虚無と銀の鍵   作:ぐんそ

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4:初めての授業

 食事を終えるとルイズ、アビゲイル、キュルケの3人は他の生徒達と同様に移動を始めた。

 教室は本塔とはまた別の塔に行く必要があり、アビゲイルは周囲の人混みに飲まれないようにしながらルイズ達に着いていった。

 

 教室の中へ入るととても広く、入口側に巨大な黒板があり、生徒たちは長椅子と長机の好きなところへ座るようになっている。 意欲の高いものは席の前側につき、逆に朝の眠気で若干やる気が起こらないと言った生徒は後ろ側の席に陣取っていた。(日本の大学と同じ光景だが、後ろから埋まることの方が多かったように感じる)

 

 そしてその生徒たちの側を見てみれば、キュルケの召喚したというサラマンダーの様に様々な使い魔達が主人の側に佇んでいる。 蛙や大きなモグラなんかは可愛いと思ったが、巨大な目の怪物は流石に可愛いとは思えず、巨大な目の怪物と目が合ったアビゲイルは思わず「ひっ」と小さな声を漏らして身体を強張らせた。

 

「大丈夫よアビーちゃん。 使い魔は主人の言うことをちゃんと聞くから急に襲ってくるなんて事はないわよ」

「そ、そうなの……?」

「ええ、ほら、それより授業が始まっちゃう。 座っちゃいましょ」

 

 キュルケは怯えるアビゲイルの背中を軽く押して教室全体の中でも比較的前方辺りへと座る。 アビゲイルはその左隣に座り、ルイズばその隣に挟むように座った。

 

 キュルケは右隣に座るタバサに「おはよう、タバサ」と軽く挨拶をすると、「おはよう」と表情を全く変えずに小さく声が返ってくる。 タバサは本を読んでいたが、これはいつもの光景だったのか特に気にした様子もなく小さな欠伸をして前方へと向き直った。

 一応自分も自己紹介しておいた方が良いかと思い、自分の名前と、アビーと呼んで欲しいとだけ伝えると、「タバサ」と短く名前だけ名乗った。

 

 それから暫くして殆どの生徒が揃うと、教室内は様々な話し声でざわつき始めた。会話の内容はやはり昨日の使い魔召喚の義(サモン・サーヴァント)についてのことで、僕の使い魔はカッコいいだの、私の使い魔は可愛いだの、そういった話が殆どであった。そしてその話題の中にも当然ルイズとアビゲイル(一番のイレギュラー)の事も含まれていた。

 

(……見られてる? 人間の使い魔は珍しいって、ルイズもキュルケさんも仰ってたものね。 でも……なんだか……)

 

 アビゲイル自身、教室へ入った時から気になっていた声と視線だが――単に「珍しいから」という理由だけでは無いような気がしていた。 確かに「本当に人間を連れてるぞ」という話し声と好奇の視線は感じるのだが、同時にジッとりと纏わりつくような嫌な視線、そして『ゼロ』『平民』という単語と共にくすくすと嘲笑が聞こえてくるのだ。

 『ゼロ』という単語は初めて聞いた為理解できなかったが、「平民」という言葉は自分のような魔法の使えない、貴族でない人間を指しているという事はルイズから教わっていた。

 周囲からのこういった黒い感情に馴染みがないアビゲイルは、少しだけ嫌な気持ちになり軽く下唇を噛んで俯く。 それから、ちらりと助けを求めるようにルイズの方を見た。

 するとルイズはそんな話し声は全く耳に届いていないといったような素振りで、黙って静かに教科書のページをめくり、予習をしていた。

 本当に何も聞こえてないのかしら、と一瞬思ってもみたが、ルイズが本を持つ手に力が入っているのを見て、悔しいか、憤っているんだなと察しがついた。

 

(ゼロ、って何のことかしら。 キュルケさんなら何か知ってないかな……)

 

 そんな事を考えてキュルケに声をかけようとした直後、がちゃり、と入り口の扉を開けて紫色のマントと帽子をかぶった小太りの女性が入って来た。

 年齢は40後半に差し掛かったところだろうか、いかにも魔女といった風貌の女性は柔らかな笑顔を浮かべるとそのまま大きな黒板前にある教壇に立った。

 

「皆さん。 春の使い魔召喚は大成功のようですね。 私はシュヴルーズ。『赤土』のシュヴルーズですこれから一年間みなさんの授業を受け持つことになりました。 これからよろしくお願いしますね」

 

『赤土』というのはそのメイジの持つ二つ名なのだとキュルケが言っていた。二つ名を持つことでそのメイジがどんな系統を持つメイジなのかがわかるそうだ。

 つまり、シュヴルーズというこの女性は赤土――つまり土系統の魔法を扱う先生だと言う事を表し、そして同時に自分の系統を誇りに思っていると言うことなのだろう。

 

 シュヴルーズが教室をぐるりと見渡していたが、此方側に気づくとやや驚いたように目を大きく開いた。

 

「あら? 貴方は……制服はどうしたのですか?」

「えっ、えっと……」

「ミセス・シュヴルーズ。 彼女は私の使い魔です」

 

 突然の指摘にあわあわと戸惑うアビゲイルを他所に、ルイズがきっぱりと言うと、すかさず周囲の生徒が叫ぶ。

 

「嘘だね! どうせ留年したくないからってその辺の平民を連れてきたんだろう!」

「早く帰してやれよ! その平民が可哀想だろ?」

 

 周りを見渡せば何人かの生徒が大きな声でルイズを嗤っていた。それどころか、目立って声を張り上げている生徒の他にも半数ほどがクスクスと含み笑いを浮かべている。

 あんまりな状況にアビゲイルはむっとし、文句の1つでも言ってやろうと思った次の瞬間、シュヴルーズは素早く杖を振るった。 するとゲラゲラと下卑た笑いを上げる生徒数名の口に粘土の様なものが張り付き、もごもごと呻くだけでそれ以上の声が出なくなった。

 

「なんですか、貴方達は。 みっともない。 貴族がその様に他人を貶してはなりません。 罰としてこの授業ではそのままで受けてもらいますからね」

 

 ピシャリと注意されて数名の生徒たちはバツが悪そうにもごもごと口を動かしてから、大人しく椅子に座る。

 「それでは始めますよ」と言うと、シュヴルーズはそれら一切が何事も無かったかのように授業を始めた。

 この教師然とした振る舞いに、初めて見る土の魔法。 アビゲイルはきらきらと目を輝かせ、心の中で凄い、と感動をしていた。

 

 

 それから行われた授業は、更にアビゲイルの興味を引く素晴らしい内容だった。

「火」「水」「風」「土」の四系統に合わせ、失われた系統の「虚無」を合わせた五系統があり、それぞれの系統には他の系統には出来ない役割を持っている。

 また、それらの要素を掛け合わせることが出来るようになるとドットからライン、ラインからトライアングルと言ったようにメイジとしてのランクが上がっていくらしい。

 そしてそれらを踏まえたうえでシュヴルーズは自分の土の系統は農業や建築の分野で活躍をする、人の生活に密接な魔法だと得意げに語っていた。

 その中でも<錬金>のスペルは土系統のメイジには切っても切れない代表的なスペルだとシュヴルーズは言い、教壇の上に大きめの石ころを転がすと、石ころに向って杖を振るった。

 次の瞬間、石ころが光沢をもつ物質へ変化し、その変化を目の当たりにしたキュルケは目を見開いて机の上から身を乗り出した。

 

「ミセス・シュヴルーズ!! それは、ゴゴ、ゴールドですか!?」

 

シュヴルーズは控えめに肩を竦ませて、

 

「残念ですが、ただの真鍮です。 ゴールドを錬金できるのはスクウェアで―――私はただのトライアングルですから」

 

 あくまで謙虚を装って言ったが、トライアングルというのはそう簡単にはなることができないものである。シュヴルーズのからはそれを自慢したいという気持ちが見て取れたため、キュルケは少しだけ呆れたような表情を作り隣を見る。するとアビゲイルは全くそんな事に気づいていないかのように「すごい」と呟いていた。 あまりの純粋さに若干心配になりながらキュルケは苦笑いを浮かてしまう。

 アビゲイルは心の中でひとしきりシュヴルーズへの賞賛を送ると、ふとルイズがどのようなメイジなのかを自分が知らない事に気づいて声を掛ける。

 

「ねぇルイズ。 ルイズってなんの系統魔法が得意なの?」

「どうしたのよ突然?」

「ちょっと気になって……キュルケさんは火だって言ってたけど、ルイズの系統は聞いてなかったんですもの。 確か誰かが『ゼロ』のルイズって言っていたけど、どの系統に属するのかあんまりイメージ湧かなくって」

「っ!」

 

 ルイズは目を見開いて、それから不機嫌そうに口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せる。 そして「うるさいわね、何でもいいでしょ」と吐き捨てるように言うとそっぽを向いてしまう。

 冷静に考えてみれば『ゼロ』という単語を使っていたのは、ルイズの事を嘲笑をしていた内の一人の太った金髪の男子生徒であったのだが、シュヴルーズの授業と実演によって興奮していたアビゲイルにはそこまで頭が回らなかった。

 理由の分からないままにあんまりな対応をするルイズに、アビゲイルは思わずムッとして、

 

「……どうして突然怒るの? 酷いわ」

「別に怒ってない」

「ちょ、ちょっと二人とも」

「怒ってる! だってルイズ、顔すら合わせてくれないもの」

「だから怒っていって言ってんでしょ! うっさいわね!」

「二人ともそれぐらいにしないと……」

 

 キュルケが何とか諫めようとするも、二人は聞く耳を持たずますますヒートアップしていく。 12と15ではまだまだ子供と言った所、喧嘩になれば冷静になるのは難しい。 とはいえ今は授業中であり、ともすれば叱れれるのは免れない。

 

「ミス・ヴァリエール! そしてその使い魔さん! 授業中の私語は慎みなさい!」

「「す、すみません……」」

 

 あちゃあ、とキュルケは額に手をやり、叱られた二人はすごすごと矛を収め、それからばつの悪そうにしながらも静かになった。

 シュヴルーズはその皺の刻まれた眉間で暫く二人を睨みつけていたが、やがてはっと何かを閃いたような表情になり、

 

「そうですね、力が有り余ってるようですので、貴方に実践してもらいましょう」

「え、私ですか」

「はい。 ミス・ヴァリエール。 こちらに来て、ここにある石ころをあなたの望む金属に変えてごらんなさい」

 

 次の瞬間、教室に緊張が走る。

 それどころかルイズも立ち上がらず、どこか迷ったような素振りを見せながら視線を泳がせていた。 

 それもその筈。 ルイズは魔法を使う度に爆発、周りへの被害は計り知れない事で有名だったのだ。 今この場で錬金などしようものなら教壇や黒板、最悪飛び散った破片で硝子なども破壊しかねない。

 当然、自分でもその事を理解していた。ルイズは前に出て魔法を使う事を躊躇い、どうしようかと迷っていたのだが、この場でその事を理解していないのはアビゲイル、そして教師であるシュヴルーズだけだった。

 

「どうしたのです?ミス・ヴァリエール。 早く前に来てください」

「え、えっと……」

 

「ミセス・シュヴルーズ」

 

 アビゲイルの隣で他の生徒同様に緊張した表情を浮かべていたキュルケが挙手をしながらすっと立ち上がる。 その表情は兎に角真剣で、ますますシュヴルーズは不思議そうな顔をするが、キュルケははっきりとした口調で言った。

 

「やめておいた方が良いと思います」

「何故です?」

「危険です」

 

 危険、という言葉に周囲の生徒はコクコクと同意するように頷く。 それがどんな結果になるか、皆経験済みだからである。

 しかしその言葉は初めてこの生徒たちを受け負うことになったシュヴールズには旨く伝わらず、むしろ「失敗を恐れる生徒を叱咤激励する」という教師らしいと言えば教師らしい方向性へと向かって行ってしまった。

 

「失敗を恐れて何が貴族ですか。 大丈夫、彼女は努力家と聞いています。 恐れてばかりでは何も始められませんよ」

 

 「良い事言った」と、シュヴルーズは思っていたが、生徒の反応は余り芳しくない。 むしろ「ああ、終わった」と言ったような絶望的な表情を浮かべているものまでいた。

 流石にここまで緊張、絶望が伝播すると、何も知らないアビゲイルも少々不安になってくる。 ルイズも動こうとしないし、キュルケも真っ先に止めようとしていた。 危険とは言っていたが、アビゲイルにはその危険の規模が分からない。 しかし、危険なものは危険なのだ。 その規模がどうであれそれは変わらない。

 ふとキュルケの更に奥を見ると、タバサが本を読みながら机の下へ隠れ始めているのが見えた。この教室の机は前側が木の板で覆われているので、前方でなにかがあった時にちょうど盾として使う事ができるのだ。

 アビゲイルは益々不安になり、じわりと嫌な汗をかき、良くない予感が胸をよぎる。 ついに不安がピークに達し、ルイズへと声を掛けた。

 

「……ル、ルイズ。 危ないんだったら、やめた方がいいわ」

 

 しかしそれがいけなかった。 プライドの高いルイズへ「やめた方が良い」というのは全くの逆効果であり、ましてやそれが自分の使い魔――年下の平民の女の子に言われたのでは尚更である。

 ルイズは迷ったような表情から一転、アビゲイルをキッと睨むと「馬鹿にしないで」と言い、

 

「やります」

 

 とシュヴルーズへ宣言してずんずんと力強い歩みで教壇へと向かって行った。

 アビゲイルにはルイズを馬鹿にする意図は全くなかったのだが、こうなってしまった以上もう止める手立てはないだろう。

 気が付けばキュルケも、周りの生徒も姿勢を低くし、まるで爆弾処理を見守る人々のように机の陰から顔だけを覗かせる姿勢になってしまっていた。

 「アビーちゃんも隠れていた方が良いわよ」とキュルケが引っ張り、それに従ってアビゲイルも机に隠れる。

 

 (なによアビーまで。 良いわ、絶対成功させて皆をあっと驚かせてやる!)

 

 一方のルイズはこれまで以上にやる気を出していた。 

 これまでにずっと『ゼロ』だと罵られる事は今までのように耐えることができるが、自分の使い魔にそんなカッコ悪い姿を見せることが何よりも屈辱で悔しかった。 

 今朝の弱った「私はアンタの味方よ」と言った時にアビゲイルの浮かべた心の底から安堵したような表情。

 それから、泣きながら震えるアビゲイルを抱きしめた時、「守ってあげたい」と強く思った。

 しかしそれを叶えられるのは力を持ったものだけであり、自分は『ゼロ』であり、彼女を守る事なんてできやしない。

 

 そう、今までのままなら。

 

(……そうよ、私は使い魔を召喚できたんだから。 もう『ゼロ』なんかじゃない……!!)

 

 教壇の前に立つと意を決したように顔を上げ、杖を振り上げる。 するとルイズの意思に答え、石ころはカタリと震えるとその姿を変え、鉄の塊になる。

 

 

 ―――などという事はなく、次の瞬間、石ころは教壇ごと爆ぜ、その衝撃と煙が教室中に押し寄せる。

 

 

 

「きゃあああ!!」

 

 飛び散った破片は派手に周囲へと飛散し、窓ガラスや天井に取り付けられたランプは次々にガシャン!と音を立てて割れた。

 急に起こった爆発にアビゲイルは思わず頭を抱えて悲鳴を上げる。 キュルケに引っ張られて机の下に隠れていなかったら、最悪大けがを負っている可能性もあった。

 タバサが他の生徒たちの持つ杖よりも遥かに長い杖を軽く振るうと、砕けた窓から煙が排出されて教壇の方の煙が晴れていく。

 爆発源に居たシュヴルーズとルイズは奇跡的に大けがを負った形跡はないが、二人とももくもくと煙に巻かれた所為か黒い煤が至る所にこびり付いていた。

 が、シュヴルーズは吹き飛ばされ気絶。 これではとてもではないが授業を続行することは不可能だろう。

 

「いい加減にしてよ、『ゼロ』のルイズ!!」

「なんで貴族なんかやってんだ! この才能『ゼロ』のルイズ!!」

 

 

 ルイズは現実を目の当たりにし、悔しそうに表情を歪め、爪が食い込むほどの握りこぶしを作った。

 もはやこの誹謗中傷に反論する余裕がルイズの中には残っていなかった。

 

 

 そしてアビゲイルは『ゼロ』の意味を知った。

 

 

 

 




地雷原を踏み抜いていくアビー。


よくよく考えると色んな二次創作でギーシュは「参った」で終わってるのに、シュヴルーズは大体吹っ飛ばされて気絶している。


ぼくは可哀想だと思いました(気絶させないとは言ってない)
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