なんだかアビゲイルが静かな回です
翌朝、学院内では大混乱が巻き起こっていた。
それも当然だろう。 今や貴族の中で知らない者は居ない程の大怪盗、土くれのフーケがこの学院内部に現れたというのだから。
昨晩、フーケとルイズ達の激しい戦闘によって起こされた騒音と地響きによって眠りからさめてしまった生徒達が、その巨大なゴーレムを見てしまったのが噂話の発端である。
そしてそれを明確に裏付けたのは、本日の全授業の中止発表であった。
生徒たちは口々「これは本当にフーケが来たんだ」「一体何を盗まれたんだ」と騒ぎ立て、また今晩行われる『フリッグの舞踏会』の開催が危ぶまれる状況に不安の声がちらほらと上がっていた。
そして混乱が広がっているのは生徒達はの間だけではない。
学院長室に集められた教師達もまた、不安と怒りの声で混沌としていた。
「だから平民の衛兵などアテにならんと言っただろう!」
「そもそも当直の教師はどこで何をしていたのかね!?」
「そ、それは……でも貴方たちだっていつもはサボって居たではありませんか!」
「なっ…それとこれとは話が別だ! とにかく弁償でもなんでもして責任をとってもらうぞ!!」
昨晩の当事者であるルイズ、アビゲイル、キュルケ、ギーシュが学院長室へと呼び出しを受けて来てみれば、教師達の責任の押し付け合いが始まっていた。 当直であったシュヴルーズは自室でサボって眠りに着いていたという非があった為に格好の的になり、総攻撃を受けている。
「……なによこれ」
なんとまぁ見苦しい事か、とルイズとキュルケは呆れた表情を浮かべた。
そしてギーシュは「決闘の時に頭に血が上っていた僕って、きっとあんな風だったんだな……」と今更ながら恥ずかしくなってきた。 それほどまでにこの教師達の醜態は見苦しすぎる。
暫くすると「静まらんか!」というオールド・オスマンの一喝によって教師達はシン、と静まり返った。
「まったく、揃いも揃って責任の押し付け合いか。 学院の教師達全員の怠慢ろうに」
「っ………」
オスマンは険しい表情でぴしゃりと言い放ち、教師達は何も言い返せなくなってしまう。 ここはトリステイン魔法学院。強固な壁に強力な魔法の使い手の教師が何人もいるから大丈夫だろう、という甘えた意識が蔓延し、結果として多くの教師達のサボりの常習化が引き起こされて居たのは事実だ。
「……それに盗まれたものは弁償などできる代物ではない。 高価なものだとか貴重なものだとか、そんな小さなものではない。 あれは――悪しき人間には
そう語るオスマンの表情は深刻だ。 組まれた両掌は爪が立っており、眉間に刻みこまれた皺は今まで以上に深く刻み込まれている。
ここにいる人達全てがその空気にあてられ、ゴクリと唾を飲んだ。
「い、一体何を盗まれたのですか?」
「それは……」
おそるおそるルイズは尋ねる。
するとオスマンはアビゲイルをちらりと一瞥した。
アビゲイルは射抜かれるようなその目線に、
「……一冊の本じゃ。 そこには『混沌を払う火炎』を呼び出す為の呪文が記されておる」
「『混沌を払う火炎』……?」
「うむ。 あの本はある男から譲り受けたものなのじゃ。 そして彼はこう言った。 『無数の貌を持つ神の代行者現る時、世界に狂気と混沌をもたらすだろう』……とな」
「は、はあ……」
世界の危機、そしてそれを祓う火炎を呼び出す魔法ときた。
それを聞いたルイズやキュルケ、ギーシュだけでなく、教師達も間の抜けたような声を零す。
物語の上で語るのならばそれは壮大な物語なのだろうが、それで現実を語るのは余りにも真実味がなさすぎる。
しかしアビゲイルはオスマンの言葉を聞いた瞬間、何か頭の中に引っかかりのようなものを感じた。 しかしそれがなんなのか、自分の中で答えを見つけ出すことができずにいた。
「因みにその男は一体誰なのですか?」
教師の一人がオスマンへと当然の疑問をぶつける。
するとオスマンは困ったような表情をして言った。
「……それが分からんのじゃ。 彼の言語はまるで覚えたての様に拙い。 文字も書けぬようじゃった。 一体何処の人間なのか……そして今何処にいるのか、それすらも分からんのじゃ」
ため息を零すオスマンに教師達はやや失笑気味だ。
演劇作家か何かの妄言か、占い師の世迷言か。 何れにせよその言葉を信じるに値する要素が一つたりとして見当たらない。
ざわつき始める教師達にオスマンはやや失望したように目を伏せ、それから再び「オホン」と咳払いをした。
「それで、昨日の目撃者というのはこの者達で間違いないかね」
「はい。 私が現場に向かった時にいたのも彼女たちでした」
唯一オスマンの言葉を信じているコルベールが真剣な表情を崩さないままオスマンへと返事をした。
「学院長先生、わたくし達は昨日フーケと戦いました。 あの巨大なゴーレムは、間違いなく噂の『土くれのフーケ』ですわ」
「申し訳ありません……力及ばず、フーケを取り逃がしてしまいました」
「……いや、君達に大事が無くて良かった。 教師の失態で学生が大怪我をするような事があったら、親御さんに申し訳が立たん。 むしろ危険な目に合わせてしまったと、儂から謝罪しよう」
ルイズの謝罪に対して逆にオスマンは謝罪をする。 学院長から謝罪が有るとは思わず、ルイズ達はやや慌てて気味になるが、プライドの高い教師達はバツの悪そうに目線を逸らした。
「それで……フーケについて何か分かった事はないかのう。 実際に対峙したと言う君達なら何か気づいた事があるのではないかと思っての」
ルイズ達は顔を見合わせる。
気付いた事と言ってもあの場は月明かり以外に明かりが何も無く、それでいて30メイル程もするゴーレムの上にいた為、フーケについて噂になっている情報以上の事は何も分からなかった。
「……残念ながら僕は先生を呼びに行っていました。 遠くから見たゴーレムの姿しか見ておりません」
「わたくしも容姿については何も。 分かったのは精々『土のゴーレムは再生する』という事ぐらいですわ」
「私もミス・ツェルプストーと同じです……」
3人の悔いるような声に、オスマンは「そうか……」と落胆した様に呟く。
するとアビゲイルがそういえば、と言った風に顎に手を当てて言う。
「……その人って、どれぐらいの事がわかっているの?」
「フーケの容姿についてでしたら、何も分かっておりませんぞ。 年齢から生まれ、性別も何も」
コルベールはやれやれと首を振って答える。
土くれのフーケはまさしく凄腕だ。
これほどまでに国内を騒がせていると言うのに、その手掛かりは一切掴めていないのだ。
しかし、アビゲイルにはある手掛かりが有った。
「……フーケは女性だと思うわ。 声を聞いたもの」
「な、なんですと!? それは本当かね!」
「え、ええ。 ルイズ達も本当は聴いているはずよ。 だってあの時悲鳴をあげていたじゃない」
「悲鳴……ああっ!確かに。 デルフリンガーに気を取られて気にしていなかったけど……」
「それに、今ならきっとフーケの見分けを付けられると思うの。 だって、今フーケの腕には―――」
とその瞬間、割り込む様に数回のノックの音が聞こえた後、ガチャリと扉が開いた。
中に入ってきたのは学院長の秘書、ロングビルだ。
余談ではあるが、秘書として仕事をする彼女は真面目によく働き、それでいて美人な彼女には、男子生徒のみならず男性教員の中にも――実はコルベールも――彼女のファンが居た。 常に冷静でクールな表情を持つ彼女が時折浮かべる優しい笑顔にやられてしまう人間が多いのだろう。
「申し訳ございません、遅れてしまいました」
とロングビルが言うと、教師の中から「何故こんな時に遅刻など」と非難の声がちらほらとあがる。しかしロングビルはそれを意にも返さず手に待っていた一枚の紙を取り出すと、オスマンの机の上へと提出した。
「ミス・ロングビル、これは?」
「土くれのフーケの潜伏先と思われる場所です」
ロングビルがそう言うと、ざわざわと教師達がどよめいた。
話を詳しく聴いてみると、近在の農民に聞き込みをし、その目撃情報から推測した場所だそうだ。ロングビルは今朝宝物庫が破壊されているのを見た瞬間から馬を飛ばし、フーケの居場所を探っていたらしい。
その証拠に、馬を走らせる為にロングビルは分厚い外套を羽織り、すっぽりと全身を覆っていた。
「では早速、王室に報告をして兵の派遣を―――」
「ならん」
教師が提案をすると、オスマンはきっぱりと言い放つ。
「これは学院の起こした問題というのもある。 しかし……王室にその様な強い力を秘めた書物があると知ればどうなるか、容易に想像がつくじゃろう?」
「それは……」
もし本当にその本の事が真実であれば、という考えを内心思いながら、教師たちは口ごもらせる。
王室の手に書物が渡れば、国の力を付けるためにその魔法書を嬉々として使い始めるだろう。
余りにも強力な力はいつか身を滅ぼす。であれば、そのようなものは秘匿しておくのが一番なのだ。
「だからこそ我々の手でフーケを捕まえねばならん。捜索隊へと志願する者は杖を掲げよ!」
―――しかし、教師たちは誰も杖を掲げない。 目を反らすか、困ったように顔を見合わせるだけであった。
「どうした? 誰もおらぬのか? フーケを捕まえて名を上げようと思う貴族は!」
オスマンは声を張るが、それでも教師たちは手を上げない。トライアングルメイジの教師もちらほらと居るにも拘らず、皆関わりたくなさそうにしながら、誰かが挙手するのを内心願っていた。
その様子をルイズは失望したような目で眺めていた。
そしてそれは徐々に怒りへと変わり、ぷるぷると震えた手がぴたりと止まった瞬間に覚悟を決めた。
「っ……!」
「る、ルイズ?」
ルイズの垂直にピンと掲げられた杖。アビゲイルは驚きの声をあげ、それを見たキュルケは内心で「ああ、やっぱり……」と思い、もはや何度目かも分からないため息を吐いた。
「ミ、ミス・ヴァリエール! 本気かね!?」
「子供がフーケを捕まえる等不可能だ!」
「だって誰も杖を掲げていないじゃないですか!!」
困惑する教師たちの言葉にルイズは被せるようにして怒鳴った。
するとルイズの両脇に立つキュルケ、ギーシュまでもがゆっくりと杖を掲げた。
「ミス・ツェルプストー! ミスタ・グラモンまでもですか!?」
教師たちは更に驚きの声を上げ、ルイズもまた驚いて目をぱちくりとさせた。
「ツェルプストーの女として、ヴァリエールには負けられませんわ」
「僕もグラモンの家の名を持つ男です。フーケ相手に逃げ出した等と知られたら兄上達に笑われてしまう」
「あ、あんたたち……」
ルイズは二人をみて少しだけ目を潤ませ感動する。
例え自分一人であっても行ってやるつもりだったが、二人も付いてきてくれるのならばかなり心強い。
オスマンはそんな3人を見て「ふむ」と小さく呟いてから、パン!と手を叩き言った。
「ならばフーケの捜索は君達に任せよう。目標は第一に本の奪還、その次にフーケの捕縛じゃ。危険な任務にはなってしまうが、よろしく頼むぞ」
「オールド・オスマン! 何を言っているのですか! 彼女らには荷が重すぎる!」
風系統の教師――ギトーが驚きの声を上げる。
しかしオスマンは首を振り、言葉を撤回しない意思を伝えた。
「この子らは実力ある生徒達じゃ。 実際に対峙し、そして立ち向かうことの出来る勇気ある貴族じゃ」
「っ……!」
恐れをなして戦うこともしない君達と違っての、とオスマンが付け加えると、ギトーだけでなく、他の教師達も悔しそうに顔を歪めた。
しかしその中で一人、ゆっくりとルイズ達の様に手を挙げた女性がいた。
それは、学院長秘書であるロングビルである。
「流石に子供達だけで行かせるのは心配なので、誰も行かないと言うのなら私が行きましょう」
「……良いのかね?」
「はい」
「……では決まりじゃな。 我々は諸君らの勇敢さ期待しよう。速やかに馬車を用意させる。諸君らも準備が終わり次第、直ぐに正門まで来るように」
「「「はい!」」」
「は、はい」
キュルケはともかく、ルイズとギーシュは熱に浮かされた様に気分が高まっている様に見える。アビゲイルは少しだけ不安になりながら、小さく返事をした。
.
..
...
捜索隊が決定し、既に馬車に捜索隊の面々が乗り込んだ所だろうか。先ほどまでとは違い静まり返った学院長室にコンコンとノックが響く。
「来たか。入って良いぞ」
「失礼します」
がちゃりとドアが開き、中に入ってきたのはタバサだ。タバサは無表情のまま一度お辞儀をするとオスマンの机の前までまで移動する。
「よく来てくれたな」
「どう言った用件でしょうか」
「……実は先ほど捜索隊を編成したのじゃ。メンバーミス・ロングビル、ミスタ・グラモン、ミス・ツェルプストー、そしてミス・ヴァリエールじゃ。恐らくミス・ヴァリエールの使い魔もくるじゃろう」
「……!」
タバサは少しだけ目を大きくして驚く。
まさか捜索隊に自ら志願したのだろうか――いや、一人だけいた。
恐らくそれに乗じて、という事だろうか。
「今回盗まれたのは一冊の本じゃ。そこには強力な力が秘められておる危険なものでな……それを君に任せたい」
「……?」
タバサはよく分からない、と言った表情を浮かべる。捜索隊が回収するのでは無かったのか?
「ああ、すまんの、言い方が悪かった。その本が無事この学院に届けられるのを見守ってほしい、という事じゃ」
オスマンは未だアビゲイルを疑っている。本を手に入れた途端、それを奪って逃走する可能性も考えられる。だからこそのタバサだ。彼女はシュヴァリエの称号をもつ実力者だ。万が一があったとしても、彼女ならば心強い。
タバサはやや納得の行ってない状態ではあったが、「わかりました」と頷いた。
彼女にとっても親友と―――そして最近できた友達が危険を冒しに行くと言うのを黙って見過ごすわけには行かなかった。
タバサは学院長室を出ると準備を整え、シルフィードの上へと乗り込んだ。
原作とは違いタバサではなくギーシュが捜索隊に加わることに。
とはいえタバサも学院長からじきじきに任務を命ぜられ、出発する事に。
ところでロングビルってすごい先生ですよね。
行動力がすごいって言うか……憧れちゃうな〜〜〜!
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