ルイズの自室のベッドの上。
そこにはちょこんと身体を縮こませたアビゲイルと、それを睨みつけるルイズの姿があった。
あの後、結局逃げ回っていたアビゲイルは厨房へと逃げ込み、シエスタに助けを求めたのだが、「ちゃんと話し合った方がいいですよ」とまさかのルイズ側。
結局捕まり、今に至るのである。
「…そ、その、ルイズ。 どうして怒ってるの?」
「それはあんたが一番よく分かってるんじゃない?」
「う……」
アビゲイルはとぼけてみるも、ルイズに向けられる鋭い視線に射抜かれて怯む。
タバサは『様子を見に行く』と言ってルイズの部屋に向かっていた。
つまり、タバサをに対して昨日自分が打ち明けた内容がルイズの元へと伝わっているという事だろう。
『ルイズ達に拒絶されるのが怖い』
裏を返してみれば、これはルイズ達を信用していないと言ってるのと同義だ。
真にルイズ達を信じるのならば、自分の事を受け入れてくれる、そう信じるべきなのだから。
そんな事を言われたルイズがこうして怒りを露わにするのは当然だろう。
「……ご、ごめんなさい、ルイズ。 ……恐がられて、嫌われたんじゃ無いかと思ったら、胸が張り裂けてしまいそうで……」
「……」
「そうしたら、ルイズと顔を合わせるのが怖くなって……それで……逃げ出したの……」
アビゲイルは声を震わせる。
気がつけば双眸から温かい涙が頬を伝い、ぽたぽたと白いエプロンに丸い雫跡を残した。
大勢の生徒が食堂へと移動して静かになった寮の部屋の中に、すすり泣く声ような声だけが静かく響く。
逃げたからと言って、それが一時しのぎにすらならない事は自分自身にもわかっていた。
少しの時間は気持ちを落ち着かせる事が出来るかもしれないが、それが長くなればなるほど人との関係という物は溝を深く、そして広くしてしまうものだ。
そうなればもうどうやって話しかけていたかも忘れ、胸の内に残された『楽しかった思い出』が杭ととなり、拒絶される事への恐怖によって打ち付けられ、穿たれた心は永遠に痛み、苦しむ事になっていただろう。
しかし、そうはならなかった。
アビゲイルは涙で濡れた睫毛を揺らし、隣に座るルイズの顔を横目で見る。
そこにあるのは眉を釣り上げたままの、優しいご主人様の顔。
アビゲイルはそっと手を伸ばそうとし、しかし再びベッドにその手を下ろす。
「……だけどルイズは追いかけてきてくれるのね。 昨日の事、怖くなかった? ……それとも、ルイズはいいご主人様だから、使い魔の事は放っておけないのかしら」
アビゲイルは自嘲気味に、そして少しだけ突き放すように言い放つ。
ルイズは自分を追いかけて来てくれた、それは自分を拒絶しなかったという事だ。
しかし、それでもなおアビゲイルは心の何処かで彼女を信じられずに居た。
―――例えばそう、昨日ルイズ達に目を閉じるように言わなかったら、どうなっていただろうか。
アビゲイルの宝具、《
開かれた門とその境界の先に垣間見える邪悪の樹。
その深淵と覗いていたら、きっと彼女は崩壊する。
狂気に飲まれて心を壊し、今もなおベッドの上で廃人のようになっていたに違いない。
「でもね、ルイズ。 あなたはきっと私の全部を知ったら……きっと嫌いになってしまうわ」
ルイズが好意を寄せてくれているのは、
だからこそ、自分はこの手をルイズへと伸ばせない。
本当の自分はもっと
すると、ベッドの上に置いた手の上にルイズが手を重ねる。
そのまま手を持ち上げ、自分ごとベッドに倒れるようにして強引に手を引っ張った。
「る、ルイズ?」
胸に飛び込む形になり、困惑した声を上げる。
なだらかな胸の奥から聞こえる、どくんどくんという心臓の音。
ルイズの奏でるその音色は暖かく、心が安らいでいくような感覚があった。
「……嫌いになるなんて勝手に決めないで。 誰かを思う気持ちは、誰かが勝手に選んでいいもんじゃないのよ」
「それは……そう、だけど」
「アビー、私はあんたの事が大切だと思ってる。 それはご主人様だから、使い魔だから、それだけの事じゃないわ!」
ルイズの手には力がこもり、アビゲイルの小さな手に少しだけ痛みがはしる。
「っ、でも! ルイズは私の中の狂気にきっと耐えられない!」
「そんなもん全部ひっくるめて受け入れてやるわよ!」
「無理よ! そんなの言うだけなら簡単だわ! 門の先の
「ええ、いいわよ! やってみなさいよ!
「そんな強がり――――え?」
アビゲイルは目を丸くして何度か瞬きをする。
今、ルイズは何と言っただろうか?
「……ルイズ、昨日の
「はあ? 見たわよ。 敵を目の前にして目を閉じるなんて私のプライドが許さないわ」
「うそ……」
信じられない、とアビゲイルは口を押え、言葉を失った。
《
それは
人類とは決して相容れる事のない領域外へと門を開くそれは、門の先に誘われた者の精神と肉体に深刻な歪みを生じさせるものだ。
勿論、誘われなかったとしても、その門の先を見た者で有れば精神を狂わせてしまうには十分な筈。
だからこそ、こうしてルイズが『平気』だというのは、何かの間違いとしか考えられない。
領域外の景色は、強い精神力を持っている
「本当に平気……なの? 嘘じゃない……?」
「心外ね……私が嘘なんかついた事あった?」
ルイズは不服そうに唇を尖らせる。
「う、ううん。 ルイズはいつも真面目で誠実だわ…」
「でしょ? ……だからね、アビー。 さっき言った事も嘘じゃないわ。 あんたの事が大切だから、私は全部受け入れられる」
「ルイズ……」
自分の身体が触れた先からじんわりと溶け出し、まるでルイズへと流れ出していくような感覚。
何故ルイズが平気だったのか、その仕組みは分からない。 伯父に聴けば分かるかもしれないが、今ここでそれを知る術は何も持ち合わせていない。
今分かる事は――この胸の奥に現れる感覚と、ルイズの握る手の暖かさが、とてもいい心地よいものだと言う事だけだ。
「その、ルイズ、お願いがあるの」
「どうしたの?」
「……痛いほど手を握って。 今はただ、それだけでいいの」
「……いいわ」
ルイズは優しく微笑むと、手を握る力を強くする。
手に跡がついてしまうかもしれなかったが、アビゲイルにとってそんな事はどうでもよく、今はこの痛みさえ心地いい。
この痛みこそが、今自分がルイズと共にいると言う証明なのだから。
「……ありがとう。 大好きよ、ルイズ」
アビゲイルは濡れた睫毛のまま小さく微笑む。
暫くそうしたままでいると、安心感からか、うとうとと瞼が落ち始める。
昼まで眠っていたとはいえ、アビゲイルもあまり寝付くことができずにいた為、疲れが取れたとは言いづらい状態だったのだ。
今はこの微睡みに身を委ねよう。
アビゲイルはルイズの胸に頭を下ろし、瞼を閉じた。
ルイズはそんなアビゲイルの顔を覗き込んで、睫毛についたままの涙の雫を人差し指で拭き取る。それからすうすうと寝息を立て始めたのを見計らって小さな声で呟いた。
「おやすみアビー。 私も大好きよ」
.
..
...
「――きて、ルイズ! 起きてってば!」
「ん、んん……なによう……まだ外は暗いじゃないのよ……」
ルイズはアビゲイルの慌てた声に叩き起こされて眼を覚ます。
開かれたままのカーテンの外を見ると、月の光がいつものように妖しく部屋を照らしていた。
「もう……何よ……夜更かしはお肌に悪いんだからね……」
「違うったら!
「……は?」
慌てふためくアビゲイルを見ていると、徐々にルイズの頭は覚醒する。
まだ外は暗いんじゃない。
「あ"ーーーーーっ!!! 舞踏会! もう!もっと早く起こしてよ!」
「わ、私だってさっき起きたの! そんな事より急いで支度しないと――ええと、何を準備すればいいの!?」
「ドレス!一着買ってあげたのがあるでしょう! 髪は……今更だけど、似合ってるわね! 可愛いからそれで行きましょう!!」
「ありがとう!!!」
ルイズの雑な褒め言葉に雑に返しながら準備を進めていく。 新しく買ったのは黒を基調としたスカートの丈のやや短めのドレスに、小さな黒のリボンがあしらわれたヒールの靴。
踵の高めの靴はあまり履き慣れていなかったが、アビゲイルはなんとかそれらを身につけて部屋を出る。
「ああ……そうだわ。 お手伝いも放っぽり出しちゃって、あとでシエスタさんに謝らなきゃ……」
「もう! そんなのあとで考えなさい!」
「うう、わかってるったら……!」
こうして二人は食堂へ向かってドタバタと走り出す。
たどり着く頃には二人は揃って息を切らしていた。
ああああああああああ残り5枚だったあぶねええええやったあああああああああああああそだてるぞ育てるぞ育てるぞ!!!
でもキュケオーンのキャスターは出ませんでした。
ごめんなsorry!!!
ルイズ、ただ単にメンタルタフネスと言うわけではなさそう!
次回ほんとうに舞踏会。 そして一つの区切りみたいなところですね……今更だけど章分け機能あるんだ……しらなかった