する特攻魔法のようなものらしいのだ。 そんな強力な魔法が土塊のフーケなどと言う賊に盗まれたとしたら、どうなってしまうかなど容易に想像がつくだろう。
炎とは正しく使えば人々を明るく照らす希望の光となり、悪用すればあらゆるものを破壊し、灰燼に帰す恐ろしいものだ。
コルベールはそれを知っているのだ。
(どうか無事であってくれ……)
祈るような気持ちで破壊された宝物庫へと急ぐ。
しかし、コルベールは宝物庫の中でがっくりと項垂れる事となった。
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...
「で? なんでナイフが喋ってんのよ」
部屋に戻るとルイズは至極当然な疑問をぶつけた。
確かこのナイフはアビゲイルがウォルターという男に誘拐されそうになった時に使われたという空飛ぶナイフだ。 それをタバサが拾い、武器としてアビゲイルに持たせた事でここにあるのだが、ナイフが喋り出すなどという話は聞いていない。
アビゲイルも正直何故このナイフが喋り出したのか、よくわかっていなかった。
武器が喋り出すなど、あの武器屋で出会ったインテリジェンスソードぐらいしか思いつかない。
「へへへ、なんでだろうな?」
「なんかムカつくわね。 売り飛ばしてやろうかしら……」
「ま、まあまあ、ルイズ。 ……でも本当に不思議。 まるであのインテリジェンスソードさんみたい」
「あのインテリジェンスソードさんだからな」
インテリジェンスナイフ……インテリジェンスソードはさらりと口にする。
アビゲイルは驚愕の事実に思わず叫び声をあげた。
「え!? で、でもあの剣は? 壊れてしまったから、てっきり死んでしまったのかと……」
「俺は死なねぇよ。 剣が意識を持ってるんじゃなくて、意識を持った俺が剣に憑依してるんだからな」
まぁ、お陰でいろいろ思い出しちまったが……と小さな声でナイフが呟く。
「じゃああれは何よ。 あんた、空飛んでたじゃない」
「ありゃ俺もおでれーた。 このナイフにゃよく分からん魔法がかかってやがる。 そのせいで喋れるようになるまで時間がかかったけどな」
「それじゃあなたは自由に空が飛べるの?」
「おうよ! 自由に俺の意思で動けるなんて夢みてぇだ!」
彼は楽しそうにひゅんひゅんと動き回る。
抜き身のナイフの為、なかなかに危険な行為である。
「危ないわよ!」とルイズが叫んだ時には既に遅く、ナイフは勢い余って壁に突き刺さった。
「………え、ええと。 それであなたはこれからどうするの?」
「? どうって?」
「だって意識を持ったナイフでしょう? 私がずっと持ってるのは嫌かなって……」
アビゲイルは言いながら壁に突き刺さったナイフを引き抜く。
意識を持った武器、というのは珍しいが、考えようによっては恐ろしい状態にも思える。 何故ならばそこに意識があるのに動くことが出来ない。 その一生を主人と共にし、血や泥を浴び続ける事になるのだ。
おずおずとアビゲイルが言うと、ナイフはすぐに否定する。
「嫌なんてこたぁねぇさ。 俺は飛べるようになったって使い手と一心同体、それは変わらねえ」
「そういうものかしら……?」
「ああ、そういうもんさ」
アビゲイルはあまり納得がいっていないような声をだすが、ナイフはどこか言い聞かせるような優しい声でそう繰り返す為、本人がそれでいいというのなら自分からはもう何も言わない事にした。
「……それじゃあ、自己紹介をしなくちゃ。 私はアビゲイル。 インテリジェンスソードさんにはお名前はあるのかしら?」
「俺はデルフリンガー。 デルフでいいぜ。 よろしくな、相棒」
「ええ、よろしくね、デルフさん!」
アビゲイルはにこりと嬉しそうに笑う。 武器相手であっても、人を相手にしている時と変わらないその笑顔はデルフリンガーとって眩しく見えた。
そして同時に痛ましくも思った。
(リーヴスラシル……『過酷な運命』か。 なんて皮肉だよ。 あんまりじゃねぇか、神様って奴はよ)
アビゲイルに触れた瞬間に見えた懐かしい感覚、そして深淵と呼ぶに相応しい底なしの狂気。 二つの異なる魔力は、その小さな身体に背負うには重たすぎる
その花のような笑顔の内側には、彼女本人にも分からない程の闇が眠っている。
―――しかしただの武器である自分には、彼女を重なり合った運命の道から救い出すことはできない。 武器として、側に居ることしかできないのだ。
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...
「はあ、はあ……」
フーケは宙に浮かぶナイフによって傷つけられた腕からの出血を強引に布で抑え、森の中に立つ小屋へと向かっていた。
あれは《レビテーション》を応用したものだろうか。ナイフがまるで鳥のように宙を舞い、切りつけてくるなんて聞いたことがない。
「……全くなんてザマだよ。 あんなガキどもに遅れをとる事になるなんてね。まぁ目的のものは手に入ったんだ。あとはこいつを読ませてもらって……後で高値で売りつけてやろうかね」
にやりとフーケはあくどい笑みを浮かべる。
今回手に入れたお宝の内容が事実なら、しばらくは休業しても良いほどの纏まったお金が手に入る。
そうすればちまちまとした金を
普段は皮算用などしないフーケであるが、今回ばかりは「彼が本物だったら……」と、つい先のことを考えてしまう。
少しだけ気分が高まりながら、ようやく見えてきた森の小屋の中へと入る。ここはかなり古い小屋で、森の近くに家を構える農民達もこの小屋のことなどすっかり忘れている。つまり、身を隠すのにはうってつけのポイントなのだ。
「さてと……早速読ませてもらおうかね。全く、こんなにワクワクしながら本を開くなんていつ以来だか」
埃の被ったベッドの上をパンと払うとその上に腰を下ろした。
本に触れるだけで痛いほどに伝わってくる魔力。この本自体に驚く程巨大な魔力が封じ込められているのだろう。
フーケは期待に胸を膨らませて、本の表紙を捲った。
―――そしてフーケは固まる。
そこに書かれていたのは、見たこともない文字。
どこの国の文字だとか、何時の時代の文字だとか、そういったレベルのものでは無かった。
「……くそっ、なんだい! 『混沌を祓う火炎』も何も、読めないんじゃ何の価値もないよ!」
フーケは怒りに任せて本を壁に思い切り投げつける。
ばん!と大きい音を立てて壁にぶつかった本は床に落ち、中途半端にページが開かれた状態になった。
その瞬間、はらはらと一枚の紙が本の隙間から落下したが、フーケは拾い上げる気にもなれずそのままベッドに寝転がった。
あのトリステイン魔法学院の宝物庫から、腕を怪我してまで入手したというのに、これでは拍子抜けである。
確かに魔力を感じるが、中身も分からない状態で「これでスクエア以上の炎を出せる」などといった所で誰が信じるのだろう。精々呪いの品を集めているコレクターに今までの様に売りつけるのが関の山だろう。
「あーあ……折角なら他の宝物でも盗めばよかったよ」
「へぇ、じゃあこれ貰って良いですかぁ?」
後悔交じりの声で呟くと、何処からか甘ったるい女性の声が聞こえてきた。
フーケは慌ててベッドから飛び起き、声の聞こえた方へと杖を構える。
するとそこにはいつの間にか小屋の扉から入ってきた紫陽花のように淡い紫色の髪をした女性がそこには立っていた。
入口から差し込む月の光が彼女の背中を照らし、くすくすと笑みを浮かべるその姿を妖しく彩る。
「あんた、何者だ」
「あ~!人に名前を尋ねる時は先ず自分から、ですよ!」
「………」
「なーんてウソウソ、冗談です! ……うーん、そうですねぇ。私が誰かと言われるとちょっと難しい所なんですよね。あ、記憶喪失だとか、電波ちゃんだとかそういった類の物ではないのでご安心を!」
「………」
「………ちょっとは反応返してくれても良いんじゃないですか?相槌も打たないなんて、さては友達も居ないタイ――」
「さっさと言わないと殺すよ」
ころころと表情を変える彼女に、先ほどまで燻っていた苛立ちが更に燃え上り、その怒りをぶつけるように杖を突きつける。
彼女と話をしていると、どこか神経を逆撫でされているような感覚になる。
今すぐにでもぶーぶーと唇を尖らせる可愛らしい顔をぶん殴ってやろうかと思ったが、先ずは相手が何者なのか見極める必要があるとフーケは冷静に心を落ち着かせた。
すると彼女は「せっかちさんはモテませんよ?」と軽口を叩いてから続けた。
「でも実際のところ、お前はなんだと言われても困るんですよね。この
「……ああそう。真面目に言う気はないんだね」
「がーん!真面目な話をしたのに不真面目だと捉えられるのは結構ショックです……」
よよよ、とウソ泣きをする彼女に対してシラけた目線を向ける。しかし怪盗である自分の前に、それも隠れ家に急に現れたこの女はただ物ではないと内心理解していた。振る舞いはふざけて居るが、彼女を侮ってはいけないと自分の直感がそう告げている。
「で、あんたは何をしにきた。 私を捕まえにでもきたのかい?」
「いえいえまさか!貴方
「ああ、そう。……じゃあなんだい」
フーケが言うと、彼女はにっこりと微笑み、告げた。
それは麻薬の様に脳に染み込んでいく。
「貴方は神に選ばれました。 我が神の眠りに貴方の祈りが届けば、貴方はこの
ついに現れた謎の女!()
フーケと接触を果たし、なにか話をするようです。
そしてショック療法により記憶を殆ど取り戻したデルフリンガー。リーヴスラシルの事も既に思い出している模様。
纏めて書いたのを分割したので5時ぐらいに次話投稿出来そうです!