虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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キュルケの一人称を「私」→「あたし」へ修正。


26:手紙

 ルイズ達は馬車へと乗り込み、ロングビルの集めてくれた情報から推測された場所へと向かう。フーケの発見を見逃さないように屋根のない馬車が選ばれたのだが、あまり座り心地は良くない。

 整備されてから相当時間の立っているであろう道はガタガタと馬車を激しく揺らすほどの凸凹道だ。

 

「……きもちわるい」

 

 うっぷ、とアビゲイルは吐き気を抑えながら、ぐったりと荷台の淵に腕枕をして目を閉じていた。

 

「大丈夫かい? 顔色が悪いよ」

「大丈夫……じゃない、かも。吐いたらごめんなさい……」

「ていうかアビー、さっさと吐いちゃいなさいよ。そっちの方が多分楽よ?」

「それはいや……」

 

 恥ずかしいから、とふるふる小さく首を振る。気持ち悪いのは嫌だが、これでも年頃の乙女だ。そう簡単に口から胃液を吐き出すというのは如何なものだろうか。

 

「……少し狭いですが、横になってはいかがですか?」

「そうねぇ、まだまだ時間もかかりそうだし、なんならあたしが膝を貸してあげるわよ?」

「……うう、ごめんなさい、お言葉に甘えさせて貰うわ……」

 

 ロングビルとキュルケの提案を素直に受け入れ、アビゲイルはキュルケの膝の上に頭を乗せた。 キュルケは見るからにナイスバディだったが、太ももの柔らかさも抜群だった。 「アビーちゃん可愛いわ」と言いながら頭に触れるため、キュルケの人より少しだけ高い体温を持つ肌の温もりと合わせてすぐに眠気が訪れる。

 完全に意識を失うと、既に仲のいい人達に紹介されているデルフリンガーがアビゲイルのポケットから抜け出して言った。

 

「早。 相棒もう寝ちまいやがった」

「昨日の事もあったし疲れてるのよきっと」

「……全く、危ないんだからアビーは付いてこなくて良かったのに。なんで付いてきたのかしら」

 

 ルイズはキュルケの上ですやすやと寝息を立てるアビゲイルの顔を見て呟く。するとギーシュとキュルケが呆れたような表情をしてルイズをじとっと見た。

 

「な……なによ二人とも」

「いや……ちょっとアビーに同情してしまってね」

「あんたが心配だからに決まってるでしょ、この猪」

「い、猪ってなによ!あんた達だって杖を掲げてたじゃない!」

「何言ってんのかしらこの猪は。あたしは最初は全くあげる気は無かったわよ。でも……ねぇ?」

 

 ギーシュとキュルケは顔を見合わせてあの時の事を思い出す。大人達の会話になかなか入れずに静かにしていたアビゲイルが、ルイズの暴挙によって青ざめていくその様を。恐らくは後は大人に任せる流れになると思っていたのだろう。

 

「うぐ……だ、だって仕方ないじゃない。誰も手を上げないんだもの。私だって先生方の誰かが立候補すれば出しゃ張らなかったわよ」

 

 ルイズは唇を尖らせて言う。以前の自分であったら、「ゼロと呼ぶ皆を見返してやる!」と躍起になっていたかも知れないが、今は違った。

 ギーシュとの決闘の際にアビゲイルの言った言葉の数々に励まされ、今はゆっくり努力を続けようと考えているのだった。

 

 そんな三人のやり取りをみて、ロングビルはくすりと笑った。

 

「皆さん仲がいいのですね」

「「そんな事無いと思います」」

「は、ははは……」

 

 息ぴったりに否定する二人に苦笑いを浮かべるギーシュ。ロングビルはますます楽しそうにして笑った。

 

 確かに、言われてみればこんな風にやり取りをするようになったのはつい最近になってからだ。

 少し前であれば「魔法が使えなくてプライドばかり高い」「男漁りばかりしている」「気障で口を開くと三枚目」などという一つの側面の印象ばかりが強かったが、今では意外と思いやりが有るとか、情に熱いとか、目に見えなかった部分まで見えていた。

 それに三人の間だけではない。タバサやシエスタ、モンモランシー達もだ。

 

 もしロングビルから見てそう見えるのならば、きっとそれはこの子(アビゲイル)のおかげだろう。

 彼女との触れ合いを通じて、今こうして繋がりを持つことができたのだ。

 

 三人はアビゲイルを見てくすりと笑う。その寝顔は――――苦しそうで、限界を迎えた顔色の悪さをしていた。

 

 

 .

 

 ..

 

 ...

 

 結局吐いた。

 

 

「もうそろそろです」

「……や、やったぁ」

 

 学院から数時間馬車に揺られ、ようやく森の奥あたりへとやって来た。

 高く成長した木に囲まれたその場所は、昼だというのに僅かな日の光しか通さずに薄暗い。

 こんな場所までくる農民もそうそういないため、もしフーケが隠れているとしたら確かにここは最適な場所だろうと感じだろう。

 

 一方、ぐったりとした調子で返事をしたアビゲイルの顔色は先ほどよりはマシにはなったが、それでもやはり白い。

 これじゃあ戦うのが難しそう……とアビゲイルは落ち込んでいたが、三人はアビゲイルにあの力を使わせるつもりは無かった為、戦力的に痛手とはならなかった。

 

「まあ落ち込むなよ相棒。お前さんの魔力を俺に送ってくれりゃあ、あとは俺が何とかするからよ」

「う、うん……ありがとうデルフさん」

 

 実際に「送る」という感覚はないが、こうしてデルフリンガーに触れているだけで向こうが勝手に魔力を吸収してくれるそうだ。本来であればこの魔法のナイフに対する理解がないとできない芸当であるが、デルフリンガーという意思を持つ武器に変わったことでそういった事に理解がなくとも宙に浮かせる、魔力を貯めるということができるのである。

 

「空飛ぶナイフなんてほんとに凄いわよね。これが決闘の時にあったらギーシュなんて瞬殺だったんじゃない?」

「……そ、そうかもしれないが、もうそこを掘り返すのはよしてくれないか……」

 

 けらけらと笑うキュルケに対して、ギーシュはがくりと首を垂れる。

 10割自分が悪い事だった為、それを突かれては何も言い訳はできない。

 

「あと1回位は弄りたい」

「鬼かね君は!?本当に反省しているから勘弁してくれ……」

「も、もうキュルケさんったら!ギーシュさんも、本当に気にしてないから頭を上げて?」

 

 アビゲイルは苦笑いを浮かべながらフォローをする。

 

 さらりとした美しい髪、幼さを持ちながら、どこか聖母のように慈愛に満ちた優しい瞳。

 ギーシュは一瞬、天使がそこに居るのかと思った。

 否、今思えば、ルイズが召喚したのは初めから天使だった様な気がする。

 

「ああ……友よ……いや、マイ・エンジェルと呼んでもいいかい……?」

「それは嫌」

 

 アビゲイルは即答した。

『我らが希望』と同等の恥ずかしさだった。

 

「あんた達アホしてないでさっさと降りるわよ」

 

 呆れた声を出してルイズは馬車から降りる。フーケに気づかれないように、ここからは徒歩で向かうことになっていたようだ。

 

「「「はーい」」」

 

 三人は素直に返事をして降りる。

  アビゲイルは未だ具合を悪そうにしているが、フーケの潜んでいたと思われる小屋が見えて来る頃にはだいぶマシになっていた。

 

「あそこにフーケが?」

「ええ、恐らくは……ですか、既に時間も経ってしまったので、小屋の中にはもういないと思います。私はどちらの方へ移動したのか調査してきますので、皆さんは小屋の中に何か手がかりがあるか探してみてください」

「わかりました……」

 

 ロングビルは森の奥へと一人で進んでいった。

 ルイズはそれを見送った後、小屋の方へと一歩踏み出そうとして、ふと嫌な予感がして立ち止まった。

 

「どうしたのよルイズ」

「……、なんか嫌な予感がして」

「あら、怖気ついたの?」

「ち、違うわよ!あんたこそ余裕そうな顔してちょっと震えてんじゃないのよ!」

「あらやだ。これは武者震いでしてよ」

 

 ルイズとキュルケがやいやいと喧嘩を始める。

「全く君達はもう少し静かにだね……」とギーシュが頭を抱え、割り込むようにして二人を落ち着かせた。そしてこほんと咳払いをすると改めて口を開く。

 

「確かに僕も嫌な予感がする。もちろん僕も怖気ついただけの可能性もあるが……なんだか誘い込まれているような気がしてね」

「そうなの?……でも中に何か手がかりがあるかも知れないし、中に入らない訳にも行かないでしょう?」

 

 腕を組むギーシュに対してアビゲイルが疑問を飛ばす。

 するとギーシュは得意そうに笑い、「僕に任せてくれたまえ」と杖を振った。

 その杖先からひらひらと落ちた花弁は地面に落ち、もごもごと土が固まり、そして青銅の騎士――ワルキューレへと変化した。

 

「なるほど、ワルキューレを偵察に向かわせるのね」

「そういう事さ。 さあ行け、ワルキューレ」

 

 ギーシュは魔力を送り、ワルキューレを偵察に向かわせる。

 そろりそろりと歩いて小屋へ近づいていったワルキューレはドアノブに手をかけ、ゆっくりと開け放った。

 

「よし……ドアノブには何も仕掛けられていないようだね」

「やるじゃない。で、中はどうやって見るの?」

 

 意外なギーシュの活躍を素直に褒めるキュルケ。

 しかし次の言葉を発した瞬間、ギーシュは言葉を返さずぴたりと固まった。

 

「……」

「……、……ねえあなた」

「…………」

 

 ギーシュは三人の視線からすいー、と気まずそうに目を逸らした。

 使い魔のように主人の目となり耳となる、という芸当はワルキューレにはできない。

 

「あんたねえ……カッコつけるなら最後までカッコつけなさいよ……」

「す、すまない……」

 

 ルイズは溜息を吐く。

 とはいえ、少なくとも身を潜めていたフーケが突然入り口を開けた瞬間に襲ってくる、という事にならないのが分かっただけマシだったかも知れない。

 

 取り敢えず中を調べるにしても全員が中に入る訳にもいかないので、ギーシュとキュルケが外で見張り役を務めることとなった。

 

 ルイズは杖を握りしめ、小屋の中へと足を踏み入れる。アビゲイルはその後ろに付いて行き、デルフリンガーがその隣でふよふよと宙に浮きながら部屋に入った。

 

 小屋の中はテーブルが一つと椅子が二つ。そしてベッドが一つと、クローゼットの様な家具の残骸が一つあるだけだ。窓の縁やテーブルの上には埃が分厚く積もり、木製の小屋の為至る所に腐食が進み、見るからに古めかしい廃屋といった印象を受ける。ベッドの上の埃が払いのけられているのがデルフリンガーの言っていた『人の居た痕跡』なのだろう。

 

「……確かにフーケが居たって可能性はあるけど、何も残されてはいなさそうね」

「まあそうだろうな。お宝だって一冊の本なんだったら、わざわざこんな所に置いて行ったりしねぇだろうよ」

「うーん、それならロングビルさんの方をお手伝いしに行った方がいいかしら……ん?」

 

 アビゲイルはふと、クローゼットの残骸付近に一枚の紙が落ちているのを見つけた。

 拾い上げてみると、其処れは手紙のようだった。字は綺麗という訳ではないが、筆記体で書かれた文字は自分にとっては()()()()()と感じた。

 

「何か見つけた?」

「ええ……かなり古い手紙みたい。 所々がボロボロになってしまっていて、送り主も誰宛に書いたものなのかも分からないけど…」

「手紙?これが?こんなの唯の落書きじゃないの?」

 

 ルイズは首を傾げる。ルイズの目からは、うにょうにょとした意味のない模様がびっしりと白い紙に書かれているようにしか見えない。

 ―――そう、まるで自分が夜更かしをした翌日、眠くてたまらない授業が終わった時に書いた記憶の全くない謎の文字のようだ。

 

「あ……!」

 

 アビゲイルは気付き、そして衝撃を受ける。

 ルイズが落書きと言ったこの文字が―――()()()

 

「これは……英語だわ!」

「英語?なにそれ」

「私の世界の……私の住んでいた国の言葉よ」

「え…?!なんでそれがこんな所に……」

「……わからない」

 

 自分の様にこの場所に召喚された存在が有るのか、それとも全く別の存在か。いずれにせよ、これの手紙は自分の世界に関係あるものだという事には間違いなかった。

 喉がからからに乾き、手紙を持つ手が震える。

 まさかこんな所で自分の世界との繋がりを持つ代物に出会えるとは思ってもみなかった。

 

「それでなんて書いてあるのよ?」

「え、えっと……読んでみるわね」

 

 アビゲイルは期待と、そして少しの不安を持ちながら読み上げていく。

 

 

 

 =============================

 

 ――――へ

 

 ア―――、君は元気にしているだろうか。

 私の方は何とか這い―――沌の目的の断片を知り、世界から脱出する事が出来た。

 

 しかし、君の―――痕跡を辿ってみたのだが、流れ着いた時間まで特定することが叶わなかった。

 だからもしこの手紙が君に届く事があるならば、幾つか君に伝えなくてはならない事がある。

 

 先ずは君への謝罪だ。まだ未熟な君をあの時一人にしてしまって、すまなかった。

 奴の力を甘く見ていた訳では無かったが、君を見失ってから何体もの奉仕種―――に襲われ、遂に君を見つけ出すことができなかった。

 不甲斐ない私をどうか許して欲しい。

 

 そしてもう一つ、奴の目的を伝えなくてはならない。

 奴が探しているのは、宇宙の原初にして、全能の魔王である―――スが唯一夢を見ない世界、『夢の外』だ。

 奴がそこを見つけ出して、一体何をしようとしているのか、そして『夢の外』が何処の世界を指しているのか、それを知る事が出来なかった。

 

 だか、間違いなく言えるのは『奴は破滅と混沌しかもたらさない』という事だ。

『夢の外』を奴が手に入れた時、恐ろしい事が起こってしまうだろう。

 

 

 

 だからこそ、君にこの呪文を託そうと思う。

 這い寄る――の天敵である旧支配者の招来の呪文、そして退散の呪文だ。

 もし君が再び奴と邂逅した時はその呪文を唱えてフォーマルハウトからクトゥグアを呼びだすといい。

 

 ただし、この世界の空は我々の知っているものとは少し違うようだから注意が必要だ。

 フォーマルハウトはこの地からは見えない。しかしクトゥグアはフォーマルハウトが地平線上にある時しか呼び声に答えてくれないんだ。

 だからこそ、君が銀の鍵としての力を使って門を開き、フォーマルハウトからの道を作ってあげなくてはいけないよ。

 

 

 

 

 私は君を探しながら、『夢の外』についてもう少し詳しく調べてみようと思う。

 だから君の方でも何か分かったら調べてみて欲しい。奴の計画を止められるのは我々だけなのだから。

 

 

 

 P.S パンケーキが好きなのは構わないが、三食パンケーキは控えるように。

 

 

 =============================

 

 

 アビゲイルが読み上げ終わると同時にぽたぽた雫が頬を伝って流れ落ち、紙に小さな染みを作った。

 

「相棒、泣いてんのか?」

「え…? あ、あれ、なんで泣いてるのかしら……」

 

 アビゲイルは慌てて袖で目元を拭う。悲しい、という訳ではない。むしろ手紙を読んでいるとなんだか懐かしい気持ちになり、心が温かくなったのだ。

 

「大丈夫、もう泣き止むから……」

「……良く分からないけど、本当に大丈夫なのね?」

 

 ルイズがそう尋ねると、ぐしぐしと数回目元をこすった後、「全然大丈夫」と言うようににこりと笑みを浮かべて見せる。

 目元は赤くなってしまったが、ルイズの見た限りでは本当に辛いとか悲しいとかではなさそうだと感じた。

 

「この手紙に書いてあること、少し気になる箇所が幾つかあったの。フーケの手掛かりにはならないけれど……」

「ま、仕方ないわよ。それじゃあそろそろ二人の所に戻――――!?」

 

 その瞬間、ぐらぐらと大きな地震が起きたと思えば、外から二人の悲鳴が聞こえてきた。

 

「っ!今のはギーシュさんとキュルケさんの……!」

「相棒!嬢ちゃん!伏せろ!!」

 

 デルフリンガーが叫ぶ。

 それに従って二人が地面に伏せた次の瞬間―――小屋の屋根が耳をつんざくような破壊音と共に吹き飛んだ。

 




目星……成功。 アビゲイルは謎の手紙を発見します。
手紙の内容にきになるワードをいくつか発見したアビーちゃん。

次回、ついにフーケ戦……?

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