虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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原作のブリミル関連の話がごっそり変更になりそう


30:帰路

「……あーあ、予想は外れちゃいましたか。 悔しいですが、あなたのプランで行きましょう」

 

 女は回収した本(ネクロノミコン)に付いた土をぱんぱんと払い落としながら、背後に立つ男へと顔を向けずに言った。

 あの外なる神の巫女である彼女が随分とおとなしいとは思っていたが、まさか本当に記憶を失っているとは思わず、迷いが出て余計な事を言ってしまった。

 

「君が切っ掛けを与えたのだろう?」

「……まぁ、そうですけど」

「フ、君もそれだけ不安だったという事だろう。 確かにこいつ(イォマグヌット)は強力だが、それを遥かに上回る神格の力を引く巫女を失ってしまっていいものか、と」

「……図星ですけど、あなたに言われるとムカつきますね」

「褒めているのだよ。 君の巫女に向ける私怨(愉しみ)より、我らの悲願を選んでくれたと言う事を」

 

 男はやれやれと言った風に肩を竦める。

 女は苛立ちを隠さないままに、ふん、と鼻を鳴らして言った。

 

「ええ、確かにその通りです。 私たちはあの()()()()が逃げ込んだこの世界をようやく見つけた。我が主の手の届かない絶対領域を。 ……ですが、今の私たちはただの化身。 彼を屠るだけのスペックが無い」

「その通りだとも。 かの者をこの世界から追い出し、我々の物にする為にはその勝利は確実なものとしなくてはならない。 この地にこうして呼び出されたのは、まさしく奇跡以外の何者でもなく、チャンスなど二度と巡ってこないのだから」

 

 それは砂漠の中の一粒の砂を探すような途方も無い偶然。

 一度掌から落として仕舞えば、その砂粒はたちまち風に吹かれて消えてしまう。

 

 だからこそ切り札になり得る可能性をみすみす手放してしまうのを女は躊躇ったのだ。

 

「『始祖ブリミル』……か。 全く驚かされる」

 

 男の呟きは森の闇の中へと吸い込まれていき、妖しく輝く二つの月に左手を重ねて、男は再び愉しそうに笑う。

 

 その()()()()()()は月の光に負けないぐらいに眩しく輝いていた。

 

 

 .

 

 ..

 

 ...

 

 

 あれから時間が経ち、アビゲイル達は行く時と同様に屋根の無い馬車に乗って運ばれていた。

 

 あの後の事は大変だった。

 主にタバサが、であるが。

 

 フーケのゴーレムがもがくのを止め、ばらばらとその姿を維持しなくなってから間もなくして、上空で偵察をしていたシルフィードが急にパニックになって墜落するように降りてきた。

 事情を聴いてみればアビゲイル達が大変な事に成っているらしい。

 それを聞いたタバサはすぐさま行動し、精神力を使い果たして気絶するように眠るギーシュを木の陰に素早く隠すとシルフィードに乗ってアビゲイル達を見た場所まで案内してもらった。

 

 するとどうだろう。

 そこに居たのは、前のめりになって、糸が切れた人形の様に倒れ込むアビゲイルと、地面に転がり落ちたまま叫び声をあげるナイフ(タバサはデルフリンガーについて知らなかった為、これもかなり驚いた)。

 そしてその後方には固く目を閉じて涙を零し、まるで幼子の様に震えながら身を縮こませるキュルケと、これまた気絶して倒れたまま動かないルイズ(しかし杖は握ったままだったのにはタバサは内心で賞賛を送った)。

 

 まさかフーケにやられたのか、と思ってはみたが、それもどうやら違うらしい。 フーケもまた身体の一部を炭に変えてしまったかの様な重症を負っていたからだ。

 

 タバサは取り敢えずフーケへと近づくと、素早く手当をする。

 悪党を手当するのはこれで二度目だな、と思いながらも、手当が済むとキュルケへと近づいて身を屈める。

 

「大丈夫?」

 

 声をかけてみても、キュルケはこちらに全く気づかない様に震えたままだ。

 

 まさか、アビゲイルの力が再び暴走したのか?と思ったが、周囲の状況を見て直ぐに察した。

 草木の一部はその生命力を吸い取られた様に焦げ付き、ついさっきまで燃えていたであろう部分が黒煙を燻らせる。

 

 これは炎だ。

 

 それに気づいた瞬間、タバサは一瞬にして顔を青ざめて立ち上がり、慌てて周囲を見渡した。

『混沌を払う火炎』、その本が無いのだ。

 

「本は……どこ?!」

 

 この場で唯一目を覚まし、会話をできる人物―――デルフリンガーに向かって問いかける。

 

「……残念だが俺にゃ分からん、フーケがそっちの茂みにブン投げて、それきりだ」

「そう……少し探してくる」

 

 シルフィードにこの場の警護を任せ、タバサは周囲の散策を始める。

 キュルケたちをあのままにしておくのは心苦しかったが、あの本の中身がこの惨状を生み出した可能性は高く、もしそうだとしたらあの本をこのまま野放しにすることはできない。

 

 ―――しかし結果として本を見つけることは叶わず、こうして馬車に揺られているのだった。

 

「調子はどう?」

「……僕は平気さ。 もうある程度は魔法も使えるぐらいには回復したよ。 アビー、君はどうかね?」

「私も平気。 きっといろいろ思い出して、体が吃驚しちゃっただけだから……でも……」

 

 目覚めたあとすぐに記憶取り戻した事を二人に告げたアビゲイルは、ちらりと眠る三人を見る。

 キュルケ、ルイズ、そしてフーケ。

 彼女たちは重傷だ。

 

 物理的な側面で言ったらフーケだけであるが、キュルケとルイズの精神には甚大な悪影響を及ぼしている。

 

 それも当然だろう。

 

 見た目は単なる炎であるとはいえ、人知を超えた封印されし神々――旧支配者の姿を見てしまったのだから。 神というのは、『見た目が怖い』などという生半可な恐怖など持ち合わせていない。脳に、心に、その名状しがたい嫌悪感は直接届き、揺さぶり、そして崩壊させるのだ。

 

 もっと早くに記憶を取り戻すべきだった。

 そうすれば、こんな事にはならなかったのに。

 

 アビゲイルは馬車に揺られながら体育座りをして、その膝に顔を埋める。

 

「……気に病むことは無いよ。 君は良くやったさ。 なんせ『混沌を祓う火炎』――じゃ無いんだっけか。 まあ、それと同じくらい恐ろしい存在を退けたんだからね」

「……」

 

 馬を操りながら慰めるギーシュの言葉に、こくんと頷く様な反応は見せるが、やはりアビゲイルの心は鉛を付けたように重い。

 

 詳しい話は後で学院長であるオールド・オスマンを交えて行う為、アビゲイルの記憶については未だ聞けずにいたタバサは、そんなアビゲイルの姿が儚く、放っておくと今にも壊れてしまいそうに見えた。

 

 タバサはギーシュの様な慰めの言葉が見つからず、キュルケならこうしそうだ、というイメージでアビゲイルの隣に座り、そっと俯いたその頭を撫でる。

 すると暫く撫でていると、髪を触れられるのが気持ちよかったのか、それともやはり疲れがあったのか、すうすうと寝息を立て始めた。

 

 タバサがホッと胸をなで下ろすと、ギーシュが再び口を開く。

 

「……なんだか悔しいな。 フーケのゴーレムを倒したと舞い上がっていたが、彼女達はもっと危険な目にあって居たなんて。 ……これでは彼女を守る騎士にはまだまだ遠いな」

 

 ギーシュの呟く声は苦々しく、後悔の色を滲ませて居た。

 フーケが学院に襲撃をかけたあの日も、自分は先生を探しにはしり、危険な目にあったのはキュルケ、ルイズ、そしてアビゲイルだ。

 いつだったかシエスタとアビゲイルを混ぜて話した『理想の騎士の姿』とは程遠い。

 

「……それは……私も同じ。 もっと早くに加勢するべきだった」

 

 本の回収という任務と、友人達を守るという事、その二つを天秤に掛けて迷っている間にどちらも取り落としてしまうなど、ガリア王家の工作員として有るまじき失態だった。

 

 それに、とタバサは言葉を繋げる。

 

「……あなたも充分凄い。 少なくとも私だったら、ゴーレムの攻略法は見えなかった」

「そうかい?」

「そう。 あなたはきっとライン……トライアングルになれる。 この子を守りたいなら、下を向くのはまだ早い」

「……はは、君が励ましてくれるのはなんだか新鮮だね。 というか、こうして肩を並べて戦うのも、語り合うのも珍しいか……」

 

 ギーシュは後頭部を掻き、はははと照れた様に笑う。

 自分にとって彼女は幼くしてトライアングルのメイジという風と水の使い手。 学院に入ってからの、一つの目標でも有る人物だった。

 

 もちろん少し前は挫折の原因の一つだったのだが、その本人からこうも褒められるとなんだかむず痒い、というか素直に嬉しかった。

 

 ギーシュは気落ちした気分を多少なり回復させ、改めて頑張ろうと心に誓ったのだった。

 

 

 .

 

 ..

 

 ...

 

 

「――――と言うのが、あの場で起こった全てです」

「ふむ。 そしてミス・タバサが後からその場に訪れた……という事か」

 

 学院長室にはギーシュ、タバサ、オスマン、コルベール、アビゲイルの五人が居た。フーケは既に王都から呼び寄せた兵によって捕らえられ、王都へと送られている筈だ。

 

 あの現場を最後まで見届けていたのはデルフリンガー、そして、アビゲイル。

 その為アビゲイルが説明役として学院長室であの場で何が起こったのかを説明した。

 

 その中でもオスマン、そしてタバサが最も強く反応したのは、無貌の神、這い寄る混沌、ニャルラトホテプ 、そしてその化身である紫陽花の様な淡い紫色の髪を腰より下まで伸ばした女の事についてだ。

 

 詳しく尋ねられたアビゲイルはその食いつきっぷりに困惑しつつも、この邪神の持つ『人を弄ぶ悪性』について知る限りのことを話した。

 

 そしてまた、伯父からの手紙の内容についてもだ。

 奴らは『夢の外』と呼ばれた場所を探しているらしいと記されていたのだ。

 

 一通りの内容を聞いたオスマンは険しく眉間に深いシワを作り、それから大きなため息を吐いた。

 

「……『無数の貌を持つ神の代行者現る時、世界に狂気と混沌をもたらすだろう』。 つまりは、その女性を指していたというわけか」

「そうだと思います……」

「……しかし君は急にいろいろ思い浮かぶようになったようじゃが、まさか記憶が……?」

「はい」

 

 オスマンが尋ねると、アビゲイルは力強く頷く。

 

「では君の知っている事を教えてくれるかの?」

「……分かりました。 今から言う事は全て真実です。 どうか疑わずに聞いてくださいな」

 

 アビゲイルは静かに語りだす。

 

 自分は銀の鍵という窮極の門を通り抜けるための鍵であり、その境界の先に居る神の一端を宿す巫女であり、その力は這い寄る混沌よりも強大で、危険極まりない存在であるという事。

 

 その力を制御するために伯父と共に時空間を跳躍する旅に出たという事。

 

 そしてその旅の途中―――ある世界でニャルラトホテプの化身と、彼女の呼び出した信奉種族達、そして狂信者の呼び出したイォマグヌットが暴れだし、伯父とはぐれ、そしてこの世界に流れ着いた事。

 

 どれもスケールが大きすぎて飲み込むのに時間が掛かったが、それでもこの場に居る4人は静かに聞いた。

 オスマンはなるほど、と呟いて髭を数回撫で、口を開いた。

 

「……なるほど、つまり儂と出会い、あの本を託してくれた男は君の伯父だった……という訳か」

 

 ふう、と自分自身に対して呆れたようなため息を吐いたオスマンは立ち上がると、アビゲイルに対して頭を下げる。アビゲイルとしては二度目になるが、偉い人から謝罪されるというのにはどうも慣れず、わたわたと慌ててしまう。

 

「済まなかったのう。 君は既に感づいていたかも知れぬが……君の事を『無貌の神』だとずっと疑っていた。 君がこの世界を混沌に導き、破滅を呼び起こす悪しき存在であると」

「顔を上げてくださいな、学院長先生。 それに私は……『無貌の神』では無いけれど、同じように危険な存在なんですもの……」 

「危険か否かは使うものの心次第じゃ。 それに、その力を制御する為に旅を始めたのじゃろう?」

 

 諭されるような口調に、アビゲイルはゆっくりと頷く。

 しかし、それはこの場に居るものたちの認識だと理解していた。

 ルイズとキュルケは、そんな風には思ってくれない。

 もう彼女達と笑い合う事はきっと難しい。

 

 アビゲイルは胸の内に悲しみを秘め、スカートの裾を強く握ったのだった。

 

 

 




星の戦士っていってもカービィじゃないから!


次回、舞踏会かもしれない

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