虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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夕方後半も投稿します

今回は日常回。 タイトル通り! 神に誓います。


35:少女と葡萄酒の休日-1

 あれから数日が経ち、再び虚無の曜日(休みの日)がやって来た。

 

 アビゲイルは水汲みを終えてからふわぁ、と小さく欠伸をし、カーテンを開け、窓を開けて外の新鮮な空気を取り込む。

 空を見上げれば適度な雲の浮かぶ良い天気。

 昼頃になれば、ポカポカと眠気を誘う陽気な日になる事間違いなしだろう。

 

「今日は何をしようかしら……ああ、パンケーキもまた食べたいわ……でもお勉強もしないと……」

 

 窓際で暖かな風を感じながら頬杖をつき、多少の眠気でうとうとしながら窓の外を眺めた。

 

 舞踏会を経て、アビゲイルを取り巻く環境は少し変わった様に思える。

 まず一つは、周囲の生徒の態度がある程度緩和された事だろうか。

 決闘の一件で生徒達がアビゲイルを忌避していたのは、『得体の知れない何者か』という認識が強かった事が大きい。 人間は得体の知れないものに対して恐怖心をだき、自然と拒絶してしまうのは自然なことだった。

 しかしフーケ捜索隊に加わったという実績、そしてあの舞踏会での交流を経て少しずつ塗り変わっていくこととなったのだ。

 恐ろしい力で貴族を一撃で倒してしまう恐ろしい少女は、蓋を開けてみれば優しく、そして純粋無垢な可愛らしい少女だったのだ。

 

 一部の人間は近寄りがたい、と未だ嫌悪感を示すが、そのまた一部ではその愛らしい姿と中身に惹かれ、少しずつ歩み寄る姿勢を見せている。

 

 だが、変わったことといえば良いことばかりではない。

 あれからキュルケとは言葉を交わすどころか、会ってすらいないのだ。

 タバサから話を聞く限り最初の頃よりは遥かに顔色は良くなっている層なのだが、まだコンディション的には十全とは言えない。

 休み明けには回復して授業に出られるかどうか……と言ったところらしかった。

 

 はぁ、とアビゲイルの口から大きなため息が溢れる。

 きっと体調が良くなっても以前の様に接してくれることはもうできないだろう。

 

 だからこそキュルケの他の人よりも少し熱い体温、膝枕をしてもらった時に感じたあの柔らかい太腿の感覚。 そしてその場にいるだけで雰囲気を明るくしてくれる、いたずらっぽい楽しげな声。 そのどれもが急激に恋しく感じる。

 

 はぁ、ともう一度ため息を吐くと、ルイズがもぞもぞと動き出して口を開いた。

 

「もう……朝からため息ばっかり吐かないでよ。 幸せが逃げるわよ」

「あ……おはようルイズ。 こうしてぼーっとしてると、キュルケさんとお喋りしたくなってしまって……ルイズもそう思わない?」

「はあ?私は別に……ま、まあ元気になるに越したことは無いけどね」

「そうよね。 ルイズはキュルケさんのこと大好きだものね」

「え?今はっ倒してほしいって言った?」

 

 ルイズはにっこりと背筋を凍らせる様な笑顔を浮かべるため、アビゲイルは慌てて「冗談だから!」と手を横に振って後ずさる。

 とは言え、ここ数日のルイズの様子を見る限りは友達としてちゃんと心配していることは分かっている為、アビゲイルは内心で「素直じゃ無いなぁ」と溜息を吐いた。

 

 .

 

 ..

 

 ...

 

 

 食堂に着くと、起きてきた生徒が疎らに席についており、シエスタがそこへ朝食を運んでいる最中だった。

 虚無の曜日は王都へ出かける者や部屋や図書館などに籠る生徒たちがいる為、食事が必要な場合はまず厨房にいるコックやメイド達に声をかけてオーダーする事になっている。

 

「おはよう、シエスタさん。 朝食を二ついいかしら?」

「あ、おはようございますルイズさん、アビーさん。 すぐにお持ちしますね!」

 

 笑顔でやり取りをし、それから普段は一年生が使っている席に腰を下ろした。

 間も無くして料理が運ばれ、そこから発される美味しそうな匂いにきゅう、とお腹が鳴る。

 

「美味しそう……それにいい香りだわ」

「ふふ、そう言っていただけるとマルトーさんも喜びますよ。 ……あ、そうだ、ルイズさん」

「ん?」

 

 思い出したように言うシエスタに急に話を振られてルイズは首をかしげる。

 

「この前の舞踏会で開ける予定だった葡萄酒がまだ残ってるんですけど、飲みます?」

「ああ……あの美味しかったやつ? それって栓を抜いたやつ?」

「いいえ、まだ抜いてない物なので品質は落ちてませんよ」

「ふーん……?じゃあ貰おうかしら」

「かしこまりました。 すぐにお持ちしますね!」

 

 そう言ってすぐに厨房に葡萄酒とグラスを取りに行こうとするシエスタだったが、背後から強烈な視線を感じて振り返る。

 

 そこにはじーっと羨ましそうな目をしながら()()()()()()()()()()()()()()()()をちびちび口に含むアビゲイルの姿があった。

 

「…………」

「…………」

 

 ルイズとシエスタは顔を見合わせる。

 あれだけ物欲しそうな表情を浮かべられたら、なにを言いたいのかすぐに察することができたからだ。

 

「……『子供はお酒を飲んじゃダメ』」

「うっ……」

「あなたの伯父様の言いつけだって、自分で言ってなかった?」

「ううっ……」

 

 そう、アビゲイルはフリッグの舞踏会で一度としてお酒を口に含まなかった。というのも、アビゲイルの住む世界では『お酒は大人になってから』と決められているらしく、自主的にお酒を飲まない様にしていたのである。

 とはいえ、ダンスが終わってから、パーティがお開きになるまでずっと生徒達が飲んでいる葡萄酒を物欲しそうに見つめていたのだった。

 

「ええ……そうよ。 子供は飲んだらいけないの……身体に悪いから……」

「ま、まぁ、確かに飲み過ぎると体に悪いですね」

「……でもきっと美味しいんだろうなぁ……身体に悪いから……きっと大人の味がするんだわ……いいなぁ……」

「…………」

「……いいなぁ………いいなぁ…………」

 

未練がましく呟き続けるアビゲイルに、ルイズは思わず溜息を零す。

 

「別に飲めばいいじゃない。 伯父も居ないんだし、私も別に止めないわよ」

「ええ!? だ、ダメよ、そんな。 いけない事だわ……そんな事をしたら私、いけない子になっちゃう……」

「……あ、そう。 それじゃシエスタ、グラスは一つで―――」

「で、でも!! ルイズが飲めって言うなら、私は飲むわ! だってそうでしょう!? 伯父様の言いつけももちろん大切だけれど、今の私はルイズの使い魔なんですもの!」

「……………………」

 

 めんどくさい。

 すっっごくめんどくさい。

 

 と、ルイズはげんなりした表情を浮かべて口をへの字に曲げた。 シエスタも少しそれを感じ取っているのか、苦笑いを浮かべている。

 

 それに他人に言われたら実行する、とは責任を自分以外に押し付けようとしている事に他ならない。 良いのかそれは。 それはいけない子ではないのかアビー。

 

 はぁぁぁ、とルイズはため息を吐いて口を開いた。

 

「分かったわ」

「!! そ、それなら……」

「グラスは 一つで お願い」

「やった―――あれ!?!」

 

 アビゲイルは喜びかけ、直ぐに悲鳴をあげる。

 それから泣きそうな表情でルイズを見た。

 

「ル、ルイズ!!」

「ダメよ、飲みたいなら自分でグラスを頼みなさい。 言われた事をきちんとやるのは立派だけど、何でもかんでも言われた事だけしかやらないっていうのも良くないわ」

「おぉ……」

 

 これが正しい躾か、とシエスタは感嘆の声を漏らす。

 偏見を持っていた頃の貴族の躾とは、自分の都合のいいように育て上げる事だと認識していたが、これは母が子に、もしくは教師が生徒に道を正す時の躾だ。

 アビゲイルが、ううう、と唸り声をあげてシエスタを見る。

 涙で少し潤んだ瞳で上目遣いをしてくるアビゲイルに思わずキュン死するかと思ったが、シエスタとしてもルイズの意図を汲み取って道を正してあげなくてはならない。

 たとえ悪い事であっても、責任だけは他人に押し付けてはならないのだと。

 ここは心を鬼にして、シエスタは毅然とした態度をとる事にした。

 

「グラスはおひとつでよろしいでしょうか?」

「う、うぅ……その、あの……」

「はい?」

「わたし……も、飲みたい……から……その、もう一つ……用意してくださる……?」

 

 絞り出すように言葉を紡いだあと、言ってしまった!と顔をテーブルに伏せる。 顔を赤らめ、まるで秘め事を告白するかのようなその姿に、シエスタは胸が痛くなった(不覚にも興奮した)

 

「かしこまりました!」

 

 シエスタはにこりと笑顔を浮かべ、厨房に葡萄酒とグラスを取りに行く。

 その内心をおくびにも出さなかったのはやはりプロのメイドと言わざるを得ない。

 

 しばらくして、アビゲイルの目の前には先日のフリッグの舞踏会で見たものと同じグラス。 そしてその中にも同じ葡萄酒が注がれている。

 

 美しいバーガンディーに、葡萄とアルコールの織りなす上品な香り。

 

 アビゲイルは思わずうっとりとし、グラスの側面を眺め続ける。

 

「まあ……こうして手に取ってみると、やっぱり綺麗だわ……葡萄酒は血の色っていうけれど、それよりももっと鮮やかで、深くて、美しいわ……」

「お酒一つをこんなに賞賛する人初めて見た……」

 

 大げさすぎる、とルイズはうんざりとした表情を浮かべる。

 アビゲイルはそんなルイズを他所に、香りを嗅ぎ、グラスに口を付けようとして静止し、再び香りを嗅いでを繰り返していた。

 

「あ、ああ……本当に飲んでいいのかしら……神様は許してくださる……? こんないけない私を……」

「さっさと飲む」

 

 いい加減まどろっこしいと感じたルイズがぴしゃりと言い放つ。

 アビゲイルはルイズに睨まれ、恐る恐るグラスにその小さな唇を押し付けた。

 

 

「―――!!!?」

 

 

 アビゲイルは驚愕する。

 自分の中に思い描いていた『葡萄酒』というのは、『葡萄ジュース』+『アルコールの味(苦い?)』程度の認識だったのだが、実際に口にしてみるとそれは全く違った。

 

 まず、葡萄ジュースを飲んだ時に感じるのは舌の上に残るのっぺりした感触だ。

 しかし葡萄酒にはそれが無く、その代わりに繊細で滑らかな口当たりがある。

 

 そしてその次に鼻の奥からつぅっと抜ける風味、そして優しい甘さと渋みだ。

 葡萄ジュースの場合であれば、叩きつけるような強烈な甘みと、舌の奥の根の方に残る渋みが暫く残り続ける。

 しかしこの葡萄酒は飲んだ後はさっぱりとし、残るのは鼻から抜けていく甘美の余韻のみ。

 

 まさに葡萄の中の葡萄。 真の葡萄とはこの事を言うのだとアビゲイルはこの異世界に来て初めて認識した。

 

「あぁ……凄い……なんて素晴らしいのかしら……葡萄ジュースなんかより葡萄って感じで……」

「いや葡萄ジュースの方が葡萄でしょ」

「大人はずっとこんなおいしいものを独り占めしていたのね……」

「……あ、あはは。 お気に召したようであれば何よりです」

 

 ごくりごくりと飲み進める度に、アビゲイルは()()()()()()()()()恍惚の笑みを浮かべる。

 ルイズはそれを眺めながら自分もグラスに注がれた葡萄酒に口をつけ、その香りと味を楽しんだ。

 朝からお酒とはいかがなものか、とは思ったが、こういった優雅な休日を過ごすのも悪くはない。

 寧ろ少し前までが波乱万丈すぎたのだ。 これはいわば、頑張って来た自分を癒すためのご褒美なのである。

 

「ん……本当に美味しいわね。飲みやすくって、油断してるとどんどん飲んじゃって酔っ払っちゃいそう……」

 

 ルイズは飲みすぎないようにちびちびと、舌を濡らしてから、軽く口に含む程度の速度で飲んでいく。

 みたところこの葡萄酒の度数はそう高くはないが、この飲みやすさからして調子に乗っているとすぐに酔っ払ってしまう為気を付けねばならない。

 ルイズはグラスをテーブルに置き、アビゲイルの方を見る。 一応は注意をしておいた方がいいかもしれないと思ったからだ。

 

「あんたも気を付けなさいよ? 調子に乗ってぐびぐび飲んでたら――――」

「うふ、ふふふ……らいじょうぶよルイズ……ちょっとだけ……ちょっとだけらから……かみさまもお許しになるわ……」

 

 しかし時すでに遅し。

 そこには顔を真っ赤にし、呂律も若干回っていないアビゲイルの姿があった。




手に入れたアビゲイルのマイルームボイスを聞いて「いいなぁ……」が死ぬほど可愛かったので急遽ねじ込みました。 それだけです!!!!!!!!
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