朝、アビゲイルはタバサのベッドで目を覚ました。
昨晩、オスマンとの話を終えた後、ルイズ達と顔を合わせて拒絶されるのが怖い、とギーシュとタバサへ胸の内を明かした所、意外にもタバサが「今日は私の部屋に来るといい」と申し出てくれたのだ。
一見冷たそうな印象のあるこの少女、しかしその中身はとても優しい少女なんだなと改めて実感する。
隣のタバサは可愛らしいナイトキャップを被り、自分の腕に抱きつくような形で眠っていた。
(ふふ……意外と甘えん坊さんなのかしら?)
眼鏡を外すとまた印象が変わり、身長が小さいのも相まってかなり幼い印象を受ける。
なんていうか、妹が出来たような気分だ。
年上ではあるが、自分よりも10cmほど小さな少女なのだ。
アビゲイルは思わず抱きしめ返したくなる欲求が胸の内から湧き上がったが、タバサのこれは無意識の行動。 目を覚ました瞬間に自分が抱きついていて、「え、なに怖い」みたいな目線を向けられる可能性があったためぐっと欲求を堪える。
でもちょっとぐらいなら!
ちょっとぐらいなら平気よね!
「おはよう」
「お、お、おはよう」
危ない。
二人はお互いに挨拶を交わし、ゆっくりと離れる。
変な気を起こさなくて良かった、とアビゲイルは心からそう思った。
タバサはカーテンを開くと、先ほどまで薄暗かった部屋の中には一気に陽の光が差し込み、暗闇を払った。
空は既に太陽が昇り、午後に差し掛かりそうと言った所か。
「随分と眠ってしまったわ……」
「仕方ない、昨日は疲れた」
「ええ……今日は授業が休みで良かったわ」
ホッと胸を撫で下ろしてアビゲイルは笑う。
昨晩オスマンから聞かされた事なのだが、今日は舞踏会の準備の為に授業を休みにするらしい。 本来なら昨日に行われる予定だったのだが、とある事情により今日にずれ込んだのだ。
というのも、フーケを捕まえた功績として舞踏会の際に名誉を与える授与式を行うらしく、主賓達が不在のままでは行うことができなかったからだ。
「タバサさんは今日はどうするの?」
「……取り敢えず二人の様子を見てくる」
「そ……そう」
タバサがそう言うとアビゲイルは気まずそうにして目を泳がせる。
「……あなたもくる?」
「わ、私は……ううん、止めておくわ。 二人ともまだ本調子ではないと思うし、ええ」
「そう」
早口で言うアビゲイルに対して、何となくそう言うと思っていたタバサは返事をすると、素早く身支度を整える。
それに倣ってアビゲイルも仕度をし始めた。
「タバサさん、昨日は泊めてくれてありがとう」
「構わない」
仕度が終わると二人は部屋を出て別れる。
タバサはまずルイズの部屋へと向かっていくようだ。
アビゲイルは腰につけたナイフホルダーからデルフリンガーを抜くと、話しかける。
「私たちはどうしよう?」
「好きにしていいぜ。 ああ、自由に飛べたのはあの僅か一日だったな……」
しみじみと言うデルフリンガーにアビゲイルは苦笑いを浮かべる。
どういった呪文が掛かっていたのかわからないが、あの女が呪文を解いてしまってから浮遊する事が出来なくなってしまっていた。
お陰でナイフホルダー(コルベールに抜き身は危険だからと昨晩貰った)にしまっている時は口を開けず、お喋りの自由度が減ってしまっている。
その為、今こうして会話しているのもナイフを抜き身にした状態なのだ。
「それじゃあ……お昼も近いし、厨房にでも行こうかしら」
「食堂じゃなくて良いのかい?」
「……ええ、今日は厨房の机がいい」
「……そうかい。 相棒がそれで良いっつうんなら、そうするか」
デルフリンガーは口を挟もうとしたが、アビゲイルの何とも言えない表情を見てやめた。 勿論ルイズ達から逃げ回っていても事態は好転しないと分かっているのだが、一度気持ちを整理する時間も必要だと考えたのだ。
アビゲイルは寮の階段を降りると厨房の方へと向かう。
すると給仕担当のメイド達が忙しなく食事の準備をしているのが見え、その中には台拭きを持ったシエスタの姿もあった。
アビゲイルはナイフを仕舞うとシエスタの元へと近づき挨拶をする。
「おはよう、シエスタさん」
「あ……アビーさん! おはようございます」
シエスタはアビゲイルを見つけると嬉しそうに笑顔を見せて近づいてくる。
「昨日は帰りが遅かったみたいでしたから、すっごく心配したんですよ? また無茶してるんじゃないかって」
「あはは……ごめんなさい。 というか、私たちが何をしに行ったか、知ってらっしゃるのね」
「だって昨日はフーケの話でもちきりだったじゃないですか。 そんな中で先生方に見送られながら馬車に乗っていく貴方たちを見かけたら……」
「………そ、それもそうね」
よくよく考えてみたら、あの状況では『これからフーケを捜索しに行ってきます!!』と言っているような物だろう。
恐らく生徒達の間にも既に噂として流れているかもしれない。
「おいシエスタ! サボってないでこいつを運んでくれ!」
「あっ、はーい!」
「なんだか忙しそうね」
「もうすぐお昼ですからね。 授業がないとは言え、虚無の曜日ではないですからしっかりお食事は用意しないと」
今日の舞踏会の準備もありますしね、とシエスタはやや疲れた表情で笑う。
「そうだわ! 食堂の準備、私にも手伝わせてくださらない? そのかわり、配膳が終わったらここで食べさせて欲しいの」
急な提案にシエスタはどうしたんだろう、と思い暫く考えた後、ふと今朝のことを思い出す。
「それはいいですけど……ルイズさんとはお会いしました?」
「え? ど、どうして?」
「今朝、ルイズさんがアビーさんの事を探してましたよ。 あれは今朝の水汲みの時間でしたから……」
と言うと、すい、とアビゲイルは目を逸らす。
シエスタは「やっぱり、これは何かあったな」という確信をもった。
しかしこれは聞いても話してくれなさそうだ、と深くは突っ込まないようにして、シエスタは笑みを浮かべる。
「……まあ、お手伝いしてくれると言うのは私達としても助かるのでお願いしても良いですか?」
「え、ええ! 勿論! 任せてくださいな!」
.
..
...
ぞろぞろと人が食堂に集まる頃、ギーシュ、モンモランシー、そしてマリコルヌがテラス席を確保して座っていた。
「はいこれ。 お願いされてたポーションよ」
「いやあ、ありがとう、助かるよ」
「……君もよくそんなにポーションばっかり作るよね。 しかも材料費だけで作ってあげてるそうじゃないか」
「いや、僕も手数料ぐらい払おうと思っていたのだがね……」
ちらりとモンモランシーを見る。
彼女は澄まし顔でふん、と鼻を鳴らして言った。
「別にいいわよ、私もポーションの研究になるし」
「へえ……?」
「ちょっと前まではポーションなんて作り飽きたと思っていたけど、意外と奥深いのよね。 ちょっとした配合の違いで効果も変わってくるし、材料の選別だって大切なの」
「でもさあ……なんで急に君までやる気出し始めたのさ」
マリコルヌは頬杖をつきながら退屈そうに言う。
周りが急にやる気を出し始めると、なんとなく置いていかれているような気がしてあまり気分が良くない。
するとモンモランシーは少し照れながら言う。
「……頑張ってるやつが私の周りに多すぎるのよ」
ギーシュもそうだが、アビゲイル、そしてルイズもだ。
彼女らの姿を見ていると、自分も何かしなくては、という気になってくる。
「それに今までは自分の為にポーションを作ってたけど、作ったポーションが誰かの為になるのも嬉しいしね」
ボロボロになったアビゲイルが自分の薬のお陰で傷跡も残らず回復したのを見たときは結構嬉しかった。 ルイズからもお礼を言われたのは初めてだったかも知れない。
「じゃあ将来はそういった道に進むのかい?」
「んー……まだ分からないわよ。 でもそれも良いかも知れないわね」
「うわぁ……止めてよ将来の話とか……」
二人の会話に、マリコルヌは付いて行きたくないと言った風に机に突っ伏す。 そんな将来の事はもっと先で良いのだ。 あと一年ぐらいしたら考えれば良い。
今は学生気分を謳歌したいのだ。
げんなりとした気分で視線を彷徨わせると、ふと目に付いたのは光を集めた様に美しく眩しい金髪のメイドだ。髪を後ろで団子状に――どこぞの騎士王の様に――束ね、にこにこと愛想よく給仕する姿は愛らしい。
「な、なあなあ、あんな可愛い子うちのメイドに居たっけ?」
「え?」
「ほらあの子だよあの子。 いいなあ……うへへ」
ギーシュとモンモランシーも目線を向ける。
確かにあれほど綺麗な金髪を持つメイドは居なかった様な―――
「あ、あれアビーじゃない?」
「本当だ」
「え? あれが?」
容姿が良い所為か、フーケの件が噂話の比率の殆どを占めていたからか、皆アビゲイルに対して過剰に恐れるような様子を見せない。
マリコルヌは「むむむ」と唸り、記憶を頼りにあのメイドと照合をする。
すると確かに、何度か見たあの少女の顔をしている。
「……ほんとだ。 いつも奇妙な格好してたから全然気づかなかった……」
「なんでメイド服なんか着てるのかしら?」
「さあ……」
三人がヒソヒソと会話しているとアビゲイルがこちらに気づき、近づいて来る。
「ギーシュさんとモンモランシーさんと…………えっと、マリコルヌさん? こんにちは」
「こんにちは。 ……ところで何でメイド服?」
「ああこれ。 シエスタさんのお手伝いをする事になったから借していただいたの! 髪の毛も長いから、まとめて貰っちゃったわ」
アビゲイルひらひらと摘んだスカートを揺らし、くるりと回ると嬉しそうに笑う。
長い髪はまとめられている為、少女ながらに色気のあるうなじが覗き、白いエプロンやヘッドドレスにあしらわれたフリルが幼さと可愛らしさを増長させていた。
「へぇ……似合ってるじゃないか。 やっぱり黄金の髪は黒もいいが白も映えるね」
「同感ね。 素敵よアビー。 とっても可愛いわ!」
「あ……ありがとう。 そういって下さると嬉しいわ。 ちょっと恥ずかしいけれど……」
頰を赤らめて、しかし嬉しさでふにゃりと頰を緩ませて笑顔を見せる。
見た目は勿論のことだが、なによりこの素直さと初々しさが愛らしい。
ギーシュとモンモランシーはにやにやと、自分自身の頰が緩むのを感じていた。
「すぐにお料理を運んでくるから待っていてね」
「ああ。 走って転ばない様に気をつけたまえよ」
「もう、ギーシュさん! 私そこまで子供じゃないったら……」
「ふふふ、頑張ってねアビー」
アビゲイルは頰を膨らませるが、それは勿論起こっている様に見せてるだけだという事は二人にも分かっている。
ますます頰が緩むのを自覚しながら二人は歩き出した背中を見送った。
「……か、可愛いなぁ……くそぉ、僕も可愛い女の子の使い魔欲しかったな……」
マリコルヌが「うへへ」とべたついた声を出す。
モンモランシーは心底嫌そうにして顔を顰めた。
「あなたの所にアビーが呼ばれなくて良かったわ。 邪な目で見られるなんて可哀想」
「ば、ばっか! そ、そんなエッチなことなんて考えてないよ! ただちょっと色んな服を着せ替えたりしたら楽しそうだなって……」
「君はそんなこと言って露出多めの変態みたいな格好にするつもりだろ。 彼女を汚すのはやめたまえ」
「うぐ……い、いいじゃないか妄想の中でぐらい好きにさせろよ!」
「「ダメです」」
「なんなの君ら! 保護者なの!?」
頭を抱えて嘆くマリコルヌに対して峻厳な態度をとる二人。
どうにも納得がいかないが、この二人相手に何を言っても無駄だろうと肩を落として再び机に突っ伏した。
すると、「ねえ」と再び三人に声が掛かる。
振り向いて見れば、アビゲイルの主人、ルイズだった。
「ルイズじゃないか! 昨日は気分が悪そうだったけど、もう平気なのかい?」
「ええ、まあ。 寝たら気分も良くなったわ」
「そ、そうなのか……」
「そんな事より、アビーが何処に居るかしらない?」
昨日の顔色の悪さなど何処かへ失せ、にっこりと笑みを浮かべる。
三人は心の中で「うわ」と嫌な予感を抱いた。
ルイズは基本、人前でこんなにっこりと笑顔を見せる事はない。
こういう時のルイズは間違いなくキレている時だ。
アビゲイルの事を伝えるべきか、はぐらかすべきか――。
今彼女を探しているという事は、ルイズの怒りの矛先が彼女を向いているというのはまず間違い無い。
というか訳で、ここはアビゲイルの肩を持って黙っておくことに決めた。
「う、うーん? 僕は見てないよ。 もしかしたら君と入れ違いになって部屋に戻ってるんじゃないかな?」
「ふーーーん」
ルイズは疑わしい目を向けたままギーシュをじろりと見る。 相変わらず嘘が下手な男だ、とモンモランシーは内心で溜息を吐いた。
「あんたは見てないの?」
「え?! ぼ、僕も見てないよ! 本当だよ! ランチを賭けてもいいね!」
「ふーーー――ん」
その直後。
「皆さんお待たせしました! 今日は夜がパーティだから、ちょっと軽めにスープとサンド……」
「「「あっ……」」」
ルイズはにっこりと
「おはよう、アビー」
「お……お、おはよう……」
ゆっくりルイズは近づいてくる―――かと思われたその瞬間、ルイズは急に走り出して掴みかかった。
それはまさに肉食獣に襲われる獲物そのもの。
アビゲイルは驚き、咄嗟に身を翻すとルイズの手をかわし、全力で逃亡を始めた。
「あっ、コラァ!! アビー!! 待ちなさい!!!」
「ひゃあああ!!」
叫び声と共に二人の追いかけっこが始まる。
その背中をギーシュとモンモランシーは唖然と見つめ、マリコルヌは失われたサンドイッチの皿を眺めてがっくりと肩を落としていた。
タバサを抱きしめるアビーを抱きしめるママ達の構図を僕は見たいんですよ(迫真)
やっぱり平和が一番! しかしまたしてもたどり着けない舞踏会。
次こそは多分舞踏会が良い……カットできるところはカットしていかないとワルドが遠のいてしまう。
それはそうとアビーちゃんのメイド&騎士王ヘアめっちゃ似合うと思うんですよだれか描いてくれないかなぁ!!
あとピックアップ来たので手持ちのカード100連解放します。
みとけよみとけよ〜