「ゴーレム………!」
ルイズは屋根が消し飛び、高くそびえ立つ木々が見えるようになった空を見上げて叫ぶ。そこにはあの夜に見た、30メイルほどもある巨大なゴーレムがこちらを見下ろしていた。
「ギーシュさん!キュルケさん!大丈夫!?」
「ああ、こっちはなんとか……!」
咄嗟に二人の安否を確認しようとアビゲイルも声を張り上げ二人の姿を探る。
するとすぐにゴーレムの足元近くから返事が帰ってきた。
両者ともに外傷は見当たらず、真っ直ぐにゴーレム見上げて杖を構えている。
ロングビルの姿は見当たらないが、しばらくすればこの音と揺れを聞いて駆けつけて来る筈だ。
「フーケは!?」
「全然見当たらないわ! もしかしたら木にでも隠れてるのかもね!」
ルイズの叫びにキュルケは答え、それからすぐに《ファイアボール》を放つ。炎の爆発は土の塊であるゴーレムを多少なり削る事ができるが、それ以上の効果は見られなかった。
「やっぱりダメね……! もうルイズ! どうするのよこれ!」
「私に振られたって分からないわよ……!」
フーケの姿が見えないのではメイジ本体を狙うということも出来ない。
かと言ってゴーレムを相手にいつまでも戦い続けていたらいずれ精神力が尽きてしまうだろう。
ルイズはどうしようもなく、悔しそうに歯嚙みした。
するとゴーレム相手に《錬金》を何回か放って居たギーシュが叫んだ。
「ここは僕が何とかする! 君達はフーケを探してきてくれ!!」
ルイズ達は「えっ?」と驚きの声を上げる。
「何言ってんの!? あんただけでどうにかなるような相手じゃないでしょう!」
「そ、そうよギーシュさん! 一人でなんて危険だわ!」
ゴーレムは拳を振るい、無差別に攻撃を繰り返す。
現状で被害が出て居ないのはそれぞれがゴーレムへと何回も攻撃をして動きを鈍らせているからに過ぎない。
しかしギーシュは静かに首を振った。
「だけどこのままではジリ貧だ。 たしかにゴーレムの維持には精神力が必要な筈だけど、それよりも僕たちの精神力が切れる方が間違いなく先だろう。 そうなったら僕らはおしまいだ」
「それは……」
「だったら僕は少しでも可能性のある方に賭けるべきだと思う。 フーケを見つけることさえ出来ればあのゴーレムを止めることだって出来る筈さ」
ギーシュは言い切り、杖を構える。 ゴーレムのくりだした拳に対して《錬金》を放ち、その一部を砂へと変えて形を崩した。
アビゲイルはギーシュの背中をみる。
ゴーレムに比べたらはるかに小さい後ろ姿には恐怖が見て取れた。
たった一つ握りしめた杖などあまりにも心許なく、ゴーレムの片腕が直撃するだけで容易にその命は刈り取られてしまうだろう。
「アビーちゃん、行くわよ!」
「で、でも……!」
アビゲイルは直ぐに頷く事が出来なかった。 頭ではそれが最善なのだと理解しているにも関わらず、不安という感情だけが身体の動きを縛り付ける。
するとギーシュは顔を横に向け、フッと不敵に笑ってみせた。
その表情は無理やり作って見せたものだと容易に分かるが、その瞳は真剣そのもので、思わずアビゲイルは口を噤んだ。
「僕を信じてくれ」
「……!」
ギーシュは落ち着いた声で言う。
覚悟を決めた者の声だ。
「……分かったわ。 私、信じるわ。 ……だからどうか、死なないでね。 約束よ」
アビゲイルは自分の服の裾を握りしめ、懇願するように言う。
ギーシュは満足そうに笑うと、杖を振り、4体のワルキューレを召喚すると叫んだ。
「さあ走れ! フーケの事は頼んだぞ!」
「っ、ええ……!」
「かっこ付けちゃって……死ぬんじゃないわよ!」
アビゲイル達はギーシュの叫び声に押されるような形で走り出す。
後ろ髪が引かれる思いだったが、ギーシュの決意と想いを無駄にしてはならない。
彼の身を案じるならば―――1秒でも早く、フーケを見つけ出さなければ。
.
..
...
ギーシュは森の中へと走っていくアビゲイル達の背中をちらりと横目で見た。
あとは彼女たちがフーケを見つけ出すまでの辛抱だ。
視線を前に戻してみれば、立ちふさがるのは巨大なゴーレム。 土で構成されたその体は、自分の作り出したゴーレムの大きさからしてみても圧倒的だ。
昨晩、ルイズ達はこんなにも恐ろしい相手を前にして逃げ出さず、立ち向かったのか……とギーシュは内心で舌を巻いた。
対して自分の足は鉛でも付けたかのように重たく、杖を持つ手はじっとりと汗をかき、震えが止まらない。
全身に恐怖が駆け巡っていた。
「は、はは。 全く、僕もとんでもないことを言うようになったね」
手のひらを見つめ、呆れたように笑う。威勢など、一人になって仕舞えば一瞬にしてしぼんでしまうものだ。
以前の自分であれば、こんなにも無謀なことはきっとしないだろう。
それでも『無理だ』と言わず、立ち向かおうと思うようになることができたのは彼女の影響に違いない。
「ああ……僕が死んだら、皆僕の事を讃えてくれるだろうか……」
初めて味わう、本当の脅威。
学生同士の小さな喧嘩とは違う、命のやり取り。
一歩間違えれば死は免れない。
貴族は、名誉の為には死すらも厭わない。
……きっとここで死んでも、名誉の死として周知される事だろう。
ならばあとはできる限りの事をして、胸を張って散って行こう。さあ思った時、
―――だからどうか、死なないでね。 約束よ。
今にも泣き出しそうな彼女の言い放った言葉を思い出した。
きっと約束を破ってしまったら、涙が枯れるほど悲しんで、その太陽のような表情を長く暗雲で包み込んでしまう事だろう。
それはなんか、嫌だ。
「あいつを倒せたら、きっと彼女も驚くだろうな」
脳裏に思い浮かぶのは、驚いて目を丸くし、賞賛を浴びせてくる彼女の声。
明るく跳ねるような喜びの声は、きっと何よりも嬉しい褒美になるだろう。
彼女の素直な感情は、それほどまでに価値のあるものだ。
「……ああ、それもいいな」
そして、
その二つを同時に手に入れられるのはどれだけ素晴らしい事か。
ギーシュは息を吐くと、全身の震えが止まる。
自分はやはり欲張りなぐらいが丁度いいなと改めて認識した。
ゆっくりとゴーレムが此方へ近づいてくる。
こちらには既にゴーレムの足を止めるだけの人数は居ない。
ならば寧ろ、此方側から仕掛けるべきだ。
ギーシュはワルキューレを右に二体、左に二体と左右に分けて突撃させた。
土を蹴り上げて、矢のようにゴーレムの懐へと飛び込むワルキューレは、ゴーレムの動きよりも圧倒的に早い。 払いのけようとしたゴーレムの腕を巧みな動きで掻い潜ると、素早く足を切りつけた。
「 流石に簡単には切れないか……!」
ざくり、と沈み込んだ剣は凝縮された土によってその勢いを殺されてしまう。 ワルキューレは素早く剣を引き抜き、舞うようにして後方へ飛び去ると、頭上から叩きつけるようにして振るわれたゴーレムの攻撃をかわした。
たったこれだけの動作だが、ギーシュの頰にはたらりと汗が流れ落ちる。
手元を起点として放たれる魔法ではなく、遠方にあるワルキューレを起点とした魔力操作。
これはあらかじめ命令をインプットされて動いている目の前のゴーレムとは違い、四体のワルキューレをそれぞれ精密操作している状態だ。これは高位のメイジであっても難しい芸当である。
ゴーレムは追撃するように纏まって飛びのいたワルキューレへと拳を繰り出す。
ギーシュは慌ててワルキューレを操作し、剣にゴーレムの腕を滑らせらようにして飛び上がると、再び纏めて薙ぎ払われないようにワルキューレを散開させた。
恐らくあのゴーレムに与えられた命令は『近くの敵を攻撃する事』ワルキューレを散開させたとしても、ゴーレムの周りにワルキューレが存在する限り、ギーシュへと向かって突進してくるということは無い筈だ。
ギーシュは杖を振り、再びワルキューレを走らせる。 ぐるぐるとゴーレムの周りを取り囲むような動きをしたワルキューレは、ゴーレムの腕が振るわれると同時に疾風の如く素早さでゴーレムの片足へとすべりこみ、剣を突き立てた。
精密な操作で四方から切断面を水平に揃えることで、あの太い脚の中心部まで切断する作戦だ。
「っ……!」
ゴキン、と青銅の折れる音。
相手が土でできたゴーレムとはいえ、勢いをつけて切りつけたワルキューレたちの剣は、その刀身に受ける重みに耐えられず、根元からぽっきりと折れてしまったのだ。
ギーシュは驚き、剣が折れてしまったことによって勢い余ったワルキューレを一体転倒させてしまう。
そしてゴーレムはそれを見逃さなかった。
「しまった…!」
ゴーレムの掬い上げるような拳を避けきらず、一体のワルキューレが直撃を受ける。
バキン!!と激しく青銅が砕ける音が鳴り響き、ワルキューレの残骸はまるで散弾銃のように拡散し、眼前に鋭い青銅の破片が迫ってくるのが見えた。
――避けられない!!
ギーシュは腕で顔を覆い、この後襲ってくるであろう全身をつらぬく激痛に身を硬ばらせる。
しかしそれはいつになってもやってこなかった。
少女の声。 そして吹き荒れる突風によって破片の軌道が外れ、ギーシュを避けるようにして後方の木々に深々と突き刺さる。
唖然としていると、上空からふわりと少女が舞い降り、着地した。
「き、君は……タバサ! どうしてここに!?」
「………詳しい事は、あと」
タバサは顔を逸らして言う。
初めから監視していたという事、そして本を優先するか、ギーシュを優先するかという二つの選択に迷い、手助けが遅れてしまった事による後ろめたさがタバサをそうさせた。
しかし事情を知らないギーシュは特に追及することなく礼を言った。
「……そうか。だけど助かった。ありがとう」
「礼はいい。それよりどう倒す?」
「さっきの作戦はうまく行くと思ったのだがね……」
「だけどあと一手……ニ手足りない」
ゴーレムの足を切断する程の威力、そしてそれに耐えられるだけのワルキューレの強度。
この二つの問題をクリアできなければ、剣はゴーレムの身体を切断するには至らない。
だが、突破口は見えた。
ギーシュはにやりと笑い、杖を再び振って新たなゴーレムを召喚する。
「なら―――僕がその一手を埋めてみせよう」
「!……じゃあ私はもう片方の一手を埋める」
自信のある表情を浮かべるギーシュに対して、タバサは一瞬珍しいものを見たような表情を浮かべるが、すぐに頷くと杖を構えた。
新たに作り出したワルキューレはゴーレムを包囲する隊列に加わり、そして残っていたワルキューレは新たに青銅の剣を手にする。
そこからは先ほどと同じだ。
ゴーレムの周りをワルキューレは素早く回り続ける。
そしてゴーレムがまるでしびれを切らしたかのように拳を振り下ろした瞬間、ワルキューレは素早く駆け出す。
しかし先ほどとは違い、全てのワルキューレが同時ではない。 それぞれに一秒か、二秒程のズレができてしまっていた。
だが、それで良いのだ。
ワルキューレは思い切り助走を付けると、ゴーレムの足へと向かって
「≪ウィンド≫……!」
タバサは魔法を唱える。
突風を起こし、相手を吹き飛ばす魔法だ。
相手はゴーレムではなく、四体のワルキューレ。
それぞれの時間のズレは、全員にこの魔法を受けさせる必要があったからだ。
青銅の鎧はタバサの生み出した爆発的な風圧によって加速し、瞬きをする間もなくゴーレムへと肉薄する。
この加速度はから与えられる威力は、ワルキューレの助走も合わせてかなりの物になっているだろう。
そして、ワルキューレの剣がゴーレムの足に届くその瞬間。
「―――≪錬金≫!!」
ワルキューレの握る青銅の剣は見る見るうちにその刀身の色を変え、固く鋭い鉄の剣へと姿を変えた。
「いけぇぇぇ!!!ワルキューレエエエッ!!!」
一撃、二撃、三撃、四撃。
ヒュン、と風を切り、鉄砲のように放たれた四体のワルキューレは、ゴーレムの足を切り裂き―――その足を完全に切断した。
ずずん、と片足の無くなったゴーレムはよろめき、周囲に生い茂った草や木々を巻き込みながら地面に倒れこむ。
もはや片足の無くなった状態では、あの巨躯な身体を支えることはできないだろう。
「……終わった?」
「いいや、まだだ」
首をかしげるタバサに、ギーシュは首を振る。
よく見てみると、ゴーレムの足には周囲の土が集まり始め、それらはゆっくりと結合を始める。新たな足を生み出そうとしていたのだ。
「どうするの?」
「……何、簡単な事さ」
ギーシュはゴーレムに近づいていく。
そしてもう一度≪錬金≫を唱え、切断面を鉄へと変えた。
するとどうだろう。
集まってきていた筈の土は鉄になった部分に阻まれ、うまく結合することが出来なくなっていた。
タバサはなるほど、と思った。
土と土を結合させ、身体を修復させる土のゴーレム。無敵かと思われたそのゴーレムにそんな対処法があったとは。
「どこでそんな事を?」
「ははは、僕はこれでも土系統の家系のメイジだからね……フーケのゴーレムが持つ再生能力についてはキュルケ達に聞いていたし、もしかしたらと思って……ね……」
ギーシュは精神力を使い果たし、ぐらりと身体を揺らしたかと思えば地面に座り込む。
「大丈夫?」
「……は、はは……精神力もだけど、緊張が解けてしまってね……情けない話だが、暫く動けそうに無い……」
「……暫く休むといい。 私はゴーレムを見てる」
「ああ……助かる……」
そういうとギーシュはがくりと気絶した。
勢い余って地面に頭をぶつけないようにギーシュを横に倒したタバサは、改めて彼を見る。
自分が途中で手を貸したとはいえ、ドットメイジで有るはずの彼があの大怪盗フーケのゴーレムを打ち倒すとは思っても見なかった。
彼はまだまだ成長する。
タバサはそう確信し、自身のマントを丸めて枕を作ってあげるのだった。
まるでギーシュが主人公みたいだあ……(困惑)
なんだかアニメでサイト君がゴーレムの腕とかバッサバッサ切り落としてた気がするけど、きっとサイト君が強すぎるかこのゴーレムがなんか固すぎるかのどっちかだ!
ちなみにアビーちゃんとギーシュ君は、あの決闘で作った握り拳を解いてズボンで汗拭き握手する仲なので特に恋愛とかではありません。 YU-JO!