虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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ちゃんと真面目に話進めるから!


37:ルイズと夢のなかの男

「ルイズ……」

 

 ハープの音色のように耳障りのいい声がルイズの耳を撫でる。

 小さな口から紡がれた彼女の甘い声は人を狂わせてしまうほどに艶やかでいて、無邪気な子供が母に甘えているかのように純粋だ。

 

 線の細く、強く抱きしめてしまえば飴細工のように容易く折れてしまいそうなその身体は、まるで美しい陶器を思わせるほどに白く、さらさらと腰より少し下まで伸びた髪さえも何処かへ色を置いてきてしまったように錯覚してしまう。

 衣類などはなく、その華奢な肢体を隠すのはいくつも連なった黒い蝶だけだ。

 身体が揺れるたびに彼女の小ぶりな乳房と恥丘が見え隠れし、ルイズを愛おしそうに見つめる彼女の口元には、亜人を思わせるような鋭い歯が生え揃っている。

 

 しかし雪のような冷たさを感じさせる彼女の見た目とは裏腹に、ルイズに触れた箇所から伝わる温度は暖かく、少女特有の柔らかさを秘めた肌をしている。

 

 二人は見つめ合い、やがて唇と唇が触れ合う。

 ここには二人以外の物も音も色もない。

 ぴちゃぴちゃと艶めかしく奏でられる水音が反響し、理性という思考を奪っていく。

 小さな双丘の先にある桜色の蕾が擦れ合い、電撃にも似た快感が襲う。

 

 ルイズはぼんやりと彼女の額を眺めた。

 ぽっかりと開かれた鍵穴の奥には、妖しく光る神の瞳が映っている。

 

「アビー」

 

 ルイズは愛おしそうに彼女の名前を呼ぶ。

 そして二人は溶け合い、混ざり合い、無限にも思える永遠の虚構へと溺れていった――――

 

 

 

 

 

 

「おっと、それ以上は危険だ」

「――――!?」

 

 突然聞こえたのは男の声。

 ルイズは辺りを見渡し、()()()()()()()()()()()()()()()()を確認すると、ようやくこれが夢だという事を察した。

 

「私、今何をしてたんだっけ?」

「さてね、私には君の見る具体的な夢はわからない。 人の見る夢は移ろいゆくものだから」

「ふーん……? じゃあ何が危険なの?」

「君があれに呑まれてしまうことが」

 

 男はルイズの後ろに目線を向ける。 そこには確かに底なしの()が広がっていた。

 ルイズはごくりと生唾を飲む。

 あれに飲み込まれたものがどうなってしまうか、聞かなくともルイズには分かっていたからだ。

 

 ルイズは一歩後退りをし、再び男へと視線を向ける。

 

「っていうかあんた誰よ。 ていうか、これって夢……よね?」

「そうだね。 これは紛れもなく、君の見ている夢だ。 君が毎晩眠りについて、毎晩見ているであろう空想の出来事だ」

 

 しかし、と男は続ける。

 

「それは全てが真実ではない。 確かに君は虚無に呑まれようとしている。 ゆっくりと、綺麗な水に絵の具筆を突っ込むように、君という色は変質しているんだ」

「……なにそれ? よく分からないけど……何が原因なのよ」

 

 ルイズは訝しみながら男に質問を投げかける。

 言っている意味はなんとなくしか分かったが、そもそも『夢で出会った男』と会話していること自体があまりにも胡散臭い。

 すると男は、うーむと顎を数回擦り、考え込むように唸った。

 

「君と彼女(私の姪)のもつ異質な魔力がなんらかの手段で混じり合ってしまっているのが原因かも知れない。 まぁ、お陰で彼女の痕跡をなんとか夢という形で探ることができたのだが……」

「はあ……え、姪? 」

「いや、すまない、話を戻そう。 つい最近……昨日から一昨日の事なんだが、何か知らないかな?」

「うー……ん。 使い魔契約の儀式(コントラクト・サーヴァント)じゃないのかしら……? でもそれってもうそこそこ前の話なのよね」

 

 まず最初に彼女と『繋がりを持った』と実感したのは、使い魔契約の儀式(コントラクト・サーヴァント)の時だ。 あの時感じた体に流れ込んでくるような感覚は、今思ってみれば彼女の持つ魔力がルイズへと流れ込んでいたのだろう。

 しかしそれは昨日一昨日の話ではないため、この男の言う原因とは一致しない。

 

 ……となると残されたのは。

 

「…………」

「…………? 何か心当たりがあるみたいだね」

「はぁ?! なな、何も無いわよ!!?」

 

 使い魔契約の儀式(コントラクト・サーヴァント)の時よりも深く、感情の篭った口付け(ディープキス)

 それによって伝わってくる魔力の量(彼女の熱)はあの時と比べても遥かに多かった気がする。

 

 ルイズは赤面しながら目線をあちらこちらに泳がせた。

 ()()()()()()()()()、おおよその予想はついたが(というか先ほどさらりと暴露していたが)、ついているからこそ真実を言う事が憚られる。

 

『お宅の可愛い姪っ子の唇を奪っただけでなくその唾液までも堪能しました』

 

 これを言えたら大したものだろう。

 世界中から賞賛(軽蔑)され、『へんたいよくできました』と名誉の勲章を貰ってしまうこと間違いなしだ。

 

 それだけは避けなければならない

 

「ていうか覚えてない。 昨日は……あのあれよ、お酒飲んじゃって、記憶がないのよね」

「ふむ。 魔術師がより多くの魔力を使い魔(サーヴァント)に送る時は令呪を切るか、回路を移植するか、()()()()()()と聞いたから逆もまた然りかと思っ――――」

「にぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!???!!」

 

 

 図星を打ち抜かれ、羞恥に耐えられず発狂。

 ルイズは奇声をあげながら暴れ出した。

 

 

「!? ちょっ、君落ち着きなさ――――」

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 思い切り振り回した手は目の前の男に直撃し、バチン!と痛々しい音を鳴り響かせることなく、ふわっと煙草の煙を手で払いのけるかのような霧散してしまい――――

 

 

 ゴン!!

 

 

 というかえげつない音と右手に走る激痛と共にルイズは目を覚ます。

 一瞬何が起こったか分からなかったルイズはゆっくりと右手の方を見ると、ベッドの柱を砕かんばかりに駆り出された右手が悲鳴を上げているのが見えた。

 

「い……」

 

 ルイズは悶え、そして叫ぶ。

 

「いったああああああああああああああああああああ!!?!」

 

 今日は平日(ユルの曜日)

 女子寮の生徒たちは金切り声に近いルイズの悲鳴を目覚まし時計に目を覚ます事となった。

 

 

 .

 

 ..

 

 ...

 

 

「……で、なんなの? また喧嘩? 懲りないわねあなた達も」

 

 教室の席に着き、モンモランシーはげんなりとした表情を浮かべる。

 先週、アビゲイルとルイズの両者は仲直りしたばかりではないか。

 

 昨日、あの後食堂を粉砕したルイズは当然のごとく学院長室へ呼び出され、みっちりとお叱りを受けた後罰として食堂の掃除と補修作業の手伝いをさせられていた。

 

 一方のアビゲイルは葡萄酒のアルコールによって完全に前後不覚に陥り倒れそうになっていたところに、ちょうどその場に訪れたモンモランシーによってそのまま医務室へと運ばれ、昨晩を医務室で過ごす事となったのだが……

 

 

「……だ、だ、だってルイズったら、ああ、あんな事してくるんだもの……!」

「は、はぁ〜!? それはその、…………、…………あんたが最初に酔っ払ってキスなんかしてきたんでしょうが!」

「それはそう……だったかもしれないけど! でも酔っ払ってたってあんな、あああんな破廉恥な事しないわ!」

「な、なんて事いうのかしらこの子はごごごご主人様に向かって破廉恥だなんて! 破廉恥はあんたよ!どうせ隣に居たのがギーシュでもキスしてたでしょ!!」

「なっ……しない! しないから!」

 

 

 ……と、こんな調子である。

 最後のキスについてのみを指摘されるとルイズにとってはかなり苦しいが、そもそもを辿ればアビゲイルが酔っ払ってキスなんかしたのが悪い!とお互いは主張を譲らない。

 

「なんか飛び火しないか、僕は不安でたまらないよモンモランシー。 どうしたらいいかな……」

「アホくさ。 ほっときなさい」

 

 もはや関与したくない、といった風にモンモランシーは頬杖をついてそっぽを向く。 タバサと言えば、近くに座ってはいるものの先程から本を読み続け、こちらに対してちらりとも視線を向けていない。

 

 ギャーギャーと騒ぎ立て二人を他所に、教室にいる人たちもヒソヒソと噂話に花を咲かせていた。もはや生徒達にとって『ゼロのルイズ』という渾名は完全に過去のものとなってしまったのだ。

 

『百合のルイズ』

 

 舞踏会で見せた純白を身に纏った百合の花(ルイズ)は、艶やかな輝きで着飾った黒い妖精(アビゲイル )と戯れる。

 蜜を食んだのはどちらかといえば逆だったが、誰かが(マリコルヌ)そう言った途端、爆発的に広まってしまった。

 

 二人してその容姿と内面が評価され始めたタイミングでやらかしてしまったのは要因の一つとしてはかなり大きいかも知れない。

 

 それほどまでに昨日の光景はあまりにも衝撃的だった。

 目の前で美しい少女によってあんなものが繰り広げられれば、思春期の少年少女にとってどんな影響をもたらすか想像するのは容易だろう。

 

 事実、ギーシュは悶々として一睡も出来なかった。

 彼の名誉のため一つ付け加えるとするならば、他の生徒とは違って空想上とは言え親友を汚すような真似はしていない。

 

 彼は紳士の中の紳士なのだ。

 

 それから暫くしたが二人は沈静化するどころか、顔を怒りと羞恥で真っ赤に染め上げながらきゃんきゃんとさらに激しく吠えあっている。

 そろそろ先生も来るし、止めに入ろうかとモンモランシーが深々とため息を吐いた時、新たな声が割り込んできた。

 

「……あんた達ほんと元気ねぇ……先生もそろそろくるから少し静かにしなさい」

 

 とやや呆れを滲ませるのは久し振りの声。

 ルイズとアビゲイル 、そして本を読み続けていたタバサでさえ目を見開き、その声の主人の方は振り向いた。

 

「おはよう、皆」

 

 燃えるような長い赤毛。

 男性だけでなく女性までもが凝視してしまうほどの恵まれた肢体。

 へらりと悪戯っぽい笑みを浮かべるのは――――

 

 

 紛れもなく、キュルケだった。




「姪と何したんだ……(困惑)」


そしてキュルケ復活、次回へ続く。
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