見直しはしたけど書いては消してリライトして……したので矛盾が怖い!
咲き誇る炎の花。
イォマグヌット、あるいはヤマンソ。
異次元へと潜み続け、異次元の門が開いたその瞬間、あらゆる物を燃やし、食らいつくそうと這い出てくる悪虐の炎王。
アビゲイルは目を見開き、全身に駆け巡るような衝撃に驚いていた。
あの炎を視認した瞬間、記憶の扉にかけられた錠が、まるでいくつも破壊されたかのように急激に様々なことを思い出したのだ。
あの女、這い寄る混沌ニャルラトホテプの事。
あの手紙の主である叔父の事。
目の前にいるこの炎の神の事。
―――そして、
もちろん全てを思い出したわけではないが、確かに自分は叔父と共に旅をし、その最後にこの炎の神から辛くも逃れたのだ。
今はまだ召喚されて間もなく、あの時に比べれば遥かに小さな魔力しか持っていない。 しかし、何人もの魔力を食い荒らし、再び成長をすれば、
とにかくなんとかしないと……!
アビゲイルがそう思っていると、フーケは狂ったように笑いだす。
「アハ、アハハハハハハハ! こいつが、こいつが『混沌を払う火炎』かい! 確かにこりゃすごい! こいつの光に当てられているだけで死んじまいそうだよ!!」
「フーケさん! その魔導書を渡して! この怪物を退散させる呪文があるかもしれない……!!」
「はあ? 何言ってるんだい!! そんなことさせるわけ無いじゃないか!」
「それは『混沌を払う火炎』なんかじゃないの! もっと危険で――」
「はっ!うるさいね!命乞いなんか聞かないよ!!」
フーケは吐き捨てるように叫ぶと、「やっちゃいな!」と命令を下す。
全身を貫く圧倒的な魔力。 熱くもなく、冷たくもない不思議な炎が奏でる音色は、聴くものの心を惑わせる。
彼女は狂ったように見えたのではなく、その威光によって
だからこそ気付かない。
その敵意が向けられているのはフーケ自身であると。
「―――は?」
ガブリ、と炎が食らいつく。
イォマグヌットから伸びた炎はフーケの腕へと伸び、牙を立てるようにその肉を貫いた。
「が、あぁぁああああ!!??」
それは焼けた鉄板で挟み込まれたような―――あるいは腕か急に凍結されてしまったような、そんな焼けるような痛みが腕に走る。
それだけではない。
ぐちゃぐちゃと獣に肉を咀嚼されているかのように、炎に包まれたフーケの腕は
フーケは手に持っていた本を遠くへと放り投げ、炎を消そうと何度も地面をのたうち回るが、その炎は鎮火されるどころかますます燃え上がり、周囲の草木すら同時に燃やしながらフーケの身体を喰らい始めていた。
「っ……! あのままじゃ死んでしまうわ……!」
「おいまさか助けようってんじゃねぇだろうな!?」
「そのまさかよ! ちゃんと理由もあるわ!」
イォマグヌットは人の持つ魔力をも食らう暴食の炎王でありながら、召喚に携わった者の顔を覚え、喰い殺すその瞬間まで追い続ける恐怖の追跡者でもあるのだ。
結局のところフーケを見殺しにしたところで、彼女の持つ潤沢な魔力をイォマグヌットに与えるだけになる。
―――という、三割ほどの論理的理由を瞬時に思い浮かべ、七割程の『人を死なせたくない』という感情的理由で動き出した。
「しょうがねぇ、わかった!! 俺を使え! さっきフーケの土を断ち切ったみたいにあの炎も吸収できるかもしれねえ!!」
「分かった……!」
アビゲイルは素早くデルフリンガーを拾うと、フーケに向かって走り出す。
既に暴れる体力も無くなり、炎に包まれたまま動かなくなったフーケの表面の炎を切り裂く。
すると刃が強い光を放ったかと思うと、纏わりついていた炎は消滅していた。
「凄い……!」
「お、おお……できちゃった。 俺って本当に凄い……」
どうやらあの炎を構成するものには強い魔力が込められているらしい。
正直言って本当にただの炎なら消すことはできなかったため、デルフリンガー自身かなり驚いていた。
アビゲイルはフーケを見る。
既に動かなくなっていたフーケは死んでしまったのかと思ったが、よく見ると弱々しくも背中を上下し、浅い呼吸を繰り返しているのが分かった。
今すぐにでも治療を施してあげたいところだが、そんな時間をイォマグヌットは与えてくれない。
「治療は後だ!今はこいつを何とかするぞ!!」
「分かってる!」
イォマグヌットはようやくアビゲイル達を認識したかのように周囲に意識を向ける。
そして周りにもまだ3匹も餌がある事を確認すると、舌舐めずりするように環状の炎から赤熱が噴き出し、再び食事をする為に炎を伸ばした。
(このままじゃまずい。 でも本を拾って、退散の呪文を探す時間さえ稼げれば……そうだ!)
アビゲイルはイォマグヌットから伸びる炎を転がるようにして交わしてから思い付く。
ルイズとキュルケに時間を稼いでもらう事が出来れば、僅かな時間だが本を読む事が出来る筈だ。
「ルイズ!キュルケさん!私に考えが―――!?」
後ろを振り返る。
―――するとそこには、杖を構えながら顔を白くし、今にも過呼吸で死んでしまいそうなルイズの姿と、まるで子供の様に涙を流しながら、震えるキュルケの姿があった。
二人の変わり果てた姿。 それは実は、イォマグヌットがその姿を表したその瞬間から始まっていたのだ。
彼女たちの想像していた物よりも遥かに小さな炎の集まり。しかしそれは二人にとって―――否、フーケにとってもおぞましく、人知を超えたモノだった。
彼女たちにとって、真に身も心も凍り付かせる様な恐怖を刻みつけたのは、イォマグヌットの放つその名状しがたい嫌悪感によるものであり、見た目による脅威の差など些細なものだ。
例えば、それは高貴な王族の前に立った時のような物だろう。
自分と同じ人の形をした生き物であるのに、その人物の纏うオーラ一つで感じ方全てが変わってしまう。
王族の放つ威光あるオーラは、その目の前に立つだけで身体が震え、胃が痛くなるほどに緊張するものだ。
そして今、彼女たちはイォマグヌットの纏う名状しがたい嫌悪感、そのオーラに完全に飲まれていた。
ルイズは既に足に力が入らず、握った杖もほとんど手を添えているのみ。
立ち向かうか、逃げなければならないと分かっているのに、脳は思考を放棄し、ただ杖を握るという形だけ作ったまま硬直してしまっていた。
さらに酷いのはキュルケの方だろう。
精神が死の恐怖に支配されただけでなく、既にその肉体すら死を受け入れている。 生を投げ出したその体は、硬直させるどころか、むしろ無防備に脱力していた。
既に彼女は杖を持つ事も出来ず、ぐっしょりとその大地を濡らしながら、悪夢から目覚めるその瞬間が訪れるのを待つ事しか出来なくなっていた。
「二人とも……!」
二人の方へとイォマグヌットの炎の手が伸びる。
アビゲイルは急いで二人を庇うように駆け出すと炎の手を切り払った。
たった一回だが、あの俊敏なワルキューレを相手にナイフの扱いを練習していてよかったと内心でギーシュに感謝した。
「ぐ……相棒、悪い知らせだ、もう次の攻撃は受けらんねぇ。 あくまで俺のは魔力の
「っ、そう……なら、残された手は……」
もはやあの本の中に退散の呪文が乗っていたとしても、読むための時間もない。
ルイズ達がこの状態では、逃げ出して体勢を立て直すことも不可能だ。
―――残された手はたった一つ。 銀の鍵としての力を使うしかない。
アビゲイルはゆっくりと手を伸ばす。 今自分の中にあるのは『ルイズ達を助けたい』という願いと、『この力を使いたくない』という恐怖だ。
だからこそ、うっすらと残された記憶の中に眠る自分の姿が怖いのだ。
「相棒、迷う事なんかねぇ」
「え……?」
「こうなりゃもう、選ぶのはお前さんがどうしたいかだけだ。 逃げるも良い、戦うも良い……これだけ状況が最悪なら、何をしたってお前さんを恨む奴なんざいねぇよ」
「……デルフさん」
デルフリンガーの言葉に、アビゲイルは面食らったように目をぱちくりと瞬きし、それからふっと笑みを浮かべた。
それは決して恐怖を克服したという訳ではない。
しかし、今のアビゲイルにとって自分の作り出したその笑顔が嘘であったとしても、自分の心を誤魔化すのには十分だった。
「そう……ね。 私、この力が怖いの……凄く怖いけど……でも私、ルイズ達を助けたい。 その為だったら、世界を滅ぼしてしまうような危険な力だって構わない……!!」
アビゲイルは身体の芯から叫び、銀の鍵を中空に向かって捻る。
自身が鍵だと言うのならそんな行動も要らないのだが、一種の自己暗示の様なものだ。
「お願い……皆を守って……!」
今はただ、皆を守りたいという強い祈り。
やがてそれに呼応するようにして、アビゲイルの身体にらあの時と同じように満たされていく感覚があった。
それはギーシュと戦っていた時に近しい感覚。
自分の身体が、心が、自分でなくなっていくような、冷たくもあり、暖かくもある感覚。
あの時と違うのは、自分の意識がはっきりとしている事だろうか。
「相棒!!」
イォマグヌットから三本の炎の手が伸びるその瞬間。
アビゲイルの祈りに答える様にして虚空から触手が現れ、その全てを払い落とした。
その虚空の数は三本。 それぞれの穴の中から一本ずつ生えていた。
イォマグヌットはまるで苛立ちを覚えたかの様に執拗にアビゲイルを狙い始める。炎の手の数は無数に分岐し、アビゲイルの肉体を食いつくさんと一斉に飛来した。
「っ!」
アビゲイルは再び鍵を捻る。
炎の手に合わせる様にして出現させた虚空と触手は、それら全てを再び薙ぎ払った。 それはまるでこの触手を自分が操り動かしているような感覚に、アビゲイルは少しだけ戸惑いを覚えながら、幾つもの虚空を生み出していく。
鋭くしなった触手は目にもとまらぬ速さで動かされ、伸ばされた炎の手だけではなく、触接イォマグヌットへと攻撃を重ねた。
『―――――!!』
イォマグヌットは咆哮する。 これは実際に音として発されたわけではなく、念力のような力でそう感じ取っただけだ。
炎の手が伸び、触手の一つへと食らいつく。 がぶりと深く食い込んだ炎は、触手からみるみるその魔力を吸い取り、炎の勢いを増した。
「くそっ、あいつの炎、ちょっとずつ強く成ってやがる! どうすんだ相棒!」
「……」
アビゲイルはルイズとキュルケをもう一度見る。
未だ怯えの色を見せるその表情は、イォマグヌットに向けられたものか、それとも自分に向けられたものか、もはやアビゲイル自身には分からなかった。
……それでも構わない。
二人を守れるのならば、例え恐れられ、嫌われようとも。
「大丈夫……私が何とかするわ。 私は虚構への門を開く『鍵』なんだもの……」
アビゲイルは両手を合わせて目を閉じる。
例え自分がまだ未熟な存在だとしても、虚構への門を開くことは出来たのだ。
ならばその先―――境界の先で眠る神へと声を届ける事だって出来るかも知れない。
「ルイズ、キュルケさん……どうか、どうか目を閉じていてくださいな。 きっとあなた達はこの境界の景色に耐えられない……」
アビゲイルは息を吐き、震える声で、その力を解放した。
「―――我が手に銀(しろがね)の鍵あり……! 虚無より顕れ、その指先で触れたもう。我が父なる神よ……!薔薇の眠りを超え、いざ窮極の門へと至らん……!」
力を制御する事に専念し、苦しそうにアビゲイルは言葉を紡ぐ。
「
アビゲイルの背後に門が開く。
そこから現れる無数の冒涜的な邪神の触手が、イォマグヌットを包み、そして引き摺り込んでいく。
その先は次元の狭間、あるいは深淵の闇、あるいは星の海だ。
イォマグヌットは領域外へと繋がる門の先へと引きずりこまれていき―――その姿を消滅させた
後輩系邪神、そしてイォマグヌット先輩のお陰で記憶を取り戻すの巻。
しかしセイレムでの記憶は未だ戻らず……
つまり今はカルデアのアビーと似たような状態というわけです。
キュルケとルイズ、フーケまでも一時的狂気に陥るも、記憶を取り戻したお陰でついに宝具開帳。
獲物を前に舌舐めずりするとは三流のやる事ってそれ、一番言われてるから……